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<title>空高く、雲は流れ　―天高く、陽は昇る―</title>
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<description>感じたこと、思ったことをそのままに。※更新は不定期です。</description>
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<title>デビュー戦</title>
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<![CDATA[ 幼稚園も無事に卒業をして、次に来るのは小学校となるわけだが、この小学校6年間にもこの男は色々とやらかしてくれた。<br><br>それは、もちろん入学式のときからだ。<br><br>なごやかなムードで進む入学式。友達100人出来るかなの歌のように、これから先の毎日に目をキラキラ輝かせていたが、彼は少し違っていた。入学式で、楽しげに参加している生徒の一人に初対面であるにも関わらず、いきなりちょっかいをかけ始める。<br><br>最初は小突くところから始まり、次に言葉でいじり、最後には真っ白な上履きを投げ合い、互いに怒鳴りあいながら追い回すほどの喧嘩をやらかしたのだ。<br><br>その後、その相手の子とはとても仲の良い関係を築けたから結果オーライだったのだろうが、入学式くらいはまともに出来なかったのだろうか。<br><br>彼の父親も高校の入学式に10数人との喧嘩で病院送りも出して、いきり停学を喰らったりしたらしいから、蛙の子は蛙ということで歴史は繰り返されるものだと言うことだろう。
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<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 13:26:00 +0900</pubDate>
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<title>Let's study English</title>
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<![CDATA[ 幼き彼に対して両親は、無謀にも学習院に入学をさせようとしていたらしい。<br><br>学習院と言えば、皇族も通うような学校である。彼の家柄程度ではとてもではないが入れるわけがない。<br><br>しかし、彼の両親は彼に対しては何かを期待していたらしく、幼き彼に随分と早い時期から読み書きはもちろんのこと、算数も小学校に上がる前に教え込み、更に英語まで教えようとしていたのだ。<br><br>ドラえもんを題材にしたカセットテープ付きの教材だった。英会話の基礎的な内容で、子供に大人気のドラえもんということもあり彼も興味を示し、良くテープを聞いていたのだが、残念なことにその後の両親からのフォローがなかったがためにそれは継続することはなかった。<br><br>それが、彼の中では英語嫌いのきっかけになったのではないかと思われる。再度、触れることになるとは思うが、その後彼は2度も英会話スクールに通い挫折をすることになるのだから。
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<pubDate>Mon, 24 Oct 2011 14:29:00 +0900</pubDate>
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<title>10円とレゴブロック</title>
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<![CDATA[ 良いことをすれば褒められる。<br><br>悪いことをすれば叱られる。<br><br>当たり前の話ではある。<br>これは、そんな彼が良いことと悪いことを理解する為のいいきっかけになった出来事である。<br><br>ある日彼は道端で10円玉を拾った。幼き彼が両親から、<br><br>「落とし物は交番に届けなさい。きっと困っている人がいるはずだからね」<br><br>と、落とし物は交番に届けること教わっていたので拾った10円を教えの通り交番に届けたのだ。もちろん、お巡りさんからは褒められ、両親からも「良いことをしたね」と褒められ、彼はとてもいい気分になった。<br><br>決して大きなことをしたわけではないが、<br><br>「良いことをしたら褒められる」<br><br>それを彼はこの時に学んだわけだが、それだけでは終わらないのがこの男だ。<br><br>彼はガンプラの次に夢中になったのはレゴブロックであった。レゴブロックとは、小さな組み立てブロック玩具であり、ブロックを自分の好きな形に組み合わせて遊ぶことが出来た。想像力しだいで無限に遊ぶことが出来る玩具で彼は様々な形を作っては壊し作っては壊しと夢中になっていた。<br>当時、同じような組み立てブロック玩具にはダイヤブロックという物あったのだが、彼はレゴブロックがとりわけ好きだった。その理由としては、レゴブロックには人を模した人形があったことだ。この人型のブロックがあったことでより世界観に浸れたのだと思う。<br><br>そんな夢中になるレゴブロックには様々な種類があり、彼は良くオモチャ屋に行っては売り場を眺め、帰ってきては両親に一生懸命ねだった。だが、決して裕福とはいえない彼の家ではなかなかおいそれと買って貰えることはなかった。<br><br>しかし、彼の欲求は日を追うごとに大きくなり、とうとうそれが行動へと移されてしまったのだ。<br><br>彼はいつものオモチャ屋に友達を連れて行った。向かうはレゴブロックの置いてある棚だ。棚にはいつものようにレゴブロックが積まれている。<br><br>次の瞬間、なんと彼は驚くべき行動に移った。彼は、友達を壁役に仕立てあげ、店員の一瞬の隙にレゴブロックを鷲掴みにして店から飛び出したのだ。<br><br>いわゆる「万引き」である。なんたる、馬鹿げたことを彼は考えたのだろうか。<br><br>レゴブロックを盗み出した彼と友達は一目散に走り逃げた。更に彼は盗んだレゴブロックをすぐに家まで持って帰れば親に怪しまれると思ったのか、自宅とオモチャ屋の間にある人気のない場所に隠して帰ったのだ。自宅に帰った彼は、ほとぼりがさめた頃にレゴブロックを回収に行くつもりだったのだろう。<br><br>とても幼稚園児が考えることではない。ただ、所詮は子供がやること。罰はすぐに訪れることになったのは言うまでもない。<br><br>自宅に帰ってまもなくオモチャ屋の店員がやって来たのだ。そう、彼は逃げたつもりがしっかりと後をつけられていたのだ。店員から事情を聞いた母親は当然のことながら平謝り。彼はそのまま母親と一緒に交番まで行って涙ながらに反省をしたのであった。<br><br>この時に彼は、<br><br>「悪いことをすれば叱られる」<br><br>ということを学んだのだ。<br><br>そうそう、この話には続きがあり、盗み出した品物を返す為、隠した場所へと行くも隠した場所には既に品物はなかった。<br>後日、彼がふと友達宅に行った際に見覚えがあるレゴブロックがあったとかなかったとか。
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<link>https://ameblo.jp/mishuya/entry-11057057753.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Oct 2011 20:35:00 +0900</pubDate>
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<title>ガンプラとセメダインとなくなったコアファイターと</title>
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<![CDATA[ 子供というのは、本当に色々なものに興味を持つもので彼もまたその例外ではなかったようだ。<br><br>その中でも彼が小さな頃に大のお気に入りであったのがガンダムであった。<br><br>ガンダム、正式には「機動戦士ガンダム」といい、1979年からテレビアニメとして放映された作品である。<br><br>幼き彼にはガンダムが表現する世界観などは一切理解することは出来なかっただろうが、現実世界には存在しない巨大ロボットに憧れを抱いていたのは間違いない。<br><br>彼の家には、どこで手にいれたのかは全く分からないがセル画も入手するほどの熱の入れようである。<br><br>そんな彼がどうしても欲しくてたまらず親、否、クリスマスのサンタクロースに頼んで貰ったのが1/60ないし1/100スケールのガンプラだった。<br><br>その頃のプラモデルは今のようはめて作るだけのような簡単な作りではなく、接着剤を使ってパーツを接着していく必要があるものだった。<br><br>さらに付属の接着剤だけではなくビンに入ったセメダインまで用意してもらう力の入れよう。とても幼児がおいそれと作れるものではなかったが、生まれて半年で喋りはじめていた彼にとっては難しさよりも好奇心がまさっていたのであろう。<br><br>一生懸命に説明書とにらめっこをしながら数日を掛けて完成をした時にはその喜びはひとしおだったに違いない。<br><br>製作過程にてセメダインのビンを倒し中の液をこぼして母親からかなり怒られたことを忘れるほどに。<br><br>彼は出来上がったガンダムでそれはそれは繰り返し遊んだものだ。<br><br>そして他にもザクに始まり何体もの作品を作り上げてはガンダムと戦いを繰り広げさせていた。<br><br>しかしながら、そんな楽しかったガンプラ遊びには突然終焉が訪れた。<br><br>ある時、彼は新しくGファイターを作成した。このGファイターはガンダムと様々な合体をすることが出来る夢のような機体であった。<br><br>彼はもちろん即座にGファイターの虜になり、一番のお気に入りとしてとても大事に扱っていたのはずがある日ガンダムの上半身と下半身を繋ぎとめるコアファイターをなくしてしまったのだ。<br><br>狭い家でなくなるはずのないものがなくなり彼は号泣した。<br><br>そして、彼はその日を境にガンプラからもガンダムからも一切遠ざかってしまった。<br><br>突然、大切なものが自分が消える悲しみを彼はガンプラから学んだのだ。<br><br>普通ははじめて飼った猫や犬などから学んだりするもののような気もするが、それをガンプラから学ぶあたり彼はやはり滑稽な人間だ。<br>
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<pubDate>Sat, 22 Oct 2011 23:39:00 +0900</pubDate>
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<title>幼稚園</title>
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<![CDATA[ 彼は小学校にあがるまでの間、幼稚園に通っていた。<br><br>幼稚園までは、大人の足でも15分程度掛かる距離にあり、登園には母親の漕ぐ自転車の後ろに股がって通ったはずなのだが、後に彼の弟も同じ幼稚園に通い、1年重複した時期はどのように通ったのかも含め記憶には全く残っていないようだ。<br><br>彼の中の幼稚園の記憶は園内を暇とあれば駆け巡り、園庭では制服が泥だけになるまでととにかく全力で遊んでいたことくらいか。<br><br>他に記憶があるとするならば、名札が組ごとに形がことなっていたこと、園内にある畑でのさつまいも掘り、それに園に隣接していた御堂での集団お泊まり会とやはり幼い頃の記憶というのはなかなか残っていないもののようだ。<br><br>また、彼の記憶にはその当時の友達との記憶があるようでない。<br><br>彼は分け隔てなく誰とでも仲良く出来る性格の持ち主であるから、友達との触れあいも多くあったはずなのだが。<br><br>分け隔てなくとは聞こえが良いが、裏を返せば浅く広くしか付き合えていなかったとも取れるな。<br><br>その偽善者ぶった性格はこんな幼い頃から既に形成されていたかと思うとゾッとすることだ。<br><br>いずれにしろ、彼にとって楽しかったと思える記憶であるならばそれで良しとしよう。
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<link>https://ameblo.jp/mishuya/entry-11055938581.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Oct 2011 19:57:00 +0900</pubDate>
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<title>木造一軒家の二階</title>
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<![CDATA[ 早稲田では、彼はその幼い体にはまるで城のように広く感じる一軒家に住んでいた。<br><br>それが、鷺ノ宮では一変し、彼と彼の家族が居に構えた家は、木造一軒家の二階を改造して作られた6畳二間、キッチンスペース、バストイレは別になっていたがとても狭い家であった。<br><br>狭い家ではあったが、彼にはとても思い出深い家であることには違いないだろう。<br><br>玄関へと続くコンクリートがむき出しの階段。<br>階段の前には一階の庭スペースの囲いのブロック塀が1メートルほど回り込んでいて、彼は良くそこを野球のピッチングの的にしていた。<br><br>それから本来は隣の家との境にあるスペースだろう場所を改造して作られた簡易倉庫兼、自転車置き場、彼は両親に見せたくないものは良くそこに隠していた。<br><br>自宅の前には駐車場スペースと大きな松の木銀杏の木があり秋には松ぼっくりと銀杏が沢山落ち、松ぼっくりは対して色々な遊び道具へと姿を変えたが、銀杏は臭いだけの邪魔者としか記憶がないだろう。<br><br>階段を上がると今ならピッキングされたら秒殺であろう防犯のぼの字もないドアが取り付けられていた。更に当時は、そこから窓づたいにベランダに行くとベランダの窓は基本的に鍵は閉まっておらず鍵がない場合は良く彼はベランダから家に入るということをしていたな。もしくは、隣の家づたいに2階に上り、トイレの窓からも幾度となく侵入をしていた。当時はそんなことをしても許される時代だったのだろう。<br><br>とても、今の時代では考えられないことだ。<br><br>また、玄関まわりと窓から建だしてあるスペースには色々な観葉植物が育てられていた。<br>これは夏休みの自由研究のネタにどれだけ重宝したことだろう。<br><br>家の中には今やテレビも薄型だか、当時は室内アンテナにチャンネルは本体のツマミでの選局式のテレビが設置されていた。<br><br>テレビだけではない。当時は洗濯機も洗濯層と脱水が別れている二層式。他にめぼしい電化製品と言えば冷蔵庫とオーブントースターくらいしかなかった時代だ。電話機もダイヤル式の黒電話であり、更に風呂がまや給湯は中で火がついているのが分かるタイプの器具だ。今では火災の心配もありとてもじゃないか使える代物でない。<br><br>けれども、それが当時のスタンダードであり、その後僅か30年たらずの間に世の中が劇的に進化を遂げるとは幼い彼にはとても想像出来なかっただろう。<br><br>そんな古き良き時代、夏は扇風機だけで過ごすことが出来、冬は東京でも30センチ以上雪が積もることもあった時代。<br><br>時の流れ、時代の流れと共に彼はそこで2歳から14歳までを過ごしたのだ。
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<pubDate>Fri, 21 Oct 2011 23:06:00 +0900</pubDate>
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<title>1977年8月9日火曜日 新宿生まれ</title>
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<![CDATA[ さてと、この男についてだが、生まれは確か、1977年8月9日の火曜日だったかな。<br><br>夏の暑い陽射しが降り注ぐ夏真っ只中のお昼前に男はこの世に生を受けたわけだが、この8月9日という日は誰が仕組んだことか、彼が生まれる少し前に亡くなった彼の母がたの祖母と同じ誕生日であった。<br><br>当然のことながら、祖母の生まれ変わりだと生まれてしばらくは騒がれたことだろう。<br><br>もちろん、とうの本人は見たことも会ったこともない祖母の生まれ変わりだと言われても何一つピンと来ていないだろうが。<br><br>彼が生まれたのは東京は新宿のとある病院である。<br>今でも「生まれは？」という質問に対して自慢気に「新宿」と答えている姿を見るが、なんともまぁ、そんな恥ずかしいことを真顔で言えるものだと良く関心されられる。<br><br>その後、彼は、2歳になる頃まで父方の実家がある早稲田に父と母と一家三人で暮らしていた。<br><br>その後、幼い日を過ごした中野区は鷺ノ宮へと移り住むことになるのたが、これがどうして引っ越しのきっかけが凄い。<br><br>彼の父は自営で工務店、平たく言えば大工を営んでいるのだか、職人と言えば酒飲むは煙草は吸うわ、パチンコ、麻雀、競馬に競輪とギャンブルも好きで、あげく毎日のように職人仲間が家に来てはたまり場のようになってしまっていた。<br><br>そんな小さな子供がいるとは思えない日々にしびれをきらした母親が激切れし、そのときの修羅のごとき形相があまりにも恐ろしく即座に引っ越しを決めたというが真実のほどは定かではない。<br><br>敢えてもうひとつ理由をつけるならば、ちょうどその頃母親のお腹の中には彼の弟が身籠られていたことだろう。幼子2人を育てるにはあまりに相応しくない環境だったからな。<br><br>もし、当時の環境のまま彼が育っていたら一体今ごろはどんな大人になっていたことだろうか。<br><br>それはそれでまた面白い人世を歩んでいたかもしれない。<br><br>彼の中で早稲田という土地は最初に生まれ育った土地ではあるが、記憶に残るほどの土地ではないのは間違いない。<br><br>まぁ、小さいころは祭りに参加して山車を引いたり神輿を担いだりもしていたようだか、その記憶も相当おぼろ気だろう。<br><br>今では年に数回、父方の祖父の墓参りと今年で90歳を過ぎ、今では彼のことを認識できない祖母に年始に挨拶にいく程度だから。<br><br>彼の生まれについてはこんなところだろうか。<br><br>次は、幼き日々を過ごし、そして彼の人生を大きく決定付けることとなった鷺ノ宮での生活について紹介でもするとするか。<br><br>鷺ノ宮での生活には幼き日々の中にも数えきれないエピソードがあるからな。<br><br>全ては紹介しきれないだろうが、出来るだけ彼のその後の人間形成に関わるエピソードを紹介してみることにしてみようか。
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<pubDate>Fri, 21 Oct 2011 19:07:00 +0900</pubDate>
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<title>傍観者として</title>
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<![CDATA[ 今、スマホにタッチパネルを懸命に打っているこの男。<br><br>アメーバブログに文章をアップしようとしているようだ。<br><br>彼が行うブログ作成は、これで二度目だ。<br><br>以前は、livedoorのブログにて日々のちょっとしたことなどを書き綴っていたが、日時の経過と共にいつしか書くのを辞めてしまっていた。<br><br>それをどういう風のふきまわしか、性懲りもなく、また人様に稚拙な文章を晒そうとしているこの男はなんたる恥知らずの人間だろうか。<br><br>非常に理解し難い所業である。<br><br>しかしながら、こうして文章を残そうとしているからには、彼には彼なりにその未熟な文章から何かを伝えたいのかも知れない。<br><br>彼がこれから世間様にどのようなことを発信していくのか、時に傍観者として遠くから見守り、時に彼に一番親い人間として彼がまた道を見失わないように手助けをしてあげようじゃないか。 <br><br>とは言え、彼がいきなり変な文章を書き出してしまい、人間性を疑われても困る。<br><br>そうだ。<br><br>彼が文章を書き出す前に、私から彼がどんな人間なのか、彼の生い立ちから紹介してあげようじゃないか。<br><br>そうすれば、考え方や思考を理解してもらうのに少しは役立つかも知れない。<br><br>我ながら名案だ。<br><br>さてと、彼が生まれたのは…
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<pubDate>Fri, 21 Oct 2011 19:01:00 +0900</pubDate>
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