<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>一日一思想</title>
<link>https://ameblo.jp/misojos/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/misojos/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>考えることは生きること</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>不器用な子と折り紙</title>
<description>
<![CDATA[ 長男は圧倒的に視覚的な認知も困難で、手先の入力出力の弱さ、協調の難しさが多く<br>幼児期に発達段階相応の作業的家庭療育をしてくることができませんでした。<br>難しい言葉になってしまうのもなんですが、要は子育ての一環の中での「遊び」に<br>困難がある子に、家庭でつきあっていくのが知識なしでは難しかったんですよね。<br><br>どこからアプローチしていいかわからないくらいできないことが多い。<br>適切なスモールステップが提示できない。そもそも親の引き出しが少ない。<br>始めると完璧を求めてしまう。だんだんうまくなるから、とはすぐに思えない。<br><br>ということで長続きしない→結果的に経験不足という悪循環でした。<br><br>その反省を踏まえて、お世辞にも器用だとは思えない次男に粗大運動も微細運動も<br>経験と知識を持って臨床的にかかわってみようと思って試行錯誤をしています。<br><br>今日は、今取り組んでいる折り紙。<br><br>次男の現状は<br>　　折ることはできる。<br>　　角や辺は合わせることはできる。<br>　　ひっくり返してもある程度わかる。<br>　　おり方を読んで理解することがある程度できる。<br>というところはクリアしているものの<br>　　かぶせ折りや膨らませる、閉じるなど微妙な指の動きに困難がある。<br>　　そもそも折り紙を作ること、完成させることにあまり興味がない。<br>というところでつまづいています。<br><br>長男は前半部分もほとんどクリアできていないまま、<br>折り紙に取り組むタイミングを逸してしまった感があります。<br>まだ後半部分も難しいので、これから折を見て取り組んでいくつもりですが、<br>何せもう手がでかい。指が太い…。<br><br>私自身が折り紙を楽しんだり得意だったりという文化で育たなかったのも<br>大きな敗因の一つですが、それも手駒のひとつということで、一念発起頑張って向かい合おうと思います。<br><br>長男の頃からお世話になっているこのページ<br>おりがみくらぶ<br>http://www.origami-club.com/index.html<br>一枚ずつプリントアウトできたり、アニメ動画で折り方を確認できる<br>とても優れ物のサイトですが、なにぶん長男にはハードルが高すぎたのです。<br><br>ということで次男には現状のスキルと興味を踏まえて<br>かざりばこ<br>http://www.origami-club.com/traditional/kazaribako/kazaribako/index.html<br>を選んでみました。<br><br>そして一日一回、「私（母親）と一緒にひとつ作る」を継続することを目標に、現在四日目。<br>最初の作品は破れてしまったり手伝うところがほとんどだったのが、<br>四日目の昨日は手順にも慣れてきて、<br>　　「線のところまで三角に折る」の意味がスムーズに理解できる<br>　　折り開く、つぶす、膨らませるなどの複雑なステップも丁寧にできる、そして<br>　　細かい指示も入りやすくなってきました。<br><br>やっぱり持続可能な課題の設定って大切なんですね。<br>家庭での指導を楽しくすることが継続につながり、<br>ひいては課題達成への近道だということを改めて実感しました。<br>また新しい課題を取り入れながら毎日少しずつ向き合っていきます。<br><br><br><br>----------------------------<br>ポーテージ早期教育では子ども一人ひとりの発達と家庭環境にあった課題を<br>社会性、言語、認知、身辺自立、運動の五領域の中からまんべんなく提案していきます。<br>子どもが今の力で無理なく取り組める課題やその先の発達の土台を作る課題を<br>おうちで無理なく取り組むことをおうちの方と一緒に考えていくシステムです。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11983438970.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Jan 2015 13:38:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>本当の正義感</title>
<description>
<![CDATA[ 幼稚園年長組の次男のクラスは自他共に認める元気な子どもたちが集まっています。<br>けんかっ早い子、口の達者な子、目立ちたがりな子、マイペースを崩さない子、<br>そんなクラスをまとめあげている先生は本当にすごいなぁと日々思いますが。<br><br>負けず嫌いの次男は苦手なことを認めて練習するのが下手です。<br>一丁前にプライドも高くなってきて、もともとの性格に輪をかけているようです。<br><br><br>昨日は手作りのけんだまをクラスでやっていました。<br>トイレットペーパーの芯に紙コップをつけて、<br>新聞紙を丸めたボールをひもでつないだ簡単なもの。<br>でもイメージがつかない上手に体を使えずになかなか入らなかったようです。<br>周りでは「オレは○回できた！」という興奮の嵐で<br>次男は悔しくて泣いて「もう帰る！」と怒ってしまったそうです。<br><br>家に持ち帰ったけんだまではコツを教えて上げて、やって見せたら<br>すぐに練習したがりました。<br>でもまぁ、そんなにすぐにできないのでとりあえず手を添えたりしながら<br>数回やって打ち切らせました。<br>またいやになってしまう前に。<br>その繰り返しですね。<br>自転車も縄跳びもそんな風に彼なりの苦手意識を尊重しながら<br>スモールステップを見極めて定着させてきました。<br><br><br>で、話は飛ぶのですが長男が小学校一年生の時、<br>同級生のサッカーが得意なＡくんと体育のサッカーで同じ班になりました。<br>ある日Ａくんのお母さんとばったり会った時に<br><br>「うちの子が息子君のことを『お前のせいで負けるんだ！』と言ったらしいんです。<br>　きつくしかって言い聞かせました。<br>　負けたのはサッカーが初めての子をうまくリードできなかったＡのせい。<br>　人のせいにするなんて、最低だ！と。<br>　本当に申し訳ありませんでした。もうこんなことは二度とないようにします！」<br><br>と言われました。<br>気さくなそのお母さんは本当に爽やかに、でもきっぱりと説明してくださったんですね。<br>そんな風に考えてくれている親御さんがいるだけで、ありがたい気持ちになりました。<br><br>でも今次男を見ていると、そんなことはやりかねないなと思うんですよね。<br>そのくらいの年齢の男の子が結果にこだわりすぎるばかりに、<br>チームワークを理解できないのはある程度当然だと思うんです。<br>そしてその悔しい思いを他人のせいにしたり努力をしなくなったりした時に<br>その後の周りの対応が「本当の正義感」を育むんじゃないでしょうか。<br><br>みんなで仲良く頑張りました。とか<br>困っている人には優しくしよう。とか<br>悪いことをしたら「ごめんなさい」「いいよ」。とか<br><br>その字義どおりに子どもが動くことはそう難しくないことかもしれません。<br>でも本当に悔しい思いをしたり、困っている相手の本当の気持ちに共感することなく<br>マニュアルに沿ったやりとりではなくて悔しい気持ちを受け止めてあげられること。<br>そしてすぐには「正義感あふれる行動」をすることができないかもしれないけど<br>想像力を豊かに持って、柔軟性のある「本当の正義感」を執行するには<br>たくさんの経験と失敗、そして周囲からの働きかけが必要なんだろうと強く思いました。<br><br>次男のクラスにはダウン症の子がいます。<br>この秋行われる運動会では全員が走るクラス対抗リレーがあります。<br>まだ難しいかもしれないし、「字義どおりの応援」や悔しい気持ちをぶつけてしまう<br>不適切な言動をしてしまう子がでるかもしれません。<br>そんな「失敗」を経てでも先生がどんなふうにこのクラスをまとめあげて<br>そしてその子にどんな支援をして運動会に臨むのか。<br><br>心の底からいい意味でのサプライズを期待してしまいます。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11927193677.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Sep 2014 14:49:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>９１１</title>
<description>
<![CDATA[ 13年前に同時多発テロが起きて、<br>アメリカから帰ってきてようやく生活に慣れてきた頃に受けた大きなショックだった。<br><br>長男はまだ未就園児で受傷後2年。<br>4歳の長男はすっかり寝入ってる平和なリビングで信じられない光景をテレビで見ていた。<br><br>アメリカ、こんなでいいのかなと思ってたけどまだ今日も続いているテロと応酬。<br>今日はオバマ大統領がシリアへ空爆を拡大すると発表したという。<br>あの時に怒り狂った表情で会見していたブッシュジュニアの顔を思い出す。<br>イスラミックステイトという新しい国が宣言されたり、アルカイダがどうのと言っている、<br>その間に13年も経ってしまった。<br>13年経ってもそんな対立は一向に解決せずに全然変わってないこの世界。<br>その間に生まれた子も、そしてその間に成長して大きくなった今は大人もどんな風に世界を見ているんだろう。<br>アメリカでも12歳以下の子は同時多発テロはリアルには知らない。<br>授業でも習っているだろうけど、それは誰の正義でどんな風に教えられているんだろう。<br><br>長男と「今日はこんな日」ということを教えようと思って夕飯時に話していたら<br>長男は同時多発テロのこともイスラム教原理主義のこともアルカイダのことも知っていた。<br>　　自分が生まれた国の大統領が「戦争」という行為を率先していること。<br>　　日本が原爆を落とされた国、罪のない市民がたくさん死んでいったという事実。<br>　　そんなことが今日、この日も起こっているということ。<br>それは長男もそれなりに知識として教わって、考えているのかもしれない。<br>戦争ってどんなにいけないことなのか。<br>国家がそれを望んでいても、個人として戦争はいけないと信じることが<br>いかに大事なことなのか、きちんと裏付けてあげないといけない。<br><br>知的障害があっても、発達障害があっても、<br>集団の中で学習することが難しくても、不登校であっても<br>こんな当たり前の子とをしっかり学習する、理解する権利、もっと大事にしたほうがいいんじゃないかな。<br>こんな子だからわからない。<br>そんなことよりも今やらなければいけないことがある。<br>そんな詭弁に足元をすくわれずに、私は私の子どもに大事なことを伝えたい。<br>と改めて思った９１１。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11923482576.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Sep 2014 20:41:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ヤジとからかい</title>
<description>
<![CDATA[ 長男が小学生の時、<br>長男のことをからかったり揶揄する言葉を使う子ども達の存在を知ることが何度かあった。<br>本当は日常的だったのかもしれないけど。<br>でも先生に相談すると「子どもだからそういうもの」と片づけようとする先生が複数いた。<br>みんなじゃないけど。<br><br>そういう言葉が出てしまうということは普段からそういう「思想」なんだよね。<br>もしくははけ口として他人を貶めている。<br>こういうのをそのままにしておくのが教育なんでしょうか？<br><br>他の子どもだって成長過程なんだから、適切でない言葉遣いをしてしまうのも仕方がない。<br>そんな風に自分を納得させていたけど、やっぱりモヤモヤしていた。<br>その事に目をつぶってやり過ごせるなら、楽しい日常を壊してまでこだわらなくていいという<br>妥協、折衷案だったのかもしれない。<br><br>そんなからかいや揶揄の言葉を子どもの時に<br>「人を蔑む可能性のある言葉を『そんなつもりじゃなくても』使っちゃいけない」<br>ということを丁寧に説明してくれる大人に出会えない人が、<br>野次や蔑視、差別を生み出す温床になっているのかも。<br>何が悪いか、何が問題だったかもわからないできょとんとしている、<br>そんな大人にしてはいけない。<br>そんな大人に将来この子たちが囲まれる社会にしちゃいけない。<br><br>決して他人事なんかじゃない。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11882184882.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Jun 2014 09:38:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>お金の話ー節約は美徳</title>
<description>
<![CDATA[ お金を使わない(節約する)ことを教えるよりも、<br>お金を(しかるべき場面で判断して)使うことを教える方が難しいだなんて。<br><br>小さい頃から私個人の価値観の金銭感覚を教えてしまおうとしたことが<br>そもそも間違っていたのだろうか。<br>　　　「節約は美徳である。」<br>外出先の自動販売機でペットボトルを買うよりも自宅から水筒を持っていけばいい。<br>たくさんの絵本に触れたいからこそ図書館に行って借りてくればいい。<br>お下がりでも着られる服があったら大事に使おう。<br>食べたいものもあるかもしれないけど、リーズナブルかな？<br><br>そんな風に生活している私と一緒にいる長男はお金に執着がない。<br>お金がなくても幸せを感じられるなんてすばらしい。<br>とずっと思っていたけれど、なんだか最近これでいいのかと思うようになってきた。<br><br>長男にお金を渡しても使わない。<br>必要なものには私がお金を渡してしまうし、そもそも計画的に使えるとも思えない。<br>本もある本を読んだり、立ち読みですませてしまうし<br>買い食いの習慣も、カラオケやゲームセンターなどのお金を使ってお友達と遊ぶ習慣もない。<br>物欲がないわけではないが、積極的に何か特別なものを欲していることも少ない。<br><br>そしてある日少しずつ貯めてあるお小遣いの小銭をまとめてもってきて<br>両替をして（大きくして）欲しいと言ってきた。<br><br>ああ、長男にとってのお金とは手に入ったら大事にとっておくものなんだ。<br>もちろん彼はお金で物が買えることを知っているはずである。<br>買い物を頼むとスーパーでお金を払って頼まれたものを買ってくる。<br>その過程は踏めるのだけど、自分で買いたいものを買うことはないのだ。<br><br>知識としてのお金、計算ができる数字の具体物としてのお金。<br>そして日常的に（自分とは関係のない中で）売買という取引に使う道具としてのお金。<br>彼にとってはそんな程度の認識だったんだ。<br>（そして小学校の支援級で教える「お金の学習」とはこんなものなんだろう）<br><br>お金を大事にするようにと言葉でも言外にも伝えてきたつもりだったけど<br>それは決定的な「お金は自分なりの使い方をして初めて価値が生まれる」という<br>当たり前のことが伝わっていなかったんだ。<br>だってお金を使わないことのほうがほめられるもんね。<br>お金を使わないからっていぶかしがる人なんかいないもんね。<br>お金に執着がないことって、一般的にいいことだもんね。<br><br>だからこそ私が生活の中で「自分にとって価値あることのもののために」<br>お金を使うことを、優先順位をつけたりと複雑なことを教える前に<br>しっかりと教えてあげなければいけなかったんだ！と気づいたのがつい先日。<br><br>お金をもっているだけでもなんにも面白くない。<br>自分がどうしても食べたいものを「高いけど、他を我慢して食べる」ことや<br>自分が行きたかったレジャーに使ったりして、楽しい思い出を作る対価にお金を払う。<br>生きているお金の使い方を、まだ未成年のうちに少なくとも感じてほしい。<br><br>将来お金を大事にできて、価値を見いだせて<br>お金に振り回されずにお金を使える人間になるために。<br>お金のことでトラブルに巻き込まれたり、簡単に巻き上げられたりしないように。<br>お金を使うことで自分の物質的な豊かさだけではなくて、<br>周りの人と楽しく過ごしていくためにも使えるということもわかるように。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11880683213.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Jun 2014 16:51:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>自立への過程で大事なこと</title>
<description>
<![CDATA[ 高2長男の中間試験が終わった。<br>私が勉強のお膳立てをしなくてもそれなりに成果が出せるようになった。<br>今日は英検だったが一次試験は免除なので、日曜の大会の前の最後の部活に参加できた。<br>課題はまだまだあるけれど、ここまで来るのはホントに長い長い道のりだった。<br><br>長男は学校で高校生らしい学習は全くしていない。<br>そういうと語弊があるかもしれないけど、暗記で乗り切れる試験対策をしてくれている。<br>だから私が今までしていたお膳立て（わからなくてもいいからとりあえず<br>問題に答えられるように練習しておく）はほぼ完璧に、しかも出題者がやってくれる。<br>難しい問題に対してしっかり解答用紙に難しい答えを書いていると<br>あたかも理解しているようにも見える。<br>知識として増えていることはもちろん大事だし蓄積しているけど、<br>やっぱり考えて正解を導き出すというところは決定的に難がある。<br><br>そんなこんなで学校での勉強とは別に考える力を育てる工夫を家庭で並行している。<br>それが小学校時代と違うところ。<br>学校の学習に追いつく努力も無理して理解させる努力もしなくていいから<br>とってもへこんでいるところがあっても気楽に取り組ませられるようになってきた。<br><br><br>普通っていったいなんだろうとか、普通を目指すとか。<br>そういう段階は乗り越えたと思っていたけど、<br>長男なりの普通の社会生活を回していく場がある、<br>そう平和な日常がルーティン化してきた感触。<br>もちろんここからまだまだ手も目も気持ちも支援も必要なんだけど。<br><br>小さいことに一喜一憂しない彼に、感度が低いのかとモヤモヤしたり。<br>ある時にはそれがとてつもなくおおらかに感じたり。<br>でも彼なりの尺度、価値観での一喜一憂が明らかに存在する。<br>そのことが明確になったことが誇らしいような、晴れがましいような。<br><br>考えたこともなかったけど、彼の世界から見た私という個人はいったいどんな存在なんだろう。<br>小さなことにくよくよこだわり、自分の感情を他人に押しつけたり振り回したり。<br>そんな私をずっと受け入れ続けている彼こそが本当のインクルーシブマインドを持った、<br>私の理想像なのかもしれない。<br><br>お金だったり体裁だったり損得だったり人間関係だったり<br>うまくかみ合わないことを嘆いているよりも<br>人として豊かでおおらかな人生を歩める、「雨にも負けず」的な価値観。<br><br>青い鳥は実はうちにいたのよ、的な。<br>小さな変なことにこだわっていた私が一番おいてきぼりをくらっている。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11872656733.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Jun 2014 16:07:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ポーテージは親の支援応援をします</title>
<description>
<![CDATA[ ポーテージプログラムの最大の特徴は「家庭内での発達支援」です。<br>社会性や身辺自立など六領域に分かれた発達課題を目安に<br>家庭の、日常生活の中で幼児期からどんな工夫ができるかということ、<br>そしてその軸となる親御さんを多方面から支援することが<br>通常の療育教室とは大きく異なります。<br><br>発達に偏りがあったり遅れがあったりすると<br>親はとても大きな情報量が必要になり、また曖昧ななかでの大きな判断・決断を<br>しなければならない場面が多くあります。<br><br>どうしてなかなか言葉がでないんだろう<br>どうしてなかなかお友達と遊ぶことに興味をもたないんだろう<br>どうしてなかなかお箸で上手に食べられるようにならないんだろう<br>そんな発達のつまづきも、「教えなくても自然にできる」のか<br>「丁寧に教えてあげればできるようになる」のかの違いがわかるまでも<br>多くの情報量が必要になると思います。<br>第一子ならばなおのこと。<br><br>乳幼児期に発達の遅れがあると焦りや疲労感でいっぱいいっぱいになってしまうことも<br>多いと思います。<br>エネルギッシュな子どものいたずらや睡眠障害、<br>将来に対する不安感や偏食、愛着が感じられない徒労感…。<br><br>最近は児童発達支援センターや放課後デイなどで個別療育をしてくれるところも<br>塾のようにいろいろと教えてくれるところ、小集団保育をしてくれるところも増えてきました。<br>それでも尚、私がポーテージが優れていると思えるのが親支援の部分なんです。<br><br>保育園でも学校でも、ましてや療育塾でも、行く期間はごくわずかです。<br>その場で通うことに対しては家庭では難しい、第三者が客観的に個別に教えられる<br>機会があることはとてもいいことだと思います。<br>受給者証や支援費制度を使うことで安価に受けられるようになったことも<br>障害児やその近辺の子ども達にとって飛躍的な進化です。<br><br>でも親がどのように、ユニークな自分の子のことを知り、かかわっていくか。<br>そしてどのような選択をしていけばいいのかを決めていく過程で、<br>親が支援され、子どもの発達過程のアドバイスを受け、親と子が主体的に決めていくこと。<br>これが今後のインクルージョンを含む多様な選択肢がある社会に生きていく<br>障害のある親子が享受できる最大の恩恵なんじゃないでしょうか。<br><br>短い目で見たら、少しでも他人に外注して療育をしてほしいと思うかもしれませんが、<br>ずっとかかわっていく親が子どもと一緒に育っていくお手伝いをすること<br>それがポーテージプログラムの最大の魅力であり利点です。<br>初めての親御さんが出産前に両親学級に行くように、<br>そこで子育ての最低限のイロハが学べるように。<br>障害のあるお子さん、発達に偏りのあるお子さん、<br>そしてそこで長い期間支援することになる親御さんの支援をしていきたい。<br>自分の経験を通して強く感じます。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11870603303.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Jun 2014 12:16:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>マンガ「プロチチ」</title>
<description>
<![CDATA[ 子どものころから好きだった漫画家さん、逢坂みえこ（あえてさんはつけませんが）。<br>心に染みいるストーリーを綺麗な絵で表現していてとても読みやすかったし<br>思春期の私の心を解きほぐしてくれたような気がします。<br><br>その逢坂みえこが「育児なし日記」というエッセイ漫画を出して、<br>久しぶりに手に取った逢坂マンガで、息子さんがうちの長男と同学年らしいということも知りました。<br><br>そしてごく最近出会った漫画、「プロチチ」<br>アスペルガーのお父さんが、専業主婦として子育て奮闘するマンガでしたが<br>巻が進むと、マニュアルに頼り切った育児に見えていた主人公が<br>のびのびと一生懸命子どもを守って、また心を通わせている描写が絶妙でした。<br><br>この最新刊（最終巻なのかな？）の４巻は待ちきれなくてキンドルで買ってしまいました。<br>が、この巻が正直一番心を揺さぶられる「逢坂節」満載のお話でした。<br><br>そこには主人公のお母さんが出てきて…<br>周りの人（特に奥さん）に理解や支援をされて日々満足に生活している主人公が<br>暗黒の過去を掘り起こすような存在である、トラウマチックな母親の存在におびえて。<br>またお母さんも「普通のことを普通にやってほしいだけなのに」と<br>まるで私の心の中を見透かしているようなお話でした。<br>得意なことをきちんと認めてもらって職場でも家庭でもフォローされながら<br>尊重されて生き生きと過ごしている主人公の毎日とは対照的に<br>母親の目線があまりにもきつい…それが現状の私自身のようでした。<br><br>挨拶も返事もろくにできないんじゃないか。<br>気がきかなかったり、感謝や謝罪も満足にできないんじゃないか。<br>苦手な会話のキャッチボールのせいで無愛想に思われて損しているんじゃないか。<br><br>そんなひとつひとつの長男の学校生活の心配ごと、<br>私から見えない彼の世界の心配事をずばりと言い当てられたように思います。<br>だからと言って、やっぱり長男がうまくいっているかは別の話なのですが。<br>そしてやっぱりキーは支援者、理解者が周りにいること。<br>そのために、できるだけ味方を多くつけれるようになるためにどうしたらいいのか。<br>また改めて考えていきたいと思いました。<br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=27245358" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">プロチチ（４）/講談社<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51A4z9037EL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥価格不明<br>Amazon.co.jp<br><br>とにかくこの本、オススメです！<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11868589947.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Jun 2014 14:01:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ポーテージプログラム</title>
<description>
<![CDATA[ 今日は私が勉強中のポーテージプログラムのご紹介です。<br><br>　ポーテージ相談とは発達に遅れや偏りのある子どもに<br>なるべく早い時期に早期教育を行って効果をあげようというものです。<br><br><br><br>○一人ひとりの子どもの発達に応じたアプローチをする個別プログラム <br>○親が指導の中心的役割を担い、主に家庭で日常生活の中で指導<br>○応用行動分析(ＡＢＡ)という心理学の原理を用い、指導の目標や結果を正確に記録<br><br><br>このプログラムは発達領域を｢乳児期の発達｣｢社会性｣｢言語｣<br>｢身辺自立｣｢認知｣｢運動｣の６つに区別しています。<br>そして各領域ごとに達成されることが望ましい行動目標が<br>全５７６項目発達の系列に従い配列されチェックリストになっています。 <br><br><br><br>ポーテージプログラムの特徴は相談員が子どもを直接指導するのではなく、<br>親が指導者として次に述べる指導技法を使って 家庭で指導する方法を親に伝える、<br>つまり“これからずっとかかわる親が中心となって育て方を身につける”ことです。 <br><br>ポーテージプログラムの指導は三つの部分から構成されています。 　<br>一つ目はチェックリストを使ったアセスメントに基づく指導<br>二つ目はその行動を日常場面でどのように応用(般化)し維持し定着させていくか<br>三つ目は親に家庭での指導が円滑に行われるための援助をすること<br>相談員は親自身がかかえている問題にも積極的にかかわり相談にのります。<br><br><br>相談は基本的に月１回から２回<br>細かい発達の段階に沿ってその時の子どもにあわせた課題、<br>主にご家庭の生活の中でできるものを分析していきます。<br><br>川崎市宮前区で相談員をしています。<br>興味のある方、ご連絡おまちしております。<br><br><br>日本ポーテージ協会ＨＰ：http://www.ne.jp/asahi/portage/japan/index.htm
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11866941764.html</link>
<pubDate>Sat, 31 May 2014 14:04:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>何回目かの成長期</title>
<description>
<![CDATA[ 昨日は次男の幼稚園の遠足。<br>暑い中水族館に行き、海でたっぷり遊んできたみたい。<br>幼稚園に迎えに行き、家に帰ったら長男が行き倒れていた。<br>ベッドの上で下着姿でうつぶせの昼寝、まさに行き倒れ。<br><br>今までも何度かグッと身長が伸びる時期があったがけど<br>最近は私（１６８ｃｍあるけど）の身長はとうに越して<br>この数か月で私を見下ろすようになってきた。<br><br>体つきもがっしりしてきたし手足も長く細身の体にしっかり筋肉もついている。<br>制服を着て電車に乗っていると本当にいっちょまえに見える。<br><br>そんな時私は不安になる。<br>立派になった長男を見て、誇らしく、嬉しくなるのと同時に怖くなる。<br>体が大きくなって、できることも増えてきて、行動範囲も広がって。<br>私の知らない場所で私の知らない人に出会って、今も生きている。これからも。<br><br>大きな体の長男の中にある少年のような明るさと誠実さを<br>これからも守っていけるような、否定されないような<br>日々そんな出会いに巡り合っていけますように。<br>そう祈らずにはいられない。<br><br><br>先日、高校の懇談会に行き、初めて担任の先生の顔を見た。<br>若いけどしっかりしていそうな女の先生。<br>新学期が始まってから２カ月ほど経つのに、先生と話さなくてもなんとかなるほど<br>長男は自分でいろいろと自分の生活を成り立たせていくことができるようになってきたんだ。<br>そう思うと涙が出るほどありがたい。<br>もちろん長男の成長だけでなく、それを促してくれる、そして成り立たせてくれる環境があり<br>自信をもって毎日を過ごすことのできる場が彼にもできたんだ。<br><br>担任の先生には「学級委員として頑張ってくれています！」とおほめの言葉。<br>そんなこと知らなかったけど、だ、大丈夫なんですか？<br><br>８月には１７歳になる長男、今できること、今彼に必要なもの、大事なこと<br>黒子になって整えたら、外の世界に放り出すことが今の私達にみあった「支援」なのかもしれない。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/misojos/entry-11865761511.html</link>
<pubDate>Fri, 30 May 2014 10:27:04 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
