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<title>レオンのブログ</title>
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<title>前田敦子の後継者？</title>
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<![CDATA[ 秋元康氏がGoogle+にて前田敦子の卒業を東京ドーム公演と翌日の劇場にておこなうことを発表しました。<br>それを受けてなのでしょう。<br>さっそく掲示板には「前田敦子卒業後のteamAに加入するのは誰がいいか？」というスレッドが立てられ、メンバーの議論がなされていますが、<br>これを読むかぎり、多くのファンが求めているのはただ「前田敦子の代わり」を求めているような気がしてなりませんでした。<br><br>結論から書いてしまえば、誰も前田敦子の代わりはできません。<br>チームというのはひとつの成立したジグソーパズルのようなものであり、メンバーとはその中のひとつひとつのピースであるのです。<br><br>前田敦子と同一の人間でない者がどうして前田敦子の代わりができるのでしょうか？<br><br>そんな人間はどこにもいません。<br>それはもっとも恐れるべき「悪しき方向への世代交代」となってしまいます。<br><br>前田敦子の後継者を求める、ということは、緩やかにではあってもAKB48を凋落させていくことに繋がりかねません。<br>変わらなければならないのは組織であって個人ではないのです。<br>特に48Project.という育成プロジェクトは、個人と組織とを天秤にかけたとき、個人のほうが優先される形態であるため、<br>組織としての変容を受け入れなければゆっくりと凋落していくのを待っているだけにしかならないのです。<br><br>そして48Project.の強みもまさにこの点にあります。<br>筆者はかつて「48Project.はおそらく世界でも最先端の完成体である」と書いたことがありますが、おそらく多くの人は完成体とは他に比類なき金科玉条のものをイメージするかもしれません。<br><br>しかし真の完成体とは、「未完成」にあるのです。<br><br>未完成であるがゆえに組織じたいをいくらでも変容させることができるのです。<br>時、場所、宗教観、エンタテインメント性、生活様式……それらすべてにおいて48Project.とは組織として変容させることが出来、そしてそれゆえに現在イスラム圏であるジャカルタにも、台湾にも姉妹グループを作り、<br>シンガポールにおける定期公演や、香港、上海などでの公式ショップのオープンなどが可能となるのです。<br><br><br>さて前田敦子の卒業がファンにとって衝撃を以て迎えられたのは筆者にもわかります。<br>しかしさも「誰が前田敦子の代わりになるべきか？」という議論は意味があることとは思えません。そもそも誰もが前田敦子の代用品ではないし、<br>それでは「後輩に道を譲るために」と卒業を発表したあっちゃんの意思すらも蔑ろにしてしまうことです。<br><br>誰も前田敦子の代わりになれないのに、前田敦子の代わりを求めるならば、<br>おそらくそれは誰が昇格しようとも、他から加入することとなっても成功することはありえません。<br><br>なぜなら加入するメンバーはファンからすれば「前田敦子の代用品」でしかないために、仮にそのメンバーの個性を発揮しようものならとたんに「前田敦子の代わり」の意味をなくすことになるからです。<br>では個性を発揮できずにいることがどれだけAKB48にとってプラスのベクトルを生み出すでしょうか？<br>変わらなければならないのは、個人ではなく、組織の方なのです。<br><br><br>ひとつ例をあげてみましょう。<br>昨年、フジテレビの朝の顔としてめざましテレビを開始当初から担当してきた大塚範一氏が番組からの降板を発表しました。<br>その前にいえば、一昨年の夏にはフジテレビの看板アナであった高島彩がずっと担当していためざましテレビからの卒業とフジテレビの退社を発表しました。<br><br>これはAKB48でいえばまさに前田敦子が卒業するようなものです。<br><br>しかし後任となった三宅アナは大塚キャスターの代用品であるでしょうか？<br>高島アナの後任となった生野アナは高島彩の代わりであるでしょうか？<br><br>答えは否です。<br><br>ではめざましテレビはどうなったのか？というと、セットを組み替え、コーナーを組み替え、番組として新たな一歩を記しました。<br>これは何も今に始まったことではなく、めざましテレビという番組はずっとMCを勤めてきた女性アナが卒業する度にそうやって番組そのものを変容させることで一年また一年と歩みを続けてきたのです。<br><br>それゆえ視聴者もまた「めざましテレビ」という番組そのものは変化がなくとも、4月から始まった三宅・生野体制による番組のリニューアルを受け入れたのです。<br><br>ではここで前田敦子の代わりを求めることは何をもたらすのでしょうか？<br>それは組織そのものの硬直化を招き、先人の呪縛から逃れられないある種いかなる変化も受容できない組織へとなるだけです（わかりやすい例でいうと、国家の官僚組織というのはその最たるものです）。<br><br>組織が硬直化するとそこは必ず「前例主義」になってしまいます。<br>過去の成功体験にのみすがり、新たな挑戦はできなくなり、いかなる提案も受け入れられずにゆっくりと消滅していく道をたどるだけです。<br><br><br>さてそんな48Project.に魅力があるでしょうか？<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/missionns48/entry-11264461764.html</link>
<pubDate>Mon, 21 May 2012 16:42:55 +0900</pubDate>
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<title>バカとバカに乗せられるバカ</title>
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<![CDATA[ たかじんのそこまで言って委員会という番組をひさしぶりに観たのですが、<br>やはり評論家というものは他人のやる事に文句をたれるだけで何らの意味も成さないものだということなのだという事が筆者の中でははっきりとします。<br><br>この問題は極めて難しい問題であるため、これまで筆者は個人的見解であっても書くのは憚られたのですが、<br>あまりに阿呆な評論家の戯言には正直あきれ返ってしまったので、今日はこの番組について少し筆者の感想などを書いてみます。<br>そこで今日のテーマは「評論家というバカに乗せられることの愚かさ」についてです。<br><br><br>この番組はいつも政治ネタ・時事ネタが中心になるのですが、出演パネラーがあまりに阿呆すぎて筆者は単なる政治バラエティーと捉えています。<br>なのでここで書くようなことでもないのですが、今日放送された皇室問題についてはあまりに現実にある問題とかけ離れた馬鹿騒ぎであったのです。<br>
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<pubDate>Sun, 20 May 2012 21:35:21 +0900</pubDate>
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<title>フジTVの生中継について</title>
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<![CDATA[ AKB48の27thシングルに参加できる選抜メンバーをファン投票で決定する「第4回選抜総選挙」がフジテレビの特番「AKB48・第4回選抜総選挙生放送SP（仮）」で放送されるという報がありました。<br>150万枚以上のCDを売り上げるアイドルグループの、おそらく最大の関心事である選抜総選挙であるのですからどこかのメディアが食いつくことは想像できていたのですが、<br>まさかフジテレビが手をあげるとは筆者は思っていませんでした。<br><br>ネットニュースには放送内容についても少し触れていたのですが、<br>今日はそれを源として書いています。<br>そこで今日のテーマは「フジテレビによる選挙特番の内容について一言」です。<br><br><br>「ひと言」と書きながら当然ひと言でまとめられるはずもないのですが、<br>筆者はこの報を見たときに暗澹たる気持ちになってしまいました。<br>フジテレビの浜野貴敏プロデューサーは「武道館の興奮を伝えながら、64位から1位の発表まで、全順位を網羅。どの瞬間も見逃せない番組作りを目指します」と意気込み、「国民的アイドルグループの、感情むき出しの、本気の表情を余すところなくお見せしていきます」とコメントしているそうですが、<br>このコメントとこれまでのフジテレビの48Groupに対する姿勢というものが筆者には信用がおけない部分があり、このフジテレビの特番に対しての信用もおけないものになっているのです。<br><br>同記事には生中継の全容として、<br>フジテレビ社屋にメインスタジオを置き、同局アナウンサーの進行の下、芸能界のAKB48ファンを招き、総選挙の舞台となる日本武道館と中継を結ぶとのこと。<br>午後7時台には「AKB48総選挙をこう見ろ！」をコンセプトに、昨年の順位の振り返りと今年の順位予想を軸にしながら、AKB48のヒストリー、プロデューサー・秋元康氏の思い、総選挙出馬を辞退した前田敦子の心境など、今回の総選挙の見所を徹底的に伝え、<br><br>午後8時台は、総選挙の結果発表の生中継に徹し、L字、速報など本当の選挙特番を模したような緊張感あるライブショーを展開する。<br><br><br>……との事ですが、<br>筆者がこれを読んだとき、フジテレビの姿勢というものが「AKB48を消費財としてしか見ていない」という結論にしか達しませんでした。<br><br>そもそもこれまでマスメディアというものがAKB48をはじめとする48Groupをどう取り扱ってきたのか？<br>第2回選抜総選挙がおこなわれた2010年7月までは「完全に無視」。<br>それ以降は一挙手一投足を報じるものの、「48Project.とは何か？」という視点がまったくないからAKB48を単なるアイドルグループと報じ、<br>もともとの知識そのものが欠落しているからこれまでマスメディアの報道というのは、「一部のメディア選抜」に集中するだけでした。<br>もちろんグループとしてのAKB48とマスメディアとの関係を切れるはずもないので「それでいい」と言う人もいるでしょうが、<br>それすらも曖昧であるためにメンバーの名前すらも間違って報じ、それを訂正もしないという事は実は非常に多いのです。<br><br>またAKB48がどれだけフジテレビに地盤を確立しているか？というと、<br>「笑っていいとも」に指原莉乃がレギュラー出演しているくらいで、グループとしてのレギュラー番組はこれまで0本（筆者の住む地域では秋元才加がレギュラー出演している番組があるのですが、フジ系列とはいえ別の局なので除外）。<br>最近になってトヨタ自動車がスポンサーになった「AKB自動車部」という番組がスタートしましたが、<br>やすす曰く、この番組はあくまでも前田敦子ありきである為、彼女の卒業と同時にどうなるかわかったものではありません。<br><br>そこまでAKB48にコミットしてこなかったTV局が「AKB総選挙はこう見ろ！」だって？<br>笑ってしまいそうです。バカバカしすぎて。<br>そもそもこのAKB48選抜総選挙とは順位だけを競い、誰が1位になったかというのは付属的な結果でしかないというのに、その部分にしか興味を示さないマスメディアが何をとち狂ったのか？としか思いません。<br>以前にも書きましたが、この選抜総選挙の本義とは「順位ではなく、獲得票数」なのです。<br><br>誰がどれだけの票数を獲得したのか？<br>昨年と比してどれだけの伸びがあるのか？<br><br>その点こそが問題なのです。<br>それを理解しない者が「こう見ろ！」とは……何様？<br>そもそもこのAKB48選抜総選挙とは、何を主目的としたものであり、そこにどのような付随的な目的があり、それをどのように見るかなどファンそれぞれに違うのです。<br>順位のみを見るファンもいるでしょう。<br>自分の推しメンのみを見るファンもいるでしょう。<br>筆者のようにこの祭りそのものの意義を考えながら見るファンもいるでしょう。<br>人それぞれの見方というものがあるのです。<br>それが「48Project.を語る上でもっとも重要なソーシャルネットワーク」なのですが、それを「売れない間は無視し続け、売れてからは誤解と偏見に満ちた報道しかしなかったマスメディア」に見方まで決められる謂れなどどこにもありません。<br><br><br>また同局のアナウンサーがフジテレビ社屋から進行し、AKB48ファンの芸能人たちが集う……との事ですが、本当のファンであるのか、それとも単なるブームに乗っかっただけのただの「出たがり」なのかなど、誰が、何を基準に判断するのか？<br>ここでもおそらくフジテレビ側のAKB48に対する思考というものが透けて見えてくるでしょう。<br>筆者がそう考えてしまうのも、<br>昨年発売された「AKB推し」という雑誌があるためです。<br><br>あの雑誌はAKB48に在籍するメンバーについてそれぞれ様々な人たちが評したものでしたが、内容は、というと、AKB48に名を借りたただの自分の宣伝に使うバカ野郎も多数いて、買ったはいいが思いきり筆者は後悔しまくった雑誌でした。<br>今回この開票特番に出演する自称AKB48ファンの芸能人というのもこれと同様になるような気がします。<br><br>さすがにフジテレビ側もメンバーの名前も知らないような連中を出すとは思えないのですが、「一部のメディア選抜のみ（神7のメンバー）くらいしか知らない連中を出すという事は十分に考えられるでしょう。<br><br>昨年のように「映画館でのみ」公開されるものであれば、単なるAKB48メンバーとファンとの関係のみで成立しうるものでした。<br>映画館でのみ公開されるものであれば、それはいかなる脚色もされることなく、淡々と結果が発表され、ファンはメンバーの声を直接聞けるでしょう。<br>邪魔なだけのアナウンサーの脚色も、メンバーのパーソナルデータもほとんど知らずに神7だけしか知らない自称AKB48ファンの芸能人のバカ騒ぎも盛り上がりの外にあるものとして無視することもできたでしょう。<br><br>ファンはそれぞれの視点でこの選抜総選挙を楽しむこともできたでしょうが、<br>メンバーとファンの直接的繋がりの間に48Project.の意義も意味もわからない者が我が物顔で割り込んでくるのです。<br><br><br>……本気か？<br><br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 17 May 2012 04:12:48 +0900</pubDate>
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<title>発信者と仲介者と受信者と人間性</title>
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<![CDATA[ この二週間ほど、TVの情報番組における芸能コーナーはただただ塩谷瞬という役者の二股騒動を報じ続けていました。<br>筆者はそれほどこの話題には興味もなく、こうしてブログに書くつもりもなかったのですが、<br>ちょうど昨日「金スマ」で園山真理絵という女性が出演しており、彼女の話すことにひどく感銘を受けたので方針転換の気持ちでこの文章を書いています。<br><br><br>なぜ筆者がこの話題に興味がなかったか、というと、<br>何も自分の好き嫌いがどうというわけではなく、この話題をTVで報じている芸能レポーターやコメンテーターの姿というものがひどく鼻につくものばかりだったからです。<br>「二股」「塩谷はひどい」「アイツの女関係は～」とそれぞれが語っており、その事に筆者がどうこう言うつもりはないのですが、<br>ただひとつ共通しているのは、それを語っている者たちが一様に「笑っていた」ことなのです。<br>彼らにとっては面白いことであったのでしょうか？<br><br>これがバラエティであれば何も問題はありません。<br>しかし報じていたのはあくまでも「情報番組」であり、報道なのです。<br><br>事実を正確に報じるのが報道であるならば、人の不幸をわざわざ「笑い」ながら報じることに違和感を感じないのでしょうか。<br><br>またこれは多くの人が気づいていないか、気づいているけれどあえて気づかないフリをしているのかわかりませんが、<br>彼らは物事の事実をまったく知らないままで語っているということをわきまえておかなければなりません。<br><br>ひとつの事象があって、<br>それを取材した記者が新聞や雑誌などで書いた時点ですでにそれは事象をそのまま報じているのではなく、記者の主観がそこに入るということを理解しなければならないでしょう。<br>そしてそれを「まるで事実であるかのように」TVでコメンテーターは語るのですが、<br>それも筆者には誰に伝えようとしているのかはわかりませんでした。<br><br>つまり筆者たちが知る情報というものは事象がそのままダイレクトに伝わってくるものではなく、<br>様々な仲介者の＜主観＞というフィルターを通したものでしかないという事実がそこにはあります。<br><br>TVでこの話題についてコメントをしている人々は、<br>「富永愛や園山真里絵はこう考えている」というのではなく、<br>「もし自分が彼女たちの立場ならばこう考えるはず」という仮定の上に立った発言しかしていないのです。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 12 May 2012 14:50:12 +0900</pubDate>
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<title>美術部</title>
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<![CDATA[ 48Groupにおいて部活動がスタートしましたが、大きく分けて<br>（1）現在と将来の48Project.にとって必ず必要になるだろう一面として必要になるクラブ。<br>（2）各個人の特性を発揮させる上で48Project.の基本構想を顕在化させるためのクラブ。<br>のふたつに分けられるようです。<br><br>前者が美術部、文芸部、料理部であり、<br>後者が演劇部と軽音楽部という位置づけなのですが、<br>今日から少しこれらの部活について筆者の考えを書いてみます。<br>そこで今日のテーマは「美術部の目指すべき将来像と問題点」についてです。<br><br><br>美術部の構想が明かされたのは2月のことでしたが、Google+が大きく動いた瞬間でもありました。<br>やすすは美術部の将来像として<br>「美術部からCDのジャケットやコンサートのポスターの作成。衣装のデザインを担当するメンバーの誕生」を期待しているとの事でした。<br><br>ネットなどでは「将来の裏方づくり」などという阿呆がわきあがっていますが、この部活動というものはそれほど単純な話ではなく、<br>将来の48Project.が運動体として機能的に運動し続けるためにはどうしても必要になってくるものです。<br><br>48Groupだけでなく、あらゆるアイドルグループが活動するために必要なのは、<br>歌う楽曲、衣装と機材、レッスンと公演をおこなう場所……なのですが、そのうちコストがもっとも掛かるのは衣装と機材です。<br>アイドルという性格上、私服で公演をおこなうことはありえず、公演は公演用の独自の衣装を用意しなければならないのですが、<br>デザイナーに一から依頼して作成するのは金銭が掛かりすぎるし、市販のものでは人々の意識をひきつけるものにはなりえません。<br>AKB48が初期の頃ずっと制服を衣装として活動していたのも、「学校」をイメージした為でも「衣装の統一」をするためでもなく、単に当時のAKB48が金銭的余裕もなかったために多岐にわたる独自の衣装を用意できなかった為であると思われます。<br><br>この点におけるコストは現在のように人数が増えるたびに膨れあがっていき、前日の夜公演で着た衣装をその日のうちに洗濯し、乾かし、翌日の朝にアイロンをかけてまた着るなどという事は平然とおこなわれ、相当衣装スタッフの負担になっていると思われます。<br>また48Groupの衣装は現在、衣装スタッフと秋元氏が副学長をつとめる京都造形芸術大学の学生が手作りで作成していますが、<br>おそらくデザインに関しても同様であると思われます。<br><br>現在だけを考えるならばこれで体制としてはとれているでしょうが、しょせん現在だけの話です。<br>筆者はかねてから48Project.の将来像として「完全自己完結型」であることを提唱していますが、それはあらゆる48Project.にかかるものを48Project.内で生み出していくことを意味するものです。<br><br>であれば当然ながら衣装についても同様で、独自に衣装を作成できるチームも必要になるのです（独自に作成できるという事はオリジナリティの面からいっても重要です）。<br>またこれはCDジャケットやコンサートのポスターについても同様で、ここは48Project.は他のアイドルグループとはまったく異なります。<br>他のアイドルグループの場合、CDジャケットの作成やコンサートのポスターなどの作成はプロの写真家やデザイナーに依頼しているのでしょうが、<br>48Groupはアイドルドキュメンタリーと謳っているために常時メンバーを追いかけるカメラを必要とし、その撮影をおこなうスタッフも抱えなければなりません。<br>そのため他のアイドルグループを運営するよりも人件費がかかってしまい、それがグループとしての収益を圧迫させてしまうことは疑いありません。<br>それを回避するためには削減できるコストはできるだけ削減しなければならず、メンバーが担当できる部分についてはメンバー自身が埋めなければ将来の48Project.はとてつもないコストが掛かってしまいます。<br><br>秋元氏はビジネスマンではなく、あくまでも作詞家であり総合プロデューサーである為おそらくほとんど48Project.の金銭面のことは関わりも関心もないと思われますが、<br>利益をあげなければ運動体としての活動もできないのですからけっして無関係ではいられないでしょう。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 09 May 2012 13:45:51 +0900</pubDate>
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<title>ぐぐたす</title>
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<![CDATA[ 現在の48Groupの活動基礎は劇場での公演とCD等の販売による収入の確保、TVや雑誌等への露出による個々のメンバーの売り出しと知名度のUP、そして各芸能事務所への移籍なのですが、<br>毎年増えつづけるメンバーの露出先の確保として、現在の状況はあまりに少なく、また選抜メンバーのみが繰り返し露出するばかりでどうしても「干され」といわれるメンバーにまで光があたっていない現状です。<br><br>これはいずれ選抜メンバーの露出過多による飽きを加速させる可能性を否定できず、この露出度の入れ替え時期を誤るとそのままズルズルと減少幅を大きくしてしまうかもしれません。<br>それは現在以上の露出と売り出し、そして継続した利益獲得をめざす48Project.にとっては極めて危険なことであり、<br>この点における運営部のアプローチは「まだ不足している」という状況です。<br><br>4月からスタートするNOTTVというスマホ向け放送局にて48Project.の部活動と連動した番組をスタートさせることを発表しましたが、<br>これまで48Project.は地上波、BS放送、CS放送、ひかりTV、ネット配信……とさまざまなメディアに少しずつ露出の機会と量を増やしてきたのですが、<br>今回さらに新たな媒体としてスマホ向け放送局に手を伸ばすことにしました。<br><br>ファンの中にはNOTTVの放送域があまりに狭いので反対したりする人もいますが、<br>実際には地上波は飽和状態だし、CS放送は徐々にHD放送への移行を計っている段階であるし、BS放送はおそらく制作費の問題があるのだと思われます。<br>ひかりTVはAKB48のコント番組「びみょ～」が放送されたり劇場公演が放送されたりしたのですが、ユーザー数の増加をただ待つわけにもいかず、新たな同時進行できる媒体を探した結果なのでしょう。<br><br>媒体の強弱はあれ、次のステップに繋げるための措置はできるだけ講じるべきであるのですから、NOTTVという選択肢はこれから増えていくスマホ人口に比して大きくなる可能性もあります。<br>勿論さまざまな制約がそこにはあり、困難であることは間違いないのですが、そのあたりの判断はこの先の話としておいても構わないでしょう。<br><br><br>さてGoogle+で部活動を開始することが発表されると、一部のファンの間では「秋元康のお遊び」だの「AKB48は学校のようなものだから」という声がありますが、<br>筆者は根本的にそれは間違っており、この部活動というものの意義はそんな軽々しいものではないと考えます。<br><br>前述したように媒体露出の機会を得るためには何か取っ掛かりとなるものが必要であるのですが、<br>メディアに先に情報を出す場合と、Google+に出す情報にはあきらかな違いがあり、メディアに出た情報がぐぐたすには上がらないという事はあたり前にあります。<br>そのためGoogle+は干されメンの息抜きの場などと揶揄されるのですが、これは完全な誤解で「すでに媒体として確立されたもの」と「これからまだ作りあげていかなければならないもの」の差でしかありません。<br><br>そしてどちらが将来性があるか？といえば、筆者は現在の媒体よりもGoogle+のようなSNSの方がメインになると感じています。<br><br>直接発信のできるSNSと間接的に又聞きする現在のマスメディア……時間差という点からもどちらをファンが重宝するかは自明のことなのですが、<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/missionns48/entry-11264462215.html</link>
<pubDate>Tue, 08 May 2012 04:35:41 +0900</pubDate>
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<title>韓流</title>
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<![CDATA[ 韓流が本質的に背負わなければならないマイナス要素とは何か？<br><br>最大のマイナス要素とは「政府の関与」です。<br>政策というものはどこの国であっても、どんな体制であっても、本質的にはひとつです。<br>それは「過去の成功例を踏襲する」という方策しかほとんどありません。<br>なぜならば国民の税金を使って政策を実行する以上、けっして失敗が許されないからです。そのため政策は国民からの批判を受けないためには「過去、成功した例をひっぱってくることによって国民に周知することが必要」になってくるのです。<br><br>では「過去の成功例」はエンターテインメントにとって重要であるか？<br>といえば、答えは「否」です。<br><br>秋元氏もかつてインタビューで答えていますが、<br>「誰もが群がるところには野苺はない」<br>「これから先は『誰も見たことがない』ものが売れる」のです。<br><br>これと同様のことは歌謡界の巨匠である阿久悠氏も語っており、かつてモーニング娘が卒業と加入を繰り返してグループそのものを維持しようとしているのを見た阿久氏は驚きを隠せなかったそうです。<br><br>では韓流はどうか？<br>かつて「なかよしテレビ」で登場したあるコメンテーターが<br>「韓流を見ているとアメリカンポップスを見ているようだ」と表現していましたが、それは本義的に当たっています。<br>むろん中国で行われているようなパクリではないのですが、本義的に韓国政府としては「海外で売れるもの」を模索するいっぽう、独自の路線を突き進むことへの不安もあり、<br>「過去（現在も）、海外で売れたコンテンツを踏襲」することしかできないのです。<br><br>たしかにそうではない韓国独自のコンテンツも存在するでしょう。<br>しかしそれは政府の支援は当然受けられず、ビジネスという観点から考えれば、そのコンテンツは「日本の10分の1しかない市場」で活動することしかできません。<br>しかし韓国の国内では生き残っていけないから海外へ打って出るしかないのならば、そのコンテンツもまたビジネス上生き残ることはできません。<br><br>韓国のエンターテインメント界もまた「政府の支援を受けて海外に打ってでることで生き残りを図る」ためには、いわば「政府に受け入れられる」コンテンツを作らなければならないのです。<br>そして政府は「過去の成功例を踏襲する」ことしかできないのだから、現在の韓流がJ-POPやアメリカンポップスに酷似するのは当然の帰結であるともいえます。<br><br><br>あともうひとつ。<br>筆者はネットで嫌韓流の人たちが言っているような「韓流はすぐに飽きられる」という意見には賛同しかねます。<br>韓流（K-POP）というジャンルは生き残ることはおそらく相当長く、ひとつのジャンルとして構築はされると思います。<br>しかしその一方でひとつひとつのグループ単位で見た場合、その結論は真逆になると推考します。<br><br>過去からの踏襲しか選択肢のない韓国政府の管理下に置かれている状況ではむろん新たな才をもつクリエイターが育たないという一面もあるのですが、<br>仮に十年後になっても政府は「過去の成功例を踏襲するスタンス」を崩せず、現在流行しているKARAとか少女時代とかの模倣しか存在できなくなるときが来るような気がします。<br><br>しかしそれらのグループはしょせん「過去に見たことのあるもの」であり、何の真新しさもありません。<br>そうなれば当然ながら人々は一瞬は真新しさを感じることはあるでしょう。しかしクローンのテロメアのようにその寿命は短くなる一方なのではないでしょうか。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 30 Apr 2012 07:52:13 +0900</pubDate>
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<title>AKB48と韓流</title>
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<![CDATA[ 昨日、幕張メッセで開催中のニコニコ超会議2012にて、「超クールジャパン作戦会議」というものがおこなわれ、枝野幸男経済産業大臣が登場しました。<br>枝野氏は<br>「ニコニコ動画やB級グルメ、日本には面白いものがたくさんある。海外の人たちが『いいよね』と思ってくれるような日本の文化をもっと発信させていきたい」と挨拶しました。<br>またクールジャパンの一例として、自身のファンだというAKB48をあげた枝野大臣は<br>「どうして韓流ばかりが人気で、AKB48が海外で人気ないのかが不思議だった。彼女たちも海外できっと流行するはず！」と熱弁したとの事です。<br><br>さて大臣という職にある者、政治家というものにすべての物事に精通していろというのはまったくの暴論なのですが、<br>この言葉を聞いたときには正直にいって筆者は驚きがありました。<br>なので今日はこの一文を取り上げてみます。<br>そこで今日のテーマは「48Project.と韓流を同一視することの愚かさ」についてです。<br><br><br>まず大前提として<br>枝野氏が言う「韓流は海外で人気があるが、AKB48は海外で人気がない」というのは完全な誤解です。<br><br>かねてから48Project.の総合プロデューサーである秋元康氏は、<br>「韓流はプロ野球のようなもの。AKB48（48Project.）は高校野球のようなもの」と表現していますが、<br>筆者はそれすらも疑問視していて、<br>筆者の印象としては「韓流がプロ野球のようなものであるならば、48Project.はサッカーのようなもの」という印象なのです。<br><br>それは成立過程からもそうですが、<br>存在意義もコミットする媒体も、そして誰を顧客としているかにおいてもそれは立場を異としており、野球ファンとサッカーファンの数を競うのは愚というものでしかありません。<br><br>野球が好きな人ならば野球ファンになるでしょうが、サッカーが好きな人ならばサッカーファンになるだけの事です。<br>それを同一視し、どちらが人気があるかを問うのは愚であります。<br><br>まず韓流というのは（日本においては）あくまでもマスを基として活動しています。<br>つまり多くのマスメディアにおける報道や番組に登場することで認知度を広めていき、さらにネットを駆使することでさらにそれを加速させていきました。<br>一方、AKB48はどうか？というと、<br>結成当初からAKB48はずっとソーシャルネットワークを駆使することで現在の人気を積み上げてきました。<br><br>またAKB48が人気アイドルグループとしてTVに取り上げられるようになっても、正直、TVの報道内ではAKB48のすべての活動を網羅することはできないので、<br>彼女たちの活動は現在においてもネットを駆使したソーシャルネットワークにあります。<br><br>さらにいえば韓流は自己評価を基礎としているが、48Project.は基本的に他者評価をグループの基軸としている点も異なります。<br>その最たるものが選抜総選挙にあるのですが、根源的なことをいえば「選抜制度」そのものが他者評価にあたります。<br>違う言い方をすれば、顧客や運営による＜選抜制度＞がないアイドルグループは基本的に自己評価しかできず、K-POPというジャンルで継続することはあっても、ひとつひとつの単体グループとしての寿命は実に短いものとならざるをえないと筆者は考えます。<br><br>これはもともと韓流というものが持っている（背負わなければならない）マイナス要素であり、それゆえに筆者はいくら「韓流がすごい」と言われても危機感を感じないのです。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sun, 29 Apr 2012 07:24:04 +0900</pubDate>
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<title>(11.25)AK98(3)</title>
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<![CDATA[ 筆者がこのAK98というアイドルグループが長続きしないと思う最大の根拠は、<br>このグループの集金力が確立できていない点にあります。<br><br>無論このようなアイドルグループを創設する場合、当然ながら集金力というのは考えなければならないのですが、<br>特にこのAK98のようなパクリグループを作るときほど、実はその集金力は考えなければならないのです。<br>というのも、そもそもなぜパクるのか？<br>といえば、理由は簡単です。<br><br>「はやく儲けたい」からです。<br><br>一から自分で作りあげるものよりも、他者が作ったものをパクってその人気にあやかるほうが宣伝費を抑えられる一方、早く利益をあげることができ、その誘惑の果実は常に多くのクリエイターたちは駆られたことだろうと思います。<br>しかし現代では、実はパクリというのは思うほど利益を出してはいないのではないかと筆者は考えます。<br>その理由として挙げられるのは「インターネットの発達」です。<br><br>インターネットが発達し、普及したことで、「何時でも誰でも何処からでも」アクセスが可能になりました。<br>東京の秋葉原にある小さな劇場で活動することを基とするAKB48が「国民的アイドルグループ」と呼ばれるまでになったことも<br>日本の一アイドルグループが日本国内だけではなく、遠くアメリカやフランス、ロシアなどでも公演ができるようになったのも<br>多くの海外ファンを獲得できたのもこのインターネットの環境整備が進んだことと無関係ではありません。<br>しかしインターネットの発達は多くの弊害ももたらしました。<br><br>ひとつは版権の管理ができなくなったこと。<br>もうひとつは過去の動画がそのままネット上に残ることで、組織体としては常に新しい情報を提供し続けなければならなくなったことです。<br><br>過去いくつものアイドルグループがブームを迎えて隆盛を極めたが、その後凋落していったのはTVという消費財の中でいつしか新たな情報を発信できなくなり、<br>新たな情報をつかめなくなったユーザーから忘れられていったという事象が数多くあります。<br>TVというのはその性格上どうしても新たな情報がなければいずれ取材そのものをおこなわなくなり、取材が行われないのだから報じられる機会もなくしていく……そして報じられる機会もなくしていったことで人々の記憶から忘れ去られていくという事を繰り返していました。<br><br>インターネットの普及は「遅れてきたユーザー」には真新しいものであっても、すでにその情報を知っているユーザーからは「すでに過去のもの」でしかなく、<br>組織としてはすでに情報を確保したユーザーに対しての新たな欲求を満たす情報を発信しなければならない、という対応はこれまで以上に求められるのです。（芸能人のブログやツイッターなどが増大したのはそのためです）<br><br>そう考えれば、このAK98というアイドルグループは組織体としてもメンバーの人数からしてもいいではないか？と思う人もいるかもしれません。<br>しかしその一方で「ではこのグループの収入源は何？」と問うと筆者には思い当たりません。<br><br>AKB48の主たる収入源はもちろん「劇場公演」です。<br>CD販売による収入はほぼ次回のプロモーション費用に充てられ、TV出演によるギャランティ収入はメンバー個々に入るものであるのならば、AKB48の母体企業であるAKSの収入源は劇場公演とTVの制作収入しかありません。<br><br>しかしこのAK98の活動がプロデューサーの言によれば「ネットでの活動」が基となるならば、いつでもどこでも誰でも＜無料＞で観られる組織でしかありません。<br>無料で提供されるならば、人は無料のままでいるように求めるものです。<br>仮にこのAK98がこれから有料コンテンツを提供しようとしても、それがどれくらいのユーザーに受け入れられるかは筆者は相当疑問です。<br><br>またネット番組の制作も、おそらくクリエイターという存在がいないのでしょう。<br>そのため番組じたいも完全にAKB48のパクリで、中国のAKB48ファンもあきれ返っているようです。<br>ここですでにAK98の戦略そのものが崩壊しているのです。<br>AK98の戦略としては、AKB48と類似したグループ名で人々の興味を引くとともに、おそらく中国のアイドルヲタ層を中心とするAKB48ファンを自グループのファンに転化させることが唯一の戦略であったろうと思われますが、<br>このように番組までもAKB48のパクリであれば、中国のAKB48ファンは「過去のAKB48の番組」を観るだけのことです。<br>これでは無論新たなファンの獲得にもままならず、このグループは収入源も確保できないまま活動を続けることになるでしょう。<br><br>しかしそうなったとき、誰がどうやって98人もいるメンバーの給料を支払うのでしょうか？<br>このプロデューサーが自費で払う？<br>それとも給料そのものを払わない？<br>収入源もなく、出費ばかりがかさんでグループが維持できるはずはもちろんありません。<br><br><br>さて何年このグループがもつか、<br>筆者としてはいささか興味深いです。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/missionns48/entry-11264463937.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Apr 2012 04:48:34 +0900</pubDate>
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<title>(11.25)AK98(2)</title>
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<![CDATA[ AKB48を素直にパクッたと言えば実はまだ救いはあったのです。<br>まったく逆説的ですが、AKB48を中心とする48Project.はAKB48＜だけ＞に依存するアイドルグループではなく、その姉妹グループであるSKE48、NMB48、SDN48……と誕生させているのですから、<br>いずれその風は日本以外の海外へも進出していくことになるでしょう。<br>おそらく中国にも。<br><br>さて問題は中国にAKB48の本家姉妹グループが誕生したときです。<br><br>48Project.の基本構想としては、現地の企業からスポンサーを募り、現地の運営会社にグループの運営を任せるのを常としていますが、<br>このような措置をおこなうのにはいくつか理由があります。<br><br>ひとつは法的な問題。そして感情の問題です。<br><br>法的な問題を言うならば勿論このAK98のようなパクリグループの出現というのはAKB48側も当然予想はしていたでしょう。<br>これまで幾多の日本企業の製品が中国でパクられ、商標登録をされ、裁判沙汰で負けてきたかを振り返ればその思考がないほうが異常なことであり、<br>「AKB48」という何の奇もてらわない文字と数字の羅列をグループ名としたのもその理由であろうと推考します。<br>これまで多くの日本メディアも、AKB48の「AKB」とは彼女たちの劇場がある秋葉原のことを指しており、「48」というのはメンバーの総数であると報じてきましたが、<br>これには別の意味があります。<br><br>「AKB」というのが秋葉原の略であるから、栄を本拠としている「SKE」、難波を本拠としている「NMB」とその土地ごとに名称は変化できるという利点。<br>つまり上海でおこなうならば「SNH」、北京なら「PKN」と、26文字の英語表記の組み合わせでいくらでも形を変容させることができるのです。<br>またその後の数字である「48」もまた秋元氏曰く「単なる番号」であり、いくらパクリ大国の中国であっても「48」などという数字を商標登録はできないでしょう。<br><br>つまりAKBとは「東京・秋葉原」にしか存在せず、中国でいくら「AK」などというAKBと類似したグループ名としようとしても、それは商標権として意味を成さないものになってしまうのです。<br>また思いっきり拡大解釈して、<br>仮にこのAK98というアイドルグループが中国で商標権登録をして中国特許庁がこれを認めたとしましょう。<br>その後AKB48が中国に進出したとしても、そのときは「○○○48」というAKB48とはまったく異なる名称になっているのですから、<br>たとえ商標権を巡る裁判沙汰にするとこのプロデューサーが息巻いても、それは不可能なことです（だって合致しているのは“８”だけですからね）<br><br>仮にAだのKだのという英語表記部分を盾にしても、それならばAKB48側は普通に地名を英語表記にしたときに「A」も「K」も使用しない土地で姉妹グループを発足させればいいだけの話です。<br><br>第二に感情の問題です。<br><br>これは最近、日本であふれ返っている韓流アイドルがいい例です。<br>彼女らの多くは美人でスタイルも良く、多くの女性にとってまさに憧れであり、誰もが彼女たちのようになりたいと思わせるような存在です。<br>彼女たちが様々な努力によってその地位に在ることは疑いようもないことなのですが、日本の中には韓国から突如やってきた韓流アイドルに嫌悪感を抱く人もやはりいるでしょう。<br><br>彼らが愛国心ゆえに韓流アイドルに反対しているのではないことは明白ですが、国内の市場が外国資本に荒らされる状況が表面化すれば、その嫌悪感はいや増していくだけです。<br><br>これは何も日本だけに限った現象ではなく、中国にもその素地はあり（しかもその規模は日本よりも上）、仮にAKB48が進出したならばAKB48のビジネスモデルからしてもその嫌悪感というのは必ずどこかで噴出するでしょう。<br><br>しかし48Project.の基本構想のひとつに<br>「運営は現地でおこなう」というのがあります。<br>これは単に遠く離れた地でおこなう場合、代理店を必要とするからではありません。現地企業と手を組んだほうが法的にも人を集めるうえでも良いからです。<br>またAK98のようなパクリグループが出現してきたときに法的に対処する上でも現地に構えたほうが迅速に対応できるし、中国国内の法体系にも精通しているから仮に中国の国内法が変化しても、知ってから対応するまでの時間差を考えれば、はるかに楽だからです。（加えて言うと、現地の48Groupに出資している企業が多くなれば、中央政府はともかくその土地の自治政府には強い影響力をもつこともできます）<br><br>仮に中国国内で現地の48Groupに反感を持つ者が現われたとしても（近い将来はともかく規模が拡大すれば必ずそうなるでしょう）、そのグループに連なる企業とそこで働く労働者からすればその反感に「自身の生活を守る」ためにも対処せざるをえなくなります。<br><br>秋元氏が言う「フランチャイズ化」というのを想像すれば、このAK98というアイドルグループはジリ貧になることは間違いないのです。<br>商標権を争っても勝ち目はない。<br>展開規模や外部（AKB48などの姉妹グループ）との繋がりからいっても、また展開速度からいってもおそらく勝ち目はないでしょう。<br><br>唯一このグループが生き残る方策としては、AK98そのものを48Groupに売ることで利益を得る方法だったのですが、このプロデューサー自身が「AK98はAKB48のパクリではない」と断言した以上、もはや売り抜けることも叶わなくなったと考えるほうが普通です。<br>まったく逆説的ですが、もしパクリアイドルであることを告白していれば、仮に将来48Project.が中国に進出した際にAK98を48Project.に売り抜けることで「私は将来48Groupが中国に進出することを見越して＜その先遣として＞このAK98を創設した」と言い逃れることも可能だったのに、<br>オリジナルだと主張したことでもはやそれも叶わなくなりました。<br><br><br>他にもこのAK98というグループが長続きしないだろうと筆者が思った理由がありますが、それは次回に。<br>ではでは<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/missionns48/entry-11264462698.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Apr 2012 04:00:11 +0900</pubDate>
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