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<title>mitomiのブログ</title>
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<title>Out of Aquarium</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは。皆さん。</p><p>貴方は現在、元気でしょうか。</p><p>仮に其の問いに答えても私に出来ることは一切ありませんが、「元気です」という返事が聞きたいです。</p><p>また、皆さんには謝らなきゃいけません。私が弱さの余り、力に固執していた事。</p><p>君の世界から優しさを剥奪しようとしたこと。価値観を操作しようとしたこと。</p><p>私の此れまでは、自分で言うのも恥ずかしいですが悲惨なモノだったように思います。</p><p>私は、端的に述べると人間不信です。要するに他人を信じることが出来ませんでした。</p><p>その場その場で関係は築くけれど、其の後で先ほどまでの会話の分解を計り他者への理解を試みます。</p><p>「あの時言ったこの言葉には、きっとこんな意図があって。つまりは、この人は此れを求めているのでは無いか。」等というのが一般的です。</p><p>私の世界は、私だけの存在によって成り立っていたといっても過言では無いんです。何故なら、其の人の発した言葉を自分の価値観で判断し、自分の声だけを頼りに推理するのですから。</p><p>水槽の世界とも形容できた僕の世界は、とある出逢いによって粉々になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　とある女性に出逢ったのです。出逢った当初の私は、彼女を食い物としか捉えておりませんでした。</p><p>如何に転がせば、上手い駒になるのか。恥ずかしながら、其れだけを考えておりました。</p><p>そんな醜い私の思惑とは異なり、其の女性は常に快活で且つ僕に優しさをふるまってくれました。</p><p>何してるのって気に掛けてくれたこと、何読んでるのって興味持ってくれたこと、すてきな声だねって褒められたこと。</p><p>僕のノートに悪戯書きをしたこと。素直に話してくれたこと。</p><p>彼女と行動を共にする内、僕は理性の部分が強まっていくのを感じました。</p><p>そして、彼女が見せる世界はとても美しくいつしか僕の世界も綺麗になっていました。彼女に接する度、僕が話していていいんだろうかと頭を抱えます。ですが、そんな苦悶の表情は君に見せたくないから素直な気持ちの一部である「君と話せていて楽しい、君と時間を過ごしている此の時間が幸せだ」という感情を表出しています。</p><p>とはいえ、今の僕なんかは彼女のことを思う事しかできない道徳・倫理の欠落した最低ごみくず野郎です。</p><p>なので、彼女を迚も幸せに出来るとは思いません。ですから、僕は彼女に何か不幸が訪れたとき守れる存在となり、彼女が生きる世界を遠くからでも良いので見守っていきたいと思っております（不快な感じでは無く！！）。</p><p>彼女は、そんな消極的な僕を励ましますがそんな励ましを受けていることでさえ烏滸がましい様なそんな気分です。</p><p>僕に構わず、すてきな人を見つけてくださいと素直ではありませんが、そう思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして、彼女に会ってからと言うのも僕の人生は大きく変わりました。此れまでは、有名なパラドックスである水槽の脳の様な価値観で生きておりました。ですが、皆生きていると実感できてまた彼女が生きている、其の事実に対し思わず涙が零れてしまうほどに嬉しいんです。</p><p>彼女曰く、shouldではなくwantが大事とのことです。なにをすべきかじゃなくて、何をしたいかを考えてよって良く言われます。其れを聞いたときは、盲点だったというかそんなモノの考え方があったんだと、感動しました。</p><p>ダメだしばかり受けていますが、彼女と生きてる、こんなに愛おしい日々が僕の人生に訪れるなんて、予想だにしていませんでした。</p><p>また、色んな場面に於ける僕も変わりました。キチンと人が人として見れるようになったんです。顔色や、表情、言葉なんかにキチンと色が灯っていて気にかける事が出来るようになりました。きっと、僕が幼い頃に否定した世界のパラダイムです。</p><p>彼女は綺麗です。</p><p>　此れを読んでいる貴方にも、生きていればきっといい人が見つかると思います。</p><p>日々是好日という日本の古い言葉がありますが、沢山転びながら自らにとっての"好日"を沢山みつけてください。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな僕でも、見つけることが出来たんです。きっと皆は既に見つけてるのかも知れませんが、見つけているのなら何があっても手放したらダメです。其の人が喩え、自分を選ばずとも離したらダメなんです。其の人が生きてること、その人と僅かの時間でも一緒に生きたこと。忘れたらダメです。自分に何も無い事を思い知らされた代わりに僕は愛を覚えました。</p><p>此れだけ在れば、もう何も要らないです。</p><p>&nbsp;</p><p>僕のwantは、唯一。君の幸せです。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の幸せは自分で掴むと、言い張る彼女ですが僕のwantは変わりません。</p><p>只の欲望ですから、傲慢だとしても仕方が無いんです。間違っていても、此の解答は変わりようが無い。</p><p>僕がそう答えることが、君を不幸にさせるなら僕は好んで嘘をつきます。</p><p>&nbsp;</p><p>自己犠牲にも似た僕の献身性は、見る人から見れば「かえって傷つけかねない」との印象を持つかも分かりません。</p><p>ですが、私は私を傷つけてなんかいません。私自身の感情の指針が彼女にありますから、僕は苦しくないんです。</p><p>他の男と遊んでいても、僕が君を好きなのは変わりようがありません。彼女が楽しいなら、其れが一番です。</p><p>&nbsp;</p><p>僕の世界って、そんなもんです。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mitomitomitomitomiotmi/entry-12534972953.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Oct 2019 15:20:00 +0900</pubDate>
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<title>流星</title>
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<![CDATA[ <p>ふと、夢の中に戻りたくなることがある。</p><p>僕が見ていた夢は、夢の中でも幻想的で自分を守るために四方から固められていた。</p><p>その裏にある現実では、いつま不満ばかり抱えては苦悶し、対策が分かっていても周りの意見を尊重し自分を殺すことで精いっぱいだった。</p><p>入力の部分と出力の部分が一向に繋がらない日々は、端的に苦痛そのものであったと今にして思う。</p><p>そんな頃の僕は、社会的活動から逸れつつも社会を良くしようと本ばかり読んでいたし、何かいい影響を与えようと創作活動に励んでいたりした。追体験を味合わせるなら、小説が良いかもな・・・とか、教育のアップデートが必要なんじゃないかと思った際には、教師になろうと意気込んでいたりした。当時の両親は、そんな夢想ばかりしている僕を「口だけ」とか「自らを守るのに必死」だとか好き放題言っていた。</p><p>でも、そんな両親のもとを離れられなかったのは単に自らが外へ出て行動するのが怖かったからだ。</p><p>ある日を境に、僕は周りが敵だらけと知り自らの価値を追求し始めた。考えるのがやめられない性分であったのか、考える事だけが自らを守る手段であったのか知らないけれど、そんな迷路に嵌り僕はいつしか疲弊していて、死にたいと嘆くようになっていた。</p><p>この時、僕には戦略が欠落していたし、戦う覚悟が無かったんだと思う。端的にいい人でありたかったんだ。</p><p>僕がテストを頑張れば、クラス順位が転落して落ち込む生徒が現れる。そんな生徒は僕を叱責する。</p><p>僕がかっこつけ始めたら、同性の男子に嫉妬されることがあり、虐められる。</p><p>僕は平和を求めていた。平和を求める陰には、怠惰だってあったかもしれない。もう、いいよと逃げ腰になっていたかもしれない。</p><p>今にして思えば、力によってさらに捻じ伏せる為の戦略だって練れるし、何人たりとも僕の上に立つことは僕の世界において許したくはない。</p><p>僕は優しさを言い訳にして、勝負から逃げていた只の臆病者だったんだ。</p><p>けれど、会社に通い不条理を目の当たりにしながらも其れに適応し始める自分とは裏腹に、心の何処かで強く思う事があったんだ。</p><p>「このままではいけない。」「僕が守りたい人って誰なんだろう。」「人を支配するシステムなら、僕の方が上手く創れる。」</p><p>システムだらけの大手は、居て飽きる事があまりなかった。勉強会というイベントには、よほどのことがない限りすべて出席した。</p><p>其処では、非常に興味深い内容の実態についての暴露が山ほどあった。オブラートに包んではいるものの、本質は余りに暴力的で、其れで居て美しいと思わせる、裏打ちが其処にはあった。</p><p>本気になって頭をひねり始めたのはきっとこのころからだったろう。別に出世がしたかった訳でもなければ、起業したかったわけでもない。</p><p>単に漠然と、僕はそのころ国が欲しかった。自分で国を創ってみたくて、其の為に色々学んでいたんだ。</p><p>だから、そんな学習内容と合致することもあって自分の脳内つまりは入力の部分と出力の部分がそう遠くにないことを思い知ったんだ。</p><p>僕でもイケルと確信したのは、入社して間もない委員会での企画に貢献した際についてだった。</p><p>余りに杜撰な形骸化された委員会であったので、僕は前に立って先導したことがあった。とりあえず仕事だから結果は出さないとと思い、あらゆる知識を結び付けては形に変え、結果に還元していった。好評だったようで、色んな所からお呼ばれもかかるようになり、自然と自らに業務が集まるようになった。入力つまりは頭で考える部分と、出力つまりは其れを表現することの愉しみを僕はこの時学んだんだ。</p><p>と、同時に怒涛のような日々の始まりでもあった。まず、自らが本気で願っていた事。</p><p>世界に問えるようになりたいという事について叶えるべく、その手段を本気で考え始めるようになった。</p><p>まだ穢れを認める覚悟はこの時なかったけれど、自らの夢を叶える為なら受け入れがたい真実も無視していては通れないので、敢えて踏み越える覚悟を決めた。今にして思うと、僕らは誰しもが既に穢れているんだ。穢れのない人間なんて誰一人として存在していない。</p><p>穢れがないと主張するのは、其の人の世界或いは其の人の周りの人間たちの共通認識だけであって、僕の世界にまで其れは波及されない。此れが僕の穢れでもあるのは、最早言うまでもない。自らの穢れからは目をそむき、他人または世界の汚点について目を細めているようでは何ら生産性を持たない自己承認行動、悲しい独りポルチオ野郎なんだ。まず初めに穢れを認めろと、前回のブログにて言ったのは時間を無駄にするからだ。無駄というのは僕の主観からでしかないので、君にとっては有益な事なのかもしれない。逆転不可能な人生のカルマを背負っており（または背負ったつもりでおり）、そうすることでしか自分を慰められないのならどうぞ好きなだけ自らの潔癖を語ればいい。</p><p>僕だって沢山そうして空回ってきたんだ。</p><p>閑話休題、話を戻すが僕は穢れを認めたことで凄く視野が広まったんだ。此れ迄使えないと判断していたチートのような手法も難なく使えるようになった。もちろん、犯罪は起こさないし起こすつもりもない。そのチート行為とはいったい何なのかについては、自らの利益を守るためにも語ることはしない。そうしていく中で、次第に戦略は研ぎ澄まされイケると確信できるものにかわっていった。</p><p>実行までにかかる時間もそう短くはなかった。戦略（ver.1.0）が完成したその日の夜には其れを成就させるのに必要不可欠なキーパーソンと会合していた。話すと彼は僕の策を気に入ったらしく、やろうやろうと僕以上にハシャぐ有様だった。</p><p>其れから現在に至るまで、未だ１か月も経過していない。</p><p>それなのに、得られたものはかなり大きくまた得難いものが殆どだった。第一に職場とは別の環境における社会活動。第二に旧友であるプログラマとの共同システム制作。第三に素直に異性と話ができるようになった！！！</p><p>第三に関してはネタと思われかねないので、補足をするが其れ迄僕は異性というものが恐怖の対象でしかなかったんだ。</p><p>自らにとって何一つとして利益を与えない存在であると認識していたので、敢えて回避してきたんだ。もちろん、性欲もなくはないので求めたくなることは儘あったがある程度の距離感は常に保つようにしていた。何を話せばいいのかもわからないし、裏切られたと思い込んでいしまうような経験もあり、正直なところ同じ人間とも思えていなかった。けれど、その認識も変わったし普通に喋れるようになったんだ。</p><p>何も臆せず喋ればいいんだって気づいた。そこでもし惚れられたり、嫌われたとしても知ったこっちゃない。もし、悪質な虐めや陰口が発生しても正直もう何も怖くないからね。惚れられて傷つけるような事が今後発生したとしても、抑々成功し幸せになるのを前提に勝負してこられちゃ困るというもの。こちらだって、本気で誰かと恋愛をするのなら真剣に相手は選ぶし遊ぶことは出来ないからね。真面目に答えた僕の結果が受け入れられないなら、抑々僕について知っていなさすぎるので、其れは僕に恋しているとはいいがたいんではないだろうかって話。</p><p>感動ポルノの道具として気やすく惚れられちゃ時間だけ喰われて、大損喰うハメになる。暇ならよかったが此れからは暇じゃないので容赦はしない。だからもう余り優しくはないので、本気で困った人には戦略とも呼べる実用的な知識を教えることになると思う。それでもいいなら、変わらず僕に連絡するといい。</p><p>まー話を広げ過ぎたけど、何が言いたいかって今滅茶苦茶な事になってるんだ。楽しいし、ドキドキするし、恐怖だって尋常じゃない。</p><p>此れ迄、一人でｼｺｼｺと学んできたものが全て活かせると思うと其れだけで僕は報われる。</p><p>入力と出力を結ぶ線を、僕は生命線と呼ぶ。その生命線が持続する限り、自らの命は輝き続けると今はそう思う。</p><p>その輝きに惹かれるように或いは、同じく輝いている人が次第に集まってくるこの感覚を、共生とでも言うんだろうか。</p><p>きっと僕は何人も真の意味で救うことは出来ないけれど、君の世界を少しでも灯せるようにとブログを綴りました。</p><p>&nbsp;</p><p>では、決別です。今度会うときは、別の場所でお逢いしましょう。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mitomitomitomitomiotmi/entry-12529402385.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Sep 2019 02:36:11 +0900</pubDate>
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<title>誰が為の人生</title>
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<![CDATA[ <p>君は何故生きている。</p><p>其れに答えられるものは、僕の前から去るといい。</p><p>奇しくも、その問題に答えられない兵どもが多く此の世界には存在している。</p><p>僕は此れを読んでいる君のことは甚だどうだっていいが、"兵力"を考えた時に僕が他人を必要としているのもまた事実である。</p><p>そして、端的に述べるのなら僕は他人を自らの駒にしたがっている。</p><p>其の駒を優れた駒へと昇華させたがっている。</p><p>だから、僕はこの文章を綴っている。</p><p>でも勘違いしてほしくないのは、僕は君を誑かし現実社会への捕虜とさせるような甘言は吐かないという事だ。</p><p>無論、傷のなめ合いをするつもりもない。</p><p>僕は端的に此の世界の在りのままを話そうと思う。そして、自らの夢を語ることで君の力を獲得したいというのが文章の目的だ。</p><p>結論から言うと、此の世界は敵しか存在していない。二元論で言うから、僕ではない君にとって其の言葉はとても安っぽく聞こえたことだろう。</p><p>しかし、黒の中にも様々な色が紛れている様に敵という言葉にも深みがあり、また簡潔に其れを敵であると表現することも可能なんだ。</p><p>人間は自らにとっての利益を貪る機械だ。自らにとっての利益とは何かを問うとき、価値観という言葉と同一視されることがあるがほぼ同義だ。</p><p>自らの点数表つまりはスコアをもとにして、快く感じたり不快だと感じたりすることがある。</p><p>自らのスコアに遵守しない人間は、本人にとって敵であるのだ。</p><p>では、皆が統一のスコアであるかという話だがその真意は知り得ない。知り及ばない。</p><p>だが分かることがある。スコアの内容が一緒であっても争いからは避けられない、ということ。</p><p>例えば其の島には３人しかいなかったとする。楽を第一に考える者が３人其のすべてであったら、楽をしたいがために誰かを服従させる必要が発生する。もはや、争うしかなくなるだろう。</p><p>今述べた、例は極端にも映るが実際そういう事なんだ。</p><p>全ての人間がバラバラのスコアでかつ全てが上手くいくように当てはまる様なアルゴリズムが完成されない限り、僕らは幸せになることは出来ないし、平和な世界など訪れる事がないのだ。平和な世界について述べるとき、"争いのない世界"と端的に述べる人間がいる事を僕は知っている。読む人が読めば、浅薄な思考だと僕と同じく一笑に付す事だろうが、もし仮に僕の文章を読む人にとっての平和が"争いのない世界"を指しているのであれば、何も争いは戦争だけではないという事を理解させておく必要がある。</p><p>同じく人間が力によって、人間はこうあるべきだ、と定めたルールが自らに於いて理解できない場合其処には少なからず摩擦が生じる事だろう。誰しもが世界の決断に納得できていないことは、今日を生きる諸君であるなら既にわかりきっているはずだ。</p><p>威嚇的で混乱に満ちている此の世界は、端的に弱者は生きづらいだろう。</p><p>君を守る事が自らの利益に属さない限り、人は君を守ってはくれないだろう。君を守ることが、自分を守ることに通じない限りつまりは、金銭を得る事が出来たり社会的承認が満たされたりなど、しない場合は君は見捨てられて当然だろう。</p><p>誰かを守る、其れだけが自分の利益であると感じている人間であっても、守る人は選んでいたりする。</p><p>自らにとって都合のいい他人だけを自らの守りたい人と定め、それ以外を排除している。そのうえで、自らにとっての善を自らを肯定したいがために、力によって語るのだ。家族だけは違うはずだ、と今の君は思っていても違う観点からすれば両親は、自らの社会的地位が怪しまれるのが怖いから君に寄り添う事で、君の社会進出をサポートしているにすぎないのかもしれない。其れを愛と一方的に君に押し付けているだけかもしれない。けれど、だからといって君の意思つまりは"こんな世界は嫌だ"という意思が肯定されるわけではない。</p><p>そんな混沌に満ちている世界で生きていることをはじめに認めるべきなんだと僕は思う。</p><p>潔癖観念というのは、とあるレベルから俯瞰すれば不必要でしかなくなる。</p><p>こんなことを言っていれば、今更自分に何ができるんだと思うかもしれない。だけど、現在世界を構成している其の一因子は間違いなく君しかいないのだ。そして、君の世界つまりは君の中に僕が存在する事、君のこれまでは君が生きたからこそ存在できたものなのだ。</p><p>世界は突き詰めれば、自分でしかない。自分でしかないのに、何故に自分の意思と行動がチグハグになるのだ。何故にチグハグにならねばならないのだ。ホッブズはリバイアサンによって国家がなければ絶え間ない争いが生じるといった。</p><p>では、国家があっても争いが頻発しているこの国は本当に社会的かどうか、今一度考えるべきではないだろうか。</p><p>クーデターを起こしたい訳でもなければ、インティファーダを始めるつもりもない。僕は君に問いたい。</p><p>君に其の意味を問いたいんだ。君の世界における其の意味を見つけて欲しいのだ。</p><p>意味を考える事をやめてしまったら、口のうまい奴が支配する様になり、其処にはまた争いが生じる。</p><p>何故か、考えなかったからだ。自らに於ける意味と一致していない人間が無数に存在するからだ。</p><p>話し合うことによって解決できると考えるのは馬鹿だ。</p><p>だがしかし、意味なくして結果に賛同は得られない。</p><p>話を飛躍させたのは意図的だが、一度戻ることにする。此れを語るのはまだ先だから。</p><p>では、現在地における生き方について僕は君たちに教えたいことがある。</p><p>他人に利益を与えることのできる人間になりなさいと。自らの目標を叶える為、自ら望んだ生き方を掴み取るためにも、他人に利益を与えることのできる人間になりなさいと。そして、此の世界には真の弱者など存在しないことを認めて、利益を他人に与える事が出来るようになりなさいと、そう説く。生憎、僕の世界においては未だ弱者の数は絶えないほど存在する。</p><p>周りを拒み、同じ命であることを認めず、自らを守る事だけに必死な憐れな命を僕は沢山知りすぎている。</p><p>強くなりたいのなら、まず自分が何をすべきで何処に向かいたいのか真剣に悩みなさい。</p><p>客観的な社会的地位が高くあっても、誰かに使われるようでは弱者のままだ。自らが望むように生きていなければ弱いままだ。</p><p>周りはすべて敵だから、喩え其れが憧れる人であっても本当にその人が君のことを思っていたとしても君は勇気をもって裏切り、自分の道を選択すべきだ。その先が孤独であり、鬱であるなら其れは生き残るための戦略が欠落しているんだ。</p><p>今自分が置かれているフィールドを十分に理解していないから、何らかの力によってねじ伏せられるのだ。</p><p>君は自由ではない。不自由を肯定していながらも、自らに自由と偽り自らの世界を欺くべきなのだ。</p><p>自分が自由であると思っていたのなら、きっと君は既に騙されている。</p><p>もし、僕が今後力を手にし社会的証明が得られた暁には忽ち僕の言葉は正論とされるだろう。</p><p>今はまだ、君の世界において妄言でしかないかもしれない。</p><p>でもそれでいいんだ。だって、そういう世界だから。</p><p>信じることは騙される事と同義なんだ。君の捉え方ひとつで全ては逆転する。</p><p>馬鹿をだますのは容易であるかどうか。答えはイエスだね。</p><p>では、信頼される人とは何なんだろうね。答えは賢い人？。</p><p>では、馬鹿と賢人の違いって何だろうね。此処で言う答えは、人を良く知っているかどうかだよね。</p><p>自分にされてうれしいことを相手にもできたり、自分にされて嫌なことは相手にしないことを知っていたりと、する人は敵を作りにくいと僕は思う。でも、この教訓は主観しか介在しないからヌケが多く潜んでいる。なので、其のヌケを補うには新たな知識が必要になる。</p><p>君が体感的に会得するタイプなのか、理論から学び取ることに優れたタイプなのかは知らないけど直接的にも間接的にも、とりあえず人と関わっていかなければならなくなる。その場所は何処だっていい。ただ留まってはいけないし、周りが見えづらくなるような環境ではだめだ。</p><p>例えばパチンコ屋さんとか、ソシャゲ、ツイッターなんかは辞めた方が良いかもしれない。</p><p>ツイッターで語られる表現に本当に意図がないかどうか、其れは投稿した本人にさえ分からない領域だ。</p><p>前述した周りは皆敵ばかりとするのであれば、発言主は「いいね」という社会的承認が欲しくて、当たり障りのないみんなと同じような過去に認められていたことのあるような発言を無意識的にも選択しているかもしれない。本質を理解せずに、他者に対して安易に理解を図るのはお勧めしないので自らが建てた仮説に関しては、キチンと検証することをお勧めする。</p><p>君が生きる意味を持たないのであれば、此処までの意識は必要ないだろうがね。</p><p>&nbsp;</p><p>僕が生きる目的は世界に問える立場になりたいというだけのこと。</p><p>自ら否、僕らの力によって守れるものをどんどん増やしていくのも面白いだろう。</p><p>その裏では、誰かの利益を侵犯しているかもしれないけど世界とは初めからそんなものなんだ。</p><p>其れを受け容れる事の出来ない優しい人間、今の僕は嫌いかもな。</p><p>だってさ、受け入れる事が出来ないよと嘆く暇があるのなら君が今やるべきは叫ぶこと以外にあるんじゃないって思うから。</p><p>結局、自分が過去に同じような目にあっていたからとか、自分がいつか同じような目に合うからとかって、不満を叫んでいたりするからね。</p><p>叫んでも世界は変わらない。けれど、世界は変えられる。</p><p>君のやさしさは世界を変えることのできる確かな意思であることにも違いはない。だから、君は君の望む生き方を勝ち取ればいいだけの事。</p><p>皆が平等に生きられる世界ではないと、否定する僕の世界を結果によって否定すればいいだけの事。</p><p>だから、僕は皆に言いたい。</p><p>足掻けと。藻搔きまくれと。その末に鬱を孕んでもいいじゃないか。鬱を肯定して、また叶えるべく戦略を練ればいいじゃないか。</p><p>どうして他人の判断によって下された鬱病であるという結果を鵜呑みにして、自らの願いを妄信であったと否定せねばならないんだ。</p><p>どうして否定されなければならない。・・・要するに他人は君ではないからだ。</p><p>君の突飛なその発言は、語るだけ誰かの世界を侵害するからだ。何故なら周りは弱者だらけだから。</p><p>弱者であるそいつらは、あろうことか最後の最後で自分を裏切ったその選択を正しいと思い込んでいる。</p><p>常識的に、だとか、皆そういう中で暮らしているだとか。</p><p>要するに、自分を真っ向から否定するような真っすぐな発言を受け止めきれないんだ。受け止められる器がないんだ。</p><p>だから、結果で示すことが必要になる。</p><p>弱者に対して最適な決別手段は、背中で納得させ眼によって屈服させることだ。</p><p>背中つまりは結果と、眼つまりは意思。</p><p>それ等二つの環がメビウスの形をとるとき君は今より強くなっている。</p><p>&nbsp;</p><p>凄く損する終わり方だ。非常に虚しい。それじゃーね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mitomitomitomitomiotmi/entry-12528623172.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Sep 2019 22:20:59 +0900</pubDate>
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