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<title>イマシカカケナイコト</title>
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<description>気付いたこと、感じたこと、楽しいこと、今しか書けないものを書いていきたいです</description>
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<title>子ども</title>
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<![CDATA[ <br><br> <br>電車の中で小さな子どもが大きな声で泣き叫んでいる時、お父さんお母さんは周りに迷惑が掛かるからと、必死で「シーっ！」と言ってみたり、気を紛らわしてみたり。<br><br>でも「そんなの知らん！」とばかりに子どもはより一層大荒れ、なんて光景をよく目にします。<br><br><br>そんな時最近よく考えるのが「自分が親だったらどうするだろう？」ということです。<br><br>気晴らしにお菓子を与える…<br>とりあえず次の駅で降りる…<br>もういっそのこと放置する…<br><br>ん～なんだかどれもしっくりこない。<br><br>お菓子を与えるなんてまさに子供騙し。<br>私が子どもだったら「そんなんで済むと思ってんなよ～！！！」ってなります(笑)<br>次の駅で降りるのも～時間に余裕があって昼間でお天気だったら一駅歩いて気晴らしになるのかな～？<br>放置は子どもを無視するってゆう一番ヒドい親な気がしてダメだし、周りの人が迷惑だし。<br><br><br><br>そこで考えたのが「そもそもなんで泣いてるのか」ということです。<br><br>眠い、おなかが空いた、オムツが不快、やりたいこと取り上げられた、等々…<br><br><br><br>んん。<br>確かに並べてみれば大人だってイヤと思うことだな、と思いました。<br>でも大人はこれらのことを自分でコントロール出来るから、電車の中でギャンギャン泣かないだけで、子どもも何かがイヤだから泣いてるんですよね。<br><br><br><br>大人だって我慢に苦しむ生理現象を赤ちゃんに我慢しろなんてまず無茶な話です。<br><br>そしてやりたいことを取り上げられたら誰だって怒るに決まってます。<br>「なにするんだよ！」ってなりますよね。<br><br><br>大きくなるにつれて取り上げられても渋々納得できるのは、なぜそれが取り上げられた（やっちゃいけないのか）理解出来ているからだと思うんです。<br><br>子どもにはそんなのわかんないですよね。<br>説明なしにいきなり取り上げられたら悲しいだけです。<br><br><br>しかも言葉がまだ未発達だから自分の感情を表現出来ないのできっと大変だろなって思います。<br>一生懸命喜んで精一杯泣いて、理解の乏しい大人に色々と訴えかけないといけないのですから。<br><br><br>そう考えると【泣く→静かにしなさい】は大人の勝手なんだな、と思いました。<br><br><br><br>と、色々言っていますが、もし自分が親になった時は、どうでしょう？<br>実際色々大変なんだろな。<br>ちゃんと子どもを理解してあげられるかわかりませんが、努力はする親になろうと思いました。<br><br> <br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11368895881.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Oct 2012 21:12:00 +0900</pubDate>
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<title>ススメ</title>
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<![CDATA[ <br><br>最近将来が楽しみな半面、かなり不安です。<br><br><br>先のことを不安視ばかりして地団太踏んで後ずさりはしたくないし<br>自分で選んで自分で決めた道は、後悔のないようにただ頑張ればいいんです。<br><br>ただそれだけ。<br>頭じゃわかっているのにな。<br>前に進んでない。<br><br><br>そんな時に始めたばかりのFace Bookで今まで関わってきた友人達を見ると<br>みんなすっかり大人になっていて。<br><br>それぞれ夢とか目標とかがあって、自分の道しっかり歩んでる子。<br>もう子どもが生まれて子育て一生懸命している子。（もう誰かの為に生きてるなんて尊敬!!!!）<br>そしてみんなホントにキレイになってて。<br><br>みんなカッコイイな、頑張ってんだなって励まされるんですが、<br>自分もみんなのように成長してるのかなと劣等感でいっぱいの自分がいます。<br><br><br>ついつい後ろを振り返ってばかりの悪い癖ですね。<br><br>弱音だらけになってしまいました。<br><br>そんな時もあるってことで、頑張りましょう。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11365673550.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Sep 2012 00:06:48 +0900</pubDate>
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<title>習慣</title>
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<![CDATA[ <br>例えば恋人同士の関係。<br><br>最初のうちは相手の1つ1つの言動にドキドキハラハラ。毎日が新鮮で胸がキュンとしますよね。<br><br>しかし悲しいことに月日が経つにつれ、それが大逆転。<br>相手の言うことなすことにいちいち一喜一憂することは無くなり、お互いを思いやれなくなって、当たり前の存在になってしまった…なんてこと、よく耳似する話です。<br><br><br>こういった馴れ合いは自分で意識していないと歯止めが利かないものです。<br>恋人以外での人間関係でもそう。<br>仕事でも毎日がただのルーティーンワークになりがちになる事あるのではないでしょうか。 <br><br>つまり悪い習慣は無意識で続くもの（続いちゃうもの）なのです。<br><br><br><br><br><br>ところが一転。<br><br>習慣は習慣でも1年間毎日欠かさず掃除をし、部屋の清潔さを保ち続けるとなると、大抵の人はとても無意識では行えません。<br><br>必ずその掃除の時間を作ったり、何をどこに置くか、どの様にきれいにするのか考えたりするはずです。<br><br>他にも毎朝ランニングをする、決まった時間にきちんと食事を取る、感謝の気持ちは必ず言葉にして出すetc…<br><br>良い習慣というのは悪い習慣と違い、意識しないと120％続きません。むしろ続けるつもりがなければ続いていかないのです。<br><br><br><br>同じ習慣でも良い習慣と悪い習慣は対照的ですね。<br><br>良い習慣を継続することは大変です。<br>自己管理能力、精神力、体力…様々なことをフル稼動させてたまに失敗もして、やっと良い結果を産み出せるかも？しれないのです。<br>でも悪い習慣は何も意識していなくてもズルズルと続いてくので、いい結果には到底及ばないことがわかります。<br><br><br>意識をするかしないか、これだけで見える世界、生きる世界は変わって来るのかもしれません。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11276290150.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jun 2012 10:17:00 +0900</pubDate>
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<title>行方不明</title>
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<![CDATA[ <br>連日報道されている高橋克也容疑者の逃亡追跡調査。<br><br>様々な手掛かり、目撃証言、が明らかになっていますが、中々見つからないようですね。<br><br><br>その高橋容疑者。<br>17年間の、つい最近まで、偽名で仕事もしてたようで、その職場の人達はまさかそんな人と一緒に仕事をしてたなんて想像もつなかったのではないでしょうか。<br><br>職場の人達がまさかあの指名手配犯だなんて思わないくらい、ごく普通を装って暮らしてたなんて、高橋容疑者自身はどんな気持ちだったんどろうと、とても気になります。<br><br><br>捕まった菊池容疑者もそう。<br>同居して匿ってた高橋容疑者も。<br><br>普通を装うって不自然なのに、その不自然すら隠さないといけない。<br><br>この17年間、普通の人として生活する中で職場の人達との会話をごく普通にしてたとしたら、普通の人のように笑うことは出来てたのでしょうか。<br><br><br>自身の過去や今逃走していることに対する罪悪感、後悔は無かったのでしょうか。<br><br>もし仮にあったとしたら、そこから逃げることしか出来なかったのでしょうか。<br><br>そんなに逃げ続ける人生の先で、一体何をゴールにしていたのでしょうか。<br><br><br><br>指名手配犯達が何を考えていたのかは、私が必死に考えてもわかりません。<br><br>でも一つだけわかることは、逃げていると人生は開けていかないということ。<br>逃げれば逃げる程、自分の首を絞めて最後に「あの時こうしていれば」と悔やんで人生を終えることになる。<br><br><br><br>罪を犯した犯してないに関わらず、これは決して他人事では無いと思うのです。<br><br> <br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11274678247.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Jun 2012 12:52:00 +0900</pubDate>
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<title>向かう先</title>
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<![CDATA[ <br>就活がとりあえず終わって、良い巡り会いが出来ました。<br><br>今までの自分には無いものも掴み取りに行ける道だと思えてます。<br><br>だけど実際本当に自分に合った環境で自分にしか出来ないことが出来るのかは正直、まだわからない。<br>でも、今進んで行きたいと思えているからこそ、これで良かったと言える道にしたいです。<br><br><br><br>これからが本当に自分の人生ですね。<br><br>先生も、親も、学校みたいな何年っていうくくりも無くなる。<br>いつどんな事をやるか、誰と付き合うか、何を選ぶのか、どうしたいのか。<br>全部私が選んで決めて実行してくんだなーって。<br><br><br>デッカい夢と言えるものは無いけど、細々とした願望は着実に果たしたいな。<br>最後に笑って死ねる人生を築いていきたいと思います。<br><br><br>今はそう思うだけで、そこまでの道が全然描けてないから、ちゃんとしなきゃ<br><br><br>な。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11247316187.html</link>
<pubDate>Thu, 10 May 2012 22:39:00 +0900</pubDate>
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<title>幸せって？</title>
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<![CDATA[ 年が明けて早くも半月以上が経ちました！<br><br>時間が経つのは本当にあっという間ですね～。<br><br><br>さて、最近では就職活動が始まりました。<br>といっても、世間一般で言われている就活生ほど何社も会社を巡って、業界研究や企業研究をしまっくって・・・というわけではありません。<br><br>ただ、自分で「この会社なんか気になるな」「経営者に会ってみたいな」と思うところに出向いています。<br><br><br>そこでホントに「すごいぞ！」と思える大人の方々はみんな「世の中を良くしたい」とか「幸せになるんだ」ということをやたらに口にしていることに気付きました。<br><br>「世の中を良くしたい」というのは何となく、わかります。<br>どの方も困っている人とか社会の悪いこと、つまりは世のため人のために何か貢献したいという思いで会社を経営しているのだと思うんです。<br>でも「幸せ」という言葉が共通した言葉で出てくるとは思いませんでした。<br><br>自分がやりたいこと、手に入れたいことをものにすること、実現すること＝「幸せ」<br><br>言い回しは違いますが、こんなニュアンスでどの方も話していました。<br><br>辞書では「不自由や不満もなく、心が満ち足りていること（さま）」（大辞林）<br>と書かれています。<br>では心が満ち足りている状態って、どんなときですかね？<br><br>そう考えてみると、楽しいとか嬉しいとかそうゆう感情を持った時ですよね。<br>間違いなく。<br><br><br>今の時代、会社の文句とか退屈そうに仕事をする人が多い中で、一瞬キレイごとのように聞こえるような「幸せ」なんて素敵な言葉を連発できる大人ってカッコイイです。<br><br><br>みなさん（特に同じ就活をしている学生さん）にとって幸せって何ですか？<br>私ももう一度しっかり考えてみたいと思います！<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11140442382.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Jan 2012 22:08:51 +0900</pubDate>
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<title>世界は広い！</title>
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<![CDATA[ 最近、正直言うとかつて無いほど忙しいです。<br><br>が、フルカップ理論を実践しています。<br>フルカップ理論て…？<br>↓↓↓<br><br><br><br>フルカップ理論というのは、心のゆとりをコップに注ぐ水に例えたものです。<br><br>コップに注ぐ水は、目一杯満たされて初めて外へと溢れます。<br>それと同じで人の心も満たされなければ、自分のことだけに留まり、自分以外の人や事柄に目配り気配り出来ないそうです。<br><br>やらなければいけないこと出来ていない、責任を果たせていない、やると決めたことをやれていない、こういった状態では心は満たされていない＝視野も世界も狭くなる、自分のことで精一杯、ということです。<br><br><br>これは杉村太朗さんの『絶対内定2013』に書いてあり、とても衝撃を受けました。<br><br>確かに今まで“両立”ということが苦手で、１つのことに打ち込むタイプでしたが、そのせいか驚くほど世界が狭い人間でした。<br>というか、今自分が居る場所より外の世界へ興味を持つ“きっかけ”すら無かったのだと思いす。<br><br><br>最近は学業に部活に就活…<br>今までだったらどれか切り捨ててたんですが、これからはフルカップ理論を実践します！<br><br>11月は不慣れでペース配分が全く分からず２週間ほど体調を崩してしまったので、反省して頭の切り替えと時間管理をきっちりやっていきたいと思います。<br><br><br>最近新しく知り合った方々、みなさんスゴい方ですが、やっぱり仕事が出来る人とか本当に良い人って、本当に色んなとこ見れてるんですよね。私なんかよりはるかに大人だからってのもあると思いますが、本当に世界が広いです。<br>しかも愛妻家が多いってのも共通してて、ちゃんと心が満たされてる証拠なんだろな～と思いました。<br><br><br>私も不慣れながらも意識が変わったこの生活をもっともっと充実させていきたい今日この頃です。<br><br>師走は忙しくてナンボということで！
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11100080220.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 11:47:26 +0900</pubDate>
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<title>まだまだ子どもだな…</title>
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<![CDATA[ こんな会話、女の子だけでしょうか？<br><br>★例えばテストの直前<br>Ａ:「え～ヤバい全然勉強してない、どうしよ～！」<br>Ｂ:「いやいや私の方がしてないよ～！Ａちゃんはやってないとか言って何だかんだいつも良い点取るじゃん！」<br>Ｃ:「そんなことないって！Ｂちゃんこそいつもやってないとか言いつつ予習復習だってちゃんとやってるじゃない！私が一番ヒドいよ、きっと！」<br><br>ってな感じのやりとり。<br>“勉強が足りていない”という不安を他の人に話すことで共感してもらって安心を得ようとしているのか、学生時代によく耳にしたことのある会話だと思います。<br><br>この会話で慰め合ってた３人の中で仮に１人だけ満点を取ったとしたら、残りの２人は<br>「やっぱり勉強してたじゃない！」<br>と若干裏切られたかのように一言口にして、まるで自分は“勉強をやらなかったから点が低くても仕方ない”というようなニュアンスでまた自分達を慰める。<br><br>これって努力したのに結果が出なかった時のことを恐れて逃げているだけだと思います。<br><br>Ａ:「私全然わかんないや～」<br>Ｂ:「私も私も～」<br>Ａ:「え!?Ｃちゃんはそんなのやってんの？がっついてるね～！それ何か意味あるの？私なんてわかんないから何もやってないや～！」<br>Ｂ:「私も私も～だってわかんないもんね！」<br><br>この会話だとＣちゃんは“正しいのかわからない努力をしてるなんてまるでアホみたい”かのように言われていますが、何が正解なのかわからないなら、それこそ“何か”やってみるしかないんじゃないかと思います。<br>ただ「わからない」と言って同じような人と慰め合いながら、いつかわかるようになるのを待っていたって絶対に何も変わりません。<br>間違っていたら辞めて、違うことに取り組んでみて、悩んで、迷って…そうしている方がよっぽど“何か”わかるんじゃないかと思いますし、そう信じていきたいです。<br><br>人それぞれ色んな考え方、やり方があると思います。<br>だからもちろんどれが“正解”というものなんてないけれど、でも他人が自分で考えて選んで取り組んでいることを、軽蔑したり否定するのはとても失礼だと思うんです。<br><br>みんなと一緒じゃないと、みんなと同じじゃないといけないなんて、周りに守ってもらってる子どもの頃のこと。<br>誰も守ってくれない世界に一歩踏み出て、自分の考えや発言に責任を持ち、自分の意志で精一杯“何か”に取り組んでいくことが大人になるということなんじゃないかな？と思いました。<br><br>だからいつまでも自分に覚悟を持たず、他人を眺めては慰め合うようなことをしていては、きっとやりきれない大人で終わってしまう。<br>それでは悔いの残る人生になってしまうから、たとえ少しずつでも、勇気を出して、覚悟を決めて、素敵な大人を目指していきたいと思います。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11047281478.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Oct 2011 00:10:41 +0900</pubDate>
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<title>後ろに道はない</title>
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<![CDATA[ <br>面と向かえば<br>ガンバレガンバレ<br>と言ってくれるのに<br><br>５分後少し離れた場所で<br>ダメだバカだムリだ<br>と否定してくれてる<br><br><br>これが例え自分のことじゃないとしても<br>見てて(聞いてて)気持ちが萎えます<br>悲しくなります<br>人って信頼出来ないな、なんて思います<br><br><br><br>確かに及ばないところだらけで<br>バカだけど<br>ダメでムリだなんてなんでわかるんだ<br><br>理想通りに事は進まないし<br>どーにかしなくちゃいけないのだけれど<br>そうした状況を見ては<br>マイナスの言葉だけを吐き捨てられたり<br>わざわざ盛り下げられたりするのは<br>迷惑だなと思ってしまいます<br><br><br><br>当事者は客観的な見方よりも<br>主観的な見方で物事を見てしまうから<br>どうせ否定するならとことん<br>どこがどう悪いとハッキリ言って欲しい<br><br>ただの野次とか陰口なんて<br>誰の為にもならないし<br>それこそ物事をダメでムリにするんじゃないかと思います<br><br><br><br>だから<br>プロスポーツ選手とか芸能人とか<br>過程よりも常に結果を見られてる人達は<br>毎日のように上記のようなやりとりに<br>囲まれてるかと思うと<br>ホントにスゴいと思います<br><br><br>全てをまともに受けてたら<br>すぐに自分を見失って<br>後ろしか見れなくなって<br>「アイツはやっぱりダメだったか」<br>の一言で片付けられてしまうんだろな<br><br>厳しい世界だからこそだとは思いますが<br><br><br><br><br>まぁこんな風に考えていても<br>結局は結果を出してギャフンと言わせない限り覆せないとわかってます<br>この苛立ちは行動で示してカタチにするしかないんですよね<br><br>最終的に勝った奴が強いというか<br><br><br><br>ただ自分がそう感じているからこそ<br>勝ちに貢献出来る人間になりたいと思いました<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11045163894.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Oct 2011 21:54:49 +0900</pubDate>
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<title>フィルターに向けて</title>
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<![CDATA[ <br>子どもの頃、好きだった授業って大抵“先生”の存在が大きかったな～なんて思います。<br><br><br>やっぱりその先生の話していることが理解出来て、それが出来るとスゴく嬉しかったんですかね！自然と成績も良かった。<br><br>でも逆に嫌いな勉強というのは先生の言ってることがわからないし、出来ない・わかんないの負のサイクルにハマって、成績も悪いし、苦でしか無かったんです。<br><br><br>理解力がなかった私がいけない！、それはそれでいいのだけれど、でもそこから学ぶ点がありました。<br><br><br><br>今後、もし私が誰かに何かを教える時に「相手の理解力がないからいけないのよ」とは指導側としては絶対に言えないです。<br><br><br>人には得意不得意もあるし、理解力にも差がある中で、自分が指導をする立場であったらそんなことも考慮して、みんなにわかるように教えるのが仕事なんだと思います。<br><br><br><br>人が何かを本当に理解した時というのは、知識を自分というフィルターに通して、それを自分の言葉に置き直せるようになり、更にそれに対して考えられたり、疑問を持てるようになることだと最近学びました。<br><br>だからつまり、もし私が指導する立場に立ったらまずは自分がきちんと知識を理解し、どんどん易しい言葉に咀嚼し、相手のフィルターに入っていくようにすれば良いのかなと思いました。<br><br><br>とても難しいことだと思います。<br><br>相手がどこまで理解してるかなんて本人にしかわからないし。<br><br><br><br>でも今後人に何かを教える際はそんなことに注意しながら努力していきたいと思いました！<br><br><br><br>考えがごちゃごちゃしていて言いたいことが言えてるのか定かでありませんが、今日はこの辺で！<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mitomogiya/entry-11023950576.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Sep 2011 19:24:05 +0900</pubDate>
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