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<title>Miwaのブログ</title>
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<description>ケント州立大学、大学院に進学した自分の日記。</description>
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<title>まる半年</title>
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<![CDATA[ 夏休みも通り越して、秋学期まるまる滞ってしまった。<br><br>今学期は初めて彫塑の基礎クラスを教えることになり、<br>毎週二日、１３人の学生（うち一人はシニアの優しいおじさん）<br>と、伝わらないことが多い事にヤキモキ<br>先生らしく振舞えない自分自身に怒りつつ<br>4か月をなんとか乗り切った。<br><br>とにかくそれぞれの考える事はみんな違って、明確なものだった。<br>もやもや、なんとなく～・・・で終わらせず、ちゃんと結論まで持っていける<br>こちらの学生は、確実に自覚が強い。<br><br>その自覚自体に疑問を持つ課程があるかないかも重要なことだけど。<br><br>日本は周りを突いて結論を浮き出すやりかた<br><br>アメリカはまず結論をつけて、それに補足を加えるやりかた<br><br>どちらも何が正しくて、何が正しくないかの問題ではなく<br>単に思想文化が違うだけ。<br><br>だからといって、その”違い”に流されて互いを理解しようとすることを怠れば<br>やっぱり文化のすれ違いが起こってしまうのではないかな。<br><br>人間、みんな同じ人間である以上、できる限り繋がりを深めていきたいと思う。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/miwacle12/entry-12105775355.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Dec 2015 14:53:30 +0900</pubDate>
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<title>帰郷</title>
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<![CDATA[ 2年間のアメリカ生活を経て初めて故郷に戻った。<br><br>久しぶりに会う家族には、何も変わった空気もなく私を迎えてもらい、自分もそのままいつも実家に居たかのように毎日を過ごせた。<br>少し規則的すぎる習慣には少し息が詰まる思いもあったけれど、それが家族団欒を守ってきたのだとすれば、仕方ない。<br><br>久々に会う友達は、結婚したり子どもができたりと、その人たちの道がそれぞれくっきり見えてきているようで、私も一緒にちゃんと生きているんだな、と実感するようだった。<br><br>実家に戻って再び、日本で存在する自分を思い出すきっかけにもなった。<br>それまでは自分という紛れも無い存在について、正面から見つめることが、どんなに難しいことだったか。<br>周りの環境によって変貌していかなきゃいけない事が多く、自分が本当はこうだ、ということを純粋に受け入れて生きていこうとすることが難しい時になってきているとも思った。それを無視してでも安定の道を進まなくては喰えないのがやはり社会というものなのだろうか。<br>そしたらやはり、私はこの社会では生きていけないと改めて感じてしまった。<br><br>アメリカでも日本でもどこの国でも、様々な抑制を選びながら、探し出した自由の中でできる限り自分の得意なことが生かされ、後の社会に少しでも光を与えてくれることを願ってやっていくしかないのだ。<br><br>ぼんやりした活動しか見えないけれど、しっかりと目的を据えていけば、必ずなにかに辿りつくと信じて制作することしか今はできない。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/miwacle12/entry-12041681695.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jun 2015 00:10:57 +0900</pubDate>
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<title>おネエ・ズンバ</title>
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<![CDATA[ 今年もちょっくらズンバのクラスに参加することにした。<br><br><br>初のゲイ講師なんだけれども、<br>とっても激しくて厳しいっ。<br><br>音楽もちょっと独特で、動きも面白いけれど<br>やたら足のステップが複雑で、<br>途中で”んもうっ！！”<br>って諦めてしまうこと多々。<br><font color="#999966"><br></font><br>励ましや言葉は女の子なんだけど、<br>やっぱり体格が凄いから<br>体力も使う使う。<br><br>とにかく、一年ぶりのズンバがここまで<br>スパルタで、きついものになるとは。。<br><br>それと同時に、ヨガも始めてみた。<br>たまたま同級生のガールフレンドが講師をしているからなのだけど、<br>ヨガも楽しい。<br>ゆっくり、たまに流れに乗せてポーズをとりつつ身体の芯を使うような<br>丁寧な身体の運動って感じ。<br><br>やっぱり運動は必要だなー！<br>大学とアパートの往復しかしない日が多いので<br>たまに他の人と混ざって違うことをすることも新鮮っ！<br><br><br>あと一ヶ月しか残ってないけど、あとどれくらい通えるかしら～<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/miwacle12/entry-12013745081.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Apr 2015 12:55:58 +0900</pubDate>
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<title>パーティ社会</title>
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<![CDATA[ 日本で育つ間でも<br>割とアメリカの文化が流れてきやすい環境に居たからか<br><br>アメリカについての理解と、その固定観念がより一層強かったのかなぁ。<br><br>ここ最近になってから、<br>アメリカの見せかけと理想観に対立する醜い現実みたいのが<br>よくよく見えるようになって少し混乱する。<br><br>だけど、それが現実。<br><br>それを知っていながら、全てを覆いかぶせて生きている大人たちが<br>この世界を回しているかのような勢いでいっろんな無駄な利益を生み出しているみたい。<br><br><br>日本で贅沢はちょっと罪の意識だけど、<br>こちらでは贅沢できる者ほど力があるとして<br>認められる社会ができちゃっているんだもん。<br><br>無駄なプラスチック製品がごみの山程作られて捨てられて<br>不便なこと、手間な事を省くための無駄な発明が<br>人間を怠惰にさせる。<br>同時に、資源も減る。<br><br>もう、追い詰められているとは知っていても止まらない。<br>お金がある人ほど気にしない。<br><br>人間の中で、何か自然破壊が起こっちゃっているんだ。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/miwacle12/entry-12013739661.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Apr 2015 12:39:09 +0900</pubDate>
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<title>４度目のニューヨーク</title>
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<![CDATA[ クラスで行くのは３度目のニューヨーク旅行<br>着いた初日は大雪の中、チェルシーで開かれていた<br>日本の現代アーティストを集めたアートフェアを覗いてきた。<br><br>日本で選抜された作品たちがぎっしり詰められていたけれど<br>やはり作風はどれも日本くさいものばかりだった。<br><br>なんだろう、”この、日本文化とモダンの融合！すごいでしょっ！”<br>的な、アメリカ人に誉めてもらいに来ている感が溢れていて<br>ちょっと辛い。<br><br><br>日本の現代アートはそうゆうものではないだろう。<br>ってわかっているのだけど、<br> やっぱりアメリカの、ＮＹともなれば<br>売れる事を先に考えて<br>好まれそうなものが並ぶのか。<br><br>現代アートであるからには、もっと個性や自分の思想を<br>最大限に出してもいいんじゃないのか。<br>そうか、そしたら売れないもんな。<br><br><br><br>それはさておき、Ｎｅｗ　Ｍｕｓｅｕｍでも、<br>各国からアーティストを集めてトリエンナーレが行われていた。<br> <br>こちらはもう少し政治的なアプローチや国の特色はあまり気にならない<br>それこそ、現代アートな展示だった。<br><br> あ、そんな国でもこんな芸術作ってるんだぁ。<br>なんて、全体的に国際色豊かなのに、それがあまり目立たないものだった。<br>そのなかに日本人のアーティストは含まれていなかった。<br><br>...何がいったいそんなに差をつけているのか。<br><br>まるで日本人は日本人としてしか扱われないんじゃないかっていう<br>変な気持が付きまとっていたりして。（日本人も世界の一因になりたいよぅ！）<br><br><br>今回は同級生が少なくて少し不安な旅だったのもあり<br>自分の不安要素と闘った旅でもあった。<br>日本人で女性である自分の位置を確認させられた。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/miwacle12/entry-12002602232.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Mar 2015 11:54:55 +0900</pubDate>
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<title>日本人離れ</title>
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<![CDATA[ 日本を出てから１年と半年以上が経ち、<br><br>自分の、”日本文化の売り込み”染みたアメリカ人との会話も尽いた。<br><br>そこでようやく気がついた。<br><br>日本人として育てられた自分のアイデンティティは<br>日本を尊敬するように、<br>日本を特別に見るようにできていたんだ。<br><br>そしてそれが、どこの国でも同じようにできている。<br>だからより一層、日本だけが特別なわけでもなかった。<br><br>小さな島国で、独特なセンスと雰囲気はある。<br>けれど、見ないふり、知らないふりが多い国でもある。<br>過去の過ちを認めなかったり、認めさせなかったり<br>この小さな国をたぶん一生懸命に守ろうとしているんだけど、<br>それが逆に周りの世界と隔たりを作ってしまっている所がある。<br><br><br>外の世界で起こりえる危険や責任を知らないまま大人になれる。<br>そんな夢の国みたいなんだけど、<br>国から一歩出たらまるで赤ん坊みたいな、<br>純真または不用心で、<br>それを嘲笑されるか、大切にされるかは<br>ほとんど運と、知識だな。<br><br><br><br>と、思うようになってしまった。<br><br><br>帰国が待ち遠しい。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/miwacle12/entry-12002596169.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Mar 2015 11:22:33 +0900</pubDate>
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<title>溢れた日２</title>
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<![CDATA[ 言葉は文化によっていろんな意味合いが込められるけれど<br><br>日本の、同じ言葉を繰り返して同意するようなことは<br>アメリカではあまりない。<br><br>共感することが人間関係を築くものと学んできた私にとって<br>他の人に私の感じていることを共感してもらえないことは<br>非常にこわいことだった。<br><br>自分の作品が良いか悪いか（正しく進んでいるか否か）は、<br>自分の見解次第であるのにようやく気付けた日だと思う。<br><br>他の人に、あなたのこれが良いとか悪いとかを言われてしまうと、<br>”じゃぁ、そうしよう”と変えてしまうのは、よくなかったのだ。<br><br>うっかり、日本の人間関係の気持ちのまま他人の意見に従うから<br>自分の中の世界を見逃してしまっていたのか。<br><br>独りよがり、ではなく、<br>自分を客観視したうえでの自分らしさの発見というのかな。<br><br><br><br>言葉とは本当に意と裏腹に働くものでもあるから<br>自分が発する言葉が本当にそれを意味しているのかも不安だったりする。<br>英語であれば尚更そうなる。<br><br>英語と日本語の違い以前に<br>その人の経験や生い立ちによって言葉に対しての意味が違ってくるのだから<br>それを埋めることのできる何かに近づかなければいけない。<br><br>人間同士を本当につなぐことができるものが<br>言葉だけでないことを証明できたらいいなぁ。<br><br>考えが溢れかえって<br>頭が真っ白になってしまうような日。<br>ちょっと前進できる予感。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/miwacle12/entry-11987698188.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Feb 2015 15:39:11 +0900</pubDate>
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<title>溢れた日</title>
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<![CDATA[ <br>今日は朝10：30からゲストアーティストが私のスタジオに訪ねてきた。<br><br> 韓国人の方で、私のスタジオに入った途端<br><br>”わぁ～！これはやっぱり、カラフルなのは日本人の現代アートらしいわね～！<br>とても素敵で、何も悪いとこがないわね～!!”<br><br>と、褒めてもらえたのはいいのだけど、<br>やはり続いて聞かれるのが<br>”それで、これはここからどうなるの？何がこうなったの？”<br>という質問。<br><br>私も、まるで無意識というか、自分の意識の中でしか制作をしないので<br>他人にそれが何であって、これからどうなるかという説明が非常に苦手。<br><br>言葉と意識が合致しなくて、うまく応答ができなかった。<br><br>「アメリカの安い素材をなんとか活かして作品にする」とか、<br>「色をたくさん使って、楽しいポップな環境を作る」とか<br><br>そういった見た目はたまたまの結果であって<br>私がもともとそうしたかったからそうなったわけではない。<br><br>私には私の中の世界があって、それに近づくために<br>どうやって、何を使って、どんな工夫をすれば<br>それが視覚的に現実になるのかを試行錯誤しているだけなのだ。<br><br><br>日本人のテイストがどうとか、<br>”女性独特の感性”とか以前に、<br>人、ひとりひとりを芸術の中に巻き込むことができるような<br>生な環境を作りたいと思って、<br>だから言葉や文化を超越した共感を得られる作品を作りたい。<br><br>あぁ、日本語だったらこうやって書けたのに、<br>英語では言えなかった。<br><br><br><br>アーティスト訪問の後は、大学院生グループでの講評会。<br>その朝の何も言えなかった悔しさで心がボロボロなうえに、<br>説明が完璧な学生の次が私の番だったものだから、<br>もう逃げたくて仕方がなかった。<br><br>私のスタジオはいつも”制作途中”の作品たちでひしめいていて<br>展示になったら、展示をするとともに作品を完成させる方向できているので<br>スタジオを見てもらっても、みんなちんぷんかんぷん。<br>先生がいろいろ質問をしてくれるのだけど、<br>私の頭の中はぐるぐるで、何を答えているのか、何を聞かれているのかさえも<br>わからない状況に陥ってしまった。<br>その上、まだ未熟すぎる案を見せてしまったおかげで、<br>「それはやらない方がいいんじゃないか」とまで言われてしまう始末。。<br><br>”いや、でもこれは私の中では必要なものだからやらなくちゃいけないんだけど。。”<br>と頭では分かっているのに、言葉にも出てこないまま。<br>今までで一番混乱した講評会になってしまった。<br><br><br>何が足りてないかって、その私の世界が<br>どういった世界であるかを大まかに説明できる言葉が見つかっていないんだと思う。<br><br>それと、言葉が出てこないのを、<br>”英語が足りていないんだ＝私の頭が遅れている”という思考にもっていってしまうのもいけないのだ。<br><br>そこから、言葉についてもまたいろいろ考え込んでしまったことを<br>次に書こうとおもう。<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 06 Feb 2015 15:14:29 +0900</pubDate>
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<title>抱負</title>
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<![CDATA[ 芸術をやっていると、<br>超無意識的な世界に迷い込んで<br><br>自分はいったい何をやっているんだ<br>と<br>情けなかったり、自己嫌悪に陥りやすい。<br><br>特に自分を解放したばかりで、<br>出てくるものがどれも無気味で意味が見出しにくいと、さらにどうすればいいのか<br>わからなくなる。<br><br>はて、どうして私はこの道にきてしまったのかと問い詰めてしまいたくなるけれども、<br><br>そこはぐっと受け止めて<br><br>自分が好きだからやってるんだ<br>と胸を張って<br>堂々と生きていきたい。<br><br>意味をなすものにしか価値がない？とか<br>社会の働きに潰されることなく、<br>まずは自分をちゃんと愛してあげよう。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150130/14/miwacle12/7a/c8/j/o0800080013203570542.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150130/14/miwacle12/7a/c8/j/o0800080013203570542.jpg"></a><br><br>
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<pubDate>Fri, 30 Jan 2015 14:40:29 +0900</pubDate>
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<title>あれこれ</title>
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<![CDATA[ 時事ネタと言うか、世間のお話であるけれど、、<br><br>近頃、ブラット・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの娘が<br>男の子として扱われることが公表されて<br>記事でも、その子の事を”She”ではなく、"He"　と記されるようになった。<br><br>小さな女の子であっても、”女の子”の服などを強要しなかったり<br>子供のなりたい方向を真剣に、そして自然に受け入れられる精神に尊敬。<br>（ハリウッドの世界だし、そういう複雑な色んなことにも免疫がついての事<br>なんだとは思うけれど。）<br><br>ティファニーでも同性愛者向けの結婚指輪の広告が発表されていたりして<br>アメリカの少数派に対する注目と、真剣な向き合いが半端でない。<br><br>日本でも性同一性については金八先生で話題になったなぁと<br>ふと思い出したりして。（上戸彩さんが演じていた！）<br>それから日本での性同一性の人たちは生きやすくなったのだろうか。<br><br>世間で浮くことになると、急にみんな他の人と手を繋いで<br>相手に向けて非難や説得をしようとしたり、あるいはなんらかの方法でその人の方向を決めようとする。<br>そんな印象が強かったりする。<br>”自分らしさ”を保つことさえ時折ネガティブに捉えられたりして・・・<br><font color="#999999">（自分勝手とか、マイペースとか、あるいは無責任と呼ばれる）</font><br><br>でもこれって、アメリカでも同じだよなぁ。<br><br>個人を受け入れることにはあまり慣れていなくて、<br>むしろ世間が理解できる風に修正してもらえないと理解してもらえない。<br>みたいな・・・。<br>あるいは自分自身までもが自分を無理に操作しようとしていたり。<br><br>自分が自分を理解していること、を前提にするアメリカと<br>他人に理解を求めることを前提にする日本の<br>個人形成の違いがよく見える。<br><br>このふたつをうまく融合できたらいいんだけどなぁ。<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/miwacle12/entry-11975737548.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Jan 2015 01:42:37 +0900</pubDate>
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