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<title>手より先に口が動くタイプの人が書くブログ</title>
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<description>文には文の良さがある</description>
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<title>【就活】ラーメン屋で話し込むと就活はうまくいかない</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br><br><br><br>だいぶ久しぶりにアメーバの編集画面を見た気がする。<br>ここに来るまでの間に<br>・パソコンが壊れてログイン情報を忘れた<br>・月末から月初めで二週間近く風邪が続いた<br>・なんだか酒に弱くなった<br><br>と着々と人生が面白くなくなっている。<br><br>そんな微々たる変化の中にもう一つ加えるとすれば、就活が終わった。<br><br><br>毎日やってくるメールに胃が痛む……こともなく<br>セミナーや面接のせいで授業を切る……こともなく<br>就職先について親と揉める……こともなく<br><br>だらっとやって、だらっと終わりを迎えた。<br>一応世間から見れば大企業、人気のある業種に就く予定だが、就活本は一冊も読まず、頼りになったのはSPIの問題集だけだ。<br><br>志望してESを出したのも、たぶん10社に満たない。<br>これについては自信があったからではなく興味のある企業がほとんどなかったからだが、ここはまたの機会に述べたい。<br><br><br>こんな情報を書くのは何も自慢をしたいからではなくて、これから書く内容にある程度説得力を持たせたいからだ。<br><br><br>さて、そんな就活に無気力な人間がなぜ無事に就活を終えることができたのか。<br>一つ要素を挙げるとすれば、「TPOをわきまえる力」だと思っている。<br><br><br>ここまで来て、ようやくタイトルの話に触れることができるのだ。<br><br><br><br><br>大学の近くに週に一度はいく行きつけのラーメン屋がある。<br>そこは大変人気のあるところで、11時の開店直後から人が入り、昼時はかなり人が並んでいる、というのが日常茶飯事だ。<br><br><br>学期初回の授業は、どの授業もたいていガイダンスで早く終わる。<br>だから混む前にその店に入ることができた。<br><br><br>ここで食いしん坊万歳のようなレポートをするのは省略するが、久々の味を僕は存分に堪能していた。<br><br><br>さて、食べ始めてから少しすると並ぶお客さんも増えてきた。<br>隣の大学生3人組が食べ終わりかけているのはわかっていたので、もうそろそろ出ていくのかな、と思っていたのである。<br><br><br>話の流れで分かってもらえるだろうが、彼らはすぐには出ていかなかった。<br><br>ケータイをいじりながら、今期の履修について話し始めたわけである。<br>「おい、ラーメン屋でそれはあかんでしょ！」を見事に初めてしまっていた。<br><br><br>結局店員さんに「並んでいる方がいるので……」といわれて店を出て（もとい追い出されて）いった。<br><br><br>それを見て僕は、「ああ、こういうことって就活でもあるよね」と思い当たった。<br><br><br>まず「TPOをわきまえる」こと。<br><br>面接で、話すことに綿密な原稿を作っていく人がいる。<br>そうして作って、話した内容は、どこか人間味がないような、無味乾燥な話になりやすい。<br><br><br>それが「堅実」と高評価を受けることもあれば、「つまらない」と切って捨てられるところもある。<br><br><br>その分かれ目が、場の雰囲気であり、会社の社風だ。<br><br>ここで言いたいのはその場の雰囲気を敏感に察知し、すぐさま順応する力が必要、ということだ。<br><br><br><br>ラーメン屋の三人組のうち、一人くらいはもしかしたら雰囲気を察していたかもしれない。<br>でも、行動には移せなかった。<br><br><br>雰囲気を察する、空気を読むだけでは不十分だ。<br>そこに順応して、行動に移さなければならない。<br><br>それに失敗し、自分がやりたいことにこだわって失敗したな、と思うことは僕にもある。<br><br><br><br>TPOをわきまえる、は簡単なようで難しい。<br>自分らしさにこだわることを否定する気はない。<br><br>わきまえること＝隠すことでもない。<br>様々ある自分の人間性のうち、どれを出すかと考えれば少しは気も楽なのかもしれない。<br><br><br>わきまえることを手段だと割り切るか、屈服だとはねのけるかは、人の価値観次第である。<br>ただ先述の通り、わきまえる＝隠す、ではない。<br><br><br>人の性質は一面で語れるほど単純ではないはずだ。<br>どの面を出すか、を雰囲気で決めればよい、と考えている。</font>
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<link>https://ameblo.jp/mizykyoro46/entry-12077279326.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Sep 2015 11:00:00 +0900</pubDate>
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<title>僕が考える小説論</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>僕も本をよく読む方だと思っているが、聞いてみると驚くような冊数を読んでいる人がいる。<br><br>何でもその人は入学時点から月10冊以上読むとか。<br>なんなら20冊に近いくらいだろうし、読めるだけでもスゴイの一言だ。<br><br><br>そして10冊とはいかずとも毎月○冊読むと決めて読んでいる人もいて、日々知的好奇心をくすぐられている。<br><br>さて、<strong>どんな本を読むのか</strong>、というのは本好きの間でよく使われる話題だ。<br><br>女の子に聞かれた場合、答えたタイトルや作家で印象が決まるので<em>「石田衣良とか三浦しをんかなあ」</em>みたいな当たり障りのないことをいう時もある（実際によく読むけど）。<br><br>もちろん、本好きにそんな配慮はかえって無縁・無粋なので、正直に答える。<br>（森見登美彦なんだけど、森見登美彦というよりは単に京都が出てくる小説が好きなだけかもしれない）<br><br><br>そうして今度は聞き返すと「新書やビジネス書はよく読むけど小説は読まない」という人が意外と多い。<br><br><br>どちらかといえば僕は小説好きなので、それを聞くたびになんだか肩身の狭いような気持ちになってしまう。<br>小説を読んでるからって子どもっぽいとか、読書の価値が下がるとかそんなことは全くないのだけど。<br><br><br>ただ、電車の中を見渡しても、小説といえば推理小説しかないのかというくらいに推理小説（ないしサスペンス）を読んでいる人の多いこと！<br><br>エンターテイメント小説を読んでいる人は、こんなに有川浩が大人気の今でさえ、あまり見ないのだ。<br><br><br><br>僕が小説をよく読むのは、単に好きだからというだけではない。<br>僕はそこに、想像の余地が働く喜びを見出している。<br><br><br>小説の主人公には顔かたちがない。<br>景色も何もない。<br><br>あるのは荒野のような白い紙の上に載った、点ばかり。<br>その点から自由に発想できるのが、小説の面白さ。<br><br><br>さらに言えば、小説から自分とは違う境遇の誰か（何か）を疑似体験できる面白さにつながる。<br>一種の自己投影とも言うべきか。<br><br><br>自分とは違う誰かへの想像力は現実世界でも役立つ。<br>知り得ない相手に寄り添うことは、人間関係でも仕事でも円滑に進めるための必殺スキルだと僕は思っている。<br><br><br>それを磨くという裏の目的もあって、小説も必ず読むようにしている。<br><br><br>さて、そんな僕にも手を出せていない分野がある。<br><br>それが現代以前の小説で、川端康成とか坂口安吾とか、多分、絶対読んでないと「お前それで小説好きを自称するか」と突っ込まれそうなモノを読んでいない。<br><br>そういえば歴史小説も、一度城山三郎作品を読もうとして挫折した限りで読んでない。<br><br>どうも時代が変わると想像力が弱まるらしい。<br>まあ、空想の世界に近いしね？ とごまかしつつ、こそこそ小説を読んで余暇は過ぎる。</font>
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<link>https://ameblo.jp/mizykyoro46/entry-12037449818.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Jun 2015 10:00:00 +0900</pubDate>
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<title>「しくじり先生」は何をしくじったのか</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>テレビ朝日で放送されている「しくじり先生 俺たちみたいになるな！」という番組を知っているだろうか。<br><br>何かしらのしくじりエピソードを持っている各界の著名人が、そのエピソードを語って<u>「だからこうならないようにしてほしい」</u>という教訓を教える、という番組だ。<br><br><br>これまでにはレギュラー番組を三つ潰した経験を持つオリラジのあっちゃん、収監されたホリエモン、飲酒暴行事件で逮捕された前園などが、きわどい話を赤裸々に語ってくれた。<br><br><br>この番組が僕は結構好きだ。<br><br>まず、<strong>しくじりの規模が大きい</strong>。<br><br>ちょっとした失敗ではなく、結構大きな失敗である。<br>あっちゃんの話は言ってしまえば事業部を三つ潰したのと同じようなもので、失敗から何を学んで、どう活かすべきかは、大きな教訓になった。<br><br><br>また、<strong>大きなしくじりをしても、やりようによっては取り返しがつく</strong>、とも思う。<br>社会に出ていく自分にとっては、それ自体がとても心強い。<br><br><br>そんな「しくじり先生」が、深夜帯からゴールデンに移動した。<br>初回こそ12.8%の視聴率だったものの、3回目には<a href="http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20150518/Cyzowoman_201505_post_16034.html" target="_blank">6.1%</a>に下がってしまった。<br><br><br><br>よく言われるのが、<br><font size="4">「深夜からゴールデンに時間が移って、きわどい内容じゃなくなった（つまり面白くなくなった）」</font>という主張だ。<br><br><br>家族で見るような時間帯に、よろしくない事件を起こした人を持って来れるか、という意見だ。<br>これ自体はまともに思える。<br><br><br><br>ただ、もう少し深掘りすれば、「番組がもともとその時間に合っていないのではないか」と思う。<br><br><br><font size="6">◆月曜の夜からしくじりを見たいか</font><br><br>「しくじり先生」は月曜の夜8時に放送されている。<br><br>月曜は週の始まりで、「また一週間が始まったか……」という徒労感も大きい日だ（昨日八重洲で飲んだが、人はまばらだった）。<br><br><br><font color="#FF0000">ただでさえ疲れを感じやすい曜日に、人のしくじりを見たいだろうか。</font><br><br>しくじりを見て勉強する、教訓にするという、いわば教育番組の側面もあるしくじり先生を、週末も遠い月曜日に見たくなるのか、と思う。<br><br><br><br><br><font size="6">◆月曜の8時にテレビを見ている人に、しくじりは必要か<br></font><br><br>週初めの夜8時に、テレビを見られる人は、相当うまく仕事をしている人だと思う。<br>だいたい7時には会社を出て、着替えなどを済ませて、夜ご飯を食べながらテレビを観る。<br><br><u>それができる人は人のしくじりを見たいと思うだろうか。<br></u><br><br>月曜8時に家にいれる人は、結構うまくやっている方だと思う。<br>自分がしくじる、というようなことがあればまず帰ることはできない。<br><br><br>これは自分の周りを見ているから、偏った見方かもしれない。<br>しかし、<font color="#FF0000">この時間に帰られる人が、人のしくじりを観る必要があるのか、とは思ってしまうのだ</font>。<br><br>深夜は、仕事をようやく終えて帰ってきた人たちが、ビール片手に気楽に観られるような時間だ。<br><br>とにかく仕事を多く抱えている人は人たちは、先人の経験を熱心に聞くだろうし、何か失敗をして帰りが遅くなった人も、人の失敗を見て自分の失敗を笑い飛ばす、ということがあるだろう。<br><br>※帰りが早い人が頑張っていない、というつもりは全くない。ただ、傾向として多いだろうな、という推測で話している。認識違いも当然あり得る。<br><br><font size="6"><br>◆まとめ<br></font><br><br>つまり、<strong>夜8時にテレビを観ている視聴者は、「しくじり」を必要としていないのだ。</strong><br><br>しくじりを教えてくれる先生がつまらない、とかではなくて、題材自体があまり必要とされていないのでは、という話だ。<br><br>多少毒の薄いしくじり先生を出さざるを得ない、という事情はあるだろうが、もっと根本に問題があるような気がしている。<br><br><br>僕も、家にいない時間に「しくじり先生」が放送されてしまって、見ないようになったひとりだ。<br>「しくじり先生」を求める生徒たちは、まだ教室に来ていない（帰ってきていない）時間に放送していることが、苦戦の要因ではないかと考えている。</font>
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<link>https://ameblo.jp/mizykyoro46/entry-12031068109.html</link>
<pubDate>Tue, 26 May 2015 10:00:00 +0900</pubDate>
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<title>食いしんぼう万歳！No.2「鹿児島　豚トロラーメン」</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br><br>鬼久しぶりな気がする。<br>ブログを書かなかった間、ひっそりと<strong><font size="5">鹿児島</font></strong>に行ってきた。<br><br>桜島に<font color="#FF0000">一人で</font>行って猫と戯れたり<br><font color="#FF0000">一人で</font>城山公園に汗を流しながら登ったり<br>屋台村という鹿児島版思い出横丁で<font color="#FF0000">一人</font>飲みしたり（女の子が可愛かった。超絶）<br><br><br>要は<font size="5">一人だけど</font>すごく楽しかった！<br>一人だけどね！<br><br><br><br>さて、今回の食いしん坊万歳は、そんな鹿児島の注目フード。<br>ここまで東京だったのに、急に飛び出していくよ。<br>フリーダムだけど、それが、僕のブログでやりたかったことでもある。<br><br>そんなわけで、「豚トロラーメン」なるものを紹介していこう！<br><br><br><font size="6">◆鹿児島ラーメン</font><br><br>そもそも<font color="#0000FF">鹿児島ラーメン</font>というラーメンがあることをどれくらいの人が知っていただろうか？<br><br>僕も鹿児島に行くにあたって鹿児島出身の友人にリサーチして、初めてその存在を知った。<br><br><br>鹿児島のイメージといえば圧倒的に「焼酎」と「黒豚」、せいぜい「温泉」だし、それで満足してしまうだろう。<br>それはすごくもったいない。<br><br><u>鹿児島ラーメンは博多ラーメンの亜種ではない。</u><br><br>ベースこそ豚骨だが、こってりしすぎていないのが特徴だと僕は思う。<br>豚骨なのに、食後に口の中に味が残らず、<u>いい意味でさっぱりしている。</u><br><br>どのラーメンにも似ていないラーメン、という意味で、鹿児島ラーメンは新たな出会いだった。<br><br>今回紹介するラーメン屋以外のラーメンが食べられていないのが惜しいところで、今後も比較検討していきたいところである。<br><br><br><font size="6">◆豚トロラーメンとは？</font><br><br>で、今回紹介するラーメンの話に入って行こう。<br><br>&gt;<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150520/01/mizykyoro46/02/64/j/o0450033713312271207.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150520/01/mizykyoro46/02/64/j/o0450033713312271207.jpg" alt="" border="0"></a></div><br><br>豚トロラーメンはかなりの人気店で、空港ではインスタントのパックが売っているほど<br>ただ、実店舗もかなりあるので、一軒しかなくて激混み！ ということはたぶんない。<br><br>僕は平日の１時くらいに天文館通り店へ入店したが、すんなり入ることができた。<br><br>店内は狭くもなく、広くもない。<br>カウンターのほかに座敷もあるので、<strong>団体客が来ても対応はできるようになっている。</strong><br><u>（別会計はできないので、そこは注意されたし）</u><br><br><br><strong>「豚トロ」</strong>とは、豚の限られた部位（あるサイトによれば首肉らしい）だ。<br><br>僕も初めて食べたが、虜になった。<br><br><br>まず、口に入れた瞬間、<font color="#FF1493">甘み</font>が広がった。<br>チャーシューとは違う<font color="#FF1493">とろみ</font>。<br>そして、満足に噛まないうちに、いつの間にか消えてしまう。<br><br><br>最初はそこにあったことが分かるのだが、いつの間にか消えている。<br>何とか味わいたくてついつい箸が進んでしまう。<br><br><br>そんな魅惑の食材が豚トロだった。<br><br><br>もちろんラーメン全体の出来についても注目してほしい。<br>スープの主張が若干強いが、とても優しい味がする。<br>豚骨以外に魚系の何かで出汁を取っているのかな、という印象だった。<br><br><br>最後に、大食漢の人はラーメン大盛りが普通だろうが、ここは替え玉推奨、しかも二杯目は極細麺推奨なので、<font color="#FF0000"><strong>大盛りにしない方がいいだろう。</strong></font><br><br>ちなみに周りの人が固麺を頼む人が多かったので、とりあえず固麺にしてみたが、<br>周りも観光客や出張客だった可能性は否定できないので、聞けそうならお勧めを聞いてほしい。<br>（ちなみに女の子がかわいくて僕は緊張して聞けなかった）<br><br>◆最後に<br><br>鹿児島は自然に恵まれ、おいしいお酒、おいしい食事があふれている。<br><br>今回挙げたもの以外でも、奄美の郷土料理「鶏飯」、お米、お茶、鶏肉など、おいしいものはたくさんある。<br>また、元城下町ということもあって、中心部は相応に栄えている。<br><br>竜馬が新婚旅行先に選んだのも納得な地で、いろいろなものを味わってほしい。<br><br>------------------------------------------------------------------------<br>名前：豚トロラーメン（鹿児島）<br>場所：天文館（高見馬場）、アミュプラザ（鹿児島中央駅）など</font>
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<pubDate>Wed, 20 May 2015 10:00:00 +0900</pubDate>
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<title>大人ってなんだ</title>
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<![CDATA[ <font size="3">僕は早生まれの21歳だ。<br><br><br>二十歳を超えるまでは、<em>「まだ10代なんですよ」</em>などと言うとそれなりに笑いが取れた。<br>どれもこれも<font color="#FA8072">僕の老け顔</font>のおかげであって、身体を張ったギャグとして重宝していた。<br><br>そんな僕ももう21歳だ。<br>さすがに大学生という枠の中ではもう年は間違われない。<br><br>法的な大人の括りから飛び出てもう1年以上経つ。<br>もう子供ではいられないと思う一方で、まだまだ社会的にはひよっこであるから、ま<br>だ子ども面をしても良い気がする<br><br><br>ここまでの流れでお分かりの通り、、最近僕が考えているのは、「大人とは何か」で<br>ある。<br><br><br><br><font size="5">◆今更な大人論をなぜ語るか</font><br><br>「年を取るだけで偉いわけじゃないだろう」<br>と誰しも一度は思ったことがあるだろう。<br><br><br>先生に理不尽なことを言われたとき、バイト先で半ば強制的にシフトに入れられたとき、先輩独自の理論に反論したくてもできない自分をかんじたとき。<br><br><br>僕もその道を通ってきた。<br>そして、<font color="#0000FF">「そういう人もいるからな」</font>と深く考えないことが、「大人」としての考え方だと思ってきた。<br><br>つまり、ある程度<font color="#0000FF">諦観する</font>、ということが大人だと思ってきたのだ。<br><br>そんな僕が、最近また大人についてこうも尖って考えるようになったのはなぜか。<br><br><br>僕が住んでいる地域は小学生くらいの子どもが多く、近所でよく遊んでいる姿を見か<br><br>ける。<br><br><br>正直迷惑なことをされるときもあるので、目に余るようなら注意もする。<br>ただ、その内容があまりに基本的すぎるので（駐車場では危険だから遊ぶな、とかね）、「<font color="#FF0000">子どもが子ども育ててるんじゃないんだからさ……</font>」と思うことが多い。<br><br><br>また、虐待などの報道が最近多かったので、それを見るたび、「ああ、<font color="#FF0000">子どもが子ど<br>も育ててるんだよな</font>」という感想を抱く。<br><br><br>昔は<strong>大きくなりさえすれば勝手に大人になれる</strong>となんとなく思っていた。<br>でも、想像の未来が現実になった今、<br><strong>自分も周りも、年を取るだけでは精神的には大人になれないのだ</strong>、ということは事実だと気づいた。<br><br>だから、大人についての認識を改めようと思い立ったわけである。<br><br><br><font size="5">◆二つの「大人」</font><br><br>思うに、世の中で言う「大人」とは二つの決め方があると思う。<br><br><br>一つは<strong>年齢の大小で決める</strong>方法、もう一つが<strong>精神の成熟度で決める</strong>方法だ。<br><br><br>年齢で決めるとはつまり、より年上の人の方を大人として見る考え方だ。<br>「年を取っている人が偉い」とはこちらの考えに基づいている。<br><br><br><br>もう一方、精神の成熟度とは「出過ぎない」、「落ち着いている」みたいな<font color="#00BFFF">一歩引い<br>た目で見られる人</font>を「大人」と呼ぶような考え方だ。<br><br><br>懐が広い、とか人間の器が大きい、とかそう言った人を年齢にかかわらず大人と呼ぶ。<br><br><br><br><br><font size="5">◆各大人の考え方をかみ砕く</font><br><br><br>年齢的な大人。<br>これはある種、<font color="#FF0000">体育会的な考え方</font>と言えるかもしれない。<br><br><br>年齢を基準に置くのは、分かりやすい方法だ。<br>年を取ればとるほど「大人の大人」として、発言力を持つ。<br><br>年功序列型とは、<u>年を取ればとるほどスキルも経験も身についているはず</u>、という<br>仮定の下敷かれているのだろうし、そうでなければ（本来は）破綻するシステムである。<br><br>ここで「本来」と書いたのは、<br>崩壊しそうなシステムであっても若い者がそれを瀬戸際で防ぐので実際は崩壊しないからだ。<br><br>これと体育会的な考え方は非常に近い。<br><br>外から見ればどう考えても理不尽であっても、それを是として受け入れている若い者がいるから、不条理でも成り立っている組織もある。<br><br><br>本来なら一人ひとりが分担してやればいい掃除が下級生の仕事、などはそれらしい理由を付けて多くの体育会組織で続いている。<br><br><br>運動をしている人間にとって、より長くその運動をしている年長者はほぼ絶対的に偉い。<br><br><u>年長者もそういう中で生きてきたのだから、年少者にもそれを無条件に強いる</u>、というのが体育会的な考え方である。<br><br><font size="4">「俺（先輩）が耐えられたものをお前（後輩）は耐えられないのか」</font>と、そういう思考で自分にも他人にも接する。<br><br><br>僕は体育会的な考え方の中でも過ごしてきた人間だから、<br>年長者を敬うことの大切さは良く分かっている（軽口は叩くけど軽視はしない）。<br><br><br>ただ、<font color="#FF0000">その長い経験を威圧という形でしかアウトプットできない人</font>は、<br>正直あまり好きではない。<br><br>というより、そんな大人は嫌だ、というのが今日の言いたいことでもある。<br><br><br>年長者だから偉い、と意識的、無意識的に出ている人を見るたび、<br>「色々なことを経験しているぶん、<u>『ああ、そういうことってあるよね』とおおらかに見ることが何故できないのか</u>」と疑問に思ってしまう。<br><br><br><br><font size="5">◆精神的に大人になることを目指して</font><br><br><br><font size="4">年を取れば自然に大人になれるわけではなく、<br>子どもを産めば精神的に親になれるわけでもない。</font><br><br><br>そのことを分かったとき、もっと精神的に成熟していきたい、と思うようになった。<br><font color="#FF0000">人に対して寛容になりたい</font>、と思う。<br><br><br>大人になる、というのは諦めに近い使い方をすることもあるが、そうではない。<br>他人に対し、広く、大きな心を持つことが大人になることなんだ、と今の時点では思う。<br><br><u>それは、叱らない事ともまた違う。<br></u>広い心で将来のために叱ることは、成熟した大人にしかできないことだ。<br><br><br>それが自分でできているとは思わないが、それを目指すことが恐らく大事なのだと思う。<br>そのためにやることはたくさんあるだろうが、まずは志としてここに記しておこう。</font>
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<pubDate>Tue, 05 May 2015 21:56:02 +0900</pubDate>
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<title>おしゃべり好きの話はうまくない</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br><br><br><font size="6">僕はやかましい人間である。</font><br><br><br>高校時代の友人には、<font color="#0000FF">「お前は騒がしいんじゃない。煩いんだ」</font>と言われた。<br>※煩い：しつこくされてやりきれない、扱いに手間がかかり厄介である（広辞苑第六版より）<br><br><br>ただ騒音なのではなく、扱いにまで文句を言われたのには、少しへこんだ。<br><font size="5">まあ、それでも懲りてないんだけど。<br></font><br><br>さて、よく口が回る人（と自覚のある人ない人関わらず）は、「喋りが上手いねえ」「口が立つねえ」と言われたことが一度はあるはずだ。<br><br>そして、それを自信にしている人も少なからずいるはずである。<br>僕もかつてはその一人であった。<br><br><br>だが、悲しい哉、<font size="4"><strong>大抵そういう人たちの話は「うまくない」のである。</strong></font><br><br><br><font size="6">◆話がうまいとは何か<br></font><br><br>話がうまいということが、<strong>「澱みなく話せること」</strong>だと思っている人は意外に多い。<br>ペラペラと流暢に話せることが、話がうまいということなんだ、と。<br><br>ペラペラ話せる人が「うらやましい」と感じる人もきっといることだろう。<br><br><br>僕はこれに異を唱えたい。<br><br><br>話、というのは相手がいて成り立つはずである。<br>会話はキャッチボールだと言うように、相手の理解に合せて進めていくのが会話であろう。<br><br>そう、会話の主目的は「私が話すこと」ではない。<br><font color="#FF0000"><font size="4">「私の気持ちを相手に伝えること」</font></font>であるはずだ。<br><br>そうじゃなきゃ、Twitterに感情をばっと書き連ねることと何も違いがない。<br>相手がいてもいなくても、関係ないということになってしまう。<br><br><br>「伝える」が話すことの主眼であることは、相手が少数でも大人数でも変わらない。<br><br>今日主に話したいのは、大人数の前で話す場合のことである。<br><br><br>大人数の前で話すときは時間が限られていて、その中で収めようと必死になる。<br>だからただでさえ、伝えるということを疎かにしてしまう。<br><br>それが「ペラペラ話せることが話がうまいということなんだ」と勘違いしている人にあたったら、それはもう大惨事だ。<br><br><br>結局何も観衆に残らないまま、時間だけが過ぎていく。<br>呆気にとられていることに気が付かず話が進むことほど、辛いことはない。<br><br>聞いているこっちがハラハラしてしまう。<br><br><br><br><font size="6">◆話すことって、本当はすごく難しい<br></font><br><br><u>ペラペラと話す人の多くは、話を聞く側のことはあまり考えていない。</u><br>話す内容が決まっていて、それを余すことなく伝えればいいと思っている。<br><br><br>だから<font color="#0000FF">「場慣れしている自分は大丈夫」</font>とか<font color="#0000FF">「もう何度も同じ内容で話したから（練習したから）大丈夫」</font>だと思ってしまう。<br><br>少なくともそれまでに同じことを話しているから大丈夫、は根拠がない。<br><br><br>その都度聞く人は違い、求められている内容も違うからだ。<br><br><br>都度の状況に合わせなくてはならないという点ではどんな場でも新人なのだし、一回きりの勝負である。<br><br><br>話すことが自分だけの問題なら、こんなに楽なことはない。<br>録音したテープのように、同じことを繰り返せば良い。<br><br><br><strong>しかし、それならそもそも自分が話す意味もないのだ。</strong><br>原稿だけ渡して、記憶力のある人がなりきって喋ればよい。<br><br><br><font size="6">◆僕が思う話のうまい人</font><br><br><br>僕が思う話のうまい人は<font size="4"><strong>「対応力を持っている人」</strong></font>であり、<strong><font size="4">「聴衆に寄り添える人」</font></strong>である。<br><br><br>まず、話がうまくなりたいなら、<font color="#FF0000">場に応じた柔軟性、対応力</font>を磨くべきだろう。<br><br><br>たとえばアイスブレークの時間でその日にしか起こりえないことを話題にする、というテクニックがある。<br><br>複数の人が発表するコンペのような形の場合、以前の発表の内容をうまく活かして導入に入ったり、会場周辺の様子をアイスブレークに盛り込んだりすることができる。<br><br><br>また、会場の反応を見て、専門用語の説明をするかしないか決める、といったこともあるだろう。<br><br>台本通りに話せる人ではなく、その場で内容をうまく変えられる人こそ、伝えるという目的にも合っているだろう。<br><br><br>聴衆に寄り添える、ことについては<font color="#FF0000">聴衆の理解を確認しながら話せる人</font>を指している。<br>相手に理解の間を与える、ということともほぼ同義だ。<br><br><strong>伝える際に重要なのは、相手の目線に立つことである。</strong><br>大人数の会場でも必ず<font color="#FF0000">雰囲気</font>はあって、その雰囲気に気を付けているかどうかでだいぶ違う。<br><br>たとえば少し停滞感が漂ってきたと思ったら、質問を投げかけて場を「動かす」。<br>身体を動かさせるだけでも、雰囲気はだいぶ異なるものだ。<br><br><br><u>要するに話している間も周りに気を配らなければならない</u>、ということであり、話すことが如何に難しいかを感じさせられる要素でもある。<br><br><br><br>ペラペラ話せる人は、物怖じしないということでは素晴らしい。<br>しかしそれが、間違った自信につながっては、宝の持ち腐れであると思う。<br><br><br>話しがうまい、はよく使われる言葉だが、その意味は良く考えて使わなければならない。<br><br></font>
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<pubDate>Sat, 25 Apr 2015 10:00:00 +0900</pubDate>
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<title>1年生よ、こうしてメールを書こう</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br><br><br>4月も半ばになった。<br><font color="#EE82EE">新歓シーズン</font>の真っただ中である。<br><br>ツイッタ―のTLでは、後輩たちが必死に仲間をスカウトしようとしている様子がうかがえる。<br><br><br><font color="#FF1493">後輩たちにとってはタダ飯を食えるいい一ヶ月。</font><br><font color="#0000FF">先輩たちにとってはお金も時間も労力も飛ぶ一ヶ月。</font><br><br><br>まあ、新入生には先輩のその辺りの事情は気にせず、どんどん新歓に行ってほしい。<br><br>さて、去年、今年と僕が所属していたサークルの幹事長はこんなことを呟いていた。<br><br><font size="4">「名乗らずにメール送ってくる奴、マジで怖い……」<br>「去年の先輩も言ってたけど、なんか気持ち悪い……」<br></font><br><br>先代によれば、<br><strong>何度名乗るように言っても、最後まで名無しでメールを送ってきた猛者</strong>もいるらしい。<br><br>最近は一大学生でも社会人に接する機会が当たり前にあり、何かしらの機会でメールを社会人に送ることも増えている。<br><br><br>それに慣れている先輩たちからは「なんか変だな」となってしまうメールが、意外と多いらしい。<br><br><br>変なメールを送ってしまうと、その後の連絡がうまくいかなかったり、最悪の場合連絡を断たれてしまうこともある。<br><br><br><font size="5">そしたらタダ飯ありつけないじゃん！</font><br><br>ってことで、簡単なメールマナーを書こうと思う。<br><br>なお、今回のマナーは就活中の4年生も使えるぞ★<br><br><br><br>便宜上、今回のメール相手は「幹事長　田中メル雄さん」、所属団体は「学生団体リカッシ・ルーメ」としよう。用件は「食事会への参加」だ。<br>（お分かりだと思うが、この学生団体は「メール」を「シッカリ」送れるようになることを目標に活動している）<br><br><br><font size="6">一、あて名と件名を入れる</font><br><br>「学生団体リカッシ・ルーメ　幹事長　田中メル雄様」<br><br>初めに間違いなくやりたいのが、コレ。<br><br><br>相手は自分の名前を知らない。<br>当然、アドレスも知らない。<br><br>まずは<strong>「あなたに届けたいんだ！」</strong>と意思をしっかり伝えよう。<br><br><strong>団体名は略さない。</strong><br>また、<u>株式会社○○の場合も、(株)とは略してはいけない。</u><br><br><br>また逆に言えば、自分もアドレスを間違える可能性がある。<br>万が一間違っていても宛名が明らかに違えば、「間違っていますよ」の一言がもらえるかもしれない。<br><br><br>また、<strong>メールの用件は件名に必ず入れよう。</strong><br><br>相手が新歓の連絡先を個人アドレスと一緒にしている場合、「いつものメルマガからの連絡かな？」と思われてしまうかもしれない。<br><br>迷惑メールフォルダに勝手に移動されてしまうこともあるだろう。<br><br><br><font size="6">二、名乗る</font><br><br><br>冒頭の問題は、名乗らないことによって起こっている。<br><br><br>メールをするときは、「自分の所属（学年）、名前」を必ず名乗ろう。<br><br><br><br><font size="6">三、一言添える</font><br><br><br>さて、いよいよ本文に入っていく。<br>本文でいきなり「早稲田大学のちゃんみずです。新歓の食事会行きたいです」だけではあまりにそっけない。<br><br>メールといえど、<strong>画面の向こうには生身の人間がいるということは忘れないようにしたい。</strong><br><br>大抵コミュニケーションのすれ違いは、そうした思いやりがないことに起因する。<br><br><br>たとえば「マ○ルストーンを見て連絡しました！」とか「中学まで野球をやっていて、大学で再開したいんです！」くらいの一言があると、会ったときに話も弾む。<br><br><br>また、本文を締めくくる時にも「どうぞよろしくお願いします」とか「お忙しいところ申し訳ないですが、ご確認お願いします」という一言を添えるだけで、だいぶ印象は異なる。<br><br><br>そういう意味で、一言添えられるようにしたい。<br><br><br><font size="6">四、用件自体は簡潔に伝える</font><br><br><br>先ほど言ったことと矛盾するようだが、用件自体は簡潔に伝えたい。<br><br><br>たとえば参加する旨と、質問事項を箇条書きで伝えるなどだ。<br>また、本文がある程度余裕を持って見れるよう、<strong>改行も有効に使いたい。</strong><br><br><br>このブログもあえて改行をつけていることがわかるだろうか。<br><br>簡潔に伝えるコツは<u>「一文を長くしない」</u>ことである。<br><br>あいさつはあいさつ、用件は用件、で区切ること。<br>そして一つの文には一つの意味しか込めないこと。<br><br>これを気を付ければ一文は短くなる。<br><br><br><font size="6">五、最後に署名を入れる</font><br><br><br>最後におススメ機能として「署名」を紹介する。<br><br>今回はGmailを参考にやってみよう。<br><br>まず、設定画面を開く。<br><br>右上の歯車のようなボタンを押すと、「設定」の文字が出てくる。<br>そこを押そう。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150410/00/mizykyoro46/2e/69/j/o0800039413271623141.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150410/00/mizykyoro46/2e/69/j/o0800039413271623141.jpg" alt="" border="0"></a></div><br><br>すると設定画面が出て来るので、下にスクロールする。<br>署名の欄が出てくるだろう。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150410/00/mizykyoro46/04/ee/j/o0800015613271623140.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150410/00/mizykyoro46/04/ee/j/o0800015613271623140.jpg" alt="" border="0"></a></div><br><br>「署名」の横にある白い箱の中をクリックすると、署名を入れる設定になる。<br>そこに「所属、名前、アドレス、電話番号」を入れよう。<br><br>（以下は例）<br><br>★☆★☆★☆★☆★☆★☆<br>早稲田大学　政治経済学部　国際政治学科1年<br>大隈　茂信<br>mail:waseda……<br>tel:0123-456……<br>★☆★☆★☆★☆★☆★☆<br><br><br><br><br>◇オマケ<br><br><strong>敬語の使い方に慣れていなくても、心配しなくて良い。</strong><br>最低限「です・ます」が使えていれば不自然ではないし、先輩たちもかしこまらないで来てくれることを求めている。<br><br>もっとも、就活生はその限りではない。<br>普段から敬語を使って、自然と出るようにしよう。<br><br><br><br><br>さて、いかがだっただろうか。<br><br>ちなみに冒頭で「最初から最後まで名無しだった彼」は、<strong>今うちのサークルで元気に活動している</strong>。<br><br>最初が肝心、は間違いないが、ちょっとミスしても大丈夫！<br>とにかく新生活を楽しんで欲しい。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/mizykyoro46/entry-12012396470.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Apr 2015 08:00:00 +0900</pubDate>
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<title>肩ひじ張るもんでもない就活</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br><br><br>昨日まで2日間、所用で長野県は松本市にいた。<br>一言で言えば、いいところだった。<br><br><br><font color="#FA8072">馬刺しとか、日本酒とか、山賊焼き</font>（唐揚げの友達みたいなやつ）とか。<br><font size="5">いや、食ってばっかかよ。</font><br><br>でも、お城あり、温泉有りと、本当にいい時間を過ごせた。<br><br><br><br><br>さて、<a href="http://ameblo.jp/mizykyoro46/entry-12009918481.html" target="_blank">「就活は闇」</a>という記事を前回書いたのだが、<br>なんと翌日の面接で<font color="#0000FF">「就活について嫌なことを述べてください」</font>と言われてしまった。<br><br><br><em>「就活は不透明や！ しゃあないけど！ 落ちた時の納得感がないんや！ 」</em><br><br>もちろんほぼブログの内容そのまま話したのは言うまでもない。<br><br><br>それで、前回の記事を書いていて、もう一つ思い出したことがある。<br><br><br>先日、以前所属していたフリーペーパーを作る団体の友達と会った。<br>二人とも就活生なので、当然話もそこに偏る。<br><br>その中で<font color="#FF0000">「新卒で終わりではないよね」</font>という話になった。<br><br>今後キャリアを積む中で、転職したり、起業したりすることはあるだろう、というわけである。<br><br>だから、新卒で採用されればその後の人生がつつがなく進むということもないだろう。<br>そんな文脈だ。<br><br><br><font size="6">◆もし就活が大きな目標になったら</font><br><br>もし就活（新卒採用）が大きすぎる目標になったら、と僕は思う。<br><br>たとえばものすごく入りたい会社があれば、その会社のことをすごく研究する。<br><br>そうすると社風やいる人たちの雰囲気、求めている人物像はだいたい見えてくる。<br>そこに自分を合わせることができれば、さほど入社は難しくないのかもしれない。<br><br><br>しかし、である。<br>昨日から何度も出てきている言葉だが<strong>「会社は学校ではない」。</strong><br><br><strong>受験みたいに対策をして、そこに入ることが幸せとも限らない。</strong><br><br>その人を深く掘り下げれば、もしかしたらその会社は合っていないかもしれない。<br><br>入りたいという気持ちが先行して、「実はここは合わないかも……」という部分に目を瞑ってしまうかもしれない。<br><br><br>僕自身も、そんな体験をした。<br><u>どこかに違和感はありながら、それを小さな問題だと片付けようとした。</u><br><br><br><br><font size="6">◆いくらでも修正の利く人生</font><br><br><br>2月、3月に高校生からよく聞かれる質問がある（そういうバイトをしている）。<br><br>「第一志望校に合格できなかったが、浪人はしたくない」<br>「でも、併願校に行って後悔しないだろうか」<br><br>その時に思うことが「自分が思っているほど浪人って珍しくないよ」ということである。<br><br><br>何が言いたいのかというと、<strong>少し回り道をしたところで、誰もそれを非難することはない</strong>、ということだ。<br><br><br>希望した会社に入れないことは、とても悔しいことだと思う。<br>僕も、第一希望でずっと入りたいと願っていた会社には縁がなく、残念な思いはした。<br><br><br>だけど、まだまだ先は長い。<br>社会人になってから気づく自分の特性や、得意不得意も必ずあるはずだ。<br><br><font color="#FF0000">新卒の会社はスタートラインでしかなく、ここからいくらでも修正が利く。</font><br>ありがたいことに、最近の社会は転職にも寛容である。<br><br><br>そんなに新卒の会社に固執せずとも、また悲観せずともいいのではないか。<br><br><br><br>本来、まだ就活を終えていない僕がこういう記事を書いても何も説得力はないと思う。<br><br>でも<font color="#0000FF">就活で悩み、苦しんでいる友人を見ると</font>、<br><em>「そんなに思いつめることはないんだぜ」</em>と言いたくなってしまう。<br><br>この考え方が合っているか、合っていないかではなく、<em>「そんな風に考えたら気楽かな」</em>くらいに見ていてくれればうれしい。</font>
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<link>https://ameblo.jp/mizykyoro46/entry-12010757990.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Apr 2015 23:45:59 +0900</pubDate>
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<title>就活は闇</title>
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<![CDATA[ <font size="3"><br>今月の初更新がこんなタイトルである。<br><br>「相当辛いんじゃないか……」と思われても仕方のないタイトルだが、<font color="#0000FF">実際はあまり追い詰められている感じはない。</font><br><br><br>第一志望だった企業にお祈りされて以来、逆に開き直って今を迎えている。<br>逆に強気に行けるんじゃないか、とさえ思っている毎日である。<br><br><br>就活をここまでやって来て思うのは、「ああ、なんてこれまでは公正な戦いに身を置いていたんだろう」ということである。<br><br><br><font size="5">◆公明正大な受験という世界<br></font><br><br>就活が闇なら、受験は光である。<br><br>理由はいたって単純で、<strong>「合格基準がはっきりしている」</strong>からだ。<br>（ちなみにここでは一般的な大学の話しかしていない。芸術系も多分闇だと思う）<br><br>どの大学にも大抵「合格最低点」というものがあり、それは毎年だいたい変わらない。<br><br>つまり受験は規定の点数を如何にして超えるか、という戦いでしかなく、それ以上の点数を取ればまずほとんどの場合、合格する。<br><br><br><u>明確に基準が合って、それ以上を超えれば絶対に受かる。<br></u>不合格の場合も、得点開示をすれば納得できるはずだ。<br>「ああ、俺は点数が5点足らなかったんだな」とか。<br><br><br>こんなにオープンな戦いがあるだろうか。<br>受験に文句を言うなど、甘いと僕は思ってしまう。<br><br><br>推薦は比較的に明快さでは劣るが、それでも就活に比べれば可愛いものだと思う。<br><br><br><font size="5">◆基準は全て闇の中<br></font><br><br>じゃあ就活はといえば、コネあり、裏交渉あり、基準はなし、の競争である。<br><br><br>よく「これからの社会は学歴じゃない」という人がいる。<br>僕は半分正解、半分間違いであると思う。<br><br><br>社会に出て大事なのは学歴よりも、実力だと思う。<br><br>ある先輩が人事から言われたのは<br><strong>「20代は何をしたいか聞かれ、30代は何ができるか聞かれる」<br></strong>であったらしい。<br><br>助詞一つの違いだが、大きな違いだと思う。<br><br>こうしてこれからは実力を問われていくだろう。<br><br><br>でも、会社への入り口で学歴というコネがモノをいう時はある。<br>ゼミの知り合い、サークルの先輩、サークルで開かれた勉強会の講師。<br><br>コネは自分から掴むものと、勝手に入ってくるものの二つがある。<br><br>どっちが良いということではないが、黙っていても勝手に手に入るのがいわゆる難関大の学生であると思う。<br><br>コネは常に生きるわけではない。<br>でも、生きるときは大きく生きる。<br><br>その時点で他の学生よりも一歩抜きん出ていることになるだろう。<br>それを実感した場面は僕もある。<br><br><br>繰り返すが、コネが良い、悪い、という問題ではない。<br>ただ、コネという不確定要素かつぐにゃりとした要因が入り込んでいる時点で、基準は闇の中である。<br><br><br><font size="5">◆フィーリングで決まる就活<br></font><br>会社といえど、要するに人と人の集まりである。<br>合理的ではない要素で仕事が決まる場面はいくらでもある。<br><br>「こいつは任せてやりたいと思えるな」という要素こそ、大事だったりする。<br>（だから僕の老け顔もいつか役に立つと信じている）<br><br><br>したがって、入社だって多分にフィーリングで決まる。<br>面接官が「こいつと働きたいか」と考えるのは当たり前のことだ。<br><br><font color="#0000FF">何となく嫌なヤツと気持ちよく働けるか、と聞かれたら僕だってそれは分からない。<br></font><br>ちょっと前に流行ったが、会社は学校ではない。<br>世に出る高校生・大学生の全員を雇う義務は会社にはない。<br><br><br><br>就活は闇（の中）である。<br><strong>一時しかあっていないのに感覚で決められるのは腹が立つし、「見ただけで分かる」という人なんて、僕はまず信じない。<br></strong><br><br>僕も別にすべてのことに諦観できているわけではないし、したくもない。<br><br>「見るだけで分かる」ことができたら、その会社はずっと伸び続けるだろう。<br><br>その人自身の人生ももっとうまくいくはずだ。<br><u>少なくとも「見ただけで分かる」ような、<br>「浅薄な」人間と付き合う商売なんてしないだろう。<br></u><br><br>この文自体がとても若いし、青臭いと言う人はたくさんいるだろう。<br>僕もそう思う。<br><br>「就活は闇」という言葉自体「東京は疲弊した街」くらいの事実を言い当てているだけかもしれない。<br><br><br>ただ、これから生きていく世界に明白で分かりやすいものはない、と分かっていた方が楽な気はするのだ。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/mizykyoro46/entry-12009918481.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Apr 2015 08:00:00 +0900</pubDate>
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<title>元フリーペーパー編集部員が教える文章術③惹かれる文章にするために</title>
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<![CDATA[ <br><br><br>文章術もなんだかんだで三回目。<br><br>就活のために日程を空けておいた結果、最近は割とのんびりしている。<br><br>就活前に会おうということで、何年かぶりの再会をした友人もいて、<br>年を取ったと実感する（気持ちまで老け込んではダメだけど……）。<br><br><br>さて、文章術に入っていこうと思う。<br><br>今日は<strong><font size="4">「どんな内容なら相手を引き込めるか」</font></strong>に触れたいと思う。<br><br><br><font color="#009933">☆補足</font><br><br>と、その前に一つ触れておくべきことがある。<br>文章を書く際の目的を決めるべき、と言うことは前回も書いた。<br><br>実は目的以外に決めなくてはならないことがもう一つある。<br>それが<u><font color="#FF0000">「どんな文章の種類なのか」を決めること</font></u>だ。<br><br>つまり、評論風、エッセイ風、小説風など、どんな表現方法がその目的に合うかを決めることにある。<br><br>これを決めると、自然と言葉づかいも決まってくる。<br><br><br><font size="6">◆一文一義<br></font><br>必ず押さえたいのが、「一文一義」すなわち<strong>一つの文に一つ以上の意味を入れないことにある。</strong><br><br><br>たとえば下の二つの文章を比べてみてほしい。<br><br>A.<br>私は北海道の生まれなのですが、北海道と言えば海産物が有名で、<br>私が実家を出るまでは、親戚が送ってくれるウニやカニが食卓に出てくるのを、当たり前だと思っていました。<br><br>B.<br>私は北海道の生まれです。<br>北海道と言えば海産物が有名です。<br>私が実家を出るまでは、ウニやカニが食卓に出てくるのが当たり前でした。<br>それというのも、ウニやカニを親戚が送ってくれていたからです。<br><br><br><br><br>一文ごとに改行をしてみたが、どちらが簡潔に伝わるかは明らかだろう。<br><br>Aの文章は一文が長すぎて、読む方が息継ぎをする間もない。<br>Bの文では最初の一文が三つに区切られている。<br><br>簡潔で分かりやすい文章は、読むのにかかる時間を減らすことができる。<br>独特な言い回しで相手を引きこむことを目指したくなるが、まずはここから始めてみよう。<br><br>独特の言い回しは文章の種類によっては逆効果になるので、まずは一文一義をマスターしてみよう。<br><br><font size="6"><br>◆接続詞を有効に使う</font><br><br>一文一義の実現のために、<strong><font color="#FF0000">適切な接続詞を使うことが重要になる。</font></strong><br><br>「つまり」、「すなわち」等の言いかえ表現は個人的によく使う。<br>一文一義で伝えることに固執し過ぎると、今度は<u>説明不足という問題が起こりやすくなる。</u><br><br>そこでより説明を深めるために、言いかえ表現を使うことが多い。<br><br><br>引き込むという意味でも言いかえ表現は使える。<br><br>一見分かりづらい言葉を使って読者に疑問符を抱かせてから、「つまり」と説明することで、腑に落ちた感を演出する。<br><br>この<font size="4"><strong>「読者に疑問符を抱かせる」</strong></font>ことが引き込まれる文章の一つの条件に思う。<br><br>もっとも、「文意が通ってないのでは？」という意味で疑問符を抱かせてはいけないとは思うけど。<br><br><font size="6"><br>◆独特のたとえ話を</font><br><br><br>独特な言い回しがOKな文章なら、チャレンジしてみても良いかもしれない。<br><br><br>独特の言い回しをする際に僕がよくやるのは<strong>たとえ話だ。</strong><br>その中でも直喩（～のようなと続くたとえ）をよく使う。<br><br>その際は、<font color="#0000FF">「教科書の基本問題のような」</font>言葉を選んでいる。<br><br>つまり、誰が読んでも単純明快で分かりやすい言葉だ。<br><br>独特の感性を活かすのも、もちろんなしではないと思う。<br>その際は<font color="#0000FF">「無料でスポーツ観戦に行ったのに、結局ビールを三杯飲んでしまった」</font>みたいなことがないようにしたい。<br>（無料で見ることが目的だったのに、いつのまにかお金を落としてしまっている）<br><br>要するに<strong>文章の目的をはき違えて使わないようにしよう</strong>、ということだ。<br>上みたいに説明のいるような表現は、使いどころを間違えると大きな減点になる。<br>エントリーシートでそんな独特さを出してもまず落とされるだろう。<br><br><br><br>今回は意外と確信に近いことを書けたような気がしている。<br><br>独特の言葉を使わなければ良い文章は書けない、なんてことはない。<br><u>一文一義に気を付ければ国語が苦手な人でも、文章は書ける。</u><br><br>一文が必然的に短くなるので、変な繋がりを持った文章にならないからだ。<br><br>テクを守る、と言うのは何事にも通じる話なので、気に留めておきたい。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mizykyoro46/entry-12002851679.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Mar 2015 08:00:00 +0900</pubDate>
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