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<title>辻村真貴 ブログ</title>
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<description>筑波大学生命環境系</description>
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<title>3ヶ月ぶりにマレーシア出張です</title>
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<![CDATA[ <p>昨年12月末以来、およそ3ヶ月ぶりにマレーシアに出張です。およそ7時間の移動の間に、気温が10度から30度に上がりました。</p><p>&nbsp;</p><p>マレーシアは、4月1日から国境開放されるとのことですが、3/26はまだ従来のルールですので、事前に滞在中の訪問先等をすべてマレーシア政府に申請し（一日の訪問先は3件まで）、許可を得る必要があります。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、12月の出張時は、滞在期間のすべての移動に、マレーシア政府のオフィサーが同行していたのですが、3月以降、オフィサー同行がなくなりました。また、12月には義務づけられていた毎日の簡易抗原検査も、今回不要になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>出発時の成田空港も、少しずつ、空いているお店も増え、人出も12月に比べ増えたように感じました。一歩一歩ですが、新たな日常に向け、進んでいきたいと感じています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mktsuji/entry-12734026854.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Mar 2022 20:35:55 +0900</pubDate>
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<title>学会への参加</title>
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<![CDATA[ 2年ぶりに、EGU（欧州地球科学連合）の学術大会に出席しました。例年4月にオーストリア・ウィーンで開催されるこの学会は、水文学をはじめとして、地球物理学、地球化学、生物地球化学、生態学、物質循環など、地球科学に関わる様々な分野の研究発表が行われます。AGU（米国地球物理学連合）の学術大会とならび、国際的な研究の動向を知り、第一線で活躍する研究者間のコミュニケーションをとる上で、最も重要な会議の一つです。<div><br></div><div>開催時期が日本の年度初めにあたるため、日本からの参加者は例年多くはありません。</div><div><br></div><div>今回は、大学院修士課程に入学したばかりの2名を含め、4名の大学院生を帯同しました。学部の卒業論文を書いたばかりの学生が国際学会に参加できるとは、良い時代になったものだと、ふと現地で思いました。</div><div><br></div><div>私が初めて国際会議で発表をしたのは、1993年7月、大学院博士課程を修了し、特任助教になったばかりのことでした。国際水文科学協会という、当時、水文学の分野では最大の世界規模の学会で、4年に一度各国持ち回りで学術大会が開催されており、1993年は日本・横浜での開催でした。</div><div><br></div><div>そして、最初に海外で学会発表を行ったのは、1994年8月に香港で開催されたWPGM（西太平洋地球物理学会議）でした。当時まだ英領であった香港に渡航するための航空券がいくらであったか、忘れてしまいましたが、ある財団が募集していた若手研究者の海外派遣助成金に応募し、7万円を補助して頂きました。当時でも、それでは航空券代に足りず、年休をとり、渡航申請書を提出し（当時は国家公務員でしたので、私費とはいえ、海外渡航には届けが必要でした）、ホテルは同じ研究者の友人と一緒にツインの部屋をとりました。</div><div><br></div><div>当時は、大学院生や特任助教が海外渡航するための資金援助制度は少なく、私も国内学会にはすべて、自費で参加していました。<br><br>時代が違いますし、考え方も変わっているので、今の学生諸氏に昔のことを声高に語るつもりはありませんが、旅費や宿泊費のことを心配せずに、学会での発表に専念できる環境を、もっと最大限に利用し、真摯に学んで欲しいとは思います。最良の環境にいるのですから、もっともっと長い時間を研究とそれに関連した活動に費やして欲しいと感じます。このように感じること自体、懐古趣味と言われてしまいそうですが。</div><div><br></div><div><br><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Sat, 13 Apr 2019 17:33:23 +0900</pubDate>
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<title>息子への手紙</title>
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<![CDATA[ <div>もう、大分日が経ってしまったが、改めて、大学入学おめでとう。希望の一歩が実現できて、よかった。</div><div><br></div><div>君が一人暮らしを始めてから、君のいない生活にも、意外に早く慣れた。これでも、少しは早く帰宅するようになった（22時が21時になったぐらいだが）。</div><div><br></div><div>君が高校2年の時だったか、将来は外交官になりたいと言ったときは、笑って返したが、実を言うと、少し嬉しかった。おぼろげながら、将来のキャリアパスを描いて、大学のことを考え始めたということを、嬉しく感じた。</div><div><br></div><div>大学合格が決まった直後に、私と話したことを、君は覚えているだろうか。私は君が外交官になると、信じている。だから、今後君のことは、国に預けたと思っている。君は、国益の最前線で戦う職業を選んだのだから、もう、私の手を離れた。私とママの老後は、心配しなくて良い。私自身の葬式の手配も、予めしっかりしておく。たぶん君は、私の死に目にも会えないだろう。それも、覚悟しているから、気にしないでかまわない。大学合格した直後に、こんな話をする親子もいないだろうと思いながら、私はそんな話を、君とできることを、幸運だと思った。</div><div><br></div><div>将来、どこかの国の在外公館に君が勤務しているときに、私が学会か技術指導などのためにその国を訪問し、一緒に夕食でもしたいうのが、私のささやかな夢だ。</div><div><br></div><div>おそらく、今の忙しさを考えると、私の方がママより先に死ぬと思う。私がいなくなっても、ママが困らないようにはしておくが、ママは寂しがり屋だから、私の死後はママのことを気遣ってあげて欲しい。</div><div><br></div><div>君は君の道を、君の考えで進んで行きなさい。私は、私の道を行く。でも、我慢できなくなったら、いつでも戻っておいで。私とママは、いつでも、ここにいる。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/mktsuji/entry-12475586010.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Jul 2017 22:54:16 +0900</pubDate>
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<title>就職活動を考える</title>
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<![CDATA[ <div>年末から、少しずつ始まっていた就職活動（学生達が言うところの就活：私は何でも略すのが、本来好きではない）が、2月に入り本格化する。そして、大学において最も重要な教育活動は、この“就活”によって少なくとも数ヶ月、場合によっては半年間にわたり、“蹂躙”されるのである。</div><div><br></div><div>私自身は、学部から大学院に進学、博士課程在学後、2年間の特任助教を経て、公募によって地方の国立大学に採用されたので、就活の経験はない。したがって、就活のメリット、デメリットを自身の体験に基づいて語ることができない。しかし、大学教育の現場を預かる身として、学生達にとって最も重要な最後の約1年間の内、数ヶ月から半年の間、学修や研究活動に集中できないというのは、学生の質保証という観点からすれば、明らかに甚大なデメリットである。</div><div><br></div><div>私は、学生を送り出した先の企業の方とは、できるだけ密にコミュニケーションをとり、企業がどのような人材を求めているのか、大学においてどのような教育をして欲しいと考えているのかを率直にきき、そして日頃教育の面で生かすよう、最大限努力している。私が学生達に日頃よく言う、「そんなことでは、社会に出て通用しない」という発言は、こうした取組の一環でもある。</div><div><br></div><div>したがって、就活を経験したことのない私にも、就活のあり方について、私見を披瀝する資格はあると思う。</div><div><br></div><div>在学中の（学部であれば4年、大学院修士課程であれば2年）、数ヶ月から半年間を就活に費やされている現状に対し、大学人がきちんと声をあげないのは、数10年前程度までの、大学において真面目に教育をしていなかった時代の悪しき習慣と惰性の“賜”である。確かに今から数10年程度前までの大学は、研究に主眼を置き、教育機関としての体をなしていなかった面もあった。だから企業の側からすれば、「どうせ大学ではまともに人を育てておらず、企業に入ってから育てなければならないのだから、半年ばかり就活に費やしても、そもそも大学の自業自得だろう」という程度の認識だっただろう。</div><div><br></div><div>しかし、今は違う。矜持を持った大学人は、研究の時間を割いてでも、教育に真摯に取り組む。学部生であれば、3年生の12月頃から研究室に配属され、個々の志望や学修レベル、適性にあわせた個別教育ができる時期である。大学院修士課程1年生であれば、授業や専門文献の輪読を経て、しっかりと自らの学修と研究方針をたて、これから本来の自律的な学修活動を始められるのが2月頃である。が、このような時期に、インターンシップという名の就活が始まる。</div><div><br></div><div>もともとインターンシップというのは、学生時代に短期間の就業経験をすることにより、キャリアパスを考えるきっかけにするという、教育的側面の強いものであった。私もそのことは否定しないし、インターンの重要性も理解している。しかし、インターンシップという名を借りた、就活の一環のようなものは、明らかにデメリットが大きいと思う。学生が、「インターンシップに参加したいので、この期間、授業に出られません」とか、「セミナーを欠席させてください」、あるいは、「研究活動ができません」と言えば、インターンシップをやめろとは言えない。しかし、私は、そのインターンシップによって、学生が何を学び、何を身につけ、大学における教育にどのようなメリットが生じたのか、訊いてみたい。いったいどれだけの学生が、きちんと答えられるだろうか。</div><div><br></div><div>インターンシップの意義は、否定しない。ただ、企業の担当者と、インターンシップのプログラム内容について、きちんと話し合ってみたい。少なくとも、この段階では学生は大学に所属してるのであり、我々教員には、その活動に対して責任がある。</div><div><br></div><div>また、学生の企業就職活動は、学部卒業後、または大学院修了後の4月から開始するべきだと思う。それが、本来のあり方ではないか。もちろん、そう主張するには、大学側が学部4年間、大学院修士2年間、しっかりとした教育を施していると言い切らなければならない。その責任を負っても、大学は企業に対して意見を言うべきだと思う。そうできないのであれば、大学は大学としての存在意義を放棄しなければならない。</div><div><br></div><div>本来学生の就職活動とはどうあるべきなのか、輩出する側の大学人と、受け入れる側の企業人が、互いにその存続をかけて、真剣に話し合わなければならない。それが、我が国の高度職業人が、国際競争の中で戦い、勝負し、強かに生きていく上で必要なことだと思う。</div><div><br></div><div>もう一つ、企業が内定を出した学生に対し、研修と称し課題を出す、あるいは学生を集めて研修させることも、大学人からすれば理解しがたい。そんなことのために、学生が授業やセミナーを休むことを、本来は許したくはない。しかし、学生がそのために、就職後不利益を被る可能生を考えれば、許可せざるを得ない。企業がまだ入社前の学生に、どうしても研修を課したいのであれば、担当者が指導教員に対して相談をするのが、社会人としての最低限のマナーであろう。それすらもできない会社に、私が身を削って育てた学生を預けることは、本来したくはない。</div><div><br></div><div>大学人は、相当の労力と時間をかけ、学生を育てそして質保証の上、卒業・修了させる。その学生達が、人生の大半を過ごす企業と大学とが、十分な意思疎通をはかれていない現状は、不幸と言うほかはない。</div>
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<link>https://ameblo.jp/mktsuji/entry-12475586009.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Feb 2017 22:26:11 +0900</pubDate>
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<title>偲ぶ</title>
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<![CDATA[ <div>11月中旬の日曜日、前学長の山田信博先生を偲ぶ会が大学会館で開かれた。山田先生が亡くなられてから、早くも１年がたったことを、改めて感じた。</div><div><br></div><div>私は、学長としての山田先生の姿しか知らないが、とても優しい、思いやりのある方だった。「環境ディプロマティックリーダー（EDL）の育成拠点」という教育プログラムの事業責任者として私が、式典、シンポジウムなどの挨拶をお願いすると、いつも快く引き受けてくださり、事前のレクも、とても丁寧に聴いてくださった。</div><div><br></div><div>EDL事業による１期生４名（留学生）が修了したときには、わざわざ時間をとって、修了生一人一人に直接修了証を手渡し、励ましの言葉を英語でかけてくださった。そして、私にだけ聞こえるように日本語で、「本当に良かったですね」と、労いの言葉を戴いた。事業でいろいろと苦労していた私にとって、何ものにも代えがたい暖かい言葉だった。一番、聴きたかった言葉だったのかもしれない。</div><div><br></div><div>山田先生を偲ぶ会からしばらくして、恩師の榧根 勇先生から日出奥様が９月に亡くなられたという手紙を戴いた。奥様は最近数年、闘病生活を続けておられた。今年４月に、「榧根先生を囲む会」を催した際にも、榧根先生ご本人が「家内の介護があるので、２時間だけ」というお約束で、企画したのであった。</div><div><br></div><div>闘病生活に入られてから、奥様とは、お目にかかる機会がなかったが、学生時代からいつも一番つらいときに、暖かい言葉をかけて頂いた。</div><div><br></div><div>博士論文の執筆に苦労していたとき、たまたま日出奥様とお話しする機会があった。執筆が思うように進んでいないことを申し上げると、奥様は、榧根先生がかつて指導され、そのときすでに学界の第一線で活躍している複数の名だたる先輩たちの名を挙げ、「皆さん、博士論文の執筆の時は、もうやめたいなどと弱音をはいておられました。大丈夫、きっと書けます」と、励ましてくださった。</div><div><br></div><div>1999年の12月に愛知教育大から筑波大に異動する際、私には「筑波大の水文に戻るのが自分で良いのか」という気持ちがずっとあった。他に筑波大・水文の教員としてもっと相応しい研究者が大勢いるではないか、という感覚にずっと捕らわれていた。そんな中、たまたま、榧根先生のお宅に電話する用があった際、電話に出られた日出奥様が、榧根先生への取り次ぎをお願いする間もなく、私に、「今回のこと（私が筑波大に戻るという人事）は、本当に良いことです」と言い切られた。私は、私の悩みを誰に言っていたわけでもなく、まして、奥様に相談したわけでもなかったが、奥様は私の気持ちを察し、はっきりと「そんなことで悩むのは、おやめなさい。しっかりやりなさい」と言われたのだと、感じた。</div><div><br></div><div>私の人生で、忘れられない言葉をくださった、山田 信博 先生も、榧根 日出 奥様も、もうおられない。</div><div><br></div><div>人が、一番つらいときに、一番聴きたい言葉をかけられるような、優しい人間になることは、難しいと思うが、そんな人を目指したいと思う。</div>
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<pubDate>Sun, 27 Nov 2016 22:45:22 +0900</pubDate>
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<title>大学人間模様（その２）</title>
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<![CDATA[ <div>K准教授。専門は鉱物学。水文のT教授、岩石学のT教授と当時の自然学類地球科学専攻同期生。学生時代、いつも授業中、水文のT教授と最前列に座り、講義の批評をし合っていたので、教員からは煙たがられていた。地誌学のS教授の講義中、思わず「うそつけ～」と言い、S教授が爆笑した話は有名である。有名な映画監督と同じ姓であることから、学生時代は「監督」と呼ばれていた。皮肉屋で、いつも正論を吐き、最もできの良い学生であった。研究室では、お香を焚く繊細さも持ち合わせている。結婚して、人間がめちゃくちゃ円くなった。</div><div><br></div><div>T教授。専門は岩石学。あだ名は「つのし」。修論は南アフリカのフィールドで数ヶ月を過ごしたという、見かけによらず、タフな男である。自ら他人を攻撃することはないが、いつの間にか周囲を自分のペースに巻き込んでしまう包容力を持っている。毎朝、つくば駅から大学まで35分で歩いているが、ビールが好きなため、なかなかやせないのが悩み。時々、自転車通勤している水文のT教授と駄弁りながら、ペデストリアンを歩いているらしい。実は、鉱物のK、水文のTとともに３人は、推薦入試組で、面接試験の待合室で一緒だった時からの腐れ縁が続き、かれこれ、33年を超える。</div><div><br></div><div>M教授。専門は宗教地理学。人文社会系の大学院で宗教学を博士取得目前まで学んでから、当時の地球科学研究科地理学専攻に修士から入り直した変わり種。水文のT教授のはるか年上ではあるが、学年は下という、ねじれが生じている。気候のU教授と大学院同期。U教授はT教授の２学年歳下なので、T、U、Mの３人が会話していると、M⇔U間はため口、T⇔M間は敬語、T→Uはため口で、敬語・ため口関係が破綻する。あの笑顔に、誰もがだまされる。これまでにも、笑顔に油断して、恐ろしい仕事を引き受けてしまったという被害者が大勢いるという。酔っ払うと、笑顔に磨きがかかり、さらっと、他の教員の悪口を言うという得意技を持っている。</div><div><br></div><div>Z教授。専門は水浄化、水処理学。生物資源学類担当、環境科学専攻専任担当。中国の出身で、時々日本語があやしくなるが、それもご愛敬。水文のT教授の兄貴分。会議に必ず遅れてやって来るが、あまりにも堂々と遅れるので、誰も、怒ることができない。絶対に遅刻の許されない入試の会議に５分遅刻してやって来たときには、さすがに、会議室の空気が凍っていたが、入って来るなり大きな声で、「いやー、手帳にはきちんと時間書いてあったけど、頭に記憶するの、忘れてたね－」と言い、部屋中大爆笑になったという、嘘みたいな伝説がある。</div>
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<pubDate>Mon, 07 Nov 2016 23:42:05 +0900</pubDate>
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<title>大学人間模様</title>
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<![CDATA[ <div>A教授。専門は水文学。東大工学部卒、同大学院から、社会人を経てコーネル大学に進み、Ph.D.を取得した超エリート研究者でめちゃくちゃ頭がよいが、意外にユーモアがある。授業中、親父ギャグを連発して、学生を煙に巻く。東大山岳部出身だけあって（たぶん）、岩壁登りが趣味。コンパで酔っ払うと、ところ構わず、鴨居につかまってぶら下がる特技を持つ。標高4000mのチベット高原で観測していたときには、酔った勢いで宿泊していたホテルの門柱にぶら下がり、地元チベット人や漢人から大喝采を浴びた。最近、鳥打ち帽がお気に入りで、一見、刑事のような風貌で学内を徘徊している。同じ水文のT教授とは、同い年でつきあいも長く、夕方になるとよく内線電話で長話ししているらしい。</div><div><br></div><div>S教授。同じく水文学が専門。ビールが大好き。モンゴルで観測していたとき、20mの観測鉄塔の上で、学生に指示を飛ばしながら、ビールを飲んで昼寝していたという伝説を持つ。毎日昼１１：３０から１２：００は、プールの時間で、絶対会議の予定を入れない。無線の免許を持っていて、工作好き。モンゴルの田舎で泊まった宿屋の暖房器が壊れていたときには、持っていた工具で修理して、宿屋の主人に大いに感謝された。英語の発音は完全に日本人のそれだが、言葉の内容はネイティブ並。博士論文を書いたときの英語があまりにも完璧で、副査の教授が文句のつけようがなさ過ぎて困ったという逸話がある。大角豆の近くの自宅から、自転車で20分足らずで毎日通勤している。</div><div><br></div><div>O教授。もともとの専門は地形学だが、最初の就職先は農学部砂防、その後筑波大に戻り、地形学から環境システム、環境動態と多彩な経歴を有する。水文のT教授とは、大学院生時代の先輩・後輩の関係で、仲が良いらしいが、よく喧嘩をしているところも目撃されている。絶望的に字が下手で、かつて、名古屋にいたとき、当時同じく名古屋で他の大学に勤めていたT教授宛てに手書きのファックスを送ったところ、事務室に届いたそのファックスの宛名を誰も解読できず、学内中を宛先不明で回覧され、最終的にT教授の手に届くまでに、1週間かかったという伝説がある。土浦に豪邸をもち、自宅の庭園には比高5m、幅3m、長さ7mの斜面が造成されていて、斜面の下には地下水面も形成され、毎日、斜面を使って実験を行っているらしい、という噂がある。</div><div><br></div><div>Y准教授。専門は水文学。とにかく頭も良くて努力家であり、非の打ち所のない教員。かつて、専門の近いT教授とは仲が悪いという噂が学生の間で流れていたが、T教授ははっきりと否定している。一方Y准教授は、この件についてはにこやかに笑って、流している。地下水、降水、蒸発散、湖沼、土壌水と、あらゆるテーマに精通し、苦手な分野が存在しないという、スーパースター。その穏やかで高邁な性格から、学生だけでなく、周辺教員からの信頼も半端でない。いつも冷静沈着、温厚なY准教授も、ご令嬢の話題になると、一気にテンションが上がり、話が止まらない、愛すべき父親でもある。</div><div><br></div><div>T教授。水文学が専門。自転車通勤しているが、毎朝、竹園の自宅から一度、洞峰公園まで南下し、その後大学まで来ると、外ループを一ノ矢まで回ってから研究室に来て、無駄にエネルギーを消費しているらしい。そのせいか、夕方になるとエネルギー切れを起こし、図書館のスタバで甘いものを摂取している。説教好きで、学生が不用意にメールを送ると、文面の添削をするので、学生からは煙たがられている。最近は、学生だけでなく、若手教員にもよく説教するので、研究室に皆寄りつかなくなった。高校生の息子あり。その息子によると、つくばセンターで最近、高校生をつかまえては、筑波大がいかに素晴らしいかを長々と喋る“自称筑波大教授”がいて、センターを使う高校生から警戒されているが、息子は犯人が父親ではないかと疑っているらしい（この件については、自称筑波大教授の出没情報があった日、T教授がモンゴルに出張していたことが判明、アリバイが立証され疑惑が一応はれた）。</div>
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<pubDate>Sun, 06 Nov 2016 18:34:55 +0900</pubDate>
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<title>長崎への出張で</title>
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<![CDATA[ <div>地下水学会への出席のため、長崎に出張しました。</div><div><br></div><div>午前中10時過ぎの羽田発便でしたが、空港は結構混んでいました。その中で、「予約数が座席数を上回ってしまったので、次便に振り替え可能な方はお申し出を」とアナウンスが繰り返されていました。時々あることでもあり、また午後に口頭発表があるので、聞き流していました。</div><div><br></div><div>満席の機内に入り座席に座ると、どうしても1席足りないらしく、係が機内を周りながら、次便振り替え可能な一人を探しています。すでに出発時刻を15分過ぎているのですが、飛べないのです。このままだと、乗れない一人の方も、他の乗客も、航空会社もかなり困ったことになりそうです。この便は、長崎に12：15に着くので、多くの乗客が午後一番からの予定を組んでおり、次便に代えることができない人が多いことも、推察されました。</div><div><br></div><div>私の口頭発表は、午後４時からのセッションです。次便の長崎到着時刻をたずねると、午後２時半とのこと。何とかなるかもしれない、と思いかけていると、係の方が、「長崎空港からタクシーを手配します」と言われました。もう時間もなく、リスクはありますが、万が一セッションに遅れる場合は、事前に連絡して謝ればよいと、腹をくくりました。次便への振り替えを申し出て、満席の機内から、ちょっと恥ずかしかったですが、荷物をまとめて降りました。預け荷物がなかったことも、幸いでした。</div><div><br></div><div>次便は約２時間後の出発でした。振り替えた便に乗り、しばらくすると、チーフパーサーの方がわざわざ来られ、次便に振り替えたことについて、とても丁寧な謝辞を述べられました。私の事情もわかった上で、感謝の気持ちのこもった言葉でした。</div><div><br></div><div>長崎空港には、約２０分遅れで到着しました。ちょっとぎりぎりかなと思っていましたら、真っ先に私を降ろしてくれ、さらに搭乗口外で待機していた地上係の方が、私の荷物を持って、最短距離でタクシー乗り場まで小走りで誘導してくれました。その最中にも、係の方からは、丁寧な感謝の言葉が述べられました。そして、到着出口外の最も近いところに待機していたタクシーに乗り、事情をわかっている運転手さんも、「ちょっと混んでいるので、○○のルートで行きます」と言って、急いでくれました。</div><div><br></div><div>結局、学会場には、セッション開始の３０分ほど前に着くことができました。そして、問題なく口頭発表を行うことができました。</div><div><br></div><div>今回のことは、私にとって、とても印象深いものでした。起きてしまったトラブルは仕方ないとして、その後の対応がきわめて素晴らしいものだったように感じられました。各パートがベストを尽くすだけでなく、羽田の地上係の方から、振り替え便のパーサーの方、そして長崎の地上係の方まで、単に対応すべき用務内容のみならず、発地で起こった事象の状況まで引き継がれ、それに対してきちんと敬意を持って対応することが、当然のようになされていました。問題が起きているときに、こうした連携が当然のようにできることは、企業としての底力なのだと思いました。</div><div><br></div><div>日頃、海外に出張することも多く、その中で、我が国のエアラインは、総合力でみると、世界トップクラスだと感じています。今回も間違いなく、我が国のナショナル・フラッグ・キャリアとしてのJALのパフォーマンスは、最高であったと思います。そして、こうしたことのできる人材を地道に育て、きちんと評価している組織こそが、どのような分野や種別であれ、（もちろん大学も）、生き残っていくのだと思います。</div>
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<pubDate>Sun, 23 Oct 2016 18:03:59 +0900</pubDate>
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<title>見えない地下水</title>
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<![CDATA[ <div>打合せのために久しぶりに、福井県大野市を訪問しました。</div><div><br></div><div>昨年は、学生の野外実験や、調査などで何回か伺っていましたが、今年に入ってからは初めての訪問で、約10ヶ月ぶりでした。</div><div><br></div><div>大野市の調査をもとに博士論文を書いていたIk君が、無事博士号を取得できた報告と、同地で修論研究を行っているHg君が就職の内定をもらったことの報告、そしてそれらに対するお礼に伺ったのです。</div><div><br></div><div>歓談している中で、市の担当者の方々が、「地下水の担当になった当初は、目に見えない地下水を扱うことが嫌でしょうがなかった。でもやっている内に、ちょっとわかってきた。そして、辻村先生が少しずつ地下水を見えるようにしてくれたので、今は、担当していて楽しい」ということを、言ってくださいました。</div><div><br></div><div>何にも代えがたい、褒め言葉を頂きました。ありがとうございます。</div>
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<pubDate>Wed, 21 Sep 2016 08:41:34 +0900</pubDate>
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<title>研究室のOB・OG会</title>
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<![CDATA[ <div>2016年8月28日～29日，東京の晴海グランドホテルで，研究室のサマーセミナーとOB・OG懇親会を開きました．現役学生15名，修了生20名ほどが集まり，盛会でした．</div><div><br></div><div>修了生の諸君は，本学の研究員，プラント関連，システム関連，環境コンサルタント関係，水ビジネス関係，商社関係，自治体，国際協力・機関関係，官庁等，様々なキャリアに進んでいます．毎年，学部で2～3名，大学院で2～8名ほど修了生を出しています．その人的なネットワークを，生かして欲しい，互いに苦労した仲間同士の絆を大切にして欲しい，そんな考えから，初めてOB・OG会を開いてみました．最初は，何人ぐらい集まるのか，と思っていましたが，やってみますと，修了生の内半分弱程度は集まってくれたようです．</div><div><br></div><div>面白いことに，そのうちの何人かは，セミナーにも出席し，後輩たちの研究成果報告に熱心に聞き入り，そして，しばしば質問やコメントを発していました．もちろん，水関連のコンサルタント企業等で，現在でも，水循環に関連した業務に携わっている子もいましたが，少し分野の異なる職種に就いた子も，熱心に聴いていました．そして，「自分が学生時代やっていた研究を，後輩たちが引き継いで，そして発展させてくれていることを，嬉しく感じます」と言ってくれました．</div><div><br></div><div>OB・OG会は，修了生たちが昔を懐かしんで歓談するという目的もあるとは思いますが，それ以上に，かつて苦楽をともにした仲間たちが，多様なキャリアパスを得て，それぞれの位置で活躍したり苦労したりしていることを共有し，自身の立ち位置や進み方を確認し，また修正するきっかけになる機会なのではないかと，感じました．そしてそれを，現役生はしっかりと見て，指針としています．そうすると，OB・OG会というのは，修了生のフォローアップを行う機会であり，現役生のキャリア支援活動であり，そして教員自身の振り返り教育の場になっていると思います．すなわち，教育機関としてOB・OG会は，行うべき取組なのだろうと思います．</div><div><br></div><div>とても貴重な機会を創るのに，研究室D2の榊原厚一君と，M1の山本千里さんが尽力してくれました．そして多忙な中，遠方からも出席してくれたOB・OGの皆さん，出席を希望しながら，業務のためどうしても出席できなかった皆さん，本当にどうもありがとう．君たち無しには，このような貴重な機会は得られませんでした．</div><div><br></div><div><div align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190608/16/mktsuji/03/a1/j/o3245243314450912402.jpg" alt="イメージ 1" width="560" height="420" class="popup_img_3245_2433"></div><div></div></div><div><br></div><div><div align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190608/16/mktsuji/8a/f1/j/o1024076814450912414.jpg" alt="イメージ 2" width="560" height="420" class="popup_img_1024_768"></div><div></div></div><div><br></div><div><div align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190608/16/mktsuji/1e/13/j/o2592193614450912424.jpg" alt="イメージ 3" width="560" height="418" class="popup_img_2592_1936"></div><div></div></div><div><br></div><div><div align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190608/16/mktsuji/89/43/j/o1024076814450912441.jpg" alt="イメージ 4" width="560" height="420" class="popup_img_1024_768"></div><div></div></div><div><br></div><div><div align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190608/16/mktsuji/c0/2e/j/o1024076814450912447.jpg" alt="イメージ 5" width="560" height="420" class="popup_img_1024_768"></div><div></div></div><div><br></div><div><div align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190608/16/mktsuji/b4/b4/j/o1024076814450912453.jpg" alt="イメージ 6" width="560" height="420" class="popup_img_1024_768"></div><div></div></div><div><br></div><div><div align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190608/16/mktsuji/f0/34/j/o1024076814450912481.jpg" alt="イメージ 7" width="560" height="420" class="popup_img_1024_768"></div><div></div></div>
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<pubDate>Sun, 04 Sep 2016 15:30:44 +0900</pubDate>
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