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<title>ヴァリアントマネジメントカレッジの哲学</title>
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<description>新しい概念の学校です。世の中が違って見えるようになります。新しい視点、考え方を亜話します、。</description>
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<title>神に近い日本人</title>
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<![CDATA[ <font size="4">オリンピックなどで君が代が演奏されるとき、対戦相手がアメリカとかカナダとかフランスとかで両方の国家が比較できる時いつも思う。<br><br>相手国は行進曲が多く、日本の国家は精神性がとても高い。感情的な他国の音楽に比べて心の奥にある精神を鼓舞する。<br><br>雅楽は天と地とをつなぐものと言われている。天と地の中間に位置するのが日本人の精神ではないであろうか。何があっても感情を出さないで淡々と仕事を続けることができ、倹約が好きで、謙虚な気持ちを持つ人が多い。日本人はシャイなどではない奥ゆかしいのだ。<br><br>日本の国技である相撲もスポーツではない。もともとは稲作に伴う農耕儀式として発生した。そしてそれは五穀豊穣を占う国家行事となった。ただに勝敗を競う物以上のいみがあった。<br><br>死を恐れない武士道も肉体から離れた精神の中に存在し、それを追求することは永遠を追求することだった。<br><br>もともと日本人は人間と自然との調和を尊重する民族で、自然をそのまま生かそうととする努力をする。<br><br>そこには物質宇宙から一歩外に出た日本人の原点を垣間見ることができる。<br><br>そしてそれは神に一歩近づいている民族であることを示しているのかもしれない。<strong><font color="#0000FF"></font></strong></font>
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<link>https://ameblo.jp/mmmm8008/entry-11406985715.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Nov 2012 00:26:36 +0900</pubDate>
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<title>日本人の哲学</title>
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<![CDATA[ 日本人には明快な日本人としての哲学がある。<br><br>そしてそれは書籍としてはなくても心の中に存在する。<br><br>新渡戸稲造が「武士道」を英語で書いた。日本には特に武士道という本はもともとなかった。<br><br>なぜなら必要なかったから。しかしそれは昔からあった。<br><br>ある有名な宗教学者が日本に仏教が伝来した時日本人にはすでにもともと仏教観があったと述べられた。特に彼は「無常」のことを指摘していた。<br><br>仏教とは宇宙の真理を釈迦が説かれそれをもとに作られた宗教である。それはもともと原理・原則でありあらゆる宗教、哲学のもとになるものである。もちろんあとで作られた経典にはいろいろその時代の考えが付け足され、真実から離れてしまったところも少なくはない。しかし原型を感じ取れる。<br><br>釈迦が言った「その人にとっての真実が真実だ」といったところにも真理が存在する。<br><br>日本人はもともと原理・原則を理解していた。ゆえに気持ちよく仏教が取り入れられ、世界の中で最も仏教を高いところまでもっていき華を咲かせた。<br><br>縄文時代には大変文化の高い集落がたくさんあった。何万年もの間それは栄えた。文字もあった。野蛮な弥生文明が大陸から来て平和は一変した。縄文時代からは武器が出土しない。なぜなら戦う必要がなかったからだ。中央集権国家も必要なかった。外敵がないわけだから。そんな時代が何万年も続いた。<br><br>永遠を友に持った日本人は忍耐力があり自然を大切にした。<br><br>宮本武蔵の「五輪の書」を読むとかれが最終的に本来は全く戦う必要性のないという悟りの境地に到達していたことがうかがい知れる。すなわち縄文の「知」である。かれもそこに到達した。<br><br>それは日本人の悟りである。彼は幸いにも書を残してくれた．しかしもしそれがなくてもその考えは日本人の心に存在していただろう。<br><br>それが日本人の哲学である。<br><br>真実はもともとその人の中にあり、書物で書く必要がなかったからだ．逆に書く<font size="4"><strong><font color="#800080"></font></strong></font>と真実から離れてしまうと思ったのかもしれない。
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<link>https://ameblo.jp/mmmm8008/entry-11402292453.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Nov 2012 23:16:50 +0900</pubDate>
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<title>われ思うゆえにわれあり</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#800080" size="4"><strong>フランスの哲学者デカルトは「われ思うゆえにわれあり」と著書「方法序説」で語った。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>言い換えると「自らが存在すると決断したがゆえに存在する」ともなる。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>今の時代は決断に対する責任が軽るんじられている。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>いつからかそのような考えが導入された。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>思考が結果を生む、思考によってすべてが動いているといっても過言ではない。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>その思考があいまいになるとどうなるか、いろいろなことが不明瞭になる。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>決断から不決断になると時間があいまいになる。物事がうまく動かなくなる。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>仕事ができる人は不決断をしない。決断をきちっと変えることと不決断とは別の事である。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>不決断をすることでまた無意味な思考が動き出す。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>哲学者も芸術家もアスリートもこのことに悩まされ乗り越えて自分を確立して成功する。</strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong><br></strong></font></p><p><font color="#800080" size="4"><strong>明晰な考えを持ち続けようとするデカルトの意思がこの言葉から感じられる。</strong></font></p><p><strong><font color="#800080" size="4"><br></font></strong></p><p><strong><font color="#800080" size="4">Valiant Management College <a href="http://www.valiantuniv.jp/">http://www.valiantuniv.jp/</a></font></strong></p>
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<pubDate>Fri, 02 Nov 2012 00:36:27 +0900</pubDate>
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<title>哲学とは知ることを愛すること</title>
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<![CDATA[ <font size="4">philosophyの意味とは知に対する愛である。<br><br>知とは知識であり、そして根源的には知ることである。<br><br>知ることとはデータではなく確信である。<br><br>人はもともと知っていた。<br><br>この何兆年も前人は知るという能力をふんだんに使っていた。<br><br>ある時からこの確信から転がり落ちていった。<br><br>自分のことに不安になり、考え悩み。<br><br>昔はそんなことはなかった。<br><br>ただ知っていた。<br><br>知っていることを知っていた。<br><br>そして知らないことを知っている状態。<br><br>そして知らないことを知らないところまで落ちてきた。<br><br>世界中のほとんどの人は、知らないことも知らない。<br><br>ソクラテスは無知の知といった。<br><br>今は無知の無知である。<font color="#9370DB"><strong></strong></font></font><br><br>Valiant Manegement College  http://www.valiantuniv.jp/<br>
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<pubDate>Thu, 01 Nov 2012 01:20:18 +0900</pubDate>
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<title>日本７万年の歴史</title>
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<![CDATA[ <font size="4">原始的な生活をしていた日本が文明国家中国から政治のシステム、文字などすべてのものを教わり古代国家が確立したと日本人ほとんどが信じている。<br><br>それは全くの間違いである。日本の縄文時代にはすばらしいぶんめいがあった。<br><br>文字も神代文字があった。それはヲシテ文字と呼ばれる古代文字である。<br><br>日本書紀も古事記も漢字で神代文字を書き換えたものだ。大化の改新のころいろいろな事情が日本政府にもあったのだろう。天皇家より古い王族であるとか、三輪山のように大和朝廷とは別の神の存在とか、出雲の神々とか統一していくために中国の文化を使い塗り替えていったのではないか。聖徳太子も苦労したのではないか。<br><br>もちろんそのような企てはもっと以前からあったのかもしれない。いま神代文字は学界では否定されている。<br><br>稲作が少なくとも２万年前から日本にあったことは確認されている。漆塗りも。縄文時代の方が弥生時代よりか高度な文明を持っていたようだ。<br><br>シュメール文字も神代文字の影響を受けているという説をとる学者もいるくらいだ。エジプト文字にも神代文字が影響を与えていたと唱える学者もいる。<br><br>面白いことに縄文時代の遺跡からは武器が出土しない。自然と調和し、人をいつくしみ生きた本当の日本人たちがいた。その文明は世界各地に伝えられた。<br><br>インカ帝国にも武器がなかったことにも影響していたのかもしれない。<br><br><font color="#FF1493"><strong></strong></font></font><br><br>Valaint Management College  http://www.valiantuniv.jp/<br>
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<pubDate>Tue, 30 Oct 2012 23:51:51 +0900</pubDate>
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<title>ヴァリアントマネジメントカレッジから見た日本・中国・韓国</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#800080" size="4"><strong>戦後の日本人は日本は侵略戦争をしたので何か悪いことをしたと思っている。</strong></font></p><br><p><font color="#800080" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#800080" size="4"><strong>本当はどうなのか、</strong></font></p><br><p><font color="#800080" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#800080" size="4"><strong>日本は朝鮮を侵略していない。日韓併合は韓国に求められてやった。イギリスが植民地においてやったような差別は全くやっていない。むしろ戦後韓国が工業国になれたのは日本のおかげである。台湾も同じ。あるフィリピンの高官が「我々はアメリカに占領されていた。韓国や台湾のように日本の一部あるいは支配されていたら我々も、戦後工業国になっていた、しかし今の我々には鉛筆一本作れない。」という有名な言葉に象徴されるように、日本が統治した国は目覚ましい発展をとげている。</strong></font></p><br><p><font color="#800080" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#800080" size="4"><strong>中国においても正確に何があったかをきちっと述べなくてはわからない。今の中国は日本が戦争をした中国ではない。日本が戦争をしたのは中華民国であって今の共産中国は戦後できた国である。満州はもともと中国ではないし、歴史的に。ソ連が満州、韓国　そして中国に共産主義を広げようとしたことと戦い多くの日本人が命を落としたのが事実である。マッカーサーが朝鮮戦争を行った結果日本は正当防衛の戦争をしたということを悟った。共産主義の脅威と日本は対峙していたわけで、日本が大陸からいなくなったら、中国は共産主義の国、朝鮮も半分は共産主義の国になった。日本がいればならなかった。</strong></font></p><br><p><font color="#800080" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#800080" size="4"><strong>そして共産主義は、アメリカの政府の中にもあった。要するにもともとはユダヤ金融資本の世界支配の一シナリオに過ぎない。日本は利用され、今の中国は反日によって統一された国家なので今でも反日なだけである。</strong></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/mmmm8008/entry-11392116937.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Oct 2012 23:35:53 +0900</pubDate>
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<title>ヴァリアントマネジメントカレッジの考え方</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#00bfff" size="4"><strong>世の中はマスコミの描いた世界で動いていると思っている人が大半です。</strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong>そのようには動いていません。マスコミでいいと言っている人は悪く、悪く言われている人がいい人と思った方が正解です。</strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong>もともとが、PR(パブリック　リレーション）として効果的に使われています。もちろんコミュニケーションをするために存在するのですが、目的のために捻じ曲げられます。</strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong>たとえば、電力会社は電力が足りていても、足りないと新聞ではかかれ、やはり原発は必要だと世の中に思わせます。</strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong>小林幸子が悪くなくても、悪いイメージをができるように情報を捻じ曲げて発信ます。またホリエモンが犯罪者でもいい人のように書かれます。</strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong>小沢一郎、鳩山邦夫は常に悪く書かれ、AKBはいつもよく書かれます。</strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong>それはその記事の背後にだれがいるかを考えなくてはなりません。</strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong>もちろんネットも悪く書くのは相手を貶めるためだけが理由であることはみなさんご存知です。</strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong><br><br></strong></font></p><br><p><font color="#00bfff" size="4"><strong>そのからくりなども学べます。</strong></font></p><br><br>Valiant Management College http://www.valiantuniv.jp/<br>
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<link>https://ameblo.jp/mmmm8008/entry-11390463064.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Oct 2012 01:21:50 +0900</pubDate>
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