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<title>乳がんと私と〇〇と</title>
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<description>2017.4〜 乳がん両側摘出、脂肪注入による乳房再建（コロナにより中断）2022.3〜　左乳がん再発のため、切除手術、抗がん剤投与、放射線治療</description>
<language>ja</language>
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<title>重なるお別れ</title>
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<![CDATA[ <p><br></p><p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p><p>死に関わる記述のため、つらい方は読み飛ばしを推奨</p><p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p><p><br></p><p>前回のブログから、少し遡り、2017年6月から7月ごろのこと。</p><p>祖母が亡くなる少し前から、私は、いろんな人の死に触れていた。</p><p><br></p><p>初めの手術入院の際、同室に子宮がんの人と仲良くなった。私が退院後もお見舞いに行った。抗がん剤を打ち、髪の毛が抜けてきたから、旦那様に短く切ってもらったんだとか、腹水でお腹が苦しいから、短いとシャンプー楽になってうれしいとか、産毛が抜けると化粧ノリが良くなるんだと笑いながらたくさん話した。お土産に持っていったゼリーも美味しいと言って食べてくれた。お互いまた会える前提で曇りのない「またね」で別れた。彼女も私も、本気でまた会えると思っていた。</p><p>これが1度目のお別れ。</p><p><br></p><p>また話が前後するが、手術前の受診で、子供の保育園の先生にお会いした。先生は、2年半ほど前から休職されていて、その時まで、理由は知らなかったが、ブレストセンターで会ったことで、同士であることが分かった。同じ主治医だし、お互い頑張りましょうと声を掛け合った。</p><p>それから半年あまり、保育園経由で先生の訃報を聞いた。</p><p>2度目のお別れ。</p><p><br></p><p>そして、8月の祖母との別れ。</p><p><br></p><p>2ヶ月ほどの間に、3人の死に触れることになった。</p><p><br></p><p>亡くなるタイミングなんて、私軸でたまたま重なっただけというのは分かっているのだが、死というものがリアルに突き刺さってきて、波のようにいくつも襲いかかってくる気がした。</p><p><br></p><p>穏やかで、賑やかで、幸せで、地に足ついた人生をそれぞれ歩んでいた3人。そんな人達の日常がぶっつりと切れてしまう。電源OFFにすると、モニターが真っ暗になるような感覚。突然暗転して無になってしまう恐怖。</p><p><br></p><p>そんな中での祖母の死は、また会えると信じて疑わなかった気持ちが空中分解しつつも、一番穏やかに受け入れられた死かもしれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/moatwill/entry-12913170378.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Jul 2025 13:25:37 +0900</pubDate>
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<title>今日のボヤキ　1</title>
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<![CDATA[ <p>我が家のGoogleHome様。リビングの真ん中に配置して、活用させていただいている。最早なくてはならない存在。それは、私も自覚している。</p><p><br></p><p>「OK Google　あ、間違えた、ねぇねぇ、お母さん」と話しかけて来る娘。</p><p><br></p><p>待て待て。</p><p>娘の中で私の順位どこよ？</p><p>ペットどころか、生物でもない有形資産に負けたよね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/moatwill/entry-12913582987.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Jun 2025 00:53:12 +0900</pubDate>
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<title>エキスパンダー交換</title>
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<![CDATA[ <p>2017年8月のこと。</p><p>同時再建で挿入したエキスパンダーだが、ある日気付くと、右側が萎んでいる気がした。元々、低山低山が、低山盆地。</p><p>形成外科を受診したところ、エキスパンダーの中の食塩水が漏れなくなっていると。</p><p>「次回の手術は再建手術！アディオス」から、早くも3回目の手術となった。サイクル早すぎ。</p><p><br></p><p>とは言えど、命に関わることではないので、2ヶ月先の8月後半に再挿入手術となった。</p><p><br></p><p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p><p>ここから、死に関わる記述のため、つらい方は読み飛ばしを推奨</p><p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>8月は、お盆で実家に帰り、介護施設で祖母に会い、楽しいひと時が過ごせた。毎回、帰省のたびに祖母に会ってはいたが、子供たちは風邪気味だったりして会わせられず、久しぶりの面会だった。</p><p><br></p><p>少し認知能力が怪しくなっていた祖母が「あれ？この子はmomoちゃんの子かい？そっかー可愛いのー」と何度も言ってくれた。その中で急に、「おばあちゃん、もうあんまり食べれんのよ」という言葉が気になったが、子どもが飽きてきたこともあり、早々に「また来るからね」と切り上げた。</p><p><br></p><p>実家から帰宅した1週間後、祖母が亡くなったという連絡を受けた。</p><p>前日、胃が痛いと医者が呼ばれ、父に少し容体が悪いが安定しているという施設の報告から、半日も経たずに、あっという間に逝ってしまった。</p><p><br></p><p>葬儀の日は、手術日だった。病院にダメ元で電話してみたが、キャンセルすると、さらに数カ月後となり、半年近く、エキスパンダーを挿入していないことになるため、再建の皮膚拡張が難しくなるかも。とのことで、手術日の延期はダメだった。</p><p><br></p><p>葬儀に出ることは叶わなかったが、急ぎ実家に帰って、祖母と会い、お別れを言うことは出来た。</p><p><br></p><p>我が家は、母が今で言うバリキャリだったため、祖母が母代わりだった。祖母に一輪車に乗せられ、畑に行ったり、稲架掛けを手伝ったり、幼い頃の記憶には、大体、祖母がいる。</p><p>反抗期、両親に対して反抗した記憶はあまりないが、甘えから祖母には、ひどい態度をたくさん取った。祖母はそんな態度の孫に対しても、いつも優しかった。</p><p><br></p><p>先週会った祖母より、一段と小さく見えた祖母。一輪車に乗せてもらっていた時は、大きな背中だったのにね。小さい身体で痛かったよね。よく頑張ったね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/moatwill/entry-12913003572.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Jun 2025 07:34:56 +0900</pubDate>
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<title>再建方法の検討</title>
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<![CDATA[ <p>2017年6月から8月頃のこと。</p><p>予期せぬ2回目の手術を終え、無事退院した私は、再建方法に悩んでいた。</p><p>自家組織再建もしくは、脂肪注入か？</p><p><br></p><p>自家組織再建は穿通枝皮弁法を考えていたが、入院期間が長く、今の病院では専門医がいないため、他の病院に転院する必要があった。</p><p><br></p><p>脂肪注入は、いろんなクリニックにて、両側全摘は、あまり事例がなく、大量の注入が必要で、注入後、体外に流れてしまうリスクもある。また、保険適用外のため、医療費も高額になる。</p><p><br></p><p>いろんな病院、クリニックに相談しては、道が断たれ、これで、ダメだったら、自家組織再建しかないかな。と、その道では有名な総合病院の先生を訪ねた。</p><p><br></p><p>主人と一緒に待っていると同じ先生の診察を待つ患者の話が聞こえた。</p><p>「私は名古屋からで、3時間待っている」「私は富山からで、朝イチの新幹線乗ってきた」</p><p>予約時間をとおに過ぎており、子供のお迎え時間が気になっていた私たちは、ちょっとイライラしてたが、そんな会話を聞いてしまったら、文句は言えない。</p><p>だって、電車で40分だし、予約時間から1時間程度過ぎてただけだし。ああ、新参者は黙って瞑想しておきます。</p><p><br></p><p>そうこうしている内に、先輩方は、診察を終えられ、周りは私たちだけに。いよいよ不安は募る。</p><p><br></p><p>ようやく呼ばれて、いよいよ、先生と初対面。先生は今までの医師とは違った。患者の話を焦らせることなく、じっくり聞き、時折、話をまとめながら、次の話を促してくれる。話し終わった後、「それは、大変な思いをされましたね。脂肪注入、回数はかかるかもしれませんが、必ず出来ます。これからは私が貴方の力になります。一緒に頑張りましょう」と言ってくれた。</p><p>私が欲しかった言葉すべてを、さらっと、でも、心強く言ってくれた。</p><p><br></p><p>私は、医者のことを医師、主治医と書く。が、彼のことは、敬意と信頼、親しみを込めて、先生と呼ぶ。</p><p>先生の言葉にどれだけ心が軽くなったか、わからない。ありがちな表現かもしれないが、先生は心も救ってくれた。いい医師とは、症例数でも技術でも知識でもないんだなぁ。</p><p><br></p><p>と、言う事で、一瞬で先生に魅了された私は、即決で、脂肪注入に決めたのだった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/moatwill/entry-12910874702.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Jun 2025 14:50:00 +0900</pubDate>
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<title>初めての手術からの早めの再手術</title>
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<![CDATA[ <p>引き続き、2017年5月のこと。</p><p><br></p><p>無痛分娩は、手術に入れない（医学的には知らない）ので、人生初の手術。</p><p><br></p><p>手術後、自分の胸を見るのが怖くて、あまり見てなかった。他院からヘルプで来ている医師が、「左胸の経過が気になる」と1日何度も経過を観てくれる。</p><p>自分でも少し気になり出し、確認すると、左胸が異様に四角く腫れている。</p><p>「誰だよ、コロコロコミック入れたん」と小声で余裕をかましながらも、不安はMAX。</p><p><br></p><p>ヘルプ医師が「やはり経過が良くなさそうだから」と主治医に進言して下さり、検査の結果、左胸に血が溜まっていて、緊急の再手術。次は再建手術と思ってたのに、2回目までのスパンが短すぎ（初手術から３日後）。心の準備も何もないまま、手術室へドナドナ。</p><p><br></p><p>いつもテンパるタイミングが遅く、だいぶ経過してから、「あーやば（かったわ。。。）」となる私だが、その時も、患部を見ようともせず、危機感なく過ごしていたため、ヘルプ医師がいなかったら、ヤバい状態になってた模様。</p><p><br></p><p>医療ミスの類だった可能性もあるが、その時の私は、取り敢えずがん細胞を摘出してもらったことに感謝していたし、再建に向けて次のステップに行きたかった。主治医や病院に、不信感はあると言えばあるが、終わりよければそれでよし。</p><p><br></p><p>ヘルプ医師とは、退院してから、会うことはなかったが、今でも、思い出しては感謝しきり。貴方のような患者と向き合ってくれる方がいるから、救われる命がたくさんあります。あの時、救っていただいた亀でございます。ありがとうございました。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/moatwill/entry-12910779573.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Jun 2025 22:40:07 +0900</pubDate>
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<title>乳がんとのはじまり</title>
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<![CDATA[ <p>2017年3月から5月のこと。</p><p>乳がんという言葉が、初めて私の人生に降りてきた。</p><p><br></p><p>左胸非浸潤がん（ステージ0）、右胸浸潤がん（ステージ1）。非浸潤がんは、転移の可能性は低いが、範囲は広いため、全摘が望ましいという医師の見解だった。</p><p>右は部分除去可能だったが、再建時、左右のバランス合わせるため、全摘にした。</p><p><br></p><p>ただし、まだ子供は小さく、一緒にお風呂に入ることを前提とするため、乳首は残した。後にこのことが、いたづらになることに。</p><p><br></p><p>同時再建のため、エキスパンダー挿入術も行った。</p><p>胸の神経がなくなった。乳首をはじめ、胸全体の感覚はない、感覚はないくせに異物（エキスパンダー）があるのはわかる。</p><p>自分の胸が自分の胸でない感覚。気持ち悪かった。</p><p><br></p><p>子供たちの飛び付きが怖くて、ダッコや抱きしめることが少し怖くなった。自然に避けていたつもりだが、子供には気付かれてたかもしれない。</p><p><br></p><p>その頃からだと思う、「こんな親でゴメン」と心の中でつぶやく癖がついたのは。</p><p><br></p><p>元々、自己肯定感低めの身。健康も無くして、自信も無くす。</p>
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<link>https://ameblo.jp/moatwill/entry-12910350597.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Jun 2025 21:44:22 +0900</pubDate>
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<title>ブログのきっかけ</title>
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<![CDATA[ <p>今日からブログを始めようと思う。</p><p><br></p><div>あるタイミングで、死を覚悟した。</div><div>大好きな父が亡くなった時、父と会えるのなら、死も悪くないな。と思った3年後、死が1m先ぐらいに近付いてきたら、やっぱり怖くなった。</div><div><br></div><div>家族には、私などというニンゲンはとっとと忘れて生きてほしい。側で寄り添って、一緒に闘って生きてくれる人を大事にしてくれよと思う。</div><div><br></div><div>その半面、誰かに私の本音を聞いてほしい、私の存在を覚えていてほしいという、承認欲求もある。</div><div><br></div><div>私のリアルに言えない話、スタート</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/moatwill/entry-12910344582.html</link>
<pubDate>Fri, 13 Jun 2025 23:02:53 +0900</pubDate>
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