<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>O教授のお授業</title>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/mono119-2021/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>大学のゼミ、翻訳のお勉強、日々の出来事など</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>ブログ引っ越しました</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ブログ引っ越しました。「いとこたちとの東北旅行（2）」の続きの（3）から以下に移動しました。</p><p>引き続きどうぞよろしくお願いいたします。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://note.com/cute_daphne910/n/n0b6de93afee5">いとこたちとの東北旅行（3）｜M.ONO｜note</a></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12748036649.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jun 2022 13:46:36 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>シェイクスピアの『ハムレット』におけるオフィーリアの髪と「水」の形象</title>
<description>
<![CDATA[ <p>前回は、イヴの髪が飾りもつけず櫛を入れることもなく、その細い腰のあたりまで、ヴェールのように垂れていたことに注目しました。今回は、髪を結わずに垂らす女性のイメージを他の文学作品―シェイクスピアの『ハムレット』―でみてみましょう。それに含意されるエロティシズムをみるためです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>シェイクスピアの『ハムレット』の上演では、大概、気が狂ったオフィーリアは髪をなびかせています。シェイクスピアの時代においてもそうだったようです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>中世以来、女性は体の中に水分が多いから髪が（男性よりも）長く伸びると思われていた、というお話を以前しました。これは、この世のものはすべて4つの元素（火、空気、水、土）でできているという考えに拠っています。この考え方において、女性は「水」でした。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>それゆえ、文学の中で女性はしばしば水のイメージでとらえられました。フランスの哲学者のバシュラール（1884―1964）は、『水と夢』において、文学的想像力のなかの「水」のイメージを渉猟していますが、オフィーリアの溺死の場面も取り上げています。バシュラールが論証するように、「水」は、文学においては、マゾヒスティックな自殺の元素としてあらわれます。「水」が女性を死に導き、同時に、「水」が女性を優しく包み込むのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>オフィーリアが溺死したのは、偶然ではありません。自らの元素である「水」に惹きよせられ、そこに戻っていったのです。イギリスの画家ジョン・エヴァレット・ミレー (1829–1896)が描くオフィーリアの溺死の絵において、オフィーリアは、まわりの風景に融合し、水の流れの一部となり、水に抗う素振りもみせません。彼女は水そのものになったのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>また、オフィーリアが溺死したことを知った兄のレアティーズは次のように言います。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p lang="en-US">Too much water hast thou, poor Ophelia,</p><p lang="en-US">&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; And therefore I forbid my tears.</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>「水はもういいだろう」と言って、涙を流すまいとするのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>オフィーリアが「水」であることは明らかですね。だからこそ、彼女は髪をふり乱しているのです。髪もまた「水」なのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>エロティシズムの話が最後になってしまいましたが、実は、体の中に水分が多いというのは、情欲のあらわれでもありました。さらに、16世紀において、女性の狂気は情欲の結果であると思われていました。男性の狂気は知性の結果だったのですが。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p lang="ja">オフィーリアはハムレットに「尼寺へ行け」と言われました。このセリフの意味は重層的で一つの解釈に収束させるのは困難ではありますが、確かなことは、ハムレットはもはやオフィーリアとの恋愛関係を続けている意思はない、ということです。ということは、オフィーリアのなかの情欲が行き場を失ってしまうということです。それゆえに彼女は気が狂ったという解釈も可能なのです。尼寺が売春宿の暗喩であるとすると、ますますそうなります。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>「長い髪をふり乱す女性」におけるイメージの連環を理解していただけましたでしょうか？</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>『失楽園』のイヴに話を戻しますと、禁断の木の実を食べる前であるにもかかわらず、髪を垂らしているイヴははすでにエロティックであるということになります。『失楽園』の外に出なくても、それは証明できるのですが、他の作品を参照すると、イメージがより明らかになります。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>現代の作品を読むのとは異なり、古い作品は文学的convention（しきたり）や伝統に関する知識を総動員して読まなければなりません。勉強が必要なのですが、だからこそおもしろいのですね。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12746208119.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jun 2022 07:50:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ジョン・ミルトンの『失楽園』におけるイヴの髪のエロティシズム</title>
<description>
<![CDATA[ <p>前回、ジョン・ミルトンの『失楽園』第4巻で描かれるアダムとイヴの髪の話をしましたが、まだまだ続けなくてはなりません。授業ではこれほど詳しくはいいませんが。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>授業というは、非常勤で教えている、T大の隣のC大の授業のことです。水曜日の4限、直前に駆けつけ、終わるやいなや車でピューっと帰宅するのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>前回に引き続き、イヴの髪が、1）飾りもつけず櫛を入れることもなく、その細い腰のあたりまで、2）ヴェールのように垂れていたことに注目しましょう。（アダムの髪に関してはまたあとで）。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>1）原文では、unadorned, dishevelledとなっている部分です。unadornedには、unbound and unadorned（「結わない、飾りをつけない」）という2つの意味が含まれていると思われます。イヴは、髪に手を加えることなく、自然のままに垂らしておいたわけです。dishevelled（「櫛を入れていない」）というのは、「ボサボサ」というよりは、「髪が自由になびいていた」ということです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>前回お話したように、女性は髪を結わないで垂らしておくべきだというのは、議会派またピューリタンの考えです。17世紀前半、徐々にカトリックに傾いていったチャールズ1世を擁護したのが王党派、それに反対したのが議会派です。（議会派が勝利、1649年にチャールズ1世は処刑される）。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>ピューリタンは虚飾を嫌いましたので、女性の髪飾りも嫌ったのでしょう。しかし、この歴史的事実とは別に、女性が髪を垂らしている姿は、エロティシズムを喚起するのです。これが今回の注目ポイントです。</p><p>&nbsp;</p><p>エロティシズムがあらわれているのが、前回引用した部分では、 "in wanton ringlets waved"（「豊かな巻毛」）、それから、"as a veil "（「ヴェールのように」）、この2つの箇所です。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>wantonは、一義的には、「制御されない、自由な、気ままな」という意味です。しばられていない、結われていない髪は、風に吹かれてなびいているでしょう。ここでは特に「風に吹かれて」という描写はありませんが、直前の部分で、エデンの園の「春風」が葉を震わせている風景が描かれているので、自然なイメージの連環があります。エデンの園は「永遠の春」です。西風が春の前触れとなる、ヨーロッパの気候的状況、また、それがしばしば文学や絵画に描かれる、芸術的伝統を考えると、ぴったりです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>wantonは確かに「自由な」という意味です。しかし、ルネッサンスの詩において、 "lustuful"（「情欲に満ちた」）という意味で用いられることが非常に多いのでした。これが、この描写にあやしさを付け加えるのです。wantonには2つの意味が同時に響いているのです。読者は表面的には「巻毛が自由に風になびいている」という意味として解釈しながらも、同時に、イヴの巻毛こそが彼女の情欲のあらわれであるという意味も聞きとるのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>それに、その巻毛は、「葡萄の蔦のように」絡まっているのですから、イヴがアダムに巻きついているイメージと重なってきます。ますますエロティックですね。イヴは「自由に」アダムに巻きつくのですが、「情欲をもって」巻きついている姿も同時にみえてきます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>2）さらに、イヴの髪は「ヴェール」のようなのです。前回、聖書には、女性の髪は「覆い」（"cover"）であるという記述があるといいました。そしてその記述の正確な意味は不明であるともいいました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>恐らく、女性の髪が長いのは、体を隠さなければならないからなのです。なぜ隠さなければならないか。1）男性よりも劣っている存在であるがゆえにその体は恥ずべきものだから、2）逆に、美しい体が男性の情欲をそそるといけないから―この2つの理由が考えられます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>イスラム教の考え方と似ているようで異なりますね。イスラム教では、女性の髪は、美しいがゆえに男性を情欲に誘うと考えられており、そのために女性は髪をスカーフで覆わなければいけません。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>髪で体を覆うか、それとも、髪を覆うか、の違いは、実は、それほど大きな違いではないと思います。とにかく女性は隠さないといけない。そしてこの「隠す」という行為がかえって情欲をそそるのです。髪が「ヴェール」のようにイヴの裸の体を覆っているのは、大変エロティックであるといえましょう。彼女の裸がアダムの情欲をそそるから、彼女は髪で体を隠さないといけない。隠すからその下にある体をみたくなる。それに、体を覆っている髪もまた美しいから情欲をそそる。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p lang="ja">髪をヴェールのように垂らしているイヴはエロティックである―このことを証明するために、文学の伝統をみる必要があるでしょう。次回は、シェイクスピアとエドマンド・スペンサーの作品にその例をさがしてみるつもりです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p lang="ja">そしてまた、どうして「情欲」がエデンの園に存在するのだ？と疑問に思う人もいるでしょう。それはまた別の機会にお話します。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>To be continued.</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12743945728.html</link>
<pubDate>Sat, 21 May 2022 14:11:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ジョン・ミルトンの『失楽園』におけるアダムとイヴの髪</title>
<description>
<![CDATA[ <p>授業で、ジョン・ミルトンの『失楽園』（16<span style="color:#ff0000;">6</span>7年）をやっています。初めてアダムとイヴが登場する場面に関して、講義を補足します。特に、二人の髪に関して。学生たちはここまで深く考察しなくてもよいのですが、私自身が今非常に関心をもっているトピックなので、お話させてくださいませ。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220515/11/mono119-2021/5f/2e/j/o0417058415118158199.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="308" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220515/11/mono119-2021/5f/2e/j/o0417058415118158199.jpg" width="220"></a></p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>当該箇所を引用します。翻訳は、岩波文庫の平井正穂先生の訳を参照しつつ、私なりに変えました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p lang="en-US">. . . And hyacinthine locks</p><p lang="en-US">Round form his parted forelock manly hung</p><p lang="en-US">Clust'ring but not beneath his shoulders broad.</p><p lang="en-US">She as a veil down to the slender waist</p><p lang="en-US">Her unadorned golden tresses wore</p><p lang="en-US">Dishevelled but in wanton ringlets waved</p><p lang="en-US">As the vine curls her tendrils, . . . (Paradise Lost, IV, ll. 301-307)</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>. . . [アダムの]ヒアシンス色の髪は</p><p lang="ja">左右に分けた前髪のあたりから男らしく</p><p>垂れていたが、肩より下まではなかった。</p><p>彼女[イヴ]のほうは、その細い腰のあたりまで</p><p>飾りもつけず櫛を入れることもない金髪が</p><p>ヴェールのように垂れていた。その豊かな巻毛は</p><p lang="ja">葡萄の蔦のようなウェーヴを描いていた。</p><p lang="ja"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220515/11/mono119-2021/60/b4/j/o0529074215118157784.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="309" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220515/11/mono119-2021/60/b4/j/o0529074215118157784.jpg" width="220"></a></p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>美しい描写です。特にイヴの髪が美しく、また、エロティックですらあります。アダムの髪が肩まで、イヴの髪は腰まで、さらに、イヴの髪が「ヴェールのよう」「飾りもつけず櫛を入れることもない」ーこれらの表現を、歴史的・文化的背景を探りながら分析しましょう。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>男性よりも女性の髪が長い、というのは、現代社会において、統計学的には真実だと思いますが、個人のレヴェルでは、髪型も髪の長さも人それぞれです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>ところが、前近代のイギリスにおいては（ヨーロッパ全般かもしれませんが、他の国のことはわかりません）、女性の髪が長いのは、ジェンダーではなく、セックスの特徴であると思われていました。すなわち、文化的ではなく生物学的特徴でした。女性は体のなかに水分が多いので、当然髪も長くなると思われていたのです。（四体液説に拠る考え）。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>現代では、髪が長いというのは、女性性の特徴として「付加的な」ものですが、当時は、「本質的な」ものだったのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>さらに、当時の性差に対する考えは、男性と女性は二つの別々の性であるという考え（two-sex model）ではなく、one-sex modelといって、女性は男性の未完成形だと思われていました。女性は性器が未発達で、何かの拍子に性器が発達して男性に変身することも可能だと思われていました。実際、「変身」のエピソードがいくつも伝わっています。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>女性が男性に変身すると、髪も自動的に縮んで、その代わりにひげが生えてきたそうなのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>髪が短いか長いかによって、男か女かが決まるので、髪の長さは大変重要でした。男性性と女性性の本質を形成するものだったのです。「罪深い」「自然に反する」という言葉を使って、長い髪の男性を厳しく非難するパンフレットの類がたくさん出版されました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>そのようなパンフレットのなかに、女性の長い髪が「覆い」（covering, cover）であり、それは、男性に対する「従属」を示すものだという記述がしばしばみられます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>それに関連して、以下の3つの事柄が指摘できます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>1）「覆い」という言葉は、聖書の「コリント人への第一の手紙　第11章第15節」の記述―「女にとって長い髪は栄光である。長い髪は覆いとして与えられているのだ」―に端を発しています。聖書は解釈の余地がある記述が多いですが、ここもやはり意味は確然としません。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>2）covertというのは法律用語で、女性が男性の庇護下にあるという状況を示す形容詞、coverture（これも法律用語）は、その状況を示す名詞です。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>3）中世以来女性は髪に飾りをつけていましたが、16～17世紀にかけて、その慣習が徐々にすたれていきました。髪飾りではなく、髪そのものがcoverになっていったのです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>ということは、女性の髪というのは、1）自らの顔や体を覆い隠すものであった、2）家父長制における従属の象徴であった、3）髪飾りの代わりに髪そのものが飾りになった、ということがいえるでしょう。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p><u style="text-decoration:underline;">イヴの髪が「ヴェール」のようだ</u>という形容には、このような3つの意味が錯綜しながら存在していると思われます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>ここで時代の考えもみなければなりません。17世紀というのは清教徒革命（1642―49年）があった時代です。人々は王党派と議会派に分かれて闘っていました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>王党派の男性たちは長い髪、議会派の男性たちは短い髪にすることで、互いを区別していました。議会派の人々はその髪型によって、roundheadすなわち円頂党とも呼ばれていました。議会派は王党派の長髪を男らしくないといって批判していたのですが、王党派は、女性は髪を結うか飾りをつけるかするが、男性はそのようなことはしない、これが男女の性差である、と主張しました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p><u style="text-decoration:underline;">イヴの髪が「飾りもつけず櫛を入れることもない」</u>と描写されることに深い意味があることがわかるでしょう。これは議会派、すなわち、ピューリタンの立場の表明なのです。結わないし、飾りもつけない、自然のままに垂らしておくーイヴがエデンの園にいるから髪に人工の手を加えない、ということもあるでしょうが、宗教的・政治的主張でもあるのです。さらに、上記3）でいったように、髪型の歴史的変遷の表われでもあります。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>さて、アダムの髪が短髪ではなく、肩まであるのはどうなのでしょう？議会派（ピューリタン）は短髪のはずでしたが。ミルトン自身が肩まで髪を伸ばしていたそうです。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>実はミルトンによるアダムとイヴの描写は完全にピューリタン的ではなく、曖昧で怪しげなのです。<u style="text-decoration:underline;">イヴの髪がエロティック</u>といいましたが、naturalだからpureであるとは言い切れない部分があるのです。それに関してはまた次回に。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12742881173.html</link>
<pubDate>Sun, 15 May 2022 12:00:15 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>いとこたちとの東北旅行（2）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>私たちの母方の祖父母は、一族郎党を連れて、岩手県気仙郡住田町から北海道の伊達に移住した。祖父母の名前は平四郎とナツという。伊達で二人の間には十二人の子どもたちが生まれた。母の上にはたくさんの兄と姉がいた。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>平四郎とナツが伊達でどのようにして生きたのか、いつどんなふうにして亡くなったのか、語ってくれる人は誰もいない。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>私は、新潟の父方の祖父母の家で、両親と姉と一緒に暮らしていたが、母方の祖父母のことは何も知らない。恐らく早い時期に亡くなったのだろうと想像はしていたが、母に直接聞くことはなぜか憚られた。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>母が生前時折口にしていたのは、「伊達」「有珠山」「こうたろう兄さん」「あねま」「貧乏なおじさん」。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>「あねま」というのは、一緒に旅行したいとこたちの母、Nおばさんである。享年百二歳で昨年亡くなった。母がほとんど唯一の肉親として慕っていた人である。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>NおばさんはKおじさんと伊達の近所で育ち、長じて結婚した。時は戦時下である。二人はまだ幼かった長男と次男を連れて満州に行った。その前年、一年ばかり室蘭に住んでいたそうだが、「室蘭」という地名が脈絡なくつぶやかれるばかりで、一体何のために行ったのか、誰も知らない。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>満州から引き揚げてきたとき、長男は四歳か五歳だった。次男は引き揚げの途中で死んでしまった。その長男がいとこたちの兄であるが、何年か前に亡くなってしまった。「兄ちゃん」と呼ばれていた人である。「兄ちゃん」ももはや何も語ってくれない。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>いとこがもっていた戸籍を見ると、母は大正十一年生まれとなっている。生前、常々、自分は大正十四年生まれだから昭和一年なんだと主張していたが、どういうことだろう？父よりも四つ上だったので、少しでも若くみせたいという気持ちがあっただろうことは想像できるが、生れ年をごまかすなんてことができるのだろうか？</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>母が亡くなったとき、いろいろ書類を書いたはずだが、大正十四年と信じきっていたので、特に疑うこともなかった。それで役所を通ったのだろうか？謎である。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>ところで、住田町というのはなかなか良い町だった。林業が栄えているのだろうか。役場の庁舎は、スギとカラマツを使った木造建築である。大きな梁（はり）が特徴だ。全国から視察に押し寄せるほど、注目を浴びている庁舎だそうである。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>どの家も新しく、庭もきれいに整えられていた。遠野物語の世界観に浸りきっていたY子は、きれいな家を見るたびに、「ここにも座敷わらしが来たんだね」と言っていた。座敷わらしって、大勢いるんだ。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>こんなステキな町が祖父母の出身地だということを知っただけで、うれしかった。母も連れてきたかった。多分、一度も来たことないだろう。言ってくれれば連れてくることできたのに、何にも言わないんだもん。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>M子が戸籍謄本とってくれたのよ。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>帰り道、前の晩のテレビ番組で、五木ひろしと八代亜紀が歌っていた「うしろ姿」という歌が気に入った、という話をすると、M子が「あ、あれね」と言いながら、CDを取りだした。藤圭子のカバーアルバムのなかに、「うしろ姿」が入っているという。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>藤圭子は何を歌わせても、悲しげでいいね～と、皆、意見を一致させた。「印税は誰に入るの？」というY子の質問に、Yが答えたのは、「全部、宇多田ヒカル」。印税、税金、固定資産税も、私たち（特に私）にとって興味ある話題である。それはまたのちほど。（続く）</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12742047363.html</link>
<pubDate>Tue, 10 May 2022 17:50:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>いとこたちとの東北旅行（1）</title>
<description>
<![CDATA[ <p>4月×日17時57分、北上（きたがみ）到着。東北新幹線沿いに北上という駅があることすら知らなかった。いとこのM子が集合場所として指定した駅であった。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>いとこたちは北海道の苫小牧（とまこまい）港からフェリーに乗り、青森県の八戸（はちのへ）港に上陸。そこから陸路、北上に来た。母の姉の娘たちのY子とM子、M子の旦那のY。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>その夜はおでん屋へ。北海道のおでんと違うという感想をいとこたちが口々に言っていたが、北海道のおでんって何？生ビール2杯。Yは4杯。東北の旅の最初の夜。雨が降って冬のように寒い。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>4月×日8時半、遠野を目指して北上出発。雪と桜が同時に山々を彩る。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>M子「わては春もみじが好きやわ」</p><p>新緑の前、桜が散りかける頃、山々が薄緑色と薄ピンク色の曖昧な色合いに染められる。紅葉の頃の鮮やかな色のコントラストとは異なり、ぼんやりとした感じがこれもまた妙である。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>Y子が一句、「春もみじ、空にひらひら鯉のぼり」。ヨッ！</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>国道107号線沿い、Yは、女たちの饒舌（じょうぜつ）な会話を聞き流しながら、車を走らせる。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>山の端（は）には、食べられることなく取り残されたふきのとうが花を咲かせていた。ふきのとうは、花を咲かせてしまうと価値がなくなる。芽生え始めた小さな頃に、半ば土に埋まっているところを見つけてやらないといけない。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>遠野の伝承園。30分ほど前に熊が出たそうで警戒態勢。語り部の「たきさん」の話、5種。「座敷わらし」「極楽見てきたばあさん」「節句」「嫁さん二人」「豆腐とこんにゃく」。（下は語りの場である「いろり」）</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220506/18/mono119-2021/88/38/j/o0204014615113815143.jpg"><img alt="" height="146" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220506/18/mono119-2021/88/38/j/o0204014615113815143.jpg" width="204"></a></p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>Y子「日本の原風景を見た」。そうなのね？（下は遠野名物のかっぱ）</p><p>&nbsp;</p><p lang="ja"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220506/18/mono119-2021/95/22/j/o0178024915113815042.jpg"><img alt="" height="249" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220506/18/mono119-2021/95/22/j/o0178024915113815042.jpg" width="178"></a></p><p>東北もしくは本州の農村でしばしば語られる「嫁いびり」の話というのは、いとこたちが育った北海道では無縁の話だ。「家を継ぐ」という慣習もしくはプレッシャーがない。親が死ぬと、家は取り壊され、更地（さらち）にされる。売れればよいが、売れない場合は、誰かが引き継ぎ、固定資産税を払い続ける。</p><p>&nbsp;</p><p>遠野は午前中で終了。そのあと、私たちにとって母方の祖父母の出身地である、岩手県気仙郡住田町下有住（しもありす）に向かう。「気仙」という地名を、叔母がしばしば口にしていたそうだが、M子はてっきり「気仙沼」だと思っていたそうだ。叔母も私の母も自らの出自に関してほとんど語ったことがない。とぎれとぎれの言葉を拾い集めて、私たちは、それぞれの母がどういう人だったのか、何を考えて生きてきたのか、知りたいと思っている。（続く）</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12741329603.html</link>
<pubDate>Fri, 06 May 2022 19:12:13 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>同人誌『群系』の合評会で東野圭吾批判が噴出したこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p>2022年3月×日、この度入会した同人誌『群系』の「合評会」に参加するため、都営新宿線の船堀という駅にやって参りました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>東京の西の果ての八王子から、東京の東の果て、少し足をのばせばディズニーランドという場所まで来てしまったことになります。こんなことなら1泊してディズニーランドに行けばよかったと後悔した瞬間でございました。「ひとりディズニー」というのも乙なものでございましょう。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>『群系』とは、昭和63年から途切れることなく続く、日本の同人誌の雄（ゆう）でございます。その蒼古（そうこ）たる歴史のなかから数々の文学者を輩出してまいりました。創作と文学批評を中心としております。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220323/12/mono119-2021/c3/6e/j/o0521073115091816910.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="309" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220323/12/mono119-2021/c3/6e/j/o0521073115091816910.jpg" width="220"></a></p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>はて、合評会とは、どのようなものでございましょうか。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>けっこう言いたい放題でございました。自分の文学観に基づいたご意見を、それぞれ好きなタイミングで、自由に述べる形式、とでも申しましょうか。文学に対するパッションが部屋に漲（みなぎ）り、空気そのものが変質するのが感じられました。久方ぶりに青春の熱き血潮が我が心のなかに奔出するのが感じられた3月の午後でございました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>誰の何に関してどのような意見が飛び交ったか、具体的な事柄は申しません。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>私自身は以下の論を出しております。CiNiiという論文検索エンジンのURLでございます。ただし、インターネットから入手する仕組みにはなっておりませんので、ご興味のおありになる方は、お手数ですが、国会図書館などで参照していただくことになるかと思います。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p><a href="https://ci.nii.ac.jp/naid/40022782396">CiNii 論文&nbsp;-&nbsp; 「なりすまし」にはかなり無理がある : 東野圭吾の『白夜行』と『幻夜』において、テクストの空白を埋めるものは何か</a></p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>または『群系』ホームページからお問い合わせくださいませ。</p><p><a href="http://gunnkei2.sakura.ne.jp/index.html">群系ホームページ - 「群系」誌のご案内 (sakura.ne.jp)</a></p><p lang="ja">&nbsp;</p><p lang="ja"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220331/09/mono119-2021/4b/51/j/o0488068015095594135.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="307" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220331/09/mono119-2021/4b/51/j/o0488068015095594135.jpg" width="220"></a></p><p>T女史（創刊の頃からのメンバーでいらっしゃいます）から、「私、最初読んですぐ、犯人が息子だってわかっちゃったわ」というお言葉をいただきました。含意としましては、『白夜行』はミステリーとして失敗作だ、ということでございます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>O氏は私の文章をうまいとほめてくださいましたが、東野ごときにうつつを抜かしてるんじゃねえ、という意味でございました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>そのあとは、あらゆる人々の口から東野批判（もしくは私批判）が噴出し、筒井康隆のノンセンス小説よろしく、暴走と混沌のエクリチュール（というかパロール）がその場を支配いたしました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>万が一にも、「けいごくん」が船堀タウンホールでワクチン接種を受けていたかもしれないと想像すると、恐ろしくてたまりません。自分の名前が怒りとともに連呼されるのを聞きつけ、3階にのぼってきたけいごくんは、そこで一人の女性が必死に自分の著作を弁護するのを聞いて抱きしめてくれたでしょうか。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>現実と妄想との境界線もあやふやになってしまった私でございました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>気を取り直して居酒屋でビール飲み放題にとりかかった我々グループでございました。T女史が「新人」（＝私）に今日の会の感想を述べよとおっしゃられましたので、私は、「二度と書かない」と宣言いたしました。私の言葉不足によって、「群系になんか二度と書くもんか」ととられてしまったのは心外でございました。けいごくんのことでございます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>1次会には皆さんいらっしゃいましたので、数名の飲み助たちが船堀に居残って参加した2次会の模様を描写いたしましょう。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>N氏とともに司会の任にあたられたS氏に、次は何を書くつもりかと聞かれましたので、三島由紀夫と答えました。それを合図に5人の方々は口々に三島についてコメントを寄せられました。さすがに、皆様、どの作家が話題にのぼろうとも対応できるだけの読書量でございます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>T女史が「私、『音楽』が一番好きだわ」とおっしゃられたのには驚愕いたしました。あれは「不感症」と「近親相姦」を描いている話でございます。「エッ、どういう意味で好きなの？」と不信に思いはいたしましたが、口に出してお聞きすることはなぜか憚られました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>私の右隣に自家製の杖とともにお座りのS氏が以前『金閣寺』についてお書きになられたとの情報をいただきましたので、さっそくバックナンバーをみてみる所存でございます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>どの作品が好きかとさらに尋ねられましたので、『豊饒の海』であると申し上げ、どの点が好きかとさらに尋ねられましたので、最後の場面の「虚無」であると申し上げました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>そんなお話をしている間も、テーブルの上の2皿の餃子が次々と消費されていくのには驚愕いたしました。司会のS氏のお言葉を借りれば、「2皿くらい置いておこう」ということでしたので、もう2軒目だし、みんな食べないだろうけど、お店に悪いから注文だけしておこう、という含意かと思っておりました。ところが案に相違して、決して極上の味とはいえぬ餃子が次々と皆様のお口に放り込まれるではありませんか！大変失礼ではございますが、皆様、私よりも多少お年上であられますが、見事な食欲っぷりをみせていただきました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>私は実は『豊饒の海』について語りながらも、餃子が残りあと2つになった時点でかなりの焦燥感にとらわれておりました。皆様がそれにお気づきだったかどうか。何とか1ついただくことができてほっといたしました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>実はこの日は夕方からかなりの土砂降りだったのでございます。そのなかを決して大都会とはいえない船堀で、2次会の店を探し出す、皆様の根性と信念には感服いたしました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>お店を出ると、我々は、杖をもったS氏の姿がないことに気がつきました。まさしく忽然と消えたのです。あの雨のなかを、決して最も足が速いとはいえないS氏は、どうやってどこに向かって歩かれたのでしょうか。八王子まで（私と同じ八王子にお住まいでそうで）、無事に帰りつかれたのでしょうか。次の機会には私が責任をもって八王子までお送り申し上げたいと固く心に誓った次第でございます。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>杖をもたないS氏は、N県からご上京されておりました。都営新宿線の途中にある森下という駅で降りられるとのこと。杖をもたないS氏と司会のS氏は、そこで飲みなおそうと、さらなる計画をお立てのご様子。私はその甘い誘惑に打ち勝ち、お二人の後ろ姿を電車のなかから見送ったのがその日の最後の出来事でございました。船堀以上にお店があるとは思えない森下で、お二人は無事に3次会のお店で雨をしのぐことはできたのでしょうか。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>ところで、私が同人誌に参加させていただきましたのは、いずれ小説を書きたいからでございます。小説を書かずして、この人生を終えることはできない、それほどまでにある種、切羽詰まったものでございます。なぜでしょう。これに関してはまた追々語らせていただくこともあるやと思います。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>小説執筆の件でございますが、1次会の場で、H氏から貴重なご助言をいただきました。「筆は勝手に動く」「あらかじめアウトラインをつくらなくてよいのでしょうか？」「不要だ」「それだと前後の整合性がとれないような気がしますが？」「気にするな」</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>かつて小説で賞を受賞されたこともあるH氏から、魔法のようなご助言をいただいて、次の日からスイスイと書けることを夢みていた私でございました。「『勝手に動く筆』はどこに売っているのでしょうか？」という質問が私の舌の先から転がりでそうになるのが感じられるくらいでございました。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p>しかし私の経験不足のゆえにそのご助言の真意をつかみそこねていたのです。実際、ほら、こうやって、私は書いているではありませんか！とにかく、書くこと！これなのです。三島由紀夫も言っておりました。「銀行家」のように毎日書くことが大切だと。</p><p lang="ja">&nbsp;</p><p lang="ja">上記はフィクションを交えつつ、源氏物語の語り手風文体で書いたものです。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12734815347.html</link>
<pubDate>Thu, 31 Mar 2022 09:15:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>三島由紀夫が『暁の寺』を書き終えたとき、現実は紙屑になった</title>
<description>
<![CDATA[ <p>おかげさまで、三島由紀夫の『豊饒の海』（1969年～1971年）についての本を書き終えました。</p><p>&nbsp;</p><p>『豊饒の海』4巻のうち、第3巻の『暁の寺』を脱稿したとき、三島は、「それまで浮遊していた二種の現実は確定せられ、一つの作品世界が完結し閉じられると共に、それまでの作品外の現実はすべてこの瞬間に紙屑になった」（『小説とは何か』（1968年～1970年）、『小説読本』（新潮文庫、2016年）97頁）と述べています。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220317/17/mono119-2021/02/69/j/o0516072115089075745.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="307" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220317/17/mono119-2021/02/69/j/o0516072115089075745.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>この気持ちよくわかります。三島と自分を並べるのもおこがましいですが、私も久しぶりに現実世界に戻ってきて、現実世界が現実として感じられないのです。今まで共に過ごしていた三島由紀夫の世界が完結してしまって、自分が虚空にいる感じがするのです。いわゆる燃え尽き症候群なのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>（以下で書くこと、いつもよりかなり長いのですが、大学生の皆さんの授業や卒論での参考にしていただければ幸いです。このテーマを扱う三島批評はあまりないのですよ。引用するときは、引用元明記してくださいね。）</p><p>&nbsp;</p><p>「二種の現実」というのは「言葉の世界」と「現実世界」のことです。『太陽と鉄』（1968年）では、「文」と「武」の二項対立関係として繰り広げられている議論です。そこで三島は次のようにいっています。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220317/17/mono119-2021/a1/2c/j/o0550077115089075781.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="308" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220317/17/mono119-2021/a1/2c/j/o0550077115089075781.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>「「文」が自らを実体とし、「武」を虚妄と考えるときに、自らの最終的な仮構世界の絶頂に、ふたたびその虚妄を夢み、自分の死がもはや虚妄に支えられていないことに、自分の仕事の実体のあとには、すぐ実体としての死が接していることに気づかねばならなかった」（『太陽と鉄』中公文庫（中央公論新社、2003年）57頁）。</p><p>&nbsp;</p><p>三島は幼少時代、ほとんどの時間を祖母の病室で過ごしていましたから、外で遊ばなかったんですね。本を読んで空想をふくらませ、早い頃から詩や小説を書いていました。そのことを、三島自身は、「白蟻」が先に来て、そのあとに遅ればせながら「半ば蝕まれた白木の柱」（『太陽と鉄』11頁）がやって来たと表現しています。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな三島にとって、「言葉の世界」と、のちに手に入れた「肉体」とは画然と分れたものだったのです。現実とは、言葉を通じて表象されるべきもので、現実そのものとして実感できなかったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>上記の「文と武」に関する記述ですが、こんな意味でしょう。フィクションの世界を完成させる、現実に戻る、でも現実はすでに言葉によって浸食されている、自分の思念によって構築されたものが現実であるから、現実そのものとしては存在していない。</p><p>&nbsp;</p><p>小説を書いているとき、仮構世界と現実世界とは適度な緊張を保っていて心地よいわけです。仮構世界が完成すると、一気にその世界がなくなる、そのとき、普通は、仕事を忘れて現実世界に大いに遊ぶでしょうが、実は案外そういうものでもないのです。あまりにも仮構世界のなかに沈潜していたために、何が何だかわからない、といった心境になるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>「仮構世界」というとフィクションの世界と同一だと思われるかもしれません。自分は文学やらないから、関係ないと思われるかもしれません。あるとき友人とこのことを話したのですが、その友人は文学読まないから、フィクションの世界に埋没する気持ちがわからないというのです。でも私にはその人こそが三島的人物に思えました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで、気がつきました。三島がいう「仮構世界」とか「言葉の世界」というのは、小説という特定の世界のことではなく、「精神世界」「思念の世界」ということなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>即物的な世界にのみ生きているのではなく、自分の精神世界をもっているということです。</p><p>&nbsp;</p><p>私の場合は、しばらく文学から離れて、「現実世界」だけが残ってしまうと、心のなかに風が吹くような感覚に襲われます。大学の授業や事務仕事が忙しいとき、ふと気がつくと心に風が吹いているのです。何でかな、と思うと、しばらく本読んでなかった！と気がつくのです。本を読み始めると、途端に充実した気分になります。</p><p>&nbsp;</p><p>現実とは別のもう一つの世界をもたないと私はダメなのです。現実逃避ではないです。</p><p>&nbsp;</p><p>ところで、学生のみなさん、上記の「紙屑」ですが、別の解釈もあります。</p><p>&nbsp;</p><p>『暁の寺』を書いていたとき、三島は楯の会の活動にかなりのめり込んでいた。その活動の最中に死んでもいいと思っていた。それがかなわず、1970年にあのような形で自死した。1970年を待たずに死に、『豊饒の海』が未完で終わるという道筋もあったかもしれない。しかし死ぬことができなかった。それが現実が「紙屑」になったということ。三島批評においては、「紙屑」はこういうふうに解釈される場合も多いです。</p><p>&nbsp;</p><p>私はこういう具体的なこととしてではなく、形而上的に読んでいます。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなわけで、私は燃え尽き症候群です、というお話でした。</p><p>&nbsp;</p><p>ではまた。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12732525559.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Mar 2022 10:35:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>今日一日はこんな感じでした</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今、三島由紀夫についての本を書いておりまして、ブログのほうはなかなかアップできませんで、ご無沙汰しております。今は最終章、全部で14万字くらいだと思いますが、あと5千字くらいを残すのみとなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな心たかぶる日々を過ごしているなか、今日、私がどんなことをしたか、紹介させてくださいませ（くだらないですよ）。</p><p>&nbsp;</p><p>午前9時、コメダ珈琲到着。「モーニング」を食しながら、11時半まで読書（三島由紀夫）。</p><p>12時、丸亀製麺にて、期間限定「鴨ねぎうどん」を食す。駐車場でも少し読書。</p><p>午後1時、コストコにて、豚肉、塩鮭、ノンアルコールビール、トイレットティシュー、その他購入。駐車場にて少し読書。</p><p>午後2時、公園で少し読書。</p><p>午後3時、帰宅。500字程度執筆。</p><p>午後4時、ジョギング（＋ウォーキング）。1時間くらい。</p><p>午後6時、ノンアルコールビール、豚肉の生姜焼き、ほうれん草のサラダの夕食。</p><p>午後7時、執筆。1000字くらい書いた。</p><p>午後9時、恐らく、「ケンミンショー」見ながら、ストレッチするでしょう。</p><p>午後10時、恐らく寝るでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな感じの1日でした。ちなみに、今は大学の春休み。</p><p>&nbsp;</p><p>三島の批評を読んでいるのですが、とにかく膨大な量を読まねばならないのです。論文（というか本）を書くためには、それに関する批評を網羅的に読み、誰かがすでに言ったことを、あたかも自分が初めて発見したみたいに言わないようにすることが非常に重要なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>そのための力仕事です。家で読んでいるだけだと退屈しちゃうので、場所を変えて、ちょっとした隙間時間でも読むようにしています。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、美容院でも読書に熱中。私は美容師さんとは一切喋りません。それを理解してくれる美容師さんなので、気に入ってます。</p><p>&nbsp;</p><p>ではまた。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12728674003.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Feb 2022 20:18:49 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>越後湯沢の喫茶店「邪宗門」</title>
<description>
<![CDATA[ <p>喫茶店愛が沸騰してきたので、続きを書かせてくださいませ。</p><p>&nbsp;</p><p>越後湯沢（というか正確には石打）には<a href="https://sites.google.com/site/jashumonishi/home" rel="noopener noreferrer" target="_blank">石打 邪宗門</a>という喫茶店があります。湯沢から車で国道17号線を行くと、石打丸山スキー場入口が左にあり、そのあたりです。</p><p>&nbsp;</p><p>その手前の道を右にそれると、六日町に続く旧街道があります。そのまま17号線を行くほうが断然近いのですが、私は旧街道を走る（車で）ほうが好きです。このあたりの春の風景は心震えさせてくれます。雪解け水を満々と湛えた川の土手には水仙が咲き乱れます。水仙の群れは至るところに、次々と出現します。これでもか、これでもかと。ワーズワースも生きて魚沼平野を見ていたら、あの有名な詩を書き直していたでしょう（The Daffodils）。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220114/10/mono119-2021/dc/a0/j/o1210086415061034682.jpg"><img alt="" height="157" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220114/10/mono119-2021/dc/a0/j/o1210086415061034682.jpg" width="220"></a></p><p>田植えの準備のために水田は耕運機によって耕されています。長い間雪の下にあった土が掘り返されて久方ぶりに空気に触れて、独特の匂いを放ちます。湿気をはらんだ春の空気はまだ冷たく、日影の凍りついたままの雪はいつ融けるのか。</p><p>&nbsp;</p><p>話がそれましたが、そんなところにある「邪宗門」、想像していただけましたでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>「邪宗門」は「チェーン｝？です。<a href="https://www.jashumon.com/index.htm#link">邪宗門ホームページ (jashumon.com)</a></p><p>&nbsp;</p><p>荻窪その他、石打も含めて現在は5店舗だそうです。それにしても、変な場所にありますね。石打なんて。お客さんが殺到しているということは決してなく、大丈夫かな？という感じですが、マスターもママさんもゆったり。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220114/09/mono119-2021/bc/8b/j/o4032288015061013177.jpg"><img alt="" height="157" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220114/09/mono119-2021/bc/8b/j/o4032288015061013177.jpg" width="220"></a></p><p>これはウインナーコーヒー。ジャムトーストもおいしい。言い忘れましたが、何といっても、インテリアがアンティークで落ち着く。こういう昔ながらの喫茶店少なくなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>私が感謝しているのは、ある日ひとりでお財布もたずに行ってしまった時のこと。マスターが「また今度来たときでいいよ」と優しく言ってくれたこと。感激しました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/mono119-2021/entry-12721222119.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Jan 2022 10:58:53 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
