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<title>神との対話のひとりごと</title>
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<description>『神との対話』（ニール・ドナルド・ウォルシュ著、サンマーク出版）1992年の春、ウォルシュが神に宛てて便せんに怒りを書きなぐると、手が勝手に動いて文章を書き始め、『神』と名乗り対話を始めました。『神との対話』に行き当たった方々の参考となれば幸いです。</description>
<language>ja</language>
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<title>『神』の言質と十戒</title>
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<![CDATA[ <p>「十戒」は、モーセが神から与えられたとされる十の戒律、<br>つまり守らなけらならない約束、契約と言われています。<br>十戒は現在でもユダヤ教やキリスト教の根幹であり、<br>特にユダヤ教では厳しく守られています。</p><p>&nbsp;</p><p>この対話のなかで、『神』はモーセに与えた十戒について語っています。<br>その内容は、言葉上は同じなのですが、意味合いにおいてはずいぶん違っています。<br>『神』が、人に対して十の約束をしたのだ、と言います。</p><p><br>まず、現在の「十戒」は以下のようなものです。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>わたしはあなたの主なる神である。</p><p><br>１、わたしのほかに神があってはならない。<br>２、あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。<br>３、主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。<br>４、あなたの父母を敬え。<br>５、殺してはならない。<br>６、姦淫してはならない。<br>７、盗んではならない。<br>８、隣人に関して偽証してはならない。<br>９、隣人の妻を欲してはならない。<br>１０、隣人の財産を欲してはならない。<br>―――<a href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%81%AE%E5%8D%81%E6%88%92">Wikipedia「モーセの十戒」</a></p></blockquote><p><br>ところが、ウォルシュに語りかけた『神』は、十戒というものはない、と言います。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>まず、あなたがきっと驚くこと、</p><p>そして、多くのひとの感性を逆なでするような宣言からはじめよう。<br><span style="font-weight:bold;">十戒などというものはない。</span></p><p><br><span style="font-style:italic;">まさか。十戒がないのですか？</span></p><p><br>そのとおり。ない。<br>わたしが誰に戒律をまもれと命ずるというのか？ わたし自身に？<br>それに、そんな戒律がどうして必要なのか？<br>わたしが欲するものはなんでも存在する、そう言ったではないか？<br>それなら、どうして誰かに戒律をまもれと命ずる必要があるのか？</p><p>～中略～</p><p>あなたはモーセと同じように真剣な求道者だ。<br>モーセもいまのあなたのように、わたしの前に立ち、答えを乞うた。<br>「父なる神よ」と彼は叫んだ。<br>「わが神なる神よ、どうかわたしに示したまえ。<br>しるしを与えたまえ、わたしがわが民に語ってやれるように！<br>われわれが選ばれたのだということを、どうすれば知ることができるのか？」</p><p><br>そこでわたしはモーセの前に聖なる約束をたずさえて現れた。<br>いま、こうしてあなたの前に現れているように。<br>永遠の約束――ある確かな言質だ。<br>「どうすれば、私は確信できるんでしょう？」<br>モーセは悲しげにたずねた。<br>「なぜなら、わたしがそう言うからである」とわたしは言った。<br>「あなたは神の言葉を聞いている」。</p><p>神の言葉は戒律でなく、約束だ。<br>したがって、これは…「言質」である。</p><p>&nbsp;</p><p>あなたがたは神への道をたどっていることを知るだろう。<br>そして、神を見いだしていることを知るだろう。<br>なぜならつぎのようなしるし、兆し、変化があなた方のなかに起こるからである。<br>―――『神との対話』P.163-164 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>『神』は、人が神の道を見いだしたとき、自分の魂を見いだしたとき、<br>魂に沿って生きることを選択したとき、<br>その人に十の「変化」が起こるだろう、と言います。<br>守らなければならない規則ではなく、自分の中から自然に湧き上がってくるだろう、<br>そのことを『神』は人に約束した、と言います。<br>この違いが非常に興味深いところだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、その『神』が人に与えた十の「言質」を語ります。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>①あなたがたは心のすべて、精神のすべて、魂のすべてをあげて神を愛する。<br>わたしをおいて、わたしのほかに神はない。<br>あなたがたはもはや人間の愛も、成功も、金も、力も、</p><p>いかなるシンボルも崇拝しない。<br>あなたがたは、子供が玩具をわきへ押しやるように、それらを押しのける。<br>それらに価値がないからではなく、あなたがたが成長して、それらを「卒業」したからだ。</p><p><br>そして、あなたがたは神への道をたどってきたことを知る。なぜなら、</p><p><br>②あなたがたはみだりに神の名を使わない。<br>また、つまらないことでわたしを呼ばない。<br>あなたがたは言葉の力、考えの力を理解する。<br>神にふさわしくない方法で神の名を口にしようとは考えない。<br>なぜなら、そんなことはできないからである。<br>わたしの名――「これがわたしである」という偉大な言葉――は、<br>決してみだりには使われない（したがって、使われれば必ず影響がある）し、<br>みだりに使われることはありえない。<br>神を見いだしたとき、あなたがたはこのことを悟る。</p><p><br>あなたがたには、ほかのしるしも与えよう。</p><p><br>③あなたがたは一日をわたしのためにとっておき、この日を聖なる日と呼ぶ。<br>そうすれば、その日には自分の幻想から醒めて、</p><p>自分が何者であるかを思い出すことができるから。<br>そして、まもなくすべての日を安息日（サバト）と呼ぶようになり、</p><p>どの瞬間も聖なるものとなる。</p><p><br>④あなたは母と父を敬愛する。<br>そして、言うこと、為すこと、考えることのすべてにおいて<br>父／母なる神を敬愛するとき、自分が神の息子であることを知る。<br>そして、母／父なる神を敬愛し、<br>地上の父と母を敬愛すれば（あなたは生命をもらったのだから）、<br>すべてのひとを敬愛するようになる。</p><p><br>⑤殺生を（理由もなく、意図的に）しないとき、<br>あなたがたは神を見いだしたことを知る。<br>どのような場合においても、ほかの生命を奪えない<br>（すべての生命は永遠である）ことを理解するとともに、<br>神性で正当な理由がなければ、輪廻の一時期にある生命を壊しはせず、<br>生命エネルギーの形態も変化させもしない。<br>あらためて生命を尊敬するようになれば、<br>植物、動物を含むあらゆるかたちの生命を敬愛し、<br>最高の目的にかなっているときだけ、生命に影響を及ぼすようになる。</p><p><br>さらに、あなたがたが神への道をたどっていると知ることができるよう、<br>つぎのようなべつのしるしもあなたがたに送ろう。</p><p><br>⑥あなたがたは不誠実や欺瞞によって愛の純粋さをけがさない。<br>それは不義だから。<br>神を見いだしたとき、あなたがたはそのような不義を犯さないと、</p><p>わたしは約束する。</p><p><br>⑦あなたがたは自分の所有物ではないものはとらず、<br>何ものにせよ所有するためにだましたりせず、<br>見て見ぬふりをせず、他者を傷つけない。<br>それは盗みだからである。<br>神を見いだしたとき、あなたがたは盗みをしないことを、わたしは約束する。</p><p><br>さらに、あなたがたは…、<br>⑧真実でないことを口にせず、したがって偽りの証言をしない。</p><p><br>⑨隣人の配偶者を欲しない。<br>他者はすべて自分の配偶者であることを知っているとき、<br>なぜ隣人の配偶者を欲しなければならないのか。</p><p><br>⑩隣人の財物を欲しない。<br>すべての財物は自分のものとなりえること、<br>あなたのすべての財物は世界のものであることを知っているとき、<br>なぜ隣人の財物を欲しなければならないのか？</p><p><br>これらのしるしが生じたとき、</p><p>あなたがたは神への道を見いだしたことを知るだろう。<br>まじめに一生懸命に神を求めるものなら、ここで否定されていることをしないと、<br>わたしが約束するからだ。<br>そうしたふるまいを続けることは不可能になるはずである。</p><p><br>これは制約ではなく、あなたがたの「自由」だ。<br>これは、わたしの戒律ではなく、わたしの「言質」である。<br>神は、神が創り出したものに対して命令をすることはない。<br>神は神の子に語りかけるだけだ。<br>それによって、あなたがたはわが家へ帰ろうとしていることを知るだろう。<br>―――『神との対話』P.164－168 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>言葉だけをとると、先にあげた「十戒」と同じようなことを言っています。<br>しかし、守らなければならない規則ではなく、<br>そのような変化がおこるだろう、という「約束」である、と『神』は語ります。</p><p><br>モーセに与えたものがそうであったとしても、<br>この兆しが起きれば神に近づくはず、という思いから<br>自然と守らなければならない「戒律」に変化していったのかもしれません。</p><p>現在の地球上の宗教は本末転倒なことをしていると、</p><p>『神』はしばしばこの対話のなかで語っていますが、</p><p>この認識の違いは現在のわたしたちの進歩の度合いを現しているようにも思えます。</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0" width="100%"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31618278"><img alt="神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" 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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12143854662.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Mar 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>創造のプロセスの生理的な説明</title>
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<![CDATA[ <p>前の記事は、<a href="http://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12138304235.html">創造のプロセスを物理的な面から見た説明</a>ですが、<br>生理的な面にちかいところを『神』が説明している箇所もあります。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>どの魂にも、物質的な体の生存にではなく本質的ないのちの成長に、<br>世間的な成功の達成ではなく自己の実現に主要な関心をもつ発達段階が訪れる。<br>ある意味では、これは非常に危険な時期だ。<br>とくにはじめが危険だ。<br>なぜなら、自分は身体のなかにいるいのちであって、<br>身体そのものではないことに気づくからだ。<br>この段階では、本質的ないのちが充分に成熟するまでは、<br>身体にかかわることはどうでもいいと感じる。<br>魂はようやく「発見された」と興奮してしまう！<br>精神は身体を捨て、身体にかかわるすべてを捨ててしまう。<br>何もかもが無視される。<br>ほかとの関係も放り出される。<br>家族は消えてしまう。<br>仕事もおざなりになる。<br>請求書の支払いも忘れる。<br>長いあいだ、食事すらしなくなってしまう。<br>本質的ないのちの関心は、魂にかかわることがらだけに向かう。</p><p><br>日々の暮らしのなかでは大きな危機につながりかねないが、<br>精神には何の傷跡も残らない。<br>精神は至福のなかにいる。<br>まわりのひとはあなたが精神に異常をきたしたと言う。<br>ある意味ではそのとおりだ。<br>本質的ないのちと身体とは何の関係もないという真実が見いだされると、<br>ほかの面でもアンバランスが生まれる。<br>それまでは、身体がすべてであるようにふるまっていたのに、<br>今度は身体はまったくどうでもいいようにふるまう。<br>もちろん、これは真実ではない<br>――まもなく（ときには苦痛のうちに）思い出すはずだ。</p><p><br>あなたは身体、精神、本質的ないのちである霊魂という<br>三つの部分からなる存在だ。<br>地上に生きているあいだだけではなく、いつも三つの部分からなる存在である。<br>死ぬときには、身体も精神も捨てられる、という説をたてるひとたちがいる。<br>だが、身体と精神は捨てられない。<br>身体はかたちを変え、最も濃厚な部分は捨てられるが、<br>外殻はつねに維持されている。<br>精神（脳と混同しないように）もあなたとともに行き、<br>いのちと身体と一体になって、三つの次元、三つの面をもつエネルギーのかたまりになる。</p><p><br>地上の人生に戻ることを選ぶと、<br>あなたの聖なる自己はふたたび絶対的な次元を離れて<br>身体、精神、本質的ないのちと呼ばれる三つに分かれる。<br>あなたもほんとうはひとつのエネルギーだが、<br>はっきりと区別される三つの性格をもっているのだ。<br>この地上で新しい物理的な身体に住まおうとすると、<br>あなたの（あるひとたちの言葉を借りれば）<br>エーテル状の身体の振動数が低下し、<br>目に見えないほどの急速な振動から、物質を生じてかたまりになる速度へと落ちる。<br>この「実体」のある物質は、純粋な思考によって創られる。<br>あなたの精神の働きの結果だ。<br>三つの部分からできている存在のなかの高度な精神という面の働きだ。</p><p><br>物質はこの異なる無数のエネルギーが<br>ひとつの巨大なかたまりへと凝固したもの<br>――精神によってコントロールできるかたまり――で、<br>実はあなたの精神が物質を動かす主だ！<br>この小さなエネルギーの単位がそれぞれのエネルギーを使いはたすと、<br>身体はそれを捨て、精神が新しいエネルギーを創り出す。<br>精神は「自分とは何者か？」と考えつづけることで、そのエネルギーを創っている！<br>行ってみれば、エーテル状の身体はその思考を「とらえ」、<br>エネルギー単位の振動数を低下させ（「結晶化」させ）、物質にする。<br>新しいあなたという物質である。<br>あなたの身体のすべての細胞は、数年ごとに入れ替わる。<br>あなたは――文字どおり――数年前とは別人なのだ。</p><p><br>あなたが病気について考えると<br>（あるいは怒りや憎悪、否定を続けていると）、<br>あなたの身体はその思考を物理的なかたちに変える。<br>ひとはこの否定的な病んだかたちを見て、<br>「どうしたのか（What's the matter?：どんな物質なのか）」と聞く。<br>その問いが、どれほど的確かは知らないだろうが。</p><p><br>魂はこの全ドラマを、毎年、毎月、毎日…毎秒見つめながら、<br>いつもあなたについての真実をもちつづけている。<br>魂は決して青写真を忘れない。<br>元の設計図を、最初の意図を、創造的な思考を忘れない。<br>魂の仕事は、あなたにその青写真を思い出させること、<br>ほんとうの自分を思い起こさせること、<br>そして、こうありたいと思う自分を選ばせることである。<br>こうして、創造と経験の循環、イメージとその実現、<br>知ることと未知に向かっての成長が続く。<br>いまも、そしていつまでも。<br>―――『神との対話』P.310-313 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>思考はエネルギーである、と『神』は言います。</p><p><br>「考えることにエネルギーを使う」というような表現をすることがありますが、<br>その場合のエネルギーはあくまでたとえであって、<br>物理的な「エネルギー」ではないと一般には考えられています。<br>現在の物理学と生理学からみると、<br>「考える」とは脳細胞が酸素や糖分などを消費しながら</p><p>神経伝達物質を生成して活動する、という説明になると思います。</p><p><br>でも単純に考えて不思議に思いませんか？<br>神経伝達物質が生成されるのは脳細胞の機能だからよいとしても、<br>なぜ「考える」と神経伝達物質が生成されるのか。<br>逆に神経伝達物質を生成するということが「考える」ことなら、<br>なぜわたしたちの自由な「意思」でそれが可能なのか。<br>このあたりになると、現在の生理学では説明が付きません。</p><p><br>『神』は思考という創造の力を人間にあたえている、といいます。<br>「思考」とは自分の意思、考えること、だとわたしたちは思っていますが、<br>むしろ、普遍的な「思考」というものが宇宙にはまず存在し、<br>それを生成する力をわたしたちが持っていて使っている、ということなのかもしれません。</p><p><br>「思考」という言葉には「頭を使う」という意味が含まれているため<br>そちらに引っ張られてしまいますが、<br>そうではなく純粋なエネルギーとしての「思考」という存在があるのかもしれません。<br>そのエネルギーを頭や身体を使って生成することが<br>『神』のいう「思考」による創造なのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31525119"><img alt="神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51EJ7M5FZHL._SL160_.jpg"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31525119">神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)</a><div style="padding: 3px 0;">751円</div><div style="font-size:0.83em;">Amazon</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12138326242.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Mar 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>創造のプロセスの物理的な説明</title>
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<![CDATA[ <p>最近、予言されながら発見されていなかった重力波が<br>ついに観測されたとニュースになりました。<br>重力波の検出によって物理的な力の統合に近づきましたが、<br>『神』は物質や生命はすべて統合された法則にのっとると説いています。</p><p><br>『神』は創造のプロセスの物理的な説明をところどころで説明しています。<br>もちろん、現在の物理学や生理学の世界では立証できない話ですが、<br>興味深い内容になっています。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>第一の法則は、あなたがたは自分が想像するとおりになれるし、<br>想像するとおりのことができるし、<br>想像するとおりのものをもてるということだ。<br>第二の法則は、あなたがたは恐れ、不安に思うものを引き寄せるということだ。</p><p><br><span style="font-style:italic;">どうしてですか？</span></p><p><br>感情にはものごとを引き寄せる力がある。<br>あなたがたは、自分が最も不安に思うことを体験することになる。<br>動物――あなたがたが劣った生命体だと考えている動物<br>（動物の行動のほうが人間よりも正直で一貫性があるのだが）――は、<br>あなたがたが怖がっていると、すぐに感づく。<br>あなたがたがさらに劣った生命体だと考えている植物は、<br>どうでもいいと思っている人間よりも、<br>かわいがってくれる人間にずっとよく応える。</p><p><br>これは、決して偶然ではない。<br>前にも言ったとおり宇宙には偶然というものはない。<br>壮大なデザインがあるだけ、信じられないような「雪の結晶」があるだけだ。</p><p><br>感情は動いているエネルギーである。<br>エネルギーが動くと、効果が表れる。<br>大量のエネルギーが動けば、物質が創り出される。<br>物質は凝集したエネルギーだ。<br>動きまわり、押しあうエネルギーだ。<br>長いあいだ、一定の方法でエネルギーを操作すれば、物質が得られる。<br>＜マスター＞はすべて、この法則を知っていた。<br>これは宇宙の錬金術だ。すべての生命の秘密だ。</p><p><br>思考は純粋なエネルギーである。<br>あなたが考えること、考えたこと、これから考えることはすべて創造につながる。<br>思考のエネルギーは、決して死に絶えない。<br>あなた方の存在を離れて宇宙へと向かい、永遠に広がっていく。<br>思考は永遠だ。</p><p><br>すべての思考は、凝集する。<br>すべての思考はほかの思考と出会い、<br>信じがたいエネルギーの迷路で行き違い、<br>言葉につくせないほど美しく、信じがたいほど複雑な、<br>つねに変容しつづけるパターンを生む。</p><p><br>エネルギーは似たものどうしがひきつけあう。<br>（単純な言葉を使えば）似たエネルギーの「かたまり」をつくる。<br>似たような「かたまり」がたくさん出会い、ぶつかりあうと、<br>お互いに（これも単純な言葉を使えば）「くっつきあう」。<br>こうして、考えられないほど厖大なエネルギーが「くっつきあう」と、<br>物質ができる。</p><p><br>こんなふうに、物質は純粋なエネルギーから創られる。<br>それどころか、物質ができるにはそれしか方法がない。<br>エネルギーがいったん物質になれば、<br>反対の、あるいは似ていない形のエネルギーに破壊されないかぎり、<br>物質としてとどまる。<br>この似ていないエネルギーは物質に働きかけて、それを解体し、<br>その物質を創りあげていたエネルギーを放出する。</p><p><br>これは、あなたがたの原爆のもとにになる理論の初歩的な説明だ。<br>アインシュタインは、宇宙の創造の秘密を発見し、説明し、利用するのに、<br>誰よりも（彼以前の時代も以後の時代も含め）近いところにいた。<br>同じ精神を持ったひとびとが力をあわせれば<br>好ましい現実を創り出せるということを、<br>あなたがたはそろそろ理解すべきだ。<br>―――『神との対話』P.96-98 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>物理学者が統一理論を生み出そうとしているように、</p><p>『神』は、物質的な宇宙から生命と人生の目的まで、</p><p>非常にシンプルに統一された「法則」として説明します。</p><p>&nbsp;</p><p>その物理学的な証明は不可能なのかもしれませんが、</p><p>『神』は、あらためて証明をするまでもなく宇宙やわたしたちの存在自体が証明であり、</p><p>わたしたちの人生を通してさらに証明しなさい、と説いています。</p><p><br>『神』が創造のプロセスの生理的な説明をしている箇所もありますので<br>次の記事で書こうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31524806"><img alt="神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/7631/76318069.jpg?_ex=128x128"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31524806">神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]</a><div style="padding: 3px 0;">750円</div><div style="font-size:0.83em;">楽天</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 12 Mar 2016 12:00:00 +0900</pubDate>
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<title>期待が人間の不幸の最大の原因である</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12131568061.html">「情熱」について</a>さらに『神』は説きます。</p><p>人生は、「存在」が大事であって「行為」ではない、<br>「在る」ことを経験するために「行為」をすることが大事であって<br>「行為」によって「在る」を達成することは違うと言います。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="font-style:italic;">「情熱とは『こう在る』ということから行為への転換を愛することである」と</span></p><p><span style="font-style:italic;">いう言葉を、もう少し説明していただけますか。</span></p><p><br>在るというのは、存在の最高の状態である。<br>純粋なエッセンスである。<br>それは「現在であって／現在でない」<br>「すべてであって／すべてでない」<br>「常在であって／無である」という神の側面である。<br>純粋に「在る」とは、純粋に神であることだ。</p><p>&nbsp;</p><p>だが、わたしたちは単にあるだけでは決して満足できない。<br>つねに、経験を求める。<br>自分がなんであるかを経験したい。<br>それには神性のまったくべつの状態が必要となる。<br>行為だ。<br>あなたがたの核心は愛と呼ばれる神性の状態である<br>（ちなみに、これがあなたがたの真実である）。<br>ところが、愛であることと、愛することはまったくべつのことがらである。<br><span style="font-weight:bold;">魂は経験によって自分を知るために、何かをしたいと願う。<br>魂は行為を通じて最高の考えを実現しようとする。</span></p><p>&nbsp;</p><p>何かをしたいという衝動は情熱と呼ばれる。<br>情熱を殺せば、神を殺すことになる。<br>情熱とは「やあ、こんにちは」と言いたがっている神である。<br>だが、神が（あるいはあなたがたのなかの神が）愛すれば、<br>神自身はそれで実現されるから、それ以上は何も必要がない。<br>それはわかるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>いっぽう、人間は投資には見返りが必要だと感じる。<br>誰かを愛するのはいいのだが、<br>相手からも愛が返ってきてほしいと思う。そう考える。<br>これは「情熱」ではない。</p><p>「期待」である。<br>これが人間の不幸の最大の原因である。</p><p>それが神と人間の違いである。</p><p>&nbsp;</p><p>悟りとは、東洋の神秘主義者がサマディ（三昧）と呼ぶ体験を通じて、<br>この違いを克服しようとすることである。<br>つまり、こころを開いて神と一体になること、<br>神性と融合し神性のなかに溶けこむことだ。<br>したがって悟りとは結果を放棄することである。<br>決して情熱を放棄することではない。<br>それどころか＜マスター＞は直感的に、</p><p>情熱こそ神への道であることを知っている。<br>情熱は自己実現への道である。<br>現世的な意味でも、まったく情熱をもっていなければ、<br>生きているとは言えないだろう。</p><p>―――『神との対話』P.174-176 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>「行為」から始まるとその見返りが必要になります。<br>それが不幸を呼ぶ、『神』の言うことは実にシンプルです。<br>ただ、このあたりもわかるまでは実践が難しいところです</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a target="_blank" alt0="AmebaAffiliate" alt1="神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]" alt2="楽天" alt3="http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/7631/76318069.jpg?_ex=128x128" alt4="8" href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/g00q0723.3r3i8c26.g00q0723.3r3i9fd9/2351410?pc=http%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F1437182%2F&amp;m=http%3A%2F%2Fm.rakuten.co.jp%2Fbook%2Fi%2F11055458%2F"><img alt="神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/7631/76318069.jpg?_ex=128x128"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a target="_blank" alt0="AmebaAffiliate" alt1="神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]" alt2="楽天" alt3="http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/7631/76318069.jpg?_ex=128x128" alt4="8" href="http://hb.afl.rakuten.co.jp/hgc/g00q0723.3r3i8c26.g00q0723.3r3i9fd9/2351410?pc=http%3A%2F%2Fitem.rakuten.co.jp%2Fbook%2F1437182%2F&amp;m=http%3A%2F%2Fm.rakuten.co.jp%2Fbook%2Fi%2F11055458%2F">神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]</a><div style="padding: 3px 0;">750円</div><div style="font-size:0.83em;">楽天</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12136295739.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>情熱は創造というエンジンの燃料である</title>
<description>
<![CDATA[ <p>欲望を捨てなさい、欲望に振り回されないように、とよく言われますが、<br>『神』は、欲望とそれを実現しようとする情熱を見きわめなさい、といいます。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="font-style:italic;">ほんとうの精神生活では、欲望や自我を捨てなければいけないのですか？</span></p><p><br>そのとおり。なぜなら、つきつめればあらゆる魂は真実でないものを捨てるし、<br>あなたが送っている人生での真実とは、わたしとの関係だけだから。<br>しかし、<span style="font-weight:bold;">昔から言われてきたような自己否定が求められているわけではない。</span><br>＜真のマスター＞は何かを「あきらめ」たりはしない。<br>無用なものを遠ざけるだけだ。<br>欲望を克服しなければならないと教えるひとがいる。<br>だが、わたしは、ただ欲望を変えなさい、と言う。<br>初めて実行するときは厳しい修行だと感じるかもしれないが、<br>二度めは楽しい実践になるだろう。<br>神を知るためには、あらゆる現世的な情熱を克服しなければならないと教える人がいる。<br>だが、そうではない。<br>現世的な情熱を理解し、受け入れるだけで充分だ。<br><span style="font-weight:bold;">抵抗すれば、相手はかえって強くなる。見つめれば、相手は消える。</span><br>現世的な情熱を真剣に克服しようとする者は、<br>一生懸命に努力するあまりに、その努力自体が情熱になってしまう。<br>彼らは「神を求める情熱」をいだくようになる。<br>神を知ろうとする情熱だ。<br>しかし、情熱にはちがいない。<br>ひとつの情熱を別の情熱に変えても、克服したことにはならない。</p><p>だから、自分が情熱を感じるものを批判しないこと。<br>ただ、それに気づき、どんな自分になりたいかを考えたとき、<br>なりたい自分になるのに役立つかどうかを見きわめなさい。</p><p><br>覚えておかなければならないのは、</p><p>あなたがつねに自分を創造しつづけている存在であることだ。<br>それは主として、自分が情熱を感じるひとやものに関する選択を通じて行われる。<br>精神的な道を歩んでいるひとは、</p><p>現世的な情熱、人間的な欲望をすべて捨てているように見える。<br>じつはそうではなく、情熱や欲望を理解し、幻想を見きわめ、<br>自分のためにならない情熱を遠ざけているのだ。<br>そのいっぽうでは幻想を愛してもいる。<br>幻想は完全に自由になるチャンスでもあるからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>情熱とは、「こう在る」ということから「行為」への転換を愛することである。<br>情熱は創造というエンジンの燃料である。<br>情熱は思いを経験に変える。<br>情熱はほんとうのわたしたちを表現したいという思いを駆りたてる火である。<br>決して情熱を否定してはいけない。<br>否定すればあなたが何者であるか、ほんとうは何者になりたいかを否定することになる。<br>悟りとは情熱を否定することではない。<br>結果への執着を否定することだ。<br>情熱は行為への愛である。<br>行為は「ある在り方」を経験することだ。<br>それで、行為の一環として何が生まれるか？ 期待だ。<br>期待なしに人生を生きること<br>――具体的な結果を必要とせずに生きること――<br>これが自由である。<br>これが神性である。<br>これが、わたしの生き方である。</p><p><br><span style="font-style:italic;">あなたは結果に執着しないのですか？</span></p><p><br>決して執着しない。<br>わたしの喜びは創造にあるのであって、その結果にはない。<br>悟るとは行為を否定しようと決意することではなく、<br>行為の結果には意味がないと理解することである。<br>この二つには、大きな違いがある。<br>―――『神との対話』P.172-174 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>創造のプロセスにおいて、「在り方」が大切だと『神』は説きます。<br>その「在り方」を「行為」を通して経験するために、情熱が必要だと言います。<br>大切なのは経験することであって、行為の結果には期待しない、<br>結果に期待すると期待のほうが実現し、結果を得られないことになる、と説きます。</p><p>&nbsp;</p><p>このあたりは、現実としてどのようにすればいいのか難しいところですが、<br>毎日の行動のかなめになる大事なところだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31412270"><img alt="神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51EJ7M5FZHL._SL160_.jpg"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31412270">神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)</a><div style="padding: 3px 0;">751円</div><div style="font-size:0.83em;">Amazon</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12131568061.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Feb 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>神はあなたの生き方を良いだの悪いだの判断しない</title>
<description>
<![CDATA[ <p>『神』はこの対話を通して、</p><p>わたしたちの人生はわたしたちが創るのだと繰り返し説きます。</p><p>同時に、わたしたちが「神」に対して抱いている間違いも指摘します。</p><p>&nbsp;</p><p>『神』は<a href="http://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12118131969.html">わたしたちに創造する力を与えた</a>、と言います。</p><p>なので、『神』はわたしたちが考えるような「神頼み」で助けたりはしないと言います。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="font-style:italic;">祈りとは、望みがかなっていることを感謝することだとしたら、<br>神は何もしないのですか？<br>祈りのあとで起こることはすべて、祈りという行為のおかげなのですか？</span></p><p><br>神が全能の存在で、すべての祈りを聞いて、<br>一部には「イエス」、一部には「ノー」、一部には「そのうちいつか」などと<br>答えると思っているなら、それは間違いだ。<br>神は恣意（しい）的な基準に従って、決定したりはしない。<br>神があなたの人生のすべての<span style="font-weight:bold;">創造者であり、決定者である</span>と</p><p>信じているなら、それは誤解だ。<br>神は観察者であって、創造者ではない。<br>神はあなた方の人生を助けるが、あなたが期待しているような助け方はしない。<br><span style="font-weight:bold;">人生の環境や条件を創造したり、しなかったりすることは、神の働きではない。</span><br>神は神のすがたを、神に似せてあなたがたを創造した。<br>残りは、神が与えた力によってあなたがたが創造したのだ。<br>神は人生というプロセスと生命そのものを創造した。<br>だが、神はあなたがたが自由に選べる選択肢を、<br>人生を好きなように生きる力を与えた。<br>その意味では、<span style="font-weight:bold;">あなた方の意志は、あなたがたに対する神の意志でもある。</span><br>あなたの生き方はあなたの生き方であって、<br><span style="font-weight:bold;">わたしはそれを、良いだの悪いだの判断したりはしない。</span></p><p><br>そのことで、あなたは大きな幻想をいだいている。<br>あなたの行動に、神が関心を寄せていると思っている。<br>あなたが何をしようが、わたしには関心がない。</p><p>そう聞くとつらいかもしれない。<br>だが、遊びに出た子供たちが何をするかに、あなたは興味があるだろうか。<br>子供たちが鬼ごっこをするか、かくれんぼをするか、<br>ままごと遊びをするかと気にするだろうか。<br>気にしないはずだ。<br>なぜなら、子供たちが安全だということを知っているから。<br>安心で楽しく遊べる環境に子供たちを置いているから。<br>もちろん、子供たちがけがをしないようにとは思っているだろう。<br>もしけがをしたら、助けに行き、傷を治してやり、安心させてやり、幸せにしてやり、<br>翌日はまた遊びにいけるようにしてやるだろう。<br>それでも、子供たちが翌日、かくれんぼをしようと、<br>ままごと遊びをしようと、どうでもいいはずだ。<br>もちろん、危険な遊びは教えておくだろう。<br>だが、子供たちが危ない遊びをするのと止めることはできない。<br>いつも、いつまでも、死ぬまで危険から守ってやることはできないのだ。</p><p>―――『神との対話』P.35-36 サンマーク文庫</p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>人生を選ぶ自由と力を与えているのだから、</p><p>思う存分、人生を生きなさい、と『神』は説いています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31412100" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow"><img alt="神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/7631/76318069.jpg?_ex=128x128"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31412100" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]</a><div style="padding: 3px 0;">750円</div><div style="font-size:0.83em;">楽天</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12131554666.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Feb 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>自然の法則に従えば、困ったことにはならない</title>
<description>
<![CDATA[ <p>宇宙には物理的な法則が働いていますが、</p><p>わたしたちの考えや心にはそのような法則はないというのが、</p><p>わたしたちの普通の認識です。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし『神』は、宇宙を含め存在するものはすべて創造されたものだから、</p><p>わたしたちの心も当然、自然の法則に従っていると言います。</p><p>それが、わたしたちに与えられた創造の力ですが、</p><p>その力は自然の法則に従っているので、それに従えばよい、と言います。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>あなたは報いを恐れずに好きなことをしていい。<br>だが、その行為の行き着く先を心得ておくほうがいいだろう。<br>行き着く先とは結果である。<br>自然のなりゆきとして起こることだ。<br>報いや罰とは全く違う。結果は結果にすぎない。<br>自然の法則に従い、起こったことを受けて当然に生じることだ。</p><p><br>すべて物質的な生命は自然の法則に従う。<br>この法則を思い出して適用すれば、<br>物質的なレベルでの生命は支配できる。<br>あなたがたの目には罰と見えるもの、<br>あるいは悪とか不運とか思われるもの、<br>それは自然の法則の結果でしかない。</p><p><br><span style="font-style:italic;">それでは、その法則に従えば、<br>わたしはもう困ったことにはならずにすむのですか。<br>そういうことをおっしゃっているのですか？</span></p><p><br>あなたの言うような「困った」ことにはならないだろう。<br>どんな状況でも、それを問題だとは考えなくなるだろう。<br>恐れおののくような状況にはぶつからないだろう。<br>すべての心配や疑い、不安に終止符が打たれるだろう。<br>あなたは空想のなかのアダムとイヴのように暮らすだろう。<br>絶対の領域で身体から切り離された霊としてではなく、<br>相対的な領域で身体を持った霊として暮らすだろう。<br>それでもあなたはあらゆる自由と喜びと平和を味わい、<br>いずれ霊としての知恵と理解と力が備わるだろう。<br>充分に自分らしさを実現して生きられるだろう。</p><p><br>それがあなたがたの魂の目標である。<br>身体を持っているあいだに、自分らしさを充分に実現すること、<br>真の自分にふさわしい存在になること、それが目的である<br>それが、わたしの計画、わたしの理想なのだ。<br>わたしは、あなたがたを通じて自分を実現しなければならない。<br>それによって、概念が体験となり、わたしは自己を体験的に知る。<br>宇宙の法則は、わたしが定めた法則だ。<br>それは完璧な法則で、物質を完璧に機能させる。<br>～中略～<br>―――『神との対話』P.78-80 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>なぜ「困った」ことにならなくなるか、<br>『神』の言葉では２つのアプローチが起きるからのようです。<br>ひとつは、<a href="http://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12124719946.html">受け止め方がかわる</a>ことで、<br>どんな状況でも「困った」と感じなくなるから。<br>もうひとつは、<a href="http://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12125464749.html">創造のプロセスの働きで</a><br>「困っていない」という考え、言葉、行動が実現化することで、<br>実際に「困った」現実が起こらなくなるからです。</p><p>&nbsp;</p><p>では、どうすればその法則を知ることができるのか。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="font-style:italic;">それでは、どうすれば自然の法則を知ることができるのですか。<br>どうすれば、学べるのですか？</span></p><p><br>学ぶのではなく、思い出すのだ。</p><p><br><span style="font-style:italic;">どうすれば、思い出せるんですか？</span></p><p><br>まず、静かにすることだ。<br>外の世界を静かにさせて、内側の世界が見えてくるようにしなさい。<br>この内側を見る力、洞察力こそあなたが求めるものだが、<br>外部の現実に心をわずらわせていては決して得られない。<br>だから、できるだけ内側へと入っていきなさい。<br>内側へ入らないときには、内側から外の世界と向かいあいなさい。<br>つぎの箴言を忘れないようにして――。<br><span style="font-weight:bold;">内側へ入っていかなければ、からっぽで出ていかなければならない。<br>このモットーを実感するために、一人称でくり返してごらん。<br>「内側へ入っていかなければ、</span></p><p><span style="font-weight:bold;">　わたしはからっぽで出ていかなければならない」</span></p><p><br>あなたはこれまで、からっぽだった。<br>だが、これからもそうである必要なないし、<br>過去にだって、違う在り方はできた。<br>あなたはどんなふうにでもなれる。<br>できないこともないし、手に入れられないものもない。<br>―――『神との対話』P.80-81 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>自分の魂は知っている、魂の言葉を聞くことが大事だ、と『神』は説きます。<br>自分の内に入れと『神』は言いますが、具体的には<br>瞑想はその方法のひとつだ、と３巻で述べています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31405412"><img alt="神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/7631/76318069.jpg?_ex=128x128"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31405412">神との対話 [ ニール・ドナルド・ウォルシュ ]</a><div style="padding: 3px 0;">750円</div><div style="font-size:0.83em;">楽天</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12131169706.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Feb 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>神かけてたのむから自分の身体を大切にしなさい</title>
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<![CDATA[ <p>『神』は、<a href="http://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12130254633.html">わたしたちの病気はすべて、まず精神のなかで創られる</a>、と説きます。</p><p>しかし、どうやらそれ以前の問題があるようです。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>だが、あなたがたはみな精神的ハンセン病者だ。<br>精神が、否定的な考えにむしばまれている。<br>否定的な考えの一部はあなたに突き刺さる。<br>あなたがたは多くの否定的な考えをいだき――呼び寄せ――<br>何時間も、何日も、何週間も、何か月も、ときには何年も、もてあそびつづける。<br>……そうしておいて、なぜ病むのかといぶかる。</p><p>「健康上の問題を解決」するには、考え方の問題を解決すればいい。<br>すでにかかった（招いた）ものでも、癒すことができるし、<br>新しい大きな問題が生じるのを予防することもできる。<br>要は考え方を変えればいいのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>それに――神である「わたし」が言うのも変なのだが――<br><span style="font-weight:bold;">神かけてたのむから、もっと自分を大切にしなさい。</span></p><p>&nbsp;</p><p>あなたは具合が悪くなるまでは、自分の身体をないがしろにしている。<br>何も予防をしない。<br>身体よりも自家用車のほうを大事にしているくらいだ。<br>もっとひどいかもしれないな。<br>年に一度、定期検診を受ければ病気で倒れるのを予防できるのにそれもせず、<br>教えられた療養法をまもらず、薬を服用せず<br>（どうして医師のもとへ行って助けてもらいながら、医師の言うことを聞かないのか？</p><p>　それだけでも、返事ができるかな？）、<br>医者にかかっていないときには身体を虐待する。<br>運動をせず、さらに身体を弱くする。<br>有害物や毒物、あるいは食物と称されているとんでもない物質で身体をいっぱいにする。<br>それでも、身体というすばらしいエンジンは動きつづける。<br>そんなひどい目にあいながら、がんばってなんとか動きつづけている。<br>ひどいものだ。</p><p>あなたが身体を酷使しているさまは本当にひどい。<br>しかも、身体のためになることはほとんどしない。</p><p><br>これを読んで、あなたはそのとおりと後悔してうなずくだろうが、またすぐに戻ってしまう。<br>その理由がわかるだろうか？</p><p><br><span style="font-style:italic;">たずねるのが怖いですね。</span></p><p><br>なぜなら、あなたには<span style="font-weight:bold;">生きようという意志がない</span>からだ。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;">それはまた、厳しい告発だな。</span></p><p>&nbsp;</p><p>厳しくもないし、告発でもない。</p><p>～中略～</p><p>わたしはただ、真実を言っただけだ。</p><p>真実をついた言葉は、ひとを目覚めさせる。</p><p>けれど、目覚めさせられるのがいやなひともいる。</p><p>ほとんどのひとがそうだ。</p><p>眠っているほうがいいのだ。<br>―――『神との対話』P.324-325 サンマーク文庫</p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>耳が痛いですね。</p><p>ウォルシュとの以下のやりとりは、『神』というより医者との対話のようです。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>これまで、あなたはほとんど生きる意志をもっていなかった。<br>そんなことはないと言うかもしれないが、行動を見ればはっきりわかる。<br>タバコに火をつけたことがあるなら<br>――まして、あなたのように二十年ものあいだ、毎日一箱吸いつづけている者は――<br>生きる意志などほとんどない。<br>自分の身体を少しもいたわってない。</p><p><br><span style="font-style:italic;">でも、十年前に禁煙しましたよ！</span></p><p><br>二十年も身体を痛めつけたあとで、だろう。<br>それに、酒を飲んだことがあれば、やはり生きる意志などほとんどないのだ。</p><p><br><span style="font-style:italic;">でも、酒はほどほどにしか飲んでません。</span></p><p><br>身体はアルコールを摂取するようにできていない。<br>アルコールは精神を損なう。</p><p>&nbsp;</p><p>～中略～</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;">父はよく「すべてはほどほどがいい」と言っていました。</span></p><p><span style="font-style:italic;">アルコールについては、父の言うとおりだと思っていましたよ。</span></p><p>&nbsp;</p><p>ほどほどの虐待なら、身体はたやすく立ち直れる。</p><p>だから、お父さんの言葉はあたっている。</p><p>だが、さっきの言葉は撤回しないよ。</p><p>身体はアルコールを摂取するようにできていないのだ。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;">でも、薬のなかにもアルコールが入っているのがありますよ！</span></p><p>&nbsp;</p><p>あなたが何を薬と呼ぼうと、わたしにはどうすることもできない。</p><p>ただ言うべきことを言うだけだ。<br>―――『神との対話』P.326-328 サンマーク文庫</p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>身体は、物質的な世界において、魂と考えを行動にうつし創造する</p><p>わたしたちに与えられた唯一の機械だ、と『神』は言います。</p><p>だからこそ、「神かけて」大切にしてほしい、ということなんでしょうね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31405677"><img alt="神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51EJ7M5FZHL._SL160_.jpg"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31405677">神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)</a><div style="padding: 3px 0;">751円</div><div style="font-size:0.83em;">Amazon</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12131185888.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>病気はすべて、まず精神のなかで創られる</title>
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<![CDATA[ <p>わたしたちはなぜ病気になるのか。<br>これも人生は創造のプロセスであるという考えからおのずと答えが出てきますが、<br>わたしたちが創り出していると『神』はいいます。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="font-style:italic;">いまぶつかっている健康上の問題はどうすれば解決できますか？<br>三回、生きても足りないほど、さまざまな慢性的な症状に苦しめられているんです。<br>どうして――この生涯で――何もかもいっぺんに背負いこんでしまったんでしょう。</span></p><p><br>まず、ひとつはっきりさせておこう。<br>あなたは病気を愛している。<br>とにかく、その大半を愛している。<br>自分を憐（あわ）れんだり、自分に注意を向けるために、<br>病気を利用してきたのだ。<br>めずらしく病気を愛していないことがあれば、<br>それは病気が進みすぎたからである。<br>病気を創り出したとき予想した以上に、ひどくなってしまったからだ。</p><p><br>たぶんもうわかっているだろうが、ひとつはっきりさせておこう。<br>すべて、病気は自分で創りだしている。<br>いまでは、頭の固い医師たちにさえ、</p><p>ひとが自分で自分を病気にしていることがわかってきた。<br>ほとんどのひとは、まったく無意識に病気を創り出している<br>（自分が何をしているかさえ、気づいていない）。<br>だから病気になったとき、何にやられたのかわからない。<br>自分でしたのではなく、よそから何かが降ってきたように感じる。<br>そんなことになるのも、ほとんどのひとが<br>――健康上の問題だけでなく――<br>人生を無意識に生きているからだ。</p><p><br>ひとはタバコを吸っていながら、どうしてガンになったのかといぶかる。<br>ひとは動物性食品や脂肪をとっておきながら、<br>どうして動脈硬化になったのかといぶかる。<br>ひとは一生怒りつづけながら、どうして心筋梗塞になったのかといぶかる。<br>ひとは――信じられないほどのストレスに耐えて、過酷な――<br>競争をしながら、どうして発作が起こったのかといぶかる。</p><p><br>それほどはっきりはしていないが、心配のあまり死ぬひとも多い。<br>心配というのは、最悪の精神活動のひとつだ。<br>非常に自己破壊的な憎悪のつぎに悪い。<br>心配は何の役にもたたない。<br>精神的エネルギーの浪費だ。<br>それどころか、身体を傷つける生物化学的反応のもとで、<br>消化不良から冠動脈血栓にいたるまで、<br>さまざまな障害を引き起こす。<br>心配するのをやめれば、すぐにも健康状態は良くなる。<br><span style="font-weight:bold;">心配するのは、「わたし」とのつながりを理解していないからだ。</span></p><p><br>憎悪はいちばん破壊的な精神状態である。<br>憎悪は身体を毒する。<br>そうなると、元に戻すことはできない。<br>不安は、あなたのあらゆるものと対立する。<br>あなたの精神的、肉体的健康に悪影響を及ぼす。<br><span style="font-weight:bold;">不安は増幅された心配である。</span><br>心配、憎悪、不安は<br>――さらに、これらから生まれる気がかり、苦々しさ、<br>短気、貪欲、不親切、批判、非難なども――<br>すべて、細胞レベルで身体を攻撃する。<br>そうなったら健康を保つことは不可能だ。<br>同じく――程度の差はあるが――<br>うぬぼれ、わがまま、欲張りも肉体的な病気につながる。<br>あるいは快適さを損なう。<br>病気はすべて、まず精神のなかで創られる。</p><p><br><span style="font-style:italic;">でも、どうしてそんなことがあるでしょうか？<br>ひとから感染する病気はどうなんですか？<br>風邪とか――それにエイズも？</span></p><p><br>あなたの人生では、何もかもまず思考から生まれる。<br>そうでないものは何もない、と言ったはずだ。<br>考えは磁石のようなもので、結果を引き寄せる。<br>考えはいつもはっきりしているとは限らないから、<br>たとえば「わたしはひどい病気にかかる」と考えて病気になるというほど<br>因果関係ははっきりしていない。<br>それよりも（ふつうは）もっと微妙だ<br>（「わたしなんか生きている資格はないんだ」<br>「わたしの人生はいつもめちゃくちゃだ」<br>「わたしは敗北者だ」<br>「神さまの罰が当たりそうだ」<br>「わたしは具合が悪い、人生にうんざりしている」）。<br>―――『神との対話』P.320-322 サンマーク文庫</p></blockquote><p>&nbsp;</p><p>感染症についてはおもしろくて、<br>ウィルスはわたしたちの意思が生み出したものだ、<br>という説明が３巻でされています。</p><p>&nbsp;</p><p>いずれにしろ、「病は気から」という格言は、<br>いろいろな意味で正しいのかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31390488"><img alt="神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51EJ7M5FZHL._SL160_.jpg"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31390488">神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)</a><div style="padding: 3px 0;">751円</div><div style="font-size:0.83em;">Amazon</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12130254633.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Feb 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>なぜ生きるのか、ばかばかしいほど簡単な理由</title>
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<![CDATA[ <p>人は自分自身を創造するために生まれてきた、と『神』は語ります。<br>ウォルシュは、なぜそんなことをしなければならないのか、と問います。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="font-style:italic;">それじゃ、どうして努力するんですか？<br>どうして、わざわざそんな苦労を始めるんでしょう？<br>何の必要があるんですか？<br>どうして、人生はこんなものだと気楽に生きてはいけないんですか？<br>どこに到達するというわけでもない、<br>無意味な行動を重ねていくだけだ、<br>どっちにしても負けることはないゲームなんだから、と思えばいいじゃないですか。<br>誰だって結局は同じ結果になるんだ、と考えていればいいじゃないですか。<br>あなたは地獄はないし、罰もない、負けることはないとおっしゃった。<br>それなら、どうして目的を達成しようと努力しなくちゃいけないんですか？<br>あなたのおっしゃる目的地に到達するのがそれほどむずかしいなら、<br>何のためにそんな努力をするんでしょう？<br>楽しく過ごして、神さまとか「ほんとうの自分」とかについては<br>気楽に考えたらいいんじゃないですか？</span><br>―――『神との対話』P.252-253 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>『神』は答えます。<br>『神』の答えは、ある意味、身もふたもないものです。</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p><span style="font-weight:bold;">そう、おまえは何者か、という問いにあなたは答えることになる。</span><br>その仕事はたったひとりでしなければならない。<br>報償もなく、認められもしない。<br>気づいてももらえないかもしれない。</p><p><br>あなたは良いことをたずねた。<br>そんな目にあって、どうして続けなければならないのか？<br>どうしてそんな道へ歩みださなければならないのか？<br>自己探求と創造の旅に出ることで、何が得られるのか？<br>どこにそんなことをする動機があるのか？<br>どんな理由でするのか？<br>その理由はばかばかしいほど簡単だ。<br>「<span style="font-weight:bold;">ほかにはどうしようもないから</span>」</p><p><br><span style="font-style:italic;">それは、どういう意味ですか？</span></p><p><br>つまり、そのゲームしか行われていないからだ。<br>ほかには何もない。<br>あなたにできることはほかには何もない。<br>あなたは残る生涯もずっと、いましていることを続ける。<br>生まれてきてからずっとしてきたように。<br>問題は、それを意識的にするか、無意識のうちにするかということだけだ。<br>この旅をやめることはできない。<br>あなたは生まれる前に旅を始めた。<br>あなたの誕生は、旅の始まりを告げる合図にほかならない。<br>そこで、問題はなぜそんな道へ歩み出すのか、ではない。<br>すでに踏み出しているのだから。</p><p><br>問題は、この道を意識的に歩くか、それとも無意識のまま歩くかということだ。<br>はっきりと目を見開いて進むか、目覚めないままでいるか？<br>自分の経験の原因となるか、それとも結果となるか？<br>これまであなたは、経験の結果としての人生を生きてきた。<br>いま、経験の原因になってみてはどうかと誘われている。<br>それが、意識的に生きるということ、目を見開いて進むということだ。</p><p><br>さっきも言ったとおり、あなたはずいぶん進歩している。<br>だから、これまで多くの生を過ごしたのに、<br>「たった」これだけしか進んでいないのかとがっかりすることはない。<br>あなたがたのなかには、非常に進歩し、<br>非常に確かな自己意識をもっているひとたちがいる。<br>あなたは、自分が何者であるかを知っているし、<br>どんなふうになりたいかも知っている。<br>さらに、あなたは目的地へ到達する道筋さえ知っている。<br>これは偉大な兆候だ。確かなしるしだ。</p><p><br><span style="font-style:italic;">何のしるしですか？</span></p><p><br>もうあなたには、数少ない生しか残されていないというしるしだ。</p><p><br><span style="font-style:italic;">それは良いことなんですか？</span></p><p><br>良いことだ。<br>いまのあなたは、それが良いことだと言うだろう。だから良いことなのだ。<br>そう遠くない昔、あなたは、この世にとどまることだけを望んでいた。<br>だが、いまのあなたが望むのは去ること、それだけだ。<br>それは非常に良い兆候だ。<br>そう遠くない昔、あなたは生命を奪った<br>――虫を、草花を、木々を、動物を、人びとを殺してきた。<br>だがいまのあなたは自分が何をしているか、<br>なぜしているかを知らずには、何も殺すことはできない。<br>それは非常に良い兆候だ。<br>そう遠くない昔、あなたは何の目的もないような生き方をしていた。<br>だが、いまのあなたは、わたしが与えたもの以外には目的がないことを知っている。<br>それは非常に良い兆候だ。<br>そう遠くない昔、あなたは宇宙に向かって、真実を教えてくれと願った。<br>いま、あなたは宇宙に自分の真実を語る。<br>それは非常に良い兆候だ。<br>そう遠くない昔、あなたは豊かになりたい、有名になりたいと願った。<br>いま、あなたはただほんとうの自分自身になりたいと願っている。<br>そう遠くない昔、あなたはわたしを恐れた。<br>いま、あなたはわたしを愛している。<br>わたしをあなたと平等だと言うほどに愛している。<br>これらはほんとうに、とても良い兆候だ。<br>―――『神との対話』P.264-268 サンマーク文庫</p></blockquote><p><br>この道しかないんだよ、と『神』は言います。<br>好むと好まざるとかかわらず、これしかない、と言います。<br>繰り返し繰り返し生を重ね、<br>たとえ否定しても逃げても死んでもまた生を繰り返す、<br>だけど、どのようなことをしても失敗はない、<br>だからこそ、どのように歩くのか意識しなさい、と説いています。</p><p>&nbsp;</p><p>この言葉をあなたはどう受け取りますか？</p><p>救いになるでしょうか？</p><p>わたしはうまくいえないのですが、「がっかり」という感じがしました。</p><p>それでも、がっかりしてもしなくても、それしかないのかと思うと、</p><p>ちょっと底を打った気もします。</p><p>だからこそ、この言葉はわたしにとって重いものになっています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="border:1px dotted;padding:15px;border-radius:4px;" contenteditable="false"><table style="margin:0;table-layout:fixed;" width="100%" border="0" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody width="100%"><tr><td aligin="center" style="vertical-align:middle;" width="95"><span style="display:block;text-align:center;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31367731"><img alt="神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)" style="max-width:95px;vertical-align:middle;margin:0;" data-img="affiliate" border="0" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51EJ7M5FZHL._SL160_.jpg"></a></span></td><td style="line-height:1.5;padding-left:15px;vertical-align:middle;"><a alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow" href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=31367731">神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ)</a><div style="padding: 3px 0;">751円</div><div style="font-size:0.83em;">Amazon</div></td></tr></tbody></table></div><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/monologue-cwg/entry-12128868180.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Feb 2016 00:00:00 +0900</pubDate>
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