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<title>monsterのブログ</title>
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<title>オフ</title>
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<![CDATA[ 季節の変わり目かコンデション悪し、熱が在るようである。<br>今シーズンは風邪を引かないで済んだと思っていた矢先、<br>本日はトレーニングをオフとする。<br><br>明日は午前中に月末処理を確定して午後から脚のトレーニング<br>を行う予定である。重量が伸びない、
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<link>https://ameblo.jp/monster-kk/entry-11481146092.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Mar 2013 16:34:51 +0900</pubDate>
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<title>サイクル</title>
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<![CDATA[ 背中、腕、胸、脚、肩と部位を日ごとに分けてトレーニングしていて、<br>仕上げはいつも腹筋を追い込む。<br>年齢か怪我の後遺症なのか超回復が遅い、<br>上半身にトレーニングが集中しているので、疲労が抜けない。<br>超回復より脚は週一で良いと思われるが、背中、胸は週二刺激をしたい。<br>疲労が溜まらぬサイクルが無いかと組み合わせを思考中、<br>昨日は腕を追い込みすぎ左腕が若干痺れが出ている。<br><br>早く暖かくなれ
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<pubDate>Thu, 28 Feb 2013 10:28:50 +0900</pubDate>
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<title>高齢化</title>
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<![CDATA[ 現在通っているジムの会員の年齢は過去通った中でも一番の高年齢である。<br>世の中が高齢化社会に進んでいることを如実に理解させている。<br>しかし、己の筋力を無視して、パホーマンス以上の重量を扱い、目的部位<br>に効かせていない。<br><br>またモラルも低い、平気でﾀﾞﾝﾍﾞﾙをﾍﾞﾝﾁの上に置いておく、タオルを使って<br>いないベンチに置いておく、使ったﾍﾞﾝﾁは使ったまま放置、<br>特に危惧するのは高齢者の怪我である、あの状態はいつ怪我人が出てもおか<br>しくない状況である。<br><br><br>本日はスミスマシンが修理完了予定日、直っていることを願う。
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<pubDate>Tue, 26 Feb 2013 14:36:50 +0900</pubDate>
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<title>好きこそものの上手なり</title>
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<![CDATA[ 大阪の高校で体罰が原因で生徒が自ら命を絶った。関係者の事を思うと心が痛む。 <br>体罰について私見を綴る。 <br><br>　そもそも日本においてスポーツと体罰は切っても切れない関係に在ったと思える。 <br>日本の軍国主義時代の名残かと思う。先人に軍事訓練の話を伺うと軍事訓練に於いては <br>体罰は当然だったと覗う <br><br>体罰 <br><br>体罰は古くより「注意をしても聞かない・もしくは理解できない」という子供に対する教育的な指導と認識されていた。 <br>　方法としては、動物に対する躾と同様の直接的な痛みを伴う行為がとられることが多かった（手で叩く・殴る・鞭で打つなど）。また体罰を肯定する側には、明確な賞罰の形として、長く記憶に残りやすい体罰は、より教育効果が高いと考えている]。 <br><br>　しかしその一方で、その罰がしばしば当人の人格否定に繋がったり、重大な負傷に至る事例が挙げられるにつれ、社会的に問題視され、その効果に疑問が投げ掛けられるようになった。また、体罰の実施者に、そもそも罰を与える権利があるのかも問題となっている。 <br><br>パブロフの条件反射 <br>パブロフが行なった実験は、以下のようなものである。 <br>1. イヌにメトロノーム（ベル・ホイッスル・手拍子・足踏みと言う説もある）を聞かせる。 <br>2. イヌにえさを与える。イヌはえさを食べながら唾液を出す。 <br>3. これを繰り返す。（上記の二つのプロセスを条件付けという） <br>4. すると、イヌはメトロノームの音を聞いただけで、唾液を出すようになる。 <br>これがいわゆる学習と異なるのは、唾液の分泌が無意識的で自動的な調節に依存している点である。 <br><br>　体罰とはパブロフの条件反射を前提とした行為ではないかと思う。 <br>１、 ミスをする。 <br>２、 叩かれる <br>３．ミスをしないようにする。 <br><br>　指導者は上記のプロセスを期待していると思えるが現実は <br>１、 ミスをする <br>２、 叩かれる <br>３、 叩かれるのが嫌である <br>４、 再度、ミスをする。 <br><br>上記のネガティブプロセスに陥ると思われる。 <br><br>最終的にはその競技を嫌いになり、辞めてしまう。 <br><br>愚息たちが野球をしていたので、野球の指導に於いては体罰は日常的に行われていると <br>思える。練習中にミスをすると指導者はビンタ、罵声を浴びせる指導方法と思える。 <br><br>　野球は日本に於いてはベースボールではなく、野球道と思える。 <br>球場に入る際は必ず、帽子を取り、一礼してグランドに入る儀式がその顕著な例だと思える。 <br><br>　私自身、体罰教育を受けて来た世代で体罰が当然の競技をしていたが、体罰は合理的な指導方法ではない。 <br><br>　上手くなる、強くなる指導方法ではない。 <br><br>　選手と指導者のコミュニケーション方法、指導法は、何故その練習が必要なのか、何故ミスをしたかの分析、改善方法を指導者と非指導者の間で重要になる。 <br><br>　好きこそものの上手なり <br>誰でも好きでやっていることは一生懸命になるし、それに関して勉強したり工夫したりするので、自然に上達するものである。 <br>芸事は、無理して嫌だと思いながらやっても、成長はないということ。 <br>「上手なれ」の「なれ」は「なり」の未然形で、「こそ」に応じた係り結び。 <br>「好きこそ上手」「好きこそ物の上手」ともいう。 <br><br>　第三者から見れば苦行と思える行為でも当事者が好きで、楽しんで居れば苦行ではない。むしろ楽しんで居るのである。 <br><br>　持論であるが、頑張れは脅迫観念に変化するので、楽しめが基本である。頑張るのは当然である。 <br><br>好きこそものの上手なり <br>
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<link>https://ameblo.jp/monster-kk/entry-11478901466.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Feb 2013 13:16:27 +0900</pubDate>
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