<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>文太郎の日記帳</title>
<link>https://ameblo.jp/montnord/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/montnord/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>現下の内外情勢についてのコメントや、投稿者の生活・その変化についての報告などを記載します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>突然の入院＆その後の生活の激変</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　私は今年に入って、しばらく当｢「日記帳」の執筆・公表から遠ざかっていたが、実は私は去る2月22日夜に、私の生活拠点である有料老人ホーム「Ｉ」（以下単に「ハウスＩ」あるいはハウスと略称することもある、） において、発熱と身体下部の下血（げけつ）に見舞われ、ハウス長の判断で救急車で荻窪病院へ送り込まれたのである。<br>　その後、入院は予想以上に長引き、結局退院できたのはひと月以上後の3月25日だった。しかし、後で述べるように、この退院は即病気の全快と元のハウス生活への単純な復帰を意味しなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>＃　問題は前立腺炎</p><p>&nbsp;</p><p>　この入院・療養に関して、まず私にわからなかったことはこの病状はどういう性格のも<br>のか、ということだった。入院後に担当の主治医（泌尿器科担当）に聞いたところでは、｢前立腺の肥大」あるいはそれに関連・類似する病名であったと記憶する。</p><p>　私はこれまでに前立腺に関係がある病気のことは聞き知っていたが、それが入院加療を必要とするようなものであるとは考てもしなかった。そういう疑問は入院中を通して、さらに退院後しばらくの間も理解できなかった。<br>&nbsp; だが、その後、おいおいに調べて得た知識（主にネットによる）として、次のようなことがわかってきた。</p><p><br>　すなわち、尿道は膀胱に続き、前立腺の間を通るとともに精液の一部をつくって」いる（男性の場合）とのことだ。<br>　 つまり、膀胱とは、体内を流れる液状物資が体内を下って集まる場所であり（食物の場合でいえば胃に相当？）、この液体（尿）はそこから先は周囲を前立腺に囲まれた尿道を経由して、身体下方の陰茎から体外に放出されるわけだ。</p><p>　前立腺は、そうした働きをする膀胱のすぐ下部に広く接しているので、もしそれが肥大化すれば、膀胱から出た尿などはその流れを、すなわちその「出口」への（そして体外への）流れを阻害される（邪魔される）ことになるわけだ。<br>　もし、体内の余分の液状物質が体外に排出されなくなれば，それはつまり新陳代謝が阻害されるるということであり、人間の存在に危機をもたらすことになろう。</p><p><br>　以上のようなわけであるから、前立腺の肥大は、それを放置できない病（やまい）であることが理解できる。<br>　また、そう考えれば、私の入院加療が1ヵ月余に及んだことも理解できるし、退院後も通院して医師の指導やハウスでの看護師の援助を受けて療養すべきことも理解できる。<br>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;<br>&nbsp;＃　退院に際してのハウス居室の移転　</p><p>　ところで、これまで私が居住してきたのは、ハウス「Ｉ」の3階（建物は全3階建て）の個室で、その（3階の）居住者は、ハウス提供の食事を摂るも取らないも、外出するもしないも自由で、私はその3階の居住者だった。 　<br>&nbsp;これに対し、日常の生活でハウスのスタッフの援助（手助け）を必要とする（例えばものを食べる際や着替え、入浴など）入居者 は、ハウス2階の居室に入居することになっており、外出もハウス（そのスタッフ）の承認を必要とする。</p><p>&nbsp; 　私は、今回の入院以前は3階の居室に住んでいたが、今回の前立腺の手術のアフターケアで、退院後も、随時に、補助医療器具の取り替えを看護師その他のスタッフに頼んだり、屋内外での移動に歩行器（あるいは歩行車。しばしば介護者を伴う）を利用するなど、日常的に｢他力｣を必要とするようになったので、この3月の退院後は、2階の個室に移転することが必要となった。</p><p><br>　そして、居室の移転に伴い、3階の居室にあったパソコンやテレビ、衣服、書籍なども、必要なものは出来るだけ移転することにしている。</p><p>&nbsp;　また、外出（ハウス外への）には届け出とハウスの了解が必要で、そうした面での「3階居住者」のような自由さはなくなった。ただし、現在は、先日の入院に伴う身体局所の「手当て」の結果として、自力での歩行能力が落ちているので、出かけたくとも出かけられない状態だが。</p><p>&nbsp;　総体として、私は（も）｢2階の居住者｣になることにより、｢自由｣を大幅に失ったが、、できれば工夫により、より自由な生活を取り戻したいと願っている。（終り）</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12737543854.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Apr 2022 11:27:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>あわや預金封鎖？年金生活者を襲う危機</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;&nbsp;私たちのいわゆる年金生活者にとって、月々あるいは年々の年金収入とその生活のための月々あるいは年々の支出が、生活の根幹をなしていることは論を待たないだろう。　その生活の根幹である月々あるいは年々の収入がもし危殆（きたい）に瀕した（ひんした）らどうなるか？<br>　私はこの（新年の、すなわち2022年の）1月に、私個人もそうした金融危機に襲われる危険の圏内にあることを実感させられ、慄然とした。</p><p>　すなわち、私はこの1月下旬の某日、これまでの毎月の例と同じように、近隣所在のM銀行のATM で、いつもの通帳で，いつもと同じように、預金の払い出し請求をしたところ、そのATMの自動音声回答は「あなたのこの通帳ではご請求での払い出しはできません。ご希望の払い出しのためには、別の（他の）銀行の「窓口」でお手続き下さい」と告げるだけなのだ。</p><p>　こういう場合の対処の仕方に慣れていない私は、その後もしばらくは，漫然と、同じATMを使って、払い出し請求を続けていたところ、やがて、こんどは私の携帯（電話。スマホ）へ向けて、「M銀行・奥村沙也香（おくむらさやか）」と名乗る人から、「預金払い出しに関しての疑問は私どもにお尋ね下さい」との主旨の電話メッセージが流れるようになったのだ。<br>　こういう際には、当該電文の発信人に直接その根拠や主旨を尋ねるべきだと考えている私は、躊躇することなく、電車でM銀行の当該支店に当の「奥村沙也香さん」を訪ねた。</p><p>　そこでまず驚いたのは、受付に居た人に「行員の奥村さん」への面会をお願いしたのに対し、複数の銀行員の方が自ら｢自分が奥村です」と名乗り出たことだ。要するにM銀行支店では、外部から苦情を持ち込まれた際には、多少の関連がある支店員達が自らそう名乗り出ることにしているようなのだ。<br>&nbsp;<br>&nbsp;それはとにかく、こんどは、以上のような関連のある銀行員達が（行内の）その場で協議をして、その結果をもとに、私に対し、「銀行としては、今までに，あなたの苦情に関連した必要な調査をすませたので、近日中に，その結果を書留・速達郵便であなたに直接お知らせするので、本日はお引き取り願いたい」ということだった。</p><p>　私はその申し出を信用し、帰宅して待ったところ、たしかにその翌日（私がM銀行支店を訪問した日の）に速達便が拙宅に到着し、その郵便物の内部には，新しく発行されたM銀行の預金通帳が同封されていたのだった。<br>　そこで私は早速にこの新通帳を近隣のATMで使用して見て、その有効性を確認した次第である。</p><p>　以上のような経過で、私が使用した（従来の）銀行通帳の正当性が事後に確認された次第だが、日々の大量の銀行取引の中では、同種あるいは同類のミスが起きることは避け難いであろう。<br>　この際、そうしたミスを発見し、そのマイナス効果を防ぐ組織的な手段が末端の銀行取引にも導入されるよう切望したい（終り）。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12724438671.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Feb 2022 12:06:21 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>新年早々｢年賀状｣の失敗</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>　私は毎年、年末から新年にかけて，年賀状作成のソフト（いわばパソコンの｢虎の巻｣）を利用し、その表（おもて）の面にその年賀状郵送先の住所・氏名を、同じ表面のより小さい狭い欄には差出人の住所・氏名などを小さく記入する空欄を作り、それらの各空欄を筆記具で埋めれば（書き入れれば）、それで、印刷ずみで、目的先への郵送可能な年賀状（自由短文記入用の空欄付きの）が出来上がることになっている。<br>　私は昨年末（2021年末＝令和3年末）にも、恒例により、上記の方法で2022年用の年賀はがきを期限内に必要と思われる枚数だけ作成し、年内あるいは新年早々に郵便局の受付が始まるとともに、それらを投函するつもりだった。</p><p>　ところが、昨年末頃には私の身体条件が不調だったため、私はこのような年賀状作成と投函を1日延ばしに延ばすことになり、気がついた時には、年（とし。こよみ上の年）はすでに2022年に入っていたのである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;&nbsp;しかし、この時点においても、私になお年頭における自らの状態の報告及び挨拶を友人・知人・親戚等にネット報告によってでもお知らせするとの強い意志があれば、そのような報告・お知らせを、知人個別にか、あるいは、上述のように、例えばネット上のブログのかたちにより、公開することで、最小限でも知人・友人たちに広くお知らせすることが可能だったはずである。</p><p>　しかし、私はそうしたいわば非常手段を使っての｢周知の努力｣は、これを見送った。そのため、少なからぬ知人から，ネットや電話等で、問い合わせを受けることになってしまった。<br>　当ブログは、以上のようなこれまでの私の不十分なお知らせを多少とも補うための公表手段で、この機会に、あらためて、当紙面で、私のこれまでの周知努力の不足をお詫びしておきたい。（おわり）</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12720268311.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Jan 2022 09:53:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>我が心臓の 問題は「心房細動」</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;　私は当「日記帳」11月24日号（前号）の記事｢健康に心臓問題が浮上｣ において、私の最近の健康問題の中心が心臓の問題に移りつつあること、それは｢心房細動｣（しんぼうさいどう）と呼ばれる一種の「不整脈」（ふせいみゃく）であることを伝えておいた。</p><p>&nbsp; ここで、専門家の解説にもとづき、心臓の基本構成部分とその各部分の役割について説明しておく（Medical Noteによる）。<br>&nbsp;　「心臓には，大きく分けて心房と心室の2種類の部屋があります。心房と心室は、それぞれさらに右と左に分けることが出来、全体で見ると、左心房、左心室、右心房、右心室、の計4つの部屋に分かれています。心臓はこれら4つの部屋が規則正しい電気活動を介して適切に活動することから、全身や肺に血液を送るポンプとしての機能を果たすことができます。（この段落は説明不足～引用者）<br>　規則正しい電気活動は、右心房に存在する「洞房結節」と呼ばれる部位から発生しており、心房から心室へと一方通行で電気が伝わっています。健康な人の脈拍数は1分間およそ60～100回とされており、これは洞房結節が１回興奮することで，それに対応して心室が１回収縮することを示しています。<br>　心房細動を発症すると、洞房結節以外に心房内などでも電気興奮が起こります。そのため、洞房結節を起源とする電気活動が機能せず、心房全体でバラバラに電気活動を起こします。心房で生じたバラバラな電気活動がランダムに心室に伝わることで、心室の脈拍も不規則になります。<br>　心房細動そのものは比較的よく見られる不整脈ですが、心房細動を引き起こす病気は多岐に渡ります。加齢に関連した弁膜症や、虚血性心疾患などの病気により発症することがあり、高血圧や生活習慣との関わりも指摘されています。</p><p>　なお、心房細動の状態が長時間続くと動悸や息切れが激しくなり、疲れやすくなるなど日常生活に支障が出るようになります。しかしそれより怖いのは、「脳梗塞」や全身性塞栓症」などのさらに重い病気を引き起こしてしまう恐れがあることです。<br>　これは、心房細動が原因で、心房内でできてしまった血栓が血流にのり、脳や他の臓器や組織の血管を詰まらせることによって起こります。<br>&nbsp;<br>　私はこの年末12月27日(月)に荻窪病院で、その後の私の心房細動の状態につき、精密検査付きのチェックを受けたが、その結果は「好転」ということで，引き続き、薬の服用を続けつつ、さらなる好転を期待することになった。（おわり）</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12718305103.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Dec 2021 20:41:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>健康に｢心臓問題｣が浮上</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>　これまでの当「日記帳」の足跡を振り返ると、そこでは、今年9～10月の頃までは筆者の健康問題、中でも湿疹、それに基づく痒み（かゆみ）とそれによる不眠、室内での転倒とそれによる外傷、などがかなりの比重を占めていた。<br>　しかし、その10月に入ると、以後にわかに筆者の心臓をめぐる問題が浮上し、今ではこの問題が筆者の健康問題の中心を占めるようになった感がある。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　その発端となったのは、今年10月19日に行われた荻窪病院外科での診察である。この外科の診察は、昨年5月に私が同上外科で受けた大腸がん切除手術のアフター・ケアとして、手術直後は3ヵ月ごとに、次いで半年ごとに行われている術後観察の一環であったが、その術後の検査で、かつて私の手術担当だったO医師（外科）が、術後検査に関連して撮影された心臓の精密画像から要注意点を発見、そのことを直ちに同病院・循環器内科のI医師（副院長）に伝えたことに始まった。</p><p>&nbsp;</p><p>　I医師は早速10月22日に私の診察を設定、まず私への問診から、11月1日の精密検査を設定した。その精密検査の結果が「心房細動」との診断であった。<br>　この｢心房細動｣とは、心臓の電気的働きを司る4つの房・室（左心房・右心房・左心室・右心室）の中で、血液を送り出す上で中心的な電気的役割を果たすべき右心房内の｢洞房結節｣に異常が生じる事態で、その結果として、心臓からの電気信号がバラバラになり、心室の脈拍もバラバラとなる（注）。</p><p>&nbsp;</p><p>　（注） ネット上の「メディカル・ノート」に依る。なお、荻窪病院のI医師は、心房細動を「不整脈の一種」、あるいは「心拡大」とも特徴づけた。</p><p>　</p><p>&nbsp;そのI医師（荻窪病院）による11月1日の診断では、心臓の超音波診断、レントゲン撮影、心電図の記録、採血等が行われ、あらためての総合的診断が11月15日に行われると示されたのだった。<br>　その際手渡された｢診断予約票｣には、｢注記｣として、当日の診察には｢家族（肉親）を同席されたい」，との異例の文言が記されていた。</p><p>&nbsp;　</p><p>&nbsp;私はこの｢家族同伴｣の注意書きを見て、直感的に、「これは入院、あるいは入院・手術の予告だな」と推定した。というのは、心房細動の根本対処として、一般に「カテーテル手術」（注）がよく使われるとのことだから、である。</p><p>&nbsp;</p><p>　（注この手術は、足の付け根の太い血管からカテーテルと呼ばれる細い管を心臓まで持って行き、心房細動を引き起こすきっかけとなる異常電気信号や心筋細胞を焼灼（しょうしゃく）治療する手術）。上記の「メディカル・ノート」による。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　しかし、幸いにも、11月15日のI医師（荻窪病院循環器内科）の診断では、私は家族（長女）を同席させたが、医師からは私の心房細動への対処として、入院・手術は示されず、幸いにも、従来同様の薬品による治療の推進、が示されるに止まったのだった。私としては、今後も十分な注意を払いつつ、必要な治療を実行したい。（終り）</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12712031814.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Nov 2021 15:03:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ネット接続の貴重さを知る</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>　私は当「日記帳」の前2号（9月28日号及び10月10日号）において，ネット利用で文書作成や編集を行う際、身の健康や安全を守ることがいかに大事かを，私の具体的経験（怪我）に即して報告した。その経験の中で実際に私が負った傷は、幸いK医院による治療と指導で、 10月15日の診察を以て全治した（ここに遅ればせながら報告する）。</p><p><br>　そう思って喜んでいたら、こんどは、私が当文書で作成した（する）文書（私はもっぱら「一太郎文書」を利用して作成している）が、ネット上に（インターネットの文書として）記録されないようになったのだ。すなわち、私が、例えば、文書作成ファイルで「文太郎の文書」と書いても、その文言はインターネット上に「文太郎の文書｣としては出てこないのである。<br>　もっと端的に言えば、私はネット上に、ネットの言葉として、文書を書くことが出来なくなったのである。</p><p>　そのこと（事実）は、ネット上で文書を作成・表現しようとした際には、常に、たちまち出てくるのだ。</p><p><br>　私が作成する（作成・表現しようとする）ネット上の言葉・文書は、マイクロソフト・アカウント（MS）のルールにより、 PIN（ネット上の個人割り当ての記号）で示さなければならないが、そのPINは「Personal Identification Number（パーソナル・アイデンティフィケーション・ナンバー）」の頭文字をとったもので、わかりやすくいうと暗証番号の一種のことである。4～8文字の数字やアルファベットなどで設定します）は個々人がマイクロソフト・アカウントに登録する際に決めたものである必要がある。</p><p>&nbsp;</p><p>　だから、例えば私がネット上に文書を書こうとするならば、はじめに自分のPINを確認・明示する必要がある。その際、もし正しいPINを入力出来なければ、その人は文書をネット上にネット文書として示すことが出来ないのだ。</p><p>　私の場合、長い間このPINを無自覚に使っている間に、<br>それを忘れ、しかもそれを手許にメモとして残すことをしていなかったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　そのため、ある日突然、マイクロソフト・アカウントからPINの入力を求められた時、全くお手上げの状態となってしまったのだ。<br>　そうなると、どういう状態が出現するか？例えば私がパソコンを使って、その画面上にどれだけ文書を書いたとしても、それらの文書は、パソコン上の，ネットの文書としては画面上に出てはこないのである。<br>&nbsp;　だから、正しいPINが入力されていなければ、パソコンの画面上には、よくても無意味な文字列が並ぶだけなのだ。現に、PIN抜きの私のパソコン画面からは、一切の｢アイコン｣が消えてしまったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　私は不明となったPINを求めて、NTT等の相談係に教えを請うたのだが、そうした相談に半日かけても正解はわからなかった。<br>　ただ、ある時偶然に、まっったく偶然に、そのPINが頭の隅にひらめいたので、それを使ってみたら、それが偶然にも正解だった、という次第である。私は皆さんには、大事な略語やパスワードは必ず手許にメモとして残すように勧めたい（終り）。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12707099173.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Oct 2021 17:48:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>震度5の地震で顔面に怪我</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>　先日の当「日記帳」（9月28日号）で報告したように、私は9月15日の深夜に、トイレに行くべく居室内を移動中に何かにつまづいて転倒、左?と右手首に傷を負い、その手当にハウス（私が居住している有料老人ホーム）の看護スタッフや、ハウス近所のKa医院の看護を受けることになった。<br>　そして、この怪我の治療で未だKa医院に通院中の時期に、今度は震度5の地震発生の最中に、自分の不注意から（と考えざるを得ないが），10月7日 深夜（午後10時41分頃。東京新聞Webによる）に東京地区に発生した震度5の大きな地震（10年前に東京でも経験した東日本大震災以来の大きさ）のさなかに、右顔面上部に、かなりの裂傷を負うことになった。<br>&nbsp;　この地震で、家屋の損壊などの被害が生じたわけでもないのに、なぜ私はこの地震の際に負傷することになったのか？</p><p>&nbsp;</p><p>　この地震発生時、私は就寝直前で、TVを設置している居室に入って、放送終了直前（のはず）のTVチャネルを終了する（消す）つもりだった。<br>　ところが、私がTV台上のディスプレイに近づいた時、突如として画面が変わり、地震発生の緊急放送が始まったのである。同じ時、たまたま電源コードで接続・充電中の携帯電話の画面でも、同様の放送が始まったのである。<br>　私は驚いて画面に顔を近づけた。</p><p>　その時、ディスプレイはすでに大きく前後左右に揺れていた（震動で）が、私が顔を画面に近づけた瞬間、ディスプレイが私の顔面を直撃したのでる。</p><p>　この一撃で、顔面（右眉のあたり）から出血したことはいうまでもないが、たまたま、この時も「ジャンボ・サイズ」の｢バンド・エイド｣の予備が手許にあったため、緊急の止血には役立った。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして、日が変わるとともに、私は10月8日（金）、早速またKa医院を訪問し、応急手当をしてもらった。この手当は9日（土）にもお願いした。この9日の診断では、傷痕は快方に向かっているが、負傷場所が眉毛なので、普通より出血が止まりにくい、ということだった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　通常、地震が来た時には、「周囲の家具は，すべて凶器に変わる」と言われており、私もそのつもりでいたが、まさかTVが同様の凶器と化する、とは思っても見なかった。　いささか痛すぎる教訓だが、今後の戒めとしたい。(おわり）</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12702909673.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Oct 2021 11:02:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>またも転倒＆連携看護</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>　この度も、またまた私自身が起こした夜間転倒事故と、それへの関係者の対処の仕方の報告だが、誰にも起こり得るリスクの話としてお聞き願いたい。</p><p><br>　もう２週間も前のことになるが、私は９月１５日の深夜に、居室内の寝室からトイレに行く途中で前向きに倒れ、左頰（ひだりほほ）と右手首の付け根に傷（裂傷）を負った。もちろん相当な出血があったが、この度もジャンボ・サイズの バンド・エイドを傷口に貼り（はり）付けることで急場を凌ぐ（しのぐ）ことができた。</p><p>　夜が明けるとともに私はすぐにこの負傷の件を，ハウスI（私が入居している有料老人ホーム） のスタッフに報告、傷口の対策を相談した。実情を見たスタッフの内のある人は、有効に止血が出来ているならば、しばらくその推移を見た上で本格的な治療を進めればいいだろうとの意見だったが、看護担当のハウス・スタッフは、「裂傷の場合には，治療のために傷口を縫う必要があるかも知れないから、早急に外科医に傷口を診てもらうべきだ」と主張した。<br>　折悪しく、ハウス最寄りのクリニックでは最近担当医が代り、外科担当医が不在になっていたので、私は外科医による早急な診断は断念するしかない、と主張した。</p><p><br>　対して、看護スタッフ，とくにそのリーダーOさんは、「医師は自らが外科医でなくとも、緊急の場合の判断は出来るはずだから、直ちにハウス最寄りの医師の診断を仰ぐべきだ」との意見だった。<br>　結局、この看護スタッフの意見が皆に受け入れられ、私たちの内の何人かがその内科医在勤のハウス最寄りのクリニックへ向かった。<br>　 折悪しくクリニックには医師は出勤前だったが、そのクリニック勤務の看護師がハウスIの近辺の別の外科医院を知っていて紹介してくれた。</p><p>&nbsp;　こうして、私たちは近隣の外科医K（同医院にはほかに内科医も在勤）の診察と応急手当を受けることが出来た次第である。</p><p>&nbsp;</p><p>K医師の診断は，傷口の治療は必要だが縫う必要はない、とのことで、応急手当の上、間近の二日間の連休中においてもハウスで（その看護スタッフの手で）行うべき、包帯交換の指示とその材料などをその場で渡してくれ、こうして、私の転倒による事故を手当する態勢は整った次第である。</p><p>　私のK医院での受診は、その後５回に及び（それに対応してハウスIでの補助手当も）、明９月２９日（水）の診断を以て今回の診断・治療は終わることになる見込みだ。転倒事故発生の時（９月１５日深夜）から考えると予想外に早い決着で、それもK医院とハウスIのスタッフ（とりわけ看護スタッフ）の連係プレーが“ものを言った”からだと感ずる。<br>&nbsp;　まことに、看護・治療の分野においても、チームプレーがいかに大事かをも教えてくれた出来事（未完だが）だった 。（おわり）</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12700685302.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Sep 2021 16:13:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>｢最近の身体の不調｣への追記</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;&nbsp;当「日記帳」の直前号｢最近の身体の不調」の中で、私は左腕上部に出来た「血豆」とその影響について書いたが、実は去る7月下旬にもそうした血豆とその「破れ」を経験し、そのことを当「日記帳」7月25日号で報告している。今回「身体の不調」について報告した前号の中においても、この過去の事実にも言及すべきだったが、私はその点には触れなかった。<br>　その点につき、読者のMさんから指摘があったので、ここに、その点を「日記帳」9月14日号の ｢追記｣として追加掲載することとした。ご了解をお願いする。文太郎</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12697919966.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Sep 2021 15:42:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>最近の身体の不調</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>　最近私の体調が不良で、その影響で、8月末以来、私はこの｢日記帳」の執筆・公表からも遠ざかった。<br>　この体調不良は，（A）日常化している私の湿疹（しっしん）の手当の仕方に一種の支障が生じたこと、及び（B）直近のことだが、久しぶりの飲酒の影響によるもの、と言えそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　（1）まずAの問題</p><p>&nbsp;</p><p>　日常化している私の湿疹の手当は、ほとんど規則的に起きる身体の痒み（かゆみ。主に就寝中の夜中に起きる）に対し、身体を拭った上で（多くの場合シャワーなども使って）、医師が処方してくれた塗り薬を塗ってまた就寝するという単純なものだが、これが思い通りに済まないと、睡眠が妨げられ、翌日は睡眠不足の状態で起きる（起床する）ことになる。実際最近は、私は寝不足で朝を迎えることが多くなっていた。</p><p>&nbsp;　その上、そういう湿疹対応の生活（とくに夜間の）を繰り返していた８月末のある深夜のことだったと思うが、夜中にシャワーを使っている時、左腕上部に出来ていたかなり大きな血豆（皮膚表面にできた血のかたまり）を傷つけてしまい、その傷口から血が流れ出したのだ。<br>　これには私は大慌てになったが、幸い、手持ちの既製看護用品の中に、ジャンボサイズの｢バンド エイド｣&nbsp; があったので、これを傷口に貼ることでピンチを凌ぐことが出来た（室内の緊急コールを使って夜勤者の救援を頼むことは避けられた）。</p><p>　しかし、このことがあって以降、私は夜中の「湿疹薬塗り」に一層神経過敏になり、勢い，湿疹薬塗りの前段である身体拭いが、手ぬるい中途半端になることが多くなった。<br>　その結果，湿疹手当後の深夜の睡眠が従来よりも一層不十分なものになる傾向が生じた。</p><p>　ただし、その後は、私は徐々に，血豆（上述の）を傷つけることなしに夜中の身体拭いと湿疹薬塗りを行えるようになってきていた。恐らく、近日中には問題の血豆そのものを解消することも可能になると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>　（B）次に飲酒の影響</p><p>&nbsp;</p><p>　私は実は今年の５月中旬に入院（鼠径ヘルニアの手術のため）する直前から、飲酒（主に麦酒での晩酌）をやめてきた。これは、意図的に「禁酒をする」，という大袈裟なものではなく、「手術の際にはアルコールの影響がない方がいいだろう」、という軽い気持ちで始めたものだ。<br>　しかし、その禁酒が手術後も無理なく続いており、そのうちに、「この禁酒をどこまで続けられるだろうか」という妙な野心が生まれるようになった。</p><p>&nbsp;　しかし、そうした軽い気持ちでの禁酒（というより停酒？）は、簡単なきっかけで終わりを迎えた。<br>　たまたま去る９月１２日（日）には，私が居住する有料老人ホーム（ハウスと呼ぶ）で定例の｢秋祭」があった。時たまたまコロナ・ウィールス感染・流行の時だけに、今年の秋祭は簡素なものとなったが、そのプログラムの中に，ハウスの居住者の簡単な昼食会があり、ハウス・スタッフの手による 自前の料理が提供され、またその際、ハウス提供の、あるいは参会者持参の麦酒等のアルコール飲料も卓上に並んだ。</p><p>　その際、私が親しくしている居住者のIさんが，私に「今日は少し飲んでみたら？」と１缶（350ミリリットル） のビールを差し出した。私も、厳格な禁酒を実行しているわけではないし、今日はお祭りなのだから、という軽い気持ちで、そのビールを受け取り、飲んだ。久しぶりのビールは実に美味しかった。</p><p>&nbsp;　ところが、久しぶりのビールのインパクトは実に強烈だった。私は1缶のビールで完全に酔い、この飲酒後は、ただ起きているだけでも辛く（つらく）なり、早々に自室へ戻って就寝した次第である。<br>　そのため、その夜は、日常化している夜間の湿疹対策も出来ず、それだけ翌日の目覚めは辛いものとなった。その結果、翌日は朝食後、新聞もろくに読まずに、早々に昼寝を試みた上、その起床後は、いつもよりも念入りにシャワーと湿疹薬塗りを行って、体調の回復に努めなければならなかった。<br>　ただし、この酒酔いについては、また禁酒あるいは節酒に戻れば（それは可能だ）、体調も容易に回復するものと思われる。</p><p>&nbsp;</p><p>　以上が、最近の私の湿疹対策中心の生活の仕方と、その過程で生じた、いろいろなその乱れの一部始終である。<br>　なお、付言すると、私にとってより根本的な問題は、これまでのところ、いろいろ専門の皮膚科医にかかってきたが、私個人に真に有効な，基本的な湿疹対策（有効な薬を含む）のあり方がまだ見つかっていない(と思われる)こと、そのため、ただただ目前の湿疹の影響をいかに少なくするかについて、いわば手探りで苦闘するばかり、という結果になっているのが正直な状況だと思う。<br>　その影響で、日常の生活のリズムが乱れることも少なくない，という結果も生じているわけだ。<br>　そうした点、諸賢のご理解をいただければ幸いである。（おわり）　</p><p>&nbsp;</p><p>　</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/montnord/entry-12697874149.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Sep 2021 10:48:54 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
