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<title>ナマケモノ日記</title>
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<description>Myanmarで一人暮らしをしている大学院生の独り言</description>
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<title>うんちしたのは誰よ。</title>
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<![CDATA[ <p>ミャンマーに住み始めて、10日が経った。首都、というと都会のイメージを持たれるかもしれないが、ここネピードーは一般的な首都のイメージとはあまりにもかけ離れている。東京の夜が無数の光でチカチカしているなら、ネピードーの夜は同じくらい無数の星が夜空で輝いている、とでも言ったら、どんなところか、少し想像しやすいだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>こんなにもかけ離れた環境に来たのだから当然と言えば当然だが、生活スタイルは180°変わった。夜、おなかがすいたら歩いて3分のコンビニに夕涼みがてらプリンを買いに、なんてことは当然考えられない。朝ごはんを食べるためのレストランに行くのに徒歩で片道30分はかかるようなところなのだ。必然的に早寝早起き生活になる。私のことを知っている人なら、どれだけ私が朝に弱いか、嫌というほど知っていると思う（開き直っているわけではありません、たくさん迷惑かけてごめんなさい）。</p><p>そんな私が毎朝狂うことなく6時半には起きだして桶に水をため、洗濯をし（もちろん洗濯機などない）、掃き掃除を始めるところから一日を始めているのだ。仏教国に来て出家してしまったのではないか、と思われるかもしれないが、決してそういうわけでもない。相変わらず、私の心は邪心で満ち溢れている。先日、ミャンマーの大事な祝日に金ぴかに輝く仏塔に連れて行ってもらったのだが、金ぴかに輝く仏様を目の前に、目を閉じたときに真っ先に思ったのは、</p><p>「こうして目を閉じている間に誰かに自分のバックを取られないだろうか」</p><p>だった。こっそり目を開けて自分のバックを引き寄せたのを、ピカピカ光った仏様は微笑みながら見ていた。こんなチンケな人間の一人くらい、偉大な仏様だもん、簡単に守ってくれるだろう、と思ってしまうくらいには私はチンケな人間である。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、早朝から掃き掃除をして一日を始めるのは、修行僧になりたいわけではない。高校の三年間、掃除の時間になるとどこかにすっと隠れ、でもいつも決まって先生に見つかり、ごみ捨てに行かされる、ごみ捨てに行きながら誰かと話が止まらなくなり、なかなか帰らない私のせいでクラスの掃除もなかなか終わらず、また怒られる、ということを毎日し続けた私が、掃き掃除を毎朝しなければならないのは、掃いても掃いても大量の虫の死骸と糞が部屋のいたるところにたまってしまうからなのだ。ミャンマーに来て、生野菜がなかなか食べられず、便秘がちな私の目の前で、彼らは羨ましくなるほど、ものすごい勢いでうんちを落としていく。怒りを通り越して、「うわあ、みんな今日も元気に生きてるんだなあ」という感動すら覚える。そうかと思えばひっくり返って固くなったゴキブリ、カエル、カミキリムシに遭遇する。すこしでも放置すればそこには大量の蟻がたかって黒く蠢く床が表れる。こんな、なまなましく生と死が入り混じった世界をたったひとつの部屋の中で毎朝目撃できるのは、なかなか新鮮な体験だ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>なんて言ってみたものの、実は、少し強がっている。本音を言えば10日目にして既に</p><p>「もうコリゴリだ。体中ダニにかまれ、虫の死骸を掃除し、自分のうんちは出ないのに誰かのうんちを始末し、大量の蟻と格闘しながら私はこんなところで何をしているのだろうか。京都でおしゃれなカフェでまったり読書しながらインスタグッドのような日々を送りたい」と毎日のように思う。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、金ぴかの仏様がもし動いたり話したりしたらこんな感じなんじゃないかと思うほどには優しいミャンマーの人達に助けられ、癒されているから、なんとか生きていけている。</p><p>&nbsp;</p><p>ああ、今日も明日も明後日も、たぶん私は強がり続けるんだろうなあ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/moomin5884/entry-12318102076.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Oct 2017 19:08:43 +0900</pubDate>
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<title>もしもシマウマが人間の言葉を話せたら</title>
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<![CDATA[ <div><p>春が来た。今朝、久しぶりに早起きをして鴨川のほとりを散歩してみた。</p><p>桜が咲き始めている。京都の街と桜は言わずと知れた名コンビだ。</p><p><br></p><p>春は冬の間なんだか重たかった心と体を新しくしてくれる。</p><p>春ってだけで道行く人の足も、己の足もなんだか軽くなっている気がするから不思議。</p><p>熱帯好きな私だが、四季があるこの国に生まれ育ってよかったなあとぼんやり思うのは、そんな瞬間なのだ。</p><p>この春、真新しい生活が始まる人も多いだろう。</p><p><br></p><p>春が来て、新しい気持ちになると、目標を立てたくなる。</p><p>私は目標を立てるのが大好きだ。</p><p>目標を立てて、イイキブンになって、そしてだいたい3日で挫折する。</p><p>1週間続けば万々歳（でもないか...続いてないんだもん）。</p><p><br></p><p><b>これじゃあいけんなあ...</b></p><p>と思いながらも、22年間この性格は治らない。</p><p><br></p><p>目標を達成する前に挫折することが多い私だが、そもそも計画を立てて、それをうまくこなすことが苦手だ。</p><p>熾烈な受験戦争も、一部の天才を除き、最後に勝つのは計画を立てるのが上手だった人たちだと思う。</p><p>1年間（多くても数年）の受験戦争にしても、80年の人生にしても、うまくいくのはビジョンがあって、計画性がある人たちだと思う。</p><p>だから、ちゃんと自分で決めた目標を達成できる計画性のある人間になりたくて仕方がない。</p><p><br></p><p>最近テレビを見ていたら、画面の中に広大なサバンナの中でムシャムシャとのんきに草を食べるシマウマがいた。</p><p>シマウマの縞模様って、ものすごくはっきりしている。</p><p>びっくりしちゃうくらい、ものすごくぴしっと白と黒が並んでいる。</p><p>白・黒・白・黒・・・</p><p><br></p><p><b>シマウマが、もし人間の言葉を話せたならどんな性格だろうか。</b></p><p><b><br></b></p><p>そんなことをよく考えてしまう私である。</p><p>一応生態学を学ぶ身として、</p><p><b>シマウマの学名は〇〇で、シマウマの縞はこうこうこういう理由で進化してこうなってうんたらかんたら...</b></p><p>を考えるほうがよっぽど役に立つのだろうが、そんなこと言われても脳みその癖は簡単には修正できない。</p><p><br></p><p><b>シマウマが、もし人間の言葉を話せたなら<br></b></p><p><b>ものすごく物事を白黒はっきりさせたい性格をしているのかもしれない。</b><br></p><p><b><br></b></p><p>うーん、でもこんなのんきな顔をしておきながら、なんだかそれじゃあしっくりこない。</p><p><b><br></b></p><p><b>いや、待てよ、シマウマは白黒はっきりさせているようで、</b></p><p><b>実際は白でもなく、黒でもない、究極のどっちつかずの姿じゃないか。</b></p><p><b>やっぱりのんきそうな顔に似合って、</b></p><p><b>「オムライスか生姜焼き定食か、ラーメンか、どれがいい？」って聞かれたら、</b></p><p><b>「どれでもいい」っていうタイプの人間になるにちがいない。</b></p><p><br></p><p>今のところ、私が思いついたシマウマ人間像のベストな案はここに落ち着いている。</p><p><br></p><p>シマウマは、白でも黒でもない。だからと言って、絶対にグレーではないのだ。</p><p>あくまで、白でも黒でも<b>なく</b>て、白でも黒でも<b>ある</b>のである。</p><p><br></p><p><b>「白か黒か」「０か100か」「やるかやらないか」</b></p><p>この考え方で私は今までことごとく失敗してきた。</p><p><br></p><p>例えば、スクワットを毎日50回やることを春からの目標にするとする。</p><p>3日目まではだいたい順調だ。だけど、4日目はものすごく疲れているとする。</p><p>その時、「白か黒か」の私は</p><p><br></p><p><b>今日は疲れているから、50回もできない。だからまた明日がんばろう。</b></p><p>になってしまうのだ。この考えが、目標や自分で決めた計画を達成できない大きな原因だ。</p><p><br></p><p><b>今日は疲れているから、50回もできない。だから今日は10回にしよう。</b></p><p>完璧にできなくてもいい。確実にこっちのほうが目標に近づく。</p><p><b><br></b></p><p><b>完璧主義をあえて捨てる</b></p><p><b><br></b></p><p>最近ようやくこの大事さに気が付いたのである。</p><p>頑張りすぎたら続かない。程よく肩の力を抜きながら、が大事なのだ。</p><p><br></p><p>シマウマが生きる世界は受験戦争などの比ではないほど熾烈な生存競争が繰り広げられる世界だ。</p><p>その中で彼らが生み出した答え、それは</p><p><br></p><p><b>白でもなく、黒でもない。白であり、黒である。</b><br></p><p><b><br></b></p><p>この戦略で彼らは過酷な環境を見事に生き抜いているのだから、</p><p>これは、単なるどっちつかずじゃ終わらないはずがない。</p><p><br></p><p>よし。決めた。今年の春は、ライオンのような意気込んだ顔でがんばりすぎるんじゃなくって、シマウマのようなのんきな心構えで穏やかに迎えてみよう。</p><p><br></p><p><b>頑張りすぎずに。肩の力を程よく抜いて。</b></p><p><br></p><p>そう思う私は、3日前に立てたダイエットの目標はいつになったら達成できるだろうか、と抹茶レアチーズケーキを食べながらのんきに考えている。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p></div><br><div><span>via&nbsp;<a href="https://moomin5884.amebaownd.com">ナマケモノ日記</a></span><br><span>  Your own website,</span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a></span></div>
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<link>https://ameblo.jp/moomin5884/entry-12262853661.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Apr 2017 17:43:25 +0900</pubDate>
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<title>Harry Potter and the Cursed Child</title>
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<![CDATA[ <div><p>かなり恵まれた環境で育ててもらったと思う。<br></p><p>年間のイベントごとは、家族が必ずお祝いしてくれたので、小さい頃から楽しみがいっぱいだった。</p><p>中でも特別好きだったのは、誕生日。だって、誕生日の主役はいつも自分だけだから。</p><p>クリスマスやお正月はみんなのものな気がする。</p><p>七五三も自分だけが主役ではあるけれど、真っ赤な口紅を塗られ、着物でたくさん歩き回らなくっちゃいけなかったし、子供ながらに感じる「伝統」という名の重圧に押しつぶされそうで、あまり楽しくなかった。</p><p>自己顕示欲が強い私は自分だけのためにみんながお祝いしてくれて、プレゼントをもらえて、自分だけがイイキになれる誕生日が大好きだった。今でも大好きだ。</p><p><br></p><p>小学校低学年の頃だったと思う。両親が</p><p><br></p><p><b>誕生日は、なんでも好きなところに行って、好きなことをさせてあげる、何がしたい？</b></p><p>と言ってくれた。</p><p><br></p><p><b>みんなで四葉のクローバーを探しに行きたい</b></p><p>なんて乙女な発想♡今じゃ考えられないよ！！！</p><p>そのあと家族で原っぱに出かけ、夢中で四葉のクローバーを探した。幸せだった。</p><p>今でも四葉のクローバーを見ると、あの日を思い出す。</p><p><br></p><p>毎年誕生日が楽しみだった。だけど、一度だけ、例外がある。</p><p>11歳の誕生日。その日もみんなでお祝いをしてくれた。たぶん、いとこ兄弟まで集まってくれての誕生会まで開いてもらったはず。</p><p>だけど、11歳の誕生日が終わってしまいそうなとき、私はとっても落ち込んでいた。</p><p><b><br></b></p><p><b>やっぱり。そうだよね。ホグワーツ魔法学校からフクロウ便は来なかった。</b></p><p><b><br></b></p><p>ハリーポッターの物語では、11歳になるとホグワーツから、入学許可証の手紙がフクロウ便で送られてくることになっている。</p><p>ハグリッドがハリーに手紙を持ってきた嵐の晩も、ハリーの11歳の誕生日だった。</p><p>どこか、心の片隅で本気で願っていた。私にも手紙が届くんじゃないかって。</p><p>私はマグル（魔法族じゃない人たち）だってわかっていたけど、ハーマイオニーだってマグル出身の魔法使いだもん。</p><p>わたしだって、もしかしたら．．．</p><p><br></p><p>小学生の私は、ハリーポッターの世界の虜だった。</p><p>どんな事をしているときよりも、ハリーポッターの物語を読んでいるときが一番楽しくて、嬉しくて、悲しくて、ワクワクした。</p><p>それはもう、作者のJ.K.ローリングに、「愛の妙薬」を盛られたとしか考えられないほど。</p><p><br></p><p>宿題をするフリをして隠れてハリーポッターを読んでいた。見つかると怒られるってわかっていてもやめられない。ごはん食べなさいって言われても、やめられなかった。だっていつでも、今、がイイトコなんだもん。</p><p><br></p><p>あまりにも私が本から離れなかったから、親がハリーポッターの本を隠すようになってしまった。これは、もう大変な一大事だった。悲劇だ。</p><p>だけどそんなことで負けてはいられなかった。なんてったて私は「愛の妙薬」を盛られてるんだから。</p><p>親の目を盗んで家じゅうひっくり返すように探し、夜にこっそりベッドの中で懐中電灯をつけながら読んだ。もちろん、懐中電灯のスイッチをONするときは、</p><p><b>ルーモス、光よ</b></p><p>って唱えながら、ね！！</p><p><br></p><p>ここまで育ててもらった両親には頭が上がらないし、その教育方針に文句はないけれど、</p><p>一つだけ、私が親になったら、子供がそこまでして夢中になったものを隠すことは絶対にしないって心に誓っている。宿題そっちのけでハリーポッターの世界に浸れる幼少期を過ごさせてあげたい。</p><p>だって、私はそのせいで宿題はなかなかはかどらなかったけど、ハーマイオニーみたいにマグルから魔法界に抜擢されるためには賢くないと、って思って一生懸命勉強したし、その結果、成績は結構いいほうだったから。</p><p><br></p><p>ここまで私が夢中になったのには訳がある。</p><p>本は比較的好きなほうだった。中でもファンタジーは大好きで、「魔法」「冒険」「友情」がキーワード、みたいなよくある児童向けの小説はよく読んでいたし、面白い！と思って夢中になったものもいくつかあった。</p><p>だけど、どれも</p><p>「これは、フィクションだ、空想の世界のお話だ」</p><p>って頭のどこかで知りながら読んでいた。</p><p>だけど、ハリーポッターだけはそこが決定的に違った。</p><p><br></p><p><b>絶対、これはノンフィクションだ。</b></p><p><b>キングズ・クロス駅の９と3/4番線の向こうにはおっきなホグワーツ城があって、グラウンドではクイディッチの試合が行われてる。</b></p><p><b><br></b></p><p>と信じ込ませる才能が、作者のJ.K.ローリングさんにはあった。こう思わせてくれる一番大きな設定は、「マグル界」と「魔法界」を、完全に別に分けているところだと思う。</p><p>だから、私たち「マグル」は、キングズ・クロスの駅の向こう側に、魔法界の存在を強烈に意識せざるを得ない。自分には通り向けられないからこそ、どんどん想像は膨らんでいく。</p><p>それに加えて登場人物たちはあまりにも親しみの沸く人たちだ。仙人のような魔法使いが出てくるんじゃなくって、ハリーポッターは「普通の、どこにでもいそうな」男の子である。むしろ、マグルの世界では孤児扱いで日の目を見ることはなさそうなかわいそうな男の子。</p><p>魔法界きっての魔法使い、ダンブルドアでさえ、普通のかわいいおじいちゃんを感じさせてくれるお茶目な人柄だ。彼らは、「魔女」「魔法使い」っていう感じが全然しない。</p><p><br></p><p>ハリーポッターが世界中でこんなにも注目を集めたのは、「魔法」というめちゃくちゃファンタジーな要素を扱いながら、自分の最寄り駅から3時間くらいの隣町で繰り広げられている、と感じさせる、そんな場面設定にあるんじゃないか、と思う。</p><p>これは作者の「才能」を超えた真の「魔法」としか言えないだろう。</p><p><br></p><p>ふう。熱く語ってしまった。なぜならば、昨晩、第8作目、</p><p style="text-align: center;"><b>「</b>Harry Potter and the Cursed Childー<b>ハリーポッターと呪いの子」</b></p><p style="text-align: left;">についに手を出してしまったからだ。日本では昨年末、発売されていたが、怖くて手を出せずにいた。</p><p style="text-align: left;">今までの作品と違って、第8作目は、舞台脚本の形をとっている。書籍の大半は登場人物たちのセリフで構成されている。J.K.ローリングの文章そのものに惹かれていた私は、ガッカリしてしまうんじゃないかって不安で、怖くて、なかなか手が出せずにいた。</p><p style="text-align: left;">とは言っても、気になってしょうがない。読まない、というわけにはいかなかった。</p><p style="text-align: left;">そんで、手を出してみた。結果、止まらなかった。</p><p style="text-align: left;">ハリーポッターの物語は、いつだっていい意味で私を裏切ってくれる。</p><p style="text-align: left;">そこに、「予想通り」は存在しない。</p><p style="text-align: left;"><br></p><p style="text-align: left;">やっぱり、ハリーポッターの世界は空想じゃなくって、存在すると思う。</p><p style="text-align: left;">実際に存在して、実際に起きていることじゃないと、こんなにも緻密な場面設定やストーリーは書けっこない。</p><p style="text-align: left;"><br></p><p style="text-align: left;">何が言いたいかって。長ったらしくなってしまったけど、ぜひ、皆さんにも読んでみてほしいってこと。そんで、ぜひとも熱く、語りましょう、ってこと。</p><p style="text-align: left;"><br></p><p style="text-align: left;">もう２２歳になってしまった。四葉のクローバーの幸せが、本当の幸せだってことも、知っている。でも、どこかでやっぱり、信じていたい。いつか魔法界からフクロウ便が届くんじゃないかって。</p><p style="text-align: left;"><br></p><p style="text-align: left;">究極のないものねだり、だ。それがこんなに私をワクワクさせてくれるなら、それでいい。</p><p style="text-align: left;"><br></p><p style="text-align: left;">ホグワーツに編入制度なんて、そんなもの、ないか。</p><p style="text-align: left;"><br></p><p style="text-align: center;"><b><br></b></p></div><br><div><span>via&nbsp;<a href="https://moomin5884.amebaownd.com">ナマケモノ日記</a></span><br><span>  Your own website,</span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a></span></div>
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<link>https://ameblo.jp/moomin5884/entry-12261910913.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Apr 2017 15:00:47 +0900</pubDate>
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<title>圧倒的！！！Girl's Power！！！</title>
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<![CDATA[ <div><p><b>日本人の女の子はよく、毎朝、鏡の前で髪の毛をくるくる巻いたり、つけまをつけたり、レストランでサラダをとりわけたり、毎日きちんとハンカチを持っていたり、</b></p><p><b>そういうことができる女の子に対して、“女子力”が高いって言いますね。</b></p><p><b>“女子力”って、英語に直すと“Girl's Power”でしょ。</b></p><p><b>でも、アメリカでは“Girl's Power”って、日本語の"女子力"とは全く別の意味で使われます。女性ならではの精神的なタフさ、強さ、自立する力、そしてそういう強さから生み出される本当の優しさのことを、"Girl's Power"っていうんです。</b></p><p><b>これからは"女子力"じゃなくって、"Girl's Power"の時代です。</b></p><p><b><br></b></p><p>高校時代のアメリカ人の英語の先生が授業中に話してくれたことだ。授業の内容は全く覚えていないのに、こういう雑談的な部分って妙に記憶に残るものである。そう考えると、高校の先生が生徒の人生にに与える影響ってものすごく大きいなあって思う。すごい仕事だ。</p><p><br></p><p>先日、Facebookを何気なく見ていた時に、友人がシェアしていたある記事を読んだ。</p><p>記事の題名は、</p><p><br></p><p><b>「女子力？何だそれ？」ケニアで奮闘する日本人女性獣医</b></p><p>朝日新聞デジタル（2017年3月8日）に掲載されている（詳しくは以下URL参照）。</p><p>http://www.asahi.com/articles/ASK356QG3K35ULBJ005.html</p><p><br></p><p>ざっと内容をまとめてみると、こんな感じ。</p><p>ことの発端は、"女子力"について朝日新聞デジタルが連載していた記事だった。</p><p>連載の初回の見出しは「宴会でサラダ取り分け上手な人？」というもので、読者に"女子力"という言葉をどんな文脈の中で使うのか、意見を求めるという内容だったらしい。</p><p>その記事を受け、ケニアの国立保護区で獣医師として働く日本人女性がこんな投稿をした。</p><p><br></p><p><b>こんなことを女のバロメーターにするなんて、日本男子、男子力なさすぎ。何もないへき地で１人で何でもできる私の方が１００倍、男子力あるぞ！と自信満々に言える。</b></p><p><b>　四駆のタイヤだって１人で替えられるぞ、電気配線だって直せるぞ、日曜大工も配管工事も下水処理も出来るぞ、家を土台から建てることも出来るぞ、〈中略〉</b></p><p><b>　だけど、こんな女子力はゼロだわ。はっきり言ってビールなんて自分でつぎなさい。サラダなんて自分で取り分けなさい。赤ちゃんじゃないんだから、そんなことは自分でやりなさい！</b></p><p><b><br></b></p><p>この記事を読んだ時、冒頭の高校の先生の話が蘇ってきたってわけだ。</p><p><br></p><p><br></p><p>出会った瞬間、独特の"オーラ"を放っている人が時々いる。</p><p>(こんなことを言うと、「その手」の力を持っているのかと誤解されそうだが、そういうことじゃない。私は占い師でもなんでもない。この“オーラ”の正体が何なのか自分でもよくわからなくって、言葉にできないから、“オーラ”っていう言葉を使っているだけ。)</p><p>たまーにそういう"オーラ"を放っている人に出会うと、</p><p>ビビッとくる。「私、この人のことが好きだ！！」と直感でそう思う。</p><p>こんな主観的な話をされても誰も理解できないと思うので、もう少し頑張って説明してみよう。</p><p><br></p><p>例えば、一番最近出会った"オーラ"をまとった女性は、その人が登場すると、文字通りその場の雰囲気が一瞬で明るくなる。その人が笑うとその場の空気が、揺れる。世界が、揺れる。グラグラって。だから、その人がいると、決して空気がよどまない。</p><p>また、そういう"オーラ"を放つ女性は、絶対に、何者にも媚びない。自分の感性や考えを一番大事にしている。</p><p>あと、みんな、センスがいい。自分が一番きれいに見える方法を熟知している感じがするし、持っている小物一つとってもその人らしさがにじみ出ている。。</p><p><br></p><p>もうお分かりかもしれないが、私が勝手に"オーラ"を感じ、一瞬で好きになってしまう人たちは、みんな女性だ。</p><p>強くて、自立していて、笑顔がまぶしくて、優しくて美しい。それがもう、オーラとしてにじみ出ちゃっている。</p><p><br></p><p>自分にはなくて、うまく言葉では表しきれない、そのまぶしい"オーラ"正体は何なのか、ということがずっとずっと、ずっと、気になっていた。</p><p>Facebookのあの記事を読んだとき、なんとなくその正体に気が付いた気がした。</p><p><br></p><p><b>そう、それこそGirl's Power、なんじゃないか。</b></p><p><b><br></b></p><p>私に足りなくて、あの、数人の"オーラ"を放つ女性たちが持っているもの、</p><p>それは、</p><p><br></p><p><b>圧倒的！！！Girl's Power！！！</b></p><p><br></p><p>な気がする。私が“オーラ”を感じる女性は、今までで出会ってきた人の中で、わずか数人だ。</p><p>みんな日本人だけど、日本人の中には滅多にいないということになる。</p><p>そして面白いことに、その数人の女性たちはみんな海外経験をお持ちだ。</p><p>日本にいては“女子力”で済まされてしまいがちな女性の在り方を、日本以外のどこかで“Girl's Power”の存在に気が付き、それを開花させてきたのだろうか。</p><p><br></p><p>どうしたら"Girl's Power"を身に着けることができるんだろうか。</p><p>高校の英語の先生は、そこまでは教えてくれなかった。たぶん言葉にするにはあまりにも難しい。</p><p>まだまだ"オーラ"の正体の謎は多い。</p><p>楽しみながら、身に着けていけたらいいなあ。</p><p>彼女たちともっと仲良くなって、その正体を引き出してみたいと思っている今日この頃である。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><b><br></b></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p></div><br><div><span>via&nbsp;<a href="https://moomin5884.amebaownd.com">ナマケモノ日記</a></span><br><span>  Your own website,</span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a></span></div>
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<link>https://ameblo.jp/moomin5884/entry-12261434081.html</link>
<pubDate>Fri, 31 Mar 2017 22:36:50 +0900</pubDate>
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<title>情報</title>
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<![CDATA[ <div><p><b>「情報」とは、「情けに報いる」ことである</b></p><p><b><br></b></p><p>大学でお世話になった大好きな指導教官が、卒業式の日に教えてくださった言葉だ。</p><p>衝撃を受けた。今まで何となく無機質に感じていた「情報」の2文字が、急に特別で、温かくて、とても愛おしい言葉に変身した。</p><p><br></p><p>調べてみると、どうやら「情報」とは森鴎外が「戦争論」を翻訳する時に作った言葉だという。</p><p><b>戦いを指揮する者は、最前線の兵士が何を経験し、何を見聞きし、何を欲しているのかまでを知る必要があり、またそれに応えてやらなければならない。</b></p><p>つまり、</p><p> </p><p> </p><p><b>命がけで戦っている大切な仲間にとって、何が一番助かる方法なのかを配慮し、知ろうとしなければならない。</b></p><p>ということらしい。</p><p><br></p><p>国語辞典には</p><p>「情」＝他人に対する思いやり　誠意　まごころ</p><p>「報いる」＝受けたことに対して、それに見合う行為を相手に行う</p><p>と書いてある。</p><p>「情けに報いる」とは他人の誠意に見合う行為を相手に返すこと、と自分なりに理解した。</p><p><br></p><p>相手のことを思いやり、相手が今欲しているものを知るために「情報収集」をするのである。</p><p>なんて日本人的な、美しく繊細な表現なんだろう。</p><p>表意文字である漢字を使える言語ならではの表現だ。「Information」の１語でこんな物語は語れない。</p><p><br></p><p>「情報を告げる」と書いて「報告」という。</p><p>私たちは毎日、「誰かに何かを伝え」ながら生活している。</p><p>「大学を卒業しました」といったすこし大きめなことから、コンビニの店員さんにおつりをもらうときの「ありがとう」といった小さな感謝の気持ちまで、日常の様々な場面で大小様々な「情報」を「報告」しながら生きている。</p><p>コンビニで店員さんからおつりを受け取る一瞬の間に、目をみて「ありがとう」が言えたなら、相手はものすごいHAPPYにはならないかもしれないけれど、受け取った１０００円札をレジに戻す単純作業が、その一瞬だけ、単純作業ではなくなるかもしれない。</p><p><br></p><p>何気ない事務連絡のような「報告」であっても、相手の気持ちを一瞬でも推し量れるような、そういう心の余裕がある人でありなさい、と先生は「情報」という２文字を通して伝えて下さった。</p><p><br></p><p>いつまでもその人の心の中で持ち運びができる言葉のプレゼントは、最高の贈り物だと思う。先生は私に、最高のプレゼントを贈ってくれた。</p><p><br></p><p>「情報」の２文字を見るたびに、この言葉が、いつも何かに追われていて余裕がなくなりがちな、せわしない私を立ち止まらせてくれるだろう。いつも人の気持ちを第一に考えてくださる先生の優しい微笑みとお茶目な目を思い出すことで、私も少し、他人に優しくしてみようと努力することができる気がする。</p><p><br></p><p>情報であふれかえる情報化社会の中で、このたった２文字が味方になったように感じられることは、私を少し強くしてくれた。</p><p><br></p><p>大好きな先生によい「報告」をし続けられるように、丁寧に、優しい気持ちで、明日も、明後日も、頑張ってみよう。</p><p><br></p><p>先生、ありがとう。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><b><br></b></p><p><br></p></div><br><div><span>via&nbsp;<a href="https://moomin5884.amebaownd.com">ナマケモノ日記</a></span><br><span>  Your own website,</span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a></span></div>
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<link>https://ameblo.jp/moomin5884/entry-12260265549.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Mar 2017 22:36:44 +0900</pubDate>
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<title>情報</title>
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<![CDATA[ <div><p><b>「情報」とは、「情けに報いる」ことである</b></p><p><b><br></b></p><p>大学でお世話になった大好きな指導教官が、卒業式の日に教えてくださった言葉だ。</p><p>衝撃を受けた。今まで何気なく使っていた「情報」の2文字が、急に特別で、とても愛おしく感じられる。</p><p><br></p><p>調べてみると、どうやら「情報」とは森鴎外が「戦争論」を翻訳する時に作った言葉だという。</p><p><b>戦いを指揮する者は、最前線の兵士が何を経験し、何を見聞きし、何を欲しているのかまでを知る必要があり、またそれに応えてやらなければならない。</b></p><p>つまり、</p><p> </p><p> </p><p><b>命がけで戦っている大切な仲間にとって、何が一番助かる方法なのかを配慮し、知ろうとしなければならない。</b></p><p>ということらしい。</p><p><br></p><p>国語辞典には</p><p>「情」＝他人に対する思いやり　誠意　まごころ</p><p>「報いる」＝受けたことに対して、それに見合う行為を相手に行う</p><p>と書いてある。</p><p>「情けに報いる」とは他人の誠意に見合う行為を相手に返すこと、と自分なりに理解した。</p><p><br></p><p>相手のことを思いやり、相手が今欲しているものを知るために「情報収集」をするのである。</p><p>なんて日本人的な、美しく繊細な表現なんだろう。</p><p>表意文字である漢字を使える言語ならではの表現だ。「Information」の１語でこんな物語は語れない。</p><p><br></p><p>「情報を告げる」と書いて「報告」という。</p><p>私たちは毎日、「誰かに何かを伝え」ながら生活している。</p><p>「大学を卒業しました」といったすこし大きめなことから、コンビニの店員さんにおつりをもらうときの「ありがとう」といった小さな感謝の気持ちまで、日常の様々な場面で大小様々な「情報」を「報告」しながら生きている。</p><p>コンビニで店員さんからおつりを受け取る一瞬の間に、目をみて「ありがとう」が言えたなら、相手はものすごいHAPPYにはならないかもしれないけれど、受け取った１０００円札をレジに戻す単純作業が、その一瞬だけ、単純作業ではなくなるかもしれない。</p><p><br></p><p>何気ない事務連絡のような「報告」であっても、相手の気持ちを一瞬でも推し量れるような、そういう心の余裕がある人でありなさい、と先生は「情報」という２文字を通して伝えて下さった。</p><p><br></p><p>いつまでもその人の心の中で持ち運びができる言葉のプレゼントは、最高の贈り物だと思う。先生は私に、最高のプレゼントを贈ってくれた。</p><p><br></p><p>「情報」の２文字を見るたびに、この言葉が、いつも何かに追われていて余裕がなくなりがちな、せわしない私を立ち止まらせてくれるだろう。いつも人の気持ちを第一に考えてくださる先生の優しい微笑みとお茶目な目を思い出すことで、私も少し、他人に優しくしてみようと努力することができる気がする。</p><p><br></p><p>情報であふれかえる情報化社会の中で、このたった２文字が味方になったように感じられることは、私を少し強くしてくれた。</p><p><br></p><p>大好きな先生によい「報告」をし続けられるように、丁寧に、優しい気持ちで、明日も、明後日も、頑張ってみよう。</p><p><br></p><p>先生、ありがとう。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><b><br></b></p><p><br></p></div><br><div><span>via&nbsp;<a href="https://moomin5884.amebaownd.com">ナマケモノ日記</a></span><br><span>  Your own website,</span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a></span></div>
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<pubDate>Mon, 27 Mar 2017 22:36:44 +0900</pubDate>
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<title>お好み焼き、麺ハーフでお願いします。</title>
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<![CDATA[ <div><div>今日、4年間の広島での生活が、終わった。</div><div><br></div><div>広島に来る前は、「広島焼き」なんて食べたことなかったのに、もう、あのソースの匂いが恋しくてたまらない。薄い生地の間に、野菜と麺が挟んであって、主に小麦粉でできている関西風とは違い、広島焼きは、麺とキャベツでできてている。</div><div><br></div><div>大学のすぐ近くの小さなお好み焼きやさんが大好きだった。無愛想で、ニコリともしないけど、本当はとっても優しい大将が焼いてくれるお好み焼きは、格別に美味しい。</div><div><br></div><div>そこで、大好きな親友と２人、閉店まで語り合う時間が、大好きだった。大声で笑い、真剣に悩み、勇気付けあって、褒めあって。</div><div><br></div><div>お好み焼き1枚と、サイドメニューを選んで半分こするのが私たちのお約束だった。</div><div>まあるいお好み焼きを、鉄板の上で半分に切ると、半月形のお好み焼きになる。だいたい、右側が自分の分。それだけで、何時間も喋り倒すんだから、かなり回転が悪かったと思う。</div><div>小さくて混み合う店内で、食べ終わってもなお話が止まらない私たちを、大将は決して追い出さなかった。それどころか、時々黙ってプリンを持って来てくれる。ニコリともせずに。大将の静かで少し不器用な優しさは、ホンモノだ。</div><div><br></div><div>広島での最後の夜。</div><div>親友とは、前日に「食べ収め」をしていたけど、最後はやっぱり大将のお好み焼きが良くて。</div><div>引越しのために広島にやって来た父さんにも大好きなお好み焼きを食べて欲しかったから、父さんと２人で行こうという話になった。</div><div><br></div><div>注文の時、いつもは親友と当たり前のようにお好み焼きのトッピングを何にするか、の相談から始まるのに、１人で決めなきゃいけなかった。</div><div>お好み焼きは、半分にする相手がいなかったから、</div><div><br></div><div><b>「麺は、ハーフでお願いします」</b></div><div>って注文しなきゃいけなかった。</div><div><br></div><div><b>まずい！！</b></div><div><b><br></b></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">と思った時にはもう時すでに遅し、だった。</span></div><div><br></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">大親友との「当たり前」が、もう「当たり前」ではなくなっていく実感が、もう、ここに２人で通い詰めて語り合う日常が消えてしまう実感が、急に湧いて来て、猛烈に寂しくなってしまったのだ。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></div><div>まあるいお好み焼きがでできて、<br></div><div>まあるい形のまま、食べようとした時、</div><div>とっても苦しくて、大好きなお好み焼きが、喉を通らなかった。</div><div>分量は、いつもと変わらないはずなのに、</div><div>いつもの2倍くらいある感じがした。</div><div><br></div><div>大好きな友達が近くにいて、当たり前に会えること。</div><div><br></div><div>特に約束してなくても、悩んだ時に急に誘える相手がいること。</div><div><br></div><div>お好み焼きを食べながら、グダグダ喋ったあとは、必ず元気になれること。</div><div><br></div><div>それをそぉーっと応援して見守ってくれる大将がいてくれること。</div><div><br></div><div>自分がどれだけ恵まれた時間を過ごしていたか、喉元をいつもの2倍速で落ちていくお好み焼きが、教えてくれた。</div><div>必死に涙をこらえながら食べるお好み焼きは、よく味がわからなかった。</div><div><br></div><div>帰り際、普段顔をあげない大将が、目を見て、はにかみながら、言ってくれた。</div><div><br></div><div><b>また、こいよ、ありがとう。</b></div><div><b><br></b></div><div>溢れる涙をこらえる事も出来なった。</div><div><br></div><div>4年間で食べたお好み焼きが、それを食べながら過ごした時間が、私の血となり、肉となっている。大将の優しさ、というトッピング付きで。</div><div><br></div><div>この事実があれば、私はまだまだ、頑張れる。</div><div><br></div><div>また、帰ってくるね。ありがとう、広島。</div></div><br><div><span>via&nbsp;<a href="https://moomin5884.amebaownd.com">ナマケモノ日記</a></span><br><span>  Your own website,</span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a></span></div>
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<pubDate>Fri, 24 Mar 2017 22:27:40 +0900</pubDate>
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<title>情熱大陸ごっこ</title>
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<![CDATA[ <div><p>先日のブログにも登場した仲良しAとの旅行先でのこと。</p><p>お手洗いでコンタクトを装着したかった。それだけだったのだが、いつものコンタクトセットが見つからない。お手洗いの前で小さなバッグをゴソゴソ。見つからない。荷物を置いてしゃがんでゴソゴソ。まだ見つからない。大きなカバンの方も空けてゴソゴソ。おお、こんなところに入っていた！！</p><p>そんな私の姿を見てAがボソッと一言。</p><p><br></p><p><b>まったく、あんたってスマートじゃないよね。</b></p><p class="">流石は7年も付き合っている友人だけあるなあ、ズバッと言い当てられて、腹が立つ、というよりもむしろ、私のことをよく知っているなあと感じられることがなんだか嬉しかった。</p><p class=""><br></p><p class=""><b>スマートじゃない。</b></p><p class="">この言葉は私の性格を見事に言い当てているなあと思った。小さな日常的な所作から「生きざま」というような大きなスケールに関することまで、私という人間はいつもジタバタしていてどんくさい。「計画性」や「効率のよさ」といった言葉の正反対を生きている。</p><p class=""><br></p><p class="">そんなことを考えていたら、高校の時、ある先生が授業中にこんなことを言っていたことを思い出した。<br></p><p class=""><br></p><p class=""><b>人生はなあ、うん・こん・どん！！だ。うん・こん・どんで生きていけ！！</b></p><p class=""><b><br></b></p><p class="">いつも面白いことを言おうとしてあんまりウケない、でも憎めないキャラでみんなから愛されている先生だ。高校教師を退職なさった今でも帰省のたびにお会いさせてもらっている。</p><p class="">この時もいつも通りクラスの中で、私と先ほどの友人Aがアホらしく「アハハ～」と笑っただけだった。だって声に出して読んでみてよ、分かりますよね、そんなくだらないことで笑うのなんて私と友人Aくらいしかいない。</p><p class="">その時は</p><p class=""><br></p><p class=""><b>先生、またこんなこと言ってるよ～</b></p><p class="">くらいにしか思わずに、軽くスルーしていたけれど、今思い返すとふざけていたようで深いことを言っていたなあと思う。</p><p class=""><br></p><p class=""><b>うん・こん・どん。</b></p><p class="">もう一度そう言った後で先生は黒板に大きく</p><p class=""><br></p><p class=""><b>運・根・鈍</b></p><p class="">と書いた。そして言った。</p><p class=""><b><br></b></p><p class=""><b>運と根気と鈍くささ、だ。これが大事。これを身に着けて生きなさい。</b></p><p class=""><br></p><p class="">運と根気はなんとなくわかる。だが、最後の鈍くささ、というのがどうも気にかかる。何を伝えたくて、先生は鈍くささ、などと言ったのか。果たして、あえて鈍くささなど、身につける必要はあるのか。</p><p class="">先生はそれ以上深い説明はしなかった。思いのほかウケなかったからかもしれない。</p><p class=""><br></p><p class="">情熱大陸やプロフェッショナル～仕事の流儀～などのドキュメンタリー番組を見るのが好きだ。登場人物たちはその業界の「プロ」たち。しかし、短いドキュメンタリーの中で必ずと言っていいほど壁にぶち当たっている姿が、そしてその困難や苦難と戦っている姿が映し出される。泥臭く戦っている姿が、輝いている。見終わった後、</p><p class=""><b>よし、私も頑張ろう！</b></p><p class="">と勝手に意味の分からない勇気と自信とやる気が満ち溢れてくるから（そういう「根拠のない」自信とかやる気はたいてい３日も持続しないのはわかっていても、）この手のドキュメンタリー番組は結構好きなんだけど、先生の言っていた「鈍くささ」もこれに似ているのかなあなんて考えたりする。</p><p class=""><br></p><p class="">泥臭く頑張っている人って応援したくなる。「なんでそんなに頑張るの？」って言いたくなるほど、なんど失敗してもめげずに、苦難を乗り越え、自分の命を燃やすように生きている人を私は、かっこいい、と思ってしまう。</p><p class="">一筋縄ではいかないこと、理不尽なことが世の中にはたくさんあるけど、そういうことをうまくかわしながらローコストで上手に生きるよりも、真正面から問題にぶち当たっていくような、そんな生き方がしてみたい。不器用だ、といわれるかもしれないけど、それでもいいんじゃないかな。</p><p class=""><br></p><p class="">私は失敗したときやうまくいかなくて落ち込んだ時、よく心の中で一人情熱大陸ごっこをしてしまう。</p><p class="">タララーッララーラララーララーララー🎵</p><p class="">あの音楽が頭の中に流れてきて、一人でナレーションをつけながら。</p><p class=""><br></p><p class="">情熱大陸の主人公たちは、は困難にぶち当たったとき、真正面から挑み、そして結果を出せる人たちだ。</p><p class=""><br></p><p class="">私の「結果に行きつかないオチのない情熱大陸ごっこ」はいつまで続くことだろう。</p><p class="">いつか、情熱大陸に出てみたい。そんなひそかな野望を持っている。</p><p class="">それまで、私のモットーは</p><p class=""><br></p><p class=""><b>うん・こん・どん！</b></p><p class="">先生、ありがとう。もうすぐ、大学を卒業します。</p><p class=""><br></p><p class=""><br></p><p class=""><b><br></b></p><p class=""><b><br></b></p></div><br><div><span>via&nbsp;<a href="https://moomin5884.amebaownd.com">ナマケモノ日記</a></span><br><span>  Your own website,</span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a></span></div>
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<pubDate>Tue, 21 Mar 2017 02:20:20 +0900</pubDate>
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<title>オンチの呪文</title>
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<![CDATA[ <div><p>東京では桜が咲いている。桜の花を見ると、思わず足が止まってしまうのは、日本人ならではだろうか。ヨーロッパ周遊中の友人がロンドンの桜の写真を送ってくれた。ビッグベンの下を颯爽と歩くロンドナーたちも桜の花に歩を緩めるのかな。そんなことを考えてしまう。</p><p>桜の季節は送別会や新歓の季節。飲み会が多い。基本的に人がワイワイ集まる場所も好きだし、「イケルクチ」とまではいかないけど、お酒も楽しめる。いい感じに酔いが回り、笑い上戸になった私はだいたい上機嫌で笑っている。</p><p>「あの一言」が出ない限り。私がただ一つ、内心ヒヤヒヤしながら恐れているその言葉、お分かりだろうか。</p><p><br></p><p>「カラオケに行こう」</p><p>この言葉が誰かの口から出るや否や私の酔いは一気にさめてしまう。いかに上手にその場の雰囲気を乱さずに立ち去るか、私の頭の中はもうそれでいっぱいだ。</p><p><br></p><p>小さい頃の嫌な記憶というのはいつまでも付きまとってくるものだ。</p><p>私はあの日、上機嫌だった。幼稚園から帰った私は大きな声で歌を歌っていた。とっても気持ちよく。突然、両親の笑い声が聞こえた、</p><p><br></p><p><b>「わっはっは、オンチだねぇ！！」</b></p><p>って。そんなに笑わなくてもいいじゃないかっていうくらいの爆笑！</p><p>どれだけ悲しかったことか！！！</p><p><br></p><p><b>ちちんぷいぷい、オンチ、オンチ、オンチ、オンチ！！！オンチ！</b></p><p>悪い呪文にかけられたかわいそうな少女はそれ以来人前で歌うことができなくなっちゃった、ってわけ。</p><p><br></p><p>めちゃくちゃ「気にしい」だったなあと思う。馬鹿だなあ、そんなことで、かわいいなあとすら思う。<br></p><p>今だったらどんな反応をするだろうか。</p><p>「そうそう、オンチだよ～♬ハハハ」とか言いながらちょっとくるった音程で大きな声で歌い続けられるのだろうか、とふと思った時、</p><p><br></p><p><b>もしかしたら今の私もできないかもしれない</b></p><p>と思う自分が嫌になった。</p><p>小さな、そして大した意味もない批判や悪口、もしくは他人からの何気ない言葉にいちいち傷つくなんてくだらないとわかっていながら、人の評価や反応が気になってしまう少女が、私の中にはまだ存在する。</p><p><br></p><p>「オンチの呪文」は親の悪気のない言葉だったかもしれないが、世の中には意地悪な人の意地悪な言葉も溢れている。そういう言葉は気にする必要なんてないと分かっていながら、それが自分の弱みを突くようなものだと、いつまでもウジウジしてしまうことがある。</p><p>気にする必要のない他人からの批判、意地悪、悪口を真に受けて落ち込むことは、「オンチの呪文」にかかってしまうことと同じだと思う。</p><p>そして、ひとたびその呪文にかかろうものなら、一生、歌は歌えない。</p><p><br></p><p>悲しいことに「オンチの呪文」は気を緩めればありとあらゆるところから飛んでくる。</p><p>この性質の悪い呪文に咄嗟に対抗できる魔法を身に着けておかないと。</p><p><br></p><p>どうすればいいのか。</p><p>まず、相手の術が「オンチの呪文なのかどうか」を見極める必要がある。</p><p>相手がなんの呪文を唱えたか理解できなかったら対抗しようがない。</p><p><br></p><p>他人からの忠告に耳を傾けることは時に大切だ。ただ、それを受け入れることが自分のためになるのか、ただの意味のない雑音程度の悪口なのかを自分の頭で判断することがとても重要だと思う。</p><p>そんなの簡単でしょ、と思われるかもしれないが、これが自分より立場や地位が上の人の、もっともらしい言葉だったりすると案外難しい。</p><p>世間には私の親の笑いなんかより、もっともっと邪悪な魔法が溢れている。</p><p><br></p><p>だけどもし、相手の言葉が「オンチの呪文」だと見分けることさえできれば、唱える呪文は決まっている。</p><p><br></p><p><b>Ridiculous！！（ばかばかしい！！！）</b></p><p>ハリーポッターの物語の中で、真似妖怪（自分が一番怖いと思っているものに変身して襲ってくる妖怪）を撃退するこの魔法の呪文は「オンチの呪文」にも劇的な効果がある。</p><p><br></p><p>小さな批判や悪口なんて笑い飛ばしてしまえる強さを持った人でありたい。<br></p><p><br></p><p>年末、久しぶりに実家に帰ったとき、紅白歌合戦を見ながらなんとなく鼻歌を歌ってみた。</p><p>親が何気なく言った。</p><p>「あれ、あんた歌うまいじゃん...」</p><p>そのあと私は15年ぶりに大きな声で歌を歌った。</p><p>なんて単純で、ちっちゃい人間だ、と自分で自分のことを笑いながら。</p><p>自分の中の、幼稚園児の少女はとっても嬉しそうだった。<br></p><p><br></p><p>まだ、自力で「オンチの呪文」に対抗することはやっぱり今の私にはできていないようだ。</p><p>Ridiculousの呪文にはまだまだ修行が必要だ。<br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p></div><br><div><span>via&nbsp;<a href="https://moomin5884.amebaownd.com">ナマケモノ日記</a></span><br><span>  Your own website,</span><br><span><a href="https://www.amebaownd.com">Ameba Ownd</a></span></div>
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<pubDate>Fri, 17 Mar 2017 02:43:42 +0900</pubDate>
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