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<title>杜江良のブログ</title>
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<title>ビカソ</title>
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<![CDATA[ <p>〇 ピカソ</p><p><br></p><p>創作過程以前旅行雑誌で「るるぶ」というのが出てずいぶんヒットしましたが、その折、恩師の演出家が、『俺は、「ぶるる」を考えている』という話しを聞きました。『遊ぶ、作る、考える』今でも心に刻んでいます。色々物を作っていると、もう仕上げに近いなと思う事がありますが、以前に見たピカソの創作過程の映像を見て、ショックを受けた事があり創作者として肝じていることがあります。ピカソは頭の中にあるイメージからデッサンを描き初めて、かいているうちに前のデッサンと全く違うイメージ、デッサンを重ね、前のイメージをどんどん消していって、当初の絵柄と全く違うものが出来ていきます。でも、仕上がったその画は彼の頭のなかにあった最初のイメージでした。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/morieryo/entry-12957792279.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Feb 2026 21:31:03 +0900</pubDate>
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<title>虎の尾を踏む</title>
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<![CDATA[ <p>今までのアメリカが関わった(介入も含めて)戦争、紛争と同じ轍を踏む(自ら地雷を踏む)ことになるかも知れないという反省は無いんでしょうね。情けないことです。</p>
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<pubDate>Sun, 22 Jun 2025 18:14:11 +0900</pubDate>
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<title>スマホ認知症</title>
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<![CDATA[ <p>最近、スマホ認知症についての報道や記事があるのですが私は、以前からスマホに頼り過ぎるとバカになる(創造力)が低下すると考えていました。情報を受け取る量は増えているのですが、考える能力が低下します(考えなくても良いと脳が判断して考えるサーキットが削除されていくのです(つまり、使わなくよい部分が削除されていくのです、問題はそれに気づかないことです。</p><p>ただ、スマホ認知症についての報道は不備があります。</p><p>根拠です。</p><p>『スマホを使い続けることによる脳の疲労』というのには原因としては希薄なコメントだと思います。</p><p><br></p>
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<pubDate>Thu, 19 Jun 2025 03:52:59 +0900</pubDate>
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<title>熟する鴇</title>
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<![CDATA[ <br><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120203/01/morieryo/cc/50/j/o0640064011771026212.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120203/01/morieryo/cc/50/j/o0640064011771026212.jpg" width="300" height="300"></a></div><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 01:04:00 +0900</pubDate>
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<title>鴇を待つ</title>
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<![CDATA[ 「熟する鴇」<br>冬のtomato<br>季節をとうにすぎたミニトマト。<br>夏に枯れそうになったが捨て置くに偲びず部屋にいれてやった。赤く成った、うっすらと色づいていた小さな玉が赤くなった…鴇（とき）を待っていたのか…<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Fri, 03 Feb 2012 00:42:00 +0900</pubDate>
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<title>年齢とは</title>
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<![CDATA[ 先日、『男の隠れ家』特別編集の雑誌「昭和怪物伝」を読んだ。日本の様々な分野の人々（政治、軍、学問、文化、経済）をピックアップしてなかなか良い企画だ。<br><br>彼らの生き方に共通した気概のようなものがあるように思う。<br><br><br>サミュエル・ウルマン<br><br>年を重ねただけでは人は老いない<br>理想を失うときにはじめて老いがくる<br>…人は信念とともに若く、疑惑とともに老いる<br>人は…希望あるかぎり若く、失望とともに老い朽ちる<br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/morieryo/entry-11083910187.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Nov 2011 12:34:00 +0900</pubDate>
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<title>科学の不思議</title>
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<![CDATA[ ジャン・アンリ・ファーブルの「科学の不思議」を読み終えた。僕は’こころ座‘で、役者として何年も「昆虫記」のファーブルの役をやってきたが、ファーブルの「昆虫記」以外、の本を読んだのは初めてだ。迂闊だったと思う。この本は伊藤野枝の全集に載っているらしいが、今回電子書籍で読むことができた。「昆虫記」は確か全10巻で、何回も出版されているし、訳者は色々でそのいくつかは読んだ。中でも埼玉大学の奥本大三郎氏。亦僕の尊敬する画家の安野光雅さんの絵など～全集の初版は様々な人が訳している。その第一巻目は大杉 栄だ。僕は数十年前に馬場で初版本10巻を見つけて買ったことがある。その時は、僕の恩師でもある演出家に請われて譲った。大杉 栄は何度も入獄し、その中でファーブルの「昆虫記」を訳している。大杉 栄は獄に入る度に様々な語学を身につけると言っていたらしいが、その通り、数か国語をものにした。しかし彼が何故ファーブルの「昆虫記」に興味を持ち、訳そうと思ったのか、分からなかった。伊藤野枝は、関東大震災の折りに大杉 栄と息子と共に虐殺されている。指示をしたのは甘粕大尉だと言うが、真相は明らかにされていない。<br>僕は随分前、偶然、大杉 栄、伊藤野枝、その息子の<br>検死書の写しを古本屋で見つけたが、辛くて読めなかった。しかし今、伊藤野枝の「科学の不思議」を読み終えて、頭をひとつ、ガンと殴られた想いだ。ファーブルはフランスの勲章レジオン・ド・ヌールをもらっているが、彼は他の昆虫学者と違い“標本”ではなく、“生きている”虫を観察した。『物事には理由がある』ということを僕の生き方、物の考え方の芯にしてきたつもりだが、知らないことだらけだ。<br>レイチェル・カーソンが「センス・オブ・ワンダー」の中で伝えたかったことと繋がっていると思う。<br>是非ともファーブルの「科学の不思議」読んでもらいたいと思う。大人も子どもも。<br>              <br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Thu, 03 Nov 2011 21:46:00 +0900</pubDate>
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<title>黒姫物語</title>
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<![CDATA[ 先日、山ノ内町の渋温泉で毎年恒例の組曲「黒姫物語」コンサートの語りをやって来た。<br>初演は12年前になるだろうか、信州中野の市民会館が満席になった。当時飯能に居られた田中 ゆきひとさん、野田 純子さんに信州中野に黒姫伝説があるので組曲として物語を造りたいとの話があり、語りは「日本むかし話」の常田富士男さんがやるということで私が脚本を書いた。初演以後は私が語りをやっているが、以来12年も続くことになろうとは想像できなかった。偏に田中さんの力によると思う。<br> 初演の後に様々な所で上演してきたが、山ノ内町でやることになった時に語りの冒頭に大沼池の主（黒龍）の独白ともいうべきものを付け加えた。この間の災害（震災、津波、原発事故）を思うと、予言の様になった。その事はー書いた時に思いを馳せたことが現実に起こってしまったことに、嗚呼と心の内で声をあげてしまう。<br><br>冒頭の部分だけ引用する。<br><br>  「黒姫物語」<br><br>                            作  杜江 良<br><br>プロローグ（M0ｰプロローグ、入って）<br><br>「語り　志賀の奥深くに棲まいする黒龍は、大沼池の水をゆっくりと持ち上げて、高原一体を流れる、緑を含んだ、やわらかな匂いを運ぶ風を感じていた。<br>　空はどこまても高く、深い広がりをもって、その碧（あお）を溶かしてゆく。<br>　たゆとう限りなき時の流れの中で、黒龍は、己の眼（まなこ）が森羅万象、あらゆるものを見据えてきたことを想っていた。<br><br>黒龍　『幾百、幾千の時節が巡ろうと、変わらぬものがあり、亦、うつろい易いものもある。変わるものと、変わらぬものの間を行き来して、おれは気まぐれに、人里に降りて、それを弄（もてあそ）ぶこともあった。<br>　人は恐れに因（よ）って、己の世界を成立（な）らせてきた。<br>　だが、時にはそれを忘れ、驕（おご）り高ぶることもある。それも亦面白い…<br>　久しく出ぬ、人里を見るも、亦、良いか…<br>　何やら、遠く誘う音（ね）も聞こえてくるわ。』<br><br>ー昔話ではないのだと思うー<br><br>少し長くなるかもしれないが、池袋の芸術劇場で「黒姫ー］を上演したあとに、田中さんから『北信ローカル』に記事を書いてくれと言われ書いた記事がある。これが、今も変わらぬ私の立ち方です。<br><br>2001年1月1日（月曜日）<br><br>北信ローカルの記事より<br><br>『今回の芸術劇場での公演で私が心掛けたことは、信州中野に伝わる伝説をどうオリジナリティを持った作品にするかということです。私は俳優として全国を巡ってきて、また多くの書物を通して様々な伝説や昔話に出合いました。もちろん各地のそれぞれのお話にはそれらが生まれる根拠があるのですが、登場する人、事物、そして現象こそ違え、ある種の共通点があることに気づきます。民族学者たちはそれを型として分類してきました。おおざっぱに言い換えれば、似通った話が各地にたくさんあるということです。そして物語は“形”が一人歩きをして、祭りとなり、行事として定着してきました。果たして物語はその中でしか生きられないのでしょうか。土地の風土、生活社会構造が変わって、伝説は消え去ったり、忘れ去られたりすることが確かにあるかも知れません。しかし、その物語の中に生きている人間たちに光をあててやれば、現代に生きている私たちとまた共有出来るものを見出だすことが出きるはずです。そしてその時に現代人の私たちが語り継ぐ、新たな黒姫伝説が生まれてくることと思います。<br>田中 ゆきひとさん、野田 純子さん、そして私たちの“<br>企み”は今回の芸術劇場公演の成果でその手応えを感じました。さらにこれを膨らませてオリジナルな「黒姫物語」を想像出来たらと思います。』<br><br><br>杜江　良<br><br>まだ々、<br>やるべきことがあるように思います。<br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/morieryo/entry-11001814877.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Aug 2011 23:29:00 +0900</pubDate>
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<title>ゆらぎ</title>
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<![CDATA[ <br>“ゆらぎ”<br><br><br>何かが揺らいでいる<br><br>船酔いのように<br><br>初めて波にうむ言をわせぬうねりを“感じた”時のように<br><br><br>揺らいでいる<br><br>波を波としてーどれ程の大波であろうとー<br><br>感ずることが出来たとき<br><br>船酔いのあの苦しみから解かれる<br><br><br>その時、男は漁師になる<br><br>漁師は<br><br>舳先を波に向けることがどんな大波をも乗りきることを知っている<br><br><br>ryo <br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/morieryo/entry-10995603260.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Aug 2011 22:50:00 +0900</pubDate>
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<title>隠岐の島</title>
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<![CDATA[ 隠岐の島<br><br>われこそは新島守よ <br>隠岐の海の<br>あらき波風  心して吹け<br><br><br>隠岐の島に行った。<br>島根の安来に育ち、松江で高校時代を過ごし、芝居の道に入ったが、隠岐の島にいく機会がなかった。<br>否、行かなかった。<br>だから、七類の港から船で隠岐にわたる時には色々な思いが胸に迫ってきた。<br><br>人は物事に影響を受けたりはするが、実は風景にこそ感じかたを左右されるとさえ思うことがある。<br><br>風景は確かなものとしてそこにある。<br><br>左右されるのは人間である。<br><br>後鳥羽上皇の覚悟に思いをはせる。<br><br><br>文覚上人の墓があるというのは知らなかった。<br>残念ながらその事は詳しく知ることが出来なかった。<br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/morieryo/entry-10958902080.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Jul 2011 22:40:00 +0900</pubDate>
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