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<title>moriyaminoruのブログ</title>
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<title>【小学校英語あれこれ】外国語教育と多様性の理解</title>
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<![CDATA[ <p>特に小学校段階での外国語(英語)教育において、目指すべきものは何でしょうか？</p><p>以前も少し書きましたが、多様性の理解(global 教育という側面もあって良いかとは思いますが、個人的には、もっともっと身近な“多様性”への理解を通して、お隣のクラスメート含めた他人への配慮や思いやりを育むこと)の一助とするのが良いのではないかと思っています。</p><p><br></p><p>例えば、3年生では “I like blue.”という単元で、自分の好きな色を言い合ったり、4年生では“What～do you like?”と、お互い好きなもの(食べ物、果物、スポーツ、色など)を聞き合う単元があります。</p><p>因みに、私は、どんな単元・活動であっても、できるだけ authentic / real な会話を重視していて、私自身も、基本的に本当に好きなものを言うようにしています。</p><p><br></p><p>ある時、ある子供に“肌色って英語で何て言うの？”と聞かれたので、What do you think? (どう思う)と聞き返しましたが、さすがになかなか答えは出てきません。</p><p>ある担任の先生は skin color ですか？とおっしゃり、“じゃあ、肌は英語で何て言うの？”と聞いてきた子供には、肌 is “skin” と教えてあげました。</p><p>皆さんは、肌色を英語で何と言うかご存知ですか？</p><p>ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、肌色という英語は無いというのが正解です。</p><p>世界中の人達の肌の色は、本当に千差万別なので、そもそも１つの色で言い表せる筈が無いんですね。</p><p>日本人は単一民族に近いので、“肌色”と言えば、おおよそこんな色との共通理解があるかも知れませんが、これは、世界中では必ずしも一般的ではないと思います。</p><p>これも因みに、以前は、色鉛筆などに“はだ色”という色がありましたが、ここ 10年以上(？)“はだ色”と表記しているものは、恐らく無いと思います。</p><p>機会があれば、実際に確認してみて下さい。</p><p><br></p><p>上記は、多様性を理解・認識することのほんの一例ですが、外国語を学ぶことは、そのための格好の機会だと思っています。</p><p>多様性にも色々ありますが、例えば gender, 障害の有無, 人種・国籍, 信条・宗教, 食生活などなど、学ぶべきテーマには事欠きません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/moriyaminoru/entry-12749253938.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Jun 2022 11:19:57 +0900</pubDate>
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<title>小学校英語あれこれ:小学校の先生の英語力(私見です)</title>
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<![CDATA[ <p>去年だったか、あるオンラインセミナーで、外国語教育が専門のとある大学教授の先生に、小学校で外国語(英語)を教える先生方の英語力についてお聞きしたところ、“少なくとも英検3級くらいのレベルは欲しい”とおっしゃっていました。</p><p><br></p><p>確かに、英語力が高いに越したことはないようにも思いますが、この2年ほど(今 3年目です)、3年生～6年生の担任の先生方都合 23名(23クラス)と、お一人の英語専科の先生(5・6年生の都合 8クラス担当)とご一緒させて頂いての全くの私見ですが、小学校段階での英語指導には、英検3級はもとより、それほど高い英語力は必要ないように感じています。</p><p><br></p><p>私は、33年ほどサラリーマンをやり、2年前に初めて小学校の現場に入り、主に担任の先生方のサポートをさせてもらうようになって色々と発見した事があります。</p><p>その中でも最も印象的なのは、先生方は、教えることは勿論、子供達の心を掴んだり、興味・関心を惹いたりするのがとてもお上手だという事です。</p><p>当たり前と言えば当たり前かも知れませんが、これは正直、なかなか新鮮な驚きでもありました。</p><p><br></p><p>特に、担任の先生方は、クラスの子供達と接する時間が圧倒的に長いので、英語の授業の時間だけでも、それぞれの先生がどんなスタイルなりお考えで学級経営をされているのかが垣間見えます。</p><p><br></p><p>例えば、教える(先生が子供達に知識を与える)ことに重きをおかれる先生、逆に、あえてあまり答えを提示せずに、極力子供達に考えさせる先生も。</p><p>私は、小学校内では、(日本語は分かるが)“英語しかしゃべらないキャラ”で通すように言われているのですが、例えば、教える事を重視される(かつ、英語がお得意な)先生の中には、私が話した英語を、片っ端から日本語に訳して子供達に伝えて下さる方もいらっしゃいます。🤣</p><p>一方、子供達が、できるだけ私と英語で会話する機会を提供して下さる先生、或いは、子供達同士で議論・相談・意見交換したりすることに時間を割かれる先生など、様々なスタイルがありますが、総じて言えば、少なくとも、子供達の学びの様子を見ている限り、先生方の英語力は授業の質とはそれほど相関していないような気がしています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/moriyaminoru/entry-12748620375.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Jun 2022 19:02:17 +0900</pubDate>
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<title>小学校英語あれこれ②:何で英語を勉強するの？</title>
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<![CDATA[ 何で、学校で(しかも、小学校段階から)英語を勉強するのか？という疑問は、恐らく、多くの子供達が抱いていることでしょう。<br>先生によって、子供達に色んな説明をされていますが、私自身の考えを少し。<br><br>特に、今時点で小学生の子供達が大人になる頃の社会を想像すると、どんな仕事に就くにしても、所謂“英語力”(語学力)があることの実質的なメリットは、正直あまり無いのではないかと思っています。<br>と言うのも、現時点でも、かなり精度の高い自動翻訳機能を、しかもほとんど無料で利用できるので、20年～30年後の世界では、英語を含めた外国語を話すことができるということは、付加価値の高い技能とはみなされない可能性が高いのではないかと思っています。<br><br>では、何故外国語を勉強するのか？<br>私は、日々接している小学生の子供達には、語学としての英語(外国語)の能力を一生懸命磨くよりも、外国語の勉強を通して(外国語の勉強だけに限らないのですが)、世界には本当に多様な人達が暮らしていること、それぞれに文化的・歴史的・宗教的な背景や価値観を持って生活していることを知り、相手の立場に立って彼らを理解・尊重するマインドを持ち、かつ、自分自身の信条なり考えや価値観を堂々と伝えることができるコミュニケーション能力を養い、ダイバーシティを尊重する世界市民となるための一助とすることを目的とすべきだと思っています。<br><br>改めて、こうして文章化すると、何か凄いことのように聞こえるかも知れませんが、私は、これはとても普通で真っ当な考え方だと思っています。😊
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<link>https://ameblo.jp/moriyaminoru/entry-12748322813.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Jun 2022 00:47:36 +0900</pubDate>
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<title>小学校外国語(英語)あれこれ:間違い奨励</title>
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<![CDATA[ <i><p>2020年6月から、複数の公立小学校で、3年生～6年生の担任の先生をサポートする“外国語指導アシスタント”(有償ボランティア)を始めたので、小学校の現場で日々感じることを書いて行こうと思います。</p><p>初回は“間違い奨励”について。</p><p><br></p><p>ご存知の方も多いかと思いますが、小学校の先生の多く(ほとんど？)は、間違いを恐れずに発言することを奨励されます。</p><p>“教室は間違えるところ”というスローガンみたいなものが、教室の前の子供達皆が見える所に張ってある教室もあるくらいです。</p><p>一般の公立小学校では、3年生から外国語(英語)活動を始めるので、間違いを恐れない姿勢は特に重要だと個人的にも思っています。</p><p><br></p><p>しかし、口先だけでそう言っても、子供達の多くは、自分の答えに自信が無いと、積極的に手を上げて発言することはなかなかしてくれません。</p><p><br></p><p>去年ご一緒させて頂いた、5年生の担任の A 先生は、正直英語はあまりお得意ではない感じでしたが、子供達の潜在能力を引き出す達人で、安易に答えを提供したりはせず、子供達によくよく考え悩ませます。</p><p>個人で考えさせることもあれば、周りの子と議論や相談させることも。</p><p>他の教科の授業の様子を拝見したことはないですが、教科に関わらず、素晴らしい授業をされているであろうことは容易に想像できました。</p><p><br></p><p>A 先生の、もう１つ素晴らしいところ。</p><p>特に5・6年生くらいになると、塾や英会話教室などで英語を勉強していて、先生よりも英語力の高い子が、クラスに1人2人居たりすることもあります。</p><p>中には、先生が黒板に板書した英語の間違いを指摘する子もいます。</p><p>プライドの高い先生の中には、かなりあからさまにムッとされる先生も...。</p><p>しかし A 先生は違います。</p><p>子供が先生の間違いを指摘すると、まず “Oh thank you, thank you!” みたいな感じで、ニコニコしながら子供にお礼を言って、指摘してくれなかった間違えたまま授業を進めてしまうところだったから、先生もありがたいし、他のクラスメートにとってもプラスだったと言ったり、先生だって間違えるんだから(A 先生は、普段からご自身は英語は苦手だから、皆と一緒に勉強しているんだとおっしゃっており、因みに、授業は正直かなり broken の片言ではあっても、なるべく英語で進められていました)、皆も間違いを恐れずドンドン発言したり質問して良いんだよという一言を付け加えていました。</p><p><br></p><p>口先だけの間違い奨励は、子供達に見透かされます。</p><p>一方、A 先生のように振る舞うことは、簡単なようでなかなか難しいんですよね。</p><p><br></p><p>Max 守屋</p></i>
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<link>https://ameblo.jp/moriyaminoru/entry-12748037812.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Jun 2022 13:54:51 +0900</pubDate>
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