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<title>モルモン二世のブログ</title>
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<description>教会初期の歴史とどう向き合うか</description>
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<title>モルモンのメリット</title>
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<![CDATA[ <p>モルモンに所属する事のメリットとして一番大きいのは、普通ではありえないような人間関係が作れる事かなと思う。</p><p>ビジネスで成功している人も多かったりするからね。なにせ、十分の一を平気で支払えるくらいなのだから。</p><p>意外に仕事で使える原則を学べたりするし、アメリカ流の議論の進め方やリーダーシップも学べたりする。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、普通に信仰生活をしているだけではそれ以上に失うものも多い。</p><p>十分の一に伝道資金、伝道の２年間（１年半）という時間、神殿参入にかかる費用と時間とかは結構大きいところかな。</p><p>神様からの直接の教えでもない限り、とうてい出来ない事ばかりだと思う。</p><p>そして、ネットとかで教会で教えられてこなかった歴史的な事実を知って、失望するみたいなとこまでがセットになってくるかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、モルモンに関わる上で必ず知らないといけない事は、ジョセフ・スミスは神様の預言者ではなかった事。</p><p>つまり、現在の末日聖徒イエス・キリスト教会にも預言者はおらず、全ての教えや戒めは、教会の中の誰かが考えて作った事で、それを受け入れるかどうかは自分次第って事。</p><p>&nbsp;</p><p>その事を前提として、どのようにすればモルモンに関わりながらメリットを得られるか考えてみたけど、まずは所属ワードは東京の大きいところかユタのプロボとかかなと思う。人格的やビジネス面とかで学べる人が多いのがそこら辺に固まっている気がするので。</p><p>ネットでだいぶ教会の裏面が暴かれてきているので、今後日本の教会に残る人って、別にこのコミュニティが心地いいので十分の一払ってでも参加したいから構わないよっていうお金も心も余裕があります層か、思考停止して自分の頭で考えられない層か、社会に居場所がないから教会が唯一の居場所ですっていう層になると思うんだよね。ユタはもう文化として根付いているので、また別だと思うけど。</p><p>で、日本に帰ってから２つのワードしか行ってないけど、余裕層はいるはいるけど少なくて、圧倒的に思考停止層と社会に居場所がない層が多いんだよね。この２つの層には話してて楽しい人と楽しくない人がいて、話してて楽しくない人ってのは、性格が悪くて嫌われてて社会に居場所がなくて、思考停止で教会の言う事にとにかく従ってきた事で無駄にプライドが高くて、平気で人を傷つけるような人の事で、まあようするにバカって事なんだけど。</p><p>このバカが与えてくるストレスがすごいので、とにかくバカがいるワードは絶対に避けないといけない。となると、プロボや東京とかかなと思う。東京は行った事ないけど、プロボはバカが本当に少なかったので、日本とのギャップに驚いた。プロボはBYUがあるので、そもそもバカは留学できないって事かもしれないけど。</p><p>&nbsp;</p><p>伝道は、もし海外生活をしたいって事なら行ってもいいと思うけど。語学も学べるし。普通に留学しても、生活先にもし日本人がいたら甘えてしまって、結局なにも学びませんでしたって事になるかもしれないし、いつも同僚といないといけないっていう強い縛りの中で生活するのはいいかなと。普通に２年間（１年半）生活するよりも安く済むと思うし。英語話せますって嘘ついておけば海外にいく可能性高くなると思うし、MTCで英語話せないのバレても、普通に2ヶ月語学を勉強しましょうコースに行かされるだけで赴任先を変えられるって事はないので。もし日本に赴任になったら、お断りして教会ごとバックレてしまったらいいのかな。多分、どんな理由をでっちあげても伝道先が決まってから伝道をお断るすると確実に教会での居心地は悪くなるので、教会ごとさようならした方がいいかもと。教会を離れて特に失うものはないけど、日本に伝道する事はメリットが無い上に、失うものが大きすぎる。単純に２年間（１年半）失うだけだからね。</p><p>&nbsp;</p><p>伝道するメリットとして、帰還宣教師になるって事があるかもしれないけど、帰還宣教師に特にメリットはないと僕は考えている。</p><p>というのも、そもそも前提としてモルモンにコスパよく関わりたいのであれば、ある程度の期間までと決める必要があると思っているからだ。</p><p>モルモンに関わる上で避けられないのが、十分の一の問題だ。十分の一は絶対に支払ってはいけない。デメリットでしかない。</p><p>学生のときや、新社会人としてならなんとか払わなくてもいけるかもしれないけど、生涯モルモンに通いながら十分の一を払わないでいたら、確実にどこかのタイミングで十分の一についてビショップなりに諭される時がきて、居心地が悪くなっていくと思う。そもそも、モルモンでメリットを得られるのって人格を形成する18～25くらいまでじゃないだろうか。30になる頃には、よっぽど素晴らしい人間関係を築いていて、十分の一を払っていてもそれ以上のメリットがあると感じない限りはもうモルモンに所属するメリットってないと思う。で、帰還宣教師の話に戻るけど、帰還宣教師のメリットって多分結婚が有利になるくらいだと思う。（男性の話で、女性にとっての帰還宣教師のメリットは全く無いと思う）で、30歳までにはモルモンを離れるとしたらそもそもモルモンの人と結婚したいのかって話になる。教会を離れる時に、必ず揉める事になるからね。</p><p>&nbsp;</p><p>まとめると、モルモンに所属する事でメリットを得られる状況を作るには</p><p>①　ワードは東京かプロボ</p><p>②　伝道は行かない。行きたいなら、海外。</p><p>③　十分の一、断食献金は一切払わない。</p><p>④　30歳までには離れる。</p><p>&nbsp;</p><p>ってとこかな。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12699631509.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Sep 2021 10:59:53 +0900</pubDate>
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<title>そういえばモルモンだった時もあったか</title>
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<![CDATA[ <p>日曜日には家族で遊園地へ行き、夏のジメジメした夜にはビールで一杯やる。</p><p>そういえば、モルモンだった時もあったか。</p><p>&nbsp;</p><p>このブログを始めたのが２年くらい前だ。</p><p>あの時は、本当によく悩んでいたなと思う。</p><p>本当にくだらない事で悩んでいたなと。</p><p>&nbsp;</p><p>宗教の創始者が神の名を語って、酒池肉林をしていた。</p><p>ただそれだけの、ごくありふれたような事にずいぶんと振り回されていた。</p><p>&nbsp;</p><p>子どもたちも、もう教会に行っていない。</p><p>おじいちゃんちでご飯を食べる時があるが、そのためかお祈りをしたり賛美歌を歌う時がある。</p><p>子供は純粋だ。疑う事なく信じる。それは、信頼してくれているからだろう。</p><p>大人が言う事は、間違いなく自分たちのために言ってくれていると。</p><p>そう考えると、やはり教会は残酷だと思う。</p><p>彼らはジョセフ・スミスが預言者でなかった事も知っているし、この教会に預言者がいない事も知っている。</p><p>それでも十分の一も含め、神様の教えだと嘘をついている。</p><p>どれだけ良いプログラムがあっても、子どもたちのまっすぐな信頼を最初から裏切ってしまっているので台無しだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>誰かが、この教会の始まりの物語に変更を加える必要があると言っていた。</p><p>一人に一台、スマホからネットにつながる時代に隠し事は無理だ。</p><p>いつかはバレる事だ。僕にバレたように。</p><p>&nbsp;</p><p>宗教団体が、都合の悪い部分を隠し続けてきた。それが、ネットによってバレ始めてきた。</p><p>嘘がバレて、教団の人間が離れていった。</p><p>ただそれだけの事だ。</p><p>あんなに悩んでいた事は、本当にただそれだけの事だったんだなあ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12620549482.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Aug 2020 03:05:29 +0900</pubDate>
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<title>カートランドとノーブーにおける多妻結婚</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://www.churchofjesuschrist.org/topics/plural-marriage-in-kirtland-and-nauvoo?lang=jpn&amp;_r=1">https://www.churchofjesuschrist.org/topics/plural-marriage-in-kirtland-and-nauvoo?lang=jpn&amp;_r=1</a></p><p>&nbsp;</p><p>いや、これ改めて読んだけどすごいな。</p><p>よく教会はこれを公式に発表したな。</p><p>分かりづらくしてるけど、要は</p><p>&nbsp;</p><p>・ジョセフは最低でも30-40人の妻がいた。</p><p>・何人かの妻との間には性的な関係も伴っていた.。</p><p>・多妻婚を実施した妻の中には既婚者もいた。</p><p>・エマは夫の多妻婚の実施状況を全て知らされているわけではなかった。</p><p>・エマは多妻婚について非難をした。</p><p>・多妻婚は妻の承認を得ないといけないが、妻から承認を得られなかった場合はこっそり行ってもよいとされた。</p><p>・初期の多妻結婚の実施について多くの詳細な事柄は分かっていません。（原文ママ）←いや、預言者を通して神様が教えてくれんの？</p><p>・教会が公に多妻婚を発表するまでは、多妻婚実施者はこっそりやるように言われていた。</p><p>・ジョセフは、多妻婚をしないと殺すと剣をもった天使に三回脅された。</p><p>・教会はジョセフが多妻婚をしていたのに、一夫一妻以外の結婚はしてないと声明をだしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>いや、無理だろ。ほんと、よくこんなの恥ずかしげもなく言えるな。</p><p>そして、それについての教会の解釈は</p><p>&nbsp;</p><p>「多妻結婚のような物議をかもしかねない原則を導入する際の難しさは，筆舌に尽くしがたいものです。 この原則が真実であるという霊的な証を得て，ジョセフ・スミスとその他の末日聖徒はそれを受け入れました。 それは困難でしたが，ノーブーにおける多妻結婚の導入が，実際に神のために「子孫を起こした」のです。 今日の会員の相当数が，多妻結婚を実施した忠実な末日聖徒の子孫なのです。」</p><p>&nbsp;</p><p>つまり</p><p>・多妻婚したから、モルモンの子孫をたくさん残せたよ。</p><p>&nbsp;</p><p>いやいや。既婚者に手を出してる時点でそれは通じないっす。</p><p>てか、多妻婚なんてせずに真面目にやってたらいじめられる事もなく、子孫も増えていったんじゃないですかね。</p><p>それで、とても繊細な内容なのに、当時の記録はあんま無いからよくわかりませんってそれはないだろ。</p><p>預言者を通して、啓示が与えられるんじゃないの？</p><p>昔の人がやってた事だから、よく分からんのですわ。ってそりゃ一般には通じるけど、昔も今も同じ神様が与えてた啓示なんだよね？</p><p>&nbsp;</p><p>これがもし神様が与えた啓示だとしたら、それは僕の知っている神様ではないわ。</p><p>エマを裏切って、「黙ってればオッケー」とか言っちゃう神様とか、モルモンの神はどんなんやねん！</p><p>そして、これを当時の聖徒の試練と信仰と発表しちゃう教会は本当に気持ち悪い。</p><p>&nbsp;</p><p>モルモンの人には申し訳ないけど、よくこんな宗教信じれるなと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12478658991.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Jun 2019 00:36:19 +0900</pubDate>
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<title>モルモンを離れてみて</title>
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<![CDATA[ <p>集会に集わなくなってから、そろそろ１年が経とうとしている。</p><p>モルモンを離れてみて感じた事。それは、モルモンを離れても何も問題がないという事だ。</p><p>ただし、その経験が全くの無駄だったかというとそうではないと思う。</p><p>伝道やユタでのYSAの責任は、アメリカ流のリーダーシップを仕込んでくれて仕事に大変役にたっている。</p><p>英語を話せるようになった事もそうだ。</p><p>何よりも、妻に出会えた事が大きい。今の妻と結婚できた事は、僕にとっても子どもたちにとっても僕の人生で一番のファインプレーだったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>しかしながら、今後も続けていく必要があるかと言われれば答えはノーだ。</p><p>教会に行く事のメリットとして考えられるのは、自律的な人間性を養う事とコミュニティーへの参加だ。</p><p>自律的な人間性を養う事については、多感な青年期に恩恵を大きく受けたように思う。</p><p>しかしながら、いつまでも教会の教えに従っていればよいというところからは卒業して、自分でよく考えて選んでいくというステージに移行する必要性というのは、誰にとっても当てはまる事だと思う。</p><p>コミュニティーへの参加については、特に老後になって退職してからは必要になると思う。</p><p>実際、少子高齢化問題と、これからどんどん問題が出てくるであろう格差が広がる社会においては孤独というものが大きな社会問題になってくると思う。</p><p>しかし、日本の教会がそのコミュニティー作りに力を入れているとは思えない。むしろ、協調できないのであれば排除するような器の小ささを感じる場面もある。</p><p>もちろん、時代が令和に移った今はそのような問題は解消されていくのかもしれない。</p><p>しかしながら、そのコミュニティーに参加するのに年収の10分の１を支払うというのは我が家の経済状況から考えると高額すぎるように思える。</p><p>&nbsp;</p><p>兎にも角にも、一番の問題点は会員に一律10分の１を求める事だろう。</p><p>家族によって経済状況というのは異なるものだ。</p><p>この10分の１のお金で、子どもたちを乗せて走る事ができる自転車を買えば子どもたちにもっとたくさんの経験をさせてあげれるのにと悩んだ事もあった。</p><p>お金に執着するなという考え方はモルモンだけにとどまらず、多くの宗教団体に見られる。</p><p>まるでお金を欲望の象徴のようにみなしてしまうところが多い。</p><p>もちろん、浪費するだけの使い方を肯定するつもりはない。</p><p>しかし、賢く使えばより豊かな経験をもたらしてくれる。</p><p>お金を多くもつという事は、選択肢を多くもつという事なのだと思う。</p><p>そして、その選択肢の中でどのように自分にとって最良の選びを感がけて決める事が大切なのだと思う。</p><p>人によっては、10分の１にお金を使う事を最良と考えるのかもしれない。それはその人がよく考えた結果で否定するつもりはない。</p><p>しかし、お金に執着する事に罪悪感を覚えさせ、考えて選ぶ事を放棄させ、年末の面接等で十分の一の支払いを強制させるようなアプローチをとるのならば、それはフェアじゃないと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>今の自分を形作るものとして、確かにモルモンで得た経験はよかったと思う。</p><p>しかし、これから必要かと言われればそうとは言えない。</p><p>今のワードに特に友人がいるわけでもないし、お金と時間を浪費するだけと感じる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12469992829.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Jun 2019 10:40:23 +0900</pubDate>
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<title>今やりたい事</title>
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<![CDATA[ <p>考えがまとまった。</p><p>まずは家族と話したい。</p><p>小さい頃から、両親は僕の事より教会の方が大切なのだと感じてきた。</p><p>そして、そのようにしてきた両親を恨めしく思った事もあった。</p><p>しかし、悪かったのは教会だったのだ。権威主義的で、自分で考える事を放棄させた教会だったのだと今は思う。</p><p>まあそれでも、やはり自分できちんと考えて欲しかったというのはあるけど・・・</p><p>そこの事も含めて、きちんと両親と話したいと思う。</p><p>多分、聞きたいのは教会と僕、どちらが大切だったのかという事を聞きたい。</p><p>そして、教会の教えがおかしい（僕のためにならない）と感じた事はなかったのか。という事を聞きたい。</p><p>&nbsp;</p><p>あと、高槻ワードにも行ってN兄弟とも話したい。</p><p>ただ、あんまり会いたくない人もたくさんいる。</p><p>正直、頭おかしな奴たくさんいると思うんだよね。</p><p>&nbsp;</p><p>ビショップともきちんと話したいな。</p><p>とりあえず、後ろめたい感じになるならワードには行きたくない。</p><p>自分のスタンスをきちんと理解してもらいたいし、そういう人はきて欲しくないですみたいな雰囲気出てたら行きたくない。</p><p>ただ、ワードの予算で何か遊べるなら普通に行きたいな。</p><p>バーベキューとか、クリスマス会とか。食事会も、自分で作ってもっていけば問題ないか。</p><p>&nbsp;</p><p>スッキリしたのは、自分は何も悪くない。教会に問題があるって確信できたからだと思う。</p><p>自分に負い目がなければ、特に悩む必要もないように思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12405019465.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Sep 2018 00:51:19 +0900</pubDate>
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<title>逆転の目</title>
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<![CDATA[ <p>教会に最後に通ったのはいつだったか・・・</p><p>７月くらいか？</p><p>正直なところ、教会に集う逆転の目が出ないように思う。</p><p>教会が過去の過ちに対して不誠実とか、個人の成長よりも組織の成長に重きを置いてるとか、預言者がそれぞれ言ってる事がコロコロ変わるとかあるけど、何よりもシンプルにメリットないよな～と思う。</p><p>イエス・キリストを中心とした生活ってのは素晴らしい事だとは思うけど、それをするならもう自分できちんと聖典を勉強して、この世の事も勉強して、家族として決めていかないといけないような気がする。引用する聖典にこだわりはない。自身の資質や生活を向上するためのものであるなら、モルモン書であれ教義と聖約であれこだわらない。また、リアホナから引用するのもいいだろう。</p><p>今は僕と妻とで。子どもが大きくなったら、それはもう自分で選んでもらって。</p><p>教会の教えにも参考になる部分は多いし、ベースはモルモニズムにすれば良いと思うんだけど、全部まるごとモルモンの教えを取り入れるのは危険だと思う。</p><p>とりあえずは家庭の夕べをした方がいい気がするな。妻と二人のやつを。そこで話し合えたらなと思う。子どもとの家庭の夕べはそれはそれで、楽しいやつをやりたいけど。</p><p>たまには人に会いに集会に参加するのもいいと思う。会って話したい人もいるし。あと、活動とかにも別に参加したらいいんじゃないかと思う。</p><p>ただ、線引きとして十分の一を始めとする献金は一切行わない。召しやお話しも一切受けない。つまり、教会に対して何かコスト（お金や時間）を払う事はしない。そして大切な前提として、気持ちの上ではモルモンからは脱退している事。つまりは、何を選択するにしても自己責任だという事だ。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12405010099.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Sep 2018 23:57:13 +0900</pubDate>
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<title>権威主義とキリストの愛</title>
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<![CDATA[ <p>前回の記事で取り上げたJ氏の記録を読み、一つ納得できた事があるように思う。</p><p>僕は今まで日本の教会の指導者はなぜこんなにおかしな人が多いのだろうかと考えていた。（素晴らしい人もいたが、日本には本当に少なかった。）</p><p>また、両親も含めてどうして教会についてこんなに考え方に違いがでるのだろうと思っていた。</p><p>しかし、今こうして考えてみるとそれは当時の教会がそのように教えていたからなのだろうと思う。</p><p>彼らは忠実に聖徒として教えられてきた事を守っていただけだったのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>教会の権威主義。簡単に言うと、指導者が啓示の名の下に自分の考えを会員に押し付ける事だと言えるか。</p><p>それが最悪の形で現れたのは東京南伝道部で行われた拙速伝道だろう。拙速伝道については以下の記事が参考になる。</p><p><a href="https://blog.goo.ne.jp/numano_2004/e/098c83256bad4e14f9e13629c15eaae5">https://blog.goo.ne.jp/numano_2004/e/098c83256bad4e14f9e13629c15eaae5</a></p><p>今では少なくなったと思うが、ユタから日本に帰ってばかりの犬山ワードでは確かにそれが存在していたと思う。</p><p>今思えば、あれが教会に疑問を持った始まりの出来事だったように思うが。</p><p>&nbsp;</p><p>僕がユタに留学していた頃に感じたのはキリストの愛を中心としたモルモン教だった。そこに深く共感し、熱心に教会の活動に参加した。</p><p>日本で感じたのは権威主義だった。全く違う２つの側面が、今思うとどちらもモルモンだったのだと思う。</p><p>当時は、いかに相手が間違っているかを証明するのに躍起になっていた。ビショップリックにも、両親にも。</p><p>でも、彼らも教会で教えられた通りの事をしてただけなんだな。間違ってたのは彼らじゃない。</p><p>両親の代の預言者といえばスペンサー・W・キンボールだったと思う。母の言葉の引用も彼からのものが多い。</p><p>赦しの奇跡にも見て取れるように、彼はとても権威主義的だったんじゃないかなと思う。</p><p>というか、あの時代はそういう指導者が中央にも多かったんじゃないかな。</p><p>逆にヘンリー・B・アイリングやトーマス・S・モンソンはキリストの愛を中心とした説教が多い。そういった鼓舞される話と一緒に何かよくわからない退屈な説教話が混在するのが総大会の思い出だ。</p><p>&nbsp;</p><p>預言者によって、時代によって、教会の教えは変わる。だから、両親との考え方に違いがあったのも今は受け入れられる。</p><p>ただ、預言者は普遍的ではない事をきちんと話してほしい。過去に現在の教会の見解とは異なる教えがあった場合は、きちんと正してほしい。ただまあ、預言者が言ってた事だから～と言って自分の行動に責任を持たない会員も問題があるように思うけど。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12405002687.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Sep 2018 23:24:00 +0900</pubDate>
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<title>J氏の記録</title>
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<![CDATA[ <p>非常に興味深いサイトを見つけた。</p><p>「Jの場合」と名付けられたこのサイトには非常に共感できる文章が多く綴られていた。</p><p><a href="http://www.geocities.jp/blue2904/#1">http://www.geocities.jp/blue2904/#1</a></p><p>上記を記されたJ氏が辿った足跡は僕に当てはまる部分がとても多い。</p><p>&nbsp;</p><p>・20年近く会員として熱心に参加していた。教会の中に仲間もおり、青春時代は彼らと教会について情熱を燃やした。</p><p>・教会の指導者の中におかしな事を言ったり行っている人が多く見られる事に疑問を感じるようになった。</p><p>・歴史を調べても、現在の教義と矛盾する教義が過去にあった。</p><p>・過去を隠し、現代の教えで上書きしていく教会の姿勢に不信感をもった。</p><p>・また、会員数を増やしていく事に重きを置く教会の姿勢にも不信感を持ち始めた。</p><p>・それでも昔からの教会の仲間を裏切りたくないし、何より妻と子供たち、また妻の両親になんと説明していいのかわからない。</p><p>・一体、この矛盾を解決するためにはどうしたらいいのか考え続けた。しかし考えれば考えるほど、キリストの教えとは矛盾した教会の姿勢が見つかってしまう。</p><p>・増大する教会への不信感と、家族を含めた教会の仲間への思いが激しく格闘し精神のバランスが崩れてしまいそうになる。</p><p>&nbsp;</p><p>３年半の間考え続け、出した結論としては教会からの脱退だったそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>以下、特に共感した部分を箇条書きにしていく。ただし、以下が当てはまるのは比較的一つ上の世代の会員に多い。</p><p>&nbsp;</p><p>◯教会には、矛盾する２つの側面を感じています。&nbsp;１つは、権威主義的側面です。会員は指導者に従順になることを強いられます。<br>会員は教会の教義や歴史に対して疑問を抱くことは許されておらず、幹部への批判はタブーです。もう１つの側面は、キリストの愛を中心とした考え方です。個人とキリストのつながりを大切にして、人を裁かずに、愛すること、赦すこと、柔和になることを教え、直接神に心を従わせることによって自分自身の内面が変化することを教えています。</p><p>&nbsp;</p><p>◯外形的律法の遵守に気をとられ内面が神に目をむかなくなる危険性です。その結果、律法本来の意味を忘れ、律法を守る行為が目的となり自分や他者を裁きやすくなる傾向があります。</p><p>&nbsp;</p><p>◯私の考える路線は、従来の伝統や秩序を重んじながら、かつ現実的に少しずつ軌道を修正することが大切なのではということです。&nbsp;<br>それは、律法主義的傾向をなくす、絶対君主制的な教え方をしない、個人と神との関係を何より尊重、過ちは素直に認める、謝罪する、&nbsp;<br>すべての集会、学びの場は、イエス・キリストを中心に教える。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>◯結局、教会の教え、指導者の教え、予言者の教え、とは言っても、絶対ではないと思わざる得ません。自分の人生は、自分自身が神と個人的につながり、聖書の研究、祈り、広い視野での勉強、聖霊を受けるにふさわしい生活を通して、個人で判断決定し、個人で責任を負うべきであると思います。もちろん、教会の教え、指導者の言葉にも、素晴らしいものがたくさんあり参考になります。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>◯支部をワードに、地方部をステークにしようという目標は、明らかに組織を大きくすることが目的です。人の救いに照準を与えたいのなら、&nbsp;「会員とイエス・キリストとの個人的な関係」に係わることをに目標を定めるべきです。なぜなら、人を救うのは組織ではなく、キリストだけだからです。&nbsp;その結果として組織が大きくなることもあるかもしれませんが、それはあくまでも結果です。</p><p>&nbsp;</p><p>◯モルモン教会の特徴は、組織への忠誠と同化・維持拡大、効率化と集金、戒律、互いの監視、時事により変化する教義、指導者への盲信、 つまりその中心にあるのは、私たちの救い主であるキリストではなく、教会というバビロンであると、私には思えてしょうがありません。しかし、教会の本質がバビロンと化していようと、教会員全員がバビロンの住人とは限りません。多くの会員は、その本質にほとんど気づかず、献身的で、親切で、概して善良です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12404994899.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Sep 2018 22:51:36 +0900</pubDate>
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<title>末日聖徒イエス・キリスト教会に望む事</title>
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<![CDATA[ <p>そもそもこの問題の根本は、末日聖徒イエス・キリスト教会がジョセフ・スミスを預言者とし、その事を根拠として今も預言者によって神様を通してこの教会を導いていると主張しているところにあると思う。</p><p>そのためにジョセフ・スミスを神格化してしまっている。ジョセフ・スミスの生誕200週年記念もあり、ジョセフ・スミスの映画が作られるなど神格化はさらに加速し、歴史で語られるジョセフ・スミスとは大きく乖離してしまったように思う。</p><p>そして、その神格化を妨げる都合の悪い歴史は一般会員には知らされず、「反モルモンの主張」として一切の接触を禁じられている。</p><p>そういった情報統制を行う事で今まではうまくいっていたものが、ネット社会の到来により大きく揺るがされるものとなった。</p><p>さらに近年ではスマホによる第二次ネット社会といったようなものが起こり、幼児から高齢者までネットに触れない人はいないと言えるほどにインターネットは生活の当たり前となった。</p><p>インターネットの前では情報を隠す事ができず、多くの企業や団体がSNS等で隠し事を暴かれ、痛い目にあっている。</p><p>&nbsp;</p><p>そういった現状に関係するかわからないが、2014年に教会は公式にジョセフ・スミスが30人以上の妻をもっており、性的な関係ももっていた事を明らかにしている。</p><p>しかし、その説明も大変に往生際が悪く見苦しい。</p><p><a href="https://www.lds.org/topics/plural-marriage-in-kirtland-and-nauvoo?lang=jpn&amp;old=true">https://www.lds.org/topics/plural-marriage-in-kirtland-and-nauvoo?lang=jpn&amp;old=true</a></p><p>多妻を神様からの困難な戒めだったが信仰を行使したといった美談にしている。</p><p>&nbsp;</p><p>ジョセフ・スミスを神格化し、歴史を封印する事で預言者の根拠としているのだろう。</p><p>しかし、インターネットにより歴史の封印が解け、ジョセフ・スミスの歴史上での姿を目の当たりにした時に教会に騙された、裏切られたという気持ちになるのは当然の事ではないだろうか。</p><p>いっその事、私はただの人間です。間違いもします。しかし、イエス・キリストを中心とした生活を送る事で豊かな祝福を生活に受けられると思います。と大管長に言ってもらえば何の問題もなかった。</p><p>それを裏付ける良いプログラムも規模も資本力も備えているのだから。</p><p>ネット社会が加速するにつれて、そのような玉音放送が流される日がいつかは来るような気がするが。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12396576079.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Aug 2018 23:08:30 +0900</pubDate>
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<title>まとめ</title>
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<![CDATA[ <p>・ジョセフ・スミスが愚かしい行いを多々していた。</p><p>　　　　　　　　　　↓</p><p>・ジョセフ・スミスは預言者だったかどうか疑わしく、預言者だったとしても当時の啓示が全て神様からのものだったか疑わしい。</p><p>　　　　　　　　　　↓</p><p>・ブリガム・ヤングがユタ初期の教会を発展させていった方法は神様の方法とは思えず、ジョセフ・スミスも後継者について明確に定めていなかたのでブリガム・ヤングが預言者の任を引き継いだとは思えない。</p><p>　　　　　　　　　　↓</p><p>・現在の末日聖徒イエス・キリスト教会は預言者によって神様に導かれていないと思う。</p><p>　　　　　　　　　　↓</p><p>・しかし、ユタでの教会は楽しく、例え預言者がいなくても教会は長い年月を経て文化・習慣のレベルで良いものになってきたと思う。</p><p>　　　　　　　　　　↓</p><p>・ただし、日本の教会はそのようではなくワードに参加する事でのメリットを感じない。預言者に導かれていないとなると、行く理由も失う。</p><p>　　　　　　　　　　↓</p><p>・また、いくつかの戒め（神殿、十分の一など）は生活を豊かにするようなものとは思えない時もあり、神様から啓示されていた戒めだったという根拠が崩れてしまった今、どのように戒めを守るかを自分で考える必要がある。</p><p>　　　　　　　　　　↓</p><p>・妻はモルモンとしての価値をもっており、子供たちも教会に楽しそうに集っている。できればモルモンの良い文化・習慣を取り入れながらワードにも集って、例え預言者に導かれていないとしても教会の教えやプログラム、コミュニティの中で豊かな生活を家族と過ごせればと思う。そのために現在残っている課題は</p><p>&nbsp;</p><p>１．所属ワードにメリットを感じない事</p><p>２．子供たちにどうやって教会の事を教えるのかという事</p><p>&nbsp;</p><p>以上の二点となる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mormonmon/entry-12396567744.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Aug 2018 22:34:35 +0900</pubDate>
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