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<title>モルのぼっち劇場</title>
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<description>寂しい 辛い 苛立ち 悲しみ 鬱 殺意 等々 色々</description>
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<title>生きてるの仮定</title>
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<![CDATA[ <br><br><br><br>自分が生きてる理由なんてわかるわけがない<br><br>『生きてる』＝『意識』<br><br>こんな感じでしか魂や現実を感じることができないと思う。<br><br><br>今現に18年間<br>自分が生きてるということに疑問しか感じなかった。<br><br><br>そんなことで悩んで立ち止まってた自分に、たった一つ仮定をした。<br><br><br>自分は誰かによって作られた『人』なのだということ。<br><br>実際親から産まれてるわけだから、間違ってはないけど、そういう意味ではない。<br><br>ここを二次元だと仮定する。<br><br>そして誰かによって描かれているのだと思えば、自分が生きてる理由が、少なからず解る。<br><br>ここがもし、二次元であれば、ハッピーエンドまで物語は続く。<br><br>もちろん、ハッピーで終われないかもしれない。<br><br>そしたら、自分はその物語の重要人物であり、誰かを生かしていたという事になる。<br><br>ここは二次元であり、現実なんだ。<br>両方の意思を持つのはたやすい。<br><br>叶わないことが現実で、叶ったことも現実。<br><br>ただ生きていることは二次元なのだ。<br><br><br><br>この物語をどういう物語にするのかは、自分次第。<br><br>どうでも良く生きるのも、楽しく生きたいのも、どちらでも選べるのが現実。<br><br>ただ、頑張らなかった物語は誰からも愛されない。<br>誰にも存在を知られることがなく終わる物語。<br><br>いこーる、生きていた意味がないということになる。<br><br>辛い思いをするなら、やっぱり幸せになりたいものですよね。<br><br>『辛』の文字に、一を足すと『幸』になります。<br>これは教えてもらった話です。<br><br>自分が辛いとき、一つでも頑張れば幸せになる。<br><br><br><br><br>私は愛されるために生まれたと思い込みます。<br><br>そしたら毎日笑顔でいれます。<br><br>そう、私の物語は、私が愛されるために作られたもの。<br><br>そのために、私は、今日も頑張ってお仕事します☆<br><br>
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<pubDate>Sat, 19 Apr 2014 12:21:36 +0900</pubDate>
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