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<title>帰ってきた寺娘　勉強道中</title>
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<description>わからんことを知りたいだけ</description>
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<title>自分なりにご法話分析②～Youtubeより「片道のお救い　深水謙昭師（広島県三原市 西念寺）」</title>
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<![CDATA[ <p>さて、昨日に引き続き。</p><p>自分なりにご法話を分析してみる第2弾です。</p><p>今回はTwitterで「ご法話勉強中！」を掲げていたおかげで、</p><p>ご縁をいただけた</p><p><span style="text-decoration:underline;"><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.4em;">広島県三原市 西念寺</span><span style="font-size:1em;">の</span><span style="font-size:1.4em;">深水謙昭先生</span></span></span></p><p><span style="font-size:1em;">のご法話を</span>ご聴聞させていただきました。</p><p>&nbsp;</p><p>こちら築地本願寺チャンネルより。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/08bTh0EMEaU" width="488"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>Youtubeに上げたてホヤホヤ（アップから20分くらい笑）にお聞きしました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>以下内容のまとめです。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">①ご讃題</span></p><blockquote><p>仏心とは大慈悲これなり。</p><p>無縁の慈をもって<br>もろもろの衆生を摂したまふ。</p></blockquote><p>『仏説無量寿経』より</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">②序説</span></p><p>・浄土真宗、阿弥陀様の説明</p><p>苦しみ・悲しみを抱えた私を「南無阿弥陀仏」という救いの名号として届いてくださり、</p><p>お浄土に参って仏様にならせていただく。</p><p>・「南無阿弥陀仏」で届かねばなかなかった阿弥陀様の御心は「慈悲」</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">③譬喩因縁</span></p><p>・「慈」→京都のお土産を隣人にもっていった話</p><p>・「悲」→庫裏で小指を骨折した話</p><p>**********</p><p>&nbsp;</p><p>慈悲とは…</p><p>見返りを求めない。私の悲しみ、呻きを阿弥陀様の自分事として受け止めてくださる。</p><p>&nbsp;</p><p>ところで、「愛」って何か。「相手、物を好きになる（である）こと」</p><p>「好き」が「憎しみ」、「怒り」に変化する。</p><p>…私が中心の心であるため</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">③譬喩因縁</span></p><p>・「愛」→広島カープの試合観戦の話</p><p>・「慈悲」→赤ちゃんと「いないいないばぁ」の話</p><p>**********</p><p>&nbsp;</p><p>阿弥陀様のお心</p><p>→「愛」ではなく「慈悲」</p><p>「慈悲」は相手が中心のお心である</p><p>我々の苦しみ、悲しみを阿弥陀様の苦しみ、悲しみとして受け止めてくださる。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">③譬喩因縁</span></p><p>外松多恵子さんのご著書『子どものいのち輝くとき』より</p><p>・子供は親、育った環境により立ち直り方が異なる話</p><p>・万引きした子供と親の対応の話</p><p>→子供の立場に立ち、悲しみを受け止める父親に阿弥陀様の慈悲を見出せるのでは。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">④結勧</span></p><p>阿弥陀様…我々の悲しみ、辛さ、苦しみを阿弥陀様の自分事と受け止めてくれる。</p><p>苦しみ等を抱えた我々が変わる必要はない。抱えたままでいい。</p><p>「あなたを救える仏に阿弥陀様の方が変わる」</p><p>と「慈悲」の心をもって、「南無阿弥陀仏」として私に届いてくださる。</p><p>→浄土真宗のおみのり</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">⑤御文章拝読（聖人一流章）</span></p><p>&nbsp;</p><p>**********</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>経験談、例え話が豊富で、自分の身近なこととしてお聞きできました。</p><p>「慈悲」というお心を終始一貫して丁寧にご説明されており、</p><p>阿弥陀様のお救いの心が伝わってきたことも印象的です。</p><p>&nbsp;</p><p>今までご法話は「難しい話」「つまらない話」と思い込んで食わず嫌いしていた、</p><p>ということに気づかせていただきました。</p><p>&nbsp;</p><p>またご法話見たらこの自分で分析シリーズを追加していきたいです！</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mosaihouji/entry-12677206492.html</link>
<pubDate>Fri, 28 May 2021 15:42:19 +0900</pubDate>
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<title>自分なりにご法話分析①～Youtubeより【ご法話】本願寺派布教使 八幡真衣師（石川県本光寺）～</title>
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<![CDATA[ <p>昨日書いた法話もどきは、翌日見たら恥ずかしい出来である、</p><p>と切に感じつつ。</p><p>しかし自分以外の方の目を通したことでより見えてくるものがあり、</p><p>またアドバイスもいただけました。</p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.4em;">丁寧にご教示いただき、ありがとうございます！！</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>やっぱりそもそも法話を「聴聞する」という機会の絶対的不足を感じたので、</p><p>手っ取り早く<span style="color:#ff0000;"><span style="font-weight:bold;">Youtube</span></span>で短いご法話を見あさることにしました。</p><p>見たら、構造と話の内容を自分なりに分析して、</p><p>様々な形を見つけていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>初っ端に見たのはこちら。</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/XDVwGlhyako" width="488"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p><a dir="auto" href="https://www.youtube.com/channel/UCXakbNqqe898-9yYN4_UQWg" spellcheck="false">BUDDHISM? 仏教どうでしょう</a>チャンネルの</p><p><span style="text-decoration:underline;"><span style="font-weight:bold;">石川県本光寺 八幡真衣先生</span></span>のご法話です。</p><p>時間は約20分。</p><p>&nbsp;</p><p>以下、構成をまとめます。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">①ご讃題</span></p><blockquote><p><span style="font-style:italic;">極重の悪人はただ仏を称すべし。われまたかの摂取のなかにあれども、煩悩、眼を障（さ）へて見たてまつらずといへども、大悲、倦（ものう）きことなくしてつねにわれを照らしたまふといへり。</span></p></blockquote><p>（浄土真宗註釈版聖典207頁より）</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">②序説</span></p><p>・自己紹介</p><p>・テーマ　「阿弥陀如来ってどんな仏様なのか？」「南無阿弥陀仏って何か？」</p><p>・阿弥陀様の説明</p><p>　我々を一人にさせまいとする。「南無阿弥陀仏」の名号としてあらわれてくる。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">③譬喩因縁</span></p><p>我々の日常生活、一人では生きれない。周りの人々に迷惑もかけながら生きている。</p><p>八幡先生のお祖父様・お祖母様の口喧嘩で、祖父の口から出てきた「南無阿弥陀仏」への疑問</p><p>→お仏壇じゃないのになぁ。お参りの時だけするもんじゃないの？</p><p>&nbsp;</p><p>怒りのままに言葉を発すると相手を傷つけてしまう。代わりに「南無阿弥陀仏」を称えたのではないか。名号を称えることで「怒りの気持ちだけか、他にはないか」と自分自身に問いかけてきたのではないか。</p><p>&nbsp;</p><p>我々の心は怒ったり、悲しんだり、移り変わるけど、阿弥陀様は変わらない。それでよいのかと問いかけてくれる。</p><p>&nbsp;</p><p>「お仏壇じゃないのになぁ。お参りの時だけするもんじゃないの？」という疑問が解ける。</p><p>いつでもどこでもお救いくださる（ご一緒くださる）阿弥陀様のおはたらきだろう。</p><p>私の心に寄り添ってくれる、自分を顧みる機会を与えてくれる。周りの人へ優しくできる。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">④法義説</span></p><p>ご讃題の説明</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">⑤結勧</span></p><p>阿弥陀様がいつも傍にいると我々はわからない時もあるかもしれないが、いつでも阿弥陀様は我々を照らしてくださる。</p><p>&nbsp;</p><p>（<span style="font-weight:bold;">⑥御文章拝読</span>）</p><p>聖人一流章</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>**********</p><p>&nbsp;</p><p>とてもわかりやすく、20分間全く飽きずに最後まで聞き入りました。</p><p>阿弥陀様がお側にいてくださるありがたさ、心の持ち方のようなものがわかりました。</p><p>&nbsp;</p><p>法義説が最後に挙げられていましたが、</p><p>このくらいの長さなら最後でもご讃題に意識を持ちつつ聞けるからよいなぁと感じました。</p><p>体験談もお祖父様のお話と八幡先生自身のお気持ちと、</p><p>2段構えになっていることで奥行きがあるご法話だったように思います。</p><p>またご讃題が正信偈だったので、ご門徒の皆様にもとても馴染みのある文章で、</p><p>親しみやすさもありました。</p><p><span style="font-size:0.83em;">（素人の感想なのであしからず…）</span></p><p>&nbsp;</p><p>取り入れていきたい要素が詰まったご法話に出会えて嬉しく思います。</p><p>八幡先生、（勝手に）学ばせていただきありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくは短いものを色々見て、基本の「キ」を学ばねば！</p><p>がんばろっと。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mosaihouji/entry-12677009525.html</link>
<pubDate>Thu, 27 May 2021 15:10:58 +0900</pubDate>
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<title>初めての法話作成【二種の回向】</title>
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<![CDATA[ <p>法要・行事の最後に必ず行われる法話。</p><p>今まで漠然と聞いていた、もしくは聞いてすらいなかったが、</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="font-weight:bold;">やらねばならぬ。何事も。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">ということで、伝道授業の基本を押さえつつ、</span></p><p><span style="font-size:1em;">試しに法話の骨組みを作ってみた。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">これがあっているのかはわからぬ。</span></p><p><span style="font-size:1em;">しかし作ってみんことには良いか悪いかの判断もつかぬ。</span></p><p><span style="font-size:1em;">もっとこうすれば良いとかアドバイスあれば</span>ご教示くださいませ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">**********</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">①ご讃題</span></span></p><p>御聖教にお言葉（み教え）を決め、話すテーマを上げてみる。</p><p>今回取り上げるのはこちら。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;"><span style="font-weight:bold;">つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について真実の教行信証あり。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>（註釈版聖典135頁　『教行信証』「教文類」より）</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">②序説</span></span></p><p>一般的にはここで自己紹介等を入れる。オープニングトークやね。</p><p>そしてご讃題をもとに語りたいテーマ（主題）を掲示しておく。</p><p>&nbsp;</p><p>今回は基本中の基本である<span style="font-weight:bold;">「他力本願」</span>をテーマにしたい。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">③法義説</span></span></p><p>①で上げたご讃題の意味について説明する。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-style:italic;"><span style="font-weight:bold;">つつしんで、浄土真宗すなわち浄土真実の法をうかがうと、如来より二種の相が回向されるのである。一つには、わたしたちが浄土に往生し成仏するという往相が回向されるのであり、二つには、さらに迷いの世界に還って衆生を救うという還相が回向されるのである。往相の回向の中に、真実の教と行と信と証とがある。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>（『教行信証（現代語版）』9頁より）</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">④譬喩因縁</span></span></p><p>ご讃題に説かれているみ教えを理解しやすい例え話を上げる。</p><p>主に経験談にすると良いらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>私の経験談をば、少々。</p><p>↓↓↓↓</p><p>&nbsp;</p><p>最近、ご門徒さんのお宅へお参りに伺っていますが、</p><p>皆さんよく先代住職の話をしてくださいます。</p><p>そして私の不慣れなお経を聞いていても</p><p><span style="font-weight:bold;">「大丈夫や！しっかりできとる！先住が近くで見守ってるはずや！」</span></p><p>と言ってくださいます。</p><p>&nbsp;</p><p>始めのころは「いやいや死んだ人がここにおらんやろ～」と</p><p>不謹慎なことを思っていたものです。</p><p>&nbsp;</p><p>ですが、浄土真宗のみ教えについて学んでいくうちに</p><p><span style="font-weight:bold;">「往相」「還相」</span>という考え方に出会いました。</p><p>阿弥陀様は我々衆生に、「浄土に往生して成仏する」ってことと、</p><p>往生して終わりではなく、なんと「往生後に迷いの世界に還って衆生を救う」という、</p><p>その後の役割まで与えてくださっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>ご門徒さんのお言葉が私の中でようやく腑に落ちました。</p><p>「近くで見守ってる」という言葉は私を励まそうとふと出た言葉に違いないですが、</p><p>阿弥陀様のおはたらきから考えるとまさに、</p><p>先住は還相によってこの世にいて、衆生の救済に当たるべく、</p><p>私の近くにいてもおかしくはないのです。（ちょっと無理やり）</p><p>&nbsp;</p><p>往相還相という考えを知り、</p><p>阿弥陀様によって</p><p>この迷いの世界にお浄土に参られた方々が還相されていると知り、</p><p>先住が近くにいて私を見守っているかもしれないと感じました。</p><p>&nbsp;</p><p>巡り巡って私自身が阿弥陀様に救済されているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">⑤結勧</span></span></p><p>ここはいわゆる今回の話のまとめ。そして一番言いたいみ教えをお伝えする。</p><p>今回では、以下のようにまとめたい。</p><p>&nbsp;</p><p>阿弥陀様のおはたらきにより、</p><p>衆生は往相によって自分自身が救われ、</p><p>還相によって今度は救う側に回り、</p><p>迷いの世界で大悲利他の活動を行っていきます。</p><p>私を往生へ導いてくださるのは</p><p>お浄土で仏となられた多くの先達と</p><p>阿弥陀様のお力なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">**********</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">こんな感じでしょうか。</span></p><p><span style="font-size:1em;">本当に初めての法話作成で、御聖教をにらみつけ、</span></p><p><span style="font-size:1em;">法話作成シートを参考に進めました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">個人的に感じた今後への課題</span></p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">〇使える御聖教の文言を増やす必要あり</span></span></p><p>良いなと思ったものは書き留めておこう。</p><p><span style="font-weight:bold;">〇テーマとの親和性</span></p><p>どういうみ教えを伝えたいのかを明確に持たないと難しい。</p><p>御聖教ありきというよりテーマ設定の方が大事だと感じた。</p><p><span style="font-weight:bold;">〇経験談のバッファを持つ</span></p><p>今回は寺娘あるあるネタ（？）にしてみたが、もっと身近なしょうもない経験からつなげたい。</p><p>経験からどんなテーマに繋がるかと考えたい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もっとうまくまとめられると思うし、もっと内容を盛り込みたい。</p><p>道は長く険しい。</p><p>&nbsp;</p><p>今日はここまで。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mosaihouji/entry-12676827327.html</link>
<pubDate>Wed, 26 May 2021 17:02:15 +0900</pubDate>
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<title>仏教の前に、そもそもバラモン教って何なんやろ</title>
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<![CDATA[ <p>私が学ぶのは仏教やけども、</p><p>そもそも仏教が生まれてきたのは古代インドにおいて<span style="font-weight:bold;">バラモン教</span>が存在したためであるので、</p><p>まずそこから問い直してみたい。</p><p>引用については教科書が主なので、わかるものだけ明記します。</p><p>&nbsp;</p><p>バラモン教の定義は、以下の通り。</p><p>「ヒンドゥー教の前身となった、ヴェーダを権威とする宗教を指す」</p><p>（Wikipedia「バラモン教」より）</p><p>&nbsp;</p><p>ヴェーダとは</p><p>「紀元前1000年頃から紀元前500年頃にかけてインドで編纂された一連の宗教文書の総称。」（Wikipedia「ヴェーダ」より）</p><p>そもそもは「知識」という意味。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>で、バラモン教のイメージって以下のような<span style="text-decoration:underline;">厳しい階級制（バルナ、カースト）</span>ですよね。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">バラモン</span>（司祭者）★支配階級</p><p>⇓</p><p><span style="font-weight:bold;">クシャトリア</span>（王族）</p><p>⇓</p><p><span style="font-weight:bold;">ヴァイシャ</span>（庶民）</p><p>⇓</p><p><span style="font-weight:bold;">シュードラ</span>（隷民）</p><p>&nbsp;</p><p>この階級思想ってどこから来てるのかというとウパニシャッドという古代インドの哲学書かららしい。しかもこれはいくつもあって、様々な年代に様々な人によって書かれている。けどおそらくバラモンによって編纂されていると。</p><p>ウパニシャッド全てを貫く思想としては、大宇宙の本体であるブラフマン（凡）と個人の本質であるアートマン（我）があって、我が宇宙と一体になることを目指すもの。</p><p>バラモンは特にブラフマンとアートマンを結びつけることを担っている。だから支配階級なのかな。</p><p>&nbsp;</p><p>これは<span style="font-weight:bold;">「輪廻」「解脱」</span>とか仏教思想に大いに影響を与えてますよね。</p><p>&nbsp;</p><p>で、このバラモン教は基本的にアートマンの独自性は生まれ変わっても変わらないと定義したため、階級はどうやっても変わらん。</p><p>そこで現れてきたのが、<span style="text-decoration:underline;">階級外の革新的思想家の沙門</span>。</p><p>その中でも有名な人たちが六師外道という。</p><p>&nbsp;</p><p>簡単にまとめても情報が足りんように感じるなー。</p><p>またまとめよう。この続きはまた今度。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/mosaihouji/entry-12675260195.html</link>
<pubDate>Tue, 18 May 2021 16:25:33 +0900</pubDate>
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<title>元営業OL　仏教の勉強始めました</title>
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<![CDATA[ <p>始めまして。<span style="font-weight:bold;">釋（しゃく）ぎょうゆう</span>と申します。</p><p>&nbsp;</p><p>つい昨年までいわゆる<span style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">一般企業で営業OL</span></span>をしておりましたが、</p><p>ひょんなことがあり、人生一変。</p><p><span style="font-weight:bold;">実家のお寺（浄土真宗本願寺派）</span>に帰ってきて、</p><p>家を継ぐべく勉強を始めました。</p><p>&nbsp;</p><p>今の私の僧侶スペックは</p><p>&nbsp;</p><p>・5～6年前に<span style="font-weight:bold;">お得度済み</span></p><p>・大学から下宿で家を出ており、寺の行事に関わるのは年に1、2回とか…</p><p>・現在とある学校にて仏教について勉強中</p><p>・教師（住職になるための）資格の取得を目指してます</p><p>&nbsp;</p><p>といったところです。</p><p>&nbsp;</p><p>正直言って、正信偈、讃仏偈、重誓偈は称えられる（聞き覚えでしかない）けど、</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight:bold;">「仏教ってつまり何？」</span></p><p><span style="font-weight:bold;">「親鸞聖人って歎異抄書いた人やんね」</span></p><p>っていうレベル。</p><p>&nbsp;</p><p>勉強し始めて、</p><p>さすが歴史があるだけ中々に奥深い</p><p>小娘が簡単に太刀打ちできるもんではない</p><p>と感じ始めています。がんばろ。</p><p>&nbsp;</p><p>勉強の過程で気になった点について</p><p>自分のまとめとして書きなぐっていきたいなという気持ち。</p><p>&nbsp;</p><p>ということで以上、所信表明なのでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mosaihouji/entry-12675254947.html</link>
<pubDate>Tue, 18 May 2021 15:53:48 +0900</pubDate>
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