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<title>motoshiのブログ</title>
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<title>Satu Malaysia</title>
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<![CDATA[ 仕事関係ですが、大切な友人がマレーシアに来ました。およそ一週間ほどの滞在。今夜の便で日本に帰りました。短い時間でしたが、一緒にいろんなことに取り組み、いろいろと勉強になりました。やはり見送る方は寂しいもので･･･。<br><br>なかなか自分の時間を取ることも難しい状況で、ブログの更新もままならないのですが、明日はマレーシアの休日でようやくゆっくりできます。夜には会食がありますが、久しぶりに体を休めることができそうなのでちょっと夜更かしをして書いてみます。<br><br>今回はSatu Malaysiaです。<br>One Malaysiaとも言い、マレー系、中華系、インド系という三大人種で織り成すマレーシア社会において一つになって国を盛り上げようというスローガンを指しています。インドネシアではあまりインド系の人を見かけませんでしたが、こちらでは主要な人種であり、カレーやナンといったインド料理も定着しています。政府系の看板は、ほぼこの三大人種三人が大人であれ、子供であれ、意図的に組み入れられ、国力を協力し合って強めていこうとしているマレーシアの姿勢をよくあらわしています。<br><br>しかし現状はなかなか難しいようで、政治はマレー系、経済は中華系、社会インフラはインド系というように大きく分けられ、互いにその領域を譲ることがないように見えます。政策もやはりマレー系が有利なようにとりはかられているようですし、経済（商売）は中華系が主軸をなし、道路工事や日常におけるいわゆる作業員はインド系が中心です。中華系の同僚にも聞きましたが、人種を越えた友人はほぼいないとのことでした。理由を聞くと、「考えの違う人と親友になることは難しい。一緒にいる友人は、やっぱり考え方や意見が近い人だろう？」と答えていました。かといって互いに憎しみあい、争いが起きるようなこともなく、互いに認めつつ共存しているように感じます。スローガンの下、ある程度の成果が得られているようにも見えますが、実際は歴史背景もあって根が深く、一つになっているかは疑問です。<br><br>意外にもインドネシア（ジャカルタ)ほど日本人に会う機会は多くなく、在馬邦人の数はわかりにくいのですが、全人口の約１０％である「外国人」として、Satu Malaysiaの精神で社会に貢献していきたいですね。
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<pubDate>Tue, 17 May 2011 01:41:01 +0900</pubDate>
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<title>慌しくも</title>
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<![CDATA[ 慌しくも、マレーシアにて一週間が経過しました。クアラルンプール、ペナン、ジョホールバルと巡回し、いろいろなマレーシアの顔を見てきました。<br><br>マレーシアはインドネシアに似ていると言われてきたのですが、同じイスラム国で似ているところもあれば、全く違うこともあります。そんな相違点を中心にブログを進めて行きたいと思っています。<br><br>今回は気候と街並みについて。<br><br>気候はほぼインドネシアと似ています。暑いのはもちろんのこと、スコールのような大雨が午後によく降ります。バケツをひっくり返したような雨という表現がありますが、まさにそれくらいの勢いがあり、車のワイパーを最速にしても前が見にくいくらいです。傘をさしている人を見かけないのが不思議ですが、傘をさしても雨の勢いに負け、さほど効果的でないことが理由なのかもしれません。インドネシアほどの道路冠水は見られませんが、それでも降雨量が排水量を上回り、道路に水があふれます。陽射しは強いですが、赤道に近いインドネシアのほうがやはり強烈のような気がします。湿度は高いのですが、それほど不快さは感じませんね。暑さゆえに屋内にいることが多いからそう思うのかもしれません。インドネシア同様、屋内の冷房はかなり強めです。車もそうですが、冷房のききがかなり良く、寒いと思うことが良くあり、調節のきかない施設（ホテルやモールといった大きなところ）で長時間過ごすとかなり体が冷えてしまいます。総合的に快適ではありませんが、不快でもありません。日中外にずっといることがないためにそういえるだけかもしれませんが・・・・。<br><br>街並みはインドネシアと似ているようで、あまり似ていません。雰囲気は感じるのですが、街中に中華系マレーシア人に向けた漢字があふれていることがそう思わせるのかもしれません。またインドネシアほど経済格差がないためか、住居施設にインドネシアほどの大きな違いがあまり見られません。またバイクであふれているということもなく、車社会といえると思います。渋滞は確かにひどいですが、これもインドネシアほどもものではなく、秩序もあるように感じています。現に私ももう少ししたら、こちらで運転を始めるくらいですから、インドネシアとは異なることがよくわかります。<br><br>写真を掲載したいのですが、本日はネット環境があまり調子よくないため、次回に掲載します。<br>
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<pubDate>Sat, 07 May 2011 23:06:41 +0900</pubDate>
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<title>マレーシアにてブログ再開</title>
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<![CDATA[ マレーシアで生活を始めて約一週間が過ぎようとしています。マレーシアは5月1日が勤労感謝の日で月曜日が振替休日だったため3連休でした。この間に慌しくも生活用品の買出しで住環境を整え、同僚に案内いただいてクアラルンプールの中心街にも行ってきました。<br><br>インドネシア、ジャカルタでの生活経験により、同様にイスラム国であるマレーシアに対して大きな先入観を持たずに来ましたが、やはり国が違えば人も文化も異なりますね。両国を経験している人の話しではよく似ていると聞いていたのですが・・・。<br><br>このブログを最初からご覧いただいていると仮定した上で、ジャカルタ生活とは異なる点をいくつかピックアップして書いていきたいと思っております。なかなか自由な時間を持つことができないと思いますので、シンプルに、かつなるべく更新回数を増やせるように努力してまいります。更新がないときは、またメールなどでご指摘（叱咤）ください。<br><br>今日は手始めに、クアラルンプールの写真を掲載しておきます。有名なペトロナスツインタワーです。昼と夜とでは顔が違うということで案内していただきました。特に夜の写真は奇跡の一枚といっていいほどきれいに撮れましたので、掲載いたします。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110503/21/motoshi261719/7d/f2/j/o0800107111204094323.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110503/21/motoshi261719/7d/f2/j/t02200295_0800107111204094323.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a><br>
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<pubDate>Tue, 03 May 2011 21:32:13 +0900</pubDate>
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<title>オバマ in Indonesia</title>
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<![CDATA[ 日本もＡＰＥＣ開催ということで何かとニュースで取り上げられていますが、来日前にアジア諸国歴訪ということで、米国オバマ大統領がインドネシアにやってきました。大統領選挙の周辺で取り上げられたことがありますが、オバマ大統領は幼少期をインドネシアのジャカルタで過ごしたため、インドネシア訪問を人々は歓迎、反対ともに大きく反応しています。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101111/00/motoshi261719/0f/4a/j/o0640048010852230575.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101111/00/motoshi261719/0f/4a/j/t02200165_0640048010852230575.jpg" alt="$motoshiのブログ" width="220" height="165" border="0"></a></div>中心地でのデモの様子。明らかに訪問に反対しています。<br><br>９日、１０日の２日間の訪問予定で、インドネシアのヨドヨノ大統領と会談したり、インドネシア大学を訪れたりと大忙しです。それに伴って日常の交通渋滞がさらに大渋滞となり、こちらで暮らす人々は大変です。目抜き通りが封鎖されて渋滞がまったく動かかず、駐車場状態となって道路が車であふれかえり、時間の約束をすることができないほどです。いつもより２時間多くかかった、などという話しはざらでした。<br><br>日本にも機動隊が出動して国賓をガードすることがありますが、こちらは戦車や装甲車があちこちで見られるほどの規模です。やはり国の違いを感じさせますね。異常な数の警官もみられ、さらに外資のホテルやモールは厳戒態勢でした。テロが日常レベルで起きる国ならではでしょう。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101111/00/motoshi261719/a8/9f/j/o0640048010852230574.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101111/00/motoshi261719/a8/9f/j/t02200165_0640048010852230574.jpg" alt="$motoshiのブログ" width="220" height="165" border="0"></a></div><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101111/00/motoshi261719/db/dc/j/o0640048010852230573.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101111/00/motoshi261719/db/dc/j/t02200165_0640048010852230573.jpg" alt="$motoshiのブログ" width="220" height="165" border="0"></a><br><br>ここで問題なのは、深刻な交通渋滞で悩む一般人の生活を、政治家たちが肌で感じていないことです。国賓を迎えるということは理解できます。しかしこちらの政治家たちも白バイを伴ってぎゅうぎゅうづめの道に割り込み、さらに渋滞を悪化させることはあっても、渋滞によって募るいらだちや不便さを感じていないのです。難しい問題ですが、毎日のように渋滞によるストレスを感じる人に比べて、どうしても問題を深刻にとらえるのに甘さがあるように思えてなりません。<br><br>インドネシアと米国は、さらに協力関係を深める合意をしたそうです。オバマ大統領の亡き母に勲章を与えるということもなされたようです。この国の発展につながる訪問だったともいえますが、日常を見ずに国の筋道をつけることに意味があるのかが疑問です。国益と国民の生活における豊かさは相反するものではないと思いますが、私には二者択一のように見えた２日間でした。渋滞だけで判断するのは危険ですが・・・。<br>
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<pubDate>Thu, 11 Nov 2010 00:16:05 +0900</pubDate>
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<title>不自由</title>
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<![CDATA[ ここ数日、全く一人の時間が続いています。仕事も、プライベートも。際立って不自由を感じることなく生活はできていますが、やはり日本ではないため自由を満喫するほどではありません。三食用意してくれるサービスアパートに拠点を移し、衣食住は確保できていますが、軽く幽閉されているようで楽しみといえば食事くらいでしょうか。<br><br>そのような環境の中でいろいろなことを考えます。浮かんでは消え、何も考えなくなったり、また考えたり。こんな贅沢な時間の使い方は、ヘルニアで自宅療養していた頃（８年ほど前でしょうか）以来だと思います。<br>家族や友人と離れ、寂しい気持ちもありますが、ひとりの時間をもち、自分を見つめ直すいい機会となっています。そうしていろいろ考えていると、余計なことがそぎ落とされ、自分にとって大切なものが見えてきます。それは以外にもとてもシンプルなものでした。<br><br>「自分のこれまでの人生はどうだったか？これからどうしていきたいのか？」などと大きな命題について考えることもあります。なぜでしょうか？日本で暮らしているときより「死」に近い立場にいるからかもしれません。日本で夜中にコンビにまで買い物に行こうとするとき、さほどためらいはありませんが、こちらでは治安の問題から夜の一人歩きは危険を伴います。またデング熱に代表されるように蚊を媒介として死に至る病気もあるわけですから、蚊に刺されるというある意味日常的なことだけでも死の可能性が極めて高いものになりますし、犬や猫などをかわいがって頭をなでたりすることも容易にできません。極端に言えば、キングコブラもいるし、その他日本で見ることのない猛毒を持つ動物がここには多数いて、日本では得られない「不自由さ」を感じて「死」を考えさせることにもつながります。つまり、不自由さが「死」と多くの接点を持つことになっています。ちょっと大袈裟にいっていますが、ベッドに寝転んで、「今ここで死んだらどうなるんだろう？」と周りに知り合いがいない現状の中で考え始めたのがきっかけでした。<br><br>インドネシアはそれだけ非日常であり、いろいろ考えさせてくれるきっかけになっています。「自由」を求めて人が闘争してきた歴史があるように、「不自由さ」のなかで人間は考え始めるのかもしれません。<br>
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<pubDate>Mon, 08 Nov 2010 20:45:20 +0900</pubDate>
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<title>雑菌と「もーとし」</title>
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<![CDATA[ 目の中に雑菌が入り、充血して痛みを伴い、さらに頭痛まで引き起こすという症状がここ数週間で何回か発生している。どちらの目だけというわけではなく、左２回右１回と両方で起こっている。使い捨てコンタクトを使用していた時期に雑菌が目の中に入り、２回あって通院することになり、その時にコンタクトの使用をあきらめたことがあった。ちょうど同じような痛みであることから雑菌の混入であると判断している。<br><br>こう立て続けに目が痛いと原因を考えてしまう。４０歳になって、体全体の免疫力が弱くなっているからだろうか、もともと目が弱いのかもしれない、インドネシアの方が雑菌が多いのか・・・。目に何かが混入するとすれば２つしか考えられない。一つは顔を洗ったり、お風呂に入ったとき、もう一つはあくびをして出た涙が流れ図にもう一度目に入ったとき。いろいろ考えたが、後者ではないかと思う。顔の油が涙に溶け、それを拭おうとすると目にしみてしばらく目が開けられないことがよくある。つまり自分の顔油に雑菌が付着しているということが考えられるのだ。<br><br>妻は「それなら頻繁に顔を洗えばいい」というが、洗顔石鹸とタオルをいつも持ち歩くのも面倒だし、習慣化するまではそんなに周期的に顔を洗うこともできない。目の痛みは一日でほぼ消えるため、どうしても新たな面倒を習慣化する意欲がない。<br><br>いや待てよ、認めたくないが、どうも体が弱ってきているぞとも思える。タバコ控えてみようかな・・・・<br>（※値上がり激しい日本に比べ、インドネシアでは１１０円程度）<br>小学校時代によく茶化された言葉が思い出される。「基史は、もーとし」<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101106/14/motoshi261719/41/ff/j/o0640048010843299632.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101106/14/motoshi261719/41/ff/j/t02200165_0640048010843299632.jpg" alt="$motoshiのブログ" width="220" height="165" border="0"></a></div>
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<pubDate>Sat, 06 Nov 2010 13:49:22 +0900</pubDate>
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<title>ニッチ</title>
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<![CDATA[ ニッチ（隙間）<br><br>ニッチとは、大企業がターゲットしないような小さな市場や、潜在的にはニーズがあるが、まだビジネスの対象として考えられていないような分野を指します。インドネシアでもいわゆる隙間を縫って行われている仕事（習慣？）があり、とても面白いのです。<br><br>①ジョキ<br>ジャカルタ中心部の限られた区域に、限られた時間帯（朝晩のラッシュ時）、１台に３人以上が乗っている車のみ通行可能となる「3 in 1」というシステムがあります。タクシーやトラックなどの営業車両は除外されていますが、都心の慢性的な渋滞を緩和させる政策として、通勤に車を使用せず、バイクやバスの利用を促しており、違反者は罰金を支払わなければなりません。そこに目をつけ、「3 in 1」対象エリアのすぐ外側の道路脇に手を上げ、指で数字の１や２を表して立っている人がたくさん並んでいます。「ジョキ」さんといわれ、３人という乗車リミットを達成させる数合わせ人たちです。小さな幼子の手を引き、数字の２を示している母親らしき人、若いお兄さん、老人、子供、いろんな人が間隔をあけて道路で手を上げています。かなりの競争率だと思われますが、乗せた人をエリア通過後におろし、わずかのお金（２５０円くらい）を渡すのです。下ろされたらまた反対側に渡り、手をあげてアピールするという仕事です。その仕事をしている人に名前がついているくらいですから、ニッチビジネスとして成立していることがうかがえます。<br><br>②民間交通整理人<br>国道１号線を横切って右折する想像をしてください。目の前を多くの車が行き交います。左折して一号線に乗るということならまだしも、右折なんて・・・。そこで登場するのが民間交通整理人です。行き交う目の前のたくさんの車を手で制し、右折させるスペースと機会を創出してわずかなお金を得ます。中にはお金を渡さずにスーっといってしまう車もありますし、後続する車は支払うことがありませんが、１日に百台単位の車両を整理したとなれば、結構なお金になります。大きな道路だけでなく、よく混雑して止まってしまう箇所を熟知し、そういったところには必ず現れ、混雑していない時間帯などにはもちろんいません。自前の笛を使って整理している人もいますし、車を制止させるための手看板ような小道具を作成して使っている人もいました。どこにいっても渋滞しているジャカルタでは、スピードを上げて通行することができないために、手で制して止まれるという事情も手伝っていますし、そのような人たちがいることである程度お互いに助かっているために譲る気持ちも芽生えているのかもしれません。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101104/20/motoshi261719/0e/3a/j/o0640048010840297746.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101104/20/motoshi261719/0e/3a/j/t02200165_0640048010840297746.jpg" alt="$motoshiのブログ" width="220" height="165" border="0"></a></div>渋滞の原因をつくっているのではないか？？<br><br><br>③物売りとギターマン<br>混雑する箇所を熟知してビジネスチャンスとして活用しているのは民間交通整理人だけでなく、物売りとギターマン（ウーマンもたまにいる）もそうであり、加えて物乞いの人もいます。物売りは、昔の駅弁売りのように首から提げた箱のようなものにいろんなものを入れて渋滞して止まっている車を一台づつつぶさに回っていきます。水やお菓子、新聞、タバコなど一般的なものから、車を拭くタオル、車の中に飾れるおもちゃのようなもの、埃取りのふわふわしたものなど、ついつい車の中で使いたくなるものなどをたくみに売りに来ます。ギターマンは流しギターのように車のそばによって演奏し、チップ（？）を要求します。非常に幼い少年、少女が上手に演奏していますし、びっくりしてついつい見てしまいますね。そういった驚きを伴わせることによって注目を集めるのも作戦なのかもしれません。もっと直接的に金銭を乞うだけの人もたくさんいます。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101104/20/motoshi261719/2f/97/j/o0640048010840297747.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101104/20/motoshi261719/2f/97/j/t02200165_0640048010840297747.jpg" alt="$motoshiのブログ" width="220" height="165" border="0"></a></div><br><br>④空港荷物<br>日本からの直行便が到着する場合によく見られますが、空港内から駐車場にかけて多くの若者たちが荷物運びを勝手に手伝いにきます。重いスーツケースを載せるときもどこからともなく手が伸びて持ち上げようとします。そしてチップを要求するわけです。中には強引なかたちで手伝い、さらにチップの額まで指定して財布を広げたとたんに中にある札を全て鷲づかみにして逃げたという犯罪のような手口もあるようです。毅然とした態度で断ることが重要ですが、「持つもの」は「持たざるもの」に施しを行うというイスラムの教えがあることも理解しなければならないかもしれません。<br><br>⑤レバラン紙幣交換人<br>ラマダン（断食）明けには、日本でいうお正月のように家族がそろってお祝いするという時期が存在します。その時に「お年玉」のように子供に対してお金を配る習慣があります。こちらでもいわゆる「ピン札」の概念があり、こうした場面でピン札が必要になってきます。そこで銀行からピン札の札束を調達し、道行く人たちにピン札を売る人たちが存在し、貨幣価値に手数料を乗せて販売するわけです。札束というと大金のイメージがありますが、１０円札や２０円札、５０円、１００円くらいの札が多く、一般的には５０円くらいのお年玉なので購入金額も驚くような価格ではないようです。こうした人がこのシーズンになると多数現れ、道路脇１０Mおきぐらいに椅子に腰掛け、札束を天に掲げてアピールしているのです。ちなみに通常５０円くらいといいましたが、去年に２０円札がはじめて発行されたため、子供たちは珍しさからもらった５０円札を２０円札の方がいいから２０円くれとせがんだというエピソードを同僚から聞きました。<br>それからもう一つ加えておきます。この時期はイスラム教徒にとっては非常に大切な時期で、通常の時期よりも数倍「徳」を積むことができる期間であるようです。そのため、持つものが持たないものに施しをすることで徳積みしようと、高所得者が低所得者にお金を配るということもあります。高所得者が近隣の低所得者たちを集め、お金をばらまいたところ、奪い合いになって死者が発生したというニュースもありました。<br><br>物乞いについても加えて記しておきます。<br>渋滞でほぼ止まっている車の脇に立ち、手や小さなコップ差し出し、お金を求めます。生まれて間もない子供を抱いた母親や、おじいさんおばあさん、窓まで手が届かないような子供もいます。施しをよしとするイスラム教国であるからか、所得格差による歪なのか、どこの渋滞地域でも見かけます。ただ、こうした人々を「利用」して稼ぐグループも少なくないようで、二重の悲しい現実もそこにはあります。<br>
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<link>https://ameblo.jp/motoshi261719/entry-10697228127.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Nov 2010 20:26:15 +0900</pubDate>
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<title>一時帰国</title>
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<![CDATA[ ８日より一時帰国しています。日中は暑いですが、朝晩は非常に過ごしやすい季節に変わっていました。風に乗ってキンモクセイの香りが漂ってきました・・・。やっぱりいいですね。<br><br>インドネシアの渋滞にも困りものですが、日本の通勤電車の混みようもかなりのものがあります。行きも帰りも座れることがなく、約１時間立ち通しです。本を読んだり、資料をみたりできればいいのですが、身動きがとれない状態での１時間はつらいですね。<br><br>今日も帰りが遅かったのですが、それでも電車は混み合っていました。駅で降りて、同じようにスーツを着て家路を急ぐ人たちを見て、自分もその一人なのですが、こんなに遅くても明日また同じようにぎゅうぎゅう詰めの電車で通勤することを思って感心してしまいました。<br><br>家族と過ごす時間があることはうれしいことです。一日の中でほんのわずかな時間でも顔を合わせられる幸せを感じます。あと２週間弱でまた日本を離れることになりますが、一日一日を大切にしていきたいと強く感じますね・・・。
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<link>https://ameblo.jp/motoshi261719/entry-10676200434.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Oct 2010 00:01:57 +0900</pubDate>
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<title>友人からのメッセージ</title>
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<![CDATA[ 今回はインドネシア日記とは少し違うことを書きます。<br><br>私の親友の一人が病によって亡くなりました。大学時代に活動を共にし、一つの目的の達成のために練習を重ね、表現することができないほどの一体感を味わい、胸を熱くさせた時期を過ごした大切な友人でした。<br><br>時の経過はお互いの生活のかたちを変え、物理的な距離が交わる時間を奪っていきます。それでもなお親友と呼べるのは共に得た経験、想い出が人生の宝物として残っているからでしょう。<br><br>その友人は九州に帰り、ずっと病魔と闘っていたということでした。それも彼の父親から届いた葉書によって知りました。そんなことすら知らずに親友面していた自分が恥ずかしく、後悔するばかりです。知っていたとしても自分に何ができたのか、そんな自問に駆られる毎日です。<br><br>私は私を育ててくれた人たちこそが自分の人生における財産だと思っています。おそらく自分の人生の幕を閉じるときに思い浮かべるのはそういった人たちであると思っています。実際に会ったりすることが難しい状況にありますが、関わりをもち続けることが大切であり、この場を借りて彼の冥福を祈ると共に、彼からのメッセージとして後悔のない人生を送るために私の財産を大切にしていく気持ちを新たにしました。
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<link>https://ameblo.jp/motoshi261719/entry-10661886895.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Sep 2010 22:53:24 +0900</pubDate>
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<title>バンドンの結婚式</title>
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<![CDATA[ ジャカルタから約２００キロ、高速で約２時間のところにバンドンという都市があります。ここは１９５５年にアジア・アフリカ会議が開催され、教科書でバンドン会議と記されている舞台となったところです。都市部でも標高７００メートルあり、インドネシアの軽井沢と称する人がいるほど避暑地としても人気の高い場所で、首都ジャカルタから週末を利用して買い物や温泉、ゴルフなどを楽しみにやってくる人が絶えないスポットになっています。<br><br>同僚の弟の結婚式に招待され、このバンドンに一泊二日で行ってきました。１４時頃にジャカルタを出発し、一路バンドンを目指します。都会の喧騒を一時離れ、高速脇には緑の田園風景や自然にあふれる高原が広がります。<br><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/32/1b/j/o0640048010762075937.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/32/1b/j/o0640048010762075937.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>少し見難いですが、羊や牛などが放牧されています。<br><br>さすがに坂道が多く、幾分時間がかかりましたが、渋滞に巻き込まれることなく２時間半ほどでバンドンに到着し、ホテルにチェックインしました。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/13/94/j/o0640048010762075933.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/13/94/j/o0640048010762075933.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>モダンな新しいホテル。一泊８０００円弱でした。<br><br>バンドンも初めてでしたが、インドネシアの結婚式に参列することも初めてでしたので、とても楽しみにしていました。１９時からのスタートですが、少し早めに会場入りし、様子をうかがうことにしました。同僚が暖かく迎い入れてくれ、会場内の風景や両親にご挨拶して結婚式の始まりを待ちます。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/84/6a/j/o0640048010761994428.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/84/6a/j/o0640048010761994428.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>ウェルカムボードといったところでしょうか。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/c8/f0/j/o0640048010761994420.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/c8/f0/j/o0640048010761994420.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>式前の会場。立食式でバイキングの準備も万端です。ローカル料理も数多く並び、活気にあふれていました。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/c8/5d/j/o0640048010761994421.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/c8/5d/j/o0640048010761994421.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>バティック（更紗)を着て正装しています。ちなみに花婿も花嫁も含まれていません。<br><br>いよいよ始まりました。ヴァージンロードの脇に人が集まり、お二人の入場を待ちます。花婿は日本の滋賀県、琵琶湖のほとりにあるラーメン店系列の温泉で働いており、式のためにインドネシアに帰国し、結婚後は二人で日本に住むそうです。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/5a/3b/j/o0640048010762023333.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/5a/3b/j/o0640048010762023333.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>ジャワのスンダ族の伝統的な衣装だそうです。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/8b/89/j/o0640048010762023331.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/8b/89/j/o0640048010762023331.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>会場の一段高い舞台の中央に着席しました。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/89/bf/j/o0640048010762051209.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/89/bf/j/o0640048010762051209.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>伝統的な祝いの舞を花婿、花嫁、それぞれの両親が座る舞台に向かって披露します。<br><br>一通りの舞が終了すると、参列者が順に舞台に上がり、祝いの言葉をかけながら舞台上の各人と握手していきます。日本の結婚式では、式に参列するひとは招待を受けた人のみですが、こちらでは親族や近所の方、私たちのように関係がある人すべてに声をかけているらしく、およそ１０００人の人を見込んでいました。舞台に向かって長い列ができました。挨拶と握手を終えた人から随時バイキング立食へと移っていきます。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/5c/61/j/o0640048010762051217.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/5c/61/j/o0640048010762051217.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div><br><br>ここでトラブル！会場の電気が一斉に切れました。停電です。真っ暗になり、会場からどよめきが・・・。なかなか復旧せず、立ち往生しましたが、慣れている（？）のか食事を粛々とする人や、挨拶も続行されていきました。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/0a/5b/j/o0640048010762051210.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/0a/5b/j/o0640048010762051210.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div><br><br>およそ１５分後に一時的に復旧したのですが、その後も断続的に明かりがついたり消えたりしました。ジェネレーターの関係でしょう。私たちもその間を縫って挨拶をし、一通り食事を楽しみました。感動的な両親への手紙の朗読を含めた式のプログラムなど存在せず、満腹になって帰るというのが流れとなり、会場の人数が少なくなっていきます。私たちも最後に写真をとってもらい、会場を後にすることにしました。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/4d/e5/j/o0640048010762051215.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/4d/e5/j/o0640048010762051215.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>私の左側にいる夫婦は全く関係のない人です。勝手に入ってきました。<br><br>翌日はバンドンで仕事をし、帰りは高速バスでジャカルタに帰ることにしました。料金は７００円ほど。ガソリン代が日本の２分の１とはいえ、格安です。さらに乗客が少ない時間帯だったのか、私ともう一人で貸切状態でした。三人席を独占し、寝転んで帰ろうとしましたが・・・・高速でも道が凸凹で、寝ながら体が二回ほど宙に浮きました。快適とはいきませんでしたが、結婚式参加をかねたバンドン訪問は非常に意義深いものとなりました。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/0c/6b/j/o0640048010762075936.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100922/22/motoshi261719/0c/6b/j/o0640048010762075936.jpg" alt="$motoshiのブログ" border="0"></a></div>１５人乗りのマイクロバスでした。ディーゼル車で音もうるさく、寝られませんでしたね。
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<link>https://ameblo.jp/motoshi261719/entry-10656149132.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Sep 2010 21:55:40 +0900</pubDate>
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