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<title>mozukutohijikiのブログ</title>
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<description>大好きだった親友のこと。大好きな舞台、お笑い、LIVEのこと。前向きに生きるためにしてること。</description>
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<title>夢</title>
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<![CDATA[ <p>夢を見た</p><p>中学から高校までずっと片思いしてた人と会った。</p><p>久しぶりに会った彼は学生時代と変わらずすごくカッコ良かった。思い出話を2人で話してたら安達祐実が来て、私はお邪魔のような気がして退散した。安達祐実（笑）相変わらずモテるんだな。連絡先聞いておけば良かったと引き返すんだけど、彼はもうそこに居なくて、あきらめて自宅に戻る。何故か団地に住んでて入り口付近に椅子に座ってる人がいる。気にしながら階段を上がろうとするんだけど、その人の靴が目に入る。え？っと思って服装をちゃんと見直すとまぎれもなく心の友の彼女だった。大声で彼女の名前を呼んだ。こんなところで何してんの？彼女はやっと気がついた？と微笑みながらプレゼントがあるんだとビーズで作った手作りの花束をくれた。お誕生日おめでとう！え！？ありがとう！ごめん、私あなたの誕生日なんにもしてないのに。だけど晩御飯の仕度を早くしなきゃ！またね！そう言ってすぐに自宅に戻る私。で、また、あ！彼女今何処に住んでるんだろ？連絡先聞くの忘れたと思って引き返す。居ない。探して探して、やっと会うことができて、ゆっくりと久しぶりに彼女と2人でお茶することに。突然居なくなってからどうしてたの？！私の質問に彼女は今大金持ちの彼氏と一緒にいること、幸せに暮らしていることなどを話してくれた。私も、人生で1番好きだった人がいた話をしてたでしょ？その人に今日に会ったんだけど連絡先を聞きそびれてって話を彼女に聞いてもらいたくて話始めた。だけど、話してる途中で目が覚めていっきに現実に引き戻される。</p><p><br></p><p>はぁ</p><p>楽しかったな。</p><p><br></p><p>そっか、彼女死んだんだよな。</p><p><br></p><p>久しぶりの彼女の夢。</p><p>また見たい。</p><p><br></p><p>ずっと夢の中でいたい。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12677927772.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Jun 2021 08:20:37 +0900</pubDate>
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<title>シソンヌ</title>
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<![CDATA[ <p>私が今1番はまっているのはお笑い芸人のシソンヌだ。</p><p><br></p><p>じろうさんと長谷川さんのコントユニット。2014年のキングオブコントの王者らしいが、その当時は全く知らなかった。</p><p><br></p><p>私がシソンヌを知ったのは、2017年に観に行った舞台「スマートモテリーマン講座」だった。大好きな福田雄一さん作品で主演が安田顕さんなのでこれは絶対に笑えると思って観に行った。シソンヌ…へえ、お笑い芸人さんも出るんだな、くらいにしか思っていなかった。</p><p>舞台、それはもう爆笑の連発。お腹を抱えて笑った。</p><p>安田顕さんはもちろんのこと、シソンヌ、特にじろうさんの演技が面白くてたまらなかった。</p><p>めっちゃ面白い！シソンヌ！心を奪われた。</p><p>どんなコントやってるのかな？帰ってYouTubeを見た。爆笑！私の好みのお笑いだった。</p><p>このコントを生で見たい！</p><p>調べたら、シソンヌはモノクロというLiveで全国47都道府県を回るらしい。私の地元にも来る予定になっていたので即チケット購入。</p><p>2018年春、シソンヌのLiveに初めて行った。</p><p>たまらねぇ！めちゃくちゃはまった。</p><p>もう一度見たくて秋にも同じLiveに隣の県まで観に行った。</p><p>はまったらとことん好きになる。</p><p>2019年も全国モノクロLiveに行けるだけ行った。夏のシソンヌLIVEも2回行った。</p><p>岡山のモノクロLiveの帰り新幹線のホームでじろうさんに会った時は久々のドキドキで死ぬかと思った。</p><p><br></p><p>冬にWOWOWでこの夏のシソンヌLIVEが放送された。</p><p>そのことを書いたじろうさんの記事に、大学時代にシティボーイズのライブを見てお笑いの道に進んだと書いていて驚いた。</p><p>私もシティボーイズが大好きで毎年LIVEに足を運んでいたからだ。記事には大阪に居た頃大阪の会場でシティボーイズを観たと書いてあった。え？！もしかしたら同じ会場で同じものを観ていたのかも？勝手に想像して嬉しくなった。</p><p>ああ、だから私はシソンヌが好きなんだ。笑いのセンスが一緒なんだ。そういうことかと1人納得した。</p><p>当時、WOWOWでシティボーイズのLIVEが放送されていた。もちろん私も観ていた。シソンヌもついにWOWOWで放送されるようになったとじろうさんが喜んでるのをみて、同じように私も嬉しく思った。</p><p><br></p><p>コロナで2020年のモノクロLiveは中止。中止になる前の公演に2回行けたので良しとする。秋のシソンヌLIVEの本多劇場にも行けたし。</p><p>有吉の壁が始まってからテレビに出ることが増えたような？！もう全国はまわってくれないのかな？少し寂しい。</p><p>今はコロナで無理だけど、コロナがおさまったらまたまわって欲しいな。</p><p><br></p><p>それから、死ぬまでにじろうさんの故郷青森の弘前には行ってみたいと思っている。</p><p><br></p><p>まだまだ生きねば。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12672805813.html</link>
<pubDate>Thu, 06 May 2021 09:49:08 +0900</pubDate>
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<title>仕事</title>
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<![CDATA[ <p>私が初めて働いてお金を貰ったのは高校1年の夏。</p><p>市場の中にある花屋でのバイトだった。父親がうるさく、喫茶店や食堂で働くことを許してもらえなかった。花屋は夏休みと冬休みだけの短期バイトだったけれど楽しかった。高校3年で近所のスーパーのフードコートでハンバーガーやアイスクリームを売るバイトも始めたが、帰りが遅くなるので父親に叱られすぐに辞めてしまった。</p><p>高校を卒業し就職したのが農協の事務。農協は金融、購買、共済とやることが多かった。目標達成のために共済の夜間推進で毎日残業。帰りに夕日が見れる日はなかった。早く辞めたい、結婚して円満退社だ！そう思いながら頑張った。結局、結婚しても辞めず妊娠して臨月に入るまで7年弱働いて辞めた。ノルマのある仕事はもう2度とごめんだ！と思った。</p><p>子供３人に恵まれ、次に働いたのは朝刊の新聞配達。</p><p>朝方までTVをみて起きてるのなら、この時間働いて稼げるんじゃないか？そしたら生活にも余裕ができるのでは？と安易な気持ちで始めたが、これはキツいバイトだった。1ヶ月に1回しか休みがない。1時半に起きて2時に出勤、チラシを新聞にはさんでバイクに積み込み配達。終わるのが5時。帰って仮眠し、7時に起きて子供達を幼稚園に送りだす。睡眠時間がほぼない！という暮らしにどんどん家の中が荒んでいった。取り込んだ洗濯物をたたむことすら苦になりできない。洗い物が片付けられない、掃除なんてする気も起きない。こんな生活を2年続け、3番目の娘が幼稚園に入ると同時に辞めた。</p><p>それから、スーパーのレジ係に転職。10時〜14時までのパート。忙しい時は18時まで残ることもあったけど、この仕事は楽しかった。</p><p>子供３人が全員小学生になる頃、正社員で働くことを決意。母親が長年していた介護の仕事に興味があり、父親が癌で亡くなるまで介護していた母親の姿を見て、私も介護のプロになろうと思って就職した。</p><p>この仕事はやり甲斐も感じ、体力的にも精神的にもキツい仕事だったけれど介護福祉士の資格もとって15年続けた。最終的に身も心もボロボロになって辞めたのだけれど。</p><p>精神を病んでから、自分のことだけを考えて生きてこうと思うようになった。無理はしない。楽しいことだけ考えて生きていこうと考えた。</p><p>居酒屋で2年くらい働いた。体力的にはしんどかったけど、単純な仕事だし楽しかった。でも金土日に休みが取れなければ大好きなLiveに行けないので辞めた。片道30分弱の道のりを昼夜4往復もキツかった。</p><p>そして現在に至る。</p><p>現在の職場は10分以内の距離にある。14時からの週4、5時間勤務の事務仕事。朝ゆっくりできるので助かる。座り仕事で体力も使わない。繁忙期は忙しいし、お客様から理不尽に怒られることも多々あるが、命に関わるようなことはなく、謝まれば済むことだから精神的には楽なほうだ。</p><p>私は昔から自分よりも人のためや会社のためを優先し身を粉にして働いてきていた。責任感が強すぎると言われたこともある。人に褒められたい、良い人だと思われたい、そんなことを考えながら自分を犠牲にして仕事していたように思う。</p><p>でも、今は違う。人にどう思われようが関係ない。自分を大事にして、休みたい時に休ませてもらう。目の前にあるやらなければならないことだけをやればいいんだと思うようにしている。パートなんだしと思うようにしている。</p><p>人間関係はどんな仕事でもつきまとうし、何処の職場でもいろんな人がいる。もっとこうすればいいのにと思うこともある。気にしない、意見しない。深く付き合わない。それでやっていく。</p><p>給料は減ったしボーナスもないしでしんどいけれど、</p><p>今の仕事はまだ続けていける気がする。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12669064837.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Apr 2021 12:56:53 +0900</pubDate>
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<title>久しぶりの怒髪天</title>
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<![CDATA[ <p><br></p><p>2021年<br></p><p>怒髪天のツアーが始まった。もう我慢できなくなってきていた。4月の神戸と滋賀のチケットをとりあえず申し込んだ。</p><p>コロナの感染がまた拡大してきている。</p><p>今の今まで頑張って我慢してきたのに、ワクチンまでもうちょっとなのに、今行ったら今までの自粛がなんの意味も持たなくなるんじゃないか？そんなことも考えた。母にも泣いて止められ</p><p>神戸は仕方なく断念。</p><p>滋賀もやめておこうと思ってた。</p><p>だけど、だけど、もう１年以上も会っていない怒髪天にどうしても会いたくて、ギリギリのギリギリで行こう！と決めて雨の中高速を飛ばし向かった。</p><p>開演ギリギリに到着、階段を走ってあがり、検温、ドリンクチケットを受け取り、息も絶え絶えに会場に飛び込んだとたんにライブが始まる。ハァハァしながら男祭りで手拍子。久々の怒髪天の登場に号泣するかと思いきや、いつもと同じノリで自然と馴染めたのが不思議だった。</p><p>いつもと違ったのは、ギュウギュウに押されまくりで手をあげたら下ろせない状況だった怒髪天ライブが、両手を挙げても右に左にステップを踏める状況だったこと。自由自在に全身で怒髪天を受けとめ楽しめた。開放されたドアの前、最後列だったけど、メンバーが良く見えた。声援は送れないし、ダイブもないけど、これはこれで楽しい。こんなライブは初めてだった。</p><p>最後列だけど、シミさんに両手で手を振ると、気づいてくれて同じように両手で手を振り返してくれた。こんなちょっとしたことが明日への生きる力となる。坂さんのギャグ、友康さんのギター弾いてるあの顔！心に突き刺さるあの曲この曲を熱唱する兄ィ、何も変わってない大好きな怒髪天がそこにいた。</p><p>一年振りに聞く、兄ィの「生きてまた会おうぜ！」が</p><p>心に沁みに沁みた。</p><p><br></p><p><br></p><p>LIVE後、いつもLIVEで仲良くしてくれているお友達2人にご挨拶に行った。滋賀も行けないとLINEをしていたので、会った瞬間泣いて抱きついてくれた。2人とも会えて嬉しいと泣いてくれた。</p><p>ど真ん中節で私を思い出して泣いてくれたって。</p><p>こんな私に涙してくれる人達がいたんだ。</p><p>嬉しくて嬉しくて、すごく嬉しくて泣いた。</p><p>怒髪天が繋げてくれた縁。</p><p><br></p><p>うん、まだ生きていける。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12667682717.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Apr 2021 10:48:57 +0900</pubDate>
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<title>ライブ</title>
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<![CDATA[ <p>コロナでライブに行くのをずっと自粛していた。</p><p>最後に行ったのは2020年2月の忘れてモーテルズのライブ。怒髪天は1月が最後だった。</p><p>2019年は自由に休みがとれる仕事に転職、行きたいライブに自由に行けるようになり月に3、4本行って充実した毎日だった。2020年、行く予定の舞台やライブの公演が次々と中止になって払い戻しで涙。</p><p>緊急事態宣言後、夏頃からライブは再開されたけど、チケットを購入した50回転ズのライブは行くのをやめた。</p><p>SNSではライブの情報や行った人達の感想がつづられていて、そんなのを見るたびに、行きたいのに行けない悲しさや悔しさが込み上げて胸が苦しくなった。</p><p><br></p><p>2020年秋。</p><p>娘の離婚問題勃発で精神的に落ち込んだ。友達のいない私は誰にも自分の気持ちを話すこともできず、旦那に話したところでめんどくさがられ、持っていくところがない思いに1人苦しんだ。私は離婚してほしくなかった。</p><p>娘は私の意見に耳を傾けることなく自分の意志を貫き、私の知らぬ間に離婚届を提出していた。</p><p>コロナ禍ストレス発散の場などどこにもない状況。辛い。</p><p>彼女に会いたい…。またそんな思いが頭をよぎる。</p><p>もう、どうなったってもういいや。そんな思いから、10月の本多劇場シソンヌライブに行くことを決めた。</p><p>大好きなシソンヌライブも2月に行ったきりその後の公演がすべて中止になっていた。1人で新幹線に乗り込み下北沢まで観にいった。コロナ対策として、検温、消毒、１つとばしの座席、座席と座席の間に仕切りがあった。換気の時間もあり、安心して楽しめた。たくさん笑った帰り、娘のことで苦しんだ気持ちがどこかに消えていた。ああ、やっぱりライブはいいな。好きなものを観るのは自分には欠かせないんだと思った。</p><p>自粛してたけど、舞台だけでも行こうと思えるようになった。でも、やっぱりライブハウスに足を運ぶ気にはなれない。劇場は天井も高くて空間が広い。じっと座って観てるだけ。感染対策もしっかりされているイメージなんだけど。ライブハウスのあの狭い空間に飛び込む勇気が湧かなかった。</p><p>舞台だけでも行く楽しみができると、SNSでライブ情報を見ても何も感じなくなった。悲しい、悔しい気持ちが以前に比べて感じない。長いこと行ってないから麻痺しているのかな？とも思えるくらい。楽しみができると心も穏やかになるものだ。帰ってきた娘との仲も良くなってきた。</p><p>11月にはねずみの三銃士の獣道一直線！、2021年2月にはモンティーパイソンのスパマロットを観に行って、笑いに笑った。</p><p>生の舞台はやっぱ良い。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12667680680.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Apr 2021 10:36:57 +0900</pubDate>
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<title>独り</title>
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<![CDATA[ <p>同じ趣味、共通の話題、喜びや哀しみを分かち合えることができる人がそばに居ることを当たり前のように思っている頃もあった。そんな人を失い独りぼっちになった今、友達がいるということがどれだけ幸せなことだったのかということを思い知らされている。</p><p>以前は友達と一緒に行った舞台やコンサートも</p><p>何処に行くのも1人で行くようになった。1人でご飯も行けるようになった。思うままに自由に動けるので1人で楽なこともある。だけど、やっぱり彼女を思い出してしまう。彼女とならもっと楽しめただろうなと。楽しそうに話ながら食事をしている人達を見て羨ましくなる。</p><p>母や妹、子供達にもそれぞれ親友はいる。いいな。と思う。</p><p>SNSで仲良くなった人もいる。同じ趣味の仲間。</p><p>でもその人達にもそれぞれ親友がいる。私じゃない。寂しいな。と思う。</p><p>好きなドラマの話がしたい。好きなお笑いの話がしたい。好きなさだまさしの話がしたい。猫の話がしたい。SMAP解散したことも知らない彼女。SMAPの話がしたい。彼女が居たらどんなに楽しいだろう。</p><p><br></p><p>介護の仕事を辞めてから精神的に落ち着き、薬を飲まなくても生活できるようになった。家事もなんなくこなせるようになり、倦怠感や気分の落ち込みもなく過ごせてはいる。だけど、楽しいことや悲しいことをだれとも分かち合えないのが辛い。</p><p>かと言って、新しい友達を見つけようとは思わない。</p><p>人間関係って複雑。そんな中に入っていくのがしんどい。</p><p>新しい職場で、女性同士のすさまじい人間関係を目の当たりにして、益々そんな中で溺れたくないと思ってしまった。</p><p><br></p><p><br></p><p>映画、ドラマ、舞台、ライブ、観たいものを観て楽しんで、行きたいところに行って楽しむ。</p><p>友達はいないけど、1人でも楽しいと思えることを見つけて暮らしていけたらいいな。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12663072125.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Mar 2021 11:15:40 +0900</pubDate>
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<item>
<title>怒髪天</title>
<description>
<![CDATA[ <p>無断欠勤、自殺未遂騒ぎを起こしてから、私は生きていてもただ息をしているだけ、抜け殻のようになっていた。Sちゃんとは仲直りはできたが、お互い口には出さないがわだかまりはあった。心の友であった彼女を亡くし、親身に話を聞いてくれ助けてくれたSちゃんを私が勝手に彼女のかわりにしようとしていたのかも知れないなと思った。彼女のような心の友が欲しくてSちゃんに依存していたのだなと思った。</p><p>Sちゃんや仕事仲間、学生時代の友達と食事やカラオケに行って笑うこともあったが、心が満たされることはなかった。</p><p>私の心のシャッターは固く閉ざされ誰にも開けなくなっていたからだった。悩みや相談事は夫の機嫌を見て話をするようにはした。だけど、時間がたつにつれ面倒くさがられるようになり、口を噤むようになっていった。</p><p>心を許せる人がまわりに誰もいない。</p><p>上辺だけの付き合いの人達。</p><p>彼女のことを思い出さない日はなかった。</p><p>彼女と同じように心のシャッター全開で付き合える友達の作り方がもうわからなくなってしまった。依存して嫌われてしまうのが怖かった。</p><p>死にたい。</p><p>寂しさが押し寄せ彼女に会いたいとばかり考えていた。</p><p>そんな時には怒髪天のあの歌を聴いた。</p><p><br></p><p>生きてるだけでOK!いろいろあるけど。</p><p>まずは目覚めてひとりガッツポーズ！今日も生きてるそれでひとつ勝ちだぜ！</p><p><br></p><p>そうだ。生きてるだけでいいんだ。他はどうでもいいんだ。とにかく生きてたらいいんだ。</p><p><br></p><p><br></p><p>久しぶりに怒髪天のライブに行った。</p><p><br></p><p>どの歌も私の心に突き刺さる。号泣しながらめちゃくちゃ騒いだ。</p><p>嫌なことを忘れてすごく楽しかった。こんな楽しいことまだあったんだと思った。</p><p><br></p><p>一番心に突き刺さったのはライブ終了後のボーカル増子さんの一言だった。</p><p>「生きてまた会おうぜ！！」</p><p>大号泣だった。</p><p><br></p><p>次のライブまでは生きなきゃ！と思った。</p><p><br></p><p>それからの私は、次のライブまで、次のライブまでと</p><p>生きのびてきている。</p><p>怒髪天のライブに行けばその時だけは何もかも忘れることができた。生きる力をもらえた。</p><p><br></p><p>どん底にいる私を救ってくれたのは怒髪天だった。</p><p><br></p><p>怒髪天のライブに通うようになり、ファン同士の仲間ができた。</p><p>大好きな怒髪天の話をできるのはとても嬉しかった。</p><p><br></p><p>だけど、心のシャッターは閉じたまんま。</p><p>もう一生、彼女のような心の友をつくることができないと思うと寂しくてたまらなくなる。</p><p><br></p><p>だけど、これが私の運命なんだと思うことにした。</p><p><br></p><p>これが、あんなに仲良かった友達を２人とも自殺から救うことができずにいた自分が受ける罰なんだと。</p><p><br></p><p>時折、死にたいとは思う。</p><p>でも、あの時とはちがう。</p><p>死にたいと考える時に、母や夫、子供達のことが頭に浮かぶ。</p><p>生きてるだけでいいんだ。とにかく生きようと思いなおす。</p><p>だから自殺はしない自信はある。</p><p><br></p><p>だけど、死にたくないとはいっさい思わない。</p><p>病気や事故で死ねるものなら早く死にたい。</p><p><br></p><p>生きている意味がわからない。</p><p><br></p><p>とりあえず、次のライブまで</p><p>死んじゃダメだと言ってくれるまわりの人のためだけに生きている。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12660256778.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Mar 2021 09:15:39 +0900</pubDate>
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<title>好きなこと　好きな人</title>
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<![CDATA[ <p>私は幼い頃、アグネスチャンやフィンガー5が好きだった。小学生の頃は水谷豊が大好きでプロマイドを集めレコードも聴いた。吉本新喜劇の木村進に胸ときめかせ、土曜の授業が終わると新喜劇に間に合うよう走って帰った。中学生になると、皆がたのきんに夢中になるなかイモ欽トリオにハマっていた。イモ欽のワルオが大好きだった。さだまさしもこっそり好きだった。高校生になり、蒲田行進曲を観てからは風間杜夫にハマる。人生で初めてとことんハマった。風間杜夫がちょっとでも出てる雑誌は買いあさり、出てる映画もすべて1人で観に行った。レコード、写真集はもちろん、コンサートも観に行った。地元以外のところに行ったのは風間杜夫が初めてだった。風間杜夫ノートも作ってコンサートの内容を記録した。お芝居が好きになったのもこのくらいからだと思う。その頃は風間杜夫に会いたいがあまり女優になりたいとまで思っていた。いろんなオーディションに書類選考で落とされていたが。もともとガラスの仮面を読んでお芝居が気になってはいたが、風間杜夫が居たつかこうへい劇団のことを知るともっと興味が湧いてきたのだった。</p><p><br></p><p>私が初めて行ったコンサートはピンクレディ。</p><p>それから高校生になるまで行ったことはなかった。</p><p>風間杜夫熱が冷めてからはALFEEのコンサートによく行った。ライブの高揚感を初めて知ったのはALFEEだ。行くたびに2Kg痩せるほど大暴れだった記憶がある。演劇観賞会に加入しお芝居もよく観に行くようになった。</p><p><br></p><p>結婚し彼女と知り合ってからはSMAPのコンサートによく行った。彼女は中居くん、私は吾郎ちゃんが好きだった。彼女に教えてもらってハマったのは三谷幸喜。三谷幸喜のお芝居を観に行くようになってから喜劇が楽しくてしょうがなくなった。WOWOWでシティボーイズのライブを観てからはどうしても生で観たくて毎年足を運んで観に行くようになった。生で観る舞台やライブは最高だ。子供達を連れて観に行ったディズニーのアイススケートショーで、ミッキー！！と誰よりも興奮して叫んだのは私だった。</p><p>子供達が小さい頃は、ウルトラマンや仮面ライダー、ゴジラ、戦隊モノ、人形劇団は必ず観に行った。子供に見せたいのではなく自分が見たかったからだった。</p><p><br></p><p>デイサービスの前、夜勤のある施設で働いていた頃、ミュージックシャワーを観ていて気になるバンドがあった。労働callingという歌がググッときたのだった。</p><p>誰これ？何てバンドなんだろう？</p><p>調べたら怒髪天というバンドだった。</p><p>YouTubeで調べると他の曲どれもググッとくる。</p><p>これは観に行かねば！とすぐにライブ情報を調べた。</p><p>そして、生まれて初めてライブハウスというところに行くこととなった。オールスタンディングでのあの一体感と爆音。たまらなく好きになった。</p><p><br></p><p>大好きな舞台やライブが職場の移動と共に訪れた暗黒時代には足繁く行けなくなってしまったいた。</p><p>年に1〜2回お芝居を観に行くのがやっとだった。</p><p><br></p><p>仕事を辞めると決めた頃、仕事に対しては心に余裕ができたものの、でもまだ精神的に落ち込み死ぬことを考えることが多かった。そんな時に怒髪天の歌を思い出した。生きてるだけでOK!と言う歌詞がある歌。怒髪天、また行こうって思って行けなかったな、今どうなってるのかな？調べると、あれから武道館ライブを成功させていたことがわかった。すぐに武道館ライブのDVDを買って観た。良い！やっぱり良い！すごいな。あの日行ったライブで、こんなにたくさん来てくれるようになって嬉しいと泣いていたボーカルの増子さん。すごいよ！武道館でライブ成功させたんだ！めちゃくちゃカッコいい！嬉しかっただろうな。</p><p>ああ、また怒髪天のライブに行って騒ぎたいな。と思った。</p><p>近日、地元に怒髪天が来ることを知り嬉しかった。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12660232042.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Mar 2021 05:52:45 +0900</pubDate>
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<title>休息</title>
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<![CDATA[ <p>1ヶ月仕事を休むことにはなったものの</p><p>他の皆んなに負担をかけていると思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。</p><p>買い物に出かけてデイサービスの送迎車を見かけると身体が震え、過呼吸になった。</p><p>皆んなに負担をかけて申し訳ない。そんな気持ちでいることを夫に話すと、おまえが居なくても仕事はまわる。居なきゃ居ないで何とかなるもんだ。おまえが心配することではない、それは上の者が考えることだ。と言ってくれた。</p><p>家事もできないでいる私に夫は文句を言わずにいてくれた。</p><p>何をする気力もなく、ただボォーっと過ごす毎日。<br></p><p><br></p><p>いろんなことを沢山考えた。</p><p>そういえば、ここ最近、人と話をするのがしんどくてたまらなかったな。昼休憩も食欲なくサラダをササっと食べるだけだったし、周りの皆んなが楽しげな会話が鬱陶しくてたまらなかった。誰とも口を聞きたくなかったし、話かけられるのもしんどかったな。</p><p>これが病気だってことなのか？</p><p>そうか、死にたくなるのも病気なんだ。</p><p>じゃあ、彼女も病気だったんだ。娘のことばかり考えて彼女が病気になってたことさえ私は気づいてあげれなかったんだ。</p><p><br></p><p>あっという間に1ヶ月は過ぎた。</p><p><br></p><p>私は管理者を下ろしてもらえた。何の役職もいらない、一番下っ端でなら働いていけると言う私の気持ちも受け入れてもらえた。Sちゃんが管理者を引き受けてくれることになった。私は上に立って指揮ができるタイプではない。性格的に無理だったのだ。担いでいた重い荷物を降ろし心も軽く新しい気持ちで頑張ってみようと思うようになっていた。精神科でもらって服用しているお薬も効いてきていたのか気力も出てきたように思えた。</p><p><br></p><p>それから2年、相変わらず忙しい毎日。</p><p><br></p><p>Sちゃんが胃潰瘍で倒れた。私も薬が手放せない毎日が続いて限界だった。</p><p>Sちゃんが退職願いを出した数ヶ月後、私も退職願いを出し仕事を辞めた。</p><p><br></p><p>仕事を辞めてから数ヶ月、捕らわれていた何かから解放され、心も楽になり、飲んでいた薬も少しずつ減らし、飲まなくでも生活できるようになっていった。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mozukutohijiki/entry-12660229091.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Mar 2021 04:43:32 +0900</pubDate>
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<item>
<title>仕事</title>
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<![CDATA[ Sちゃんが来てくれ、私の肩の荷は少し軽くなった気がした。だけど、相変わらず残業続きの日々。2人で施設に泊まり込む日もあった。もう何ヶ月こんな日々が続いているのだろう。いつまで続くのだろう。考えたら気が遠くなった。仕事で2人の意見がぶつかることもある。<div><br></div><div>季節はもう夏になっていた。</div><div>そんなある日、終礼で私の冗談のつもりで言った一言がきっかけで私はSちゃんをひどく怒らせてしまった。</div><div>Sちゃんにもうあなたと一緒に仕事できない！と言われてしまった。何度も何度も謝ったが許してもらえなかった。</div><div>駐車場でひとり泣いているとSちゃんが来た。主任に話してきたから。もう私はあなたとは一緒にできない。明日から1人でやっていって。と言われてしまった。</div><div>目の前が真っ暗になった。狂ったように泣き喚き、ごめんごめんごめんごめん、そんなつもりで言ったんじゃない許して許してくださいと何度もSちゃんに言った。だけど、もうあなたとはやっていけない。彼女はそれしか言わなかった。</div><div>終わった。</div><div>頭の中に絶望という文字が浮かんでそのまんま暗闇の中に落ちて行く感覚になった。</div><div>彼女が亡くなり、助けてくれたSちゃん。</div><div>私はSちゃんに甘えていたのかも知れない。心の支えに勝手にしてしまっていた。そんなSちゃんに突き放され、全てを失ってしまったような感覚になった。</div><div><br></div><div>天国の彼女に会いたい。会いに行こう。</div><div><br></div><div>気がついたらホームセンターで練炭を探してた。</div><div>夏場に練炭も七輪も売ってなかった。</div><div>七輪のようなバーベキューセットと木炭を買った。</div><div>煙が出れば彼女のもとに行けるだろうと思った。</div><div><br></div><div>河原の公園の駐車場に車を止め、生前の彼女に眠れない時はこれを飲めばいいよと貰っていたデパスの残り4錠と缶ビール3本を一気に飲んだ。お酒が弱い私は普段缶ビール1本が限界だったけど、なぜかその時は飲めた。バーベキューセットに木炭を並べライターで火を付けようする。しかし、どんなに頑張っても火が付かない。そうだ、着火剤とバーナーがいるんだったな。</div><div>また明日にするか。意識が朦朧としていたがいったん家に帰ることにした。どうやって帰ったかは覚えていない。とにかく家に辿り着き、和室の畳の上に倒れ込んだのだけは覚えている。</div><div><br></div><div>目が覚めて時計を見ると昼の12時を過ぎた頃だった。</div><div>無断欠勤か。</div><div>ま、いいか、どうせ死ぬんだから。</div><div>着火剤とバーナーを買いに行かなくては。</div><div>起き上がりすぐに車を走らせた。</div><div>ホームセンターで着火剤とバーナーを購入。</div><div>さて、どこで死のうかな。</div><div>とりあえず山に向かった。</div><div>峠を超えてふと看板を見ると大学で下宿をしている長男が住む町の名前が出てきた。</div><div>そうだ、しばらく会ってないな。死ぬ前に会いたいな。通ったこともない道をひたすら長男に会うためだけを考えて車を走らせた。</div><div>下宿先に付くと長男は部屋に居た。急にどうしたの？と驚いた顔をする長男を見て涙が溢れた。</div><div>お母さんもうダメだ。死ぬ前にあんたの顔が見たくて。冗談で言ってるのだと思ったのか長男は笑った。</div><div>ちょっとしばらく休ませて。長男の部屋で暗くなるのを待った。</div><div>じゃあ、帰るね。それだけ言って死に場所を探しに長男の部屋を出た。</div><div>そしてまた山に向かった。</div><div>しばらくすると、山の中にトイレだけある小さな道の駅を見つけた。うん、ここにしよう。車を止めた。</div><div>死ぬ前にメールをしなくちゃ。夫宛てのメールを打った。Sちゃんにも謝罪の気持ちをメールに打った。</div><div>送信は火を付けてからにしよう。</div><div>買ってきた着火剤を後部座席にあるバーベキューセットの木炭に乗せた。もしかしたらライターで火が付くかも？バーナーは使わずライターで火を付けた。昨日と違って、ボッ！っと勢いよく火がついた。モクモクと煙が車内に充満する。</div><div>メールを送信しなきゃ！煙の中で震える手で送信ボタンを押した。ゲホッゴホッ！このまま我慢したら彼女と会える。そう思った。</div><div>しかし、ボォー！と勢いよく燃える木炭。そばにあったバーベキューセットを入れていた段ボールに火がついた。このままだとガソリンに引火して爆発するだろうな、焼死か、どっちにしろ死ねるからいいか。そんなことを考えた。けど、やっぱりダメだ！彼女のようにキレイに死にたい。真っ黒の死体を子供達に見せるわけにはいかない。そう思うと、そばにあった毛布で火を消し、バーベキューセットを外に引きずり出していた。</div><div>泣きながら夜が明けるのを山の中で待った。</div><div><br></div><div>やっぱり練炭を探すしかない。</div><div>夜があけてすぐ車を走らせた。</div><div>峠を超え、携帯でホームセンターを探し、何軒も練炭を探して回った。</div><div>だけど、どこにも売ってなかった。</div><div>これじゃあ彼女のところに行けない！なんでないの！</div><div>涙が止まらなかった。</div><div><br></div><div>メール受信BOXにはたくさんメールが届いていた。</div><div>返信はしない。</div><div>死ぬなとか、帰ってこいというメールを見ても何とも思わなかった。なんで死んだらダメなの？そんなに私を苦しめたいのか？とも思った。</div><div>そうしてらまた練炭を求めて彷徨った。何処にもない。</div><div><br></div><div>此処にも無かったな。ホームセンターの駐車場で1人落ち込んでいて、彼女が行方不明になった時のことが頭に浮かんだ。私も彼女にたくさんメールしたな。彼女は私のメールが届く前に逝ってしまったんだな。私に何にも言わずに逝ってしまったな。そうか彼女はこんな気持ちだったんだ。今なら彼女の気持ちはわかる。</div><div>死のう、死にたい、死ななきゃって思ったら、家族やまわりの人のことなんか何にも考えないんだ。ただひたすら死ぬことしか考えられないんだ。</div><div>苦しい、逃げたい、楽になりたい、頭の中はそれだけなんだ。</div><div>そんなことを考えながら、また泣いて泣いて泣いて泣いて。</div><div><br></div><div>鏡を見ると、目の上が蜂にでも刺されたかのに腫れあがっていた。どれだけ泣いたらこんな顔になるのだろう。</div><div>炭の匂いが全身に染みこみ、ボサボサの髪、ポンポンに腫れ上がった瞼に真っ黒な顔。不審者にしか見えないなと思った。</div><div><br></div><div>練炭が見つからないのは</div><div>もしかしたら、彼女が来るなって言ってるのかな？</div><div>ふとそう思った。</div><div><br></div><div>スーパーでおにぎりを買って食べた。こんな時でもお腹がすいて食べるんだな。</div><div>メールを見る。</div><div>長男や母からも心配している内容のメールがたくさん届いていた。長男は責任を感じ夜中暗闇の山の中を自転車で探したという。お化け屋敷が大嫌いなあの長男が。</div><div>ダメだ。今回はあきらめよう。と思った。</div><div>そして</div><div>メールに返信をした。</div><div>これから長男の家に行くよ。</div><div><br></div><div>長男の家に夫が電車で迎えに来た。</div><div>Sちゃんから連絡があり事情は聞いたとのことだった。Sちゃんがすごく心配していたよと教えてくれた。</div><div>私は夫に仕事の話をしたことがなかった。</div><div>彼女が亡くなった時も何も話していない。</div><div>帰り道、私は彼女のこと、仕事のこと、Sちゃんのこと、自分の気持ちを全て夫に話をした。夫は黙って聞いてくれ、今回の私の行動を責めたり説教したりすることはなかった。</div><div>Sちゃんに連絡だけはするように言われ、心配かけたことを謝った。仕事のことは何も心配いらない、私がちゃんとやってる。皆んなには体調不良で休んでるって言ってるから。あなたが出て来れるようになったら来てとSちゃんは言ってくれ、どうしようもないこの顔が元に戻ったら行くと伝えた。</div><div><br></div><div>次の日、Sちゃん家近くの喫茶店に待ち合わせSちゃんに会った。Sちゃんを怒らせてしまったこと、心配かけてしまったことを謝った。そしてもうこれ以上管理者として仕事をしていく自信がないことも話をした。Sちゃんは、毎日の忙しさから自分も精神的におかしくなってしまっていたんだと、お互いにおかしくなってるんだよと話をしてくれた。そして、もうすぐ私の夫が来る。あなたに話があるようだから聞いてと言われた。Sちゃんの夫とは初めてではない。家に遊びに行った時に何度も顔を合わし、気さくに話ができる関係ではあった。</div><div>しばらくしてやって来たSちゃんの夫。話って何だろう？と思ったが、心配かけてごめんなさいとまずは謝った。</div><div>すると、あのさ、仕事のこととか、いろんな悩み事とか、旦那さんには話をしないの？とSちゃんの夫は聞いてきた。</div><div>今まで何も話したことは無かった。今回初めて話した。と話すと、</div><div>うん、そうか、相談はちゃんと旦那さんにしないといけない、もっとちゃんと旦那さんと話をするようにしなくちゃいけないと言われた。</div><div>ガーン！と頭を殴られたような感覚になった。</div><div>うちの嫁にはもう関わってくれるな！と言われた気がしたからだった。悩みや相談事はうちの嫁にではなく旦那にしろと言っているのだなと思った。</div><div>うん、わかった。これからはそうするようにするね。と答えた。</div><div><br></div><div>次の日、夫と共に主任に会った。私が仕事に行けるようにと自分が主任に話をすると言ってくれたからだった。そして管理者を下ろしてくれるよう話をしてくれた。この仕事は好きだから続けたい。でも管理者という大きな責任を抱えては潰れてしまうと自分の口からも主任に話をした。</div><div><br></div><div>精神科を受診し、1ヶ月仕事を休むようにという診断が出た。私は診断書を提出し、仕事を休むことになった。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Tue, 23 Feb 2021 12:57:54 +0900</pubDate>
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