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<title>ms07200310のブログ</title>
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<title>私の顔が壊れた❗</title>
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<![CDATA[ 2019年　12月<div><br></div><div>術後２日で初めて鏡で顔を見た。先生から「顔面麻痺は残ります」と言われていたし、約１年右側の顔が落ちて過ごしていたので、ある程度の覚悟はあった。..,でも、ビックリした。術後の腫れもあったが、思わず下を向いてしまう程の崩壊だった。</div><div>この日から４ヶ月たった今も、顔を上げて歩くことはない。受け入れられないままです。</div><div>退院は６日後で、点滴やドレーンは順調に外れ、20センチ程切った傷も痛々しかったが、看護士さんにテープの張り方を教わり帰宅の許可が降りた。不都合だったのは、口が開かないので飲食やうがいが大変だった。麻痺側の右側に食べ物がいってしまうと、口の中で行方不明になり飲み込めない。ストローが使えない、「かじる」ことができない。等等。更に、微熱があり鼻水が止まらず、鼻のかみすぎで鼻の下がヒリヒリ(すぐに高級なティッシュを買った)、目も瞼の垂れでものが見にくい。いろいろかかえるものがあったけど、無事に退院しました。</div><div><br></div><div>自宅ではテレビを見るために、リビングに布団を敷いて１週間過ごしました。その時、右耳が聞こえないことに気づく。38度前後の熱があったので4日間ほとんど眠ってばかりで、不便は無く少しずつ音がとれるようになりました。</div><div><br></div><div>１週間で床上げをして、少しずつ元の生活に近づけて行きました。</div><div><br></div><div>その時点で年末だったので、暇をもて余すこともなく、忙しく令和2年を迎えました。</div><div><br></div><div>この先は次回に。　　受け入れられない顔面、もて余す時間、25回の放射線治療、大ショック😱の味覚障害の記録になります。</div><div><br></div><div>ありがとうございました。</div>
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<link>https://ameblo.jp/ms07200310/entry-12585238607.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Mar 2020 21:29:49 +0900</pubDate>
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<title>いよいよ手術。</title>
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<![CDATA[ 2019年　12月13日　金曜日<div>　　(13日の金曜日、って嫌だよね)</div><div><br></div><div>前日21時から食事、朝からは飲食を止められ8時に飲むゼリーを飲み、本日２番目の手術を待つことに。お昼頃呼ばれ、家族とは手術室入口で握手をして別れた。分娩台しか知らない私は初めての手術室にビックリ👀‼️　執刀する先生や麻酔科の先生、看護士さんの紹介のあと、いろいろな医療器具が置いてある手術台に登り、その後はマサに、まな板の上の...そのもの。</div><div><br></div><div>「○○さん、終わったよ。取れた腫瘍見る？」って、すぐに聞かれても「ハイ」って答えるしかない。でも、見せられてもどんなものかもわからず、次に目が覚めたのは娘の声でした。</div><div>　「お母さん、お母さん終わったよ」</div><div><br></div><div>顔面神経が骨に浸潤してたら、足のふくらはぎから移植するので、手術時間は6時間から9時間かかると聞いていましたが、悪性の腫瘍はきれいに取れ、比較的太い顔面神経も1本取ったが繋げられ、少し腫れていたリンパ節も取り、移植せずに、5時間で終わりました。</div><div><br></div><div>娘に術後の写真を撮っておいてもらい、家族は帰って行きました。</div><div><br></div><div>その晩は、ベッド上の自分がどうなっているやらわからず、ちょっと動くだけで吐き気が襲い、ナースコールを押していいものかもわからず、右側を切っているので左しか向けず。最悪なのは、右側の時計⏰が見れず時間がわからない❗1、2時間置きにナースが来てくれ、その度に左を向いてゲボッっと嘔吐。外が明るくなるのが待ち遠しかった。</div><div><br></div><div>4、5時間空けて、吐き気止めを入れてもらうが全く効かず、その日の食事は口に入ることは無かったです。夕方には尿の管が取れ、フラフラしながらトイレへ。その後、夜中に一度だけトイレに行きました。洗面台の鏡は暗かったので、翌朝初めて術後の打ちのめされる程変わってしまった自分の顔を見ました。</div><div><br></div><div>続きはまた後日に。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/ms07200310/entry-12576162913.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Feb 2020 09:22:07 +0900</pubDate>
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<title>この病気になったのは</title>
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<![CDATA[ 2019年　7月<div><br></div><div>右耳👂の下が少し腫れて痛い。熱も出てきて「これはヤバい❗」と、仕事に行く前に近くの耳鼻科へ行った。ささっと触診して耳の中を看て「耳の中に異常はありません。抗生剤と痛み止め出します。」と、あっさり言われるが、このあたりから痛みが強くなる。仕事になりそうにならないので休みをもらい、いつも行く内科へ行って話すと、「耳下腺炎かもしれない。薬は出さずそのまま様子みて」と言われ、家で寝ていると、39度の熱と右耳👂の下の痛みが半端無い。解熱剤とアイスノンを使っても効かず、翌日再び受診。「あれ？顔下がってるね」と言われ、大学病院へ紹介状を持って看てもらうように。翌日、受診すると顔面神経麻痺と帯状疱疹と言われ、再びステロイドで治療開始。</div><div><br></div><div>2019年　9月</div><div><br></div><div>服薬するも、右の顔が戻らないので「ごくまれに、腫瘍があって顔が戻らない事があるので、MRI を撮りましょう。午後には結果が出ます。」...午後、呼ばれると「包括がんセンターへ行ってください」って言われ、予約の電話をすると10月1日に取れた。</div><div><br></div><div>2019年　10月</div><div><br></div><div>「うーん、大丈夫だと思うけど、とりあえず検査しましょう。」</div><div>10日程の間に、CT 、MRI 、エコー、病理細胞診(耳の後ろから採血針の太さの針をぐきぐき入れて、細胞を取る、怖くて痛い！)を済ませた。</div><div>15日に検査の結果をこの日初めて主人と一緒に聞きに行く。</div><div>「普通は無いものがあります。腫瘍の形も悪性に近いです。このまま放置すると生死に関わるので、早めに摘出手術をした方がいいです。」</div><div>と言われた。</div><div>この日がくるまで、仕事もゴルフもしていたが、悪性=癌=死　も、いろいろ調べて頭に入っていた。ただ、「私は大丈夫❗」と、何も根拠無しに思っていた。だって、ご飯は美味しいし、ゴルフはベストスコア出るし、仕事もバリバリやっていたので、そう思っていました。</div><div>先生からのお話を聞いて、それほどの落胆も無く、「分かりました、取っちゃってください。ただ、私、オリンピックのボランティアが決まっていて、その研修が12月の初めにあるのでそれが終わってからにしてください。」「では、12月13日が一番早いのでそこでやりましょう。」と、苦笑いしながら先生はパソコンに予約を入れていました。</div><div><br></div><div>看護士さんからその後の流れを聞き、主人と病院を後にしました。病院の近くに有名なラーメン🍜屋さんがあると聞いていたので、お昼はそこで食べました。約二十年間主人と二人でラーメン専門店をしていたので、ラーメンにはうるさい主人が「麺は硬けりゃいいってもんじやないんだよ。バランスが悪いなぁ」と文句を言いながら食べていました。</div><div><br></div><div>先ずは、心配している子ども達にラインをして、夜電話することにして、母親には内緒にすることにして、家路に着く車の中で初めて涙😢が出ました。</div><div><br></div><div><br></div><div>2019年　　11月</div><div><br></div><div>職場には、休職扱いしてもらえる、と教えてもらい、12月から休むことにして、ゴルフは毎週休みに行って、今のうちできることを全部するつもりで過ごしました。</div><div><br></div><div>2019年　　12月</div><div><br></div><div>美容院で耳のまわりを刈り上げてもらい、髪を染め、泊まりがけでゴルフをして、孫とアナ雪を見て12日に入院しました。</div><div><br></div><div><br></div><div>この続きはまた後日。こうして振り返ると、2019年は息子がイタリアに転勤したり、娘婿が病気になったり、本当にいろいろありました。</div><div>次回は手術のことを、書こうと思います。</div><div>ありがとうございました‼️</div>
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<link>https://ameblo.jp/ms07200310/entry-12573630811.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Feb 2020 10:08:24 +0900</pubDate>
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<title>この病気になったのは...</title>
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<![CDATA[ 2018年12月20日<div><br></div><div>朝、鏡を見ると顔の右側が変？</div><div>数日前から風邪の症状があり、悪化したのかな？　でも、早番だから早く出かけなくては...と出勤。特別養護老人ホームで介護士をしていて、休めない。とりあえず出勤すると、施設の看護士から「早く病院に行ってください」と言われた。近くの脳神経外科でMRI を撮り、末梢神経顔面麻痺で、「ステロイドで99%元に戻ります」と言われる。この日から大事をとって仕事は時短にしてもらう。</div><div><br></div><div>2019年2月末</div><div><br></div><div>元に戻る、と言われたが、多少口の下がりが戻ったかな？位で、再びMRI をすすめられる。...が、瞼のたれや口の歪みも慣れてくると、それほど生活に困らなかったので、検査をせず経過観察していた。</div><div><br></div><div>2019年　4月</div><div>発症して約５ヶ月経って、ほぼ治った。仕事も大好きなゴルフも普通に出来たし、ご飯も美味しくて自分では完治、と思っていました。</div><div><br></div><div>このあとは、また今度。</div><div><br></div><div>明日は来週から始まる放射線治療の計画を決めるので、早起きするので終わりにします🙇⤵️</div><div>ありがとうございました。</div>
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<link>https://ameblo.jp/ms07200310/entry-12572564524.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Feb 2020 21:24:01 +0900</pubDate>
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