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<title>山の声を聴け</title>
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<description>なぜ山に登るんだ？――足に聞いてくれ！　山って何だ……？</description>
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<title>比喩</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Tue, 05 Jul 2022 19:07:47 +0900</pubDate>
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<title>憲法殺害</title>
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<![CDATA[ <p>　憲法は９９条で、統治権力の担当者にたいして憲法の尊重と擁護を義務づけている。天皇はじめ、国会議員、裁判官、官僚、役人にいたるまで、権力を行使する側の人びとには憲法尊重擁護の義務がある。およそ近代憲法とは、制定権者である国民から権力にたいする命令書であり、権力を抑え込んで国民の人権をまもる法である。憲法を守る義務負っているのは国民ではなく権力である。これが立憲主義というものだ。<br>　ところが、この国のケイハク総理はじめそのお仲間たちは、憲法を尊重擁護するどころか、軽んじ蔑視してはばからない。あのチンピラ右翼にいたっては破棄だといっているが、ならば、まず国会議員を辞職してからいえといいたい。その地位に法的根拠を与えているのは現行憲法なんだから。<br>　昨年の参院選の前に記者クラブで行われた党首討論で、安倍はケイハクぶりを発揮して、アホな発言をしていた。<br>（書きかけ）<br></p>
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<pubDate>Sun, 20 Apr 2014 22:26:23 +0900</pubDate>
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<title>少し寂しい</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140409/14/mt-ape/3f/84/j/o0480064012903234868.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140409/14/mt-ape/3f/84/j/t02200293_0480064012903234868.jpg" width="220" height="293"></a><br>　やってきた当日は警戒していた二匹も、翌日には抱きあげられても嫌がらないくらいに慣れた。三日目には、居心地がいいのか、俺の膝の上にのりたがる。二匹を抱きかかえると、俺の腕にあごをのせて、ひとつため息をつき、まどろみはじめる。ここまで慣れてくると、かえって、うっとうしい。かといって、気持ちよさそうに薄目を開けて半寝している彼らを荒っぽく扱うこともできない。しばらくして玄関のほうでカタッと音がした。二匹は瞬時に床に飛び降り、玄関で吠えたてる。吠えながら家中を駆け回る。縁側に行くと、外に散歩中の犬を見つけたのか、いっそう激しく吠えまくっている。これで開放されたと思ったのもつかの間、吠えあきた二匹がもどってきて、膝の上に上げろと、前足でひっかく。あきらめない。ったく、しょーがねえなあ、とまた抱きあげる。飼い主が取りにくる日が待ち遠しい。あと二日。<br>　買い物に出て、三〇分ほどでもどると、短い尾を小刻みに振りながら二匹が飛びついてくる。顔をなめたり、かじったり、ひっかたり、とたいへんな歓迎ぶりである。いまだかつて、これほどの歓迎を受けたことがない。人間にも犬にも。<br>　五年ほど前、飼っていた犬が死んだ。お袋がひろってきた小型犬だった。曇った冬の日、川縁の土管の中でその犬は震えていた。飼われているというより、置いてあるといった感じだ。お袋が近寄って手をさしだすと、尾を振りながらお袋の指を、口に含むように二、三回なめた。その仕草が何ともいえず愛らしく、こんな飼われ方をされていることに怒りを覚え、涙が出たという。土ぼこりで汚れ放題に汚れた姿で、震えながら見あげるこの犬をおいて、お袋は立ち去ることができなくなった。近くにいたおっさんに飼い主は誰かとたずねると、「オレだ」という。即座に「この犬、私にください」とおっさんをにらみつけてはっきりいうと、お袋に気おされたのか、少し間を置いて「ああ、いいよ。やるよ」と答えた。何歳なのか訊いてもはっきりしない。成犬であることはまちがいない。連れ帰って、さっそく風呂でダマになった毛を切って、解きほぐした毛を洗いあげると、見ちがえる白い犬になった。最初マルチーズだと思ったが、プードルだった。それから十二年生きた。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140409/14/mt-ape/13/3d/j/o0800060012903234869.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140409/14/mt-ape/13/3d/j/t02200165_0800060012903234869.jpg" width="220" height="165"></a><br>　プードル姉妹を飼い主が迎えに来る日だ。相変わらず、家中を走りまわり、いたるところでウンチやオシッコをして、怒っても悪びれることはない。ああ、ようやくこの日常から解放される。だけど、不思議に、この二匹が埋め込まれた日常が当たり前の営みのようにも思える。夕方、俺が出かけているあいだに飼い主は二匹を連れ帰っていた。帰ると、飛びついてくるはずの犬たちはすでにいなかった。少しばかり寂しい思いをした。ユキべえに会いたい。</p><br><p>　詩は感性のレベルの交信である。詩は、言葉の意味や語感、行分けのリズム、余白など、さまざまな要素から形づくられている一枚の絵ともいわれる。俺が共感する詩をひとつ。会田綱雄の「伝説」という詩。</p><br><p>湖から<br>蟹(かに)が這いあがってくると<br>わたくしたちはそれを繩(なわ)にくくりつけ<br>山をこえて<br>市場の<br>石ころだらけの道に立つ</p><br><p>蟹を食うひともあるのだ</p><br><p>繩につるされ<br>毛の生えた十本の脚で<br>空(くう)を掻(か)きむしりながら<br>蟹は銭になり<br>わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い<br>山をこえて<br>湖のほとりにかえる</p><br><p>ここは<br>草も枯れ<br>風はつめたく<br>わたくしたちの小屋は灯(ひ)をともさぬ</p><br><p>くらやみのなかでわたくしたちは<br>わたくしたちのちちははの思い出を<br>くりかえし<br>くりかえし<br>わたくしたちのこどもにつたえる<br>わたくしたちのちちははも<br>わたくしたちのように<br>この湖の蟹をとらえ<br>あの山をこえ<br>ひとにぎりの米と塩をもちかえり<br>わたくしちのために<br>熱いお粥(かゆ)をたいてくれたのだつた</p><br><p>わたくしたちはやがてまた<br>わたくしたちのちちははのように<br>痩せほそつたちいさなからだを<br>かるく<br>かるく<br>湖にすてにゆくだろう<br>そしてわたくしたちのぬけがらを<br>蟹はあとかたもなく食いつくすだろう<br>むかし<br>わたくしたちのちちははのぬけがらを<br>あとかたもなく食いつくしたように</p><br><p>それはわたくしたちのねがいである</p><br><p>こどもたちが寝いると<br>わたくしたちは小屋をぬけだし<br>湖に舟をうかべる<br>湖に上はうすらあかるく<br>わたくしたちはふるえながら<br>やさしく<br>くるしく<br>むつびあう<br></p>
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<pubDate>Wed, 09 Apr 2014 13:49:34 +0900</pubDate>
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<title>他愛ないことで</title>
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<![CDATA[ <p>　三日ほど前に、十日間のショートステイを終えた植物状態のお袋が自宅にもどった。もどる当日は少し気が重く、連れ帰ったその日は介護の日常を取りもどすのに難儀することがある。介護生活のリズムのようなものがあって、今回はそのリズムにのるのに翌日までかかった。そして、行のような禁欲的な日々が始まる。<br><br>　逆に、ショートステイで施設にあずけたときは、解放された何とも言えない快感にひたる。その快感は、耳鳴りのようにジーンと身体の芯に響くような感じで、だいたい一晩で消える。そして、欲望を解き放つ。といって、大した欲ではない。うまいものをたらふく食うとか、酒を思い存分飲むとか、住みなれた京都に出かけるとか、それから…………<br><br>　お袋のような老人を「ただ生きているだけ」「死を待っているだけ」と思う人はいる。そういう人は、そんな生は生きるに値しないと考えているのだろう。俺も若い頃はそう考えていたような気がする。人の手を借りてまで生きたくはないと思っていた。だけど、老いるとはそういう生を生きることなんだと思うようになった。などともっともらしいことをいって納得するのはいいが、おまえ自身はどうなんだ、老いは生の指標たりうるといえるのか、と自問いしてみる。あまり自信はない。なるようになれ。</p><br><br><br><p>　いま、はち切れんばかりの生をほとばしらせて、家中を走りまわっている二匹がいる。四カ月と一歳になったばかりのプードルの姉妹だ。知人が五日間ほど留守をするのであずかってほしいというので、わが家にやってきた犬だ。シモのほうはいちおうしつけてあるということだったが、もよおしたところで思う存分排泄している。犬のクソくらい、お袋の万事を世話している俺としては汚いとは思わないが、思いがけないところでやってくれるのが困る。床の間の陰とかドアの隙間とか。でも、やっぱりかわいい。ユキべえに会いたくなった。</p><br><br><br><p>　最近ときどき読み返す詩がある。雑誌『ユリイカ』に寄せられた中村稔の詩「原発建屋の風景」。</p><br><br><br><p>海は凪ぎ、波がうち寄せ、うち返し、<br><br>波がうち寄せ、うち返し、永遠が海辺に停止している。<br><br>なかば屋根や壁の破れた建屋を白い風が吹きぬける。<br><br>建屋の床に散乱する瓦礫、溶解した金属類など。</p><br><br><br><p>建屋の奥ふかく歎息しながら呟く声が聞こえる。<br><br>――私たちがどんな辛い目に遭っているか誰も知らない。<br><br>――私たちがどんなかたちでどういう境遇か誰も知らない。<br><br>その呟きを誰も聴かない。その歎息は誰の耳にも届かない。</p><br><br><br><p>誰一人近づかない建屋を静寂がつつんでいる。<br><br>廃炉にするにしても誰もその手立てを知らない。<br><br>建屋はただ崩壊する時を待っている。</p><br><br><br><p>波がうち寄せ、うち返し、永遠が海辺に停止している。<br><br>なかば屋根や壁の破れた建屋を白い風が吹きぬける。<br><br>高濃度の放射能が四方に飛散し、飛散してやまない。<br><br>建屋は見捨てられ、地域一帯に永遠が停止している。<br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140405/15/mt-ape/ea/9d/j/o0640043312898819644.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140405/15/mt-ape/ea/9d/j/t02200149_0640043312898819644.jpg" width="220" height="149"></a><br> <br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140405/15/mt-ape/e8/bb/j/o0640045112898819645.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140405/15/mt-ape/e8/bb/j/t02200155_0640045112898819645.jpg" width="220" height="155"></a><br> <br><br></p>
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<pubDate>Sat, 05 Apr 2014 15:42:04 +0900</pubDate>
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<title>悪夢ふたたび（３）</title>
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<![CDATA[ 　二月の日米首脳会談はどんな意味があったのだろうか。アメリカ側には歓迎されていた様子はないし、会談では安倍一人がハイテンションでペラペラとしゃべり、いっぽうのオバマはシラケているというか、冷ややかな表情であった。会談後の記者会見で安倍は「日米の絆と信頼を取り戻し、緊密な日米同盟が完全に復活した」などと胸を張って自賛する姿は、目を背けたくなるほどケイハク性が発揮されていた。<br>　前ノブタ政権は従米路線まっしぐらであった。オスプレイでも、普天間基地問題でも、ＴＰＰでも……。つまり民主党政権のときから、従米という意味では日米関係は良好で緊密だったということだ。安倍政権は日米関係をさらに深化させるということなのか。それが危ないのだ。会見で安倍は、防衛大綱の見直し、防衛費の増額、集団的自衛権行使の容認などの方針を示して、米軍と一体になって安全保障政策を行うことをアピールした。とりわけ集団的自衛権行使の容認というのが危ない。安倍は何としても日本を戦争のできる国にしたいらしい。<br>　集団的自衛権について歴代の政府は、「国際法上、集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上当然であるが、憲法第９条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、集団的自衛権を行使することはその範囲を超えるものであって、憲法上許されない」と解釈してきた。<br>　この当たり前の見解について、「権利があるのに行使できないとは、わけがわからん」というバカな政治家が少なからずいる。「役人の書いたもんはわけわからん」といったのは大阪市長の橋下だ。武力行使を放棄した憲法９条のどこをどうおしたら、集団的自衛権の行使が可能だという解釈ができるのか。わけわからんというヤツのほうがわけわからん。<br>　集団的自衛権という概念は国連憲章にはじめて登場するが、５１条に次のようにある。「この憲章のいかなる規定も、国連加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」。つまり個別的自衛権にせよ、集団的自衛権にせよ、暫定的な措置であり、例外的位置づけなのだ。集団的自衛権というのはどうもアメリカが自国の軍事活動を正当化するためにつくりだした概念のようだ。<br>　自衛という名のもとにいかに多くの戦争がおこなわれ、おおくの人々が殺されてきたことか。アメリカのベトナム戦争でも、旧ソ連のチェコ侵入でも、集団的自衛権の行使と主張した。イスラエルが自衛のためといって周辺諸国を空爆した。アメリカがタリバーンの支配するアフガンを絨毯爆撃したのも自衛戦争だ。イラク戦争のときも、大量破壊兵器を保持しているから「先制的自衛権の行使だ」と説明した。<br>　アフガン戦争のときも、イラク戦争のときも、小泉政権はいの一番にアメリカを支持し、憲法違反濃厚の支援を実行した。日本が集団的自衛権行使を容認することになれば、間違いなくこのようなアメリカの戦争に参加することになる。そして異国の無辜の民を殺すことになる。派遣された自衛隊員が戦死することも免れないだろう。また、イギリスやスペインのように日本もテロの標的にされるだろう。<br>　ところで、小泉が諸手を挙げて支持し支援したイラク戦争だが、けっきょく戦争を起こす原因となった大量破壊兵器は見つからなかった。この戦争に正当性などなかったということだ。批判が高まったイギリスやオランダでは検証委員会がつくられ、オランダはイラク戦争は国際法違反と結論づけている。イギリスでは支持率を大幅に下げたブレアは早期退陣を迫られた。ポーランドは、アメ<br>リカにだまされたと非難している。<br>　ひるがえって、熱烈に支援した日本はこの戦争を検証した形跡はない。小泉批判が起こることもない。政権が変わっても、民主党はイラク戦争を振りかえることはなかった。こんな国が集団的自衛権を行使するようになれば、ただ唯々諾々にアメリカのいわれるがまま戦争に参加し、終結した後も戦争について反省や検証もなく忘れ去っていくのだろう。<br>　やはりこんな国に集団的自衛権行使を容認してはいけない。戦争のできる国にしてはけない。憲法は、安倍や小泉のような権力者にこそ縛りをかけておかなければならない。<br>　国連は、集団安全保障によって国際平和を維持しようという理念に基づく。ＥＵのように周辺諸国が協力し合って安全保障を実現しようという考え方である。国家の主権を制限することによって国家の安全を守ろうという発想は、悲惨な戦争を繰り返してきたヨーロッパが到達した智恵かもしれない。自国を守るために強力な武器をもち、周辺諸国と対峙しようという自衛の発想とは真逆である。<br>　安倍には集団安全保障という発想はない。北朝鮮に対しては制裁、中国に対しては封じ込めである。<br>　ああ、この政権の高い支持率を見て、暗澹たる思いに沈む。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mt-ape/entry-11495678989.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Mar 2013 13:38:13 +0900</pubDate>
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<title>悪夢ふたたび（２）</title>
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<![CDATA[ 　福島第一原発はいまどうなっているのだろう。津波と原発事故で痛めつけられた福島の復興は進んでいるのだろうか。メディアはほとんど報道しない。まるで風化してしまったかのようだ。炉心がメルトダウンした一、二、三号機はどうなっているのか。原発事故の核心である四号機の使用済み核燃料はどうなっているのか。<br>　アメリカやフランスは、事故後数日で自国民に避難勧告を出した。それは四号機の爆発によって放射能が拡散し、東京までもが汚染されるからだ。外国人が関西に避難し、それに促されるように金持ちが移動した関西では、ホテルの満杯状態が続いた。四号機の危険については日本国民には知らされていなかった。政治家もジャーナリストも一部しか知らなかっただろう。今も多くの国民は知らないかもしれない。<br>　四号機が爆発しなかったのは、神のはからいとしかいいようがない。二つの偶然が重なって爆発を免れたのだ。それは、四号機で行われていた工事が遅れて、本来水のないプールに満々と水がたたえられていたからであり、そのプールの水が、たまたまずれていた仕切り板のすきまから隣の使用済み核燃料の部屋に流れ漏れていたからである。その水によって１５００本を超える使用済み核燃料が冷やされ、爆発しなかったのだ。爆発していれば、放射能が広範囲に拡散し、東京は福島に見られるようなゴーストタウンと化し、いまの日本はない。<br>　こんな状況に立ち至っていたにもかかわらず、この地震多発国で原発を再稼働しようとか、新たな原発をつくろうなどと考えるのは正気の沙汰ではない。昨年暮れの総選挙で大勝ちした自民党は、過去の反省のないまま原子力村温存、原発推進が本音である。<br>　死票が多く、民意が議席数に反映しない小選挙区制は憲法違反じゃないかと思うのだが、昨年暮れこの国の人々は自民党政権を選んだ。争点は原発、消費税、ＴＰＰがあったが、人々は目先の経済政策を重視したようだ。格差社会受けいれ覚悟なのだろうか。<br>安倍は、メディアがはやし立てるアベノミクスとやらで景気を上向かせ、参院選で勝利して、いよいよ自らの最終目標、改憲へ向かおうと考えているのだろう。自衛隊を正規軍にし、集団的自衛権を行使して、アメリカとともに海外で戦争ができる国にしようというわけだ。<br>　安倍は五年前と同じ「価値観外交」なる政策をやろうとしているようだ。自由、人権、民主主義という価値を共有する国々が連携していこうというわけだが、五年前にはこの政策を実行しようとして大恥をかいている。安倍がインドを訪れ、外相の麻生太郎がオーストラリアを訪れて、両国に断られ、おまけにアメリカからは、もっと慎重にやったほうがいいよとたしなめられる始末だった。この外交には価値の異なる中国は当然入っていない。むしろ封じ込める意図があり、アメリカも喜んで乗ってくれると考えたのだろう。性懲りもなく、同じような政策を打ち出している。こんどは東南アジアも加えて、中国封じ込めをますます強めようと考えているようだ。<br>改憲して、国家、公益のためには国民の自由や人権を抑制してもいいんだと考えている安倍や麻生が、何が価値観だ、笑わせるな。<br>小泉から安倍に変わり、福田、麻生と首相がころころと変わったのだが、ＯＥＣＤ（経済協力開発機構）の諸国は三人をどのように見ていたかというと、「無能」である。あまりの無能さに欧米諸国の嘲笑を買っていたようだ。<br>五年前は選挙を経ていないが、今回の安倍、麻生の再登場は選挙の結果である。欧米諸国はこんな日本をどのように見ているのだろう。安倍自民党を大勝ちさせたこの国の人々はやはり愚民か。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mt-ape/entry-11495673863.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Mar 2013 13:25:31 +0900</pubDate>
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<title>悪夢ふたたび</title>
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<![CDATA[ <p><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; FONT-SIZE: 10.5pt; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-font-kerning: 0pt">　六年前、自民党政権が郵政選挙で獲得した数の力で、強行採決を連発したのは記憶に新しい。教育基本法改正法、国民投票法など、憲法に関連する法案をはじめ、改正イラク特措法、教育改革関連法案などなど、つぎつぎに強行採決していった。そして改憲へと突き進もうとしていた。その先頭に立っていたのは、誰に教わったのか、「戦後レジームからの脱却」とか「美しい国」などと聞こえのいい言葉を使いながら、本音は日本を戦争のできる国へ改変しようとを目ざしていた、あのケーハク右翼・安倍晋三である。その後いろいろあって参院選で自民党は大敗し、政権を投げだした安倍の顔を見ることはもうないだろうと思っていた。</span><span style="LETTER-SPACING: 0.1pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 0pt" lang="EN-US"><br></span></span></p><p><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; FONT-SIZE: 10.5pt; mso-bidi-font-size: 12.0pt; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century; mso-bidi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 1.0pt; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　ところが、今秋、二度と見たくなかったケーハク安倍が自民党総裁に返り咲いた。そして、アメリカと財務省に魂を売ったか、洗脳されたか知らないが、ドジョウならぬ脳なしノブタが、自滅とも自爆ともいわれる解散、総選挙に打って出て、民主党は議席を四分の一に減らす<span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">大敗、自民党は衆院で再可決できるほどの議席数を獲得した。つまり強行採決を連発したときと同じ状況になった。</span></span></p><p style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt; VERTICAL-ALIGN: middle" class="MsoNormal"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-ascii-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-font-kerning: 0pt">　安倍は、間違いなく改憲へと強行するだろう。連立するであろう公明党は、平和の政党としてどのようにふるまうのだろうか。安倍としては、ソリが合わない公明党ではなく維新の会なんかと組みたいところだろう。その代表は、維新の会を乗っ取って、相変わらず好き放題の暴言をわめきちらす、あのチンピラ右翼、政治的無能力者だ。このチンピラは憲法改正のために自民党と連携してもいいといっている。チンピラとケーハクが手に手を取り合って、日本を戦争のできる国に変えてしまうことだけは何としても阻止したい。</span><span style="LETTER-SPACING: 0.1pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; mso-bidi-font-size: 10.5pt; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-font-kerning: 0pt" lang="EN-US"><br></span></p><p><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; FONT-SIZE: 10.5pt; mso-ascii-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">　戦争をできる国にするためには憲法の条文を変えなければならない。自民党の改憲草案を見よ。立憲主義とは真逆である。憲法とはそもそも、国民から国家権力に向かって発している法であって、守る義務を負っているのは権力のほうである。自民党の改憲案は、権力から国民に向かって、</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; FONT-SIZE: 10.5pt; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">〝</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; FONT-SIZE: 10.5pt; mso-ascii-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">公</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; FONT-SIZE: 10.5pt; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">〟</span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; COLOR: black; FONT-SIZE: 10.5pt; mso-ascii-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-hansi-font-family: &quot;Times New Roman&quot;; mso-bidi-font-family: &quot;ＭＳ 明朝&quot;; mso-ansi-language: EN-US; mso-fareast-language: JA; mso-bidi-language: AR-SA">のためには国民は権利や自由は抑制しなければいけないといっている。本来憲法というものは国家権力を縛るものだけれども、自民党の改憲案は国民を縛るものなのだ。</span></p>
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<pubDate>Mon, 18 Mar 2013 15:42:00 +0900</pubDate>
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<title>寺田寅彦の警告</title>
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<![CDATA[ <p>「昭和八（一九三三）年三月三日の早朝に、東北日本の太平洋岸に津浪が襲来して、沿岸の小都市村落を片端から薙(な)ぎ倒し洗い流し、そうして多数の人命と多額の財物を奪い去った。明治二十九（一八九六）年六月十五日の同地方に起こったいわゆる｢三陸大津波｣とほぼ同様な自然現象が、やく三十七年後の今日再び繰返されたのである」（｢津浪と人間」）<br>　その七十八年後の今年三月十一日、大津波が東北の太平洋岸を襲った。いくつもの町や村が壊滅した。二週間経ったいまも死者不明者が増え続けている。<br>　マグニチュード９という震度は日本が初めて経験する大きさだそうだが、明治のときも昭和のときもそうだったように、地震そのものの被害はあまり大きくない。阪神大震災よりもはるかに小さい。甚大な被害をもたらしたのは津波である。明治の津波は三十八㍍、昭和の津波は二十八㍍、今回は十四㍍だそうだ。「想定外の天災」などではない。<br>　科学者、寺田寅彦はいう、「『自然』は過去の習慣に忠実である。地震や津波は新思想の流行などに委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやってくるのである。……科学の方則とは畢竟『自然の記憶の覚え書き』である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである」。<br>　記紀には、「地震(なゐ)」が起こったことがひんぱんに記されている。鴨長明の『方丈記』は元禄二（一一八五）年に都を襲った「大(おお)地(な)震(ゐ)」についてくわしく描写している。「山は崩れて河を埋(うづ)み、海は傾(かたぶ)きて陸地(ろくぢ)をひたせり。土さけて水わきいで、巌(いはほ)われて谷にまろびいる」というすさまじさだ。<br>　新しいところでは、幕末の嘉永、安政年間に日本列島を揺さぶりつづけた大地震の連鎖がある。黒船が来航した嘉永六（一八五三）年二月に相模大地震、翌七年六月に近畿大地震、同年十一月四日に駿河、遠江、相模一帯を大地震が襲い、翌五日には西日本一帯で大規模な地震が発生した。そして翌年の安政二（一八五五）年に起こったのが、江戸で七千人を超す死者を出した安政大地震である。<br>　日本列島では太古より、地震や津波が「頑固に、保守的に執念深く」襲ってくるのである。<br>　では、理不尽に襲いかかる天災にたいして、日本人は手をこまねくばかりで、厄払いや祈禱にのみ頼っていたのかというと、そうではない。<br>　関東大震災の被害の状況を調査した寅彦は、そのときの見聞をもとに次のようにいう。<br>「昔の人間は過去の経験を大切に保存し蓄積してその教えにたよることがはなはだ忠実であった。過去の地震や風害に堪えたような場所にのみ集落を保存し、時の試練に堪えたような建築様式のみを墨守して来た。それだからそうした経験に従って造られたものは関東震災でも多くは助かっているのである」「信州や甲州の沿線における暴風被害を瞥見した結果気のついた一事は、停車場付近の新開町の被害が相当多い場所でも古い昔から土着と思わるる村落の被害が意外に少ないという例が多かった事である。……旧村落は『自然淘汰』という時の試練に堪えた場所に『適者』として『生存』しているのに反して、停車場というものの位置は気象的条件などということは全然無視して官僚的政治的経済的な立場からのみ割り出して決定されているためではないかと思われるからである」（「天災と国防」）<br>　昔の日本人は自然に従順で、自然に逆らうようなことはなかった。ところが、「文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、あばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである」。寅彦のこの言葉のつぶては、八〇年の歳月を超えてそのまま現代のわれわれを撃つ。津波堤防ひとつ思い起こしてみればいい。<br>　もうひとつ、深刻な問題がある。寅彦の時代では予想を超えた魔物の登場である。今回の地震を契機に、ついにあの悪魔がその本性をあらわしたのだ。いままでなにくわぬ顔で、「安全でクリーンですよと」装っていたあの原発という、地球上でもっとも強力で最悪な毒をつくりだす悪魔だ。この悪魔は津波というムチのひとたちで、怒り狂ったように暴走をはじめた。放射能という猛毒をたれ流しながら。</p><p>「芥川だより」投稿記事より</p>
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<link>https://ameblo.jp/mt-ape/entry-10848170642.html</link>
<pubDate>Fri, 01 Apr 2011 18:16:36 +0900</pubDate>
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<title>五十肩</title>
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<![CDATA[ <p>　先月、朝起きたとき、締め付けられるような強烈な痛みが首筋から背筋、左肩胛骨にかけておおっていた。起きあがるだけでつぎの動作に移れない。これでは、お袋の介護はおろか、日常の生活ができないではないか。どうしたものか、悩んでいるうちに、これは五十肩であろうと思いいたった。<br>　背中の左側に、たちの悪いアメーバがべったりと張りついて、俺の身体から生気を吸い取ったうえに、まわりがはやくて効き目の強い毒を注入しているといった感じだ。鋭い鈍痛というか、わけのわからん痛みだ。この痛みを起こしている元凶、アメーバを退治するにはどうすればいいか。そこで思いついたのは、灸だ。とくにきつーい灸を、俺の背中にへばりつくアメーバの背中にすえてやろうと思いたった。熱さがハードで長続きする無煙のお灸が手もとにある。まだ試みたことがない。これをためすときがきたようだ。<br>　どのツボがいいかなんて調べている余裕がない。とにかくこの痛みを何とかしなければならない。手の届く範囲で、経脈上に指を滑らして、このへんだろうと思われるところにピンセットをつかって二つのお灸をすえた。３０秒ほどすると、ジワーと熱くなる。熱さがさらに増してくる。赤く焼けた針を身体に刺しこまれているような熱さだ。とにかく、ガマン、ガマン。<br>　熱さがおさまり、灸をはがすと、その部分の皮膚が赤く腫れあがっている。しばらくすると、水疱になった。<br>　肩の痛みは変わらないままだ。ちくしょうと舌打ちして、この憎きアメーバにもっと灸をしてやろうと思ったとき、思い出した。『鍼灸の挑戦』（松田博公著、岩波新書）という本に、五十肩の特効穴が書かれていた。さっそく繰ってみるが、なかなか見つからない。<br>　痛みはいっこうにおさまらない。痛みのある部分を指で押して、ここがツボだろうと思うところに、また一つお灸をする。熱さをこらえながら、本を繰りつづける。<br>　「あった！」。五十肩の特効穴、「王穴」だ。このツボは、膝の内側の陰陵泉というツボのすぐ下の圧痛点であるというのだが、あまたの鍼灸の本を見ても、この王穴について書かれていない。肩とはかけ離れた膝などに効くのだろうか。しかも左右反対にとれという。つまり、俺の場合は左肩だから右膝にとれというのだ。<br>　もう、この痛みを取りのぞいてくれるなら……、と躊躇することなく王穴に灸をすえた。はたして……、次第に痛みが薄れて、一時間ほどで、お袋の介護ができるようになった。王穴の灸が効いたのだろうか？　わからん。だけど、完全に痛みがなくなったわけではない。<br>　翌朝起きると、きのうと変わらない痛みに襲われるが、きのうよりは痛みの範囲が狭まってるような気がする。またきついお灸を据える。こんどは姉に手伝ってもらって、手の届かないところにしてもらう。<br>　すると、アメーバが移動するようになった。三日目は肩関節、四日目は肘にまで痛みが移動してきたのだ。しかも痛みの範囲が確実に小さくなっている。アメーバ退治までもうすぐだ。もっと灸をすえたやろうと、肩や肘にきつーいヤツをやる。<br>　最初、灸の熱さはじーっとガマンするものであったが、次第に、慣れるにしたがって、なにかしら、刺すような熱さが快感のようになってきた。もう一つ上のランクのつよいヤツを試してみようか、なんて思ったり……。危険水位を超えて、怪しい世界に足を踏み入れてしまったか。アブネー、アブネー。<br>　アメーバは日に日に縮小し、１０日ほどで痛みはなくなった。だが、どことなく痺れがある。力が入らず、フライパンで炒め物がつくれないのだ。<br>　この痺れが解消するには時間がかかった。完全にもとの状態に戻ったのは発症してから一ヵ月後である。<br>　お灸はつよければそれだけ効き目があるわけではない。かえって逆効果になってしまうことがある。危ない世界への誘惑もある。気をつけよう。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090917/09/mt-ape/4f/08/j/o0448029110255207493.jpg"><img border="0" alt="山の声を聴け" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090917/09/mt-ape/4f/08/j/t02200143_0448029110255207493.jpg" width="220" height="143"></a><br>戦いの痕</p>
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<link>https://ameblo.jp/mt-ape/entry-10344351181.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Sep 2009 09:27:54 +0900</pubDate>
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<title>最近やたらと目にとまるんだが</title>
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<![CDATA[ <p>　人の目を引く通りの角なんかには各党の立候補予定者のポスターが並んでいるが、そのなかに「幸福実現党、党首大川きょう子」というおばちゃんのポスターが必ずといっていいほど含まれている。同じような印刷物が最近新聞のチラシにも入っていた。<br>　母体が宗教法人幸福の科学であり、その政治的主張、チラシによれば北朝鮮先制攻撃とか、消費税/相続税をゼロにするというような、現実的とは思えない政策を大まじめに掲げているのには驚きだが、全国の選挙区、比例区の多くに、すべてかもしれないが、立候補をたてている。そこで思うに、これだけの選挙運動を展開するとなると、莫大な金がかかる。その金の出所はといえば、幸福の科学だろう。宗教法人は税を優遇されているが、優遇されすぎじゃないのかと思うねえ。これだけ国の財政が逼迫していて、税収不足といわれているんだから、坊主丸儲けみたいな宗教法人の課税システムを見直してもいいじゃないのかと思う。「平和と福祉の党」（お笑い）公明党が与党にいては無理だろうけどね。<br>　いったい、なぜいま、幸福の科学が政党を立ち上げたのだろうか。公明党につづけとばかりに、この国の政権与党の一角を担う勢力になるつもりなのか、それどころか、第一党を本気で目指しているようでもある。政党を立ち上げた以上は、政権与党を目指すのは当然かもしれないが、こんな政党が国政に影響力をもつようになれば、幸福実現どころか、国を危うくすることは間違いないだろうね。<br>　思えば、オウム真理教が真理党なる政党をたてて、麻原以下二十人あまりの立候補たてて総選挙にのぞんで、全員落選したことがあった。落選は当たり前だけど、当選を信じて疑わなかった麻原は、落選したのは国家権力の陰謀だとわめきたてた。オウムが排他的になってますます危険きわまりないカルト集団になっていったのは、あの選挙後だった。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/mt-ape/entry-10302075836.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jul 2009 07:55:33 +0900</pubDate>
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