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<title>若年性乳がん　しかもトリネガよ</title>
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<description>２３歳でまさかのトリネガ乳がん発覚</description>
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<title>原因ストレス？</title>
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<![CDATA[ <p>乳がんが発生する直接の原因は、はっきりしていない。</p><p><br></p><p>乳がんになりやすい人、と色々項目があげられているがどれも該当しない人、多いと思う。<br></p><p><br></p><p>ただ、１つ心当たりがあるのがストレスである。</p><p>ストレスと言っても、嫌なことが続いたとかその程度ではなく、数年間におよびＫＧＢで凄腕の殺し屋として活躍していたウラジミールプーチンに日々命を狙われ、一瞬でも気を緩めたら命はない、というレヴェルの凄まじきストレスである。</p><p><br></p><p>乳がんの人に出会うたび、「乳がんが発生したであろう時期、壮絶なストレスに心当たりあります？」と聞くと、ほぼ８割が「ありすぎるくらい、あります！」と力強く即答する。</p><p><br></p><p>もちろん、ストレスの心当たりは全くない、という人もいる。</p><p>ストレスの因果関係ははっきりしていないし、何の病気であっても原因の１つにストレスがあげられている事が多いけれど。</p><p><br></p><p>乳がんとは全く関係のない小さなストレスの話だけど、乳房切除手術の入院中、再建用に胸にエキスパンダーが入っていたので、１０日くらい毎日毎日抗生物質の点滴をしていたのだが、点滴がストレスで早く終わらせようと、ナースがいないすきに勝手に点滴スピードを上げるものだから、時々ナースが来て点滴のスピードを下げる、ナースが去ると私がスピード上げるという攻防戦が繰り広げられていた。</p><p><br></p><p>これも私がマークされていた原因の１つであろうな。</p>
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<pubDate>Wed, 28 Jun 2023 22:43:34 +0900</pubDate>
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<title>被爆３世のモヤモヤ</title>
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<![CDATA[ <p>これは、偶然が重なったけど、でも、まさか、、</p><p>と、モヤモヤした話</p><p><br></p><p>私の父は被爆２世だ。　</p><p>祖父は３歳で広島で被爆し、あらゆる差別と偏見の中で生きてきた。</p><p>「芋の一つも政府はくれなかった。しかも同じ日本人なのに日本人は、被爆者というだけで石を投げて、徹底的にいじめたんだ。私はあの時ほど、日本人の正体を見たと失望したことはない。日本人は差別といじめが大好きな人種だと私は思い知った」と、言っていた。</p><p><br></p><p>被爆者とバレただけで、婚約破棄され自殺者も多かったのだ。知らんだろ？</p><p><br></p><p>でな、祖母がまた長崎の被爆者でな。</p><p>大きな大きな商家のお嬢様だった。</p><p>被爆して店も失い、祖母もあらゆる差別を受けた。<br></p><p>戦後のどさくさにまぎれ、財産を親戚に盗まれ、蛙、蛇、昆虫、何でも食べたそうだ。</p><p><br></p><p>父は亡くなる前、どうにも証明できない血液検査の結果が出て、母は</p><p>「これは原爆のせいではないか？」</p><p>と聞いた。</p><p><br></p><p>医師は</p><p>「こんな結果は説明の仕様がありません、、</p><p>ありえない数値です。わからないです、、」</p><p><br></p><p>祖父と祖母は、５０％被爆した遺伝子の自分と、５０％被爆した遺伝子の妻と生まれた父が、五体満足だったのに心底安心したそうだ。</p><p><br></p><p>そして父は父で、合わせると１００％被爆した自分がもうけた子どもの</p><p>兄２人と私が、健常児で本当に安心したそうだ。</p><p><br></p><p>だが父は「被爆した俺のせいで、誰か癌になるかもしれない」</p><p>と本当に不安だったそうだ。</p><p><br></p><p>父が亡くなってから、乳がんになってよかったと思っている。</p><p>父は娘のがんは、自分の責任だと責めに責めただろう。</p><p><br></p><p>母も私も、私が被爆３世である限り、不可解な事があるかもしれないのだ、とそこは覚悟している。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12803742689.html</link>
<pubDate>Sat, 20 May 2023 02:38:21 +0900</pubDate>
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<title>生き方を変えました</title>
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<![CDATA[ <p>乳がんという、死が間近になって生き方を変えた人、多いと思う。</p><p>私もその１人。</p><p><br></p><p>２０代で乳がんになり、しかも急速な増殖をするプラスたちの悪いトリネガ。</p><p>普通は、乳がんが１センチ成長するのに、人にもよるが最低５年かかるらしい。</p><p>私の場合、１年で８センチという、ハイパースピードの絶望的悪玉。</p><p><br></p><p>実感したのが、私、明日死ぬかもしれない。</p><p>グズグズしてる暇ねえ！！</p><p><br></p><p>それまで</p><p>行きたい場所があっても「忙しいし、金もないし、またでいいか」</p><p>ほしい物があっても「ま、我慢しよ」</p><p><br></p><p>しかし</p><p>たちの悪い癌になると</p><p>死んだら金は使えない。ちまちま貯めても死んだら終わり。墓場に金は持っていけない。</p><p>行きたいとこには、生きてるうちにしか行けない！</p><p><br></p><p>小金貯めたとこで、死んだらその金使えない。</p><p>ほしいもの（手持ちのお金で買えるも）を我慢してどうする？明日死ぬかもしれないのに、トキメキを捨てるんか？</p><p><br></p><p>てことで、私は生き方変えた。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12803173497.html</link>
<pubDate>Tue, 16 May 2023 02:19:42 +0900</pubDate>
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<title>大昔の怖い怖い乳がんの話</title>
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<![CDATA[ <p>今から、４０年前の乳がん事情を</p><p>現在８０代で、４０年前に乳がん手術をして当時珍しかった再建手術もした老婦人から聞いたお話。</p><p><br></p><p>当時は超音波もＣＴもない時代。</p><p>レントゲンだけで、大きさを確認するという、今の恵まれた環境から考えると、乳がん石器時代だったそう。</p><p><br></p><p>大きさに関係なく全摘出術が基本。</p><p>センチネルがない時代なので、問答無用で腋窩郭清。</p><p>現代のような、繊細な手術ではなかったので、胸はえぐれにえぐれ、術後はそりゃーもう痛かったそうだ。</p><p>今はガーゼで留めるだけで、翌日ICUから出た私は、シャカシャカ歩いていたが、その頃は胸を包帯でぐるぐる巻にされ、寝ているだけでも胸に焼きごてを当てられてあるような凄まじい痛みだったそうだ。</p><p>痛みに強い人でも、１週間は起き上がれなかったとか。</p><p><br></p><p>乳がんのタイプを診断する知識もなければ、抗がん剤治療もない（アメリカにはあった）。とりあえずタモフェキシンを処方され（アメリカでは、今ほどではないが、タモフェキシンが有効な癌かどうかは、低い確率だが調べることができた。しかし、今のような明確な癌タイプは確立されていないので、ほんと手探り治療）、実際は無駄な服用だったことも多かったらしい。</p><p><br></p><p>婦人が入院中知り合った癌友達の中には、１年半で再発し、手術しながらも再再発（今は乳がん再発の時点で延命はあれどイコール死だが、当時は切るのが最療法。死ぬまで体を切り刻まれるのが癌だったのだ）。当時の最先端の抗がん剤治療をするためにアメリカに渡り、月３００万という治療費と副作用に苦しみながら再再再発で亡くなった人がいたそう。</p><p>「この方、今思えばトリネガだったのでしょうね。タモフェキシンも飲んでいたのだけど、アメリカに渡って無意味な服用だと知らされて腹をたててたわ。」</p><p><br></p><p>４０年前の日本の乳がん手術って闇の中の手探りも手探り、本当に野蛮な手術だったのよ、と言う老婦人の言葉に、今でよかった、、と心から思った。</p><p><br></p><p>その癌友達話で印象的だったのが</p><p>定期検診に行って再発が発覚した時、それを友達に公表すると「え？定期検診してたのでしょう？」と驚かれ「定期検診をしていたから再発が見つかったのよ」と言ったそうだが</p><p><br></p><p>定期検診さえしていれば、再発はしないと思っている人がこの世にはいるらしい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12802835353.html</link>
<pubDate>Sun, 14 May 2023 01:37:57 +0900</pubDate>
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<title>抗がん剤の副作用の又聞きの話</title>
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<![CDATA[ <p>私は抗がん剤を拒否したので、抗がん剤治療のつらさを体感したことがない。</p><p><br></p><p>もし私が血液腫瘍疾患であれば、私は迷いなく抗がん剤治療を受けた。寛解に持ち込むには、最も有効だから。</p><p><br></p><p>又聞きの話として聞いた抗がん剤の苦しみ。</p><p>特に副作用が苦しいのは乳がんらしい。</p><p>髪の毛は抜け、爪はボロボロの紫になり、吐き気、倦怠感等々。</p><p><br></p><p>もちろん、副作用もなくケロッとしている人は稀だがいるそうだ。</p><p>しかし、髪の毛や体毛が抜けるのはまぬがれない。</p><p><br></p><p>ほとんどの患者が、最初はケロリとクリアできるが、２回目、３回目となると、地獄の苦しみだそうだ。</p><p>ぐったりとして、次の抗がん剤まで起き上がることもできず水を飲んでも吐き（ケロッとしてる人もいます、稀。吐き気止めがめちゃくちゃ効いて何ともない人もいるそうな）、ヨタヨタと抗がん剤治療に行っても、「白血球少なすぎなので延長しましょう」は、よくあることらしい。</p><p><br></p><p>とても興味深かったのが</p><p>抗がん剤による吐き気は精神的なダメージがとても大きいのと、いつまでも付き纏うそうだ。</p><p><br></p><p>実際に抗がん剤治療をした人に話を聞くと</p><p>紫色に変色した爪を見るだけで吐くし、吐き気に耐えながら抗がん剤日記を書いたページを見ただけでも吐く、と言っていた。だから、私は二度とそのページを見ない、とも。</p><p><br></p><p>とどめは</p><p>世界のがん治療最先端のニューヨークのスローンケッタリング病院の、抗がん剤専門医師と話をする機会があった時の話。</p><p>「街中で抗がん剤治療中の患者さんと偶然会ったことがあるんだ。彼はね、僕の顔を見たとたん、ゲーゲー吐き始めたんだよ。彼にとっては、僕の顔イコール吐き気。いかに、抗がん剤治療が精神的にズタボロにされるかの証拠だよ」</p><p><br></p><p>大納得でした。</p><p>抗がん剤治療は気合いでは乗り切れない。</p><p>それほど精神を蝕むのだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12802140210.html</link>
<pubDate>Tue, 09 May 2023 02:37:04 +0900</pubDate>
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<title>癌友ホルモン療法タイプの人の話</title>
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<![CDATA[ <p>定期検診、８年目にして今は半年に１度。</p><p>おそらく８年経過すれば、トリネガ以外の人は、１年に１度くらいなのかな。</p><p><br></p><p>今回は現在５０代前半（発病は４０代前半）の癌友の話。</p><p>癌なると、癌友増える。</p><p><br></p><p>彼女はホルモン療法タイプの乳がんで、飼い猫が救ってくれたそうだ。朝、ﾇｯｺが起こしにきた時、胸にﾇｯｺの前足が当たった時、小さなしこりに気付いたそう。</p><p><br></p><p>私と同じく元は関西の人で、関西の大きな病院で手術をして、５０代で中国地方に移住してきた。</p><p><br></p><p>私はホルモン療法タイプではないから、詳しくは知らないが、彼女曰く、ホルモン療法というのは５年から１０年を要するそうだ。</p><p>彼女は１０年は必要だと言われ、せっせとホルモン剤を服用していたのだが、どうにも体がつらい。</p><p><br></p><p>服用して３年。当時４０代前半の彼女はあまりの辛さに</p><p>「先生、もうやめたい。体きつい」</p><p>と、退陣を申し出た。</p><p>彼女の主治医は</p><p>「つらいなら、やめましょう。やめ時を決定するのもがん治療なんですよ。」</p><p>とあっさり退陣を決定。</p><p><br></p><p>この話を聞いた時、ほんとに、色んな医師がいるのだな、と思った。</p><p>このテの話は、抗がん剤にしてもホルモン剤治療にしても、わんさと当事者から聞いている。</p><p><br></p><p>今やめたらすべて無駄になりますよ！　</p><p>まだ若いのに（乳がんでは、５０代はまだまだ若手）</p><p>やめたら死にます！</p><p><br></p><p>ほぼ、これ言われるのだ。</p><p>製薬会社とやっぱ何かあるの？　</p><p>と、思わずにいられない。</p><p><br></p><p>幸い彼女は今も元気だ。</p><p><br></p><p>私は抗がん剤治療を拒否し、彼女は体がきついのでホルモン療法をやめた。</p><p><br></p><p>あなたの体なんだよ。</p><p>決めるのは、自分なのだ。</p><p><br></p><p>医師の言うとおりの治療をしたい、医師の言うとおりをしてれば安心だ、という人はそのまま医師の方針の治療をすればいい。</p><p>それがあなたの治療法。</p><p><br></p><p>しかし、私みたいに治療に疑問持って拒否したり、彼女みたいに「もう、無理。やってらんねー」で治療中止したり、そういうのもあるのだって話。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12801840134.html</link>
<pubDate>Sun, 07 May 2023 01:41:24 +0900</pubDate>
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<title>乳がん後のまさかの大事件</title>
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<![CDATA[ <p>乳がんだと話すと、哀れに思われたり、涙ぐむ人がたまーにいるが、あれは置いてけぼりにされた感じがする。</p><p><br></p><p>えーと、私、可哀想なの？？</p><p>毎日ウッキウキのワックワクで生きてるんだけど、、</p><p>と、非常に居心地が悪い。</p><p>何故泣いてるのが理解できないのだ。</p><p><br></p><p>しかし</p><p>親であれば泣くかもしれない。私は末っ子で、特に両親に溺愛されてきた。甘やかされすぎてバカ娘となった。</p><p><br></p><p>これは、乳がん発覚後、大事件が起きた例の話。</p><p>ここ読む人は、診断おりたばかりの人も多いだろうから、他人事と思わないで聞いてほしい。</p><p><br></p><p>前も話したように、親に知らせる事が何よりも憂鬱な作業だった。心配性で私を溺愛している母のことだ。（父親は１０年前に他界）</p><p>話せばどうなることか、と、こちとらどう話せばいいのか、自分の癌どころではなく、いっそのこと何も話さずに手術しようかと思ったくらいだった（天涯孤独ってことにすれば可能だから）。</p><p><br></p><p>しかし、入院中、我が愛犬モティを安心して任せられられるのは母しかいない。</p><p>私は観念し、覚悟して母に電話をした（手術は来週）。</p><p><br></p><p>意外も意外、母は落ち着いて話を聞いてくれた。</p><p>泣くこともなかった。　</p><p>愛犬モティを預けに行った時も、普通に会話をし、笑顔でじゃあ、付き添いよろしく！と私は中国地方に戻った。</p><p>ああ、よかった。心の内はショックだろうが、大丈夫だと私は思っていた、、、</p><p><br></p><p>術後から２年後、実家に帰省していたらベルギーに住む姉も帰省していて、珍しく私の部屋を訪ねてきた。</p><p><br></p><p>「あんたに、話さないといけないことがある」</p><p>ふぁっ？どうした？</p><p><br></p><p>「ママさー、あんたが乳がん発覚後、オレオレ詐欺にあったんだよ」</p><p>はああああああああっ？？？</p><p><br></p><p>「お兄さまがあんたの手術前に日本に戻ったじゃない？私は行かなかったけど。でも、なーんか嫌な予感して私、その後、すぐ帰国したのよ」</p><p>さすが我が姉。こういう鋭い虫の知らせとか、遺伝している。</p><p><br></p><p>「朝から、ママはコソコソ出かけたりおかしいな、と思ってたの。そしたら、午後になって、階下から「嘘よー！嘘よー！」ってママがなんか叫んでるの。見たら受話器握ってて、無理やり代わると、空港だったの。「お母様が航空便でお荷物を送ろうとしてますが、中身は現金ですよね？これは詐欺だと思います」</p><p><br></p><p>いつも冷静で普段なら絶対に騙されない母が（過去２回、オレオレ詐欺を撃退した功績がある）、私の癌に動揺した時、たまたまかかってきたオレオレ詐欺にコロッと騙されたのである。</p><p><br></p><p>いつのも母なら、兄の声もわかっただろうし、一度電話を切って兄の携帯に確認したはずなのに。</p><p>それすらも出来ないほど動揺していたのだ。</p><p><br></p><p>で、、、被害額いくらよ、、、</p><p>と聞くと</p><p>「聞かないほうがいい」</p><p>あ、数千万ですね、、、</p><p><br></p><p>そのあと、姉はお金に関する話は、まず一度切って、必ず私に電話するように！ときつく母に話した。</p><p>我が家は一文なしになるところだったのだ。</p><p><br></p><p>私は乳がん発覚後、宗教やら得体の知れない健康食品やらすすめてくる連中を相手にしないように！</p><p>と強く家族に言ったのだが</p><p>オレオレ詐欺まで引っかかるほど親が動揺するとは思っていなかった。</p><p>だって、電話きてすぐピンときて、警察と協力して２回も撃退した人だよ。</p><p>そんな人が娘の乳がんで、騙されるほど実は動揺していた、、、</p><p><br></p><p>宗教勧誘、健康食品だけではなく</p><p>お金が絡む話は一度電話を切って、本人に確認してから！</p><p><br></p><p>これを徹底してください。</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12801269656.html</link>
<pubDate>Wed, 03 May 2023 02:02:01 +0900</pubDate>
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<title>乳がん患者って不幸なの？</title>
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<![CDATA[ <p>再建から１年くらい後、地元の友達の呉服屋に着物で訪れ、品物を見せてもらっていたら、２０歳くらいのカップルが入ってきた。</p><p>ここはレンタル着物と着付もしている。</p><p><br></p><p>私も着付を手伝いながら、カップルと雑談をしていたのだが、私の趣味の多さと、行動力に驚いていた。</p><p>で、ひょんなことで乳がん患者だということを話すと、二人とも心底驚いた顔で、「乳がんなのに、何でそんなポジティブシンキングなんですか？」と聞かれた。</p><p><br></p><p>なるほど、世の中には、乳がん含め、がん患者は絶望して毎日泣き暮らしていると思っている人がいるのだな、と私も驚いた。</p><p><br></p><p>また、診察の日に院内のカフェで紅茶を飲んでいた時、たまたま近くにいた通院の高齢の女性と、お互いの病気の話になり、乳がんだと言うと「まだお若いのに、なんておいたわしい」とさめざめと泣かれた。</p><p><br></p><p>乳がん患者は、不幸のどん底の人だと思う人が一部いるようである。</p><p><br></p><p>４０年前に乳がんの手術をした８０歳のご婦人に話を聞いたことがあるのだが、当時はがんイコール死という考えが強く、キャリアウーマンであった彼女がまわりにがんを公表すると、毎年５００枚届く年賀状が、半分に減ったそうだ。「ホッホ、半分の人が私を友達、知人、仕事相手リストからはずしたのよ。死ぬ人間に年賀状出しても無駄だと思ったのね。当時、乳房再建は珍しかったのだけど、私はしたの。するとね、周りは再建なんて贅沢だって言うの。がん患者は、命があるだけでも幸せだと思えってね。落胆したのは、私と同じ女性からも言われたのよ。乳房再建するなんて、見栄っ張りな証拠だって。１つの乳房で我慢しろってことね。その人は２つの乳房をお持ちなのに、私が２つ持ちたいと思うことは、見栄っ張りで贅沢なのかしら？私は命あるからこそ、元に戻しただけなのに、それが贅沢なんですと。がん患者は、部屋に引きこもって泣き暮らしてろって言うのかしら」</p><p>という話をハッと思い出した。</p><p><br></p><p>乳がんになって、何で私が？と思ったことはないし、不幸だとも思ったことはない。</p><p>たまたま私が乳がんのクジを引いただけで、日々楽しんでいる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12801122193.html</link>
<pubDate>Tue, 02 May 2023 00:50:12 +0900</pubDate>
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<title>乳房切除後の男性との情事ってどうなの？？</title>
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<![CDATA[ <p>乳房全摘の場合の自家再建は、脱ぐとやっぱり再建したのは素人でもわかる。</p><p><br></p><p>私は温泉が嫌いなので、見知らぬ女性に見られた時の反応はわからない。</p><p>知人には、積極的に再建乳房を見せている。</p><p>自身や周りの女性が、乳房切除となった場合、「再建した人見たことあるけど、きれいにできてたよ」と参考になるからだ。乳房ぶった切っても、元にもどせるんだとわかれば、心強くもあるだろう。</p><p><br></p><p>私は排他的な関係は嫌いなので、別の男性と房事に及ぶ事がある。</p><p>闇ではわからないだろうが、薄明かりだと確実に術後であることはわかる。</p><p>初の房事であっても、私は特に何も言わない。</p><p>見ればわかることであるから、言う必要はない。</p><p>殿方も気付いてはいるが、特に反応はしない。お互い楽しむだけである。</p><p><br></p><p>まだ再建前の、左胸がなく、一文字の傷でいびつな胸の時も別の男性と房事に及んだが、特に相手は何も言わず聞かず、楽しむだけで拒絶もないし、驚かれることもないし、ごく普通の情事。その後、関係を拒絶されることもなかった。</p><p><br></p><p>私の経験からいうと、片乳なくとも情事に支障はないし、拒絶したり驚いたりする男はいないので、わざわざ事に及ぶ前に、説明する必要はない。</p><p><br></p><p>こちらが不愉快に思う反応をする男がいるとしたら、ただのクズ野郎なので、気にしなくてよい。</p><p><br></p><p>どんな病気をしたの？と聞かれたらその時、答えればいい。</p><p><br></p><p>片乳しかなかった時は、体のアンシンメトリーは、かなりのエロスだと思っていたし、再建した今は体の傷はなんとエロティックなのだろうかと、チャームポイントの１つにしている。</p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12800815709.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Apr 2023 01:32:27 +0900</pubDate>
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<title>再建手術から退院</title>
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<![CDATA[ <p>ICUから一般病棟に戻るが、トイレに行くのに起き上がるのも激痛。医師からもとにかく動くなと言われる。</p><p><br></p><p>毎日、形成医師の診察があり、ストローみたいなのが１本、また１本と抜かれていく。</p><p>ICUだとトイレ行かないから、絶食していて、やっと食べられたと形成医師話すと</p><p>「あらムギさん、ハンストしてたの」</p><p>思わずワロタ。</p><p><br></p><p>ハラキリで、私は右の腹直筋を再建に使った為、右の下腹が弱くなっているので、最低半年はコルセットをつけるように言われる。</p><p>医療用の腰痛コルセット（愛用のお医者さんのコルセット。私はぎっくり腰持ち）をつける。</p><p>これ、下腹守られ感がすごい。</p><p>真夏は暑苦しかったが。</p><p><br></p><p>また、ハラキリの傷は、一文字ではない。</p><p>中身の腹直筋を取るので、ラグビーボール🏈のような傷口になる。このラグビーボール型の傷を塞ぐため、上の傷口から下の傷口にぎゅううーっと皮膚を引っ張り、下の傷口と縫合するから、皮膚の引っ張られ感すんごいのよ。皮膚が伸びるまで、引っ張られ感がすごかった。</p><p>この違和感もコルセットによって少し緩和される。</p><p><br></p><p>乳首も乳輪もないのは、どうするの？</p><p>これは、再建希望を伝えているので、乳がん手術の時に、乳首用に胸の軟骨を切除して保存しておいてくれる。乳輪は、太ももの内側の皮膚を使う。</p><p><br></p><p>乳がん手術の時は、再建すら考える事もできず、軟骨を取れなかった人でも、大丈夫。耳の軟骨を使ったり色々手段はあるから。</p><p><br></p><p>そして驚異の回復力で、２０日予定の入院を１１日で退院という快挙を成し遂げる。</p><p><br></p><p>激しい運動は、半年禁止。</p><p>ヨガとピラティスとベリーダンスと太極拳もだめか？と聞くと、どれも腹直筋にかなり負担がかかるから、やめてくれ、と言われ休むが、4ヶ月後にこっそり再開。</p><p>面白いのが、ヨガとピラティスの先生に、「あら？右がすごく弱くなってる」と気付かれたこと。</p><p><br></p><p>もう１つ言われたのが、外出する時は、子どもに注意すること。子どもは前を見ないで走るので、下腹に激突すると場合によっては搬送となるから、前方に子どもがいたら避けるように、と。</p><p>これ、実際怖かった。イオンとか大きなスーパーマーケットで前方不注意で走りまくっとるんだわ。</p><p><br></p><p>あと手術後は、やたら疲れやすくなったな。</p><p><br></p><p>診察するたびに、乳の傷もハラキリの傷も薄くなって綺麗になってる！と驚かれたが、これは驚異の回復力ではなく、普段から全身ボディバターを塗っているから。</p><p>医療用のクリームじゃなくても、普通のボディバター、ボディクリームで大丈夫。</p><p>私は、DHCのオリーブボディバターを愛用している。</p><p>今では、ほぼ傷がわからない。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mugi223/entry-12800397866.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Apr 2023 01:01:39 +0900</pubDate>
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