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<title>MulberryMamaのブログ</title>
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<description>ＡＤＨＤ、高機能自閉症、ＬＤを持つ稜とＡＤＨＤなＷＭ。そんな二人の二人三脚の毎日を綴ります。</description>
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<title>赤ちゃんの頃の稜　その１</title>
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<![CDATA[ <p>赤ちゃんの頃の稜はとにかく母乳を飲まなかった。</p><p><br>いや、飲めなかった　という方が正しいかもしれない。<br>とにかく、「気が散って母乳を飲むことに集中できない」そんな状態だった。</p><p><br>生まれてすぐからＡＤＨＤの特徴まるだしだったのだ…<br>(と、気づくのはまだまだ後のことだが)</p><p><br>新生児にとって母乳はまさしく生命線。<br>でも、稜はお腹が空いたからといって泣くわけでもない。<br>与えても、飲まない。<br>寝ている稜をみて看護婦さんが「もう少しお腹を空かせてもらってから真剣に飲んでもらいましょう」と授乳時間をずらすことを提案してくれたので泣くのを待ったが、泣かない。<br>１時間経過しても、寝てる。</p><p>心配になって看護婦さんに「あの…、まだそのまま寝ているんですけど、どうしましょう」といったら「さすがに４時間だものね。飲んでもらいましょう」と起こして授乳するが、あまり飲まない。</p><br><p>病院には１週間入院したが、退院の時「来週、体重の計測に来て下さい。体重の増え方がよくないから」と云われた。</p><p><br>１週間後、計測に病院を訪れたが結果は芳しくなく「来週、もう一度体重の計測に来て下さい」と云われた。</p><p><br>そんな私に母は「母乳が出てないのよ。だから、ミルクでもいいからしっかり飲ませて…　母乳で育てたい気持ちはわかるけど、このままじゃあなたも参ってしまうから」と云った。<br>それからは母乳→ミルクのパターンに変え、ようやく体重が増え始めた。<br>だからといってミルクをゴクゴクという雰囲気も感じなかったが…</p><p><br>母乳を諦めなかったのが功を奏したのか、３ヶ月になる頃には母乳のみでＯＫになった。<br>親子の絆ができるまでに３ヶ月かかったんだなぁ。なんてちょっと感慨深かった。</p><br><br><p>でも、「飲むことに集中できない」状態は続いた。<br>ショッピングセンターなどの授乳室でもワサワサしている所では飲めなかった。<br>仕方なく、「個室になれるところ」。そう、トイレで授乳なんていうことも度々であった。<br>それでも、環境さえ整えてあげればちゃんと飲んでくれることが判ったし、体重も順調に増えていたので私はうれしかった。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/mulberry-mama/entry-11212422239.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Apr 2012 18:29:24 +0900</pubDate>
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<title>誕生日</title>
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<![CDATA[ <p>誕生日</p><br><p>それは、自分がこの世に生を受け生まれた日。<br>誰にでもある、一年に一度の大切な日。</p><br><p>それが…<br>私には自分の誕生日であるとともに母親となった日になりました。</p><br><p>そう、稜が生まれてきたのは私の誕生日でした。</p><br><p>妊娠を疑って病院へ行った日、「おめでとうございます。予定日は３月29日ですね」と先生。<br>「えっ?!、その日、私の誕生日なんですけど…」</p><br><p>性別を予め知らせてくれる先生ではなかったのですが、毎回、録画してくれるエコーで私は男の子であると確信。<br>やっぱり男の子だったら、４月生まれの方がいいかなぁ　なんて、ちょっと遅く出てくることを期待していました。</p><br><p>予定日の二週間前、お腹の赤ちゃんの心音を確認する検査の時、看護婦さんに「あら、あなたはまだこんなに上にいるのね」と云われ(おっ、よしよし、やっぱり４月かな。ゆっくりでいいよ)などと思ったものです。</p><br><p>予定日の一週間前、「もう、降りてきているし、いつでもＯＫな状態だよ」と先生にいわれ「あらっ、この一週間で…」と思っていました。</p><br><p><br>そして、予定日の明け方。つわりが始まりました。<br>「やっぱり、この子、今日、出てきたいみたいだよ」と旦那に告げ、９時過ぎに病院へ。<br>そのまま入院となり、午後９時過ぎに無事出産!!</p><br><p><br>お腹の中でさんざん暴れていた(えぇ、胎動があると外からでも動くのが判りました)赤ちゃんは元気に出てきました。</p><br><p>こうして、私の誕生日は息子の誕生日にもなりました。<br></p><p>稜は自己紹介の時に必ず「ボクとかぁさんは同じ誕生日です」と云います。</p><p>いつまで云ってくれるかな。</p><p>二人の大切な日。二人で大切にしようね。これからも</p>
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<link>https://ameblo.jp/mulberry-mama/entry-11212402886.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Mar 2012 21:30:00 +0900</pubDate>
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<title>通院日　その１</title>
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<![CDATA[ 今日は発達外来の通院日。<br>本当は２月に行く予定だったのだけど、稜と私が連続インフルエンザにかかってしまったので、久々の通院となった。<br><br>稜と15:40に駅の改札口で待ち合わせ。<br>前々回、稜は診察予約時間と待ち合わせ時間を取り違えてしまい…　私一人が病院にいった経緯があるので、「かぁさん、掌に書いてよ」と待ち合<br>わせの時間と場所を油性マジックで書いてきた。<br><br>私は15:00に仕事から上がる予定が…　待ち合わせに５分遅れてしまった。<br>稜はしっかり到着していて「かぁさん、遅いよ!!」<br>「ゴメン、ゴメン。稜、偉かったね!!」<br>そのまま埼京線に乗り、戸田公園へ。<br><br>病院に着き、受付へ。<br>稜は「先に行ってる～」と発達外来の待合室へ。<br><br>受付を済ませて待合室へ行くと、「ん？」稜がいない。と、診察室から稜と先生の声が…<br>既に診察室に入っていたらしい。<br>私も入ると、もう宿題の日記はみてもらってご褒美のポケモンシールを貼ってもらっていた。<br>今回の日記のノートは12mm。<br>先生「小さい字も丁寧に書けていて、がんばっているじゃない」<br>私「えぇ、でも、もう少し大きなマスの方がいいらしいんですけど…」<br>先生「いや、これだけ書けるからがんばってみようよ」<br>稜はちょっとしぶしぶうなづいていた。<br><br>帰り道「５年生のノート、12mmでがんばってみようよ」というと、「うーん、わかった」とちょっと渋々モード。<br>「でも、今の縦罫のノートより、マス目の方がいいよね？」「ウン」<br>「じゃ、12mmで新しい担任の先生にお願いするよ!!」<br><br>次回の通院は５月下旬。新しい学年になって落ち着いてきたころ、新しい環境での話ができるとよいな。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/mulberry-mama/entry-11200816081.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Mar 2012 20:12:16 +0900</pubDate>
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<title>サッカーに行きたくない!!</title>
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<![CDATA[ 稜は昨年の秋から私の遠い親戚のお兄さんが監督をしているサッカークラブに入っています。<br><br>元々、体を動かすこと、スポーツが大好きな稜は幼稚園のサッカークラブに入りたがっていたのですが、<br>幼稚園と自宅の距離がかなりあったこと(１時間に３本という路線バスを利用して40分)、<br>友達とのトラブルが絶えない状態だったので、これ以上交友関係の輪を広げない方が、親がラク。<br>ということで見合わせてきました。<br><br>でも、かなり落ち着いてきたし、自分で行動できるようになってきたし…と思っていた時に、<br>この親戚のお兄さんと私が会う機会があり、稜のことを話したら<br>「やっぱり体を動かして発散した方がいいんじゃない？　ウチのチームなら、同じ学年に<br>まだ入ったばかりの子が４人くらいいるし、通える範囲だからどう？」と誘っていただきました。<br><br>稜に確認すると「行きたい!!」とのこと。<br>そこで、いくつか約束をして行くことになりました。<br>　　１．午前練習の日は前日分までの勉強は終えていること<br>　　２．練習は始めていく所以外は自分で行くこと<br>練習がある週末が近づくと必死にチャレンジやら…がんばってこなしています。<br>(どうしても切羽詰らないとできないんだよねぇ)<br><br><br><br>今日の練習はお昼から。ということで午前中、一生懸命に勉強を済ませ(えぇ、がんばりました)、<br>早目のお昼ご飯を用意した頃。<br>稜「ボク、サッカーに行きたくない」<br>私「えっ？　なんで、勉強終わっているから行けるよ」<br><br><br>稜「あのね、この間の練習の時Ｓくんが「おまえなんてもう来るな」っていったんだ。だから行きたくない」<br>私「そうなんだ、でも、どうしてそんなことをいわれたの？」<br>稜「わかんない」<br>私「どうしてそんなことをいうのかＳくんに確認しなかったの？」<br>稜「してない」<br>私「どうしてそのままにしたの？」<br>稜「コーチに云ったら「来ていいよ」っていってた…」<br>私「じゃあ、行けばいいじゃない」<br>稜「やだ」<br>私「じゃあ、サッカー辞めちゃうの？」<br>稜「ウウン、辞めない」<br>私「じゃあ、いつになったら行くの？」<br>稜「Ｓくんがぼくがこなくていいって思わなくなったら」<br>私「それなら、今日は行きなさい」<br>稜「いやだ」<br>私「だって、行かなくちゃＳくんがどう思っているかわからないよ」<br><br>泣きながらの押し問答の末…<br><br>私「じゃぁ、かぁさんが練習に行けば、稜は行けるかな？」<br>稜「ウン」<br>私「でも、かぁさんは自分のお昼ごはんの準備はしていないし…。後から行くでいいかな」<br>稜「わかった…」<br><br>「行く」と決めてからの稜は、しっかり準備をして出かけていきました。<br><br><br>私は練習時間の中盤くらいに練習が行われている小学校の校庭へ…<br>１チーム６人でミニサッカーのゲームを行っていました。<br>稜とＳくんは同じチームで戦っていました。<br>そして、稜のチームが勝ち、Ｓくんと抱き合って喜んでいました。<br>その姿をみてホッとしたのは言うまでもありません。<br><br>帰り道、稜と話をしました。<br>私「今日は練習に行ってよかった？」<br>稜「ウン」<br>私「Ｓくん、もう忘れていたでしょ」<br>稜「ウン」<br>私「じゃ、稜も忘れよっか」<br>稜「やだ、ボクずっと覚えてる」<br><br>残念ながら、稜には強烈な言葉として刻まれてしまったようです。<br>でも、それを「こういうイヤな言葉は他人に使わない」という教訓として覚えている糧にしてくれればよいなぁ　そう思います。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mulberry-mama/entry-11200813589.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Mar 2012 20:09:43 +0900</pubDate>
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<title>はじめてのおるすばん</title>
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<![CDATA[ <p>朝、起きてきた稜。着替えがようやく終わった頃<br>「かぁさん、気持ち悪い…」<br>「そうなの？　じゃあ(時刻は7:00)、30分くらい寝てみて様子みようか」<br>「ウン」<br>検温したところ37.2℃。微熱かぁ…<br>そのまま布団に入って休んだ。<br><br>今週は、通級のお楽しみ会があった関係で既に一日職場を休んでいる私、</p><p>２月にはインフルエンザでまるまる一週間も休んでいるので</p><p>すでに残っている有給休暇は心もとない。<br><br>30分が経過して…<br>「どう？」<br>「うーん、ダメそう…」<br>「そっかぁ、困ったなぁ、かぁさん今週はもうお休みできないよぉ…」<br><br>「僕、一人で寝てるよ」<br>「ホント？　とっても助かるけど、大丈夫？」<br>「ウン」<br>「誰か来ても、出なくていいからね。宅急便だったとしても、後から受け取ればいいんだから」<br>「ウン」<br>「お昼まで寝て、それでも調子が悪かったら、病院の午後の診察の予約取りなさいね」<br>「わかった」<br>「お昼には電話するから。でも、何かあったら電話してくれていいからね」<br><br>と、言い聞かせ、職場に向かった。<br><br>実は、稜。長期休みでさえまる一日一人で留守番させたことはない。<br>４年生の夏休み、初のまる一日留守番の体験をする予定であったのだが、</p><p>夏休み直前に下級生に狼藉をはたらき…</p><p>一人で家に置いていく自信がなくなってしまったので、終業式のその日に実家に移動してもらったのだ。<br>はじめてのまる一日のお留守番。しかも体調がよくない状態…<br>不安であったが、ここは親子でチャレンジだ!!<br><br>11:00過ぎ、稜から電話があった。<br>「今、目が覚めたらおなかが減っているから、食パンとか食べるよ」<br>食べる気になっているというのはよい兆候だ。<br>「気持ち悪いのはなくなったの？」<br>「ウン、でも頭がいたくなってきている」<br>「そっかぁ、じゃあ病院は行った方がよさそうだね。食べ終わったら、予約取りなよ。」<br><br>12:00過ぎ、再び電話<br>「病院の予約とってきた、午後の６番目だから３時位に来てだって。熱は37.2℃のまま」<br>「了解。じゃあ、遅れないように３時ちょっと前に目覚ましかけておきなよ」<br><br>16:30過ぎ<br>「病院、行ってきた。薬ももらってきた。インフルエンザじゃなかった。ただの風邪だろうって」<br>「うん、わかった。じゃあ、寝ていなきゃダメだよ」<br>「あのさぁ…　サッカー観たいんだけど(泣)」<br>「何時からなの？」<br>「８時…」<br>「それじゃぁ、それまではしっかり寝て、熱が下がっていたらいいよ」<br><br><br>帰宅すると、布団をテレビの前に敷き、横になりながら見ていた(んー、かぁさんの「つもり」とは違うんだけどなぁ)<br>熱は平熱になっていた。<br>１時間で宿題を済ませたら、サッカーをみていいよ。ということにした。<br>いつもの就寝時間より遅くなっちゃうけど、今日一日頑張ったんだからごほうびだ(笑)<br><br>稜の新たな成長を感じる、そんな一日となりました。<br><br><br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mulberry-mama/entry-11193853101.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Mar 2012 22:49:47 +0900</pubDate>
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<title>お楽しみ会</title>
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<![CDATA[ <p>稜は小学二年生から週２回通級を利用している。</p><p>通級というのは普段は在籍級とよばれる普通学級に通い、週に１～２回、普通学級ではフォローしきれないところをフォローしてもらう。そんな場所だ。</p><br><p>稜の通う通級はこんな子が対象になっている</p><p>・学校に行けない。</p><p>・落ち着いて授業に集中できない。</p><p>・友達と楽しく遊びたいのになかなか上手く遊べない</p><p>・こだわりが強かったり、ちょっとしたことでかんしゃくをおこしてしまう。</p><p>・がんばっても上手くいかない教科がある</p><p>・みんなの中で同じコトをするのがニガテ。</p><br><p>ＡＤＨＤ、ＰＤＤなどの子が対象の通級である。</p><br><p>この通級のイチバンいいところは子どもと先生がマンツーマンであること。</p><p>１通級には６名程度がＭＡＸで登級します。</p><p>で、学期に１回、３つの通級日の子どもが一堂に会して「お楽しみ会」が開かれます。</p><p>今日はその「お楽しみ会」でした。</p><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120313/22/mulberry-mama/ed/28/j/o0800060011849925630.jpg"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="MulberryMamaのブログ-ヨガ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120313/22/mulberry-mama/ed/28/j/t02200165_0800060011849925630.jpg"></a> 「お楽しみ会」は親も参加します。先生達にとっては、いつもよりも大きな集団で子どもがどのような行動をするのか、大切な観察の機会でもあります。<br></p><p>三学期のお楽しみ会はグループ発表を行います。</p><p>今年の稜のグループは「ヨガ」。</p><p>グループのメンバーみんなでポーズをとりました。</p><br><p>体が硬い稜は、ヨガにはかなり手こずっていたようです。</p><p>でも、毎週１回、ヨガに取り組むことによって徐々にいろいろなポーズがとれるようになっていきました。<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120313/22/mulberry-mama/bf/e9/j/o0554041611849924105.jpg"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="MulberryMamaのブログ-ヨガ－真珠" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120313/22/mulberry-mama/bf/e9/j/t02200165_0554041611849924105.jpg"></a> <br><br>９月の終わりくらいから、通級の連絡帳に「今日は○○のポーズが上手で(指導されている)先生からほめられました」というコメントが書かれるようになりました。</p><p>「○○のポーズってどんなの？」と尋ねると、布団でいろいろやってくれたり…　寝る前の稜との会話も弾んだものです。</p><br><p>そして…　←ごらんの通り、がんばりました!!</p><br><p>本人も満足していました。</p><p>家でも布団で二人でやろうかな （きっとそれは私が大変…）<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120313/22/mulberry-mama/43/90/j/o0732054811849922434.jpg"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="MulberryMamaのブログ-組体操" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120313/22/mulberry-mama/43/90/j/t02200165_0732054811849922434.jpg"></a> </p><p>最後に、区の支援級の合同発表会で、稜の通う通級として発表した演技を披露してくれました。</p><p>ヨガと組体操をジュピターの曲にあわせ行うというものでした。</p><br><p>稜のこの一年のがんばりが随処にみられる。そんな「お楽しみ会」でした。</p><br><p>この「お楽しみ会」で今年の通級はおしまいです。</p><p>来年度も稜は２回通級の予定。</p><p>またボチボチ報告させていただきます m(_ _)m<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/mulberry-mama/entry-11191961568.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Mar 2012 13:00:00 +0900</pubDate>
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<title>稜パパが逝きました。</title>
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<![CDATA[ <p>２月27日未明、突然、私の携帯電話が鳴った。</p><p>稜パパの兄からのものであった。</p><p>「今、病院から連絡があって危篤ということなので、私達はこれから向かおうと思っているのですが、行きますか？」</p><p>私は「いえ、よろしくお願いします。」と云い、電話を切った。</p><br><br><br><p>稜パパが倒れたのは、３年程前の２月。</p><p>私が稜を連れて家出同然で今のマンションへ移ってから２ヶ月後のことだった。</p><p>その時の病名は「腸閉塞」。</p><p>その後、通じがよくないからと精密検査を受け、春先に「大腸下降結腸部のガン」であること、「５年生存率50％」であることが宣告された。</p><p>この宣告の日、病院からは「奥さんと一緒に」とのことだったので、稜パパに呼び出されて一緒に病院へ行った。</p><p>これが私が見た最期の稜パパの姿である。</p><br><p>稜パパの療養生活は、稜パパがこまめに書いていたブログのおかげである程度判っていた。</p><p>ガンの再発を示す腫瘍マーカの異常な数値も。</p><br><p>そして、元気なことが取り柄であった義母が昨年６月に倒れ、そのまま痴呆になってしまった。</p><br><p>義母は痴呆専門病院へと入院。健在である。</p><p>しかし、息子の病気も知っていたので私には「現実から逃避してしまった」ように思われてならない。</p><br><br><p>義母の入院費を捻出するために、稜パパが住んでいた「義母と稜パパの兄の名義の家」は売却せざるを得なくなり、年末に私は残してきた荷物をようやく運び出せた。</p><br><p>荷造りの際、稜パパに会い「離婚届に捺印を」とお願いしようとしていたのだが、その矢先に下血しそのまま入院してしまった。</p><p>そして、そのままＸ-Dayを迎えた。</p><br><br><p>１月の終わり頃、稜パパの兄が病状を主治医に確認したところ「もう抗がん剤を使用できる状態にない」こと、「余命二ヶ月」であることが判明した。</p><p>桜が大好きな稜パパは最後の花見をしてから逝くのかなぁ　などど思っていた。</p><br><p>が、医師のみたてよりも１ヶ月程早く、旅立ってしまった。</p><p>早産で１ヶ月早くうまれてきた稜パパらしい　のかもしれない。</p><p>スキーをこよなく愛し、ゲレンデにもう一度立ちたい　と思っていた稜パパは「雪のあるうちに」旅立ちたくなってしまったのかもしれない。</p><br><br><p>余命が判明してからというもの、稜パパの兄からは相続の話しが矢のようにメールできている。</p><p>死へのカウントダウンをただ待たれている。そんな最期であったのかと思うと、人の死って何なんだろうと思う。</p><br><br><br><p>友人が多く「お焼香を」といってくださる方もいるのだが、お葬式も何もない。</p><p>それは、稜パパが招いた哀しい死の形。</p><br><p>稜パパと絶縁してきた私の立場では何も言えないが、稜のために事実を書き記すことにしたいと思います。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/mulberry-mama/entry-11185133069.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Feb 2012 22:49:44 +0900</pubDate>
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