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<title>ムーミンパパの気まぐれ日記</title>
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<description>gooブログからお引越ししてきたので過去記事だけは多いのですが……</description>
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<title>2022年頭所感</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250925/05/mun-pappa/3b/46/j/o0640043215682039662.jpg"><br>みなさま（と言うほど、読者がいるとも思えないが(^^;）、あけましておめでとうございます。<br>それぞれに楽しいお正月をお過ごしのことと思います。<br><br>私はと言えば、紅白歌合戦見て、新年を迎えるとほぼ当時に爆睡し、元日の朝８時からビールを飲み始めるという、王道のような年末年始を過ごしております。<br>王道と言えば、年賀状ですが、最近は出さない人が多くなってきているのに加え、だんだんとご本人がご逝去されたというような便りも多くなり、最盛期の半分くらいに減っています。これから出す相手が増えるようなことも無いだろうし、正月早々寂しいなあと感じています。もっとも、新し好きの私としては若い人たちにLINEであけおめメッセージなどを送って喜んでいることを付記しておきたいと思います。まあ、「あけおめ」だの「ことよろ」だの、最近の子たちはもう使わないんだろうけどね。オジサン達が使い始めたら、その言葉はもう死語らしいです。<br>話は脱線しまくりますが、先日「絶滅危惧動作」というのがあるのを知りました。小指を立てて女性とか恋人とかを表すとか、指を回しながら電話をかけることを表すとか、そんな動作らしいです。ついつい、「え?!それってみんなまだやってるよ」と言いたくなりますが、それはこちらが既に「絶滅危惧種」側だからなんでしょう。やれやれ。<br><br>とまあ、年の初めからくだらないことを書いておりますが、正月らしく自分の年を実感しつつ、あれこれと思いを巡らすお正月です。<br>そんな相も変わらぬムーミンパパですが、本年もお見捨てなきようよろしくお願いいたします。
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<pubDate>Sun, 02 Jan 2022 13:19:31 +0900</pubDate>
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<title>毎年のことではあるけれど</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250925/05/mun-pappa/74/8d/j/o0640042715682039660.jpg"><br>　浦和レッズは11月27日に2021シーズンのホーム最終戦を迎え、試合後に今季を最後にチームを去る選手たちのセレモニーが行われた。<br>　阿部勇樹はジェフユナイテッド千葉の生え抜きとしてプロになり、その後レッズに移籍、途中イングランドに移籍したものの、再び浦和でプレーする道を選び、今シーズンをもって引退することとなった。移籍当初こそ、阿部ってジェフの選手だよねっていうイメージがあったけれど、すぐに阿部ちゃんは浦和の子となった。それだけ我々サポーターを惹きつける魅力があったのである。<br>　宇賀神友弥はレッズユースに所属していたけれど、そのままプロにはなれず、大学を経由してレッズに入団。その後、主力選手として活躍をし続けた。プレーも経歴もまさに雑草魂と言っていいものである。契約満了による退団となったけれど、南側スタンドには「俺達の夢　宇賀神　ユース一同」という横断幕が張られていたが、彼の果たした役割はこの言葉が最もよく表しているだろう。<br>　槙野智章はサンフレッチェ広島からドイツのブンデスリーガを経由してレッズに入団。女優の高梨臨と結婚するなど、派手な行動と自らをお祭り男と呼ぶほどの言動がサポーターとの軋轢を生むことが多かったが、その実力はレッズにかかせないものであった。このクラブで引退したかったという彼の涙は、これまであれこれ批判してきた側のサポーターの胸に少々の痛みを残したのではないだろうか。<br>　トーマス・デンはその才能の片鱗を見せつけてくれたが、度重なる故障の影響でその活躍を限られたものになってしまった。だが、オリンピックのオーストラリア代表に選ばれていたように、まだまだ将来がある若い選手であり、今回のセレモニーで挨拶した４選手の中では、涙もなく、明るく送り出せる選手だった。<br>　いずれにしても、誰かがいなくなり、誰かが入ってくる。そんな景色が毎年繰り広げられていく。プロフェッショナル・スポーツの世界では当然のことだが、選手はいつかは退団や引退をしなくてはならない。その中で、それなりの充足感を味わいながら、大好きなクラブで現役を終えられるような選手は極めて少なく、それだけで幸せな選手生活だったと言えるだろう。それぞれの選手の将来の幸せを祈りながらも、引き続き愛するクラブを応援し続ける。サポーターには移籍も対談も無いのである。<br>　さて、残りリーグ１試合。そして、天皇杯。最後まで一緒に戦おう！
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<link>https://ameblo.jp/mun-pappa/entry-12933219357.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Nov 2021 18:45:51 +0900</pubDate>
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<title>気仙沼</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250925/05/mun-pappa/33/5b/j/o0640036015682039652.jpg"><br>　宮城県気仙沼市に行ってきた。2020年にコロナ禍が始まってから、都外に宿泊を伴う旅行をしたのはこれが２回目。（ちなみに、宿泊を伴うものでなければ、緊急事態であろうがなかろうが、試合さえあれば都県境を越えて埼玉スタジアムに出かけている(笑)）前回出かけたのは福島県会津若松市だったから、まずは東北に向かうというのが私の習性なのかもしれない。<br>　ともあれ、気仙沼は朝ドラ「おかえりモネ」で一杯でした。街中のお店には必ずと言っていいほど「おかえりモネ」のポスターが貼ってある。というか、大概の店は２枚以上貼ってある。もし清原伽耶が気仙沼市長選挙に立候補したなら、間違いなく当選するんじゃないかと思うほどである。お土産物に入れば「おかえりモネ」ライセンス商品のコーナーがあるし、食堂に入れば「モネちゃんセット」があり、ホテルのロビーには「おかえりモネ」ロケ地マップがある。いやあ、朝ドラの威力恐るべし！である。しかも、実際に街中を歩いていると、それらしい聖地巡りのシニア世代がウロウロしているのである。もちろん私もその一員として街歩きをしていたわけではある(笑)<br>　それほど観光スポットがたくさんあるというところはないけれど、朝早起きして眺める気仙沼漁港の景色はとても素敵なものでした。当日の日の出は午前６時４分。残念ながら、この時期から見ることができるという気嵐(けあらし：海の上を霧が立ち込めたような状態)を見ることはできなかったけれど、漁船のエンジンの音で目が覚めて見る港は一度は見る価値があると思う。早起きついでに気仙沼漁港まで歩いて見学をしてきたが、次々に入港してくる船がカツオの水揚げをしていく様子を、小一時間は飽きずに眺めていた。入場無料なのがまたいい(笑)<br>　街に入ってすぐ「気仙沼には初めてですか？」と地元の人に聞かれて、少し考えながら「はい」と答えたのだけれど、あちこち歩いていて思い出してきた。来たことあったなあ。2011年夏、内陸に流されてそのまま居座っていた大きな船、ひび割れて沈下してしまっている岸壁、まだ避難された方がいるホテル。ほんの数時間いただけで移動してしまったせいもあるけれど、あの時見た風景と余りにも違っていて記憶の照合ができなかったのだろう。東日本大震災から10年。見た目は変わっていても、まだまだ復興の途中なのだろうと考えさせられる。<br>　ようやく少しは旅行ができるようになってきました。みんな考えることは同じらしく、まずは近場の温泉が賑わっているようですが、そんな密なところに行くくらいなら、被災地復興にちょっとだけ協力してみるのはいかがですか。<br><br>　<strong>気仙沼さ　来てけらいん</strong>
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<link>https://ameblo.jp/mun-pappa/entry-12933219354.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Nov 2021 06:36:02 +0900</pubDate>
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<title>その後のこと</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250925/05/mun-pappa/32/9e/j/o0521040215682039646.jpg"><br>　オリンピック・パラリンビック東京大会が終了した。開催まではいろいろなことが言われていたが、私自身はそういった主張に懐疑的だったし、やって良かったと思う。威勢の良かった人たちは日本選手団の活躍に気勢をそがれているうちに、パラリンピックの障害者に優しい社会を作るという大義の前に沈黙し、諸外国からの日本だからできたという高い評価の前に雲散霧消してしまったかのように見える。別にざまあみろとか思ったりしないが、この国はいったいいつになったら、正しい議論の方法を身に着けることができるのであろうかと、溜息の一つくらいつくのは許されるだろう。<br>　きっとコロナ対策についても、この騒ぎが収まる頃には同じことを思っていることは賭けてもいい。最近はネット情報によってデマが拡散しやすくなっているなんて、ブラウン管（いまや液晶画面かな）の向こうでしたり顔に解説している人がいるが、別にSNSが無かった頃だって、君たちは同じことやってたよねと思う。松本サリン事件の時、加熱するワイドショーの報道を見ながら、「専門家という人が出て来るんだが、サリンというのは素人でも比較的簡単に製造できるという人と相当な科学の知識が無いと作ることはできないという人がいるんだよなあ。専門家っていうのはいい加減なもんだよなあ。」と上司がシニカルに話していた記憶が鮮明に残っている。あの事件は1994年6月のことだから、少なくとも30年近く進歩が無かったことになる。専門的な事象を一般の人向けに分かりやすく解説するのは良いけれど、本当にそれが正しいのかどうかは眉唾である。コロナワクチンを接種すると不妊になるとか、５年後には副作用で大変な状況になるとか、医学博士や医師の肩書を持つ方々がたくさん本を出している。５年後には全員引きずり出して公開処刑したいくらいであるが、そこはまあ自由と民主主義の日本であるから我慢するとして、正義の味方としてネット上で大騒ぎしている方たちは、今こそ出番ではないかと期待したくなる。<br>　東京都の新規陽性者数は、2021年9月19日現在で565人(7日間移動平均815.3人)と減少し始めているが、累積陽性者数は371,990人に達している。東京都の人口は14,043,239人(8月1日推計値)だから、単純計算で2.64％の方が陽性者となっている。50人に一人くらいのイメージだから、身近な人で感染した人も多くなってきた。あれこれ言っている人が、自分の身を守ってくれるわけではない。ワクチン接種と不織布マスクの着用、手指消毒をお勧めします。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mun-pappa/entry-12933219351.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Sep 2021 12:41:40 +0900</pubDate>
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<title>TOKYO2020</title>
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<![CDATA[ 　様々な議論が行われたオリンピック東京大会が開幕した。新聞やネットニュースには様々な言葉が並ぶけど、なにはともあれ大会の開催に向けて準備を進めてきた現場のスタッフの皆さん、この日のために研鑽を積み重ねてきた選手の皆さんに対して賛辞を送りたいと思う。私自身はいつだってテレビ観戦だし、地元開催だからと言ってチケットを持っていた訳でもないので、やれ祝祭感が無いだのかんだの言われても、「ふ〜ん」くらいの感想しかない。もし中止になっていたらいたらで、手のひらを反して「選手が可哀想だ」とか「これまでの経費をどぶに捨てた」とか大騒ぎするに決まっている。だから、そんな議論に付き合う気は毛頭無いのだが、個人的に違和感を感じることはいくつかある。<br>　まずは、海外からの選手団にコロナ陽性者が出るたびに、それ見たことかと大々的に報じられることである。彼らだって、なりたくてなったわけでは無いのに、外国選手団はさも危険な病原体かのような報じ方に辟易する。これってある種の外国人差別なんではなかろうか。しかも、どうもアフリカ系の選手団にはより風当りが強いように感じるのは気のせいなのだろうか。<br>　次に、なんで事前の壮行試合が有観客で行われて、オリンピック本番は無観客なんだろうか。オリンピックは海外からの観客が多いとか、東京と地方との人流が増加するとか、それなりの理屈はあるのかもしれないが、それなら国内客とか地元客に制限すれば済むはずである。そもそもプロ野球やJリーグは人数制限をしながら開催を続けてきたのだし、なんでオリンピックだけ？という素朴な疑問が拭えない。しかも、そんなこととは関係なく、都内のあちこちの盛り場では人出が増え、路上飲みが横行していることを考えれば、何をかいわんやという気分である。<br>　そして、最も根源的な疑問としては、なんで欧米諸国に比べて圧倒的に陽性者数も死者も少ないのに、日本の医療体制はひっ迫してしまうのかということである。これは医者の数が少ないのか、それとも多くの医者が効率的に業務を行っていないのか、どうやら日本の医療体制に致命的な問題があるように思われてならない。しかも、この問題は医療過疎と言われるような地方ではなく、東京で起きているのである。さらに言えば、コロナのせいで感謝が減り、病院経営が厳しいから何とかしてほしいとの声が聞こえてくることである。その医療資源はどうしてコロナ対策にシフトできないのであろう。ハード改修が難しいというのは理解できるが、人材はシフトできるはずだし、問題の発生から既に１年以上が経とうとしているのだから、それなりの対応はできたはずである。<br>　議論に付き合う気は無いと言いながら、あれこれ書いてしまったが、ともあれ、東京大会に参加している全ての選手の皆さんが全力で戦うことができるように祈るだけである。メダリスト達が口々に「こんな状況の中で開催されたことに感謝している」とコメントすることに痛々しさを感じている。君達は余計な気配りなどしなくていい。ただ、おのれのこれまでの精進を信じ、堂々と勝負してくれればいいのである。それ以外のことは、大会運営に関わる偉～いオジサンやオバサンに任せておこう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/mun-pappa/entry-12933219348.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Jul 2021 12:13:38 +0900</pubDate>
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<title>終活</title>
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<![CDATA[ 　新年度明けましておめでとうございます！<br><br>　なんて、ブログもしばらく更新していないと、なんとなく投稿しづらく、なにかしら言い訳が欲しくなるものなんですよねえ。<br>　その言い訳も４月３０日とは…トホホ<br>　<br>　「〇活」って言葉があれこれと使われている。たぶん就職活動を略して「就活」って使われるようになったのが、この種のブーム(？)の最初だと思うけれど、ホームルームなどの学級活動が「学活」と言われていたのが原点なのかな（違ってたら訂正してくださいね。）。ともあれ、不妊治療など、妊娠を目指した活動が「妊活」、保育園を探す活動が「保活」、学校では「学活」と、それこそ揺りかごから墓場まで〇活ばやりなのである。そしてその「墓場」を目指すのが「終活」。<br>　今や総合週刊誌では毎号必ずこの終活の話題が載っている。これは終活に対する中高年の関心が高いということが基本にあるのだろうが、若者の活字離れが進み、週刊誌を買って読むのは中高年ばかりだというのも大きいのではないだろうか。なにせグラビアページまで、アグネスラムや水沢アキなどのかつてのアイドルの水着が載っている。なかには既に他界している女優の未公開ヌードなどと見出しに踊っているのには、どうだかなあと思ってみたりもするのである。ちょっと見てみたいと思ってしまうのが、ちょっと悲しいが(笑)。<br>　話は寄り道にそれましたが、この終活というのは人生の終り、端的に言えば、自分の死に向かってやるべきことや準備しておくべきこと全体を指している。これまでは、まあそういうことも必要だよなあっていうくらいの感覚だったのだが、最近は少しは自分もやっておかなくてはと思うようになった。そもそものきっかけは父が亡くなった時の手続である。まずは、葬儀に当たって、どこに連絡をしたらいいのかが分からない。だいたい男の子と父親なんていうのは、基本的に没交渉なので父の交友関係などというものはほぼ不明である。母はとっくの昔に天国に旅立っているので、そっちに聞くこともできない。聞いてみても、うるさい父をこっちに寄こすんじゃないって怒られるのが関の山である。ともあれ、親戚、町会と昔の職場に連絡を済ませ、年賀状を頼りに失礼を承知で学生時代の旧友と思われるような方に連絡をしてみたら、ありがたいことにその方が同窓の方々に連絡をしてくれた。それはまあ幸運ではiあったが、自分が死んだ後はどうするのか、やっぱり少しは準備しておかなくてはならないと実感したのであった。それから何年も経ち、そろそろ思っているだけでなく、実行に移さなくてはならない年齢になってきた。人生百年時代なんて言うものの、人間いつ死ぬかなんて分からないし、死なないわけにもいかない。とは言え、エンディングノートみたいなものを買って記入していくというのも性に合わない。かくして、あっちの書類を見てみたり、パソコンの前で唸ったりしていくうちに時は過ぎていくのである。<br>　まあ、身内に見られたら恥ずかしいような動画ファイルやら画像だけは消去しておくかな。名残惜しいけど。
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<link>https://ameblo.jp/mun-pappa/entry-12933219347.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Apr 2021 08:48:31 +0900</pubDate>
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<title>観察ウォーキング</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250925/05/mun-pappa/ac/25/p/o0640043215682039637.png"><br>あけましておめでとうございます。相変わらずいつ更新するか分からないブログでありますが、本年もよろしくお願いいたします。（なんとか一月中に更新できた(^^;）<br>とは言え、世の中は２度目の緊急事態宣言で大騒ぎの最中、うちの県は対象外だからとも言ってられないほど、日本中コロナで大変な状況になっております。まずは自らの身の安全を守るため、こんなブログでも読み返しながら、ステイホームされることをお勧めする次第です。え？そんなことよりステイホームでもっと更新しろ！ってですか。おっしゃる通りですが、そこがまた浮世の面白さと言うもので。。。そろそろ今回の話題に。<br><br>　折角のダイエットを無にするリバウンドを解消するため、また最近になって通勤時のウォーキングを数年ぶりに再開した。最初は、地下鉄の駅にして４駅、約4.7㎞から始めたのだが、やっぱり身体は正直なもので、脚がだるくなったり、筋肉痛になったりしたのだが、徐々に慣れてきて、さらに一駅分距離を伸ばしたりしている。お腹の方は一向にへこまないものの、通勤電車での感染機会を減らすという副次効果もあるはずだと言い聞かせて、せっせと歩いている。，<br>　で、この出勤ウォーキングであるが、NHKーBSで朝の連続テレビ小説を見終わってから出発するので、毎日正確に７時４５分に家を出て、８時５５分にデスクに着いているという見事なまでの定時運行である。ところが、朝の日課というか、行動パターンは、多くの人にとっても概ね決まっているようで、よく見ていると、面白いほど同じ人が同じ行動をしているのに出くわすことになる。まずは、本来ならば地下鉄に乗る最寄り駅であるが、ここでは政治家の方がいわゆる「朝立ち」、駅頭での演説などを行っている。これはまあ、日によって立っている人が違うのだが、パターンと言えば、パターンである。これを横目に歩いていくと、黄色い帽子を被った何人かの小学生とすれ違う。最近の子はランドセルに、防犯ブザーをぶら下げているのだが、そのうちの一人がなぜか10cmくらいのぐんまちゃん、そう、群馬県のゆるキャラを着けていて、すごく目立つ。どうしてぐんまちゃんを着けているのか、その理由が気になるところではあるが、ここで少女を呼び止め「ねえ、ぐんまちゃんが好きなの？」なんて声をかけでもしたら、瞬く間に「不審なサラリーマン風の男性による声掛け事案が発生」などと、ネットで警戒情報が拡散しかねない。あふれる好奇心をぐっと抑えて進むしかないのである。そうこうしているうちに、比較的大きな交差点に出ると、角にあるマンションの玄関先で女性２人が立ち話をしている。いかにも子供を学校に送り出した後といった感じではあるが、毎朝いったい何を話しているのだろうか。井戸端会なる言葉は今や死語なのかもしれないが、女性が情報交換（という名のおしゃべり？）に励むのは、子供や家族を守るために女性といすれ違う性に与えられた人類誕生以来の本能なのではないかと、一人で納得しつつ、横断歩道を渡るのである。しばらく歩くと、野球帽を被ったおじいさんが犬の散歩をしている。朝の時間帯なので、犬の散歩をする老若男女とすれ違うのだが、このおじいさんが特徴的なのは、必ず左手に缶チューハイ（多分レモンハイ(笑)）を持っているのである。最初の頃は犬のおしっこにかける水でも入っているのかと好意的に解釈していたのだが、ある日しっかりと飲んでいるところを目撃してしまった。こんな朝から、しかも屋外でしか飲めない理由が何かあるのだろうか。もしかして、肝臓病か何かで家では飲むことを厳しく止められているのだろうか。どうにも他人事には思えず、温かな眼差しを送ってしまう私である。<br>　とまあ、こんなとりとめのない反応を繰り返しながら出勤ウォーキングをこなしている私ではあるが、すれ違う相手からはいったいどう思われているのだろうか。人の振り見て我が振り直せ、ってことなんでしょうねえ。
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<pubDate>Fri, 22 Jan 2021 08:39:27 +0900</pubDate>
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<title>1010</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250925/05/mun-pappa/55/2c/j/o0640031215682039630.jpg"><br>　今回の投稿が1010件目の記事になる。このブログを再開してから約１年。月に一度に満たない投稿でしかないけれど、心のどこかにいつもブログの記事をどうしようかなあとは思っている。まあ、思っているだけでは記事はアップされないのが玉に瑕ではあるけれどね。そのうち、AIの進歩とやらで私のアバターが自動的に記事をアップしてくれて、私がこの世からいなくなった後も何年も何十年もこのブログが続く日がやってくるかもしれない。その時もポツポツとしかアップされないのかなとか、そんなあれこれを妄想しながら、日々を過ごしている。できることなら、雲の上でAI気まぐれ日記を読みながら、「いやあ、私だったらこうは書かないなあ」とか言って修正をかけてみたいくらいである。<br>　ちなみに、1010を千(せん)と十(とお)と読み「銭湯」と語呂あわせで、10月10日は銭湯の日だったなあとか、千(せん)と十(じゅう)と読み「千住」語呂あわせで、足立区北千住にある文化施設は「シアター1010」とかいう名前だったなあとか思い出したら、いつもの通りムダな好奇心がむくむくと湧いてきて調べてみた。10(と)10(と)で魚(とと)と読み、釣りの日。10(と)ま10(と)でトマトの日。0(れい)10(とう)でで冷凍めんの日。10(ten)10(とう)で転倒防止の日。10(to)10(to)でサッカーくじのtotoの日。同じく、トートバッグの日。10(ジュー)10(ジュー)でお好み焼きの日。いやあ、出るは出るは、一つの文字を何通りにも読む日本語の面目躍如というか、日本人の語呂あわせ好きの真骨頂というか、全部で一体いくつあるんだろうかというほど記念日のオンパレードである。一瞬、このネタをシリーズ化して毎日書けば、それだけで300回分くらいは投稿回数を稼げるかもとか、邪悪な思いも頭をもたげたが、さすがに非難されそうなのでやめた。<br>　ともあれ、こんなどうでもいい記事ばかりですが、もうしばらくは本人の書いたブログを読んでやってください。（冒頭の写真は小金井市にある江戸東京たてもの園に保存されている子宝湯です。）
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<link>https://ameblo.jp/mun-pappa/entry-12933219343.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Oct 2020 09:31:08 +0900</pubDate>
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<title>Fukushima50</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250925/05/mun-pappa/ad/8e/j/o0453064015682039622.jpg"><br>　2011年３月１１日、東北地方を襲った大地震は、地震そのものによる被害に加え、想像を絶する津波の被害をもたらした。それだけでも大変な被害だったのに、それに追い打ちをかけたのが福島第一原子力発電所の事故であった。その現場で起きていたことが「Fukushima50」として映画化された。今年の３月に上映されるということだったのだが、毎年年度末は映画なんか観に行ける時間はまったく取れないほど忙しいので映画館での鑑賞は諦めていた。それが新型コロナウイルスの関係で、この時期にまた上映されていることに気付き(とは言え、これを書いているのはそれから一か月ほど経っていますが(^^;)、慌てて映画館に観に行ってきた。かつてイスタンブールで現地の人に教わった「どんなに悪いことでも、一つはいいことがある」という格言は、どうやら正しかったようである。<br>　題名が示すように、海外でヒーローと称えられた福島第一原発の事故に立ち向かった人たちの物語である。正直言って映画の出来はさほどいいものではなかったが、そこに描かれている状況が概ね事実であろうことは、容易に想像できた。もちろん、映像表現の中に含まれるデフォルメやフィクションなどを捨象した上でのことであるが、本社と現場、企業と国の関係など、これまでの仕事の経験から「さもありなん」と腑に落ちるものが多かった。正確に分析して論評する能力には欠けるので、詳細な記述は避けるが、優秀なテクノクラート集団を持つ政府や大企業などがどうして判断を誤り、間違った方向に進んでいってしまうのか、映画を見終わってからはそんなことを考えていた。今から考えれば勝てる見込みが無い太平洋戦争に突入してしまった決断や、まさに現在進行形の新型コロナウイルス対策など、そこには日本人が持つ何らかのメンタリティに内在する決定的な欠点があるように思えてならない。映画の中で本当に描かなければいけなかったことは、そこだったんではないかと。<br>　福島第一原発の事故も太平洋戦争も私たちの子孫に及ぶ数世代に渡る大きな災厄を招いてしまった。今回の感染症対策は一体どうなっていくのであろうか。そして日本はいつか自分自身が持つ弱点を克服することができるのであろうか。現在進行中の事象に今評価しても意味がないことは理解している。ただ、トイレットペーパーを求めて並んだ人達がまたうがい薬を買いに並んでいる。そんな報道に接しながら、どうも将来が悲観的に思えてしまうのは、歳のせいだけでは無いような気がしている。<br>　とりあえずは、映画の原作「死の淵を見た男　吉田昌郎と福島第一原発（門田隆将著）」でも読んで、少し落ち着いて考えてみようかな。
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<pubDate>Sat, 08 Aug 2020 17:53:21 +0900</pubDate>
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<title>ラジオネーム</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250925/05/mun-pappa/13/d4/j/o0320032015682039617.jpg"><br>　新型コロナウイルス感染症の影響で、ブログとの間にソーシャルディスタンスを設けたとか、投稿を自粛していたという訳ではないのだが、結果的にもう６月も終わろうかという時期の投稿になってしましました。って、毎回言い訳から始まるブログっていうのもどうなんでしょうかね。<br><br>　だいぶ前から老人性早起き症などと言っているのですが、睡眠時間が短くなり、家で酒でも飲んで早く寝てしまったりすると、真夜中の２時、３時に目を覚ますなんていうことがよくある。そのまま眠れてしまえばいいのだが、なかなか寝付けずテレビを見てしまったりする。CSに加入しているせいで、そんな深夜でもそこそこ面白い番組があったりするので、ますます目がさえてしまい、そろそろ世の中が起きだすころに眠くなり、１時間ほどうつらうつらしてからボーっとした頭で出勤することになる。そんな日々が続いていたある日、同世代の友人と話していたら、「自分もそうなんだけど、僕の部屋にはテレビが無いからラジオ聞いているんだよねえ。」と言われ、はたと膝を打った。その手があったかあ。考えてみれば、青春真っ盛りの頃は深夜放送全盛の時代で、受験勉強しながら（というか、する振りしながら）ラジオを聴いていたものである。これは私もラジオ派に転向しなくてはと思い、少しいいラジオを購入してみた。実際に聴いてみると、深夜放送は若い人向けのガチャガチャを騒がしいだけの番組だらけで、ちっとも面白くない。これもまあ、ラジオ局に問題があるわけでなく、こっちが歳を取っただけのことだから文句をつける筋合いでもないしななどと思いながら、NHKの「ラジオ深夜便」か文化放送の「走れ！歌謡曲」を聴いている。「ラジオ深夜便」はさすが皆様のNHK！と褒めてあげたいほど、ベテランのアナウンサーによるシニア層向けの落ち着いた語り口がしっとりした感覚をもたらす大人の深夜放送、というかシルバー世代もしっかりと視野(聴覚野？)に置いたプログラムである。一方、「走れ！歌謡曲」の方は昨年放送50周年を迎えた老舗番組。日野自動車の提供によるトラックドライバー向けの番組のせいか、若い女性MCによる気取らないプログラムである。若い頃に聴いていた時は、もう演歌ばっかり流れていたが、最近は普通にポップス系の曲も流れるようになっていて、少々驚いたものの、比較的に耳になじむ選曲だし、うるさすぎないのがいい。まあ、何はともあれ、イヤホンを耳に入れ、２時間で電源が切れるオートオフ機能を使いながら聴いていると、いつの間にか寝てしまうことも多く、テレビ視聴よりは断然調子がいい。<br>　そんな習慣が付いた頃、ふと思い立って番組に投稿をしてみようと思いついた。高校生くらいの頃は番組宛に投稿している人たちに対し、面白いこと書けるもんだなあと思ったり、そんなことしても何の得にもならないのにと思ったりしながら、自分では投稿したりすることは一度もなかった。当時はハガキや手紙だから、番組内では当然「匿名希望、ペンネーム〇〇さんからのリクエストで…」なんて読まれていたのだが、今やメールやツイッターによる投稿が普通になっており、いつの間にかラジオネームなどという呼ばれ方をしている。天の邪鬼のくせに新しい物好きな私としては、どうしてもチャレンジしてみたくなったのである。そんなことを思ってから、逡巡することしばし。それでも、ついにパソコンから、とある番組宛に投稿してみた。まあ、名前を呼ばれることも無いだろうなあと、ちゃんと心の予防線を張りながら、その後もその番組を聴いていたのだが、当然のことながら私のラジオネームが読み上げられることはなく一月が過ぎていった。そんなある日、ついに私のラジオネームがMCの口から読み上げられたのである。内容はかなり端折って紹介されたものの、それは織り込み済みだったので気にならない。それよりもなによりも、こうやって読み上げられることが、こんなに嬉しいものなんかと自分でも半ば呆れるほどである。<br><br>　自分って実はミーハーだったのかもしれない。他人にはバレないように、そっとこのブログにだけ書き留めておこう。ブログ再開しておいて良かったなあ。ちなみに、ラジオネームはムーミンパパではありませんよ。
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<link>https://ameblo.jp/mun-pappa/entry-12933219337.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Jun 2020 11:20:05 +0900</pubDate>
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