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<title>munchichi_bokushiのブログ</title>
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<title>少しずつ　００４</title>
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<![CDATA[ <p>土曜日</p><p>&nbsp;</p><p>『G7』というワインを飲んでいる。</p><p>カキフライ、イカフライなどをつまんでいる。</p><p>&nbsp;</p><p>北海道に上陸した日、コンビニで『筋子』のおにぎりを買って朝ご飯にした。</p><p>妻と子供３人、そして妻の母とわたしの６人。</p><p>&nbsp;</p><p>島松に車で入り、島松伝道所の近所の『神田館』に避難した。</p><p>前任牧師の引っ越しが予定より伸びたので、待機した。</p><p>僕は、一日、新聞を読んでいた。</p><p>確か、東京宣言なるものが採択されたらしかった。</p><p>日米の『安全保障』にかかわる『宣言』らしいが、じっくり読んだが、あまり記憶には残っていない。</p><p>&nbsp;</p><p>新聞を一日読んでられるほどの元気はあったということだが、子供達と遊ぶほど元気ではなかったということだと思う。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12392365286.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Jul 2018 19:16:57 +0900</pubDate>
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<title>民衆イエス　006</title>
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<![CDATA[ <p>キリスト教が発展した場であった西欧社会で両性論がこれほど長い間持続されてきたのは、ギリシャ・ローマ体制、ないしは世界観長い間西欧世界を支配してきたからであり、いまやギリシア・ローマ的な体制や世界観が崩壊してしまったので、こういったキリスト論は立つべき場がありません。それなのに両性論をそのまま反復することは、キリスト論自体よりもその上に建てられた制度的教会を存続させるためです。ですから、こうしたキリスト論が何の説得力もないので教会は形だけ残り、歴史の現場からそっぽを向かれています。こうしたキリスト論を私たちが継承し反復しなければならない理由は全くないと考えます。</p><p>&nbsp;</p><p>それなのにこうしたキリスト論を、全く風土が異なる第三世界、他の宗教が支配している世界、特に韓国のように仏教、儒教、道教のような諸宗教が深く根を下ろしている領域にそのまま引き入れたために、非常に異質的で訴える力のないものになってしまったと思います。ところが、驚いたことにこうしたキリスト論を基準に説教がなされ、独断的な神学に陥ってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>すでにキリストの神性と人性に言及しましたが、これは「キリストが誰であり何であるか」という問いに答えるためのものです。ですが、こうした問いは東洋にはないものと思います。神と人を完全に区別してしまい、神だというのも人だというのも難しくなってしまうディレンマの中で、結局「神人」という奇妙な結論を下してしまい、キリストの神性を主張することがキリストの神性を主張することがキリスト教的であるというのですが、東洋にはそんな表象はありません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12391515995.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Jul 2018 23:07:42 +0900</pubDate>
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<title>民衆イエス　005</title>
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<![CDATA[ <p>こうして結局両性論が出てくるのですが、それは神性だけを強調すれば地上に現れたキリストが成立しなくなるので、人性と結びつけて、神・人として解明したのです。神人像は決してキリスト教的なものではなく、ギリシャ・ローマ世界によくある表象をイエスにひっ被せたものです。ブルトマンのような人も神人という表象によってキリスト論が形成されたことを認めています。そのため私は、両性論について、聖書的か、あるいはキリスト教的かと問うてみる価値すらないと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12391508514.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Jul 2018 22:37:03 +0900</pubDate>
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<title>民衆イエス　004</title>
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<![CDATA[ <p>私の判断では、現在まで支配的なキリスト論は、聖書を解釈して得た結論を展開したものではありません。聖書に現れたキリストを伝えようとする目的より、弁証的な要請が先に立ち、この要請によってはじめられたキリスト論的議論が足場となり、それがあたかもキリスト論の本質的なものとして、そのまま引き継がれてきたように思われます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ヘレニズム世界で、どうしたら哲学的関心を持つ人々に納得できるようなキリスト像を提示することができるかということが第一の目的であったために、聖書と相当の距離が生まれました。そしてこれに関連して他宗教と哲学の世界、特にギリシャ・ローマ世界の中で、イエスがいかに優越し、また特殊であるかということを明らかにしなければならないという宣教的目的のために、イエスの生涯が非常に特殊であったにもかかわらず、キリスト論が当時のギリシャ・ローマで一般的だった神格化された救い主と何ら変わらない宗教的な英雄として叙述されざるを得なかったと考えます。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12391504440.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Jul 2018 22:21:38 +0900</pubDate>
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<title>民衆イエス　ノート003</title>
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<![CDATA[ <p>「貧しい者は幸いだ。神の国はあなたたちのものだ」という言葉は、貧しい者が富める者となるという意味ではありません。意味が曖昧な救いという言葉の代わりに解放という言葉を使うなら、民衆の解放は民衆自らがすることです。民衆が自らの苦しみをありのままに認識し、その苦しみが一人だけの苦しみではなく、私たちがともに負っている苦しみであるという事実を知り、苦しみを分かちもつ時、解放のための力を得るようになります。・・・民衆解放は民衆自らがすることであり、その戦略も自らが発見します。私の貧しさの悲しみを、私たちの貧しさの悲しみに変えるならば、自然と救いの運動へ、解放運動へと進んでいくようになります。・・・民衆神学では、民衆の中でメシアの出来事が、救いの出来事がいま起こっていると語ります。わたしたちの処方をもって救いについて語ってはなりません。そんなふうに救いを描いてはなりません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12389917543.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jul 2018 22:48:49 +0900</pubDate>
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<title>民衆イエス　ノート002</title>
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<![CDATA[ <p>イエスの生涯自体が民衆解放であり、イエスを通して民衆解放の事件が起こっています。イエスの苦しみと十字架の死において、民衆が苦しみを負い、民衆が十字架に架けられて死んだと説明できなければなりませんが、言語が足りませんね。その言語を発見しなければならないのです。私たちが主客の図式に縛られれば、イエスの死と民衆の間に橋を架けることはできません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12389904389.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jul 2018 21:57:37 +0900</pubDate>
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<title>民衆イエス　ノート001</title>
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<![CDATA[ <p>イエスが自分自身はそうする必要はないのに計画を立てて民衆のために運動を起こしたというのではなく、彼の生自体がそのまま民衆を解放する生となったのです。イエスは戦略家ではありませんでした。彼こそは受肉した人として、イエスは自己を徹底して生きたために、彼の生はそのまま民衆の生であり、彼の死はそのまま民衆の死であり、解放だったのです。そんな意味で、民衆が自身を救うというとき、イエスを抜きに考えているのではありません。</p>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12389901089.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jul 2018 21:44:45 +0900</pubDate>
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<title>少しずつ 003</title>
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<![CDATA[ <p>落ちてきた</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>気分マイナス３</p><p>&nbsp;</p><p>体調マイナス３</p><p>&nbsp;</p><p>離脱症状マイナス２</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>昨日いただいたハーブでティーを楽しんだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日は枕に入れて昼寝をした</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ミントとレモンバームの香りに浸った</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>昼寝の最中から落ちた</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>落ち着いたといえばいいのか</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>落ち着き過ぎた感じ</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>早めに落ちたのは不幸中の幸いだ</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>力を抜いて　遠くを見よう</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>と思っていたら</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これからお客さんだ！</p>
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<pubDate>Thu, 05 Jul 2018 14:50:13 +0900</pubDate>
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<title>少しずつ　002</title>
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<![CDATA[ <p>振り返るのはよそう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>中国船次第だが</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>始まりはいつも筋子の中にある。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日の気分はプラス４</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今日の体調はマイナス２</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>減薬の離脱症状はマイナス１</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>最大値MAXはプラスマイナス１０。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>少し高いんだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ものたりないでちょうどいい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>世界を広げない。広げているが。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>限度をわきまえる。これくらいにしておこう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>言うことを聞く人を決める。妻に決めておこう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ゆっくり、日曜日のおはなしの準備をしよう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12388594749.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Jul 2018 10:07:02 +0900</pubDate>
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<title>少しずつ</title>
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<![CDATA[ 苫小牧港のフェリー乗り場に着いたのは、22年前。1996年４月のことだった。朝御飯をコンビニでと、おにぎりを探すと『筋子』❗️いまでも、コンビニの<span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">『筋子』を見ると、最初の始まりを思い出す。</span>
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<link>https://ameblo.jp/munchichi/entry-12388523657.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Jul 2018 22:58:56 +0900</pubDate>
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