<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rdf:RDF
 xmlns="http://purl.org/rss/1.0/"
 xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
 xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
 xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="https://rssblog.ameba.jp/music-moto/rss.html">
<title>本谷　建治の　総合芸術　ブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/</link>
<description>■気に入った音楽、写真、映画、文学を、少しずつ紹介していきます。■写真は、Nikon D700 と GRD Ⅱで撮影しています。</description>
<dc:language>ja-jp</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-12657650298.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11497311606.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11464648056.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442353857.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442353073.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442351434.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442349679.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11431711617.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11429474190.html" />
<rdf:li rdf:resource="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11424224277.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-12657650298.html">
<title>旅の途中</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-12657650298.html</link>
<description>
歩き続けた先は果てしもなく広がっていてたどり着くことはできないだろう自分が思い描いていた目的地なんて夢幻としてしか　存在していないのだろうでも　歩みを止めるわけにはいかないあそこに何か見えるからとりあえず　あそこまで行こう気負うことなく　おじけづくことなく歩みを進める辺りに咲いている花にも周りに人が居ることも　気づかぬまましわの寄った眉間から　モノクロームの世界が生まれるまるで　作業でもするように　男は水筒の水を飲む子供たちの　明るい笑い声も笛や太鼓の　祭りの音もこの男には届かないまだ見えぬ　「
</description>
<dc:date>2021-02-19T13:02:39+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11497311606.html">
<title>「ふとした想い」</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11497311606.html</link>
<description>
たるんでおるぞたるんでおる自らが何か　やり遂げんとする時には必ず　自らの限界を越え　解らぬ事を　自分で理解できぬ事を　理解せんと必死に努力するその姿こそが　神の姿じゃ今の境地　また　今の悟ったる悟り具合に甘んじておれば甘んじているならばいつまで経っても　それは　行ったり来たりの繰り返しになるそうではなくもっと大きく　もっと深く　極めんとするその姿勢こそが　尊い姿じゃもっと大きく　もっと深く　理解し　発展し　死ぬまでそのようにして自らを鍛え上げていく事が　この地球上に生まれてきた事の意味ならば一秒
</description>
<dc:date>2013-03-25T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11464648056.html">
<title>人生の野菜スープ</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11464648056.html</link>
<description>
人生は野菜スープだと　誰かが言った色んな野菜が　一つのなべの中で煮られて一つの野菜では　出せない　複雑な味を出すのだという人もそれぞれ　色んな経験をするその経験は　短い期間で見ると　無意味な羅列に見えるのだが長い期間で見ると　大きな方向性というものが見えてくる事がある意外な事が　意外な時に役に立つという事が　あったりする今の　置かれた状況において　自分に出来る精一杯な事をする事が未来を創ることにつながっており無意味な事など　何一つとしてないという事を実感できればそれは幸せな事だ愚痴や　不平や　不
</description>
<dc:date>2013-02-06T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442353857.html">
<title>「我輩は猫である（２－３）」出会い</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442353857.html</link>
<description>
その時　吾輩の脳裏に映像が浮かんできた今よりも幼い少年が　この女性の腕の中で荒れ狂っていたその荒れ狂った少年の言葉の裏側にはただひたすらに　背負いきれない悲しみがにじんでいた「僕は捨てられたんだ」その少年の心は　そう叫んでいたまだ野生を制御しきれていない幼い少年はこの女性に噛み付き　爪を立てて暴れていた女性はただ黙ったまま　この少年を抱きしめていた少年の爪が　女性の肌に突き立てられ　皮膚を削る女性の透き通るような白い肌に　血が流れ出たそれでも女性は　ただ黙って少年を抱きしめていた次第に女性の首や
</description>
<dc:date>2013-01-08T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442353073.html">
<title>「我輩は猫である（２－２）」出会い</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442353073.html</link>
<description>
「いえ　この猫を見ると　なんとなく」「人は二本足で歩くもの　四つん這いになるのは獣（けもの）のみです」「ただ　この猫と同じ目線でいたかったんです」「相手と同じ目線を意識するのは良いのですが　人としてやっていいことと悪いことがあります　手負いのものと戦ってどうしようというのです」「手負いかどうかは関係ありません　私はこの猫と真正面から向き合いたかったのです」「そなたがその気になれば　猫を殺してしまうことのもなりかねません　強い者は　その力の制御を学ばねばなりません」「僕はただ　この猫と・・・」「そ
</description>
<dc:date>2013-01-07T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442351434.html">
<title>「我輩は猫である（２－１）」出会い</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442351434.html</link>
<description>
我輩は独りになれる場所を探していたブロック壁づたいに　地面を見下ろしながら歩いていた「お、足を引きずっている猫が居るぞ」子供が三人　我輩を見つけ　指差した子供は大きく分けて二種類居る動物と仲良く遊ぼうとする者と動物を無邪気な心で　いじめる者である我輩は　指差す子供たちの瞳の奥に　無邪気な残虐性を感じた来たければくればいい　窮鼠猫をかむという言葉を　実体験させてやろうそう思ったん？猫に追い詰められたネズミ？まぁいい　我輩は猫である　小さいことは気にしない「引き摺り下ろそうぜ」一人はブロック壁をよじ
</description>
<dc:date>2013-01-06T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442349679.html">
<title>「我輩は猫である（１）」プロローグ</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11442349679.html</link>
<description>
我輩は猫である名前は・・・長い間呼ばれていないので忘れてしまったのである細い記憶の線をたどれば　母の暖かい懐と　舌の愛撫をかすかに憶えているまだ　のどを鳴らすことも知らない　高くか細い泣き声が　我輩ののどから奏でられていたその時だけは　我輩は完全無欠に満たされていた我輩にとって名前など意味はない我輩は我輩である　それだけで充分なのである我輩が次女殿に出会ったのは　何度目かのお気に入りの場所を　流れていきながら見つけた時である古い日本家屋の周りを　不釣合いな灰色のブロック壁が囲んでいるその南の角で
</description>
<dc:date>2013-01-05T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11431711617.html">
<title>悟りの必要性について</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11431711617.html</link>
<description>
日常生活の中において、一体どういう部分で悟りが必要になってくるのか？それは、人間関係などの、「葛藤」に対する対処の仕方である。例えば、ある人物に対して腹をたてたとき、どうやったらその人と上手に付き合っていけるのか、腹を立てている自分に対して、どのように自分を説得していくのか？この状況に直面した時に、「悟り」（考え方の工夫）が必要になってくるのである。価値観が似ていて、ほぼ友好的な関係を築ける場合は、悟りは必要ない。自分を説得して、関係を維持してゆくためには、相手の「ものの考え方」を理解する必要が
</description>
<dc:date>2012-12-21T15:36:41+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11429474190.html">
<title>眠っている宝</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11429474190.html</link>
<description>
日常生活というものは、地味で単調になりがちで、なおざりにされてしまいやすいものである。何故なら変化に乏しく、同じことの繰り返しの連続のように思えてしまうからである。しかしながら、単調なこの日常生活というものの中で、繰り返し繰り返し行い身につけてゆくものが、本物の能力なのである。何故ならば、繰り返しの中で、その基礎が磐石のものとなり、成功と失敗の香りがなんとなくわかるほどに発達していくからである。人間はつい、ないものねだりをしてしまうものである。そして、自分の中にある宝物に気づくこともないまま、他
</description>
<dc:date>2012-12-18T12:00:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="https://ameblo.jp/music-moto/entry-11424224277.html">
<title>心の柱</title>
<link>https://ameblo.jp/music-moto/entry-11424224277.html</link>
<description>
一番大切なのは、心の中で何を願い続けるかということである。願いが弱ければ、行動も弱くなり、ものごとは成就しない。心の中に揺るぎない大きな世界をつくることである。日々それをつくりあげ、磐石（ばんじゃく）なものとし、心に大きな、天にも届くほどの柱を立てれば、かなわぬことはないのだ。漠然（ばくぜん）と祈っていては叶うことも叶わない。心の中に柱を立てるために、祈りを使うもよし、文章を使うもよし、絵を使うもよし常に願い、常に行動すること。心の持ち方が全てである。(2012/12/10)
</description>
<dc:date>2012-12-10T16:49:00+09:00</dc:date>
</item>
</rdf:RDF>
