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<title>musubi0621のブログ</title>
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<title>未来②</title>
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<![CDATA[ <br><br>具体的な私の理想とする世界を創像してみたいと思います。<br><br>人間て極端なところがあると思いませんか？<br>日本は出生率が年々減り、未来では人手が足りなくてロボットが必要になるなんて言ってますが、<br>果たしてそうでしょうか？<br><br>世の中にあった方がいいけど少なくて力を入れるべき仕事、あった方がいいけどそんなに大量生産しなくてもよい仕事、なくてもよい仕事など、いろんな仕事が自由に作り出され働いて生計を立てていて、倒産するまで降りれない高速道路のように、またお金という変化の中心の中で毎日目まぐるしく動いている、それは生きていくための術だと思います。<br><br>けれども、環境汚染や格差社会、争い、長寿の国が増えながらもがんなどの疾病増加の背景には、不安定な世界、自由過ぎた世界だったからじゃないかな、と感じるのです。<br><br><br>安心できる世界って、つまり生活の安定だと思うんです。みんなが納得いく世界って、格差のない平等に近づけた世界なのかなって思うんです。<br><br>袋菓子や袋に入った調味料やさまざまな食べ物に、添加物とやらが含まれていて、人々の健康よりも仕事となりお金になり生活ができる、とても矛盾した世界です。<br><br>世界平和に近づけていくには、自由の上にルールを継ぎ足すのではなく、してはいけないことや矛盾を取り払うルールを皆で決め、ルールの上の自由を楽しめるようにしなければいけないように思うのです。<br><br><br>地球とともに遠い未来でも平和でいられるような世界にするには、生活の保障を公平にし、たいせつなことを年齢問わず教育し、人と人とがさらに国と国とがフォローし合いながら生きていく基楚を作るべきのような気がします。<br><br>人間て、生まれてくる場所は決めれないし、持って生まれたものや育ってく環境も選べないから、<br>思い通りになんていかない、<br>でも例えば悪人がいたとしても、スタートラインはそれぞれ違うわけだから憎んだりするよりは、理想は、話を聞いたりケアして、自分の犯した罪を自ら反省できるようにフォローしてあげることのほうが重要なんじゃないかなと思ったりします。<br><br>死刑執行、目には目を歯には歯を、命には命をもって償う、では弱者の側からすれば妥当と考えるのはいかがなものかな、と思ってしまう。<br>難しい問題だけれど、苦しんで亡くなった方を思うとそれは苦しいけれども、本当は皆生まれた時は何もできない赤ん坊で、生まれた時から悪人なんていないように思う。<br><br>皆裸んぼで生まれ丸腰だったのだから。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/musubi0621/entry-12454823655.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Apr 2019 23:28:11 +0900</pubDate>
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<title>未来①</title>
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<![CDATA[ <br><br>現代はいろんな発達や進歩によって、とても未知な未来が現実のものになろうとしているけど、<br>果たして人間の思い描く未来ってどんな世界なのだろう。<br><br><br>人間が生きる上で一番たいせつなことや目的や目標や夢、後世に願う希望とは一体なにかって考えたとき、<br>かなしいことやつらいことを願う人はよほど荒んで終わざる得なかった人間じゃないかなって思うのです。<br><br>よく「気の持ちよう」って言うけれど、<br>人の一生は気の持ちようで、苦しい事ばかりだったけれどしあわせと感じながら死を迎える人もいれば、楽しいことのなかに苦しみが紛れ込んできて頭にきて不幸だと嘆きながら死を迎える人もいるでしょう。<br><br>苦しいこと楽しいことあるけれど、今回の人生は納得するとしよう、なんて思えたら、<br>ものすごくハッピーなんじゃないでしょうか。<br><br>私もこどもがいますが、私がいつかいなくなったらと思うと、まだまだ死ねないです。<br><br>そこで、「人間の未来」を私なりに吟味し考えてみたいと思います。<br><br><br>私の夢は世界平和！なんですが、そのためにしていることと言えば、ほとんど自信もないし、何もないような気さえします。<br><br>世界平和って一体なんでしょう。<br>人間も地球も安心できる世界じゃないでしょうか。<br><br>人間が生きる上で一番たいせつなことも、私はそんな世界に近づけていく人のこころや意識を育むことなんじゃないかなと思います。<br><br>そんな世界なんて、到底無理！<br>はたしてそうでしょうか。<br><br>人間の生活ができるだけ平等に近い世界、全ての人が欲というものを一旦置いて、ルールを皆で考え決め、何より地球環境に優しい世界を作ろうと、<br>輪になればきっとそれぞれが納得いく世界になる気がするのです。<br><br>歴史はたしかにたいせつです。何がたいせつかと言えば、今を生きる人にとっては切り離せない、証のようなものです。だからこそ、種族としての誇りのようなものもあるでしょう。<br>でも、私達はどんな種族もよく似ている同じ人間なのです。<br><br>現代というものは、後世へのプレゼントに他なりません。<br><br><br>プレゼントの中には過去からの憎しみや嫌悪感、いざこざやそういうどうしようもならないものまで、今も続いて入ったままなのです。<br><br><br>どこかで線を引き、せっかく意思疎通が交わせるようになってきた世界だからこそ、<br>どうしようもないものは水に流せるよう、争いをしない世界にすべきなのです。<br><br>争いは、結局、こころの問題なのです。<br>理解し理解され思い合い、生活の部分で誰に対しても欲は公平な世の中になるように、世界中の人々がこころを鍛錬しなければいけません。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/musubi0621/entry-12454813561.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Apr 2019 22:38:41 +0900</pubDate>
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