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<title>まいたけのブログ</title>
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<title>内定先に連絡</title>
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<![CDATA[ 2日経ってようやく少し落ち着き、自分のすべきことが明確になってきた。<br><br>半期留年して9月卒業を目指すということで学費はこれまで通り支払わねばならず、取り損ねた２単位を死に物狂いで取得しなければならない。恐らくはバイトの合間に通学することになるだろう。なのでなるべく時給のいいバイトに数種類応募しておいた。1月まで働いていたヤマトは高時給で<small><strong><s>短調で楽</s></strong></small>勝手がよかったが、4月まで待つわけにいかないので今回はパス<br><br>本題。<br><br>留年となった人間が最初にしなければならないのは言わずもがな内定先への連絡である。<br><br>これはすごく勇気がいる。せっかく拾ってくれた企業に対して留年したから9月卒業になると告げねばならないからだ。向こうのスケ ジュールもめちゃくちゃだ。<br><br>Trrr...trrr ...<br><br>「はいもしもし、××の人事担当〇〇でございます」<br><br>「もしもし、私そちらで内定頂いてる△△という者なんですけれども...」<br><br>こんなやり取りののち、半期留年になったことを告げる。就活もやり直しか...<br><br>すると、上のものと話し合って決めると言われ折り返しの連絡を待つことになった。<br><br>あれ...？<br><br>それから30分後、折り返しの電話がかかってきた。震える手でスマホを取る。はいもしもし<br><br>「えー、上のものと話した結果なんですが、9月卒業なら10月から入っていただいても構いませんよ」<br><br>なんということでしょう。内定取り消しを覚悟していたので本当にびっくりした。こんなありがたいことがあるのか<br><br>「えっ、あっはい！ありがとうございます！」<br>と二つ返事を返す。後日詳しく話し合いをしたいとのことだったが、とにかく内定は消えなかった。<br><br>ここ数日で実感していることだが、自分は本当に周囲の人に恵まれている。何度失敗しても勘当せずに見守ってくれる家族、親身になって相談に乗ってくれる友人たち、そして半期待ってくれる内定先、こんなに幸せなことがそうあるだろうか。本当にありがたいという他ない。<br><br>ようやく少し前向きになってきました。ありがとう
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<link>https://ameblo.jp/mybamboo3/entry-12357730191.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Mar 2018 10:00:10 +0900</pubDate>
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<title>大学を卒業できなかった話</title>
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<![CDATA[ こんにちは、まいたけです。今日は訳あってブログ形式で長文を書くことにしました。<br><br>はっきり言ってしまうと大学を卒業するために必要な単位が不足し留年しました。そのことについて備忘録、来年度以降に卒業を控えた学生たちへの教訓、そして何より自分自身への強い自戒を込めて綴ろうと思います。長文は慣れていないので拙い文章ですがご容赦ください。<br><br>今日の午後、気心しれた数少ない友人たちと遊んでいたときのこと、以前大学ホームページで目にした「3月上旬に成績情報を公開します」という文面をふと思い出し、ページを開いた。このとき内心はもし留年していたらどうしようとか思っていたが、ギリギリとはいえ単位は必要分取得できているはずだしまあ大丈夫だろう、とあまり深く考えてはいなかった。<br><br>開かれたページをそっとスクロールし、取得された単位に目をやる。卒業に必要な単位は124、そして自分が取得した累計単位は124だった。このときは正直やった！と思った。今にして思うととんでもないぬか喜びである。<br><br>さらにページを下にスクロールしていくと卒業要件の内訳があった。どうせならここも見ておこう、と思い目をやると、なんだかよくわからない言葉がズラズラと並んだ最後に「不足数」なる項目があった。<br><br>不足数の欄を順に見ていくと、0、0、0、0と並んだ最後に2とあった。なぜだかとても嫌な予感がした。必要な単位は取得したはずだった。<br><br>恐る恐る「2」の横に目を滑らせていくと、選択科目なる項目だった。このあたりから冷や汗が出てあからさまに挙動不審になる。<br><br>なんだかよくわからないがこれは非常にマズいのではないか、そう思うととても遊んでいられる精神状態ではなくなり、友人たちに別れを告げて家路についた。<br><br>道中で大学の教務課に電話をかけてみた。自分が現在置かれている状況を話した上でストレートに「これ、どう頑張っても卒業できないんですか？」と訊いてみた。担当の職員は少しの沈黙ののち、今日卒業の可否を郵送したから見てくれと告げ、その口では大丈夫ともダメとも言わなかった。<br><br>いよいよもって生きた心地がしない。身も心も鉛のように重い。虚無そのものといった様相で自宅に帰り着くと偶然家から出てきた母に会った。<br><br>母はこちらを見ると静かに「(本名)、二単位」と口にした。当然それが何を意味するのかはわかっていた。ほんの僅かに残っていた希望が無惨に崩壊していった。<br><br>留年、留年...何度も頭の中で反芻しているうちに色々な事が頭をよぎった。留年するなら新年度の学費を払わねばならないし内定先の企業にも連絡して謝罪しなければならない。他にもすべきことは色々ある。体がとにかく重かった。<br><br>実を言うと、自分はこれまで高校受験、大学受験ともに失敗している。その度に家族にはものすごい迷惑をかけてきた。感謝してもしきれない。それなのに恩を返すどころかこのザマである。あまりに自分が情けなくて気がおかしくなりそうだった。今目の前を特急列車が走っていたら飛び込んでしまうのではないのかとさえ思ったが、留年した挙句自殺などしたら迷惑では済まないだろうと少し冷静になって踏みとどまった。忘れそうになるが、留年による負担は自分ではなく家族にかかるのだから。<br><br>自室に戻り少し経つと、様々な感情が押し寄せて過呼吸を起こした。どうにかして気持ちを落ち着けよう。そう思っておもむろに部屋の片付けに着手した。一番に片付けるのは決まっていた。自分の人生に多大な影響を及ぼしているテレビゲームの類とマンガ類である。<br><br>普段の自分ならこれらを片付けてしまうなど絶対にしなかっただろう。ただ、今は過去のどうしようもない自分と決別したかった。自分の人生そのものともいえるそれらと1度お別れすることで生まれ変わりたかった。人間不思議なもので、本当に追い詰められると２番目に大切なものくらいは簡単に封印出来るらしい。無論強要はよくないが。<br><br>正直に言うと、今まで就職するのはすごく嫌だった。朝から晩まで毎日毎日拘束されるなど考えただけで嫌とさえ思っていた。手の届かなくなった今になって、それがとても尊く素晴らしいものに思えてきた。改めて自分はとんでもない糞馬鹿である。<br><br>ここ数日、入社式に提出する読書感想文のために読んでいたのは皮肉にも齋藤孝の名著「段取り力」<br>であった。この本には自分のようにものの段取りが悪い人間がどのようにそれを改善する力を得ていくべきなのかが記されている。とても素晴らしい本なのでぜひ1度読んでいただきたい。<br><br><br><br>最後に、この読みづらい記事を全部読んでくれた人、本当にありがとうございます。そして同じ鐵は絶対に踏まないでください。また進展があったら記事にしていこうと思います。では
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<link>https://ameblo.jp/mybamboo3/entry-12357363166.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Mar 2018 22:55:00 +0900</pubDate>
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