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<title>陽光の軌跡</title>
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<description>勇者、没後10年。開示された遺言の最後に遺されていた、歴史上聞き覚えのない名前に世界が騒然とした―</description>
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<title>013 南にある街</title>
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<![CDATA[ 「―ジャンブールの街、か」<br><br>横から飛んできた声に、ライナは振り向いた。<br><br>「―アンドルさん」<br>「ジャンブールは蜃気楼の街と呼ばれるほどだから、君が見たのはきっとあの街だろう。…さて、どうやら『竜の眠り』の儀式は成功したみたいだな？」<br><br>美しい青年は二人に微笑んだ。アシュアは明るく答える。<br><br>「はい、ありがとうございます！これから南に行くことが分かって―」<br><br>だがライナは、怪訝そうな表情を抑えられなかった。彼女が夢の中で見たものは、何だったのか？遠い未来？近い未来？だとしたら、倒れていたのは―<br><br>「―あの、『竜の眠り』が見せるものって…」<br><br>我知らず、疑問を口にしていた。アンドルが振り向いてライナをじっと見る。ライナは、慌てて首を横に振った。<br><br>「いや、見たものが本当に起こることで、もう全部決まってることなのかなと」<br><br>彼女が見たものに言及されないよう、言葉を濁す。<br><br>「―いや、あれはあくまで一つの可能性。変えられないわけではないが…」<br><br>アンドルは一瞬眉をひそめたが、直ぐにもとの表情に戻った。<br><br>「さて、そろそろ出立の時間だ。出口まで送ろう―」<br>「あ、…はい」<br><br>アンドルは立ち上がり、アシュア達に道を示した。<br>入ってきたとき同様に真っ暗な道を、三人はほぼ無言で歩く。<br><br>「―…では」<br><br>重い扉をアシュアがくぐり抜けたあと、ライナはぺこりと頭を下げた。<br><br>「あぁ、ロイ君…だったか」<br>「？」<br><br>アンドルはライナを呼び止めた。<br><br>「―悩みに耐えられなくなったときのために、これを」<br><br>ライナは、一枚の白い紙切れをうけとった。星読みの、手紙…<br><br>「―ありがとうございます」<br><br>ライナは再び頭を下げ、扉をくぐった。
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<pubDate>Mon, 14 Jan 2008 23:17:25 +0900</pubDate>
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<title>012 砂漠の水</title>
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<![CDATA[ 倒れ込んだ人物の胸には、見覚えのある形がくっきりと刻まれて―<br><br>…<br><br>「…イっ！ロイ！」<br>「！！」<br><br>アシュアの呼び掛けに、ライナは驚いて目を開けた。<br><br>「…大丈夫か？何を見たんだ？」<br><br>なにが、と聞き返そうとしたが、ふと右手が触れた自分の顔に涙で濡れた跡があることに気付き、はっとする。<br><br>そうだった、夢で示された『未来』はあまりにも…<br><br>ライナは、嫌な記憶を振り払うようにぶんぶんと頭を横にふる。<br><br>「何でもない、大丈夫」<br><br>疑いの目を向けるアシュアに、ライナは努めて明るく問う。<br><br>「アシュアには、何が見えた？」<br>「―オレには」<br><br>アシュアの目はまだ疑いを含んでいたが、自分が見たものを話したいという気持ちには負けたようだった。<br><br>「砂漠に浮かぶ街が見えた」<br>「蜃気楼、ってやつ？」<br>「ああ、きっと水のある場所だ。でも、イルーファじゃない、あれは…」<br>「ゼシェリアの一番、南…」
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<pubDate>Sat, 12 Jan 2008 23:59:08 +0900</pubDate>
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<title>011 英雄</title>
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<![CDATA[ 自覚のある夢の良いところは、何が起きても特に動じずに済むところかもしれない。<br><br>実際、ライナが数歩足を進めただけで、辺りの景色はみるまに後ろへ流れていった。体はあっという間に緑色の草原を超え、遠くにあったはずの岩山をすり抜ける。もっとスピードを感じても良いはずだが、まるで雲の上をゆっくり歩いているような、ふわふわした感覚だった。<br><br>「…雪？」<br><br>岩山の向こう側は、豊かな草原とはうってかわって、一面が雪に覆われ真っ白に染まった世界だった。<br><br>大量の雪の結晶がひらひらゆらゆらと澄んだ空気に漂い、地面に新たな化粧を施しながら舞い落ちる。<br><br>ライナが育った町、シェルハでは、雪は一年に一度見られるかどうかの大イベントだった。はしゃぎたい気持ちがむくむくと頭をもたげたが、ここでは雪は珍しくない、そもそもこれは夢の中だと自分に言い聞かせた。<br><br>この果てしなく白い大地で、一体何を見ることになるのか、ライナには想像出来なかった。<br><br>辺りをきょろきょろと見回したが、目立つようなものは何一つ見当たらない。とりあえず、ここに止まっていても仕方ないか、と思い、歩みを進める。<br><br>いつの間にか歩くスピードは普段並みに落ち着いている。淋しげに立つ彼方の枯れ木を目指し、厚い雪の層に足跡を残しながら、ライナはただ歩き続けた。<br><br><br><br><br><br><br><br>それは、一瞬の出来事だった。<br><br><br><br><br><br>ガゴォォォォォォン！<br><br>ライナの背後で、とてつもない轟音が響いた。驚きのあまり、悲鳴をあげて地面に伏せる。夢だと知っていても、刹那に芽生えた恐怖心はライナの足をすくませた。<br><br>「…な」<br><br> 後ろを躊躇いがちに振り向いたライナの目に飛び込んできたのは、恐ろしくも美しい光景だった。<br><br>真っ白な大地に大きく空いた穴。<br><br>穴から立ち上る、白い炎の柱が雲を突き抜けて燃え盛っている。<br><br>「―綺麗」<br><br>恐怖に震えながらも、思わず、呟かずにはいられなかった。<br><br><br><br><br>やがて、炎の中から、黒い人影がゆらりと現れた。<br><br>人影は数歩よろよろと歩いた後、バランスを崩したのかがくりと膝をついた。<br><br>今にも倒れ伏しそうな危うさで、しかし人影は両手を高々と上げる。そして、空に向かって何事かを吼えた。<br><br>その様子はまるで、死闘の末勝利を勝ち取った英雄のようだった。<br><br>固唾を飲んで見守るライナの目の前で、炎の柱が揺らぎ、幾何学的な線を描き出す。何処かで目にしたことがあるような―<br><br>―しかし、考えが記憶に辿り着く前に、人影の動きに目が奪われる。<br><br>高く掲げていた両手が地に落ち、同時に上体がぐらりと傾き地面へと倒れ込んだように見えた。<br><br>「あっ！」<br><br>ライナは人影を助けようと、走り出して―<br><br>―思わず、立ちすくんだ。
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<pubDate>Fri, 11 Jan 2008 23:34:08 +0900</pubDate>
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<title>010 夢</title>
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<![CDATA[ 「な、…何だ！？」<br>「何これ…っ、アシュアっ…！」<br><br>驚きと恐怖心で、思わず男子口調を忘れるライナ。しかし、その言葉は辺りを包む轟音にかき消され、誰の耳にも届きはしなかった。<br><br>足元はまるで液状化したように不安定になり、ぐらぐら揺れた。立っているのがやっととは、こういう状態を指すのだろう。<br><br>いつの間にか、アンドル以外にも数人の人物が部屋に出現していた。皆、アンドル同様壁ぎわに立ち、片手を高く掲げている。<br><br>「―偉大なるゼス神と、我らを護りたもう麗しき蒼の御使いの御名において」<br><br>全員が、声を揃えて詠う。<br><br>「静かなる水鏡には、あまねく星達の揺らめきを―」<br><br>儀式の言葉に反応するように、床の奥から生ぬるい水がじわじわ溢れ出した。水面は不気味なほど静かなまま、水位だけがただ上昇し、みるまにアシュアとライナを呑み込んでゆく。<br><br>「―勇ましき竜には安らぎを」<br><br>水面が喉元に達した。溺れる恐怖から、ライナは胸いっぱいに空気を吸い込み、頬を膨らませて目を瞑る。<br><br>水の向こう側から、くぐもったアンドルの声が聞こえた。<br><br>「眠りの中には、未知なる希望の光を示したまえ―」<br><br>…。<br><br>…苦しく…ない。<br><br>溜め込んだ息を吐ききってしまったライナは、我慢出来ずに目を開けた。<br><br>ぜいぜいと肩で大きく息をする。<br><br>辺りを見回すと、隣にいたはずのアシュアの影はなく、一面の草原が広がっていた。遥か遠くには、高く連なる岩山が見えた。<br><br>「―夢」<br><br>誰しもが一度は経験したであろう、「夢と分かっている夢」の感覚に、ライナは独り言を漏らす。<br><br>きっとアンドルは、この夢に誘うために儀式を行ったに違いない。何かを見るまで目覚めることは出来なさそうだ、とライナは覚悟を決めた。
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<link>https://ameblo.jp/mycrosstobear/entry-10065057561.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Jan 2008 22:47:18 +0900</pubDate>
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<title>009 竜の眠り</title>
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<![CDATA[ 「―大体、事情は分かった」<br><br>水によって露になった『真の手紙』を読み終えたアンドルは、何かを考えている様子だった。<br><br>「ゴサードは…僕なら何か出来ると思ったようだが、」<br><br>言葉を切り、残念だというジェスチャーをする。<br><br>「残念ながら、このギルドは武力として非力。君たちをガラシェウス帝国から守ることは出来ないだろう」<br><br>「―すみません、何だか厄介なこと持ち込んでしまって」<br><br>アシュアは、名家の育ちらしい礼儀正しさで申し訳なさそうに言う。アンドルはゆっくりかぶりを振った。<br><br>「いや、星読みの仕事は人を導くことだと、戦う力をすべて放棄した僕たちにも責任がある。蒼の御使いの御力は本来、武力にもなるのだが―」<br>「蒼の御使い、ですか」<br>「ああ。星読みは、蒼の御使いのご加護を受けた者の仕事だ。ゴサードも僕も、水面に映る星に導かれてこのギルドにたどり着いた」<br><br>この世界の様々な要素を司る、九人の御使い。蒼の御使いは、水を司る存在だ。<br><br>円を描いてとめどなく流れる水も、それが生き物のようにアンドルに操られたのも、その力に依るものだったのか。ライナはなるほどと納得して、深々と頷いた。一方のアシュアは、ますます混乱したというニュアンスを漂わせつつ、相槌をうつしかなかったが。<br><br>「―さて」<br><br>アンドルが再び口を開く。<br><br>「僕たちに出来るのは、君たちを導くことくらいだ。『星』が狙われる理由は僕にもまだ読めないが、これから目指すべき道標を見せてあげよう」<br><br>アンドルはすう、と大きく息を吸い、辺りに響く大声で高らかに宣言した。<br><br>「『竜の眠り』の儀式を始める」<br><br>「―！？」<br><br>アシュアたちは、足元が一瞬大きく揺らぎ、床に呑み込まれるかのような感覚に襲われた。
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<link>https://ameblo.jp/mycrosstobear/entry-10064847260.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Jan 2008 21:28:41 +0900</pubDate>
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<title>008 滲んだインク</title>
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<![CDATA[ 「こちらへ」<br><br>アシュア達は、アンドルに導かれるままに、奥へと進んだ。<br><br>部屋の暗さは相変わらずで、ランプ無しでは入り口に引き返すことすら難しそうだった。<br><br>ランプに照らされて時折見える壁には、所狭しと宗教画が並べられている。描かれた人物の目に見つめられているような、何とも言えない居心地の悪さを来訪者に与えながら…。<br><br>流れる水の音は、奥に進むにつれより大きく、よりはっきり聞こえるようになった。<br><br>「―足元、気をつけて」<br><br>どうやら、最深部にたどり着いたようだ。アンドルは手に持っていたランプを天井に掲げ、高い背もたれがついた椅子に腰をおろす。<br><br>「これは…」<br><br>アシュアの口から思わず、驚きの声が漏れる。<br><br>部屋の床全体を被うように描かれた、魔方陣のような図形。星のような図形を囲むように、外側にぐるりと円が描かれている。その円に沿うようにして、水が一筋、流れていた。<br><br>人工の川、という表現が一番近いかも知れない。だがそれにしても不自然なのは、水の円が途切れることなく、繋ぎ目もなく延々と流れ続けていることだ。<br><br>初めて見る光景にしばらく見とれた後、来訪者二人は水を踏まないようそっと飛んで椅子の近くに寄った。<br><br>「手紙を、預かってきました」<br><br>ライナは、ゴサードさんから紹介状だと預かった手紙を渡した。アンドルは無言で手紙を受け取り、一読した。そして、視線を上げぬまま、開いている右手をつと上げる。<br><br>「…」<br><br>何事かを小声で呟いた瞬間、床を流れていた水の輪が大きくうねった。水は、まるで生き物のようにアンドルの右手の周りで跳ね、やがて、パシャっという音を立てて手紙を直撃した。<br><br>「あっ」<br><br>ライナは思わず声を上げた。<br>青いインクで書かれた手紙の文字は滲み、読めないほどにぼやけてしまったのだ。<br><br>しかし、アンドルは動じることなく右手をもとに戻し、水の輪もやがて大人しく床へと戻った。<br><br>その場に立ち尽くしたまま、全体的に青く染まった紙切れを眺めていると、ふいに変化が訪れた。<br><br>「文字が…？」<br><br>判読不可能だった紙に、青い文字が再び浮かび上がったのだ。<br><br>「さっきと、…違う」<br><br>アンドルは、新たに『浮かび上がってきた』手紙を読み、事も無げに答えた。<br><br>「ああ、星読み達に伝わる風習だ」
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<pubDate>Tue, 08 Jan 2008 23:11:29 +0900</pubDate>
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<title>007 ギルドマスター</title>
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<![CDATA[ 「―すみませぇん…？」<br><br>『少年』二人は、厚く垂れ下がった布を押し退け、下から現れた重厚な金属扉のノブを回した。<br><br>ギィィという耳障りな響きと共に扉が開き、そして閉じる。扉の向こうでは重い布が床に滑り落ち、外の喧騒を完全に遮断した。<br><br>屋内は驚くほど暗く、一瞬にして視界が真っ暗になった二人は闇に慣れようと必死に目をぱちくりさせた。<br><br>さらさらさら。<br><br>耳を澄ますと、どこからともなく爽やかな水の音が聞こえる。ここは一体なんだろう？<br><br>慣れてきた目に飛び込んできたのは、低い天井に彫られた見事な彫刻の数々だった。<br><br>「天使…？」<br><br>羽を生やした像を見て、アシュアが呟く。<br><br>「九人の御使いね」<br><br>ライナは補足を入れた。ゼシェリアの人間は、信仰深くあるよう、幼い頃からゼス神話を叩き込まれる。ライナ達も、数々の宗教行事を通じて知識を自然と蓄えていた。<br><br>イルーファ育ちのアシュアには、どの像も同じ天使にしか見えなかったが…<br><br>「そう、その通りだ」<br><br>ふいに頭上から降ってきた声に、二人は思わず身構える。<br><br>声の主は、二階の手すりに足をかけたかと思うと、軽やかな身のこなしですたっと二人の前に降り立った。彼が手にしたランプに照らされて、天使の像にも負けず劣らず端正で、厳かな顔立ちがはっきりと見える。<br><br>「星読みのギルドに、何か？」<br><br>青年は、微笑みながら、しかし警戒を解かずに問うた。<br><br>「あの、私たち…じゃなくて、僕たち、ギルドマスターのアンドルさんに会いに来たんです」<br><br>ライナは口ごもりながら答えた。<br><br>青年が二人を一瞥する。あまりの静かな空間に二人は何だか萎縮してしまい、腰のナイフにかけていた手にも力が入らなかった。実際よりも長く感じられた沈黙の後、<br><br>「―ああ、君たちが」<br><br>理解したよ、という顔で青年が微笑んだ。今度は本当の笑みだ。<br><br>「アシュア、ロイ、ようこそ。僕がアンドルだ。星読みのギルドは二人を歓迎する」
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<pubDate>Mon, 07 Jan 2008 21:20:41 +0900</pubDate>
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<title>006 切れない絆</title>
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<![CDATA[ 「―じゃあ、まずはアシュアのお兄様を探しに行くの？」<br><br>がやがやとした、街の食堂の片隅。ぶかぶかした少年の格好に着替えたライナが、小声で問う。<br><br>「そう、そのつもりだよ。もちろん、ライナ…じゃなくて、ロイが良ければだけど」<br><br>少年二人旅に見せかけるため、ライナは『ロイ』という偽名を使うことにしていた。変装も偽名も、シェルハのゴサードさんの入れ知恵。<br><br>「女の子の旅人は目立つからな。アシュアくんを見つける格好の『的』になりかねない」<br><br>アシュアの旅に、極力邪魔にならないよう注意したいという前提を伝え、アドバイスを乞うていた。<br><br>少年になりきるために、長かった自慢の髪すらばっさり切った。ただし前髪は厚く残して、顔が隠れるようにしている。マントと共布で作ったヘアバンドをはめ、さらに前髪を下に押し下げる徹底振りだ。<br><br>サイズの大きな服を着込み、護身用のナイフも腰に下げた。どう見ても女だと一目で分かる人はいないだろう。<br><br>良くも悪くもね、とライナはこっそり溜め息をついた。長い髪、自慢だったのになぁ。<br><br>「とりあえずは、ゴサードって人に貰った手紙を頼って行くしかないなぁ」<br><br>アシュアは、ライナの杞憂をあまり気にかける様子もなく、ひらひらと手にした紙切れを振りながら呟き―<br><br>「あっ、そうだ」<br><br>ふいに身を乗り出して、ライナをじっと見た。<br><br>「ロイは、なんで名前を『ロイ』にしたんだ？」<br><br>接近して見た目を確認するかと思いきや、どうやら、気になるのは外見よりも名前のようだ。女の子の価値観が分かっていないこと、この上ない。<br><br>「―名前よ、弟の」<br><br>ライナは諦め半分で答える。この名前に込められた願いは二つ。弟が、同じ名前を名乗るライナの存在に気づいてくれるように。そして、姉弟の絆が切れることのないように―<br><br>「その方が何かと便利だしね」<br><br>本当の理由を語るのも気恥ずかしい気がして、さらりと言ってのけたつもりだったが、アシュアはしたり顔で頷いた。鋭いのか鈍いのか、同行者としては扱いに困るなぁ、とライナは眉間に軽く皺を寄せてしまった。
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<link>https://ameblo.jp/mycrosstobear/entry-10064311346.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Jan 2008 23:59:41 +0900</pubDate>
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<title>005 呪い</title>
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<![CDATA[ 「今日も暇だなぁ…」<br><br>ライナは、栗色の長い髪を指先でくるくる弄びながら呟いた。<br><br>シェルハが征服されることに対する恐怖心はあらかた消え、「気のせいに違いない」と思い込むことが出来る位の時間が経過していた。<br><br>「ちょっと買い物してくるから、留守番お願いねー？」<br><br>うぃーす、と弟がやる気のない返事をしたのを確認し、ライナは外に出た。<br><br>「―あれっ？」<br><br>後ろでぱたんとドアを閉めた瞬間、ライナは違和感を覚えた。何かが後ろで、蠢いたような―<br><br>「？」<br><br>不審に思い、かちゃっとドアノブを回した。その瞬間だった。<br><br>「危ないっ！！」<br><br>突然何者かに突き倒され、ライナは地面に転がった。<br><br>何が起こったのか理解する間もなく、視界に飛び込んできたのは、大破したドアと砂嵐だった。<br><br>思わず目を瞑る。猛烈な風に、長い髪がありとあらゆる方向に吹かれ、ばさばさと顔にあたる。<br><br>―砂嵐？<br>いくら大地が渇れてきたとはいえ、砂嵐が屋内で吹き荒れるほど砂漠化はしていないはず…<br><br>ライナはぼんやりと考えながら、薄目をあけ、先程ぶつかってきた少年が嵐から彼女を庇うさまを眺めていた。<br><br>「大丈夫？怪我はない？」<br>「―あ、うん。ありがとう」<br><br>嵐が収まり、振り向いた少年が話しかけてきた。問いかけに頷いた次の瞬間、ようやく彼女の思考が事態に追い付いた。<br><br>何が起こったのかは分からないままだが、とにかく店の中が悲惨な状況になったであろうことは想像に易かった。<br><br>「弟が…中にいるのにっ！！」<br><br>ライナは金切り声に近い叫びを上げ、よろよろと立ち上がると建物に駆け寄った。<br><br>想像通り、店の中はめちゃくちゃだった。床に突き刺さった包丁、倒れたカウンター。<br><br>「大丈夫！？返事してっ…！」<br><br>散らかった床を踏み分けながら、ライナは必死で呼び掛けた。しかし、弟からの返事はなく、積もった道具の山に埋もれているという気配すらもなかった。<br><br>「嘘…なんで？」<br><br>地面にへたりこむライナに、少年が追い付いた。やっぱり、という顔をしている。<br><br>「―なあ」<br><br>少年が、自分の胸のあたりを指差していう。<br><br>「弟ってさ…この辺に、なんか痣みたいなのなかった？」<br><br>何でこんな状況でそんな質問を？と問いたかったが、黙ってこくりと頷く。ライナの弟には、綺麗な星の形をした痣があったのは、事実だった。<br><br>「そうか…間に合わなかったのか」<br><br>残念そうに呟く少年。ようやく口を挟めそうな状況を察知し、ライナは矢継ぎ早に質問を浴びせた。<br><br>「っていうか…何？何が起こったの？あの子の痣がどうしたの？どこに消えたの？そもそもあなた誰？何を知ってるの？」<br><br>ああごめん、と少年は謝り、状況について話し出した。<br><br>「オレはアシュア。イルーファの生まれだ。『星』を持つ仲間を探してここにたどり着いたんだけど―」<br><br>アシュアの胸にある痣は、ライナの弟のそれとは異なる形をしていたが、美しい星の形をしていた。<br><br>「―一歩遅かったみたいだ。理由はオレも知らないが、今『星』を持つ人間が『皇帝』に狙われているらしい」<br>「え、待って？聞いた噂では、『皇帝』はシェルハを攻めるって…。だからてっきり、ゼシェリア全土を攻めるつもりかと」<br><br>アシュアは、かぶりを振った。<br><br>「そんなこと、『皇帝』には簡単な事さ。今そうしないで個人を狙ってるのは、『星』に何か理由があるからだろう」<br>「理由…」<br>「イルーファのときは、オレが狙われた。今みたいな砂嵐で、気付いたらガラシェウスの捕虜になってた。オレは、かろうじて逃げてきたけど…」<br><br>アシュアは一瞬、遠い目をした。霧の町で別れた兄の安否は、知る由もなかった。<br><br>「じゃああの子もガラシェウスに…？」<br>「恐らく、な」<br><br>ライナはがくりとうなだれた。『皇帝』のもとに捕らわれたなんて、生きてまた再会出来るのだろうか？<br><br>「―アシュア、だっけ。アシュアはこれからどうするの？」<br><br>呟くように聞く。<br><br>「オレは、旅を続けるよ。この『星』がある限り、オレがいる町は危険だから」<br>「大変じゃない？」<br>「まあな。一種の呪いだとでも思って諦めたさ」<br><br>そっか、と頷く。<br><br>「ガラシェウスにも行くの？」<br>「この追いかけっこを終わらすためには、そうしなきゃならないだろうな」<br><br>しばしの沈黙。<br><br>「―私も行くわ」<br><br>ライナの一言が沈黙を破った。<br><br>「言い出すと思ったよ」<br><br>アシュアは困ったように笑って言った。<br><br>「悪いけど、オレも旅初心者だ。守るとか、そういうこと出来ないよ？」<br>「大丈夫。ここで一人でいたら、心配で変になりそうだし」<br><br>微かに微笑んで、アシュアは手を差しのべた。その手を掴んで立ち上がりながら、ライナはにっこりと笑った。<br><br>「私はライナ。宜しくね、アシュア」
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<pubDate>Sat, 05 Jan 2008 19:22:38 +0900</pubDate>
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<title>004 霧深い都市</title>
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<![CDATA[ 『皇帝』によるシェルハ征服の噂がまことしやかに囁かれ始めた頃、ガラシェウス帝国では二人の少年による脱走劇が繰り広げられていた。<br><br>イルーファ国の捕虜として帝国の収容所に捕らわれていたはずの少年達は、いまや全速力で国境へ向かって駈けていた。<br><br>「もう少しだ、アシュア」<br><br>先を進んでいた少年が、後ろを振り返って言う。<br><br>「もう少しでゼシェリアに入るぞ！」<br><br>二人はイルーファ国の名家、コールズ家の若き兄弟。後に勇者と呼ばれるアシュアはこの頃非力なただの少年に過ぎず、兄に連れられて無我夢中で脱走しているだけだった。<br><br>二人は、ガラシェウス帝国とゼシェリア国に跨がって位置する中立的な水上都市、フェキスタを通り抜けて亡命することを目的としていた。<br><br>複雑に入り組んだ路地も、縦横無尽に走る水路の水面に吸い込まれそうなほど満ちた霧も、逃亡者に取っては最高なコンディション。<br><br>しかし―<br><br>先を走っていた兄は、前方にゆらりと動く兵士の影に気付いた。<br><br>「…アシュア」<br><br>左手で後続のアシュアを制し、気配を殺して囁く。<br><br>「この水路に隠れて先に行け」<br>「え、兄さんは―…」<br><br>言いかけた言葉を遮って兄は諭すように言い聞かせた。<br><br>「俺もすぐ追いかける。それに、奴らの狙いは俺じゃない。アシュア、お前だ」<br>「―！」<br>「俺が奴らの目を眩ますから、早く。ゼシェリアの『星』を見つけるんだ」<br>「『星』？」<br><br>兄は、ぴたりとアシュアの胸に手をあてた。<br><br>「お前がここに持つ星が、仲間を教えてくれる」<br><br>前方の影は、二人に迫ってきていた。<br><br>「―さあ、行け！行けっ…」<br><br>有無を言わせぬ一言に、アシュアは走り出した。<br><br>水路脇の隙間を縫って足を夢中で動かしながら、何度も後ろを振り返りながら。<br><br>「兄さん…どうか無事で」<br><br>アシュアの呟きは、霧に吸い込まれて消えた。
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<pubDate>Fri, 04 Jan 2008 09:03:19 +0900</pubDate>
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