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<title>My Healing Journey</title>
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<description>３世帯家族の中で虐待を受けて育った過去、そして元夫からのDV被害を乗り越え自分の人生を歩み始めました</description>
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<title>癒えない心の傷と無関心な夫</title>
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<![CDATA[ <p><br><br>11月に父親が亡くなって以来、わたしはなかなかショックから立ち直れず、しばらくは家でゆっくりしたいと思っていました。<br>彼も初めのうちは多少私に気を遣ってくれていたと思いますが、それは数日のことで、その後は休日出かけようとうるさく言ってきます。</p><p>さすがに年末年始は四十九日法要が終わって間もなかったので、出かけず家でゆっくり過ごすのかなと思っていました。<br>でも、結局年末年始連れまわされました。</p><p>一人で出かけてくれたらどんなに気が楽なことか…<br>私が嫌そうな反応をすると、彼は明らかに不機嫌になり、言葉も行動も態度も全てが横暴になります。<br>後々が面倒くさいので体と心に鞭を打って一緒に出掛けますが、彼のやりたいように、行きたいところに行くだけで私の役目ははっきり言って子守です。<br>「気分転換に私を気遣って外に連れ出す」ということでは全くありません。ただ自分が行きたいからです。<br>出かける時の私の目標はいつからか出かける場所が決まってから準備、出発、帰宅まで“彼の機嫌を損ねず、怒らせず帰ってくること”になっていました。</p><p>気に入らないことがあるとすぐに不機嫌になる彼に心身ともに疲れていました。<br><br><br><br>正直この時のことを思い出すのは今でもつらく、涙が止まらなくなる時もあります。<br>彼のこと、家族のことはもうはるか昔のことだと思っていましたが(思おうとしていた)、自分の反応を見てそうではないのだと改めて思い知らされます。<br>ただこうやって自分の体験や想いをつづることで、これまでの毒を出して言っているようなそんな感覚もあります。<br>このブログを書くことで、昔強く感じていた無価値感や絶望などネガティブな感情を思い出してどうしようもなく落ち込んでしまうこともありますが、そういう気持ちを清算するためにも今の自分には続けていくことが大切なのだと思いました。<br>ボチボチ続けていきます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12686582853.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Jul 2021 16:43:32 +0900</pubDate>
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<title>父の自死</title>
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<![CDATA[ <p><br>ある日母親から突然、父親がうつだと聞かされました。<br>そういえばその3か月前、私がインフルエンザの療養で実家に帰り家族と会った時に、父親の様子がいつもと違ったことを思い出しました。<br>「元気がないけどどうしたんだろう？」<br>と思っていたその原因はうつだったのです。<br><br>横暴な父親ではありましたが、部屋の隅でふさぎこむような人ではありません。<br>うつになると人はこんなにも変わるのだとショックを受けました。<br><br>父親のことが心配になり、夫との生活に不安もあったので、何か答えや助言はないかと藁をもすがる思いで占いに行きました。<br>鑑定結果は「いばらの道」。<br>私の人生はいばらの道だとその占い師から言われ、解決策も特になかったのでこれからもこの悩みを抱えていかないといけないのかと憂鬱になりました。<br>希望はないかと行った占いで希望を失い、余計に落ち込んでしまいました。<br><br>そんなこんなで変わらない生活を続けていた時に、母親から一通のメールが届きました。<br>ちょうどその時は彼と旅行の最中で、温泉巡りのため移動をしていました。<br>ただこの日はなぜか眠気があり、目的地までの足取りが重くてなかなかたどり着けず、またいつも携帯を忘れることなく持ち歩いていた私がこの時だけはなぜか車の中に忘れてしまい、車に帰ってきた時にそのメッセージに気づきました。<br><br>そのメッセージは父親が自死したというものでした。<br>メッセージを読んだとき、あまりに衝撃的で気が動転し、その事実を信じられず、血の気がサッと引いていきました。血の気が引くってこういうことなんだって思いました。<br><br>最初は全然涙は出ませんでした。本当に父が亡くなったということが信じられませんでした。<br>もう起きることのない父親の姿を自分の目でみた時、嘘ではない事実であるということ、その時大量の涙があふれ出てきました。葬儀や告別式までの間、我が家にたくさんの方が来て、私の知らない父親の話をしていました。私の知らない父親が小さかった頃の兄弟間の話、地域ご近所さんと父親がどう接していたかなど、父親の話が私の耳に入ってくるたびに、涙がぽろぽろと出てきました。<br>もちろん父親は暴力的で私の心の傷を作った張本人です。<br>大好きだなんて思えません。むしろ嫌いの方が大きいです。<br>それでも大事な身内、父親です。<br>こんな死に方ない…!!!<br>自ら命を絶つのではなく、人生を全うしてほしかったです。<br><br><br><br><br>父親も苦しんでいたのだという事実を知り、私はこの父親の死をどう受け止めたら良いのかわからず、またショックもあり、しばらく放心状態で過ごしていました。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12685790883.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Jul 2021 13:53:36 +0900</pubDate>
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<title>自己中すぎる夫の行動</title>
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<![CDATA[ <p><br>新婚旅行後も相変わらず休日は二人で遠出をする毎日を過ごしていました。<br>九州旅行に行った時のこと。<br>夜中に出発し、まずは私が運転を担当しました。<br>さすがに今回は関東から九州への移動で大移動。<br>長距離なので途中で運転を交代してくれるだろうと思っていました。<br>大分運転して疲れてきたところで運転を代わってもらおうと、寝ている彼に声をかけました。<br>すると起こされたのが気に食わなかったのか、彼は不機嫌になり逆切れし始め、とても運転を代わってと言えるような空気ではありません。<br>いつもならとっくに寝ているところですが、朝になって目的地付近まで進んでないとさらに不機嫌になることが目に見えているので、休憩もそこそこに、私は体に鞭を打って(もちろん安全運転で)一晩中運転を続けました。<br>そして一晩中私の隣でスヤスヤ寝続け翌日の朝目覚めた彼。<br>もちろん「ありがとう」の一言もありません。<br>一晩中運転した私を気遣うことなく自分の行きたいところに私を引き連れて周ります。<br><br><br>そして帰りの車の運転。<br>彼は風邪を引いてしまい、「しんどいから」という理由で助手席で眠り続けました。<br>体調が悪い人を起こすようなことは私もしたくないので、声をかけることなく帰りも私が車を運転しました。<br>長距離運転で途中休憩もしながらでしたが、休憩の際も彼は車の中でずっと寝ていたので、トイレ休憩を済ませ早く車に戻らなくてはと焦り、リフレッシュ出来るような休憩は正直できませんでした。<br>彼は明らかに風邪だとしても風邪を引いたと絶対に認めない人です。そういう人はこれまでも見たことはあるのでそれは良いのですが、この状況でまだ強がっている彼を見て「素直に風邪と認めたら良いのに」と余計イライラしてしました。<br><br>もちろん無事家に着いた時も、「ありがとう」の一言はありませんでした。<br><br><br>そしてもう一つ、私が初めてインフルエンザになった時のことです。<br>熱が出て起きているのもしんどい状況でしたが、こんな状況でも彼が私を気遣うことはありません。<br>料理や家事をしなかったり遅れると、彼は一気に不機嫌になります。<br>彼のお弁当も、この時ばかりはコンビニかどこかで買ってやり過ごしてほしいと思っていましたが、彼からは「冷凍食品でいいよ」と言われ．．．<br>自分がインフルエンザになったら絶対に何もせず堂々と寝るくせに(普段も家事を全くしなかったけど)、私がインフルエンザになった時も休ませることなく家事をさせるんだなと、改めて彼にがっかりしました。<br>家事をしたりして寝たり起きたりを繰り返し、ゆっくり休むことができなかったので熱はどんどん高くなり、病状は悪くなっていきました。仕事を休み彼が仕事に行っている間も私は寝ていましたが熱はどんどん高くなり、下がる気配がありませんでした。その体温を見て焦りを感じ始めました。“どうして寝ているのに熱が下がらないの？…”<br><br>彼のところにいると気持ちと体が休まらないので、彼に治療に専念したいからという理由で「しばらく実家に帰らせてくれ」と頼み、実家に行って３～４日間ゆっくり休むことにしました。<br>彼は私が実家に帰ることに不服そうでしたが、私自身もう限界だったので無理矢理押し切りました。<br>自分でもどれだけ寝るの？というぐらいぐっすり寝れました。そのおかげでインフルエンザの症状は割と早くなくなり、順調に回復していきました。<br>実家では何もしなくて良かったので気兼ねなく寝ることができ、とても気が楽でした。羽を伸ばすってこういうことを言うんだなとこの時実感しました。<br><br><br><br>「私は彼の執事なんだろうか？専属タクシードライバー？家政婦？マネージャー？奴隷？」<br>実家で療養中、彼の私への扱いを思い出し、頭の中で沢山の疑問がわきました。<br><br><br>そしてインフルエンザが治り、彼のいる家に帰る時には「またあの家に戻るのか…」と気が重くなりました。<br>でも当時はそれが当たり前だったので、実家へ帰った罪悪感や、不満を持つ自分が悪いと責める自分もいました。<br>当時DVを受けていると気づいていなかった私は、逃げることなんて一切考えることはなかったのです。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12685407382.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Jul 2021 12:47:57 +0900</pubDate>
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<title>最悪な新婚旅行</title>
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<![CDATA[ <i><p><br></p><p>新婚旅行で海外に行った時のことです。</p><p>行きの飛行機の中で彼の前に座っていた男性がリクライニングチェアを倒し、彼の足（ひざ）に何度も当たっていました。</p><p>彼はそれにイライラし、我慢できなくなって前の席の男性に怒り散らしました。</p><p>せっかくの新婚旅行でしかも海外旅行です。</p><p>私はワクワクしていましたし、二人の楽しい思い出にしたいと思っていたのでもめごとは避けたいと思っていました。</p><p>それなのに始めからこの始末。</p><p>台無しです。</p><p>私は恥ずかしいのと、周りの人に迷惑かけたのとで気持ちが焦り、トイレに行くフリをして添乗員の方のところへ行き、事情を説明して旅行中そのカップルと行動が一緒にならないようお願いしました。(ツアーだったので旅行中そのカップルと相席になる可能性があったため)</p><p><br></p><p>旅行中も彼が怒らないようにといつも気を張り、心は落ち着きませんでした。</p><p>一度ホテルの鍵をなくしたと私が焦った時には彼は不機嫌になり、罪悪感と焦りで本当に…気が動転しました。</p><p>よく探したら鍵は出てきたので大事にはならなかったのでほっとしました。</p><p>ツアーに参加していた方は1組を除き新婚旅行のカップルで、みんな楽しそうにしていました。</p><p>新婚旅行でこんな感じでは”先が思いやられるなぁ…”と思ったのを覚えています。</p></i>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12684983364.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Jul 2021 08:48:23 +0900</pubDate>
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<title>ブログ再開します</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br>私のブログを読んで下さりありがとうございます。<br>去年からブログをお休みしていました。<br>自分の過去と向き合うことが少ししんどくなってしまったことと、やりたかったフェイシャルエステやネイルの勉強に集中することにしたからです。<br>その間も元夫とのことで色々あったのですが…<br>それはまたこのブログでお話します。<br><br>ブログの再開は、“Stories Of Survivors”と、”SOS First Step”というブログを運営している私のお友達から声をかけてもらったからでした。私にとって、とってもとっても大切な心強いお友達です。<br>私の今までのことをまとめて記事にしてくれ、読みました。<br>自分の話なのに他人の話のように感じて、多分初めて客観的に自分のことを見れたのだと思います。<br>「この人頑張ったんだな」と思いながら読んでいました。<br>色々つらいことはあったけど、自分の話はそんな人に見せるようなものではないと今まで隠そう、見ないようにしようとしている自分がいました。<br>でも今回こんな風に自分の話を読んで、自分にも私のように苦しんでいる他の人にとっても良い意味で影響があるなら自分の話をお伝えした方がいいなと改めて実感し、ブログを再開することを決めました。<br>まだ私も自分を癒している最中なので、ボチボチ更新するカタチになるかもしれませんが、お付き合いよろしくお願いします。<br><br>私のこれまでの話(SOS First Step)<br>① <a href="https://ameblo.jp/sosfirststep/entry-12683685825.html">https://ameblo.jp/sosfirststep/entry-12683685825.html</a></p><p>② <a href="https://ameblo.jp/sosfirststep/entry-12683690439.html">https://ameblo.jp/sosfirststep/entry-12683690439.html</a></p><p>③ <a href="https://ameblo.jp/sosfirststep/entry-12683692053.html">https://ameblo.jp/sosfirststep/entry-12683692053.html</a></p><p><br>Stories Of Survivors<br><a href="https://ameblo.jp/storiesofsurvivors">https://ameblo.jp/storiesofsurvivors</a></p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12684855213.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Jul 2021 15:40:50 +0900</pubDate>
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<title>交通事故に遭った彼</title>
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<![CDATA[ <p>式も終わり夫婦として生活を始めた頃、彼が交通事故に遭いました。</p><p>と言っても彼は無傷で命に別状はありませんでしたが、彼が乗っていた車は大きくダメージを受け廃車。<br>事故後に廃車になった車を私も見ましたが、それはもう酷い状態でよく生きていたなと思うほどでした。<br>この事故で彼の車にぶつかり怪我をした人はいなかったので、それだけが幸いでした。<br>交通整備のために動いてくださった警察の方を始め、交通渋滞を作ってしまったことで彼は沢山の方に迷惑をかけました。<br>でも彼は自分の非を認めず「自分は悪くない」の一点張り。<br>私にはその言葉が信じられず、人に迷惑をかけて反省もしない彼に対して怒りがわきました。<br><br>免許を取ってからすでに何台も車を乗り換えている彼。<br>理由は運転が下手だから。<br>それなのに気分で運転したがり、無理矢理彼の運転する車に乗せられることもありました。<br>運転が上手であれば私もこんなことは言いませんが、本当に下手なんです。。。<br>そのせいでこれまで沢山危険な思いをしました。<br>これも立派な身体的、精神的虐待ではないかと思います。<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12683413269.html</link>
<pubDate>Tue, 21 May 2019 07:57:08 +0900</pubDate>
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<title>結婚式準備でブチ切れたこと</title>
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<![CDATA[ <p>姻届けを提出後、私と彼は結婚式の準備を始めました。<br>と言っても実際に準備作業をしていたのは私だけ。<br>当時仕事が忙しく残業続きの中、帰宅後に食事の準備と洗濯ものなどの家事を終わらせ、夕食後や休日に合間を縫って招待状作り、座席表作り、引き出物選びなどを一人でしていました。<br>彼は家事も結婚式の準備など協力は一切せず、仕事から帰宅後は自分の自由時間として好きに使っていました。<br>休みの日も出かけたい彼に近場ではあるものの付き合い、ゆっくり休む暇のない私の体はへとへとでした。<br>そんな私に彼が言った一言。<br><br>「休みの日出掛けられずストレスだ」<br><br>それを聞いた途端、私がこれまで我慢してきた気持ちが爆発し、<br><br>「私は家政婦じゃない！！！」<br><br>と大きな声で叫び、本を床に叩きつけました。<br><br>それ以降彼が遠出できないことに文句を言うことはありませんでしたが、それでも彼が家事や結婚式の準備を手伝おうとすることはありませんでした。<br><br>元々私は結婚式を挙げるつもりはありませんでしたが、式を挙げて親族の前で誓うことで彼自身が独身ではなくなったこと、責任があると自覚し、意識が変わるかもしれないという淡い期待がありました。(もちろん世間体を気にする親族からの圧力も式を挙げた理由の大きな一つです。)<br><br>彼の両親からも結婚式についてのサポートは分かってはいましたが一切なく、義両親との関係が悪いわけではありませんでしたが、私は今後ちゃんとやっていけるのか、大切にしてもらえるのか不安になりました。<br><br><br>今もしこの時の自分に会えるなら、結婚をやめるようにと説得したいです。。。<br>結婚後、彼は私に対してさらに酷い人間になっていきました。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12683412646.html</link>
<pubDate>Fri, 10 May 2019 11:51:45 +0900</pubDate>
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<title>窮屈な同棲生活</title>
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<![CDATA[ <p>同棲生活を始めてから前回も触れましたが彼の束縛がきつくなっていきました。</p><p>⇒<a href="https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12683410644.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">★</a><br><br>休日は母親に顔を見せるためたまには二人で私の実家に帰りたかったのですが、彼は行くことを拒否し、当然私一人で行くことも許されなかったので、お盆休みやお正月などのイベントでない限りなかなか実家に行くことができなくなりました。<br><br><br>同棲前は料理を二人で作って協力していましたが、同棲後彼は全く家事をしなくなりました。<br>彼は「家事は女性がするもの」という固定概念を持っていたのです。同じように働いているのに料理や食器洗い、掃除、洗濯など、ほぼすべての家事を私一人でしていました。<br>ただ私自身も実家が「家事は女性がするもの」という思考の中で育ったので、不満はあるものの家事自体はやっていました。<br><br><br>グアム旅行で二人で行った時のこと。<br>私はその時生理になり体調が悪くて彼には申し訳ないけど部屋でゆっくり休みたいと思っていました。<br>彼にも今生理痛でしんどいということを伝えましたが、彼はそんな私を気遣う様子は一切なく、私を外に連れ出しました。<br>ヘルニアになった時のこともあるので「あぁまたか…」という感じでした。驚きなどありません。<br>途中レンタルバイクが動かなくなるというハプニングがありましたが、この時も「不安だ」と口にすると彼の機嫌が悪くなるので言えず、ただその様子を見て時間が過ぎるのを待っていました。(ヘルニアになった時の話⇒<a href="https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12683410005.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">★</a>)<br>初めての海外旅行。<br>グアムの空気や景色はすごくよかったですが、正直なところ私は楽しむことはできませんでした。<br><br><br>また彼のお姉さんがハワイで結婚するということで、ハワイ旅行にも行きました。南国、特にハワイは大好きなので私はウキウキでした。<br>でも向こうで彼の運転するレンタカーで移動中、道に迷ってしまうというハプニングに見舞われました。そこで私は急遽お姉さんに電話をしてヘルプを求めました。<br>それが彼のプライドを傷つけたようで、その後の彼は相当ご機嫌斜め。かなり怒られました。<br>楽しいはずのハワイ旅行がまた楽しくない旅行になってしまいました。<br><br><br>同棲ってこんなものなのか？<br>どこかに疑問はあったものの、私たちはついに結婚することになりました。同棲を始めてから2年経った頃です。<br>ちなみにプロポーズの言葉はありませんでした。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12683411832.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Apr 2019 12:45:04 +0900</pubDate>
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<title>私は愛されているという勘違い</title>
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<![CDATA[ <p>同棲を始めてからも色々ありましたが、その中でも私は大きな勘違いをしていました。<br>「彼から愛されている」と思っていたことです。<br><br>例えば<br><br>ある日、何もしていないのに急に自分の右の乳房にジンジンと痛みを感じました。<br>見た目は変わらず腫れも赤くなった様子もなにもなかったので理由や原因が全くわからず、しばらくこの状態が続いたので不安になった私は病院(整形外科)に行ってお医者さんに診断してもらいました。<br>その時たまたま診てもらったのが男性ドクター。<br>そのドクターに診てもらっても結局原因がわからず、飲み薬を処方してもらって終了。後でこのことを彼に伝えました。<br>すると彼は私が男性ドクターに胸を見せたことに怒り、私を責めてきたのです。<br>普通は「大事にならなくて良かったね」とか言うものかと思いましたが(そう期待していた自分もいます)、そんなことに触れることなく胸を男性ドクターに見せたことを怒る彼。<br>彼の対応にがっかりしましたが、それと同時に拍子抜けしてしまいました。<br>それでも私はどこかで「彼は私を大切に思ってるから他人に胸を見せたことに怒ってるんだ」と思っていました。<br><br><br>休日は一緒に行動しないと不機嫌になり怒る彼。<br>同棲していないときは休日自分の友達と遊ぶことができましたが、同棲が始まってからは四六時中彼と一緒。一人で出かけようとすると彼が怒るので、友達と会うことができなくなり、友達とは疎遠になってしまいました。<br>それどころか私がどんなに忙しくても、どんなに体調が悪くても彼は私と行動したがり、断ると不機嫌になり怒る。<br>その繰り返しでした。<br><br>最初は「彼から愛されている」と思っていた私も、この状況が続くことで心が疲れ、麻痺して正常な判断ができなくなっていきました。この状況を俯瞰で判断することは当時できていなかったと思います。<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12683410644.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Apr 2019 10:36:08 +0900</pubDate>
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<title>元夫とのお付き合い③</title>
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<![CDATA[ <p>彼は旅行が好きで、休みがあると二人で車に乗って日本全国旅行しました。<br>温泉巡りは私にとっても楽しいものでした。<br>でも楽しいことだけではありません。<br><br>旅行中運転するのは基本的に私。<br>正直彼は運転が上手ではないのと、以前の乱暴運転事件があるので私的にはそれで大丈夫だったのですが、深夜に出かけた時に交代するどころかスヤスヤ寝ている姿にはイライラしました。<br><br>ある日私は仕事中に腰を壊し、ヘルニアになってしまいました。<br>ちょうど北海道旅行に行く計画を立てたときで、予約はもう済ませてしまっていました。<br>その時私は普通に動けるような状態ではなく、平日はコルセットを巻きながら仕事に行き、週末は接骨院に通ってリハビリを受ける生活を送っていました。当時週末は彼の家に泊まることが恒例になっていたので、彼の家から早朝６時、一人起きて車で接骨院に予約に行っていました。多分一か月ぐらいこの状況だったと思います。<br>それでも彼から「大丈夫？」と気に掛ける様子は一切なく、接骨院に予約に行く時ももちろん彼はスヤスヤ眠っていました。<br><br>本当は北海道旅行をキャンセルしてヘルニア治療に専念したかったのですが、もし彼に言ったら怒るだろうし、そもそも言える雰囲気でもありませんでした。<br>それに彼から私を気遣って「今回は腰も痛いだろうしやめておこうか」と言ってくれるかもしれないという淡い期待もありました。<br>結局彼からキャンセルにすることや私を気遣う言葉は一切なく、私は腰痛を抱えながらもコルセットを巻き、重い荷物を背負いながら彼と北海道旅行に出かけました。<br>電車、フェリー、レンタカーを使っての移動。<br>とてもつらかったです。<br>私なら「大丈夫？」の一言ぐらい相手に言うのにな…<br>私は彼のことが理解できませんでした。<br><br><br>北海道旅行が終わって間もなく、沖縄旅行が決まりました。<br>その時には私の腰の痛みも良くなっていました。<br>彼が沖縄に行ったらシュノーケリングをしようと言い出し、私がその旅行までに道具を買いそろえることになったのですが、またここで問題が起こりました。<br>私は「シュノーケリング体験」ということで比較的安い道具を買いそろえたのですが、彼は本格的なシュノーケリングがしたかったらしく、私が買いそろえた道具を見て不機嫌になりご立腹。文句を言ってきました。<br>言い返したところで逆に彼を怒らすだけなのと、私自身彼のことが怖かったので、素直に高い道具を探し買いなおしました。<br>後日彼に買いなおしたものを彼に見せましたが、「ありがとう」の一言もなく終わりました。<br><br>その時は怒りももちろんありましたが、そんな彼の子供っぽい自己中な対応にあきれる自分もいました。とりあえず彼の怒りが治まったことでホッとしたことを覚えています。<br>(今となってはこの状況で「ホッとする自分」がすでに異常だったなと思います)<br><br><br>沖縄旅行の後、私は彼に自分の両親を紹介し、彼との同棲生活がスタートしました。<br>付き合い始めて1年後ぐらいでした。<br>もちろん自己中な彼と二人でやっていけるか不安はありました。<br>でも当時私自身が彼を好きだったことと、彼しかいないと思っていたこと、彼も私しかいない(だろう)と思っていたこと、そしてなんだかんだ言ってたまに見せる彼の優しさに、私は彼から愛されていると思い込み一緒にいるという選択をしたのでした。<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/myhealingjourney/entry-12683410005.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Mar 2019 07:32:57 +0900</pubDate>
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