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<title>myonchieのブログ</title>
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<title>木のこころ</title>
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<![CDATA[ <font size="2">「葉っぱのフレディ　―いのちの旅―」（レオ・バスカーリア作）という<br>いのちをテーマにした絵本がございます。<br><br>大きな木の梢に近い、太い枝に生まれたフレディという葉っぱが<br>春に生まれてから、やがて冬を迎え、散る（死に直面する）前までに<br>生まれること、変化することが永遠の命へと繋がることを<br>同じく葉っぱとして生まれた親友ダニエルから教わり、成長していきます。<br><br>春に生まれた葉っぱたちは、冬が来る前には枝から葉を落としていきます。<br>仲間が去っていくのを見て、フレディは自分の一生にはどういう意味が<br>あるのか、自分は生まれてきて良かったのか、とダニエルに問います。<br>「ぼくらは春から冬までの間本当によく働いた。よく遊んだね。<br>まわりには月や太陽や星がいた。雨や風もいた。人間に木陰を作ったり、<br>秋には鮮やかに紅葉して、みんなの目を楽しませたりもしたよね。<br>それはどんなに楽しかったことだろう。それはどんなに幸せだったことだろう。」と語って、フレディを残してダニエルは枝を離れていきました。<br>雪の日、色あせて枯れてきたフレディには、冷たい雪が重く感じられます。<br>そして迎えにきた風にのり枝を離れました。<br>地面におりたフレディは自分が葉っぱとしてつけていた、たくましい木を見上げ、「いのちというのは、永遠に生きている」というダニエルの言葉を思い出しながら、ふわふわした雪の上で、そっと目を閉じ眠りに入ります。<br><br><br>わたしには、忘れられない一本の木がございます。<br>およそ三百年かけて、七万本におよぶ木々たちが立ち並ぶ松林のなかで<br>震災の津波に耐え、最後の力を振り絞り、海岸沿いに立っていました。<br>その木は「奇跡の一本松」、「希望の一本松」とも呼ばれ、絶望の人たちを励まし、勇気づけたのです。<br><a href="http://ameblo.jp/myonchie/entry-11194359466.html" target="_self">わたしがこの一本松と出会った時のことを記事にしたものです</a><br><br>何度も津波に襲われながらも、被害を防ぎ防潮林としての役割を<br>果たしてきた松林だけれど、残った一本を除いては<br>この度の10メートルもの大津波に呑み込まれてしまいました。<br>「奇跡の一本松」は塩害により立ち枯れてしまいましたが、専門家の手により防腐処理が行われ、今年6月にはモニュメントとして復活するようです。<br><br><br>この一本松にも、葉っぱのフレディのように、こころがあるとするならば、<br>わたしには計り知れないほどの使命を感じて、残ったのだと思うのです。<br>高さ27メートル、樹齢173年の年輪を重ねたこの一本松は、もう生長することはないけれど、これからも多くの人に勇気を与え続けるのだと思います。<br>「復興」という言葉を使わなくなるその日まで、最後の一人が立ち上がる<br>その日まで、この一本松の永遠のいのちと共に、東北の皆様に寄り添わせていただきたいと思っています。</font>
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<link>https://ameblo.jp/myonchie/entry-11497385592.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Apr 2013 23:11:41 +0900</pubDate>
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<title>卒業の日</title>
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<![CDATA[ <font size="2">　先月実家に帰り、いろいろと整理をしてみました。<br>　小中学校時代の教科書、部活で使った楽譜、友人たちとの交換日記。<br>嬉しい記憶、優しい記憶、楽しい記憶、悲しい記憶、辛い記憶、<br>美しい記憶が止めど無く蘇りました。<br><br>　小学校の卒業の日に、大好きだった担任が詩を読んで下さりました。<br><br>　「生きる」　　　　谷川 俊太郎<br><br>　生きているということ<br>　いま生きているということ<br>　それはのどがかわくということ<br>　木もれ陽がまぶしいということ<br>　ふっと或るメロディを思い出すということ<br>　くしゃみすること<br>　あなたと手をつなぐこと<br><br>　生きているということ<br>　いま生きているということ<br>　それはミニスカート<br>　それはプラネタリウム<br>　それはヨハン・シュトラウス<br>　それはピカソ<br>　それはアルプス<br>　すべての美しいものに出会うということ<br>　そして<br>　かくされた悪を注意深くこばむこと<br><br>　生きているということ<br>　いま生きているということ<br>　泣けるということ<br>　笑えるということ<br>　怒れるということ<br>　自由ということ<br><br>　生きているということ<br>　いま生きているということ<br>　いま遠くで犬がほえるということ<br>　いま地球がまわっているということ<br>　いまどこかで産声があがるということ<br>　いまどこかで兵士が傷つくということ<br>　いまぶらんこがゆれているということ<br>　いまいまが過ぎてゆくこと<br><br>　生きているということ<br>　いま生きているということ<br>　鳥ははばたくということ<br>　海はとどろくということ<br>　かたつむりははうということ<br>　人は愛するということ<br>　あなたの手のぬくみ<br>　いのちということ<br><br>　岩手県出身の作家、宮沢賢治が農学校の先生時代に生徒たちへの<br>口ぐせだった言葉があります。<br>　「いねの心が分かる人間になれ」<br>　<br>　わたしたちの卒業の日に「生きる」を読んで下さった先生の口ぐせは<br>　「人の心が分かる人間になれ」<br>　「One for all,all for one.」<br>　一人はみんなのために、みんなは一人のために、でした。<br><br>　先生が送って下さりました、たくさんの言葉は<br>今でもわたしに勇気を与えてくれています。<br>小学校生活の後半に、この先生に出会えて幸せだったなと<br>「卒業の季節」に思いました。</font>
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<link>https://ameblo.jp/myonchie/entry-11489424545.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Mar 2013 21:59:55 +0900</pubDate>
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<title>自尊感情を育む</title>
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<![CDATA[ わたしが『誕生学』という言葉を知って５年ほどになりますでしょうか。<br>「生まれてきたことが嬉しくなると、未来が楽しくなる」をコンセプトに<br>「生まれてくる力を伝える」ライフスキル教育プログラムだそうです。<br>ライフスキル教育プログラムというのは、ＷＨОが「心の健康を高め、<br>自分や他者を大切にし、精神障害・問題行動を予防するためのもの」と<br>定義しています。<br><br>「誕生学」という言葉は、誕生学協会というところの造語です。<br>わたしがこの言葉を知った当時は、妊娠・出産を控えた女性と<br>その家族を対象に、解剖生理学などを通して、生命の誕生に関わる教育を<br>語るもの、と捉えておりました。<br><br>最近、わたしが住んでいる町で思春期の子どもたちを対象に<br>「誕生学」の講座をしていると知り、ある中学校での<br>出前講座を中学生に交じって(*^.^*)受講させていただきました。<br><br>講座を始める前に、全員に小豆一粒が渡されていました。<br>女性の講師が「この小豆一粒の大きさっていうのはね、あなたたちが<br>お母さんのおなかの中で、人として形成しはじめた時の心臓の大きさ<br>なんだよ～。」と北海道弁ならではの優しい口調で語りかけます。<br>自分たちがどのようにしてこの世に生を享けたのか、生まれてくる力が<br>こんなにも強いんだから、生きる力はもっともっと強いはず、と。<br>時には具体的に、分かりやすく、語るというより訴えるように。<br><br>わたしには内容も然ることながら、子どもたちの反応がとても興味深いものと<br>なりました。子どもたちは真剣に身を乗り出して聴いていました。<br>私のすぐ前で聴いていたある女の子が、おしまいに配られたアンケートに<br>こう記入していました。<br>「命の尊さを真剣に話してくれたのを、初めて聞きました。これからは<br>もっと、自分のことも友達のことも大切に思いたいです。」<br>覗き見しちゃったのですが(;^_^A、素晴らしいことだなと思いました。<br><br>わたしは看護師として、大人のエゴや周囲の人の心の闇に翻弄されて<br>心身が傷つき悔し涙を流す子の背中を、ただ黙って摩ってあげることしか<br>出来ないでいる自分に、腹立たしい思いもしてまいりました。<br>けれども、「生命の神秘」、「生まれてくる力」のお話を聴くことによって、<br>子どもたちには自尊や思いやりの感情が育つのだなぁと思いました。<br>自尊感情が育っていれば、心身を大切に出来るでしょうから。<br><br>将来的に「子どもたちの生きる力」を育むお手伝いを、どんな形でも良いので<br>させていただけたらな、と強く思うことができました。(＝⌒▽⌒＝)<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/myonchie/entry-11469413480.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Feb 2013 16:10:10 +0900</pubDate>
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<title>今年の雪</title>
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<![CDATA[ 昨日の朝の風景です。<br>ひと晩でこれくらいの降雪は今シーズン珍しくはありません。<br>　<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130119/07/myonchie/b3/6a/j/o0800060012382802632.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130119/07/myonchie/b3/6a/j/t02200165_0800060012382802632.jpg" alt="$myonchieのブログ" style="clear:both;float:left;" border="0"></a><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>ご近所の公園の遊具も埋もれてしまっています。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130119/07/myonchie/93/c0/j/o0800060012382802859.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130119/07/myonchie/93/c0/j/t02200165_0800060012382802859.jpg" alt="$myonchieのブログ" style="clear:both;float:left;" border="0"></a><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>車道と歩道の間に２メートル以上の雪が積まれていて<br>視界が狭くなっています。<br>今年は特に雪が多く、排雪が追いつかないからです。<br>いつもは見通しの良い場所でも死角だらけです。<br>交通事故だけではなく、特に女性は気を付けたいですね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる"><br>怖い思いをしてしまうといけないからね<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/141.gif" alt="ガーン">
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<pubDate>Sat, 19 Jan 2013 07:17:26 +0900</pubDate>
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<title>修業</title>
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<![CDATA[ 「苦しいこともあるだろう<br>云いたいこともあるだろう<br>不満なこともあるだろう<br>腹の立つこともあるだろう<br>泣きたいこともあるだろう<br>これらをじっとこらえてゆくのが<br>男の修行である」<br><br>昨年末に、父が読み終えて「読んでみるといいよ」と言って<br>わたしのもとにきた、北海道日本ハムファイターズの<br>栗山英樹監督の著「覚悟」という本のなかで<br>監督の執務室を撮った写真にあったボードに書かれていた言葉を<br>目を凝らして読み取ってみました<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる"><br><br>この本からたくさん学ぶことがありましたが、その中の一つ。<br><br>覚悟するということは、結果をすべて受け止める心構えで、<br>迷いなく勝負に臨むということ。覚悟に勝る決断なし。<br>（これは栗山氏が現役最後の年に、新しい監督として<br>スワローズにやってきた野村克也さんの言葉です）<br><br>栗山監督は言います。監督のオファーが自分に届いたとき<br>「死ぬつもりでやれ」と言われているような気がした。と。<br>世の中には、自分を殺して、人のためだけに尽くす仕事というのがある。<br>監督もそれなんじゃないかと思った。自分のためなんて、これっぽっちも<br>なくなる。思えば、それが自分にとっての「覚悟」だった、と。（中略）<br>チームのために、身を捧げると誓った。<br>それがこのチームでよかったと思っている。<br>こいつらが選手でいてくれて、みなさんがファンでいてくれてよかった。と。<br><br>監督の座右の銘は、「夢は正夢」。<br><br>以前なにかの本で、故・松下幸之助さんが<br>「夢をみることは重荷を背負うことだ」と話されていたと<br>読んだことがあります。<br><br>最初に紹介させていただいた言葉。<br>監督は、日々戦っているのだなぁー、と。<br>だから、多くの選手はじめファンに活力を与えられるのだなぁー、と。<br>これは、男のひとだけの言葉にしておくのは勿体ないですね。<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球"><br>女の子だって、日々頑張っていますもの<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/158.gif" alt="女の子"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/105.gif" alt="チョキ"><br><br>遅れ馳せながら、、<br>今年もどうぞよろしくお願い致します<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ"><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 17 Jan 2013 20:18:58 +0900</pubDate>
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<title>賢者の贈り物</title>
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<![CDATA[ オー・ヘンリー作「賢者の贈り物」は短編小説です。<br>絵本にもなっていたと記憶しております。<br>ご存知の方も多いのでしょうね。<br><br>あるクリスマス・イヴの日に一つわかったことがある、という女性。<br>それは、人生は『泣きわめき』と『すすり泣き』と『ほほえみ』から<br>できているけれど、おおかたは『すすり泣き』なのだ、ということ。<br><br>今、この女性の手元にあるお金、１ドル８７セント。<br>明日はクリスマス。愛する夫にクリスマスプレゼントを贈りたい。<br>けれど、これっぽっちのお金では、と思い悩みます。<br>彼女には自慢できるものが一つありました。<br>褐色の滝のように波打つ、膝下までとどく長く美しい髪。<br>彼女は、この自慢の美しい髪を売って彼へのプレゼントを買います。<br><br>一方、彼女の夫も自慢のものを持っていました。<br>一つは、彼の祖父から父へと受け継がれ、<br>そして今、自分が手にしている金時計。<br>もう一つは、愛する妻の美しい髪。<br>彼もまた、愛する妻へのクリスマスプレゼントのことで思い悩みます。<br>そして、ある決断をしてプレゼントを買います。<br><br>彼が仕事から帰ると、短くなった彼女の髪を見て立ち尽くします。<br><br>彼女が自慢の髪を売ってまで、愛する夫にプレゼントしたのは<br>彼の自慢である金の懐中時計に着けるプラチナの鎖。<br>そして、彼が愛する妻にプレゼントしたのは、<br>鼈甲でできた、縁に宝石が散りばめられている櫛。<br>今はもうない、愛する妻の髪にぴったりの櫛でした。<br>それは、彼が自慢の金時計を売ってまで購入したものでした。<br><br>お互いが愛する相手に喜んで欲しくて、お互いの笑顔が見たくて<br>自分の持っていた一番の宝物を犠牲にしたという物語でした。<br><br>この曲でココロ暖まってくださいね。<br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=-_BVoZqoENg" target="_self">ミヨー　ルネ王の暖炉</a><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/096.gif" alt="クリスマスツリー">Merry　Xmas♪<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/182.gif" alt="ベル">
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<pubDate>Mon, 24 Dec 2012 20:27:59 +0900</pubDate>
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<title>歓喜の歌</title>
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<![CDATA[ 我が家の年末の恒例になっていた「第九」鑑賞。<br>残念ながら、今年はお預けになってしまいました。<br>なので、年頭に発見して感動したものを共有させていただきたいと思います。<br><br>これは、昨年の十二月に大阪城ホールで催された「一万人の第九」です。<br>震災復興支援として、被災地に届け！とばかりに会場が一つに。<br>冒頭、指揮者の佐渡裕さん自身が率いるスーパーキッズオーケストラの<br>弦楽メンバーの子どもたちの演奏とともに、福島の詩人が自らの詩を朗読。<br>岩手県南三陸町の庁舎の防災無線で、高台への避難を叫び続け、<br>津波の犠牲になってしまった女性のことを綴った詩です。<br><br><a href="http://www.youtube.com/watch?gl=JP&amp;hl=ja&amp;v=HP_tDkOD7nM" target="_self">和合亮一「高台へ」</a><br><br>第九は第四楽章まであり、演奏時間が一時間十分位の長さです。<br>第四楽章のクライマックス、合唱「歓喜の歌」。<br>ベートーヴェンがボンに生まれ住んでいた幼少のころから、<br>詩人シラーの「歓喜に寄す」に曲をつけることが夢でしたようです。<br><br>この楽曲が誕生して、あと十二年で二百年になります。<br>ベートーヴェンは、肝臓を患い五十六歳で亡くなるまで、<br>困難との闘いの連続であったようです。<br>一人の人間として生き抜くために、どれほどの孤独、病、絶望と<br>闘ったのでしょうね。聴覚が徐々に失われていく恐怖は、<br>どれほどでしたでしょうね。<br>だからこそ、魂の叫び「苦悩を突き抜けて歓喜に到れ！」と<br>歓びを摑んだのでしょうね。<br>ベートーヴェンが、この楽曲を生んでから二百年近く過ぎた今も、<br>自身の故郷から遠く離れた異国の地でも「名もなき民」が、<br>力強い旋律に勇気を得て、歓喜し、前を向いて進んでいる光景を<br>目にしたのなら、辛苦の生涯も救われるのではないのかな、と思うのです。<br><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=X6s6YKlTpfw" target="_self">Beethoven-Symphony No.9　(１0000 Japanese)　2011,12,4</a><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/myonchie/entry-11429759087.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Dec 2012 21:25:36 +0900</pubDate>
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<title>未踏の道</title>
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<![CDATA[ 来年のお話をすると鬼に笑われちゃうかな？と思いつつ。<br><br>大人たちを信じて、自分の手で「運命の扉」を開いた青年が<br>来年、岩手県から札幌にやってきます。<br>北海道日本ハムファイターズに入団入りを表明した、<br>岩手・花巻東高の大谷翔平さん。<br>彼はドラフト会議の前後、「自分は米大リーグに挑戦する」と語っていました。<br>もちろん、ファイターズが大谷さんを単独一位指名した後も、<br>入団の可能性について「自分自身の考えではゼロ」と。<br>彼にとっては幼い時からの夢であり、高一の時から勧誘されていた、米大リーグの<br>ロサンゼルス・ドジャースでプレーすることについて、至極当然だったようです。<br><br>では何故、翻意したのでしょうね。<br>わたしは野球界のことやルールなど詳しくないので、新聞のスポーツ面を<br>読み解いていきますと…（通常活字は斜め読みなものですから<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる">）<br>一つ目に、球団からの資料の提供「大谷翔平君　夢への道しるべ」、<br>サブタイトルが、<a href="http://www.fighters.co.jp/news/detail/3251.html?wapr=50c9c9ca" target="_self">～日本スポーツにおける若年期海外進出の考察～</a><br>の中で、知らない発見があったと。卒論を思い出しちゃうようなタイトルですが<br>わたしはこの資料から「誠実」の二字を感じました。<br>一人の青年の将来のために、たくさんの大人が誠実の二字で動いて提供した資料。<br><br>二つ目に、自分が大リーグ挑戦を表明していたのに翻意してしまっては、<br>周囲に迷惑がかかるという不安を球団が解消してくれたこと。<br><br>三つ目に、最も彼の心を動かした言葉があります。<br>球団が投手と打者の両方で育成するという提案をした際に、<br>栗山監督が「誰も歩いたことのない道を歩いて欲しい。」と話してくれたこと。<br>彼は「未踏の道」を歩みたいと思ったのですね。<br><br><br>彼は岩手県のファンにこう語っています。<br>「被災後の大変な中でも温かく応援していただいた。<br>　期待に応え、恩返ししたい」と。<br><br>わたしも昨年、<a href="http://ameblo.jp/myonchie/entry-11194359466.html" target="_self">岩手とご縁を結ばせていただいた</a>ので、<br>そして、たくさんのことを教えていただいたので、<br>恩返しをしなければならないと思っています。<br><br>「奇跡の一本松」は地盤沈下で海水がしみ込み、壊死してしまったのですが、<br>切断され、樹木医らの手によって治療が行われており、<br>来年二月には植樹されると聞きました。<br>また、盛岡市には三百年以上前、巨岩に落雷したところに<br>種が落ちてしまい、劣悪な条件の中で発芽し大木に育った<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%89%B2%E6%A1%9C" target="_self">「石割桜」</a>があります。<br>どちらも「強い生命力」で生き抜いた象徴です。<br><br>わたしが、昨年かかわらせていただいた、<br>震災で、たくさんの命を救うために犠牲になった命をみてしまったという、<br>子どもたちのこころは、今、少しでも癒されているのでしょうか。<br><br>任務が終わり戻る際に、岩手でお世話になった方々と子どもたちに、<br>「また必ず、人として成長した姿でお目に掛からせてください。」と、<br>お約束をしてからもうすぐ一年が経ってしまいます。<br><br>わたしには、あの「奇跡の一本松」は被災された方々に勇気を、と<br>健気に一人ぼっちで何かと闘っているように映りました。<br>来年二月、皆の希望になってくれていた一本松が、<br>「復興の象徴」として蘇る姿を見に行かなくては、と思いました。<br><br>米大リーグではなく「日本で結果を残す」という決断をした、<br>一人の紅顔の青年が、「恩返し」を忘れそうになっていたわたしに<br>「何か」を思い出させてくれました。感謝です。<br>来年は、少し野球のことに詳しくなれそうです<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/048.gif" alt="野球"><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ"><br><br><br><br><br>　<br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 14 Dec 2012 23:11:48 +0900</pubDate>
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<title>テレマン　アリア♪</title>
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<![CDATA[ 幼い時から、何かの折に触れ、よく聴いていた曲です。<br><br><a href="http://www.youtube.com/watch?gl=JP&amp;hl=ja&amp;v=KzY7Mgz0eXo" target="_self">Telemann　Aria</a><br><br>とっても物悲しい旋律なのでしょうけれど、私を癒してくれて<br>顔を上げて前に進もうとさせてくれるのです♪<br><br><br>楽譜をゲットして、演奏してみたいと思っています。<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音譜">
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<link>https://ameblo.jp/myonchie/entry-11422368914.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Dec 2012 22:37:15 +0900</pubDate>
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<title>偶然、わたしも、、、。</title>
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<![CDATA[ わたしの住む町の小学校では、学習発表会が開かれる時期のようです。<br>親類の子（６年生）も、日曜日に終えたばかり。<br>大成功に終わったらしいので、良かったです。<br><br>演目は『ぞうれっしゃよ　はしれ』という劇。<br>で、偶然にも１３年前に、わたしも同じ題材を演じていました。<br>よく使われるお話らしいのです。<br><br>「象列車」はご存知の方もいらっしゃると思いますが、<br>少し、ご紹介をさせていただきますね。<br><br>太平洋戦争中に日本各地の動物園で、たくさんの動物たちが<br>殺処分されていました。猛獣、象を含む大型動物は、<br>空襲で逃げ出したら危険という軍の判断でした。<br>戦前、象は上野動物園、天王寺動物園、名古屋の東山動物園の<br>三園で飼育されていました。<br>上野、天王寺の各動物園の象は「戦時猛獣処分」の対象となり<br>東山動物園にしか象がいなくなってしまいました。<br>東山動物園の園長は、常時足を鎖で拘束するという条件を<br>軍司令部に出し、何とか当面象の処分を延期できたらしいのです。<br><br>しかし、東山にいた象（木下サーカスから購入した）四頭のうち二頭は、<br>食糧不足と病気で死亡してしまいました。　残った二頭の<br>エルドとマカニーの生命は、なんとか守られたのです。<br><br>戦後情勢が落ち着くと、動物園も観覧を再開するようになりました。<br>（ただ、象の生命を守り抜いた東山動物園でさえも、象二頭、チンパンジー一頭、<br>鳥類二十三羽の動物しか存命出来ませんでした。）<br><br>「象列車」は、アメリカの占領下の昭和二十四年、厳しい状況下で<br>「子どもたちに象を見せたいという大人たちの愛情」と<br>「象を見たいという子どもたちの夢」と、高齢になった象を乗せて、<br>日本各地と名古屋間を走った特別列車のことです。<br><br>今、大人になって、ノンフィクションのこのお話で改めて思ったこと。<br>象たちの生命を守るために、、、、。<br>東山動物園に買われていった四頭の象は元々、旅から旅へのテント暮らしの<br>サーカス団にいたのですが、一緒の舞台に立っていた団員たちが、<br>泣く泣く家族同然だった象を手放し、象たちの存命を託したということ。<br><br>動物園の園長は、サーカス団員の気持ちを汲み取り、何としても<br>譲り受けた象たちを守り抜くという決意をし、知恵を絞ったこと。<br>動物園の飼育員たちは、軍の執拗な圧力にも屈せず、自分の食料も<br>事欠くなか、動物たちの餌を必死になって集めたこと。<br><br>終戦の半年前に、観覧が中止された東山動物園は<br>軍の兵糧庫になったのですが、管理責任者の獣医大尉は、<br>軍規違反を承知で動物園職員が兵糧の中から象の餌となる<br>フスマ（麩・・小麦を粉にする時に出る皮のクズ）やマイロ（モロコシ）<br>を盗んでいたことを黙認し、兵士に命じてわざと象舎の通路に、<br>それらの入った袋を置き忘れさせたこともあったということ。<br><br>「象列車」を走らせたことについて。<br>戦後、失望感が漂う中、子どもたちの「象が見たい」という<br>夢を実現させるため、たくさんの大人たちが、当時管理下にあった<br>ＧＨＱへ何度も諦めないで請願したということ。<br><br>残酷で、悲惨な戦争下で人間が人間らしさを保っていました。<br><br>わたしは、自分が出会ってきた子どもたちに<br>何かしてあげられてきただろうか。<br>鈍感なわたしは、子どもたちの訴えに応えてあげられただろうか。<br><br>常に、「自問自答しながらでありたい」と思うのです。<br><br>長くなってしまいましたね、ごめんなさい<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる"><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 21 Nov 2012 22:11:16 +0900</pubDate>
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