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<title>主張</title>
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<title>僕たちはものをみていない</title>
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<![CDATA[ <div><p style="text-align: center;"></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111002/00/n---may/79/7b/j/o0800045011520347910.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111002/00/n---may/79/7b/j/o0800045011520347910.jpg" style="border-top-style: none; border-right-style: none; border-bottom-style: none; border-left-style: none; border-width: initial; border-color: initial; width: 660px; height: 371.25px; " ratio="1.7777777777777777" id="1317483733253"></a></p><p></p><p></p></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>夜に信号機が光っているのは、とても綺麗だと思う。赤は赤ではなく、少しオレンジがかっていて、温かい色味で周辺一帯を覆っている。ろうそくの火がそうであるように、暗いところで光っているものは、たいてい綺麗だ。</div><div><br></div><div><br></div><div>信号機は、一般に審美の対象外におかれている。それは、信号機が信号機だからだろう。それはふつう、我々の交通を秩序づけるための装置であり、語感は無機質だ。</div><div><br></div><div><br></div><div>我々は、このように、あるものが綺麗かそうでないかを、ものをみる前に判断していることがしばしばある。ヴィトンの鞄はいいものだ。セカチューは泣ける。aikoはかわいい。</div><div><br></div><div><br></div><div>ものの名前を忘れてみよう。あなたの目の前にあるものを「ディスプレイ」という名前を忘れて「みて」みよう。あらゆる色の粒が精緻に配置されている構造美がそこにある。</div><div><br></div><div><br></div><div>急がないこと。美しいものを、美しいと思う前に、名前だけできりすててしまうのは、それが効率的だからだろう。美しさを感じるには時間が必要で、世の中は美しいものであふれかえっていて、我々にはそれを噛み締める時間がない。</div><div><br></div><div><br></div><div>幸運なことに、最近、仕事に時間効率とはべつに、Creativeさが求められているようになってきている（と、いわれている）。Creativeであるために必要なのは、もの(Creation)を「みる」ことだと思う。まわりのものの美しさを噛み締めることが、世の中に発信する価値になるというのは、良い時代に生まれたと思う。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>（画像は学校が春に工事中だったとき、壁のまわりについていたランプ）</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/n---may/entry-11035501608.html</link>
<pubDate>Sun, 02 Oct 2011 00:38:51 +0900</pubDate>
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<title>一晩明けて</title>
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<![CDATA[ 　３ヶ月間準備してきた大会で負けた。<br><br><br><br>　ロレアル社主催の国際ビジネスコンテスト"BrandStorm"に出場していた。日本大会の次にパリで行われる国際大会がある。まず日本でエントリーした４０チーム中から国内予選で８チームにしぼられ、国内決勝に進む。国内の優勝チームのみが、世界大会に進み、同様のプロセスで国内大会を勝ち抜いて来た４０カ国の優勝チームと戦うことになる。<br><br>　この大会にかけていた。海外就職を目指している自分にとっては、海外で戦える実力、それを証明する世界一位という実績、そしてロレアル社の日本以外のブランチでインターンを勝ち取るチャンス、この三つが欲しかった。人生かけて絶対勝とうと思っていた。<br><br>　どんなに気持ち入れて準備していたかは、言葉にすると陳腐になるので数字だけ言う。３ヶ月で３００時間のミーティングをした。２日に１回約６時間の計算。個人作業入れたらもっと。パリに行くためじゃなくて、本気でパリで勝つためだけにやってたし、一切妥協せず詰め切った。<br><br><br><br><br><br><br>　全チームの発表が終わり、結果発表が始まるその時まで、勝つと思っていた。プレゼンも成功したし、審査員からも「こんな商品があると嬉しい」とコメントされ、他のチームからも「絶対一位だと思っていた」と言われた。でも、結果発表が始まって、僕たちのチームが２位であると告げる前に、審査委員長が言ったことは、<br><br>　「現段階でパリで確実に３位になれるチームと、今はまだまだだがアイデアが良く１位になれる可能性があるチームがあり、後者を選んだ。」<br><br>　これが全てだった。これ以上は言う意味が無いから言わない。<br><br><br><br><br><br><br>　１位チームが勝った理由自体には納得しています。だからこそ、優勝チーム、特にしょーた、本当におめでとう。【かならず】パリで勝って下さい。そのためにはどんな協力も惜しまないつもりです。<br><br><br><br><br><br>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br><br><br><br><br><br>　もっと凹むと思っていたけど、泣かなかったし、案外一日明けるとけろっとしている。負けた理由は理解できるものだし、何よりも自分達があれ以上の物を作ることはできなかったと確信しているから。<br><br>　あれ以上の労力はかけることは無理だった。あれ以上のアイデアを見つけることは無理だった。あれ以上の時間はかけることは無理だった。あれ以上のプレゼンをすることは無理だった。<br>　<br>　全く妥協せずやりきったから、「あの時、こうしていたら。」が一切ない。あれが、全く自分たちのベストで限界だった。自分の人生で、最高のメンバーで最高の人々を巻き込んで最高の力を出して最高のプレゼンをした。<br><br>　そして、実力が足りなかっただけ。<br><br>　<br><br><br><br><br>　さて、次のステップをなんとか見つけないと仕事が無い。笑　このコンテストは、海外で戦える実力、それを証明する世界一位という実績、そしてロレアル社の日本以外のブランチでインターンを勝ち取るチャンス、を得るための手段だった。<br><br>　この内実績とチャンスは無くなった。でも実力は信じられないほど飛躍したと感じている。早く別の手段を見つけて、また全力を捧げるだけ。他のことやって、「あの時負けといて良かった」と思えるようにするしかないし、それは当然できると思ってる。１２月に海外就職一本に覚悟決めてからずっとこの繰り返しをやってきたから。メンタルはめっちゃくちゃ強くなった。笑<br><br><br><br><br><br><br><br><br>　最後に、僕もこんな人間で意地があるので（笑）、大会について１点言いたいことを言う。もしかしたら大会関係者の方々がこの記事をお読みになっているかもしれないけど、その場合は建設的なフィードバックと思って読んで頂ければ。<br><br><br>　「地震の件で、日本チームは世界で３位でなく１位になるべきなんだ。」と前おいて、「現段階ではまだまだだが１位になる可能性があるチームを選んだ」とコメントされていたけど、これはあんなに堂々と言うことではないと思う。事実上、与えていた採点基準を（３位以下を除いて）無視するという旨を公言していることになるし、それは国内大会を貶めることになる。<br>　「世界大会出場チームの選考会」ではなく「国内大会」と銘打っている以上、ポテンシャルで評価することは、相当の採点基準や事前の説明が無い限りは適切とは言えないのでないか。なぜなら優勝チームを選ぶにあたってプレゼンの点数は事実上ほとんど無意味で、アイデアの発展性だけが焦点になっていたから。（そうわかっていたなら、そのような準備をしていた。）<br>　「地震の件」も理解はできるけど、採点基準を参加者が知らないところで変更していたことになるし、「そんなこと今更言われても」が正直な感想。<br><br><br>　・・・すっきりした。笑　でも優勝チームのは良い案だから、審査員の方々が言う理由自体には納得してます。<br><br><br><br><br><br><br>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br><br><br><br><br><br>　この１週間はお世話になった方々に報告とお詫びとお礼に回るつもりだけど、それからまた何か新しいこと見つけてはじめまーす。必ず海外で職勝ち取ってきます。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/n---may/entry-10892922273.html</link>
<pubDate>Sun, 15 May 2011 21:16:03 +0900</pubDate>
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<title>２２歳の幸福論</title>
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<![CDATA[ 　twitterが気軽に使える分、まとまった文章を書く機会が無くなった。良くないと思う。<br><br><br>　おりにふれて昔自分の書いたものを見返すことがある。１年前のいまごろの日記だとか。大抵は青臭すぎて身の毛さえよだつほどだ。でもそのよだった身の毛から確かな成長の軌跡を見て取れるし、今の自分が忘れてしまっていた価値の重要性にも、多分に気付かされて軌道修正することもある。だからある程度の頻度でまとまった文章は書いておきたい。<br><br><br>　先月２２歳になった。mixiやらfacebookで誕生日を知った何人かが「おめでとう」と言ってくれた以外は何事もなく、普通に学校に言って、家の近くの定食屋で、いつも通りの豚の生姜焼きを一人で食べた誕生日だった。今まで２１回あった誕生日は、何かしら普通の日とは違うことがあって、例えばケーキを食べなかった誕生日は、少なくともここ１０年はなかったはずだ。<br><br><br>　でも、今年の誕生日が今までのものと違ったのは、ケーキやパーティーの有無だけではないと思っている。ケーキやパーティーが無かったことに対して、特になんとも思わず、晩ごはんにいつもの定食屋を選んだ自分の内面の変化だ。（もちろん、若干寂しかったことは否定しない。）そしてその変化を、自分なりにはポジティブに捉えている。<br><br><br>　　　☆　　☆　　☆<br><br><br>　非常に、ありきたりな流れ。就活をはじめた。黒いスーツを買って将来のことを考える。「しあわせってなんでしょう」と考える。グル―プ面接のお題がそれで話し合ったりもするらしい。就活生の友達に「おまえだったらどう答える？」と聞かれた。<br><br>　多分、自分のしあわせ観はここ数年変わってなくて、奇妙なことにスラスラ答えることができた。スラスラ答えられたということは、多分穴だらけ間違いだらけなんだと思う。だけど同時に、自分がしあわせに関して固まった考えを持っていることが面白かった。それを文章にして未来の自分がみたらどう思うんだろうかと興味が湧いて、今回はそんな彼に向けて書いてみる。２２歳ごろの僕はこんな考え方をしていました。<br><br><br><br>　　　☆　　☆　　☆<br><br><br><br>　幸せを考えるにあたって、一番重要な概念は「期待」だと思う。ただし、一般的に遣われている「期待」よりも広い意味だ。<br><br>　「息子の将来に期待する」、という大それた期待だけではない。例えば、コンビニでかっぱえびせんのパックを見た時に、その中にお菓子のかっぱえびせんが入っていることを、当然に予測すると思うけど、<br>　そんな当たり前の「予測」も含んだ、ひろーーい意味での「期待」。英語のexpectationに近い概念だと思う。<br><br><br>　<br>　<br>　「しあわせって何ですか」<br><br><br><br><br>　という新興宗教チックな質問に、誰にでも通じるような一般的な答えを与えろと言われればどうするだろうか。<br><br><br>　僕は端的に、幸せとは「自分の期待に、まわりがどれくらい見合っているかの尺度」だと考えている。自分がまわりに対して抱いている期待。かっぱえびせんの袋には当然かっぱえびせんが入っている、という期待。中にハーゲンダッツが入っていればしあわせで、中にうまい棒が入っていれば不幸でしょう。（もちろん　うまい棒　＜　かっぱ　＜　ハーゲン　として。）<br><br><br>　ガードレールのない歩道を歩いていて、不意に考えることがある。自分と数十センチの距離で、車がどんどん走りぬけてゆく。真横を通り過ぎていく、何十台、何百台という鉄の塊とその運転手たち。その運転手が一人でも、ハンドルの角度を若干変えるだけで轢き殺されてしまうのに、誰一人そうしないだろうと確信して歩き続ける自分。「だれ一人としてハンドルをきって、おれを轢くことはないだろう。」世の中って、よくよく考えればそんな脆い期待によって成り立っているんだなと不思議な感覚を覚える。<br><br><br>　あるいは、アマゾンで本を頼めば２、３日待てる。一方ネットでどこかリンクをクリックして、その表示に５分かかるだけでイライラしてくる。アマゾンの配送は２日で来ると期待し、ネットは瞬時に次のリンクに移行することを期待しているからだろう。<br><br><br>　要は、人は生活を営むために、あらゆる事柄に対して一定の期待を抱いている。日常の出来事が、その期待のラインを超えれていれば幸せを感じるし、下回っていれば不幸である。<br><br><br>　それだけ。<br><br><br><br><br>　　　☆　　☆　　☆<br><br><br><br><br>　とすれば、幸せになるために２つの方向がある。ひとつは、自分の設定した期待のラインを、努力して超える方向。もうひとつは、期待のライン自体を下げてしまう方向。前者は向上心を持って、何事かにチャレンジして達成していくような動的なイメージのしあわせ。後者は道端に咲く花を愛でて幸せを感じるような静的イメージ。<br><br><br>　この二つは二者択一ではない。生活にはある程度の刺激が欲しいのが普通だし、逆に刺激だけでは精神の平衡が保てない。要はバランスの問題で、例えば仕事に対しては向上心を持っている人が、毎日白米が食べられることをしあわせと思うことは可能だ。<br><br><br>　日常対面することがらは無数にあるけれど、大抵のものは期待を裏切らない。トイレにいけばトイレはあるし、冷蔵庫に入れたものは電源さえ入っていれば冷えている。その中でも日常自分のことを苛立たせるものをピックアップしてみる。それは仕事や学校の勉強かもしれないし、信号待ちの時間かもしれない。<br><br><br>　イライラすることは、端的に不幸である。それが自分の期待に見合っていないからイライラする。じゃぁどうすればいいかというと、信号の場合は比較的簡単だ。信号待ちには長い時間がかかることを受け容れること。信号のハードルを下げてあげること。それに応じて自分の時間割を再構成すること。<br><br><br>　ただ、仕事や学校の勉強だとそうはいかないかもしれない。目標があって、それが達成されないからといって、安易に目標は下げられない。そこは、妥協せずにストイックな幸せを追求していけばよい。期待に見合う自分をつくること。あるいは、目標を考え直すことも重要な選択肢だろう。医者になろうと拘っていたけれど、うまくいかない。いや、医者になることは本当に自分にとって幸せか？向上心は常に人を幸せにするわけではない。<br><br><br>　普通の人の人生は、本業とそれ以外で構成されている。本業は、何も仕事や学校とは限らない。その人が追求したいもの、例えば趣味の絵かもしれない。老子や荘子はどうか知らないけれど、社会のしがらみにまみれている普通の人は、やっぱり何か本業をもって、その失敗や成功に一喜一憂して刺激を得て行かねば幸せにはなれない。そういうものには自らハードルを設定して、それを超えて行くことを繰り返す。<br><br><br>　でも、本業以外は、少し期待のラインを下げてあげる。信号が長いくらい、花粉症が治らないくらい、外が寒いくらい、そういうもんだと受け容れていれば、精神的な余裕がでる。本業にも良い影響が出る。<br><br><br>　　　☆　　☆　　☆<br><br><br><br>　と、頭で考えことと、実践することはやっぱり違う。２０の頃から考えてとしては持っていたけれど、２年前の当時はしょうもないことに過度な期待を抱いていたと思う。一人暮らしをはじめて、部屋はひとりでに綺麗にならないという事実を受け容れられずに、ひとえに自分のせいで汚れた部屋にキレていた。<br><br><br>　そんなダメ男の自分でも、一人暮らしにも慣れてきて、１年間外国で揉まれたりで自律する力がついてきた。まだまだだけど、少なくとも以前よりは。そして、自分なりに目標、つまり本業もやっと固まってきたのかなと思う。<br><br><br>　だから、２２歳の誕生日は、あれでも問題なくて、成長したんじゃないかなと思った。多分自分は幸せだと思う。最近は来月５日の大学間交渉コンペの準備につきっきりで、単調な毎日だけど。<br><br><br>　外だけに刺激を求めていたころの幸せは、その度合いは大きいけど持続性がなくて麻薬みたいな感じだった。内側の安定した幸せを積み上げていくことは、見た目は地味だけど、長期的にはとても大事なように思う。今頃やっとその価値を体感できるようになってきた感じがする。<br><br><br>　３０歳、４０歳の誕生日は何を思いどうすごしているんだろうか。それ以降は気にならない。４３歳で死ぬと思ってるから。<br><br><br><br><br><br><br><br>　そうすれば４３歳超えたら生きてるだけで幸せでしょう。<br><br><br><br><br><br><br><br>　<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>　キマった<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/n---may/entry-10703298460.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Nov 2010 22:20:08 +0900</pubDate>
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<title>ソーシャルアプリ×クリエイティビティ</title>
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<![CDATA[ お久しぶりです。twitterはじめたんでﾌｫﾛｰおねがいします！<a href="http://twitter.com/Sony_Shimmei">http://twitter.com/Sony_Shimmei</a><br><br><br><br>最近mixiアプリの「記憶スケッチ」<a href="http://mixi.jp/run_appli.pl?id=3774">http://<wbr>mixi.jp<wbr>/run_ap<wbr>pli.pl?<wbr>id=3774</a> にはまっています。<br><br><br><br>記憶スケッチとは、<br>自分で選択するか、ランダムで選ばれたお題（たとえば「聖徳太子」だとか）を何も見ずに描いてみよう！　というmixiアプリです。<br>使えるのは太さと色を自由に設定できるブラシ一本のみ、という非常にシンプルなつくりです。<br><br>これが面白い。<br>時間のある人は一度アプリを開いてみてください。<br>「みんなの絵」の欄をクリックすれば「鉛筆削り」から「織田信成」まで、多種多様なお題の絵がずらりと並んでいます。<br><br><br>大多数の絵は、「何も見ないで書け」ということや、マウスでを描きなれてないこともあって、小学生の落書きのようです（失礼！）<br>もちろん他方で、上手い人は本当に上手い。（「総合」をクリックすると投票数のランキング順でみられます。）<br><br><br><br>たとえば<br>「りんごを何も見ないで描け」<br><br>といわれればどんなりんごを描きますか？　ちょっと考えてみてください。<br><br>真っ白の背景。<br>黒でゆるやかなハート型の輪郭、へたを描く。<br>赤く塗りつぶす。<br><br><br>これでも確かに描けますが、それだけだと面白くないですよね。<br>リンゴ一つを描くにしても、背景食や、構図の取り方、色使い、質感の出し方などなど多様な表現方法があるわけです。<br>ここで、ランキング上位の人たちのりんごをみてみましょう。<br><br><br><br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/17/ff/j/o0652057210424187690.jpg"><img border="0" style="width: 497px; height: 435px;" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/17/ff/j/o0652057210424187690.jpg" alt="んめぃ in USA　的な-う１"></a></div><br><br><br><br><br>…うまいですよね!!　切ったリンゴから寝かせたリンゴ、果てはウィリアムテルのりんごの話まで、同じリンゴという題材でもさまざまなものがあってクリエイティビティを喚起させられます。<br><br><br><br><br><br><br><br>「キムタク」もみてみましょう。<br><br><br><br><br>「キムタク」澄香画伯<br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/d5/f3/p/o0500050010424188130.png"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/d5/f3/p/t02200220_0500050010424188130.png" alt="んめぃ in USA　的な-ｗ４"></a></div><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>「キムタク」momo画伯<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/07/e5/p/o0500050010424185738.png"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/07/e5/p/t02200220_0500050010424185738.png" alt="んめぃ in USA　的な-momoさん"></a><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>「キムタク」焼肉男爵画伯<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/6b/39/p/o0500050010424188203.png"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/6b/39/p/t02200220_0500050010424188203.png" alt="んめぃ in USA　的な-ｓｄ"></a><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>他にも「ミッキーマウスが絶対言わないこと」っていう使い方もあります<br><br><br><br><br><br><br><br>畠芋之助画伯<br><span style="text-decoration: underline;"><br><br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/54/83/p/o0500050010424188785.png"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/54/83/p/t02200220_0500050010424188785.png" alt="んめぃ in USA　的な-ｓｄ"></a></div><br><br></span><br><br><br><br><br><br><br><br>COO画伯<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/6c/d4/p/o0500050010424185735.png"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/6c/d4/p/t02200220_0500050010424185735.png" alt="んめぃ in USA　的な-COOさん"></a><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>やまだ画伯<br><br><br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/f8/65/p/o0500050010424185736.png"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/f8/65/p/t02200220_0500050010424185736.png" alt="んめぃ in USA　的な-やまださん"></a></div><br><br>↑ディズニーランド崩壊ｗｗｗ<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>「そう来たか!!」　　って感じに普通にインスピレーションがわいてきませんか？<br><br><br><br>僕の中でこのアプリのキモは、フォトショップなどのソフトとかと違って、ペイント以下の機能しかないことだと思うんです。<br>よくこんなの描けるな！と思うものでも、たった一つのブラシだけで描かれています。<br>たとえばりんごの投票ランキング上位に表示された、それぞれの小さな画像をクリックしてみると<br><br><br><br><br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/5b/1e/p/o0500050010424187692.png"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/5b/1e/p/o0500050010424187692.png" alt="んめぃ in USA　的な-う２"></a></div><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>よくよく拡大して見ると、数種類の色と限られた筆致で構成されていることがわかります。<br><br>あぁ、こういう風に描いてるんだ、って少し自分で描いたことがあればわかりますよね。<br><br>まず茶色に近い赤で、輪郭を描いて塗りつぶして、そのあと色を少し変えて光の加減をだして、一番光ってるとこは黄色を使って、その上から質感をだすためにオレンジで…っていう具合で。<br><br><br><br><br><br>今まですごく上手い絵を見ても、「どうせフォトショップとかのソフトつかわないとできないんでしょ」って思っていました。<br>その作者と僕との間の無限のへだたりが、このアプリにおいては一気に縮小して、作者が自分の延長上に現れる。　素人の僕でも相当のレベルの技術にアクセスできる。<br><br><br><br>そうなると自分でもそんな技術をいろいろためしたくなって、<br><br><br>最初こんな絵しかかけなかったのが<br><br><br>『ドナルド』<br><br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/62/0f/j/o0240024010424186032.jpg"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/62/0f/j/t02200220_0240024010424186032.jpg" alt="んめぃ in USA　的な-１"></a></div><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>こうできるようになって（背景のグラデーションとかの進歩）<br><br><br>『ipod』<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/06/51/j/o0240024010424186033.jpg"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/06/51/j/t02200220_0240024010424186033.jpg" alt="んめぃ in USA　的な-２"></a><br><span style="text-decoration: underline;"><br><br><br><br><br><br></span>こんな絵が描けるようになりました。<br><span style="text-decoration: underline;"><br><br></span>『夕焼け』<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/96/65/j/o0240024010424186034.jpg"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/96/65/j/t02200220_0240024010424186034.jpg" alt="んめぃ in USA　的な-３"></a><br><br><br><br><br>『四国』<br><br><div><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/6b/a5/p/o0500050010424186178.png"><img width="220" height="220" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100222/04/n---may/6b/a5/p/t02200220_0500050010424186178.png" alt="んめぃ in USA　的な-４"></a></div><br><br><br><br><br>技術を習得していくのが面白い!!　ここ数日は描いてないけれど。<br><br>パワポでもフラッシュ作成でも大学入試の数学でもなんでも、基本的な技術がからまりあっているだけ。一つ一つの簡単な技術を自分のものにしていくことで、一見到達不可能なところにまで知らず知らずのうちに登っている自分に気づく。（気づきたい。）<br><br><br><br><br><br><br>最近面白いなと思っていることは、一たび絵を描こうと意識して、題材探しに周りをみわたすと、世の中が違って見える!　ということです。<br><br>なんでもかんでも、文字通り輝いて見えるんです。<br><br>輝いて見えるんです<br><br>ネタではありません。<br>なんで輝いて見えるかと考えてみると、たとえばそのへんの石っころでも、本気で模写しようと思えば、<br>太陽光の反射の加減、影の具合などに注意するため光に敏感になからかもしれません。それに僅かに表面に付着した緑の苔まで細部に目をこらさないといけないから、色が今まで以上に鮮明に目に飛び込んでくる。<br><br>そうすると、今まで２１年間完全に無視してきた石っころ一つの美しさに、不意に驚かされたりします。誇張じゃなくて本当に。<br><br>もちろん石とか木とか自然だけじゃなくて、人間がつくったものにも秩序の美みたいなのが感じられるようになったし、これはぼくの中では革命的です。芸大の友達が、「感性のスイッチをいれる」という表現を一度使っていたけど、こういうことなのかなと思いました。<br><br><br><br><br><br><br>アメリカに来てから、色々な経験をしました。　料理もちょっとだけだけどするようになったし、人の髪も一時期切っていたりしました。女の子のも切りました（！）<br><br>数パターンの基本的な技術をおさえておけば、あとは組み合わせ方でなんでもできるということを確信。数学みたいですね。<br>今ではいろんな料理や髪型を見るたびに、「お、そうきたか」、「こうやればできそうだな」とインスピレーションをちょっとだけいただけるようになりました。自分のクリエイティビティが刺激される。こういう経験は貴重ですね。<br><br><br><br><br>一見こうしたインスピレーションは、ビジネスや将来の仕事にあまり活きないように考えられがちです。<br>でも実は大いに関係があって、要は「思考の壁の打ち破り方」を複数学ぶことにつながるからかなぁ、と思っています。<br><br>一般的に僕たち人間の思考は、そのバックグラウンドや環境に大いに既定されています。日本ではなんとなくご先祖様がえらいと思っていますが、欧米のほうではそんな考えはおよそありません。バレンタインは女が男にチョコをあげることと日本人は思っていますが、アメリカでは逆です。<br>僕らが当たり前だと思っていることの多くには、僕たちを空気のように支配している文化伝統や、宗教などの思考様式が作用していると言っていいでしょう。<br><br>シンプルなことですがたとえば題材が「キムタク」で広島カープの木村内野手を描いたり、「りんご」でハイヒールリンゴを描くっていうのは、一つの思考の打ち破り方だと思います。<br><br><br><br><br><br><br>ここで、クリエイティビティって当たり前のように使っている言葉を定義したいと思います。<br>この言葉は近年やや安易に遣われる傾向がありますが、<br>たとえば絵を描いていれば、音楽をやっていればそれだけでクリエイティブなことをしているのかと問われればそうではないと思います。<br><br>僕はクリエイティビティは、「守・破・離」の「離」の部分を成す能力だと考えています。<br><br>といっても意味がわからない人も多いと思うので説明します。ちなみに「守・破・離」はすごく有名な考え方なので、覚えておいて損はない概念だと思います。<br><br>これは、６００年ほど前、室町時代の能の大家に、世阿弥（ぜあみ）という人がいるのですが、その著書の「風姿花伝」で語られていることばです。その意味は<br><br><br>何事も上達しようと思えば、<br><br>第一にすることは先人たちの型を「守」ること。剣道なら素振り、柔道なら受け身や各技、数学なら基本問題を、徹底的にやりこんで自分のものにする。<br><br>第二は、その型を色々なものに応用してみる破ってみる。「破」。武道でも現実の試合などでは完全に型どおりの動きばかりをやることは逆効果ですね。<br><br>そして最後第三、ぼくがクリエイティビティの存するところだと思う「離」。これは、自らのスタイル、新しい型を創造（クリエイト）するところです。師匠のスタイルから完全に離れて新しいスタイルを確立すること。<br><br><br>なんでわざわざこの「守破離」を引き合いに出したかというと、<br>僕はどんなものも、基本的な型たる技術の習得をなくしてはクリエイティビティはありえないと思うからです。クリエイティビティのキーワードは「型」。<br><br>たまに幼児が何気なく描いた絵が、ピカソの絵に似ていたりして「うちの子は天才！」と言いふらす親がいますが、これは僕の中ではクリエイティビティには入りません。（でも子供はほめてあげてください）<br><br>ピカソは、キュビズムというあの独特のスタイルを確立する以前、一般の画家と同じような模写的な絵を描いていたことで有名です。<br>また、東京芸術大学の美術科でも、まずやらされることは、膨大な量のデッサンだそうです。<br><br>つまり型を徹底的に身につける。そこから先にしか真のクリエイティビティはありえない。こういう考え方です。<br><br><br><br>翻って、ビジネスだとか将来のキャリアに話をからめてみると、実は多くの場合、クリエイティビティが欠如している原因は、「型」がしっかり定着していない場合が多いんじゃないか、ということを考えたりしています。<br><br><br>ちょっと前に、東大の入試問題の数学で<br><br>問．円周率（π）が3.05以上になることを証明せよ<br><br>という問題が出て有名になりました。色々な解法はありますが、円を描いてその中に六角形か一二角形をまた描いて、三角関数を使って解くのが一般的です。<br><br>これを解けない大学受験生（東大だけじゃなくて）の大半は<br>①基礎力がなかった（三角関数の応用レベル達していない）<br>②発想力がなかった（三角関数の概念を抽象化できていない。）<br>③基礎力と発想力どちらもなかった<br><br>のうち、おそらく①か③が大多数じゃないかとおもわれます。<br><br>たくさんの企業がしのぎを削りあうビジネスの世界では、発想力、つまりクリエイティビティが勝敗を分けることが多いでしょうが、基礎的なもの・型の存在が忘れがちになっていることに気づくことはそう簡単ではありません。<br><br>クリエイティビティを刺激されることで、同時に型の習得も意識する。そうなると強いですね。<br>いい作品を見ても、製作者の視点がないと、結局なんとなーく感動したよーうな気分になっておわり！　なんじゃないかなと考えたりしています。<br><br>そういう意味で、記憶スケッチとかのソーシャルアプリやツイッターといったもの、<br>今まで遠い存在だったものの「型」という道しるべを示してくれるもの<br>がどんどん出てきているていうのは、今後世の中に予想もしてなかったような化学反応が起きて、おもしろい世界がやってきそうな気がします。<br><br><br><br><br>
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<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 03:58:02 +0900</pubDate>
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<title>揺さぶられた</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Tue, 14 Apr 2009 16:00:25 +0900</pubDate>
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<title>友達</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Sun, 12 Apr 2009 01:43:19 +0900</pubDate>
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