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<title>なにゆえ？別館</title>
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<title>1周忌</title>
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<![CDATA[ 「もう１年になるんだね、早いね」<br>そう言ってくださる方が多い。<br><br>早いだろうか。<br>あっという間にも感じるけれど・・・この１年を、十年にも思えるほど長くも思う。<br>明日は、母の命日。<br><br><br>いろんな事情や都合で、法事を行っても呼ぶほどの身内がもうほとんどいない。<br>私と、弟と、そして叔父（母の弟）だけに声をかけ、納骨堂でお経をいただくだけにしようと考えた。<br>今日１日前倒しで、お寺に行ってきた。結局叔父は欠席し、私たち姉弟と、近親の友人だけで行った。<br>新盆も控えているので、あわせて繰り上げ法要としていただいた。<br><br>お寺を後にし、供養をかねた簡単な食事会をした。お気に入りの、ちょっと高級なお蕎麦屋さんの個室を予約していた。<br>母と生前よく行こうとしていつも定休日だった思い出のお店だ。<br><br><br>この数日の暑さで、思い出すのは去年のあの頃。<br>暑さで体力が落ち、そこに熱を出し、一生懸命冷やしてあげようとがんばったことを思い出す。<br>私もがんばってたなぁ・・・。<br>それ以上に、母は最期まで、本当にがんばってくれた。<br><br><br><br>ブログでつながったたくさんのお仲間さんたちは、元気にがんばれているのかな。<br>同じように、１周忌を迎えている方もいるだろう。<br><br>そして今日も病気と闘っている方も、たくさんいるに違いない。<br><br><br>ご無沙汰していてごめんなさい。<br>どうかどうか、がんばれていますように。<br><br><br><br><br><br><br>＝＝＝＝＝＝＝<br><br><br>ママへ<br><br><br>明日はママの命日だね。<br>そちらの世界はどうですか？<br>もう苦しみもなくやれているのかなあ。。。<br>それともやっぱり、修行の毎日とかなの？<br><br><br>私たちは、なんとかがんばってます。<br>ママが死んでから、あの長く住んでたマンション、引き払っちゃったよ。<br>弟とずっと二人で暮らすのは難しいしね・・・雪が積もる前に、と思って、１１月に引越ししたんだ。<br>長く住んでたから、退去費用は一銭も取られずに済んだよ。お陰様。<br><br><br>弟は、会社に少し近いところに住んだんだ。私は元の家の近くにした。引越ししてしまったら、もう弟と疎遠になっちゃうのかなあ・・・って思ってたんだけど、案外仲良くやれてる。<br>たまに会うと、まあ相変わらずの減らず口ばっかりだけどねえ・・・（笑）<br><br><br>ママの少し後にがんの宣告を受けたおじちゃんは、４月に亡くなったんだ。そっちで会えたりしたのかなあ？<br>亡くなる１週間前に、お見舞いに行ったんだよ。短い時間だったけど、たくさん話をして、ふたりでたくさん笑ったんだ。<br>別れ際、おじちゃんが私に言ってた。「なみ、お母さんにそっくりになってきたな」ってさ。<br>いやだねえ（笑）<br>おじちゃんが亡くなった後、何度かおばちゃんの家に遊びに行ってるよ。私も心細くしてるから、励ましあうみたいでありがたいんだ。<br><br><br>私は１１月に、仕事辞めちゃった。<br>引越しもあったから、落ち着いたら仕事探そうって思ってたんだけど・・・・<br>精神的にかなりヤバくってね（苦笑）<br>またダメになっちゃうかなあって思うくらい、辛い時間が長く続いてた。<br>そうしてるうちに、職業訓練の話があって、３月から８月までは、それにいくことにしたんだ。<br>だから今もまだ無職。<br>喪も明けたし、そろそろ仕事も探さないとね・・・。<br><br><br>パパとママが離婚した頃、パパの姓を名乗り続けることを望んだのはたしか私だったと思うけれど、ママが死んでしまったときに、それがこんなに大変な面倒を生むとは予想してなかったよ。<br>ママの死んだ後、いろんなことを勉強した。相続のこと、お墓のこと、宗教のこと・・・<br>納骨の悩みはきつかったなあ（笑）いろんなこと、難しいよね。<br>悩んだ結果、そこに置かせてもらったけれど、どう？居心地は悪くない？<br><br><br>昔、ばあちゃんと約束したことがあるんだ。<br>「親より先に死ぬな」<br>この約束、ちゃんと果たせたね。よかったぁ。<br>その一言があったから私、これまでがんばって生きてこれた気がしてる。<br><br>子供も生まないまま、人生終わることになりそうな私にとって、<br>生きていなくちゃいけない理由は、これでもう、なくなったなあ。<br>人生の義務は、果たした？<br><br><br><br>これからの人生について、ときどき考えるようになったよ。<br>他人は簡単に「幸せにならなきゃ」なんて言うけれど、幸せってなんなんだろうね。<br><br>ママがいつか、私に言った言葉・・・<br>「おまえはカタワなんだから、幸せになろうなんて思うな」<br>ママが言ったから、ではなく。<br>自分と、自分のなかのもう一人の自分が、同じことを私に言うんだ。<br><br><br><br>私はどうしてこんなに落ち込んでるんだろう。<br>ネガティブスパイラル、って言葉、ママ知ってる？<br>私多分、今それが重症って感じなんだよね。<br><br><br><br><br>ひとは、いつか生まれ変わるのかなあ。<br>ママは生まれ変わりたい？<br>もし生まれ変わっても同じような人生なら、別にいらない？<br>生まれ変われたらさあ・・・<br>今度は絶対、絶対に、「イイ男」みつけてね。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>ひとつお願いがあるんだ。<br><br><br><br><br>ママが宝くじ買うたびに「死んだばあちゃんが当ててくれないかなあ」ってお線香上げながら言ってたじゃない？<br>そして、はずれるたびに「ばあちゃん当ててくれない！」ってさ（笑）<br>私は、宝くじは当ててもらえなくってもいいんだけどね・・・まあ似たようなお願い事。<br><br><br><br>これから先の私の人生に、もしもなにもイイコトがないとなったら。<br><br>頼む、迎えに来てくれないだろうか。<br><br><br><br><br>それまで、なんとかやってみるよ。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-11314974228.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Jul 2012 17:01:08 +0900</pubDate>
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<title>回帰</title>
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<![CDATA[ 私の住む町にも、やっと春の声が聞こえてきた。<br>まだ雪が降る日もあるけれど・・・太陽の光を「あたたかい」と思い出せるようになった。<br><br>大震災から１年。先日の3/11には、あの日を思い起こす追悼番組がたくさん放送されていた。<br>私が思い起こしたのは、もちろん母のこと。<br>二人で、ただ無言で眺めていた報道・・・生きること、死ぬことから逃げ出したい気持ちでいた私たちに、現実を突きつけるような辛さがあった。<br><br>”これに比べたらママは幸せだね・・・”<br><br><br><br>何が、幸せなんだろう。<br>私には返す言葉が何一つ浮かばなかった。<br><br><br><br><br><br>去年の春、母が入院したころに、伯父が胃がんの告知を受けたと知らされた。<br>父の姉のご主人なので、母は長いこと疎遠だった。<br>伯父のガンもすでに発見段階でリンパ節まで転移しており、手術はできないといわれたという。<br>体育の教員をしていた伯父は、定期健診もきちんと受けていたのに。<br>鍛えていた体が仇になった、と言った人がいた。筋肉で隠れて、手遅れになるまで見つけられなかったのではないか、と。<br><br>伯父は、大学病院で抗がん剤治療を受けた。新薬の治験にも参加していた。<br>新年を迎えられないかもしれない、と当初言われていたが、抗がん剤治療が当初はよく効いていたようで、母の葬儀にも来てくださった。去年の秋には父方の親戚一同で温泉へも出かけた。雪が降るまでゴルフにも出かけていた。お正月には、娘夫婦と４人で温泉で年越しをしたと聞いた。<br><br><br>母の葬儀で泣き崩れている私に、暖かい笑顔で励ましの言葉をくれた伯父。<br>小さな頃から、両親のいざこざで多感だった私に、いつもそうやって理解の言葉をかけてくれた。<br>普段からしっかり者というレッテルを貼られている私の、弱いところを見ていてくれる伯父だった。<br><br><br><br>父に何度となく、顔を出しにいくように促していた。<br><br>「パパが顔を出すだけで、がんばってるおばちゃんの励みになるんだって。なにもしなくていいしなにもいえなくてもいいから、会いにいっておいでよ」<br><br>けれど・・・重い腰が上がらない様子だった。<br>若い頃からマージャン仲間でもあり、悪さも喧嘩もたくさん一緒にしていた仲良しだ。<br>けれどだからこそ・・・見舞いの言葉が、みつからないという。<br>弟がそうだったように、どうしてやればいいのかわからないのだろう。<br><br><br><br>そんな父から、連絡があった。<br>伯父の調子が、いよいよよくないと言う。最近になって急激に体重も落ち、食欲もなくなったそう。<br>やっぱり会いに行こうと思うから、お前もこいと。<br><br><br><br>様子を聞けば聞くほど、母のときに重なる。<br>おじちゃんの気持ちも、見守る家族の気持ちも、手に取るようにわかる。<br><br>してあげられることが、ないことも、わかってる。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>自分が辛い最中、私は同じ経験をした方からたくさんの励ましや、体験談を聞かせていただくことで、がんばることが出来た。<br>あのときは「いつか私も、誰かを励ませる側になりたい」と思っていたけれど・・・<br>未だに、私は・・・励まされる側だ。<br>アメーバの中でも、ぐるっぽの仲間さんたちを励ましにいきたい気持ちはあるけれど、まだまだできずにいる。<br><br><br>けれど、時間が待ってくれないことをよく知っているから・・・<br>せめて笑顔を届けにいこうと思い、伯父を見舞った。<br>がんばっている伯母の苦労話をただただ聞いた。<br><br>「わかるよ」<br>「うちもそうだったよ」<br><br>その共感が、少しでも救いになってくれますように。<br><br><br><br><br>・・・桜は見れないかもしれません、そういわれたと、伯母が言っていた。<br><br><br><br><br><br><br>心があの頃に引き戻されて・・・<br>しばらく泣かずに過ごせていたけれど、また泣き虫に戻ってしまった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-11207214617.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Mar 2012 16:46:38 +0900</pubDate>
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<title>刹那的に</title>
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<![CDATA[ 仕事を辞めてからもう少しで4ヶ月になる。<br>もうすぐ春になるのだろう・・・と感じる季節が来て、ふとこの冬を思う。<br>4ヶ月前の私は、ただ太陽と月に見守られて生きていたように感じていた。<br><br>悲しくて。<br>いろんな感覚が麻痺しているような時間のなかに、ただ身を委ねていた。<br>自堕落といえばそうなのかもしれない。<br>その悲しみが、寂しさではなく・・・怒りや恐怖であることを、自分で理解していても処理出来なかった。<br>仕事に行って、人と言葉を交わすことが、もう癒しにならなくなっていた。<br><br><br><br><br>それでも生きていくためには、働かなくてはいけないのだけれど。<br>もう・・・逃げ帰れる実家もなく、かじる脛もない。<br>養ってくれる人がいるわけでもないのだから。<br><br><br>だけど・・・今はまだ、社会が、とても怖い。<br><br><br><br><br><br><br><br>世渡り下手で、遠回りをして生きてきた私は<br>人と少しずれていると自覚している。<br>疳が強いのは生まれたときから・・・・<br><br>世渡りどころか、生きていくことにもかなり不器用だと思っている。<br><br>これから、どうやって生きていこうか。<br>最近はそんなことをよく考える。<br><br><br><br><br><br><br><br>考えた挙句・・・半年ほど、職業訓練に行くことにした。<br>学校、という受身な空間でゆっくり・・・ゆっくりと自分を立て直そうと思う。<br><br><br><br><br><br>自分を抱きしめられるのは、自分しかいない。<br><br><br><br><br><br><br>刹那的に生きるということ。<br><br>それでも、いいよね？
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-11187566536.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Mar 2012 16:01:37 +0900</pubDate>
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<title>半年</title>
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<![CDATA[ 今日は母の６回目の命日。<br>納骨堂へ行って、手を合わせてきた。<br><br><br><br>このブログを書くのは２ヶ月ぶり。<br>１２月からの新生活に向けた荷造りや引越し、荷解き作業であわただしい日々が続き、そんな中、私の精神状態もどんどん下向きになっていた。<br>１１月の後半に、仕事もやめた。<br>軽い派遣切り、という感じの退職だったけれど・・・結果オーライな気がしている。<br>その頃の私は仕事出来る状態では、なかったと思う。<br><br><br><br><br><br>まるで、人生まるごとを棚卸しているような気持ちになる引越しだった。<br>どれだけ泣いただろう。<br>どれだけ捨てただろう。<br>それでも、私がしなくてはどうにもならないのだから・・・と自分を奮い起こし、なんとかギリギリ退去の日を迎えた。<br><br><br><br>弟は、私よりも１０日ほど先に、新居で生活を始めていた。けれど退去日には休みを取って来てくれた。<br>私には難しい、重い処分品の片付けが大量にあり、二人で夜までかかってすべての荷物を出した。<br><br><br><br>母の遺骨も、退去日の午後から納骨してきた。<br>このときのために、手のひらほどの小さな分骨用の壷を２つ、用意していた。<br>弟に骨箱を開けてもらい、二人で骨を少しずつ、自分用に分けた。<br><br>本来ならば親戚を呼んで行うものだと思うけれど、私一人で、母を抱きしめお寺へ行った。<br><br><br><br>仏壇も兄弟１つずつ買った。<br>チェストの上にも載るほどの、小さな小さなサイズを選んだ。<br>これからは１ＤＫの狭いマンションで生活するので、それ以上の大きなものを置けなかった。<br><br><br><br><br><br><br>これで、全部終わり。<br>長く住んだこの部屋とも、お別れ。<br>壁の染みも、柱の傷も、全部全部覚えている。<br><br><br><br>本当に、もう、『帰る家』はなくなった。<br><br><br><br><br><br><br><br>引越ししてから、弟とケンカをしなくなった。<br>一緒に暮らしている間は文句の言い合いだったのに、なんだかお互いに優しくなった。<br>口には出さないけれど、きっと彼も、一人でいるのが心細いのかもしれない。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>仕事してないのに、人より時間がたくさんあるのに、荷造りも荷解きも、やってもやっても終わらないという感じで、年末まであわただしく過ごす。<br>年越しには、離れて暮らす父のところへ弟を連れて行った。<br>父はすでに新しい家庭を持っている。弟がそこへ行くのは、今回が初めて。<br><br>私は両親の離婚後も父とは時々会っていたけれど、弟はあまり会いたがらなかった。<br>なぜなら、母が嫌がるから。。。<br>母は「分かれても父親なんだから会ってもいい」と口では言っていても、私が会いにいってくると決まって不機嫌だった。毎回そのたびにケンカしたといってもいいほどに。<br>本当はいやなんだろうと、私も、弟も思っていた。<br>小さなころから、私はパパっ子。弟はママっ子。<br>弟は、母をかばう気持ちで、父に会わないと決めていたようだった。<br><br>だから、父の現在の奥さんに対して、うまくやってくれるのか不安だった。<br>けれど心配は取り越し苦労だった様子。。。気を遣ってくれるそのひとに、優しく接していた。姉が思う以上に、ちゃんとオトナなのだと感じる。<br><br><br><br>父を、私だって許してはいない。<br>一時は憎く思い、会いたくないと感じた時期もあったけれど、自分が生きていく中で「父」という存在がどうしても必要となる場面があった。<br><br>腐っても、父親。<br><br><br><br>いつか、このひとも死んでいく。<br>そのとき私は、もう後悔したくない。<br><br><br><br>ああしてあげたかった、こうしたかった、もっとそうすればよかった。<br>そう思うことをしたくないから。<br>弟にも、その気持ちが伝わることを祈っている。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>年が変わり、新しい暮らしが始まり、ほんの少し、顔を上げられるようになった。<br>それでもまだ、泣いている。<br>一日誰にも会わずに過ごす日も多い。<br>自分の話し相手は、自分しかいない。<br><br>悲しみがループして、寂しくて、なにもかも投げ出したくなることが何度もある。<br><br><br><br>ココで出会った、同じように見送った人たちの暖かい言葉を、振り返り思い出して自分を励ましたりする。<br>母と同じ病気で、今も苦しんでいる方、今日も泣いている方の、がんばっている様子を知って、自分を情けなく思う。<br><br><br><br><br><br>人の優しさに触れると、吸い込まれてしまいそうになる。<br>やっとの思いで立っているのに、座り込んでしまいそうな錯覚・・・<br>それが怖くて、優しい人を見ると、逃げ出したくなる。<br><br><br><br><br><br>つよくなりたい。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-11150543801.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 18:18:06 +0900</pubDate>
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<title>整理</title>
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<![CDATA[ ついに雪が降った。<br>今年は例年よりも２週間程遅い初雪だった。<br><br>季節は巡っているんだ、と改めて思う。<br>母の病気を最初に知った頃も、雪がたくさん積もっていた。<br><br><br><br>マイペースではあるものの、引越しの準備を毎日コツコツやっている。<br>処分に一番手間がかかるのは、母が嫁入りのときからある和ダンス２つ。弟と二人でマンションの外に出すことさえままならない重さなので、便利屋でも頼もうかとも考えた。弟の引越しは荷物が少ないので自力でやれるようだけれど、私は体力的に無理なので業者に依頼しようと考えた。何社か見積りをとるつもりだったけれど、最初に来た業者の担当者さんが母の和ダンスを階下まで降ろしてもらう作業もサービスでしてくれると言ってくれたので、ちょっと予算より高かったけれどソコに即決した。<br><br>その和ダンスの【上】に、何年も開けられることなく載っていた箱がいくつもあった。<br>中から出てきたのは・・・・<br>私や弟の書いた絵や手紙、幼稚園や託児所の連絡ノート、小学校からの通知箋・・・・<br>なんでこんなものを、後生大事にもってたんだ？？と弟と二人で笑いながら目を通した。<br>その箱が荷造りされたのはきっと、父と別居すると決めて家を出る頃。。。<br><br><br>ママありがとう、私たち姉弟のことを大切に育ててくれて。<br>改めて思う。<br><br><br>古い衣装ケースからは、私たち兄弟の中学や高校の制服、学生用のコートまで出てきた。どうして捨てずに持っていたんだろう？と考える・・・・きっと、高かったからじゃないのかな。。。ずっと貧乏暮らしだった私たちにとって、かなり高い買い物だったに違いない。無理して、何かをガマンして、切り詰めて買ってくれたんだろうと思う。だから捨てられずに取っていたんだろうか、と母の思いを詮索する。<br><br><br>枕元の整理カゴからは、なんと韓流スターの特集雑誌が数冊。。。週刊誌の特集ページを切り取ったものも出てきた。・・・・知らなかったな、好きだったなんて。<br><br><br><br>母も使っていたものの大半は処分するしかなく、なにか１つでも残したい気持ちはあっても、現実的には厳しかった。そんな中、弟がダイニングテーブルを持っていく、と言った。<br>そのテーブルは足の１つが外れかかっていて、ねじ穴も裂けているために修復も困難な状態だった。<br>通信販売で買った安価なテーブルだけれど、それも母にとっては「念願の」大きな買い物だった。<br><br>「足は外して、ブロックで代用してローテーブルにしようと思うんだ。ママががんばって買ったテーブルなのに、もったいない・・・」<br><br>そう言った弟を、いとおしく思った。<br><br><br><br><br><br>・・・・そんなこんなで、ちっとも捗らない整理。<br>胸がいっぱいになって泣いてしまうようなことばかり。。。<br><br><br><br>この部屋を退去するのは、母の４度目の月命日の日。<br>その日に、母も一緒に「引越し」することにした。<br>何度も何度も考えた挙句、母の実家の納骨堂に納骨することを決心し、弟にも了解をもらった。<br>この部屋を出るタイミングで納骨するのが、一番いいように思えた。<br>３人揃って、３人それぞれの、新しい住まいを。<br><br><br><br>あと２週間弱。<br>がんばれ、私。
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-11081737661.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Nov 2011 01:30:38 +0900</pubDate>
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<title>新しい生活</title>
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<![CDATA[ また月命日が来た。<br>３度目の月命日・・・・そうか、まだ３度目なのか。<br><br>私の住む街にはもうすぐ雪が降る。<br>気温が下がる一方なせいか・・・私の気持ちも一向に上向きにならない。<br><br><br>毎日ただ、その日その日を、次の一日を迎える為の必要最低限で過ごしている。<br>ゴミの日が来ても・・・次のときでもいいな、と思えば出しもしない。<br>弟の食事のしたくも、昨日のご飯が余っていれば茶碗も洗わない。<br>今日まで、という期限の予定だけをこなす。<br><br>風邪をひいて病院に行ってもよくならず、薬を２度も強いものに変えてもらう。<br>それでもよくならないけれど、仕事を休むことが許されない。<br>派遣ゆえ・・・いや、今の職場の体質だろう、『長期休暇や突発休みが多かったから今後は休むな』という命令で、吐き気がするほど咳込んでも仕事に行く。<br>ゆっくり休めないせいで長引くのか、気持ちが下向きだからよくならないのか・・・？<br><br><br><br>１０月が期限、となる作業があった。今の居住マンションの退去予告。<br>厳密には、もちろん来月だろうと３ヶ月後だろうと家賃さえ払っていればよいのだけれど、雪国の引越しは１１月に出来なければ大抵４月くらいまでお預けになる。<br>弟とここに二人で住むことも考えたけれど、いろんな面で離れて暮らすべきだと思っている。<br>考えた挙句、１１月いっぱいで退去します、と先日管理会社へ連絡した。<br>私も弟も新しい部屋探し中。まだ決まっていないけれど、概ね目処は立った。<br><br><br>一人暮らしの引越しなんて、荷物もたかが知れているけれど、今回は、現実には３人分の引越しと同じ感覚でいる。いよいよ、母の荷物を整理するときが来てしまうのだ。<br><br><br>この賃貸マンションに、２０年以上住んだ。新築のときからなので、部屋に対する思いいれは強い。<br>両親が離婚してからずっとお世話になっていた祖母の家での肩身が狭く、やっとの思いで始めたこの部屋での暮らし。当時にしては高い家賃だったけれど、母は家族３人で心置きなく暮らせるようにと、自分のいろんなことを犠牲にしてこの部屋を守ってくれた。<br>いわばこの部屋は、母の苦労の結晶だと思う。<br><br><br><br>荷造りを少しずつ始めるべきなのに・・・ダメな私はなかなか動けない。<br>だけどこれだけはがんばらなくちゃ。<br><br>・・・ちゃんとやれるだろうか、私。
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-11064489499.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Oct 2011 15:54:09 +0900</pubDate>
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<title>母の友人</title>
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<![CDATA[ 先日、葬儀に来てくださった方のうち住所を記してくださった全ての方へ、忌明けの挨拶はがきを出した。<br>私の住む地域では香典返しを当日済ませるので、ただの「四十九日終わりました」というだけのお知らせ。<br><br>それでも・・・一般よりも交通の便の悪い場所での葬儀だったにも拘らず、私達兄弟との面識もない方もわざわざ足を運んで来てくださったことに、重ね重ねお礼を言いたかった。<br>親族は数えるほどで、大半が母の友人・知人だった。だから、この機会を逃すと、お礼をいうチャンスもないかもしれない。<br><br>同時に、母宛の今年の年賀状の差出人の方の中で葬儀のお知らせをしていなかった方への「お知らせはがき」も作った。<br>葬儀の際の連絡は、母の携帯電話の電話帳と、年賀状の差出人のうち「私が認識している方」だけにしかしなかった。もともと母は葬儀など望んでいなかったことや、式場の場所が交通の便が悪かったもあり、私が母から「このひとはドコドコの誰々さんで・・・」と以前聞いた覚えがある方だけに知らせた。<br>なので、連絡していなかった方への事後報告を喪中はがきの季節より少し早い今のうちにと、準備した。<br><br><br>その知らせを見て、お供物を送ってくださったお友達が何人かいた。<br>みなさん手紙を添えてくださり、いつも年賀状で見かける名前でもどういう付き合いの方なのかわからない方も、その手紙を読むと謎が明かされてなんだかスッキリした。<br>母との思い出などが記された心温まるお手紙に、また涙が出た。<br><br><br><br><br>どちらのはがきも、節約して自分のパソコンで作ったものだった。<br>あて先を分けたり、新たな住所録作成をしたりと、結構手間がかかったけれど・・・そんなお手紙を頂いて、がんばってよかったと思った。<br><br><br><br><br><br>自分用の喪中はがきも作らなくちゃいけないのだけど・・・心積もりでは年内に引越しをしたいと思っているので、その目処が立ってからにしようと思う。<br>母の終わっていない手続きがあり、その結果によってタイミングを決めようと思っている。結果が出るのは今月末くらいだろうか。<br><br><br><br><br>てきぱきと、やれていればもっと早く動けるのだけど。<br><br><br>なにひとつ満足にやれていない。<br>掃除をするのも、茶碗を洗うのも、仕事にいくのも、遊ぶのも、億劫。<br><br><br><br><br>お金がいっぱいあったらなあ。<br>ひとり旅に出かけたいな。<br>知らない場所で、ただ景色を眺めていたい。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>何度もこの歌が頭の中で流れている。<br><br><br>『時間が　もしも味方なら　早く過ぎて欲しいのに』<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-11047157056.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Oct 2011 22:00:22 +0900</pubDate>
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<title>四十九日</title>
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<![CDATA[ 時間が癒してくれる、そう思いながら、毎日をただひたすら過ごしている。<br>まだ涙が出る。<br>折に触れ思い出す出来事がある。<br>毎日何かを悔やみ、悔やむたびに取り返せないことを繰り返し思う。<br><br><br>周りの人にとっては、きっともう「過ぎたこと」「終わったこと」なのは当然でもあり、わからないわけでもない。<br>私は、壊れかかっているんだろうか。<br>未だに・・・この半年の間にあった様々なことを突然フラッシュバックのように思い出し、辛く苦しく、声を上げて泣いてしまう。<br><br><br><br><br>先日、四十九日を迎えた。<br>故人が俗世から旅立つと言う。<br><br>まだ納骨先も決まっていない。弟はお骨をしばらく手元に置きたいと言うので急いでいない。<br>納骨先が決まらないために戒名をもらっていない。<br>せめて仏壇を用意しよう、と話してはいるけれど、近いうちに兄弟別々に暮らそうと思っているので、転居先が決まってからのほうがよいだろうと思い、それも少し先までお預けだ。<br><br>だから、四十九日も、特にお経が上がることもなかった。<br>せめてもと、近親者で集まり、お寿司をとってみんなで食べた。<br><br><br><br>母が唯一、自分の病気について打ち明けていたのは、同じマンションの隣人のおばさんだった。<br>その方と、母の一番の親友の方、そして葬儀に当たり特にお世話になった父の姉、その３人の方々へ、忌明けの挨拶を兼ね、母が最後まで好んで食べた「鯛味噌」を届けた。<br><br><br><br><br>時間が、止まってしまっているような錯覚と、嵐のように過ぎていく錯覚とが、同時にある。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>私、何をしてるんだろう。<br>何か忘れていないだろうか。
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-11025325071.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Sep 2011 21:55:18 +0900</pubDate>
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<title>アンサーダイアリー</title>
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<![CDATA[ 私だけが、変われない気持ちになる。<br><br>もうすぐ９月。寝苦しい夜もなくなり、日差しも少し優しく感じる。<br>夜には肌寒いことさえある。きっともうすぐ秋になる。<br>月曜日の次が火曜日で、次の燃えるゴミの日は４日後で、仕事の提出期限はいつだったろう・・・<br><br>時間は止まらずに進んでいる。<br>その流れに乗って、しなくてはいけないことが、日常が、こんなにたくさんあるのに、自分だけ立ち止まっているように感じる。<br><br><br>母が亡くなった日から４週間も過ぎていた。<br><br><br><br>ご飯だって作れる。洗濯だって出来る。電気代やガス代もちゃんと払った。<br>派遣の仕事だけど、なんとか辞めずに済んでいる。真面目に続けていけば、当分は暮らしていけるだろう。弟とあまり仲はよくないけど、それでも同じ家に住んでいるだけで少し安心する。<br><br>別にママがいないからと言って、不自由があるわけではない。<br><br><br><br><br>けれど、私は立ち止まっている。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>仕事柄、会社に行っても同僚と話をする機会があまりない。出勤したらまもなくお客様の対応に追われ、用件以外に誰とも大して会話せずに帰宅することも少なくない。<br>家に帰っても話し相手はいない。弟とも用事が無い限り話をしない。<br><br>だから・・・・<br>自分の中でループする感情。<br>昇華、出来ない。<br><br><br><br><br><br><br>この半年、ただがむしゃらに走ってきた。<br>迷いながら、泣きながら、苦しみながら、それでもただがんばるしかなかった。<br>がんばっていることが、自分の気休めだった。<br><br><br>けれどその先にあったのは、ゴールでは、ない。<br>終わった。終わったけれど、達成感など微塵もない。<br>後悔することや心残りは、あげてもきりがないほどある。<br>ここで反省しても・・・「次がんばろう」は、ない。<br><br><br><br>誰も、悪くない。<br>けれどこの感情を大別するなら「怒り」ではないだろうか、と思う。<br>悲しみでもなく、苦しみでもなく、哀れみとも違う。<br><br><br><br><br>誰かに聞いてもらいたい、という擁護欲求はあっても、それが「解決」にならないことは、<br>今日までの小さな出来事のなかで、学んでしまった。<br><br><br><br><br><br><br><br>今の私を癒してくれるのは、<br>時間の流れと、<br>このブログだけ。<br><br><br>吐き出すように止め処なく書いてきたけれど、このブログを通して出会えた「戦友」達に、言い尽くせない程、感謝している。<br><br><br><br><br><br>ありがとう、と言ってくれたあなたへ。<br><br><br>あなたが優しいから、私も優しくなれるのです。<br>ありがとう。
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-10998613246.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Aug 2011 21:30:54 +0900</pubDate>
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<title>回想</title>
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<![CDATA[ 母が入院してまもなくの頃、病院にある『癒しの部屋』の自由ノートに、弱音を書き込んだときに頂いたお返事を紹介します。<br><br>------------------------------<br><br><br><font color="#666699"><br>「わかってる！大丈夫！！」と思いながらも、本当は「大丈夫！」ではない気持ちが、良くわかります。<br><br>最期まで”耳”は残っていると言います。<br><br>たくさん”声”を掛けてあげてください。<br>きっと願いは届きます。<br>そして、また、逢えるのです。きっと、あなたを、この世界ではなく、痛みも暑さも寒さもない”楽”な世界で、あなたのいつか来る日をお待ちしているのですから・・・。<br><br>いつも近くで見守ってくれるでしょう。今まであなたがお母様にしてさし上げた事に感謝していると思います。<br><br>今は淋しく、悲しい気持ちでいっぱいでしょうが、私達は今、お母様の望まれることをたくさんしてさし上げましょうよ。<br>そしたら・・・思い出になりますよ。そう思います。<br><br>悲しみ、苦しみから”楽”で楽しい世界へ出発するのです。誕生するのです。<br>今は、その準備の途中におられるのです。<br><br>きっと、神様はお母様の誕生を楽しみにしていますよ。<br><br>残された私達は、たくさん思い出を作って、そして時々、引き出しの中から取り出して思い出しましょうよ。<br><br>いつか・・・いつか・・・<br>必ず光が見えます。<br>めげず、頑張らず、ね。<br><br><br>ある病棟ナースより</font>
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<link>https://ameblo.jp/na3chu/entry-10995370721.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Aug 2011 19:27:39 +0900</pubDate>
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