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<title>だるまのきもち</title>
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<description>ミッドメディアの教育プロデューサーです。仕事を通じて成長し、幸せになるためには？をテーマに気づいたことや感じたことを綴っていきたいと思います。</description>
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<title>ソーシャルメディアと距離感</title>
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<![CDATA[ <p>2011年始まった、と思ったらもう3月。</p><br><p>早いですね。</p><p>でも、ありがたいことに年明け早々いろいろと忙しくできて、とてもよいスタートが</p><p>切れたかな、と思います。</p><br><p>さて、最近感じること。</p><br><p>去年からtwitterやfacebookが浸透してきた。</p><p>で、周りの人の話を聞いていると気づかぬうちにコミュニケーションや関係が変わってきているように思う。</p><br><p>特にtwitterは「つぶやき」なのでフォローをするとそこから情報がフィルターがかかることもなく流れてくる。</p><p>時に見たくないものも目に入ってくる。</p><p>知らなくていいことも知る場合もある。</p><br><p>twitterが人と人との間に介在することで、リアルの距離感からぐっと近づく。</p><p>最初はそれが面白かったし、よりその人の知らない部分も知ることが出来てよかった。</p><br><p>でも、長く使っているとその弊害も出てきているように思う。</p><br><p>「つぶやき」という気軽なモノであるが故に、本音がでてしまったり、言いたいことをぽんとつぶやいてしまったりする。</p><p>そして、人と人の関係は変化することも多い。</p><p>よりよい関係になることもあれば、良くない関係になることもある。</p><p>その変化に関係なく、フォローという関係がある限り情報が流れ続ける。</p><p>さらに、フォローという関係は、ある意味リアルの関係のような「微妙な」距離感はおけない。</p><p>フォローをするか、しないか、もしくは解除するか、だ。</p><br><p>ソーシャルメディアで関係をつくるということは、その人と新たな関係をつくる、ということではないか？</p><p>「今までと同じ」ではない。</p><br><p>そうした変化が原因で、最近起こらなくていい人間関係の問題が起きているように思う。</p><p>とても些細なことだが、些細なことだからこそ、きちんと意識しないと、</p><p>知らない間に、気づかぬうちに、大きな影響を受ける。</p><p>それは良いものもあれば良くないものもあるだろう。</p><br><p>ソーシャルメディアが介在するようになって、明らかにコミュニケーションが変わってきている。</p><p>水の流れの中に石を置けばどんなに小さな石でもその流れに影響があるように、</p><p>人と人の間に新たなものが入ってくればコミュニケーションに影響がある。</p><br><p>私自身、違和感や変わってきているものを感じつつ、まだ「もやっ」としていて、</p><p>具体的にそれはどういうものか、それによって何が起こるのか、などはっきり認識できているわけではない。</p><br><p>でも、とても違和感を感じることがあるし、「変わってきている」ことは確かだと思う。</p><br><br><br>◆最後まで読んでいただきありがとうございます。よろしければクリックをお願いします◆<br><br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 <a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" width="125" height="41"></a><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 03 Mar 2011 20:50:57 +0900</pubDate>
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<title>今年を振り返って</title>
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<![CDATA[ <p>早いもので、本日業務最終日です。</p><br><p>今年はこれまで以上に短く、苦しい1年となりました。</p><br><p>でも、その一方で、とても大切なことにも気づくことのできた1年でした。</p><br><p>今年1年で気づいた大切なこと。</p><p>それは、「いかに周りの人たちに助けられているか」</p><p>ということです。</p><br><p>もし会社の運営側にまわることなく社員として働いていたら、ここまでの気づきは無かったと思います。</p><p>今までは、「自分の力でやっている」という気持ちがとても強かったと振り返って思います。</p><p>でもそうではない。</p><br><p>仕事を下さった方々や応援して下さっている方々にこれまで以上に感謝の気持ちがわき上がってくるとともに、信頼して頂いている方々に対する責任として仕事をやり遂げなければならない、という気持ちになりました。</p><p>それまでは、「自分がやりたいかどうか」という気持ちが強くあり、仕事に対する気持ちのムラがあったと思います。</p><br><p>自分が信じた道を進む環境があり、応援をして下さる方がいるのはとても幸せなことだと本当に思います。</p><br><p>来年はこの想いをカタチにできるようにさらに努力、集中していきたいと思います。</p><br><p>いかに不安で固まらずに「今」に集中して力を出し切れるか、が来年の課題です。</p><br><p>1年間応援して下さった皆様、気にかけて下さった皆様、ありがとうございます。</p><p>来年もよろしくお願い致します。</p><br><br><br><br>◆最後までお読みいただきありがとうございます。よろしければクリックをお願いします◆<br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img width="125" height="41" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" border="0" complete="true"></a> <br>
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<pubDate>Wed, 29 Dec 2010 18:11:28 +0900</pubDate>
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<title>経営者視点をもつ!?</title>
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<![CDATA[ <p>事業立ち上げに参加して早3年です。</p><p>以前も数名のベンチャー企業で、それなりにやっているつもりでしたが、</p><p>やはり「つもり」で、自分で事業の中心メンバーとして仕事をたことでだいぶ視点が変わりました。</p><br><p>従業員の視点から、経営者の視点に。</p><br><p>そこで思うのは、<font color="#fa8072"><strong>「従業員の立場で経営者の視点になるのは極めて難しい」</strong></font>ということ。</p><br><p>会社を経営する、というのは非常に苦しく、厳しいことだと痛感しています。</p><br><p>「毎月お給料を頂くことがどれだけありがたいか」、「仕事を頂くことがどれだけ大変でいかに苦労の積み重ねの結果であるか…」。</p><br><p>もちろん頭ではわかっていました。</p><p>でも実感はしていなかった。</p><p>ゼロから事業を考え、会社を知っていただき、顧客を開拓する大変さがわかっていなかった。</p><p>社長がとってきた仕事を「やらせてもらって」いた。</p><p>仕事があることは、当たり前ではない。</p><br><p>そして今思う。</p><p>「これは体験した人にしかわからない苦労だ」と。</p><br><p>研修プログラムなどを考える際に、もう少し経営者の視点で考えられればと思っていたが、やはり歩み寄ることはできても、経営者の視点にはなれない。</p><br><p>そして、そのずれから不満やいきちがい、といった組織の問題が起こる。</p><br><p>ただ、このとき、社員に「経営者の視点になれ！」といってもおそらく限界があると思う。</p><p>ここは経営者側が見極めた上で、落としどころを設定するのが現実的だと思う。</p><p>「双方立場が違うから、実感として理解することは限界がある」</p><p>という前提にたって、双方が最も幸せになれる着地点を探るしかない。</p><br><p>このとき、経営者は（少なくとも私たちは）、私たちの会社に関わってくれた社員に対して思い入れがあるため、期待しすぎたり、思いをかけすぎてしまったり、それによって感情的な気持ちになったりする。</p><p>そこをいかに冷静に着地点を探れるか、が社員や関わってくれる人が居心地よく長く一緒にやってくれる鍵なのだと思う。</p><br><p>そういう意味でも、私はまだまだ成長が必要だ。</p><br><p>◆最後まで読んでいただき、ありがとうございます。よろしければクリックをお願いします◆</p><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" width="125" height="41"></a> <br><br><br>
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<pubDate>Tue, 05 Oct 2010 20:56:31 +0900</pubDate>
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<title>自分の限界をどうこえるか？</title>
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<![CDATA[ <p>前回のブログで、「成長するためには自分を越える必要がある」</p><p>という内容を書いたが、その続きで気づいたことがあったので書きたいと思う。</p><br><p>これも、仕事の現場で学生さんを見ていて思ったのだが、</p><p>「ある程度ちからがつくまでは、自分を越えるための環境が必要」</p><p>だということ。</p><br><p>というのは、「自分を越える」というのは自分の限界を超えることであって、</p><p>自分の想像できる範囲外の部分である。</p><p>だから、経験値があっても難しいが、そうでないうちは特に、</p><p>自分の創造できない部分に向かっていくのは難しく、</p><p>「今頑張っている状況」に満足してしまうことが多いと思う。</p><br><p>しかし、「今頑張っている」と感じる範囲を超えなければいけない。</p><br><p>そのためには、「それはできない！」と感じる仕事や課題を上司や先輩などに</p><p>無理矢理やらされる必要がある。</p><br><p>そうして、逃げられない状況に追い込まれて、プレッシャーとどうしてよいかわからない混乱状況のなかで、</p><p>なんとかゴールまでたどり着く経験を重ねる中で、成長することができる。</p><br><p>当たり前だけれど本当にそうだと実感した。</p><br><p>だから、本人が頑張ることや課題に向かうマインドを持つことも重要だが、</p><p>導く上司や指導者も重要だ。</p><p>上司や指導者自身が自分の出来る範囲のことしかやってこない場合は、</p><p>適切な課題を与えることができない。</p><br><p>それに、上司自身が成長に向かっていないのに、部下にだけ成長を求めるようでは、</p><p>部下がついてこない。（私は絶対ついていかない）</p><br><p>昨今リーダー育成が必要だと言われるが、</p><p>まずはリーダー自身が成長に向かって課題に挑戦し、悩み苦しみ、なんとかゴールにたどり着く</p><p>経験をすること。</p><p>そして、そこで得た充実感や成長した経験を下に伝えていくこと、成長できる環境作りをすること、</p><p>それが必要だと思う。</p><br><p>そのためには、やはり「体験」以外にないと思う。</p><p>どんなに理論を学んで頭で理解していても、人は経験していないこと、実感していないものを</p><p>カタチにすることはできないと思う。</p><br><p>私は、幸い自分に難題を課してくれた（課してくれる）先輩がいる。</p><p>そして、それを乗り越える経験をすることができたしこれからも壁にぶつかっていきたい。</p><p>そうした経験や気づいたことを活かしながら仕事で合う方々とこれからも成長していきたいと思う。</p><br><br><br><p>◆最後まで読んでいただきありがとうございます。よろしければクリックをお願いします◆</p><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" width="125" height="41"></a> <br>
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<link>https://ameblo.jp/nabedaruma/entry-10665325633.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Oct 2010 17:49:30 +0900</pubDate>
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<title>現場で気づくこと</title>
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<![CDATA[ <p>9月から大学の授業でビジネス体験プログラムのお手伝いをさせていただいています。</p><br><p>そこで気づいたこと。</p><br><p>人は自分を越えないと成長しない、ということ。</p><br><p>どうしても、周りや過去の状況など自分が「今わかる」範囲でをゴールにしてしまう。</p><p>例えば「去年こうだったから今年も同じでよい」など。</p><p>もちろん、契約上の「業務」は同じかもしれない。</p><p>でも、細かい部分で去年や過去を越えないと、満足や感動は生まれない。</p><br><p>もちろん時と場合にもよりますが。</p><br><p>私も、できないことをやることには不安もあって、上司（今のボスです…）により高いことを求められて、「どうしてそこまでやらないといけないのか？？」と思ったときもあった。</p><br><p>でも、今思えば、それでも無理矢理でもやってきてよかった。ということ。</p><br><p>筋トレもそうかもしれないが、できないことをやっていかないと、それ以上成長しない。</p><br><p>そして、やっているときは、苦しい、とても苦しい。「これが成長につながるから…」</p><p>などときれいごとは言っていられない。</p><br><p>でも、その仕事が終わったとき、できないことが出来たとき、気づくことがあったとき、とても感動するし、自信につながる。</p><p>「本当に頑張って良かった」</p><p>と心から思える。そして、次につながる。</p><br><p>私も、彼らにそういうことを伝えたいし、自分自身も限界を決めないメンバーとこれからも面白いことにチャレンジしていきたいと思う。</p><br><p>◆最後まで読んでいただきありがとうございます。よろしければクリックをお願いします。◆</p><br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" width="125" height="41"></a> <br>
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<link>https://ameblo.jp/nabedaruma/entry-10652242905.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Sep 2010 19:52:59 +0900</pubDate>
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<title>お金と幸せ（前回のつづき）</title>
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<![CDATA[ <p>前回、読売オンラインの記事で、収入と幸せ感の相関関係についての調査結果が掲載されていて、どうもしっくりこない、ということを書きました。</p><br><p>その後、もう一度考えてみたら、何が一番しっくり来ないのかわかりました。</p><br><p>それは、「感情的幸福」の項目の例として「昨日笑ったか」が挙げられていたこと。</p><br><p>他の項目がわからないのだが、本質的な幸福ではなくて、表面的な幸福を指しているのではないか、と感じた。</p><p>「つらい」とか「大変な状況」であることとイコール「幸福でない」とはならない。</p><p>むしろ、「大変な状況」だからこそ、成長できたり、気づくことがあり、その過程を得て人としての成長があり、後から考えて、あのとき頑張ったことがよかった、と思う。</p><p>「大変な状況」とは幸せにつながる道であることも多いし、そういう道を歩いていることが幸福ともいえるのではないか？</p><br><p>遊びの「楽しい」と苦しいけれども充実した「楽しい」が違うように、「幸福」も一過性の「幸福感」とより本質的な「幸福な生き方」には違いがあるように思う。</p><br><p>この記事からはどうも表面的な状況を指しているように感じてしまう。</p><br><p>これからは、こういうことの軸を一人一人が自分の中に持つことがより大切になってくると思う。</p><p>表面的な情報やメディアに踊らされることなく、自分の軸をしっかり確認して、地に足をつけて、頑張っていこうと思う。</p><br><p><br></p><p>◆最後まで読んでいただきありがとうございます。よろしければクリックをお願いします◆</p><br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" width="125" height="41"></a> <br>
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<pubDate>Thu, 09 Sep 2010 18:24:40 +0900</pubDate>
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<title>お金と幸せ</title>
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<![CDATA[ <p>今日の読売オンラインで「収入と幸福感の調査」についての記事が載っていた。</p><br><p>アメリカのプリンストン大学のダニエル・カーネマン教授らが調査された結果らしい。</p><br><p>米国人45万人以上を対象に調査会社が実施した電話調査のデータをもとに、年収と幸福の関係を分析されたということだ。</p><p>暮らしに対する満足度である「生活評価」と「感情的幸福」を自己評価するという方法で、「生活評価」は年収が増えると上昇するが、「感情的幸福」は年収7万5,000ドル（約630万円前後で頭打ちという結果だそうだ。</p><br><p>この記事のまとめの教授のコメントとして「高収入では満足は得られるが、幸せになれるとは限らない」と掲載してあった。</p><br><p>なんとなく、そうかな、とも思う。</p><br><p>ただ、「感情的幸福」の項目の例として「昨日笑ったか」が挙げられていたのが気になった。</p><p>どういう質問が他にあるのかわからないが、この調査の「感情的幸福」はどのようなものか、がわからないまま鵜呑みにするのもどうもしっくりこない</p><br><p>世の中の流れとして、「幸せはお金だけではないですよ」というものがあるんだな、ということは感じられるが、こういう調査結果の断片だけをみて、「そうだそうだ」というのはなんだか危険な気がする。</p><br><p>あまりそんなことばかり言っていると可愛げがなくなってしまうが…。</p><br><br><br><p>◆最後まで読んで頂きありがとうございます。よろしければクリックをお願いします◆</p><br><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" width="125" height="41"></a> <br></p>
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<link>https://ameblo.jp/nabedaruma/entry-10641984667.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Sep 2010 19:25:16 +0900</pubDate>
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<title>テスト</title>
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<![CDATA[ <p>ブログとツイッターを連動できるということで、設定してみます。</p><br><p>テスト　テスト</p>
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<pubDate>Mon, 06 Sep 2010 17:55:11 +0900</pubDate>
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<title>幸せとは？？</title>
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<![CDATA[ <p>私は、とても強欲な人間なので、「幸せ」に対する想いが強くあります。</p><br><p>幸せになるならがんばれる。</p><br><p>でも、それは、つらい道につながることも多いのです。</p><br><p>なぜなら、理想を掲げてがんばると言うことは、うまくいかないときに、がんばった分、その事実を受け止めるのが困難になるからです。</p><p>これはあくまで私の場合です。</p><br><p>「なぜこんなにがんばったのに、うまくいかないんだ」</p><br><p>「なぜこんなにやっているのに幸せにならないんだ」</p><br><p>こんな思いでいっぱいになります。</p><br><p>そうなると、幸せなんて考えない時より不幸せな気持ちになります。</p><p>自分を責めて現状を否定する。</p><br><p>でも、あるとき気づきました。</p><br><p><font color="#fa8072"><strong>「幸せとは、状況ではなく、幸せだと思うこと。もっと言ってしまえば、自分で幸せだと決めてそう感じること」</strong></font></p><br><p>幸せとは、自然発生的に感じるのだけではなく、幸せを自ら選ぶことができるんです。自分の意志で。</p><br><p>これは、結構大きな気づきでした。</p><br><p>だって、自分がそう思えばいつでもどんなときでも幸せなんですから。</p><br><p>そして、それに気づいたのは、とてもつらい状況の時でした。</p><p>つらくて、今がいやでどうしようもないとき、でもその状況を自分の力で変えられないとき。</p><p>そんなときに、つらいところから抜け出すためには、考え方を変えるしかなかったんです。</p><br><p>そうは言っても、もちろん、そう思えないときもたくさんあります。</p><p>でも、それに気づいてから、一般的に幸せと考えられている状況や他人と比べての幸せにとらわれることが少なくなってきました。</p><p>それに、幸せを見つける目を少し持てるようになったので、ちょっとしたことにも幸せを感じることができるようになりました。</p><br><p>これからは物質的なものを右肩上がりに得ることは難しい状況になってくるかもしれません。</p><p>そんなとき、幸せになるためには、そういう「考え方」を持つことが楽しく充実した人生を生きるための一つの方法だと私は思います。</p><br><p>◆最後まで読んで頂きありがとうございます。よろしければクリックをお願いします◆</p><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" width="125" height="41"></a> <br>
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<link>https://ameblo.jp/nabedaruma/entry-10638526343.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Sep 2010 22:51:21 +0900</pubDate>
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<title>これから生きる上で必要なこと</title>
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<![CDATA[ <p>今に始まったことではないが、</p><p>「これから日本はどうなるだろうか」といった大きな問題から、</p><p>「うちの会社はどうなるのか」</p><p>「私はどう生きればいいのだろうか」</p><p>といった個人レベルの問題に直面している人は多いと思う。</p><br><p>そして、「なんとなく不安」「なんとなく先が見えない」</p><br><p>という悶々とした悩みを抱えている人も多いと思う。</p><br><p>私は仕事を通じて、個人が生き生きと希望をもって生きていけるきっかけを一緒に作っていきたいと考えている。</p><br><p>その中で、何が必要か、もう一度考えてみた。</p><br><p>私が思うに、今私たちに必要なのは、<font color="#fa8072"><strong>「知性」</strong></font>ではないだろうか？</p><br><p>今の現状を深く考え、判断する力。</p><br><p>安易に小手先のテクニックや情報に飛びつくのではなく、「今何が起こっているのか」「何が問題なのか」</p><p>深く考え、自分なりの考えを持つこと。</p><br><p>知性、を調べるとそういう「力」だと書いてあるが、「力」そのものより、そういう行為が大切だと思う。</p><br><p>そいういう行為を怠り、安易にあたりのよいものだけを取り入れようとするから、考えもぶれるし、</p><p>うまくいかない。</p><br><p>そうではなく、また今の状況を単に憂うばかりではなく、それと向き合い、悩み、考え、先人に教えを請うこと。</p><br><p>地味で即効性があるというものではないが、一番それが着実な道なのではないか。</p><br><p>もしかしたら、自分で考える人が増えてしまったら、組織をまとめるのが多少困難な部分も出てくるかもしれない。</p><p>しかし、今企業が抱えている様々な課題を解決するためには、一人一人がきちんと考え、判断できる人材を育成することが必要なのではないだろうか？</p><p>それは「○○シンキング」などのフレームワークやテクニックではない。</p><p>それは、個人が考え抜いた上で、最後に使うツールにすぎない。</p><br><br><p>えらそうなことを書いてしまったが、私もまだまだ知性は足りない。</p><br><p>そして、会社のこと、これからの自分の人生のこと、課題は山積みだ。</p><p>ただ、これは考えるチャンスでもある。</p><br><p>課題がなくなることはないと思うが、一つずつ取り組んでいこうと思う。</p><br><p>◆最後まで読んでいただきありがとうございます。よろしければクリックをお願いします◆<br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a href="http://management.blogmura.com/organization/"><img border="0" alt="にほんブログ村 経営ブログ 組織・人材へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmanagement.blogmura.com%2Forganization%2Fimg%2Forganization125_41_z_leaffutaba.gif" width="125" height="41"></a> <br></p>
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<link>https://ameblo.jp/nabedaruma/entry-10636280731.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Sep 2010 15:15:14 +0900</pubDate>
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