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<title>吾輩の猫である</title>
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<description>今年3歳になる雄のロシアンブルー。その、ボルクという名の猫との生活を綴った気ままなエッセイ。時々、ミニ紀行なども書いています。</description>
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<title>Vol.112　吾輩の猫である。番外編“バンコクで逢いましょう”その3</title>
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<![CDATA[ <strong><font color="#FF1493">バンコクで逢いましょう　3</font></strong><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110830/22/naikaku-takame/cc/a2/j/o0648048411452500778.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110830/22/naikaku-takame/cc/a2/j/o0648048411452500778.jpg" alt="$吾輩の猫である-royal" border="0"></a></div><br><br><font size="5">バンコクのホテル住まいとセンチメンタリズム</font><br><br>　かなりの間、このブログの更新をさぼってしまった。あの大震災の後、なんだか文章を書くのが嫌になったこともあったが、Facebookの面白さにかまけてアメブロをさぼってしまったというのが本音かもしれない。Facebook、やばいです…<br>　さて、大震災後、僕はバンコクを4月と6月の2回にわたって訪れた。この時期のバンコクはかなり暑く、雨季でもあることから天候状態は極めてワイルドな様相となる。バケツというよりもバスタブをひっくり返したようなスコールが降り、大型の撮影用ストロボを1,000台同時に炊いたような稲妻が走り、だけどそんなショータイムはだいたいが30分ほどで終わる。そしてグラグラと煮立った太陽が再びひょっこりと顔を出す。<br>　僕は、バンコクという都市が、この南国特有のワイルドな自然をしっかりと感じさせてくれるところが好きだ。繁華街の人込みを歩いていても、タクシーに乗っていても、大きなショッピングモールの中にいても、そこが南国であることをバンコクは主張しているような気がする。この感覚は、もちろんホテルで過ごしている時も同じだ。僕はバンコク滞在中、ほとんどの場合をコンドミニアム（アパートメントハウス）に宿泊する。コンドミニアムは、機能も規模もホテルとあまり変わらないのだが、部屋のアメニティの種類が限定されていたり、最上階にバーラウンジがなかったりと、ホテルに比べてホスピタリティの“量”が少ない。そして、長期滞在に適した安価な料金設定が、ホテルとは大きく異なるところなのである。日本の都心のホテルでいうところの“スイートルーム”の広さと仕様で1泊6～7,000円は、コンドミニアムならではだろう。<br>　人にもよるだろうが、僕の場合、宿泊3日目くらいから、そこが自分の家のような感覚になってくる。着替えをクローゼットの決まった場所にしまい、歯ブラシの置き場所を決め、机の上のメモ用紙に走り書きが溜まっていく。部屋のバルコニーから見える景色にも慣れてきて、「アユタヤの方は雨だな」なんてのん気なことも頭に浮かんだりする。そして仕事の合間に要領よく時間を作り、部屋で昼寝をむさぼっていると、どんなPAシステムよりもすごい雷鳴に目を覚ますことがある。そんな場合は寝ぼけていることが多く、目を覚ました部屋が自分の家ではないことに少し不安を感じる。<br>　バンコクに出かけると、自分が生きているということ、そしていつかは死ぬということを、不思議に考えてしまう。それは多分、この国の人たちが信仰に厚いからだと思う。この感覚はローマに長く滞在した時も同じだった。僕の中に希薄な“信仰”という観念を、その国の何かがセンチメンタリズムに置き換えようとするのだ。バンコクでのホテル住まいは、僕を解放してくれる代わりに、ホテルの部屋で独りになった僕に様々なことをインストールする。灼熱の太陽も、ワイルドなスコールも、破壊的な雷鳴も、宝石やお金だって、この国のすべては人の生と死につながっているような気がする。<br><br>※次回はホテルで自炊編の予定です<br><br><font size="1">ぽちっと↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1661"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1661_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><font size="1">こちらも↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1348"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1348_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><strong>ARP on YouTube</strong><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=Uhkg38z5bjw" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=Uhkg38z5bjw</a><br><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=lguBY2JEbeM" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=lguBY2JEbeM</a><br><br>
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<pubDate>Tue, 30 Aug 2011 22:52:12 +0900</pubDate>
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<title>Vol.111　吾輩の猫である。億ションの谷間で思ったこと</title>
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<![CDATA[ <font size="5">その揺れは、明らかに不気味だと感じるものだった</font><br><br>　あの地震の時、僕は東京・青山の事務所で仕事をしていた。某エアラインのタイムテーブルの校了が迫っていて、暇が続いていた最近には珍しく電話やメールのやり取りに追われていたのだ。最初の大きな揺れがあったのは、ちょうど入稿のための最終チェックが終わろうとしていた頃だった。振幅の大きな横揺れが、デスクの上に載っている写真立てやらペン立てを倒した。僕は直観的に、本当に直観的に「来たな！」と思った。都内で仕事をして横浜に住まいを持つという暮らしをしていると、地震は決して珍しいものではない。むしろ慣れっこになってしまっているのだが、この時の揺れにはとても悪意に満ちた強力な意思のようなもを感じた。<br>　僕のデスクの前は明りとりのガラス窓となっているのだが、そこから見える生垣も街灯も何もかもがゆらゆらと揺れていた。電線も縄跳びの縄のようにたわみ、ガラス窓も強い揺れに耐えるようにきしんでいた。ただ、事務所の中はそれほど揺れているような感じがなかった。だから、不思議なくらいに恐怖感を感じなかったが、事務所の外に見える光景には「ただ事ではない」ものを感じたのは確かだ。誰かが「外へ出ろ！」と叫んだ。事務所にいたスタッフはその声に従うようにしてビルの外へ出た。でも僕は、外へ出るのを躊躇した。外へ出ることによって、この気持ち悪い地震と対峙することが怖かった。一人で事務所の中で残っていると、次の揺れがやってきた。一瞬、ほんの一瞬だが照明が瞬くように消えて点いた。ラジオからは、早くも東北地方で震度8近い地震があったことがアナウンスされていた。僕は我に返って妻に電話してみるが、もちろんつながるわけがなかった。まだ余震は続いていたが、大きな揺れがなくなってきたので、僕は事務所の外へ出てみた。余震のたびに、駐車場に停めてある大きなベンツが、安っぽい遊園地のアトラクションみいたいに揺れていた。上空にはヘリコプターが飛び、少し離れた青山通りにはヒステリックなサイレンの音が行き交う。東京は震度5強。多分、生まれて初めて体感した規模の地震だった。<br><br><br><font size="5">他の場所にいる人とつながることが、<br>大きな安心につながる。</font><br><br>　この地震では、事務所にいたこともあって、災害時におけるいろいろな通信手段を試すことができた。携帯電話と固定電話は不通。これは普段から言われていた通りでもある。しかし、試しにWi-Fi経由でインターネットにアクセスさせたiPhoneのSkypeをサインインしたままにしておいてみたところ、ほぼ通常通りに通信することができた。また、Viberも威力を発揮。相手が3G回線だとしてもかなり確実にアクセスすることができた。<br>　海外の取引先や海外に住む知人・友人からも、地震後、そう時間が経たないうちから頻繁にコンタクトがあった。このような時に、自分とは異なった境遇にいる人とつながることができると、とても大きな安心を得られることが分かった。どの人も、世界を駆け巡ったニュースを見たり聞いたりして、すぐに連絡してきてくれたわけだが、改めて情報のスピードの速さに感心させられた。誰かがどこかで操作しなければ、やはり情報は世界中を光のように駆け巡っているのである。（香港のクライアント）「東京は大丈夫なのか？」（僕）「僕は大丈夫だけど東京タワーが少し曲がったみたい」（香港のクライアント）「マジで？曲がる前に登っておけばよかった」みたいなゆるい会話をしていると、切迫していた気持ちも少し楽になる。いつも通り暮らしている人たちとつながっているんだ！と思えることで何かとモチベーションが上がる。<br>　そうこうしているうちに、また少し強い揺れが起こった。僕の事務所はちょうど億ション群の谷間に建つような小さなビルに入っているのだが、そんな周りの億ションの地震に対する免震性を目のあたりにした。それらの億ションは、まるで地震の揺れに同期するように、揺れるというよりも地面の上を滑らかに行ったり来たりしているような感じ。奢ったような表現をすれば、テンパっても優雅。<br>　さて、当然のように帰宅難民となった僕は、翌朝まで同じ境遇の知人たちと少しお酒を飲みながら過ごした。家には帰りたかったが、家人が無事だとわかれば無理をして帰る必要もない。これも他の場所にいる人とつながったことで、安心できたからかもしれない。<br>　今回の地震で被災された方々には、心からお見舞いを申し上げたい。
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<pubDate>Fri, 25 Mar 2011 00:23:32 +0900</pubDate>
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<title>Vol.110　吾輩の猫である。番外編“バンコクで逢いましょう”その2</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/03/naikaku-takame/6b/1d/j/o0384051211095141683.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/03/naikaku-takame/6b/1d/j/o0384051211095141683.jpg" alt="吾輩の猫である-LEXAS" border="0"></a></div><br><br><font size="5">亜熱帯のカーライフ</font><br><br>　昨年末に国際運転免許を久々に取得した。海外に出かけた時には、仕事中はたいがい誰かがクルマを運転してくれるし、フリーの時間はたいがいお酒を飲んでいるので、あまり国際運転免許の必要を感じなかった。ただバンコクでは、最初に訪れた時からちょっと運転してみたいな、と思っていた。それは多分、日本や英国と同じようにクルマは左側通行。走っている車種も、日本でおなじみのトヨタやベンツやBMWといった定番ばかりだからかもしれない。そこで今回は、現地のコーディネーターにクルマを借りて、実際にバンコクの街や郊外を自分の運転で走ってみた。<br>　ご存知の方も多いと思うが、バンコクは重度の交通渋滞で有名だ。近年は少しましになってきたとはいえ、週末の中心地は片側3車線道路がほぼ“駐車場”のような状態になる。5～6kmの距離の移動に軽く1時間を費やすのもざら。その理由にはいくつかあると思うのだが、まず交通量がインフラのキャパシティを超えていることが一つ。さらに市中のメインの交差点に道路の合流個所や鉄道の踏切が集中していることが一つ。そして、バンコクの人たちはあまり歩きたがらないというのが一つ。タクシーの料金も安いが、日本円にして数十円の料金から利用できるバイクタクシーは、完全に庶民の足代わりになっている。だから歩かない。ほんとに…。そんなこんなでクルマやバイクがあふれる市中を運転してみた。<br>　とりあえずは午前中の道路が空いている時間帯を走ってみたが、第一印象としては、全体的に運転がのんびりしている。テンションが低いというのかなぁ。メリハリがないと言ったほうがいいのかなぁ。ビッと走ってキュッと止まるのではなくて、多くのクルマがだらだらと流しているような感じ。タイの人は運転が荒いと聞いていたが、僕はむしろ“ゆるい”と感じた。きっとこれも渋滞の原因の一つなのだと思う。とにかく日本の市中で運転することが多い人は、多分じれったいと感じるのではないだろうか。高速道路も走ったが、キックダウンして前の車を追い越して、さらに前を走る車に追いつきそうになったらエンジンブレーキを使う。そんな運転をしていると助手席に乗っているタイ人に「クルマが壊れちゃうよ」なんて言われてしまう。ステイタスを表現するためのクルマ文化はしっかりとそこにあるが、クルマを走らせることを楽しむ運転文化は希薄なのかもしれない。<br>　ステイタスといえば、タイでクルマを所有することは、日本と比べるとかなり大変なことである。それはクルマの値段が高いからだ。例えば日本で100数十万円のカローラクラスが、この国だと200万円を軽く超える。日本で400万円ほどのレクサスなど、なんだかんだで800万円近くになるという。しかもこれは日本円での価格表示。この価格をタイの通貨や物価基準・生活基準にマッチさせると、とんでもないプライスであることに気づくはずだ。というか一番小さいサイズのレクサスが800万円ですよ。日本でこの価格だったら、全く売れないと思う。でも、バンコクではけっこう走っているんですよ、レクサスが…。それにガソリンも思ったよりも高かったなぁ。<br>　空調にヒーターの設定がない、サイドとリアの窓ガラスはサングラスをかけたように黒いフィルム仕様、フロントの窓ガラスにも強力な紫外線カットフィルムを標準装備…。それでも亜熱帯のカーライフは、けっこう面白そうだ。クルマの中に収まることで、市中の暑さと喧噪からにわかに遮断されることの快感。そんなとても高価なクルマを所有したくなる気持ちが、何だかわかるような気がする。ちなみに写真のレクサスは、僕がバンコクで拝借しているもの。というのは嘘で、少しだけ高級なカローラをお借りしています。<br><br>※次回はホテルで自炊編の予定です<br><br><font size="1">ぽちっと↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1661"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1661_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><font size="1">こちらも↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1348"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1348_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><strong>ARP on YouTube</strong><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=Uhkg38z5bjw" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=Uhkg38z5bjw</a><br><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=lguBY2JEbeM" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=lguBY2JEbeM</a><br><br>
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<pubDate>Mon, 07 Mar 2011 03:54:29 +0900</pubDate>
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<title>Vol.109　吾輩の猫である。番外編“バンコクで逢いましょう”その1</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110306/18/naikaku-takame/98/ea/j/o0384051211093935406.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110306/18/naikaku-takame/98/ea/j/o0384051211093935406.jpg" alt="吾輩の猫である-プラトゥーナム" border="0"></a></div><br><br><font size="5">ショッピングで元気になれる場所。</font><br><br>　昨年の11月から仕事がらみでバンコクを数回にわたって訪れた。2ヵ月に1回のペースで滞在し、街の中をふらふらしていると、土地勘が付いてくるとともに、いろいろな場所に足を延ばしてみたくなってくる。そこで今回は、バンコクの中心街の一つであるサイアム駅から徒歩5分ほどの位置にある、プラトゥーナム市場に出かけた時のことを書いてみたい。<br>　バンコクは日本に比べて物価が安いという印象があるが、それはほんとうの庶民レベルのライフスタイルにおける物差しで言えることだと思う。確かにネイティブが使う屋台や食堂はビックリするほど安い。でも、ちょっとしたスーパーで売っているものの値段は日本の感覚と大して違わない。パスタを自炊しようとして一食分を買い物しただけで、軽く2,000円を支払うことになる。ましてこぎれいなレストランや居酒屋に入れば、まったく日本と同じ価値観で注文しなければならない。食事に関しては別の機会に書いてみたいのでこの辺にするが、とにかくバンコクは物価が安いのではなく、多くの庶民が必然的に“安あがりな暮らし”に甘んじているのだと思う。<br>　さて、プラトゥーナム市場である。乱暴な比喩をするなら、大きなアメ横のような市場だ。数え切れないほどの商店が800m×500mほどのブロックの中にひしめき、どの店先にも歩道をふさぐほどの商品が陳列というか積まれている。売られているもの実に様々だ。民芸品、カジュアルウェアー、パジャマやタオルや下着や靴下、靴、旅行バッグ、電化製品、携帯電話、怪しいブランドグッズ…。僕にはそんなプラトゥーナム市場で買いたいものがあった。それはパロディもののTシャツ。例えばPUMAなら“BUMA”というロゴが入って、あのプーマがけがをしているのとか、一番の傑作は、Starbucksのロゴをそのままのデザインで使ってロゴ名が“Starfu＊ks”になったやつ。これを日本で着て、気に食わない店員のいるスタバに着ていきたいと思ったが、とても人気があるようでどの店も売り切れだった。<br>　また、この市場での買い物で何が楽しいかというと、それは値段交渉である。Tシャツが1枚だと100バーツだけど、2枚買えば1枚が80バーツ！「それじゃさあ、お姉さん。5枚買うから1枚50にしてよ！」と僕が言う。お姉さんは「10枚買ってくれたら全部で550にしてあげる！」と応酬。そして負けずに僕が「よしわかった、30枚買うから1枚45でどう？」。するとお姉さん大笑いしながら「いいけど、あなた、そんなに持って帰れるの？」と。確かにそうである。僕は仕入れに来たわけでもないので、結局3枚200バーツで購入。最後のほうはろくに計算もできなくなっていて、もはやノリで楽しんでしまった。<br>　物を購入するという行為が、実にアナログで体にダイレクトに響くことだというのを、僕はこのプラトゥーナム市場で思い出した。きっと、アメ横や築地でもこうはいかないだろう。<br><br>※次回はカーライフ編の予定です。<br><br><font size="1">ぽちっと↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1661"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1661_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><font size="1">こちらも↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1348"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1348_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><strong>ARP on YouTube</strong><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=Uhkg38z5bjw" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=Uhkg38z5bjw</a><br><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=lguBY2JEbeM" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=lguBY2JEbeM</a><br><br>
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<pubDate>Sun, 06 Mar 2011 18:26:32 +0900</pubDate>
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<title>Vol.108　吾輩の猫である。また書いてみっか</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110301/18/naikaku-takame/9f/21/j/o0553041511083078891.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110301/18/naikaku-takame/9f/21/j/o0553041511083078891.jpg" alt="$吾輩の猫である-窓辺のボル" border="0"></a></div><br><br><font size="5">暖かくなれば、なんとかなりそうだ</font><br><br>　しらっとブログを再開します。前回の更新が昨年の10月21日。ということは4ヶ月以上もさぼっていたことになる。この間に何をしていたかというと、端的に言ってしまえば、新しいビジネスへのチャレンジ。こんな風に書くと、なんだかベンチャーの起業家みたいだが、全くそんなんじゃない。半ば“逃げ”にも似た感覚で、新しいビジネスに活路を見出そうとジタバタしてきた。してきた、というと終わってしまったようだが、実は現在も進行中。相変わらずジタバタしてはいるのだが、知り合いの美人のブロガーさんがおだててくれたこともあり、再開に踏み切ったというわけだ。<br>　考えてみると僕は、いつも誰かにおだてられるのを待っているような気がする。おだてられないと木に登れない。全く駄目なオヤジである。<br>　さて、来月で満4歳を迎えるまさしく“男盛り”のボルクはとても元気だ。最近は意思疎通能力も格段と向上し、何を食べたいのか（といってもカリカリとササミの2種類だけど）、トイレに行きたいのかをしっかりと伝えてくる。ただ、こちらが何か忙しい時にも訴えてきて、その要求を頑固なまでに通そうとするので、その時ははっきり言ってうるさい。しかし、小さな子供と同じでそんな意思表示を無視してしまうとコミュニケーションが徐々に希薄になっていってしまうのだ。だから、僕はまだまだいいほうだが、女房なんてまったくボルクのメイドさんである。最初は母親役なのかなとも思ったが、やっぱりメイドである。<br>　少し前のことになるが、女房が窓辺のコーディネートを変えた。何風なのかわからないが、僕は今まででこのコーディネートが最も好きだ。シルエットで映っているボルクも、そこそこ気に入っているみたいだ。ときどき、春のほんの先っぽのほうが見えるようになってきた。暖かくなれば、今のこの何とも言えない気分もなんとかなりそうだ。<br><br>※次回からは、また紀行文を書きます。この4ヶ月にタイを3回訪れたので。<br><br><font size="1">ぽちっと↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1661"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1661_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><font size="1">こちらも↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1348"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1348_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><strong>ARP on YouTube</strong><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=Uhkg38z5bjw" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=Uhkg38z5bjw</a><br><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=lguBY2JEbeM" target="_blank">http://www.youtube.com/watch?v=lguBY2JEbeM</a><br><br>
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<pubDate>Tue, 01 Mar 2011 18:15:54 +0900</pubDate>
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<title>Vol.107　吾輩の猫である。久々の更新なのだぁ</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20101021/17/naikaku-takame/a5/e3/j/o0369049110813573929.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20101021/17/naikaku-takame/a5/e3/j/o0369049110813573929.jpg" alt="$吾輩の猫である-昼寝前" border="0"></a></div><br><br><font size="5">なんだかんだと秋が来る</font><br><br><font size="2">　アップデートをさぼっているうちに、長かった夏が終わったようだ。ひと昔前だったら、短い夏、とか、あっという間の夏、なんていうように言われていたが、近頃の夏ははっきり言って長い。もう、このまま秋は来ないんじゃないか、と思わせるほどに、暑さが普段の生活の端々にまで染みついてしまった。<br>　でも、やっと秋が来たようだ。家の中では相変わらずTシャツ＆短パンだが、その恰好のまま家の外へ出るとちょっと弱気になってしまう陽気になってきた。床の上に寝転んで涼しさを求めていたボルクも、ブランケットの上で居眠りをするようになってきた。彼は相変わらず一人でいられない。その性格がますます色濃く出てきて、眠る時も誰かと一緒じゃないと、なかなか落ち着いてくれない。夜は僕と女房と一緒の部屋で寝ているのだが、昼寝は居間に用意してあるこのフカフカのベッドで寝ている。<br>　そんな彼の昼寝前のうつろなワンカットがこれ。ボルクも今のこの気候を猫なりに味わっている。それにしても、なんだか人みたいな表情だなぁ。</font><br><br><font size="1">ぽちっと↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1661"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1661_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><font size="1">こちらも↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1348"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1348_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a>
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<pubDate>Thu, 21 Oct 2010 17:05:35 +0900</pubDate>
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<title>2010夏 猛暑お見舞い申し上げます</title>
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<![CDATA[ 吾輩の猫を、いつも読んでいただき、ありがとうございます。<br>なかなか更新できないので、暑中お見舞いでも！<br>時候のごあいさつだと残暑かもしれませんが、残暑なんてまだまだザンショ！っていう気候ですね。<br>では、素敵な夏をお過ごしください。<br>更新にもご期待を！<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100811/19/naikaku-takame/02/e8/j/o0800106710687893288.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100811/19/naikaku-takame/02/e8/j/o0800106710687893288.jpg" alt="photo:01" width="300" height="400" border="0"></a></div>
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<pubDate>Wed, 11 Aug 2010 19:44:40 +0900</pubDate>
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<title>Vol.106　吾輩の猫である。茅ケ崎編　第3回</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100720/15/naikaku-takame/cc/55/j/o0373056010649295182.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100720/15/naikaku-takame/cc/55/j/o0373056010649295182.jpg" alt="$吾輩の猫である-砂浜" width="373" height="560" border="0"></a></div><br><br><font size="5">少年野球と投げ釣りの思い出</font><br><br><font size="2">　今年も甲子園出場を目指して、全国の各地で予選大会が行われている。乾ききった黒土のグランドで泥まみれになっている学生を見ていると、自分が子供の頃やっていた少年野球の夏の練習を思い出す。<br>　小学校4年生の夏、僕は同じクラスの友人に誘われて少年野球チームに入った。そのことを父に報告すると、父はどんなチームで何をやっているのかを確かめるために、よく練習を見に来ていた。父はそのうち、子供たちの世話役を兼ねたコーチのようなことを始め、僕の小学生生活はいつの間にか野球漬けになっていった。<br>　僕の父は昭和ひとケタ生まれにしては大柄な人で、身長は180cmほど。どちらかといえば肉付きのいいほうだったので、小学生にしてみれば“かなりでかいオッサン”だった。父の相棒だったチームの監督も大柄な人で、僕は、そんなでかいオッサンコンビから野球のイロハを教えてもらった。そのせいか僕の野球スタイルはダイナミックさを求めるパワープレイが基本だった。<br>　日曜日の朝は、父が運転するスーパーカブの後ろに乗って野球の練習へ向かった。バイクの後ろに乗るのは楽しかったが、なんだか拉致されてグランドへ向かうような気分の日もあった。夏の暑い日にグランドで練習をしている時、クラスの友達が何人かで連れ立ってプールへ行くところを見かけると、心が妙に揺れたのを覚えている。<br>　少しふてくされた気分で練習に参加していたある日、父が僕に「練習が終わったら釣りに連れて行ってやる」と言った。その日の午後、昼食を済ませた父と僕は、再びスーパーカブに二人乗りして海岸へ向かった。茅ケ崎の海岸は今よりも砂浜がずうっと広かった。サーファーもいなかったので、砂浜からの投げ釣りにはうってつけだったのだ。釣り糸の先端に仕掛けを付け終えると、父が大きく振りかぶってから竿を投げ降ろす。太い腕と竿がしなり、ビュンという風を切る音とともにリールから糸が伸びていき、波打ち際のずうっと向こうへ仕掛けが飛んで行った。<br>　僕は野球をやっている時よりも、釣りをしている時の父の方が好きだった。釣りをしている時、父は父親というよりも一人の男として振舞っていた。今でも僕は砂浜に立つと、父が竿を振り下ろす時の豪快なシーンを思い出す。</font><br><br><font size="1">ぽちっと↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1661"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1661_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><font size="1">こちらも↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1348"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1348_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a>
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<pubDate>Tue, 20 Jul 2010 14:34:30 +0900</pubDate>
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<title>Vol.105　吾輩の猫である。茅ケ崎編　第2回</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100715/15/naikaku-takame/65/a4/j/o0552035310640552095.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100715/15/naikaku-takame/65/a4/j/o0552035310640552095.jpg" alt="$吾輩の猫である-海の公園" border="0"></a></div><br><br><font size="5">生まれて初めて泳げるようになった夏</font><br><br>　<font size="2">茅ケ崎に住んでいるからといって、みんながみんな波乗りをするのかというと、まったくそんなことはない。泳げない人だってたくさんいるし、海そのものをあまり好きでない人だっている。つまり、長野の戸隠に住んでいる人たちすべてがスキーやスノボをするわけではないのと同じなのである。<br>　僕は茅ケ崎に移り住んだ時、まったく泳ぐことができなかった。だからプールもあまり好きではなかったし、海に行った時も砂浜で“砂のお城”を黙々と作っているタイプだった。しかし、茅ケ崎という土地において普通に楽しい小学生の夏を過ごすには、どうしても泳げるようになる必要があった。<br>　僕が小学生だった頃は、茅ケ崎海岸にはもちろんライフガードもいなかったし、きちんと管理された海水浴場という概念もなかった。だから子供たちはそこにある海岸で適当に泳ぎ、砂まみれで潮まみれの体を近くの市営プールできれいにしてから家に帰った。そんなふうにして日に日に日焼けしていくのがスタンダードな小学生だった。<br>　茅ケ崎に住み始めた最初の夏休み。僕は母親にお尻を押されるようにして水泳教室に入った。きっと、僕が「スタンダードな小学生になりたい」というようなことを言ったので、じゃあ水泳教室に行けば、となったのだろう。<br>　僕はバタ足からスタートし、なんとかクロールのような泳ぎができるようになっていった。そして教室の最終日には水深の深いプールで25mを泳ぎきるという試験のようなものがあった。僕はその試験で必死に泳いだ。まっすぐ泳げずに蛇行するものだからプールの対岸がとても遠い。もうだめかも、と思ったときに指の先がプールの淵に触れた。スタンダードな小学生になるんだ！という強い決意は、こうして結果を生みだしたのだ。<br>　生まれて初めて泳げるようになった夏。僕は毎日のようにプールに通った。友達の中に混ざって遊んでいる僕はきっと、茅ケ崎に住む前から当然のように泳げたような顔をしていたのだと思う。</font><br><br><font size="1">ぽちっと↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1661"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1661_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><font size="1">こちらも↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1348"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1348_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a>
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<pubDate>Thu, 15 Jul 2010 14:59:36 +0900</pubDate>
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<title>Vol.104　吾輩の猫である。茅ケ崎編　第1回</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100705/15/naikaku-takame/e4/5d/j/o0524038410624634449.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100705/15/naikaku-takame/e4/5d/j/o0524038410624634449.jpg" alt="$吾輩の猫である-夏空" border="0"></a></div><br><br><font size="5">子供ながらに、<br>ここはカリフォルニアであると思った日。</font><br><br><font size="2">　実際の話、小学3年生の子供がカリフォルニアがどのような土地なのかなんて分かっているはずがない。でも、当時その年齢だった僕には、その茅ケ崎というところが、どうしてもカリフォルニアに思えたのだ。<br>　1960年代の終わりころ、僕は父親の仕事の都合で、埼玉県の大宮から茅ケ崎へ引っ越してきた。茅ケ崎には親戚が住んでいたので、それまでにも夏休中に何度か訪れたことはあるが、住むのはそれが初めてだった。夏休みに訪れた茅ケ崎での思い出といえば、親戚の家から海岸までの道がどこもかしこも砂をかぶっていたことと、甘くくせのある潮風の匂いと、そして陽に焼き過ぎてひりひりになったあの肌の感覚。夏の茅ケ崎しか体験したことがなかったので、当然と言えば当然の印象だった。<br>　茅ケ崎に引っ越してきた季節はたしか春だった。そこには夏の攻撃的な陽光ななく、潮風も控えめだったが、海岸へ続く道はやっぱり砂をかぶっていた。ただ、とても明るくて穏やかな土地に住めるのだなと、安どの気持ちに包まれたのを覚えている。それまで住んでいた大宮は、現在の大宮とは比べても意味がないほど田舎的だった。僕にしてみれば、もうほとんど東北地方に入れても問題ないほど冬は寒かったし、家の周りは田んぼだったし、しかるべき季節には蛙の大合唱が聞える場所だった。<br>　引っ越してきて数日たったある晴れた日、母親が洗濯物を干していた。僕は1階のひさしの上に体育座りをしながら、それをなんとなく眺めていた。やけに大きな空の下で、白いシーツやシャツがわずかに潮の匂いの混ざった風の中で揺れていた。何も知らないくせに、きっとカリフォルニアってこんな場所なんだなと思った。さすがにアメリカ人には見えなかったけど、茅ケ崎の光りの中にいる母親は、いつもより少しきれいだった。</font><br><br><font size="1">ぽちっと↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1661"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1661_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a><br><br><font size="1">こちらも↓</font><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?800523:1348"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_1348_1.gif" width="110" height="31" border="0" alt="人気ブログランキングへ"></a>
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<pubDate>Mon, 05 Jul 2010 15:32:05 +0900</pubDate>
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