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<title>naked-centipedeのブログ</title>
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<title>近況</title>
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<![CDATA[ うん。ブログを少し動かなくなったくらいには最近の精神面は安定だったのでしょうか。ただ飽きてるだけかもしれませんね。<br>前のブログを読み返すのはなかなか楽しいです。前回、あそこまで書いて、今ケロッとしてるんですよね。それぐらい気が変わるのが早いというか、気分転換をできてしまうので、ある程度自分をいじめる？そんな感じ必要な感じします。<br>それはともかく、あれから何か変わったか、良いことが出来たのかと言えば怪しいもんで。怪しいもんで。という言葉を使うくらいにはまぁ、出来てないですね。<br><br>うぅん、働くのが楽しみなのは今までダメだった中でそれでも自分に何かのポテンシャルがあると信じたいと思ってるからでしょうね。働いてみれば、(内心どこかで感じていたように)やっぱり僕は大したことなくて、その程度。大きなことを成し遂げるわけもなく、平々凡々。(多分、クソみたいな人生になるわけでもなく、平々凡々レベルまではいけると思ってる)大きな男に漫画で憧れてるから、そうはなりたいんだけど、結局そんなタマでもなく(そうなるということは、現代ではキチガイになると同義だ)、それでもその心意気くらいは、とそれだけのプライドは守りつつ、それ以外ほとんどやられ放題、グズグズである。要は、ほとんどプライドがない。そりゃぁ敗北の多い人生なので、プライドなんて出来無い。人に馬鹿にされがちな人間にぷらいどなんて出来るかって感じですね。プライドが高い人は取っ付きにくいけど、尊厳は守られている(守っている)ように見える。プライドが低い人は慕われやすいが舐められやすいもんである。利用価値と慕いは似たようなもんで、利用価値のない尊敬は同情じゃないかなと思ったりする。(コイツ、自分には必要ないけどすごいよな(というのは、自分にとって大事でないものをこんなに出来ることを哀れんでいるのと似てると言う感じ。))<br><br>思ったことぽんぽん書いてるだけなので言葉滅茶苦茶でしょうね、後から自分で読んでも分かんないかも。
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<link>https://ameblo.jp/naked-centipede/entry-11962950184.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Dec 2014 16:37:42 +0900</pubDate>
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<title>はい</title>
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<![CDATA[ 前回の文章はワードに書き残してたやつを張り付けただけです<br><br>　先日アレに甘えてると言われたので前回の文章を思い出すと共に辛さと理解されてる嬉しさを感じるのでした。ほんとに甘え人間です。ところでぼくは自己分析はできるほうだと思うのです。なんたって、気づいたところでそれを許容してしまえば、努力せずともいいからです。僕は太っているという自己分析をしたとして、太ってもいいじゃんと思えば努力する必要が無い。努力放棄のための自己分析＆許容（甘え）なのです。うーん。努力をすれば報われるという気持ちが薄い。それを知らずにここまで来てしまったのでしょうね。アレの場合は、適度な努力で報われる楽しさを知っている人でしょう。あとは手の抜きどころをしるだけ、その調整を最近やっているという感じ。僕の場合は、最低限の努力以外をすべてせず、最低限の報われだけを得て、それ以上の報われを知らないし、報われるとも思っていない、といったところ。ほめてくれる人がいるか、自分が満足できれば人はきっと努力をする。ほめてくれる人がいなく、自分はどのレベルでも満足してしまうのだから、努力をする意味がない。そんなところでしょうかね。<br>　<br>　これら、また自己分析ですね。満足せずにその先を行けるかが僕の人生のキーでしょうね。だってそう簡単に自分を変えることなんてできないでしょ？気づくことですら難しいのに。そして、変える方法論まで思いつこうとするなんてそりゃ難しいです。言い訳にもなってませんかね。<br>　アレの話があったのでアレ系の話もしましょう。アレはぼくを世界一理解している人です。僕のこの文章を見てこいつこういうやつだったんだ、こういうこと考えてるやつなんだ、と思う人がほとんどでしょうが、そう思わない人がいるとしたらアレだけでしょう。でも、アレは人間のタイプとしては苦手です。自分の正しさをしっかり持ってて、人に遠慮なく振り回せる人です。そういう人はぼくみたいな甘え人間を切り裂いてくれるとても人生的に必要な人なのですが、甘え以外も全部全部切り裂いてしまう人です。自分を疑わない人は怖いです。その自分の自信はどこからくるものなのか、深い実体験から来るならともかく、2，3回の経験やテレビで見たなどの自信で切り裂いてはいないだろうか。と思っちゃうわけです。とはいえ、基本的にはぼくをほとんど理解している人ですから、正確に切ってくるわけです。嫌になっちゃうわね。ちょーかわいくてゆるふわな人となることを想像すると、これは真逆。そこそこの成長しながら殺伐とした人生を送るのがアレというわけです。あぁ、辛いですねぇ。ここまでいけばアレの意味もわかることでしょう。まぁ、でも続いているということは勿論そういうことなのです。人間悪いところばかりでもないもんです。<br><br>　ところで僕がこのブログを書く影響を受けた人のブログはとてもいい。いわゆるリア充的な文章っぽくもあるけれども、でも自分をよく見せようという嫌味ったらしさがあるわけでも、変に自虐気質でもなく、ほんとにあったままよかったことと考えたことを書くのです。あぁ、そういうのいいよねぇ。ちょうどいいテンション。僕の場合は基本がポジティブなのでここでは暗くいきたいですね。リアルで楽観的にならねばつらすぎてやっていけないけれど、楽観的を超えてアホになってはいけないので、現実に戻って（むしろ自分を叩いて）元の位置に帳尻を合わせるといった感じです。この感覚伝わるもんですかね。<br>
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<link>https://ameblo.jp/naked-centipede/entry-11958388769.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Nov 2014 14:28:30 +0900</pubDate>
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<title>講義</title>
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<![CDATA[ 先日、友人氏の影響でブログを書くことに。昨日ワードで書いた文も乗せます。ブログにしたのはケータイでできるからです。人に見せる用という感じでもないので。<br><br>さっそく。<br>単位取れない私にもプライドみたいなものがあって、それは人に出席を任せないとか、カンニングしないとか、まぁ悪いことをしない、というところにある。<br>だが、だからこそ講義中抜けるやつを批判したくなるのだが、ずっと講義出ていてもこのように、講義中ロクに聞いてはいないのだ。<br>どっちもどっちなので、結果出してるほうが勝つのだ。そんなもんだ。電池少ないから今日はいいや。
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<link>https://ameblo.jp/naked-centipede/entry-11956261765.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Nov 2014 10:58:00 +0900</pubDate>
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