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<title>nakunaaooniのブログ</title>
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<title>次の世代へ。</title>
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<![CDATA[ 小学生の時に、性虐待にあった書道教室の前を歩く。<br><br>以前は、まったく前を歩けなかった。<br><br>それが、取り壊され平地になった春、あるときタンポポが一面に咲いていた。<br><br>びっくりしたと同時に、もう許さなければならないと思った。<br>精神的におかしかったか、認知症の初期だったかもしれないと。<br>かわいそうな人だったんだと。<br><br><br>すべては、風化していかなければならない。そう、タンポポの綿毛のように。<br><br>わたしは、わたしらしく自分の人生を。次の世代へ。
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<link>https://ameblo.jp/nakunaaooni/entry-12497137962.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jul 2019 19:51:12 +0900</pubDate>
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<title>EMDR治療</title>
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<![CDATA[ こどもの時の、性的虐待と、介護をしてからの嫌な上司からの身体的接触のフラッシュバックの治療をした。<br><br>乳児院実習の時に、心理担当の先生に、<br>「今虐待治療でどんなのが一般的なんですか」と聞いた。<br>「あう人と、あわない人がいるけどEMDRが一ありますね」とおっしゃった。<br><br>さっそく、自分の住まいから近いところで治療がされているところに行った。<br><br>女性の先生で、マンション内にあり、とても雰囲気がよかった。<br><br>電気の光を追いながら、フラッシュバックをさせる。<br>それを何回も何回も繰り返す。<br>言ってみるならば、ショック療法みたいなものかもしれない。<br><br>4〜5回通ったと思う。<br><br>心は前より軽やかになった。<br>けども、児童養護とか出て、この療法が自分にあっていると思っても、1人暮らしの場合、それを捻出するお金なんかないんじゃないかと思った。<br><br>そういうこども達が、施設内に在籍しているときに、EMDRの治療を受けられるか、<br>退所後に治療を受けられる制度を作ってほしいと思った。
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<link>https://ameblo.jp/nakunaaooni/entry-12496818770.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jul 2019 19:35:54 +0900</pubDate>
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<title>児童養護施設 ボランティア</title>
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<![CDATA[ 仕事は、介護職に就くことになり、<br>ボランティアとして、介護の仕事が終わった後に、保育実習で行かせて頂いた、児童養護施設に行った。<br><br>大学の時もやっていたから、7年くらいさせて頂いた。<br><br>Aちゃんを担当することになり、中3〜高校3年生まで学習ボランティアをさせて頂いた。<br><br>あるひ、施設のドアが空いていたのでそのまま入ったら、憤慨し<br>「ここは、みんなの、家なんだからちゃんとチャイムを押してほしい。常識がない。」<br>と言われ、謝っても許してくれず、ボランティアに行っても無視される日々が続いた。<br>そのため、口では話してくれず、手紙でのやりとりがはじまった。<br><br>「もう、ボランティアを続けられないかもしれません」<br>と先生に言うと、<br>「きっと待っているので、気長に続けてやってください」と言われ、<br>仲をとりもってもらい、仲直りできた。<br><br>いろいろあったが、ボランティア最後のほうに<br>「ここに来たのは不幸やったけど、あんたに会えたことは幸せやった」<br>と言ってくれた。<br><br>帰り道、泣いた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/nakunaaooni/entry-12496734717.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jul 2019 13:44:30 +0900</pubDate>
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<title>OJT</title>
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<![CDATA[ 児童養護施設に就職しようと思い、大学の先生のつてで、<br><br>某児童養護施設に就職が決まった。<br>ただ、完全に入職という形ではなく、OJT<br>という就職前の研修がはじまった。<br><br>その中で、ごはん時<br>どうしても、魚のフライが食べられない子がいた。<br><br>それを食べられないからと、正座させられそれと向き合わされていた。<br>他のグループの先生がきて、<br>「まだ食べられないの?」<br>と言われていた。<br><br>悲しかった。食に対して、そういうことを思ってしまう。<br>そして、この子が親になった時に、そういう価値をもって、自分のこどもと対峙してしまうのではないかと。<br><br>だれも職員がいなくなり、<br>わたしは、冷蔵庫からケチャップを取り出し、<br>「これかけようか」<br>と言った。<br>その子が恐々、<br>「そんなことしていいの?」と言い、<br>パクっと食べだした。<br>悲しかった。まだ若かったので、こういう教育がされているとこに居られないと思ってしまった。<br><br>ひとりのマンションに帰って泣けた。<br><br>今だったら、変えようとがんばれたかもしれない。<br>逃げてしまってごめんね。ほんとうにごめんね。と言いたい。<br><br>その為、自己都合で就職は辞退した。 <br>思えば、こども達を救ってあげたいという、自己満足の考え方しかできなかった当時は向いていなかったと思う。<br><br>もちろん、自己都合の辞退とした。薦めて頂いたため、理由を大学の先生や、施設の先生にはあえて言わなかった。
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<link>https://ameblo.jp/nakunaaooni/entry-12495977983.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Jul 2019 12:24:58 +0900</pubDate>
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<title>旅のはじまり。</title>
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<![CDATA[ 大学になり、保育科にはいった。<br><br>20歳を迎えた、2月頃だったと思う。<br>児童養護施設に保育実習に行った。<br><br>家庭で養育できないこどもたちを、施設内で養育する。また家庭再統合に向けても、家庭と児童相談所と連携していく。<br>主に、今は虐待されたこども達の入所が大半を占める。<br><br>衝撃だった。こんなに近くに、こどもを家庭代替で養育されている場所があると。<br><br>たった10日間だったが、濃い日々だった。<br>いちばんなついた子が、お母さんの写真を見せてあげるといった。ペラペラとめくったら、<br>「すごいはやくめくるんやな」と、鋭い切り口。<br><br>最後のほうは、「あなたより、新しくきた実習生さんのほうがいい。」<br>といっていた。<br>なついたために、わたしの、器の深さ、広さを試しているようだった。<br><br>自分の親を信じたい、信じられないで揺れるこども達である。常に、相手の動向をアンテナをはって見ている。<br><br>思えば、わたしも、母親に「試し行動」というものをたくさんしてきたと思った。<br><br>はやく、あの書道教室をやめさせてくれたら。<br>自分の精神的な負担が減ったかもしれない。<br><br>「お母さんのせいだ、お母さんのせいだ。」<br><br>とかなり憤怒した。<br><br>そうか、わたしはこの子達と共に生きたい。<br>そう思いはじめた。
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<link>https://ameblo.jp/nakunaaooni/entry-12495320912.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Jul 2019 13:44:52 +0900</pubDate>
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<title>まだここらへんは旅の途中</title>
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<![CDATA[ 「まだここらへんは旅の途中」<br><br>記憶が解離していて、何年間の被害だったかあまり覚えていないが、<br>小学生の時に書道教室の先生から性虐待にあった。<br><br>被害者は、わたしともうひとり。<br><br>何年か、通った後、信頼関係ができた上での性虐待であった。<br><br>悲しかった。誰にも言えなかった。夜、天井をみあげてひとり泣いていた。<br><br>教室は、先生が孫と写っている写真があり、<br>そういうことをしている自分のことを、おかしいと思えないのかと、こどもながらに思っていた。<br><br>行きたくないと親に言えば、怠けているのだろうと無理やり連れていかれた。<br><br>その後、教室のあのドアノブを自分で開けていた自分がかわいそうだと思った。<br>たぶん、その時には、無の境地だったのだろう。<br>自分の感覚をとばしていたのだと思う。<br><br><br>中学生の時に、そのPTSDは発症せず、<br>高校の時に、明るみになった。<br><br>めまい、過呼吸。言われたこと、されたことの幻聴、幻覚。眼前に広がる、その人の顔。<br>あきらかに、PTSDであった。<br><br><br>理解のある友達は、言わずとも「なにかあったのだろう」<br>と言ってくれた。<br>その言葉に救われた。<br><br>高校の教師に言ったら、「もっとたいへんな人がいる」<br>と父性的に突き放すように言われ、もっと悲しくなった。<br><br>けれども、「もっとたいへんな人がいる」ということを、身をもって自分で実感できるのは、<br>その先の道でのことである。
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<link>https://ameblo.jp/nakunaaooni/entry-12495097569.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jul 2019 19:55:27 +0900</pubDate>
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<title>泣くな青鬼。</title>
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<![CDATA[ こどものときに、習い事の先生から心的外傷を受け、<br>心的外傷後成長をとげるまで<br><br>そんなおはなし。
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<link>https://ameblo.jp/nakunaaooni/entry-12495005227.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jul 2019 14:11:57 +0900</pubDate>
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