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<title>namiuuuのブログ</title>
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<title>就農白書　〜なんにも無しから農家になった男の回想録〜</title>
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<![CDATA[ その２。今までの人生における最も大きな出会い<br><br><br>その日も暑かった。<br><br>スーツの下のワイシャツが、肌にベタリとへばりつく不快な気温にめげず、懸命の営業活動に勤しむ毎日。移動中の電車の中で考える事は農業の事。プロ農家のトマトの栽培方法を視てみたいと考えていた私は、所在の市町村の就農窓口へ。<br>そこで紹介されたのがわが家から１５分程の国版認定農家、現在の師匠であった。<br><br>初めてお会いした時、畑の片隅、民家がせまり少しだけオアシスになっている日陰に座った。<br>もちろん私はスーツ姿。<br>「えらい格好で来たな」<br>師匠はニコニコと、そして少し照れくさそうに笑っていた。<br><br>色々聞いてみたい事をリストアップし、レジュメの様なものをつくって臨んだわたし。<br>ところが紹介者である職員と師匠が話し、私はその話しの内容に耳を傾けるだけで、ほとんど話しをする事が出来なかった。<br>その場には７年前（当時）から師匠のもとで働いている息子さんもいた。<br>農業高校、農業大学の出身で、修行も完璧にこなしているバリバリの若手農家。行く行くは独立するらしい事は話しで分かった。<br><br>今思えばあの職員は話せる時間が決まっているのに、ずっと一人でしゃべっていた。ほんとに気の利かない事だ。<br>仕方が無いので家に帰り暫くたった頃、今度は直接電話して、もう一度お話しさせて戴きたいと言うと、「おいで　こないだのおっさんは喋り過ぎやw」との事。<br>日時を約束して早速ハウスにむかわせて戴いた。<br><br>伺ったハウスでは小松菜が見事に育っていた。<br>３年経った今の私なら、その小松菜が難しい時期に作られている事も分かっただろうが、当時では「ハウスなら何でも出来るものなのだなぁ」と簡単に思った事を覚えている。<br><br>少し時候の雑談をした後に自己紹介。<br>今どんな仕事をしているのか。家族構成は。そして何故農家になろうと思っているのか。<br><br>一生懸命話しをした。<br>営業畑のわたしは、話しをする事には慣れている。師匠は時おり相づちをうつ程度で、ただ静かに耳を傾けてくれていた。フッと話しが途切れ、二人しかいないハウスの中に少しの静寂。<br><br>「修行させて下さい」<br>「ええよ　いつでもおいで」<br><br>「仕事があるので週に１、２日しか来れないのですが」<br>「ええよ　いつでもおいで」<br><br><br>今ブログを書いていて、私の好きな歌の一節が頭に浮かび、ふと涙ぐみそうになった。<br><br>「もう駄目だと全てが嫌になって　逃げ出そうとした時も<br>　　　思い出せばこうして　たくさんの支えの中で歩いてきた」<br><br>５年前にこの出会いが無かったら、間違いなく今の農家である私はいない。
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<link>https://ameblo.jp/namiuuu/entry-12091831472.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Nov 2015 16:48:14 +0900</pubDate>
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<title>就農白書　〜なんにも無しから農家になった男の回想録〜</title>
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<![CDATA[ ボキッという嫌な音とともに私の鎖骨はまっ二つになった。<br>暖かな日差しが降り注ぐ、とある秋の日の出来事。<br><br>０から就農して、ついに３年が経過した。<br>全く畑仕事が出来なくなり、今までを振り返るつもりで、新たにブログを始めてみようと思い立つ。<br><br>脈絡も無い話しの羅列になってしまうかも知れないが、<br>何の縁故も無く、資金も無く、技術も経験も無い私が、どうやって農家になったのか。<br>そして何よりもこれから農外就農を目指す皆さんに、本当の農家の姿、そして本当の楽しさや厳しさをお伝えする事で、方向性を決める為の一助となれたらありがたい。<br><br>まずは「なぜ農家になったのか」についてのお話し。<br>振り返れば、自分でも何故だろうと思う事が多くあった。<br><br><br><br>その一。ひとりで仕事する事に慣れた<br><br>私が、勤めていた会社の都合で広告代理店を設立する事になったのはちょうど８年前。<br>社長が突然、簡易な印刷機を購入したのだが、全く採算が合わず、<br>経営が傾いて来た頃から、一番給料が高かった私に独立を進めて来たのだ。<br>「お前なら一人で出来る。独立しないなら給料を下げるしかない」<br>もちろん一番給料が高いという事は、一番の稼ぎ頭だと自負していた私。<br>正直ショックであった。<br><br>なんの経営ノウハウも無く、このままでは安月給でこき使われる日々が始まるという恐怖感から、社長の申し出を受諾。<br>今思えば失業保険なども貰っておけば良かったと思うが、社長からは何の説明も無いまま「じゃあ頑張れよ」で数年来の関係は終わった。<br><br>一人で会社を始めて、５年が経過。<br>急に話しがとぶ事になるが、タイトル通り農業の話しを中心に進めたいと考えているので、ご容赦いただきたい。給料が出ない月もありながら、なんとかかんとか生き残った５年について少しだけ触れたいと思う。<br><br>激務の続く５年の間、私の唯一の楽しみは家庭菜園であった。<br>何げなく始めた趣味であったが、小さな畑に実る季節の野菜たちを眺めるのが大変な喜びである事に私は魅了されていった。<br>もともと凝り性の私。<br>NHKの「趣味の園芸　野菜の時間」は毎週撮り溜めて、何度も見返したり、様々な書物から知識を吸収。また野菜栽培士講座を受講し、より深くのめり込んでいく事となった。<br>連作障害を避けるため、小さな畑を８つのブロックに分けて、それぞれの科目毎に栽培をローテーション。播種時期、定植時期を考えて出来うる限り空いたブロックが無い様に計画を考える事が楽しくて仕方無かった。<br><br>そんな５年の間にもっと大きく農業をしたいと考える様になり、就農する２年前、つまり独立して３年目に運命の出会いが訪れる事になる。
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<link>https://ameblo.jp/namiuuu/entry-12091050359.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Nov 2015 13:43:14 +0900</pubDate>
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