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<title>市橋直歩オフィシャルブログ Powered by Ameba</title>
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<description>市橋直歩オフィシャルブログ Powered by Ameba</description>
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<title>たまにいただく質問</title>
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たまにいただく質問に、個人的にお答えすることはなかったのですが、ふと自分の経歴を振り返って面白くなったので、この場でお答えしようかと思います。どうやって〜しましたか。どうしたら〜になれますか。等の質問をたまーにいただきます。その度に思うことは、私のレベルでの答えでいいのならば、やること、しかないと思っています。大成したい、一流ブランドにしたい、とかもっと大きな思いをお持ちの方はもしかしたら、適切な道筋があるのかもしれません。ですが、それでも根本は同じな気がします。一歩踏み出すことに、躊躇していて
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<dc:date>2020-10-04T17:32:08+09:00</dc:date>
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<title>好きな映画</title>
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なんとなく気が向いて特別に大好きな映画を観ている。温かく優しい映画はよく何度も観るけれど大好きだけど重かったり、心に触れるものほどなかなか気軽には観れなくて、久しぶりになったものもある。数年前から自分の精神世界はよしもとばななさんの小説と　ものすごくうるさくてありえないほど近いという映画と渇きという映画の要素で成り立っていると言えると思うと言っていた。3つとも違う。それらを合わせて割ったものではなく、それらそれぞれを持っているという感覚に近いかもしれない。渇きは、映画を観ていて台詞に心を奪われ翌
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<dc:date>2020-05-16T19:44:15+09:00</dc:date>
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<title>思考、心</title>
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久しぶりに文を書こうと思ったのは、考えたい、考え続けていきたいと思ったからだ。人のことをどこまでも自分は足りてないと思った上で、思考を巡らせていきたい、人というものに対して。彼の死が自らの意思によるものだったとしたら、彼はどうして死を選んだのだろう。耐えきれなかったのだろうかそれとも、何かのゴールにたどり着いたのだろうか彼の風変わりさや、彼の物言いや思考は、人との間に壁をつくる。現代ならもう少し救われただろうかとふと思った。様々なものに名前が付いている現代なら…とも思ったが、枠にはめられる不自由
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<dc:date>2020-02-27T14:30:25+09:00</dc:date>
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<title>良いものだったらいくら渡してもいいと思うのは違うと思うんだ。</title>
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好意を注ぐのは勝手だけれど、そちらの都合で注いでおいて植木の水やりみたいに期待されても困るの。 落下する夕方の華子の台詞、これが私はとても好きだ。人に好かれておきながら傲慢だと思うだろうか、贅沢だと感じるだろうか、モテているからそんなことが言えるのだと思うだろうか。私は、良いものをあげているのだから、いらないなんて失礼だとでも言わんばかりのその感覚が苦手だ。 もともと苦手だったわけでないと思う。環境で変わるのだ、人格は積み重ねと選択で練り直され続けるのだと思う。私は大人になるということは、自分で
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<dc:date>2019-06-06T19:40:41+09:00</dc:date>
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<title>価値がないんですなんて態度しておいて大切にされることを期待するな</title>
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私を大切にしなくていいと教えているような言動もちろん、低姿勢な人を蔑ろに扱うことを正当化するわけではないでも、私の価値は低いですと接してくる人を自分と同等か、それよりも大切にするのは本人からの情報よりも多くを得て、その人の価値を認識できなきゃ難しいことだ。あなたはあなたしかいないのにいつまで私なんて、なんて言うの？私なんてと口に出しながら、そんなことないよって言われるのを待つのはやめなよ言ってくれなきゃ悲しくなるなら、最初から私なんてなんて言うなよ結局私なんてなんて思ってなくて、それでも肯定する
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<dc:date>2019-05-14T21:52:46+09:00</dc:date>
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<title>おとなになったのかのしれない</title>
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最近、おとなになれたのかもしれないな、と思うことがある。おとなの定義ってなんだとは思うけれど、今言っている意味は、精神的に私が立っていられるようになった、という意味だと思う。27年って短くはない、細かく振り返って、今までの話をしようとしたら、それはもう聞いていられないような長さになるだろう。沢山人を傷付けたし、沢山傷を負ってきたとも思う。無傷で生きていくのはとても難しいことだから。  私はきっと寂しがりやで、寂しさを自分で飼いならせなかった。自分の価値を他人の評価を感じて初めて有ると思える、そん
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<dc:date>2019-03-22T22:32:25+09:00</dc:date>
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<title>2019年</title>
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すっかり更新しないうちに新しい年が始まって、1ヶ月も経とうとしてますね。おそくなりましたが、今年もよろしくお願いします。 私は無事に今年も誕生日を迎え、27歳になりました。 お誕生日ディズニーをしたり、友達にお祝いしてもらった１ヶ月でした。ブログやTwitter、instagram等でお祝いのコメントくれた皆さん、ありがとうございました。 ブログも更新しないし、Twitterもあまり書かない私ですが、そりゃもう元気に過ごしています。今はぎっくり腰になってしまって自宅でひっそりしてますが、痛みもも
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<dc:date>2019-01-30T17:26:13+09:00</dc:date>
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<title>人</title>
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こんな風にだれか1人の人生に深く潜ったり、心の深くに触れられたら、どんな人でも愛せる気がするでも現実は日々出会う大勢の人はエキストラにすぎなくて、言葉を交わすこともなく、認識することもない。あなたの不機嫌の背景を知らないからそれを突然ぶつけられると苛立ってしまうあなたの深い悲しみを知らないから優しくない態度に嫌悪感を抱くでも全部知れたなら、そんな風に思わないのかも知れないといつも思う。愛せる、と思う。愛していたいと思う。知らないあなたのことも。歪みすら、愛しくなると思う。誰かの悲しみに寄り添って
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<dc:date>2018-09-26T18:31:17+09:00</dc:date>
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<title>欲張らないことは、とても難しいものだと私は思う。</title>
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こんなにも綺麗な愛があるだろうか恋愛ではない、愛をみて、泣いた。初めはポップで、泣くことになるなんて想像もしてなかったのに触れられなくても、あなたが僕と違っていてもあなたを愛しているから愛する人の席は心にひとつしかないからそこにあなたが座っていて、そこにあなたに座っていてほしいから、あなたを選ばせてほしい。そのまま終わってしまっても、十分にハッピーエンドなのに、そのまま寄り添いあえるなんて、奇跡だ。欲張った、見栄っ張りな、心では体験出来ないような繊細な幸せを紡いで愛し抜くとはなんと難しいことだろ
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<dc:date>2018-09-23T19:14:46+09:00</dc:date>
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<title>いつまでも伝えきれないから、となりにいたいと思うんだ</title>
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ずっと、僕の妻と結婚してくださいという映画と最後だとわかっていたならという詩が思い出された。最後だとわかっていたならという詩を読んだ時、強く思ったんだ。そうだ、本当にそうだ。そしていつかはいつかなんて分からないのだ。それでもいつか必ず来てしまういつかがいつきてもいいように毎日を生きていたい。と、毎日は繰り返しのように当たり前のように過ぎていくから、この気持ちを心に留めておくのはわたしにはなかなか難しい。そのかわり、何かに触れた時に、ふと気付いた時に背筋を伸ばすように、強く思う瞬間がある。いつかが
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<dc:date>2018-08-02T17:31:15+09:00</dc:date>
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