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<title>スキルス性胃がんの闘病日記</title>
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<description>2013/7　母はスキルス性胃がんによりこの世を去りました。その際の闘病の記録を残したいと思います。闘病中の方やご家族の参考になればと思いますが、不適切な表現や悲しい思いをさせることをあろうかと思います。どうかご了承ください。</description>
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<title>抗がん剤以外の治療（主に民間療法）</title>
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<![CDATA[ 末期がんには違いないけど、みるみる元気になっていく母をみてとてもうれしかった。<br>腹水もさーとひいて、どんどんご飯が食べれるようになり体重も純粋に脂肪として増えていった。<br><br>まだ腹水が減りきらないころ母が、<br>「あんたの作るパンだけは食べれるねん」<br>と言ってくれたことから、その後私は狂ったようにパン作りに没頭する。<br><br>なくなってからの数日は逆にもう食べてくれる人がいなくなったので、<br>突然パンつくりの熱が冷めてしまったくらい。<br><br>数週間たってようやく再開したけど。<br><br>あまり細かい記憶はないが、TS-1を開始してから1ヶ月程度で腹水はなくなり、<br>母の体力も回復し、元の生活に戻っていった。<br><br>本当に奇跡に感じた。<br><br>このころ、私はガンに関する市販の書籍や末期がんから生還した人のHPなどを色々と読み、<br>友人の医師にも相談しつつ、結果抗がん剤以外は食事療法を取ることにした。<br><br>これがおそらく抗がん剤の副作用を減らしたように思う。<br><br>具体的には、<br>クリアリブという健康食品に手を出した。<br>これは末期がんから生還した人のHPを参考に。<br>取り扱っているのはクリアさんというお店（ネットで検索できます）で、<br>その後、母はこのお店の方によく相談していたよう。<br><br>それも支えになっていたと思う。<br>いつだったか、腹水が減ったときだと思うが、先方からお花を頂いてとても喜んでいた。<br>亡くなったことも私が伝えたが、その際にもきれいなお花を贈っていただいた。<br><br>それから野菜ジュース。（にんじんジュース）<br>無農薬のにんじんを取り寄せて毎日1リットル近く作って飲んでもらった。<br>母は自分でがんばって作ってくれた。<br><br>あと、定番のアガリスク。<br>これは母の幼馴染がオッペンの化粧品を扱っているのでそこから購入。<br>母は言われたとおり、4時間おきに100ミリを毎日飲んでいた。<br><br>すべて金額も相当なものだが、これだけの水分摂取をずっと続けていた母の根性には<br>頭が下がる。<br><br>また、食塩がガンの栄養剤になるとのことから、無塩の生活をしていた時期もある。<br>これについては、近所の小料理屋さんがとてもよくしてくださったおかげで、<br>無塩でも食事を楽しむことができていた。<br><br>トマトや香辛料で工夫してくださっていた。<br>京都にある食事療法の病院にも通っていたが、そこの病院でもその小料理屋さんの料理の<br>内容には驚いていらっしゃった。<br>本当にありがたい。<br><br>そのほか、なるべく身体によいものだけを食べるようにしてもらっていた。<br>いわゆる化学調味料を極力取らないように。<br><br>これらの免疫力アップで抗がん効果を狙っていた。<br>本当はガンをなんとしても治すぞ！身体は食べたものからできているのだから！<br>免疫をとにかくあげてあげて！！<br>絶対治すぞと。<br><br>結果、完治はできなかったものの副作用もほとんどなくQOLはかなりのものだったと思っている。
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<link>https://ameblo.jp/nano201307/entry-11602207013.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Aug 2013 11:48:26 +0900</pubDate>
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<title>最初の抗がん剤のための入院生活</title>
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<![CDATA[ ガン発覚から最初の抗がん剤投与の一回目（１クール）が終わって容態が落ち着くまでの<br>1ヶ月は入院していた。<br><br>その際、東北の大震災が起きて、ああ、ガンで命は限られてしまったけど、<br>ありがとうのお礼をたくさん言えてからのさようならは幸福なことなのかもしれない。<br><br>ガンに限らず、不治の病というのは、家族にとっても本人にとってもつらい現実ではあるが、<br>脳卒中や心筋梗塞、事故、災害で突然家族を失うつらさとはまた違うのかなと。<br><br>実際に亡くなった今でも心は穏やかな気がする。<br><br>もちろん母の姿を思うと、会いたい会いたいと涙は出るが。<br><br>さて、一ヶ月の入院中は特になにもできなかったが、ガン発覚まで毎日毎日かわいがってくれていた<br>孫（私の娘）の写真を出来るだけ見やすくと思い、当時CMしていたソフトバンクのフォトフレームに<br>写真を送れる商品を購入し、病室においてもらった。<br><br>携帯でももちろん十分だが写真が自動的に流れるのは中々楽しかったよう。<br><br>結局、その後すっかり元気になって、また孫の育児を手伝ってくれたので無用になったが、<br>なんとなく母が亡くなるまでは契約を破棄したくなくて、いまだにそのまま。<br>これはそろそろ行かないとね。<br><br>あとは、音楽好きの母のためにMP３プレーヤーなどを購入。<br>コンパクトでスピーカーもついててピンクで母はとても満足してくれていたように思う。<br><br>それからなくなるまでの3ヶ月くらい前まではあまり不自由なく日常生活を送れていたので、<br>今思えば、このときに一番ありがとう。今までありがとうを言えた気がする。<br><br>初期の抗がん剤では、シスプラチンが身体に合わず出来なかったこと以外は特に問題なく<br>腹水も少しずつ減っていき、一度投与が終わってから数日で退院の目処がたった。<br><br>本当にありがたかった。
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<link>https://ameblo.jp/nano201307/entry-11602198550.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Aug 2013 11:36:34 +0900</pubDate>
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<title>私の気持ち</title>
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<![CDATA[ <p>闘病についてはちょっとおいて、今の気持ちを。</p><br><p>亡くなった今、少しほっとしている自分がいる。</p><p>告知されてから、上の子供が歩き始めたとき、下の子を妊娠したとき、</p><p>母と旅行にいけたとき、母と娘との他愛もない会話をしているとき、</p><p>とても幸せなのに、この時間は永遠じゃないんだなといつも思わされてなんだか悲しくなっていた。</p><br><p>この子が小学校入学のときはもういないのかな。</p><p>思春期で反抗してきたときに愚痴ることはできないのかな。</p><br><p>先を考えるとますます不安に。</p><br><p>一応、そんなときはこの瞬間は幸せなんだから、先を考えるのは止そうとずっと言い聞かせてきた。</p><p>それでもやっぱりどこか不安で、寂しい想いが消えなかった。</p><br><p>それが実際にそのときが来たら。</p><br><p>ガンで亡くなる場合は、このブログでも経過を書くつもりだが、昨日まで元気だったのにというのは</p><p>ありえなく、最後は寝たきりになるのが普通だと思う。</p><br><p>母も例外なく、最後は寝たきりに。</p><br><p>そうなるともちろん育児のサポート（亡くなる数ヶ月前まではお願いしてた）はしてもらわなくなるので、</p><p>亡くなった次の日から突然困るということもなく。</p><br><p>むしろ、毎日病院に赤ちゃんを連れて行ってたことを考えると楽で。</p><br><p>なんだろ。</p><p>もちろん死んでほしかったわけでもないし、今でも顔だけ見せて、電話で声だけでも聞かせてと</p><p>考えると、涙が出てくるけど、日常は普通に流れる。</p><br><p>何も基本的には困らないし。</p><br><p>ある意味穏やかな日々。</p><br><p>明日はまだ、ふた七日。もっともっと寂しくなるのはこの先なのかな。</p><br><p>そういいながら、町で孫を連れている母と同世代の人を見るとやはりさみしくはなる。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/nano201307/entry-11589815709.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Aug 2013 09:21:11 +0900</pubDate>
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<title>最初の抗がん剤</title>
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<![CDATA[ ステージⅣの胃がんの基本的な治療としては、抗がん剤投与のみ。<br><br>まず最初に試した抗がん剤は、<br>TS-1とシスプラチンという、現時点ではべたな組み合わせに決定。<br><br>シスプラチンについては、副作用が強いらしく、母には合わず、一回の投与で中止。<br>TS-1のみの服用になった。<br><br>このTS-1、日本人の体質には良く合うらしい。<br>母に関してはとてもよく合っていたようで、副作用はほぼなかった。<br><br>副作用がないにもかかわらず、薬の効き目はばつぐんで、<br>治療開始時点では、10キロ近くあった腹水がすっと引いてなくなった。<br><br>医師から説明があったのは、食欲不振、吐き気、下痢などであったが、<br>特になく、末期がん患者としてはありえないことだが、その後体重が増えた。<br><br>医師からもこの状態で体重が増えるのは腹水が増えた証拠といわれたが、<br>明らかに脂肪が増えていくのみであった。<br><br>本当にすばらしい薬だと今でも思う。<br>この薬が母の余命を1年以上長く保たせてくれたと感じている。<br><br>実際このあと、2012年の秋ごろまでの1年半ほど、抗がん剤はTS-1のみで<br>がんばり続けてくれた。
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<link>https://ameblo.jp/nano201307/entry-11587333683.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Aug 2013 12:45:51 +0900</pubDate>
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<title>ガン、発覚。</title>
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<![CDATA[ 2009年3月<br>定年を迎える直前、大好きな教師でなくなるストレスからか、<br>胃が痛いと訴える。<br>しかし、定年後の4月以降はとくに何も言わなくなった。<br><br>2009年9月<br>私が結婚。帝国ホテルでの挙式に母はとても満足してくれていた。<br>後に、ガンが発覚後、ゆっくり話しているときに、あの時は誇らしかったわ～<br>と言ってくれた。<br><br>2010年7月　<br>自分でいうのもなんですが、私に娘が出来て、母にとっては待望の初孫誕生。<br>それそれは喜んでくれた。<br><br>母自身、大学卒業後、定年まで教師として勤め上げ、自分の両親に育児をまかせていたため、<br>私にも同じようなサポートをと思い、定年後の余生は孫の世話にあけくれようとしていた。<br><br>2010年12月<br>どうも食欲不振になる。<br>たまたまそのときお歳暮でカキを頂いて、他の家族もノロのような体調不良になっていたため、<br>そのせいかと思い、しばらく放置。<br><br>2011年2月末、食欲不振で体重が落ちたにもかかわらず、<br>お腹だけが膨れていることに違和感を感じ、かかりつけの医師に相談。<br><br>その時点で、腹水およびガンマーカーが異常値であることを認める。<br><br>その後、地元の総合病院で検査を受けて、スキルス性胃がんであることを<br>家族とともに告知を受ける。<br>すでにガンは胃の壁を突き破り、腹くう内に転移しており、ステージⅣ。<br>手術は不可能。つまり完治は望めない。<br>何もしなければ余命数ヶ月との告知だった。<br><br>そのとき、私は初めての育児に追われて、母には助けてもらうのが当たり前と思い、<br>母の体調不良は気にも留めていなかったことに深く後悔。<br><br>ただし、ガンはご存知の通り、何年もかけて成長するためこの数ヶ月のことで<br>どうにかなるものではないと、医師に慰められる。<br><br>治療はどこでもかまわないとのことだったので、母の親戚が過去に院長を勤めたことのある<br>病院に母の意志で決定した。
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<link>https://ameblo.jp/nano201307/entry-11587330323.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Aug 2013 12:35:47 +0900</pubDate>
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<title>はじめに。</title>
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<![CDATA[ このブログでは、スキルス性胃がんで亡くなった母の闘病日記を書こうと思っています。<br>すでに亡くなったと記載している通り、現在ガンで闘っている方やそのご家族にとっては、<br>つらい記事や不愉快にさせるような記述もあろうかと思います。<br><br>しかし、私自身、こういったブログやHPには助けられたこともあることと、<br>本人のがんばりをどこかに残しておきたいという思いからこのブログを立ち上げることにしました。<br><br>現在、闘っている方、そのご家族には先に不躾ではございますが、<br>深くお詫び申し上げます。<br><br>またどうぞどうぞご家族を含め、ご自愛ください。<br><br>それではどこまで深く書き残せるか現時点では不明ですが、どうぞお付き合いいただけるのなら<br>よろしくお願い致します。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nano201307/entry-11587321789.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Aug 2013 12:23:46 +0900</pubDate>
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