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<title>ライフワークス Life works</title>
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<description>mixiで公開している、バックパッカーNaomiのスピリチュアル満載の旅「ライフワークス」のこぼれ話や裏話を紹介するブログです。</description>
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<title>移動編</title>
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<![CDATA[ 旅をすると移動はつきものである。<br><br>一番高い移動手段は飛行機。そして電車、バス、船がある。<br>それらは旅行会社を通して買うのが一般的である。バックパッカーが滞在する安宿街には必ず旅行会社が何軒もある。私の場合２～３軒、旅行会社を訪れて値段を比較して決める。<br><br>ちなみに私がバンコク、カオサンエリアからバスでカンボジアに行った時、同じバスに乗ったのに私よりもはるかに高く払った人もいた。<br><br>余談だが、先々のチケットを前もって購入する人がいる。それはチケットを買う時にすでに先々のプランを立ててしまっている人だ。しかし次に向かった場所が思いのほか気に入ってしまうこともある。「まだここに残りたい。でも、すでに○○行きのチケットを購入してしまったから明日には○○に行かなければならない」などと言っている。<br><br>時間が限られている旅行（Holiday）であればそれはしょうがない。<br>しかし旅ではそれはしてほしくない。<br>プランを立てて行動するのは旅ではないからだ。<br>だから私は移動のチケットを買うとき、片道だけ購入する。<br><br><br>結局私の場合、後から計算すると移動代（日本からの飛行機代も含め）やショッピング代も含めてだいたい１か月で日本円にして５万円ぐらい使っているようだ。<br><br>人によってはもっと安く旅をしている人もいるし、もっと多く使っている人もいる。私はこの値段が安いのか高いのか分からない。まぁ今の私にはちょうど良いかも・・・・<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/naoomino1/entry-10252775228.html</link>
<pubDate>Sat, 09 May 2009 12:00:00 +0900</pubDate>
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<title>生活費：洋服編</title>
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<![CDATA[ タイでショッピングをするとき、値札がない場合が多い。値札があってもそれは“一応の値段”である。その為、同じ服でも人によってえらく高く払ったりすることもある。私の場合、物にもよるが普段着だとバンコクでスカート、２００バーツぐらいまで。トップスも３０バーツから１５０バーツぐらいの値段で購入することが多い。<br><br>バックパッカーがタイに行くと必ず買うフィッシャーマンズパンツ（日本人の間ではタイパンツと呼ばれている）は７０～１００バーツの間で買える。<br><br>ちなみにインドでのショッピングは至難の業である。やはりここでも値札はない。とにかく店員の態度の悪さはピカイチだ。<br><br>まぁ私の場合、トップスは１００ルピー前後、パンツやスカートは１００前後から２００ルピーまでで購入することができる。私の友人は店員の魔法にかかってしまい、１００～２００ルピーで買える品物をあやうく９００ルピーで買いそうになってしまった。（それは最初、２０００ルピーと言われた）<br><br>そしてインドの店員は客が買わなくても不機嫌、買っても不機嫌なので何も気にしないように！<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/naoomino1/entry-10252774382.html</link>
<pubDate>Sat, 09 May 2009 07:53:00 +0900</pubDate>
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<title>生活費：食事編</title>
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<![CDATA[ 私の場合、タイでは朝、部屋でバナナか菓子パンを食べることが多い。バナナも菓子パンも１０バーツぐらいで買える。<br><br>インドにいた時、お湯を沸かすことができる器具（マグカップサイズ用）を使ってチャイ（紅茶）とオートミールを作って食べていた。<br>オートミールの作り方は簡単である。<br>乾燥麦Oats（オーツ）にお湯を注ぐだけ。<br>ほかの食べ方として乾燥のOatsにヨーグルトをかけ、フルーツを載せて食べてもおいしい。<br><br>いつもはオートミールに刻んだバナナを入れて食べる。たまにプレーンのオートミールに日本から持ってきた味噌汁のペーストを入れることもある。するとそれはおじやに変身するのである。そしてふりかけを入れてもおいしかった。<br>オートミールは体にも良い。海外で買うと安い。乾燥しているので腐らない。便通も良くなる。優れものである。<br><br>そのお湯を沸かせる器具はインドで買う。バックパッカーが滞在するエリアの雑貨屋などや電気系統を扱っている店に売っている。２０～６０ルピーぐらいで買える。とても便利。しかしすぐ壊れるのが難点。私はインドに半年間滞在して３回も買い換えた。そしてタイに戻って使おうと思ったら壊れて使えなくなってしまった。ちなみにマグカップはステンレスを使うことをお勧め。インドで２０ルピーぐらいで売っている。<br><br><br>昼と夜は屋台で済ますことが多い。フライドライス（チャーハン）タイ風焼きそば、ご飯の上に炒め物がのっているもの、などは一品２５～４０バーツぐらい。水はセブンイレブンで買って（一リットルだいたい１４バーツぐらい）常に持ち歩いているのでそれを飲む。時々シェイク屋さんの屋台からマンゴーシェイク（約２０バーツ）などを買って飲む。午後はお気に入りのカフェ＆レストランでタイ風アイスコーヒー（４０バーツ）を飲みながら日記を書いたり、読書をしたりする。<br><br>初めてタイに来た時に驚いたこと：<br><br>屋台のごはんに対してレストランや海外からのフランチャイズ店の飲み物などがもっと高かったことに驚いた。日本やアメリカに住んでいた私にはメインの食べ物よりも飲み物は安いという感覚があった。東南アジア行くとスターバックスやバーガーキングがえらく高く感じてしまう。屋台が３０バーツに対して海外から進出してきた店はコーヒー一杯９０バーツする。なんか感覚が分からなくなった・・・・<br><br><br>夜は屋台でビールを時々頼む。これもブランドによって違うが大瓶４０～８０バーツぐらい。それプラス、単品の炒め物などを頼む。（単品も３０～上は１５０ぐらいかな？）<br><br>タイの盛りつけは結構少ないと思う。だからすぐお腹が空いてしまう。それは皆言っている。タイの人々は色々なものを食べるのが好きなので一品を少量にするのだとタイ人が言っていた。そしてタイ人は一日何回もつまみ食いをするので一品ずつが小量なのだとか。確かにタイの人たちはしょっちゅう食べ物を口にしているのを見かける。気のせい？<br><br>少量のランチでは満足できない私。街をブラブラ歩く。するとたくさん並んでいる屋台をついつい目にしてしまう・・・・<br>そこで色々とつまみ食いをしてしまう。焼き鳥とか甘いもの、ソーセージ、とうもろこし、などなど数えきれない。<br>タイは屋台の宝庫だ。それらは皆１０バーツから２５バーツぐらいで買える。<br><br>結局一日の生活費は宿代も含め、５００バーツは掛かることになる。<br>あとはついつい買ってしまう洋服。女はショッピングが大好きなのよ。特にタイのショッピングは病みつきになってしまう・・・・<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/naoomino1/entry-10252772898.html</link>
<pubDate>Tue, 05 May 2009 12:52:00 +0900</pubDate>
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<title>生活費：宿編</title>
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<![CDATA[ これから旅に出ようと思っている人たちによく聞かれることは<br>「生活費はどのぐらい掛かるの？」という質問だ。<br>それは行く国や場所によってもちろん違うし、泊まる宿のランクやどこで食事をするかでも変わってきてしまう。これはあくまでも東南アジア、インドでの私的生活費である。<br><br><span style="font-weight: bold; color: rgb(128, 0, 128);">宿</span><br><br>宿はピンからキリまである。綺麗好きの私は初めての東南アジアデビューの時、最初バンコクの宿で７００～８００バーツの部屋に泊まっていた。今から思うと高すぎた金額だ。それから徐々に慣れてきて５００バーツの宿にランクを落とした。今はそれでも高いと感じる。現在はさらにランクを下げた。<br><br>今はバンコクではカオサン付近（お寺の裏の方）に２９０バーツの常宿に滞在する。同じ宿にもランクによって値段が変わる。ちなみに一番安い部屋は１３０バーツである。その差は何か？安い部屋はトイレとシャワーは共同なのだ。<br>しかし私にはトイレとシャワー付きの部屋は欠かせない。それだけは削れない。<br>だから同じ宿でも２９０バーツの部屋に泊まっている。<br><br>ちなみにインドではだいたい１５０ルピーぐらいまでの部屋に泊まっている。しかしデリー、バンガロール、チャンナイなどの大都市では最低で３００～１０００ルピーの部屋に泊まる。インド大都市の安宿は汚いのでこのくらいの値段を出す。しかし私の場合、大都市に泊まる理由は他の土地へ移動途中の為、１泊か２泊ぐらいしか泊まらない。そのぐらいならこの値段でも良いやと思えるのである。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/naoomino1/entry-10252771174.html</link>
<pubDate>Tue, 05 May 2009 09:52:00 +0900</pubDate>
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<title>Travelers  Lodge（トラベラーズロッジ）　No.２</title>
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<![CDATA[ マレーシア、マラッカに到着した時、客引きからTravelers  Lodge（トラベラーズロッジ）のチラシを貰った。そこにはTravelers  Lodge（トラベラーズロッジ）　No.２と書いてあった。ああ、この宿は一号店と二号店があるのか。と思った。そしてチェックインした後に気づいたことは、この宿には他に店舗がないのだ。元々この宿だけなのだ。しかし、このNo.２という意味は？<br><br>それは２階という意味だそうだ。マレーシアの人々は皆ブロークンイングリッシュを話すのでこういった間違いがよくあるのだ。<br><br>後にその宿のオーナー夫妻（ちなみに奥さんは大分出身の日本人）と仲良くなりこの話をした。すると皆、笑いながら「それじゃあ、将来はNo.1の方、もう一店舗ができるっていうメッセージかもね」と話していた。<br>するとそれから数年後、本当にTravelers  Lodge（トラベラーズロッジ）はもう一軒店舗を増やしたのだ。<br><br>私はまだ訪れていないがＨＯＴＥＬ　ＪＯＨＡＮという名前の宿である。うわさではとても綺麗らしい。<br>No.2という間違いにもちゃんとメッセージが含まれていたのかも？・・・・・<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/naoomino1/entry-10252594745.html</link>
<pubDate>Sat, 02 May 2009 12:06:27 +0900</pubDate>
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<title>宿の決め方</title>
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<![CDATA[ 私の友人に「旅に行くとき、どうやって宿を探すの？」と聞かれることがある。<br>通常私は宿の予約はしない。<br>やはりこの目で見ないと気に入らない場合があるからだ。<br>そして宿の入口のエナジーが悪いと私はそこにはチェックインしない。<br>これはあくまでも私流の宿の探し方である・・・・・<br><br>初めて行く土地には移動中、色々な人に話しかけて情報をゲットする。そしてエリアを決める。あとは前もってインターネットや人に聞いてその土地の情報を集める。そのため、ガイドブックはあまり必要ない。ガイドブックを見たかったらそこら辺にいるバックパッカーを捕まえ、見せてもらう。<br><br>大抵バックパッカーが滞在するエリアは安宿街となっていることが多い。周辺には宿が密集している。ひとつの宿が満室でも歩いて他の宿に行けば良い。<br><br>そして最初に必ず部屋を見せてもらうこと。<br>特に私がチェックするのは水周り。そしてベッド。<br>水周りが汚かったり、ベッドのシーツやカバーが汚かったら絶対泊らない。<br>隣近所を歩いて気に入る宿が見つかるまで探す。<br><br>しかし重いバックパックを背負いながらの宿探しも大変である。そして長旅で疲れきっている時の部屋探しも大変である。<br>そんな時、気に入った宿が見つからない場合、“とりあえず”的な宿に一泊だけチェックインする。そしてそこにチャックインした後、明日以降の宿をまた探しに行くのである。<br><br>私はひとつの場所に長居することが多い。その為、いかに心地良い宿に滞在できるか、できないかで旅の良し悪しが決まる別れ道となるのである。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/naoomino1/entry-10252597906.html</link>
<pubDate>Fri, 01 May 2009 18:13:37 +0900</pubDate>
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<title>ペルー人　ダニエルとの再会。そして彼の今を知る</title>
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<![CDATA[ バンコクに滞在している時、私はイギリス人のエマという女性と知り合った。<br>私はカンボジアに行こうと思って旅行会社に行った。その時エマは私の隣で旅行会社の人と話していた「昨日カンボジアから戻ってきたの」<br><br>私はちょうどカンボジアの情報を探していた時だったで、彼女に話しかけた。そして私たちは意気投合し、一緒にカフェに行って話すことになった。私が色々とカンボジアについて質問していると、彼女にも分からないことがあった。すると彼女は突然、隣のテーブルにいた男性二人に「ねぇ、知ってる？」と私の質問を投げかけたのだ。彼らはカンボジアに行ったことがあるらしくその答えを知っていた。その男性二人は南米出身らしくスペイン語を話していた。<br>私たちはその答えを貰ってThank youと言い、私達は二人の会話に戻った。<br>それ以上隣のテーブルの彼らとは話さなかった。<br><br>それから１週間後、私はバンコク、カオサンから一人バスでカンボジアへと出発した。そしてカンボジアとの国境ポイペットに到着した。<br>タイの出国手続きをするイミグレーションにはたくさんの人たちが群がり、長蛇の列ができていた。そしてそれが終わると今度はカンボジア側での入国手続きが待っていた。そこでもカンボジアに出入国する人たちでごった返していた。<br><br>するとそこで知っている顔を見かけた。それは１週間前、エマが話しかけた南米の男性だった。お互い「あー！」と声を上げた。彼の名はダニエル。ペルー出身だと言っていた。彼はバンコクに住んでいてビザの更新のためにただ国境に来ただけらしい。<br>彼とはものの１分ぐらい話して私はカンボジアに入国し、ダニエルはまたタイに戻って行った。<br><br>私は１週間カンボジア、アンコールワット群を見て過ごし、その後またバンコクに舞い戻った。そして今度はタオ島に行って見ようと思っていた。<br><br>ある日、私はランチを食べようと道を歩いていた。今日は違う場所で食べようと思い、いつもはあまり歩かない道を歩いていた。<br>すると突然、背後から誰かに腕を掴まれた・・・・<br>あまりにとっさのことで驚き、振り返るとあのダニエルだった。<br><br>余談だが、私は背後から突然腕を掴まれるという、このような同じシチュエーションが今までに３回あった。<br>これって他の人にもよくあることなのか？とふと思う・・・・<br><br>話は戻るが、ダニエルと再会して一緒にランチを食べた。<br>彼の仕事はペルーから取り寄せているシルバージュエリーを色々な所で売っているらしく、今夜パンガン島へ出発してそこでしばらく仕事をすると言っていた。「私はもうすぐタオ島へいくの」と言うと、ダニエルはパンガン島にもおいで。と言っていた。タオ島はパンガン島の隣にある。パンガン島はフルムーン・パティーで有名なパーティ島なのである。<br>それには興味がない私はそこに行くつもりがないと言っていた。<br><br>ダニエルが去って１週間後、私はタオ島に向かった。<br>タオ島はダイビングアイランドと言われている。<br>たくさんのバックパッカーがダイビング目当てにやってくるのだ。私は耳の鼓膜が弱いためダイビングはやらなかった。<br>するとそういう人たちはこの島で、とても疎外感を味わうこととなるのだ・・・・・<br><br>ダイビングをする人しか泊まれない宿も多い。皆、朝から夕方までダイビングに励む。夕方以降はダイビングをしたメンバーたちと夕食。そこでその日ダイビングをした海の中での出来事を皆で話して盛り上がる。<br>話しについていけない私。<br>疎外感は募るばかり・・・・<br>何故ダイビングをやらないの？と皆に同じ質問を受ける羽目になる・・・・<br>もうここは出よう！<br>タオ島に１週間滞在した後、行くつもりがなかったパンガン島に向かった。<br><br>パンガン島に着いて、とりあえず的な宿にチェックインした。荷物を部屋に置き、少しゆっくりした後、私は明日以降の宿を探しに行った。そして気に入った宿を見つけ明日にチャックインすることにした。その日は疲れていて早めに寝た。<br><br>翌日新しい宿にチェックインした後、町をぶらぶらしていると私の名前を呼ぶ声がした。振り向くとあのダニエルだった。フルムーン・パティーはもうとっくに終わっていたので彼は既にいないと思っていたのだ。電話番号をあげたんだから電話してくれれば良かったのに。と言われたが、携帯を持っていない私としてはそんなことは面倒でできない。<br><br>携帯が無くても結局彼と３度も再会できたから良いのである。<br>そして私が本日チェックインした宿のとなりの宿にダニエルは泊まっていたのであった。やはり必然だ・・・・・<br><br>夜ダニエルが仕事に行くというので私も一緒に行った。路上でペルーのジュエリーを売るのだ。私は客のふりをしてサクラを務めた。そのお礼かダニエルは私にエンジェライトというペルーでよく取れる石が入ったイヤリングとブレスレットのセットをくれた。ダニエルは私にとって親戚のおじさんのような存在になっていった。<br><br>結局、私はパンガン島に１週間滞在した後、お隣の島、サムイ島に向かった。パンガン島を最後にダニエルとは再会していない。<br>電話をくれと言われたが面倒なのでしなかった。<br><br>それから３年半後、私はバンコクのチャイナタウンで買い物をしていた。天然石を使ったヘンプアクセサリーに凝っていてその材料を買いに行ったのだ。<br><br>店で材料を物色していると、二人の男性が私に話しかけてきた。私がしているネックレスを指差して「それはどこで買ったのか？」と聞いてきた。<br>「こういう石はインドで売っているの。これも私がインドで購入して自分で作ったネックレスなの」と私は彼らに説明していた。<br>私は彼らに説明しながらも、きっと彼らはペルー出身だわ。と思っていた。彼らの見た目がインディオの血が流れているようでダニエルぽかったのだ。<br>そして聞いてみるとやはりペルー人であった。<br>もしかするとこの人たちはダニエルを知っているかもしれない。と思い、聞いた。すると彼らはダニエルの知り合いだった。<br><br>今ダニエルはバンコクには住んでおらず、結婚して香港に住んでいるらしい。<br><br>ダニエルと３回も偶然に再会し、今はもう彼との再会はないが、彼の知人を通して彼の今の状況を知ったのはやはり偶然ではなく必然だと思う。<br>色々と前世からの絡みがあるのだろと感じられた。<br><br>実はダニエルのような偶然の再会は私の人生の中でたくさんある。<br>旅を続けているとたくさん出てくる。実生活でもたくさんある。<br>皆もあると思う。たくさんなくても何回かあったと思う。<br>えーっ、ないよ。と言う人はもしかすると意識していないので覚えていないだけかも？意識しながら毎日を生きると、本当に全て偶然はなくて必然なんだと感じるようになる・・・・・<br><br>旅に出ると今までの実生活の流れがそこで打ち切られ、時間が止まった感じになる。その為、不思議な出来事と言われることがむき出しになるのだ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/naoomino1/entry-10252574272.html</link>
<pubDate>Fri, 01 May 2009 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>カンボジアに行く前に見た足</title>
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<![CDATA[ 日本を出る前、退行催眠のテープを聞いて寝たことがあった。<br><br>それはある本を元に自分で作ったオリジナルのテープであった。<br>以前は毎晩寝る時に聴いていた。そして３つの自分の前世も見た。<br>私が見たあの場所はどこなのか？その時は分からなかった。しかしいずれ分かる時が来ると感じていた。<br><br> それから一年後、私はスペインに行くこととなった。そして３ヶ月間スペイン中を回った。すると私が退行催眠の時に見た３つの前世の場所はスペインにあることが分かった。やはり必然的にこの場所に導かれるようになっていたのである。その場所に導かれた時、私がいた場所はここだ。とすぐに分かった・・・・<br><br> たくさんある前世から何故私の魂はその３つの前世を見せたのか？<br><br>それは一年後にスペインに行くと魂が分かっていたからなのだろうか？・・・・まだ前世から消化されていなかった心の問題でもあったのか？分からない・・・・<br><br> その場所はバルセロナ、アリカンテ、グラナダである。たくさんの場所を訪れたにもかかわらず、時間が経てば経つほどその３つの場所だけが強く思い出に残るようになっている・・・・・<br><br>どうやら前世からの思いは時間を超えるらしい・・・・<br><br>その体験があったので私は東南アジアデビューの前に一度だけ、久々にそのテープを聞いた・・・・・<br><br> <br>浅黒い大きめな足。男性らしき足が出てきた。<br><br><br>ただそれだけだった。それ以来、私はそのテープを聞いていない。<br>今ではメディテーション（瞑想）をするようになったのでそのテープは必要なくなったのである。<br><br> 東南アジアに行ったら、私はその足のことなど忘れてしまっていた。<br><br>そしてタイからカンボジアに入国した途端、<font size="3"><span style="font-weight: bold; color: rgb(51, 153, 0);">Incomplete（不完全）</span></font>という言葉が心の中に聞こえてくるようになった。<br><br> そんな時、私はアンコールワットを訪れた。そこに着いた時、私はこの場所を知っていると感じた。アンコールワットを歩き始めると脳裏に浅黒い足が出てきた。その時、これはあの退行催眠で見たあの男性の足だ。と思いだした。何かその足を持った男性はオレンジ色の布を巻きつけ眼鏡を掛けていた。その人が私と共に歩いている感じがしたのである。あれは私なのでは？と感じた・・・<br><br> 結局Incomplete（不完全）という言葉はカンボジアを出るまで頭の中から消えなかった。きっと私にとってまだカンボジアで終わっていない何かがあるのかもしれない。今の時点ではそれは分からない・・・・・・ <br>
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<link>https://ameblo.jp/naoomino1/entry-10252568632.html</link>
<pubDate>Fri, 01 May 2009 17:13:23 +0900</pubDate>
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