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<title>日々の発見</title>
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<description>何気ない日常から深堀</description>
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<title>一流の人は大方はしっかり自分の弱点を自覚している人だ。</title>
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<![CDATA[ <p><strong>&nbsp;&nbsp;&nbsp;</strong></p><p><strong>僕がすごいと思う哲学者の1人　ソクラテスという方がいるが、ソクラテスといえば、あの有名な「無知の知」という言葉を残した人だ。&nbsp;&nbsp;</strong></p><p>&nbsp;</p><p><strong>無知の知→知らないということを、知っている（自覚している）</strong></p><ul><li><strong>「徳」を持っていると勘違いしている人を諭すために用いられた</strong></li><li><strong>対話形式（問答法）で、エレンコス（反論）よって相手を諭した</strong></li><li><strong>人々にそれを伝えることを神からの使命と感じていた</strong></li></ul><p>当時、ソクラテスは旧約時代の神を信じ、そのミッションとして無知の知の重要性について伝えていくことを生きがいに感じ生きていたそうです。</p><p>今から2000年以上前の人だけども、自分の軸をもって生きる姿はかっこいいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ僕がソクラテスのすごい。と思う点は無知の知にもあるように、常に謙虚に学ぶ姿勢があったことだ。それが探求心や研究気質に繋がっているのだと感じる。</p><p>初めのころのソクラテスは、自分は全く知恵が足りていないと思っていたようで（すでに学者以上の知力があったといわれている）</p><p>実際学者と話してみて、学者たちも思い込みや怠慢で生きている人たちが多いということを感じたことから無知の知という概念がうまれたそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>一言で知らないことを知ることが知恵だ。と。</p><p>&nbsp;</p><p>現代でも同じだが、やはり成長している企業を調べてみると、内部の弱点を正確に把握している企業は強いと感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>シリコンバレーの企業も常に新しいものを生み出すために、自分たちに何か足りないものがないのか。と考える姿勢が伺える。</p><p>それは若手起業者投資企画のプレゼンにも有名な社長や重役も参加している点からそう感じた。</p><p>&nbsp;</p><p>自分たちがまだ未熟だと自覚しているということは成長の可能性を広げる</p><p>&nbsp;そして果敢に挑戦することで成長の機会を掴める。</p><p>今日失敗しても、明日成功できればいい。その悔しさをばねにして、成長出来る。</p><p>&nbsp;大切なことは年を取ったとしても未熟であること認知し続ける事だと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は隙もない人というのは、自分の長所と短所、特徴、世の中やコミュニティーのニーズを正確に把握し自覚している人だと思う。</p><p>強い人というのは、短所がない人ではなく、短所を自覚している人だと思います。</p><p><br>かつての偉人からも学べますが、今もよりよくしていくためにまず自分自身を向き合う必要性を伝えたいです＾＾</p>
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<link>https://ameblo.jp/nari00044/entry-12351869752.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Feb 2018 09:21:58 +0900</pubDate>
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<title>ねん挫</title>
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<![CDATA[ <p>朝起きたら、足をねんざしていて今日は一日自宅療養です。</p><p>&nbsp;</p><p>もともと３件、仕事が入っていたのですが、やむなくキャンセル。</p><p>&nbsp;</p><p>こういう時、よく「なんでこんな時にねんざするんだー涙」といって自己嫌悪に陥っていました。</p><p>今もそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>でも自己嫌悪って悪いことなのか、考えてみると、必ずしも悪いことばかりではないのかな。と思います。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜなら自己嫌悪に陥るということはそれだけ自分自身と向き合えている証拠だからです。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん、自己嫌悪に陥って自信喪失や無気力にまでなったらよくないと思いますが、</p><p>ありのままの自分と向き合って、その自己嫌悪を原動力に前進すればいいのではないかと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>僕は、何か問題が起きたとき、他人のせいではなくまず自分に問題がなかったのかいつも確認するようにしています。</p><p>&nbsp;</p><p>むしろ自己嫌悪がない→自分と向き合うことができていない→成長の機会がない　ということに繋がると考えます。</p><p>&nbsp;</p><p>それは問題が起こっても誰かに責任転嫁、環境のせいにしてしまうからです。</p><p>結局、誰かのせいにしたところで自分が変化することは少ないと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>だからこそ、大変なことがあってもただマイナス思考に走るのではなく、</p><p>今自分に出来る最大限のことを実践し、自分と向き合って、与えられた環境に感謝しながら過ごしていけたら理想なんだと感じます！</p>
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<link>https://ameblo.jp/nari00044/entry-12351601490.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Feb 2018 09:11:00 +0900</pubDate>
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<title>初ブログ！</title>
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<![CDATA[ <p>僕が日々考えていることや、また何か僕の考えを通して少しでもいい影響を周りに与えられあたらいいな。と思い、ブログを始める事にしました。</p><p>&nbsp;</p><p>今日は仙台駅から歩いてすぐのloftでショッピングをしていました。</p><p>やけに今日は高校生が多いように思えました。</p><p>僕が高校生の時は振り返ってみると、大変否定的な考えを持っていたもので、いまと比較したら180度人格が変わったと改めて思います。</p><p>&nbsp;</p><p>高校生だった当時の自分の口癖の一つが「どうせ●●やっても無理だ」とか「どうせできない」などとにかく否定的な言葉を使っていたように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>今思えば、否定的な言葉は自分の可能性だけでなく、成功の機会も逃してしまう言葉だ。</p><p>&nbsp;</p><p>言葉は簡単に発することができるが、怖いものであると思う。</p><p>出来ない、自分なんか、という否定的な言葉を発するだけで、また思うだけで本当のその人格が否定的になってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>思うようにうまくいかない時こそ、「できる、前向きに」とポジティブな思考なら瞬間機会を掴むこともできる。よって、本当の問題はチャンスがないことではなく、多くの機会に気づけないことだ。</p><p>&nbsp;</p><p>人は、個人、金、家族、教育、人間関係など、失敗を経験してしまうと<em>否定</em>的態度に陥ってしまいやすい。</p><p>だからこそあらかじめ自分が影響を受けやすい人間なのだと前もって認識しておけば、否定的な考えが生じないよう予防になる。</p><p>&nbsp;</p><p><i>否定的な性格から肯定的な性格に直していくまで時間も労力もかかるが、肯定的になると、人生の楽しさが増してくるので、否定的なマインドを持ちがちな方は認識観からかえることをお勧めします！</i></p>
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<link>https://ameblo.jp/nari00044/entry-12351471315.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Feb 2018 19:31:10 +0900</pubDate>
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