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<title>ナースが障害児の親になったら</title>
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<description>看護師歴10年の二児のママナース。次男が５ヶ月の時、急性壊死性脳症を発症、重症身体障害児に。同じ病気を持つ人にケアの方法や病気について情報共有する為にブログをしています。</description>
<language>ja</language>
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<title>「急性壊死性脳症について③」</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>　前回の続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>　その後、意識は戻ることなく、一年半経った今も、次男は眠り続けています。</p><p>&nbsp;</p><p>　振り返りながら書くと細かいことが曖昧なのですが、あの頃は病院の敷地内の家族控室に泊まり込み、電話が鳴るのに怯える日々でした。食事も何かを食べていたような、何を食べていたのかも記憶が薄く、長男が慣れない生活に文句も言わず、四歳なりに協力してくれたことがありがたかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>　一昨年はまだ新型コロナウィルスの影響もなく、昇降状態を繰り返す息子にも会えてはいたのですが、現在は面会謝絶です。長男は去年の次男の誕生日以降、会えてはいません。</p><p>&nbsp;</p><p>　2021年2月に次男は二歳を迎えます。</p><p>　生後５ヶ月で病院に入院してから、一歩も外には出ていません。</p><p>&nbsp;</p><p>　この先、病院で過ごす時間がどんどん増えていくと思います。その時間に少しでも親として出来ることをしてあげたいと思っています。</p><p>　そのきっかけとして、母児入院を提案してくださいました。（コロナ禍であるのに、融通を効かせてくれました、田舎であることも大きかったかもしれません）</p><p>　次男との時間を大切に過ごしたいと思います。</p><p>　そして、今は慢性期になりましたが、自力で尿を出し切る力が弱いため導尿を行い、経管栄養で栄養素が十分でないためか、肌トラブルや感染症を繰り返しています。</p><p>　ケアの方法についても、以前は少し挙げましたが、リモイスバリアやリモイスクレンズの活用方法を紹介できればいいと思っています。</p><p>　同じような立場のご家族の為に、何か出来ることはないかと、発信して行けたらいいなぁと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>　次回は誕生日会を兼ねた母児同室を行ったことについて書きますね。</p><p>&nbsp;</p><p>　ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nattara-2021/entry-12655212662.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Feb 2021 16:49:00 +0900</pubDate>
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<title>「急性壊死性脳症について②」</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>　こんにちは、なったらです。</p><p>　前回の続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>　夜中のP I C Uの病状説明室で担当医から次男の状態は、生命の危機、と告げられました。発症したのが病院だったのが不幸中の幸いで、呼吸停止前に気管内挿管をしたので酸素は下がることはなかったと説明を受けました。</p><p>&nbsp;</p><p>　日中には何度も心拍が低下し、昇圧剤（血圧を保つ薬）や抗生剤、強心剤、輸血、シリンジポンプが何台も小さな体に繋がり、管だらけの息子を応援することしかできませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　会える内にご家族の方に連絡しておいてください、と心臓マッサージを行う可能性を告げられ、親戚が集まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　長男は、紫色になった次男の指先を見て、「こわい」と言いました。</p><p>&nbsp;</p><p>　私は泣きながら、ただ「がんばれ」としか言えませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　看護師として小児科で働き、子供の看護に携わってきました。急変は多くはなかったですが、出生、間もない子どもを看護するという仕事をしていたのにも関わらず、私は無力でした。家族の気持ちなど何一つ分かっていなかったと、そのとき初めて、自分の子供が急変して身に染みました。</p><p>&nbsp;</p><p>　担当医から、薬だけでは生命維持が難しく、「交換輸血」の治療法を提案されました。脳症を引き起こしている細菌が、血液内で多すぎると体が負けてしまうために、体内の正常な血液を交換して、起死回生を測ろうというものでした。もちろんリスクはありますが、このままだと確実に脳症のダメージで死に至る可能性を考え、「交換輸血」を行いました。</p><p>&nbsp;</p><p>　次男は必死に、必死に、頑張って、頑張って、心臓を自分の力で保つことができ、栄養は点滴で、少しずつ治療が症状に勝つようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　なんとか超急性期の山を降りかけましたが、次は尿が出ずに透析が必要であると言われました。</p><p>&nbsp;</p><p>　透析は二週間以上続けて、なんとか尿は出るようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかし、次男の意識は戻りませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>「急性壊死性脳症について③に続きます」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nattara-2021/entry-12655136707.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Feb 2021 09:58:11 +0900</pubDate>
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<title>「急性壊死性脳症について①」</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>　こんにちは、なったらです。</p><p>&nbsp;</p><p>　今回から、急性壊死性脳症の経過についてまとめたものを投稿していきます。</p><p>&nbsp;</p><p>　結論から言いますと、発症の原因は「不明」でした。</p><p>&nbsp;</p><p>「急性壊死性脳症」は「脳症」でも類を見ない珍しいもので、現代の医学では未だ解明されていません。</p><p>　起こった症状に対しての対処療法しかないそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>　血液培養、先天性代謝障害、染色体検査、全身のM R I、C Tその他もろもろの検査を行い、子供自身の特性や病気の原因を探りましたが、発症の決定的な「理由」は分かりませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　脳症について研究している東京大学へ「水口雅先生/東京大学院医学系研究科　発達医科学、教授」データーを送りましたが、決定的なウィルス、細菌、遺伝的傾向は不明でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　経過をお話しします。</p><p>&nbsp;</p><p>　少し長いので、何個かに分けて投稿します。</p><p>　うちの次男は2018年の８月に「急性壊死性脳症」を発症しました。</p><p>　最初は、長男の風邪が移っただけで、症状としては咳と鼻水だけでした。長男には風邪薬を処方してもらい、次男はかかりつけの大きな病院を受診しました。</p><p>&nbsp;</p><p>　もともと次男は正期産で、出生体重も約3キロと生まれつき、異常は指摘されなかったのですが、生後2ヶ月あたりから体重の増えがゆるやかで、母乳の飲み具合も一時間以上飲んでいるのに、またすぐに欲しがるという常に抱っこ状態でした。長男は一回に飲んで、しばらくは時間が空いていたので、少し時間がかかる子なのかなと思って、気になり、市の助産師さんが二週間に一度開いている、母乳相談に通っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>　そこでは体重の増えがイマイチであるため、頻回授乳を勧められました。（母乳神話はここでも健在でしたが、長男の時に乳腺炎になり、色々と肩の力が抜けていた私は、授乳だけの問題ではないな、と直感的に思いました）</p><p>　夜中でも３時間毎、日中は１時間毎で、長男の保育所の送り迎え以外はほぼ授乳をしていた状態だったので、これ以上は増やすことは難しく、次男自体の特性が病気でないかを心配し、助産師の意見だけではなく、小児科医に判断してもらおうかと小児科を受診しました。</p><p>&nbsp;</p><p>　母児入院を行い、体重の増えを哺乳前後で計測し、採血とM R Iと染色体検査を行いました。結果は異常なしで、哺乳瓶からの哺乳は受け付けなかったので、経管栄養（鼻から管を入れて、胃まで直接ミルクを投与すること）を導入して家に帰りました。それからは確実に栄養が胃に投与されるので、体重は増え、家で注入しながらの生活を送っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>　８月になった生後５ヶ月、兄の風邪を貰って、次男は体調を崩しました。</p><p>&nbsp;</p><p>　一度かかりつけの大きな病院を受診しました。夜間で、次男は鼻水、熱があるもののニコニコとしているため、当直医の先生は、入院はしなくてもいいんじゃないかな、と言いました。一旦、帰宅しました。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかし、その二日後、熱が下がったもののぐったりとしており、夕方に再び受診しました。受診時からぐったり感が増し、脱水でも起こしているのかな、でも経管栄養で注入しているのにな、と不安を抱えながら診察を待ちました。</p><p>　当直の先生は、採血を行い、その時に痙攣があったため鎮静剤を使ったと言いました。その後、意識が覚醒せず、眠っている状態であるため、様子を見るためP I C Uに入院が必要だと言いました。</p><p>　C T、採血の結果では軽い肺炎が起きているけれど、これといった所見はないとのことでした。</p><p>　帰宅した私は夕方に病院に行ってから、日付けを跨いでいることに気付き、朝になったら目が覚めている次男に会えることを考えて、横になりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　ところが予想に反し、電話が夜中の2時に掛かってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>　次男は急変し、自発呼吸を止め、痙攣しているため、挿管（口から気管支に管を入れること）し、人工呼吸器を装着したという連絡でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　すぐに車に乗って、主人と長男と病院に行きました。</p><p>&nbsp;</p><p>　病院で見せられた、頭部C Tは夕方に撮影したものと異なり、真っ黒でした。担当医からは、炎症が起きている、と言われ、そこで「急性壊死性脳症」という病気を告げられました。</p><p>&nbsp;</p><p>「急性壊死性脳症②に続きます」</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nattara-2021/entry-12653071798.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jan 2021 12:35:43 +0900</pubDate>
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<title>初めまして、お久しぶりの方も。</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>初めまして。</p><p>前にブログを見てくださっていた方は、お久しぶりです。</p><p>二児のママナースをしています、「なったら」と言います。</p><p>&nbsp;</p><p>2019年８月に当時、生後五ヶ月だった息子が「急性壊死性脳症」という病気になりました。</p><p>2021年1月現在、病院に入院中です。意識不明で人工呼吸器装着し、経菅栄養、全介助の状態です。</p><p>同じ脳症の子供さんを持つご両親と情報共有したく、ブログを開設していたのですが、アメブロの方にお引っ越しをしました。</p><p>（前のは自分で作っていたのですが、管理費がかかる為です）</p><p>&nbsp;</p><p>ここでは、発症の経緯と経過、また親としての悩みや葛藤なども書いていこうと思っています。</p><p>同じ病気で悩んでいる方、また医療者として障害児の親の心理に興味がある方、多くの方の参考になればと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>Twitterも長らく放置気味でしたが、ぼちぼち再開していきます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nattara-2021/entry-12649034694.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jan 2021 20:21:31 +0900</pubDate>
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