<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>なつきーる</title>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/natuki-ru/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>初めまして。YouTube、SHOWROOM、Mirrativ、nanaで活動しています。なつきーると申します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>男女の隔たりは無くならないのか。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　最近ではジェンダーが云々話に上がってきている気がする。時折見るドキュメンタリー番組では働く女性や、先端で学びの場を豊かにしている女学生の姿を目にする。</p><p>　私は男尊女卑の世界を見てきている方......な気がする。それゆえに少し「理解ができない」と思ってしまうのだ。女性は元々男性に守られていていいはずなのにも関わらず、わざわざ守られない側へといく姿勢が理解できなかった。私は女の子、ないしは女性に弱みを見せることが苦手だった。例えば相談室や保健室。あの場所にいるのは女性がメインだ。私はどうしても彼女らに頼ることに嫌悪感を抱いていた。それは女性が守られる側だとアニメやドラマなどで思わせられてきたからだと思う。プリンセスを守るのは王子の仕事。そして自分が弱いから相手も弱いものだと勘違いをしていたのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>　最近感じたのはホストとキャバクラの違い。</p><p>　父はキャバクラに行った。女の子と飲みに行ったと言う。母はどうせ若い子は何も相手にしていない。等という。</p><p>　反対に母がホストに行ったら父は怒ると思う。キャバクラとホストはどう違うのだろう。どこが似ているのだろう。両方とも行ったことがない（まだ行ける年齢ではない）私には想像もつかないことだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　閑話休題</p><p>　お嫁さんというものは旦那さんの帰りを待ち、旦那さんが心地よく生活するために家事をする。場合によっては子供を育てたり、義母や義父の介護をする。旦那の苗字になり、血縁関係を結ぶ。というのが一昔前のこありがちなこと。</p><p>　今は働きに出る女性が多くなり「自我」を持ち始めたように感じる。</p><p>　だが一方で一昔前の生活がいい人がいることも確か。この人のお嫁さんになって、家では楽しく過ごしてほしい。この人のお婿さんになって毎日いってらっしゃいとただいまを言ってほしい男性がいる。彼ら彼女らにとっては少し生きにくくなっているかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>だめだ、言いたいこと忘れた。ちょっと待ってね。後でかく。思い出したら。</p><p>ごめんよ</p><p>　</p><p>　</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12775323682.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Nov 2022 20:04:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>久々に過去編する。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　ただ生活をしていた。この世界で生きをしていた。</p><p>　変わることのない現実を、過去を呪った。</p><p>　何も変わらないのが一番嫌だった。</p><p>&nbsp;</p><p>　初めて自殺未遂をしたのが小学校2年生。ピアノの発表会練習、一年生の頃にされた殺害予告やトラウマ。</p><p>　人間は簡単に命の選択をしてしまうのだと知った。それから止まらなかった自傷行為は今もする時がある。何度か転機は訪れた。いいものもあれば悪いものもあった。私には幾許か悪いことが多かっただけ。周りの方が、もっと苦しい人が、その魔法なのか呪いなのかわからない針のようなものが自分の中で育ちナイフになった。自分がとても穢らわしいものに見えてくるのだ。洗っても消しゴムで消しても止まらない穢れはきっと存在してはいけないものだったのだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>　私なんて生きていなければ。何度もそう思い実行した。だが、どこか足りなくて死ぬことはできなかった。明確な「どれ」は存在していない。きっと二度目の未遂。意識を失う前はあんなにも幸せだった。目が覚めた時に見た光がひどく霞んで見えた。すごく悔しかったのだ。あれほど気分が悪かった朝（昼だったかも）はない。それからだった。怖くなった。これで失敗したらまた同じことになる。どうだろう。実行しようとすると体が震えるのだ。おそらくこれからの人生この記憶に邪魔されるのだと思った。</p><p>　その弊害はそれだけではなかった。あの時死んでいればの気持ちが今も抜けないでいる。ずっとあの時のせいにして逃げていくのかもしれない。嫌だったから逃げるのをやめた。やめることができていたはずなのだ。周りの人が優しかった。この温もりにずっと触れていたいという甘えの感情が邪魔をした。</p><p>　いなくなったら嫌だ。建前でも嬉しかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　「生きていてごめんなさい。」その言葉だけは吐き出すことができなかった。吐き出したくて吐き出したくてたまらない言葉は今でも私の心の中に音もなく眠っている。きっと許してくれると思ったから。許されている自分を思い浮かべた時、以前の未遂が業になっていることに気がついた。こんな自分許されてはならない。許されたらもっと自堕落になってしまう。かといって許されなかったらどうだろう。生きている価値をなくし、また同じことをしてしまうかもしれない。同じことになってしまうかもしれない。成功するかもしれない。色々なことが頭を駆け巡り、頭の悪い私は考えることを放棄してしまう。</p><p>　</p><p>　それが何よりも嫌だった。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12774945944.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Nov 2022 12:56:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>灰色に近く赤色に近い　導入</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　幼くて弱い僕の記憶の中にいるのは他でもないあの人だった。</p><p>ニコチンと一酸化炭素と香水の匂いが混じり、優しいハスキーボイスが聞こえ、顔が隠れるような綺麗な長髪。僕が覚えているのはそれくらい。遠い昔のことだ。まだ忘れられないでいる。</p><p>　最後の日、あの人は「またね」という僕に「ばいばい」と言った。あの時無理矢理にでも「またね」と言わせておけば何か変わったのだろうか。その違和感を口に出せていたら、次の約束を取り付けていたら、何かが変わったのだろうか。</p><p>　何年も経ち、大学に進学した。たまに喫煙所に寄ってしまう。どこか違うあの人の匂いがする。少しだけ懐かしい。まだ未成年だから吸わない。だがそこにいるだけでよかった。</p><p>　パソコンを立ち上げレポートを書いていく。ここにいると進みが早い気がしている。つい寄ってしまう場所だ。この後は授業がない。のんびりとのんびりと進めていく。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12773764929.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Nov 2022 08:53:49 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>d</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　わあ、悔しい。何もできない。自分が嫌だ。</p><p>　だって今も何もできていない。書きたいといってほとんどの作品は完成していない。</p><p>　その悔しさをバネにする力も持っていないから。いつか思い出す時まで、それまでどう人生を浪費したら良いだろう。当てのない言葉をぶつけたら良いだろう。こんな時、感情をぶつけられる誰かがいればと思う。誰もいなかった。大声で子供みたいに叫んで嘆いても受け止めてくれるものがないから蓄積されていく。自分のなかの塊がぶつかり合ってくっついて大きくなっていく。</p><p>　やめてくれ。これ以上大きくなったら当てがなくなる。小さくなったって大きくなることを覚えたエゴはもう縮まらなくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>　いろんなものが見えていろんな者が聞こえるの。</p><p>　即興で作れてしまう曲が幻聴かも知れないと思ったら自分が信じられない。なんで、これはいけないこと？</p><p>　随分昔からあった自傷癖。悪いことだと知ったのは最近。学校教育じゃ教えてくれない。そんな激しく、醜いもの。ゾッとした。だって誰も教えてくれなかった。これが治さなければならない者だと知った時、もう手遅れだった。教えて欲しかった。ただそれだけ。治らなくなっていって依存していく自分が嫌いなだけ。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12770486204.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Oct 2022 12:52:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ディストピア作品</title>
<description>
<![CDATA[ <p>少し面白いことがあった。最近はなぜかディストピア作品にハマってしまったわけで。その話をちらちらとしたい。壁打ちになるがそこら辺はご勘弁いただきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>　闇堕ち、メリバ、バドエン。その他諸々。私は地雷が少ない方だと自負している。ハピエンも好きだし。薔薇も百合も読む。だがディストピア系はあまり読んだことがなかったから。</p><p>　バドエンは嫌いではないが、できればメリバがいいという切なる願い。自分の感情に嘘がつけなかった。グロやエロは読める。読めるんだ。でも男女のエロはできれば女体化されている推しカプがいいし、グロいのは中途半端なもの（？）ではなくカニバリズム嗜好等をどっさり入れてきてほしい。愛しているが故に傷つけてしまうジレンマを守るのが好き。内臓などのぐちゃぐちゃ感で人間の醜さを語り尽くしてほしい。そこに愛が無くても別に構わない。それを嘆く誰かがいれば。ディストピア系は嘆く誰かがいない気がした。だから読まなかったわけで。</p><p>　作品名は隠させていただく。許してくれ。まあネタバレにするつもりもなければ、それだけを紹介したいわけでもない。</p><p>　ディストピアとは反理想郷のような作品のことを指す。まず創作家として理想郷ばかりを書いていても何にもならない。以前ディストピアもどきを書いたことがあるのだが、どうにもこの不幸な子たちの救い方について悩んだ。男の子と女の子から好意を向けられ、自殺した女の子。女の子は自ら命を断つという「死」の救い。彼、彼女には好きな女の子に「生」という地獄のような仕打ちをむけてしまった。結局、皆が幸せになれるルートはない。</p><p>&nbsp;</p><p>　自分なりのディストピア。幸福の定義は違うよね〜、辛さの定義は違うよね〜、人って本当にいいものなのかなぁ？今一度考えてみようよ！的な。</p><p>　人間は元々不幸である。その考え方をしているがゆえに、優しいと言われる。せめて私といる時くらいは。</p><p>　その考えがダメなんだ。きっと。謎に漬け込まれることも多かったし。不幸な人ばかりではないと知ったのはここ2年くらいのこと。まあ知れてよかったと思う。優しさに漬け込まれることは無くなったし、このこといたらずっと幸せにしてくれる系の人たちも減った。一つの収穫。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12769753013.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Oct 2022 22:24:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>何者にもなれないなら</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　多分、満たされない何かを探していた。</p><p>　誰かといても埋められない孤独。成長しきっていない自分。面白くない文章。知らない名前。</p><p>　文章を書けない書けないと嘆いては、文字通り歌えない自分を恥じた。それしかできなかった。それが嫌だった。きっと自分の当たり前は誰かにとっては当たり前じゃない。それはすごくわかりきった事実。でもこれを無くしてどう生きればいいかがわからない。久しぶりに書いているブログはただ吐き出したい言葉を駄文にしているだけだ。</p><p>　以前であればこれだけで千文字は書けたであろうものが今はほんの二百文字程度で書くのをやめたいという感情が出ている。何もできない自分に腹が立っている。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12765458548.html</link>
<pubDate>Wed, 21 Sep 2022 13:00:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>本気で久しぶり</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　お久しぶりです。</p><p>&nbsp;</p><p>　最近になるまで、アメブロの存在を忘れていました。は過言。何度も戻ってきたかった。ただ、誰にも邪魔されずに自分で自分の思っていることを書きたかった。死にたいと思った時、来たいとなるのはここだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　文学を底辺なりの文学をしたい。ただそれだけで始めたブログは一生分の引き出しを贈与したい。本当に疲れた時、羽を休ませてくれるのはここだ。</p><p>　最近こなかった理由としては、小説を書くことに忙しかったから。自分が弱者であると堂々と言える場ができたから。と言えよう。</p><p>&nbsp;</p><p>　どれだけ長文で自分の気持ちを伝えても見る人なんていなくて。だからすごく楽に自分の思いを伝えられた。</p><p>　音楽が嫌になった時、文学が嫌になった時、ここに来れば少しは許されると思った。ブログを創作している。それだけで創作家を名乗り続けていても良い気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんな戯言を話すための孤独。観客は〇人。</p><p>　生まれ変わっても出会えるように。炎上はしたことはない。だが、いつどうなるかわからないのが人生だ。ここではおそらく炎は飛ばないと思っている。ここで炎上することはないと思っている。中の人は同じだ。紡いでいる言葉の質が量が違うだけ。本当に。ただそれだけだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　普段使っている　SNSという場ではこんなにも長文で話すことはない。140字の中にある正解はきっと一つじゃない。</p><p>&nbsp;</p><p>　閑話休題</p><p>　なぜここへ戻ってきたのか。理由は簡単だ。</p><p>　何もしたくなかったから。</p><p>　細やかな比喩表現。古典文学て用いられる５７５７７でしか自分の感情を伝えられない一人の少女が、何も書けなくなった。</p><p>　書こうと思い、筆をとるも驚くほど何も出てこない。だから、まだ自分は書けるという証明がしたかった。それだけ。</p><p>　何も書きたくない自分vs何かを描きたい自分。その中間点がここだ。ちゃんと自分の言葉で、自分のことを伝えられるか。とても不安になる。不安になると、ここへ来たくなる。隠れ家のような場所だ。</p><p>&nbsp;</p><p>　安心している。欠けていたはずの文章が、しっかりと書いてある。指が動くたびに疲れを感じずに一生動かせる。そんな感覚。久しぶりだ。楽しい。いつかは終わらせないといけない。いつかは戻らないといけない。現実に。いつまでもここにいてはならない。しっかりと、目を開けて、下ではなく上を向かなければ。雑音を音楽として捉え、人の言葉を文字で理解しなくては。そうしなければならない。</p><p>　背けたい現実も、課題も、日々自分に課せられていくタスクを。こなさなくてはならない。それだけは確か。</p><p>　この、自分という名の醜さを、受け入れなくてはならない。</p><p>　洗い続けたい肌も、洗い続ければいつかは綺麗になるのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　人生は伏線回収の連続である。この人にはこれを伝えたから、いつかは説明しなくては。ここだってそう。まだ回収していない伏線が張り巡らせてある。また戻ってくるよ。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12754377827.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Jul 2022 14:38:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>お久しぶりです。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　お久しぶりです。ブログを書く分の余裕ができたので。</p><p>　最近は割と元気はありませんでした。人間関係、新生活、諸々で忙しくしていました。</p><p>　</p><p>　まあ、わかっている方も多く存在していると思いますが、私はすごく死にたがり屋です。嫌なことがあったら死にたくなります。1日でその感情がなくなっている時もあれば、長く続くこともあります。</p><p>&nbsp;</p><p>　私の中で分析してみました。どんな時にいなくなりたいと思うんだろう、と。</p><p>　最近一番しっくりきたものが、「誰かを後悔させたい時」だったんですよね。今死んだらこの人（自分の嫌いな人、苦手な人）が自責の念に駆られて苦しめばいいって思ってしまったんですよね。</p><p>　一瞬でも自分の行動に後悔をして欲しかった。死んだ後にこのブログを見て、ああ、この子のこれに気づけなかったんだな。ごめんなって思ってほしい。病み垢を見つけて、こんなにも自分の何気ない一言で傷ついていたんだって。思えよ。</p><p>　謝罪をされても多分許すことはできないから、一方的にずっと謝罪し続けていればいい。私の魂が許すまで。今までの行動を見返して、悔やんでいろ。</p><p>　そう思うことの何が悪い。先に嫌われるようなことをしたのは、言葉で傷つけてきたのは、あなただ。</p><p>　私は割と考えてから行動するタイプだと思っている。特に人の好き嫌いは。偏見で嫌いになったり、見た目で嫌いになったりはしない。行動、態度、言動で判断する。だから滅多に人を嫌わない。でも、一線。一線を超えるとその人の嫌な部分、今まで目を瞑ってきたところを思い出す。</p><p>　ああ、あの時のあれ嫌ってたのかな。あの時のあの言葉まじで傷ついたとか。</p><p>&nbsp;</p><p>　割と自己犠牲型なため、私がいなければいいのかな。相手を変えるよりも自分を変えたほうが楽だと思って、結局私が死んだらこんなことに悩まなくてもいいじゃん。てか、あの人も喜ぶんじゃね？と。そう思うと死にたくなる。本当に、偽りだらけの毎日だ。</p><p>　ダメな部分とは自覚しているが、どうしても自覚したくない。この考えを捨てた時、どう生きればいいかわからない。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12736932613.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Apr 2022 22:31:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>早朝</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　朝、今日は早くに目が覚めた。</p><p>　時刻を見ると五時前。昨日は一時くらいに寝たから、四時間ほどだろうか。睡眠不足のせいか、頭は回らないし、指の感覚も少ない。心なしか、肩こりもひどいように思う。</p><p>　喉が渇いた。水を飲んだ。苦味があった。</p><p>　それは昨日、睡眠薬を飲んだということだ。眠剤を飲んでもなお、このくらいしか眠れていない自分に嫌気がさした。</p><p>　</p><p>　心当たりとしては、今日友達と遊びに行く。昨日、小説販売の告知ができた。次回作を書かねばならない。などさまざまだ。</p><p>　遊びに行くことに関しては、とてもじゃないが、なぜか乗り気ではない。実際言ったら楽しめるのだが、行く前が億劫という。そういうことが度々ある。</p><p>　早めに帰ればいっか。親から連絡きたふりをすれば。なんなら今日の睡眠不足を理由に。</p><p>　最近は聴覚過敏、感覚過敏がとてもある。すごく人混みへ行くには適していない。</p><p>　おそらくカラオケなどであれば、歌を聴いているだけ、話すだけ、キツくなればドリンクバー、お手洗いetc</p><p>それができるからとても良き。</p><p>　ゲーセンへ行くとなれば、それはそれは体力がいることだろう。最初はただスタバへ行くってだけだから、まあ、頑張ればどうにかなるだろう。と思っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>　まあ、そんな言い訳並べていても、ただつかれたくない。</p><p>　自分が一番可愛いのだ。疲れることなんてしたくない。歩くことが疲れる。感覚過敏だと尚更。情報量がえげつない。普段なら何も思わないBGM、人の声の聞き取りずらさ。バスはごちゃついているし、時間帯によっては人が多い。あまり好きではない環境。</p><p>&nbsp;</p><p>　かといって、疲れやすいからゆっくりお話ししてるのがいいな。なんて言えるわけもない。</p><p>　とりあえず頑張る。ちゃんと、元気で明るい私になってくる。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12734270436.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Mar 2022 07:18:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>また喉痛くなっちゃった。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　10月くらいかな。前にも似たような喉の痛みがあった。</p><p>ちくちくしていて、物を飲み込むとピキっと痛くなる。そんな感じの痛み。</p><p>大したことはないのだ。話す時、歌うときに違和感があるだけで。その痛みがあるときは、話したくない。歌いたくないなどの理由からだから、もしかしたらストレス（？）かもしれない。怖くて病院には行けていないけど。実際にストレスで喉の辺りに違和感を感じることはあるらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>　今年度に入ってから、三回くらい痛くなっていることを見ると、今の生活に体が慣れていないだけなのかなとも思う。一年経過しているんだから慣れろよって話なんですけどね。</p><p>　理由をつけたいのかもしれない。休む理由を。休みたい。でも理由がないと休めない。そんなジレンマを抱えているんだと思う。</p><p>　最近は小説の創作といい、人との共同作業、勉強など、休んでいるようで休んでいない。徹夜をする機会が増えた。アニメを見る、読書をするといった時間は一応取ってはいたものの、インプットの一環として認識し、おこなっていた。</p><p>そのためか、自分のタスクとして認識しててしまっていた。その疲れが溜まった結果とも言えるだろう。</p><p>　最近は小説作りに精を出しすぎて、ブログで溜まったものを吐き出すということをしてこなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>　やはり、私にはブログという吐き出す場所が必要なのだ。誰かに悩みを話すよりも、誰かに聞いてもらうよりも、ここで思う存分に悩みを打ち明けた方が気が楽になるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>　なぜなのだろう、そう考えてみた。</p><p>　私には人生でとある仮説を立てたことがある。その仮説というものは、『会う理由があって会う』から『何も用事がないけど会いたい』に変わったら「恋」、それが『気がつけば隣にいる、なんかいつも近くにいる』が「愛」の一環なのだと考えている。</p><p>きっと、今まで当たり前にあったブログという場所「愛」が、やる理由がない時以外に開かなくなったということがあったからだと考える。</p><p>　そういう自分の中の心情の変化。あって当然だと思う。そんなもの。いつかは、いつかは、また戻れるようにするね。yTwitterで病みたくないし、こっちの方が長文で、病んでいる内容がわかるし。自分の整理にもつながる。</p><p>&nbsp;</p><p>これからも頑張る</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/natuki-ru/entry-12733546028.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Mar 2022 02:47:26 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
