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<title>寝台快速「トワイライト」号、天の川行き</title>
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<description>日本国内の旅・旅行のエッセイをお送りします。皆様の旅・旅行の大切な良き思い出づくりのきっかけとなりますように！</description>
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<title>秋田内陸線（5）～ローカル線活性化策は？～</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">◆ローカル線活性化策～秋田内陸縦貫鉄道（秋田内陸線）より～</b></p><p>秋田内陸縦貫鉄道（秋田内陸線）。平野部が緑で山間部が茶で描かれている社会科の教材としても学校で配布される地図帳を見ると八幡平や秋田駒ケ岳などが連なる秋田県中部から北部の奥羽山脈すぐ西側の山沿いを走っているのがよくわかる。北国秋田県の日本海側の山沿いでは冬は間違いなく雪が多そうだ。しかも関東周辺の冬雪が降りやすい地域であろう関東の山沿い（群馬県北部）、北信越（長野県北部、新潟県）、南東北（福島県会津地方、山形県、宮城県西部）よりも緯度が高くその分雪が多そうなので今までとは一味違った汽車による雪見旅が味わえるのではと思った。それが私が秋田内陸線に乗ろうと思ったきっかけである。</p><p>&nbsp;</p><p>以後、私にとって、東北地方を走るローカル線旅のハイライトとして、3回乗っている。</p><p>&nbsp;</p><p>内陸線沿線だけでも、駅に温泉の施設が付いている阿仁前田温泉駅など沿線各地で湧いている温泉のみならず、春はブナの深緑、夏は色とりどりの高山植物の花々、秋は紅葉、冬はスキー・スノボーや樹氷などのスポットとなる森吉山や、マタギの生活とふれあう事ができる「マタギ資料館」や、世界文化遺産にもなりうる縄文時代の遺跡である「伊勢堂岱遺跡」などみどころが満載である。</p><p>&nbsp;</p><p>それらに加えて内陸線沿線のみならず、盛岡のわんこそば、岩手山、安比高原、八幡平、乳頭温泉郷の一部、秋田駒ケ岳、大曲の大花火大会など内陸線沿線であるエリア周辺にも見どころや行く価値の高いスポットやエリアが数々あると言える。よくローカル線の利用促進に沿線の見どころに固執したパンフレットやネットなどでもPRを目にするが沿線のみに拘らず周辺の見どころと併せて内陸線も含めたローカル線をＰＲするのはいかがであろうか？沿線のみならず沿線のエリアに行かれた前後に、内陸線に寄り道する旅もしくは観光を主体とした旅行会社のパンフレットに載っている商品のようなツアーを企画して、参加される方々を募集するのも、ローカル線の活性化に繋がるのではないか？</p><p>「大曲花火大会と内陸線」</p><p>「わんこそばと内陸線」</p><p>「安比高原でスキーと内陸線」</p><p>「乳頭温泉と内陸線」</p><p>「八幡平と内陸線」</p><p>などそれらの例だけでも十分に内容の濃い旅や旅行商品になり得ると思う。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/4c/73/j/o1024102315277733500.jpg"><img alt="image" height="619" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/4c/73/j/o1024102315277733500.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真130:秋田内陸線の阿仁合駅</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆まとめ</b></p><p><b style="font-weight:bold;">秋田内陸線より感じるローカル線活性化策や、以前に述べた毎日同じ区間を運行する夜行列車の復活祈願も含めて、鉄道は単なる利益を得るための手段のみならず、あくまでも公共の交通機関であることを、一人でも多くの方が忘れないで欲しいと願いつつ、私の列車の旅シリーズのこのブログも、これにて一旦閉めようと思います。約半年間このブログにアクセスいただいた方々、本当にありがとうございました。</b></p>
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<pubDate>Fri, 19 May 2023 04:00:21 +0900</pubDate>
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<title>秋田内陸線（4）「樹氷」ができる条件は？～冬の内陸線～</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">◆真冬の秋田内陸線での至福のひと時</b></p><p>新幹線はホームが地下にある上野を出発して地上に出た時は冬晴れであったが、仙台を過ぎて古川のあたりから既に雪が降っていた。盛岡を出て田沢湖線の線路に入ると雪が深くなり降る雪も増えているように見えた。秋田新幹線が走る田沢湖線は全線単線のために乗客の乗り降りなしで反対方向に向かう列車との行き違いのみで途中の駅に停車するケースもある。その行き違いのみの停車で反対の盛岡、東京方面のすれ違う列車が大雪のために10分くらい遅れていた。その行き違い後に発車した辺りから「コッ &nbsp;コッ」と列車が雪の中にある氷の塊を跳ね除けるような音をよく耳にした。その音と大雪による列車の遅れだけでもこの冬の雪の多さを先述したテレビのニュースだけでなく雪国の現地で感じた。角館には10分くらい遅れて到着したが内陸線との接続にはまだ10分くらい余裕があった。</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/4b/92/j/o1080144015277749248.jpg"><img alt="image" height="827" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/4b/92/j/o1080144015277749248.jpg" width="620"></a></div><p style="text-align: center;">写真126:冬の内陸線「出発進行！」</p><p>&nbsp;</p><div style="text-align: center;">&nbsp;</div><p>&nbsp;</p><p>今回で3回目の内陸線。発車前から車内販売にてバター餅と地酒「またぎ」そしてまた連れて来た５歳の息子にはニコちゃんマークの笑内饅頭と小さい秋田犬のぬいぐるみのストラップを買った。角館を出発した列車は秋田新幹線の線路と別れ降りしきる雪の中を雪ですっかり真っ白になりきったような田園の中を走る。あちこちのローカル線でよく見られる田園が広がる里と遠くに山並みが見える車窓がしばらく続くと思いきや沿線を流れる桧木内川がこの辺りの車窓をバラエティー豊かにしてくれる。まるで桧木内川が木々や小高い丘のような山林を何回も我々の前に連れて来てくれているような感覚だ。阿仁合や十二段トンネルに向かい山を登って行くディーゼルエンジン音が大雪の中奮闘しているようでより力強く感じた。隣の席の５歳の息子は車窓を楽しむ父ちゃんの上半身の部分をさっき買ったストラップに付いている小さい秋田犬の遊び場にしていた。私も小さい頃は気に入ったぬいぐるみを手で動かしてよくそういう遊びをしたものだ。暖かい車内から見られるバラエティーに富んだ雪景色。乗り鉄にとっては至福の一時。時間が止まっているように感じた。</p><p>「いつまで続いて欲しい」</p><p>と。至福の一時が２０分少々続いた後列車は十二段トンネルに入った。</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/9a/a0/j/o1080125515277752544.jpg"><img alt="image" height="720" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/9a/a0/j/o1080125515277752544.jpg" width="620"></a></div><p style="text-align: center;">写真127‐1:冬の内陸線（1）</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/7e/02/j/o1080144015277749244.jpg"><img alt="image" height="827" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/7e/02/j/o1080144015277749244.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真127‐2:冬の内陸線（2）</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/da/dc/j/o1080144015277749253.jpg"><img alt="image" height="827" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/da/dc/j/o1080144015277749253.jpg" width="620"></a></div><p style="text-align: center;">写真128:冬の内陸線車内</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆樹氷鑑賞とスキーをしに森吉山へ</b></p><p>阿仁合駅から明日の樹氷観賞とスキーに備えて森吉山麓の宿に泊まった。今回お世話になった宿は食事の味も良かったのみならず阿仁合行き帰りの駅とスキー場のゴンドラ乗り場との送迎もしていただくなどおもてなしが良かった。驚いたのが地元の方ではなく横浜出身の年配の女性の方一人中心に何人かのお手伝いの方々で切り盛りされている事であった。夏の高山植物の花々や秋の紅葉の見頃や我々も訪れた冬のスキーや樹氷など予約がよく入る時季には秋田に来られて無い時期は横浜との行き来を繰り返しているという。この辺りではアルバイトをしてくる若者など人手が満足に集まらないのだろう。国道から離れて森吉山麓のゴンドラに向かう送迎してくれた車の中から見た道路沿いの景色は今回お世話になった宿も含めた２件のみの宿とゴンドラ乗り場スキー場以外周りは雪に覆われた多くの木々が生える山々以外は記憶にない。マタギの方々はクマなどを授かる為にこれほどの深い山奥を歩き回るのかと思える程であった。</p><p>&nbsp;</p><p>まずはチェックインした夜に、スキー場にある圧雪車に乗ってスキー場の上にある森吉山の樹氷観賞スポットまで連れて行ってくれる「夜の樹氷観賞会」に参加した。山麓のスキー場ゴンドラ乗り場から樹氷観賞スポットまで３０分くらい登って行く。上に登って行くに連れて雪の勢いが強くなっていく。観賞スポットに着いて圧雪車から降りてみたが風雪が強くとても寒かった。圧雪車のヘッドライトによりライトアップされた樹氷が鮮やかであったのがとても印象に残った。一緒に圧雪車に乗られていたガイドの方もおっしゃっていたが本当にこれが樹氷の出来る厳しい自然条件だと思えた。当時は寒くて辛いとも思ったが今思えば本当に貴重な思い出だ。一緒に連れて来た５歳の息子はゲレンデを登っている圧雪車の中で途中で眠ってしまった。スポットに着いた時に起こして１回外に連れ出してもあまりの寒さと風の強さで直ぐに中に戻ってしまい圧雪車の中から外に出ることが殆ど無く再び眠ってしまった。それでも宿に戻って目が覚めた時にはよく頑張ってついて行ったと他のツアーの参加された方々からも褒められていた。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/19/8a/j/o1080144015277733528.jpg"><img alt="image" height="827" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/19/8a/j/o1080144015277733528.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真129‐1:森吉山樹氷（1）</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/af/75/j/o1080144015277733534.jpg"><img alt="image" height="827" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/af/75/j/o1080144015277733534.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真129‐1:森吉山樹氷（2）</p><p>&nbsp;</p><p>続いて翌日朝から昼過ぎまで森吉山のスキー場で息子と４〜５時間くらいスキーを滑った。ゴンドラの山頂付近に斜度が丁度良いゲレンデが何本かあり息子もしっかりと滑れていた。霧が立ち込め雪が降り、風がとても冷たい悪天候の中でもスキーの合間に樹氷を見ることが出来た。昨夜と同様に底冷えするような厳しい寒さではあったがほんの５〜１０分くらいではあったがゴンドラから遠目ながら樹氷が広がっている様子も見られたし樹氷のポイントからも霧が薄まった時にぼやけているような感じではあったが霧の中に遠くまで広がるいくつもの樹氷も見ることが出来た。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;樹氷は日本海からの強い季節風に乗った水滴いわゆる過冷却水が木の葉にぶつかって凍って出来る。過冷却とは０度でも凍らずに衝撃を与えると一瞬のうちに氷になる状態でその衝撃を与えるのがアオモリトドマツの葉である。そのトドマツの葉に着いた氷に雪が積もる。それを繰り返しアイスモンスター（怪獣）のような樹氷が出来る。そのアイスモンスターのような樹氷が出来るのは次の条件が揃っているからである。</p><p>&nbsp;</p><p>①冬でも葉をつけているアオモリトドマツ</p><p>②季節風がよく当たる山の西から北西の斜面</p><p>③雪が降りすぎない事</p><p>&nbsp;</p><p>①②はわかりやすく当てはまる地域は結構ありそうだが③はあまり雪が多過ぎてもアオモリトドマツが葉をつけなくなるからで雪が多過ぎず少な過ぎずという難しい条件がアイスモンスターのような樹氷を限られた地点でしか見られない珍しい現象にしているのだろう。蔵王、八甲田、そしてここ森吉は日本三大樹氷と呼ばれている。樹氷が見られる事自体貴重であり、天気が崩れなければアイスモンスターが山じゅうに広がるのが見えて、特に晴れていれば青空のもとでパラダイスのような景色が楽しめる。私は蔵王で青空の下に広がるいくつものアイスモンスターを見た事がある。今回の私達が行った時のように、ヒートテックも含めた防寒着に覆われた身体の芯まで冷やしてしまう程の冷たい風や雪が強い悪天候でも、アイスモンスターが生成されるのに適した厳しい自然条件を体感出来る。どちらにしても貴重な旅の思い出になる。</p><p>あの時の内陸線の冬旅は、寒気がよく日本付近の上空に居座り、秋田県も含めた日本海側を中心に例年より雪が多い年に行けた。あまりの雪の多さや身体の芯まで冷やしてしまうような寒さにはびっくりしたが、「マタギ語り」や「マタギ語り」でお世話になったマタギの方や、アイスモンスター、樹氷が生成されるのに適した悪天候や厳しい寒さの中で見られたなどの数々の旅の思い出が、私と一緒に行動した５歳の息子に、何だか自然の美しさのみならず、自然の厳しさを教えてくれた気がしている。それにより二人ともそれぞれまた一皮むけた感じがした。</p>
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<pubDate>Wed, 17 May 2023 04:00:42 +0900</pubDate>
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<title>秋田内陸線（3）列車でハイキング！？～夏の内陸線「まほろば列車」～</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><div>秋田内陸線にも様々なイベント列車が運行されている。農家のお母さん達が旬の料理をふるまってくれる「ごっつお玉手箱列車」。内陸線のホームページなどでよく見かけるくらいだから内陸線を代表するイベント列車なのかも知れない。その他にもお座敷列車にて秋田美人「あきた舞妓」が鑑賞出来る「あきた舞妓列車」や毎年の６月の時期になると列車の中からホタルも鑑賞できる「ホタル号」など様々なユニークな列車も運転されたことがある。</div><p>&nbsp;</p><p>それらの中で私が一番心を引かれたのが車窓そのものを楽しむために通常の普通列車より遅く走り駅のみならず見どころの車窓のポイントでも停車してくれるイベント列車「時間（とき）のまほろば列車」。 角館から阿仁合までを毎日運行されている定期列車よりも１時間以上長い２時間２０分くらいで走行する。これは自称旅鉄の私にはうってつけだと思い７月上旬に乗ってみた。これが第２回目の内陸線でこの時季は高い山では雪解けが進み色とりどりの高山植物が咲き乱れる。もちろんその時季に合わせて「時間のまほろば列車」を予約した。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/21/5f/j/o1080081015277744174.jpg"><img alt="image" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/21/5f/j/o1080081015277744174.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真124:時間（とき）のまほろば列車</p><p>&nbsp;</p><p>まほろば列車に乗る前日に内陸線の始発駅でもある角館にてレンタカーを借りて晴れていれば内陸線からも望める時季になると色とりどりの高山植物が咲き乱れる事でも知られている秋田駒ヶ岳に登りに行った。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;秋田駒ケ岳も毎年夏（６月～７月頃）お花の時期になるとミヤマキンバイ（黄）、チングルマ（白）、コマクサ（桃）、タカネスミレ（黄）など（それぞれの開花の時期にもよるが）色とりどりの高山植物の花々が咲き広がる。８合目まで路線バスで行ける。８合目までの道路は夏の登山シーズンになるとマイカー規制が敷かれるのでレンタカーを途中で置いて８合目までの路線バスに乗り換えた。秋田駒ケ岳の最高峰は男女岳（標高１６３７ｍ）。その男女岳から歩いて１５分くらいのすぐ麓に広がる阿弥陀池までは８合目から歩いて１時間程でアクセス出来る。８合目からの山道。少し歩くとミヤマキンバイ（黄）が顔を出すようになる。山道沿いに広がるのはもちろんだが遥か麓に見える日本一深いので有名な田沢湖をバックにした黄色の花々も見事だ。阿弥陀池に着くとチングルマ（白）など数々の花の群落が出迎えてくれる。池の周りを囲うよう に這う木道を歩くのが心地よい事。一緒に連れて来た５歳の息子も１時間も山道を頑張って歩いた達成感なのか気持ち良さそうに木道を駆けていたのがとても印象に残っている。阿弥陀池の避難小屋で休憩後２０分程歩くと横岳。周りは緑が周りに広がっていた阿弥陀池とは一味違い土や砂や小石などで茶や灰色が広がる。そのような環境で生息する代表的高山植物がタカネスミレ（黄）とコマクサ（桃）。土や砂利が広がる中で点在する花々がまた可愛らしいし力強さを感じる。私が行った時はコマクサの最盛期より早くタカネスミレの方が多く咲いていた。その時季に咲いていたコマクサが余計に貴重に見えた。</p><p>&nbsp;</p><p>８合目まで徒歩で８合目からは路線バスで下山して途中で再びレンタカーに乗り換えて全国的に有名な秘湯の乳頭温泉郷に向かった。テレビや雑誌などでも取り上げられるのをよく見かけるくらいあちこちにおすすめとも言えそうな温泉が点在しているが休暇村で日帰り入浴するだけでも露天風呂に浸かりながらブナ林で森林浴と贅沢な時間を満喫できる。</p><p>&nbsp;</p><p>その夜はレンタカーで盛岡に向かいわんこそばに挑戦した。何より５歳の息子が２９杯も食べたのにはびっくりした。１００杯に到達していないのに普通１００杯以上食べたら貰える将棋の駒を大きくしたような証明札を貰えた。わんこそばの後は田沢湖畔にてレンタカー内で車中泊をした。</p><p>&nbsp;</p><p>翌早朝八幡平までドライブをした。八幡平には湿原や沼が多く点在　湿原や沼：寒さで微生物に分解されにくい土は水を吸い易い性質がある。八幡平の他に釧路湿原、尾瀬、立山の麓にある弥陀ヶ原など北海道や本州の高地に全国的に有名になった湿原が集中しているのはその為である。湿原や沼の他にブナやアオモリトドマツの原生林も広がり後生掛温泉の他に東八幡平温泉郷、松川温泉、麓にあちこちに温泉も湧く。トレッキングやハイキング、ドライブも楽しめる。先述した後生掛温泉以外で八幡平に行ったのは初めてであったがその時はあいにくの濃霧であった。八幡平の山頂は車で行ける岩手県と秋田県の県境でもある見返峠から徒歩わずか１５分程。八幡平は山頂はなだらで木々覆われていて櫓のような山頂からの見晴らし台が建てられて連れて来た５歳の息子とお城に見たてて戦いごっこをして遊んだ。濃い霧で何も見渡す事も出来ずに前日に８合目から登った近くの残念ながら日本百名山ではない秋田駒ケ岳と併せて２９個目の日本百名山登頂とした。次回は晴れている時にリベンジしたい。</p><p><br>角館でレンタカーを返していよいよ「時間のまほろば列車」に乗車する直前となった。憧れの掘りごたつと各テーブルが両側に並んでいるお座敷列車で何だかワクワクして来た。デーゼルカーのローカル線と言えば、列車が各駅を発車する時や途中の登りなどで加速する時などに、何回も耳にするBGMのようなディーゼルエンジンのうなり音は欠かせないが、ディーゼルエンジンのうなりは、起点の角館駅を出発した時に聞いたのが記憶では最初で最後であった。</p><p>&nbsp;</p><p>前日の秋田駒ヶ岳は晴れていたのにその日はあいにくの雨であり、昨日登った秋田駒ヶ岳は望めなかったがデーゼルカーのローカル線旅のＢＧＭとも言えるディーゼルエンジンの音でさえ始点発車時以外には記憶にないくらい車窓に夢中になれた旅も本当に久しぶりだった。 むしろ生まれて初めてだったのかも知れない。車窓から鉄橋にて川のせせらぎを聞き、清流や釣り人が釣った鮎がみられるなど、森林浴や長閑かな里山の風景、さらに地元で有名な料亭からのお弁当や、昔からマタギが保存食としていたとも言われているバター餅や。にこちゃんマークが焼きプリントされた丸い笑内饅頭も含めた、沿線の名物のお菓子を集めたスイーツセットなどもふるまわれた。初めて乗った時に乗り合わせた方とは違う方であったが再び秋田美人を思わせる女性アテンダント（車掌）さんによる、乗車時間が長い分より丁寧な沿線の見どころのガイドを聴きながら、まるでハイキングをしているようにゆっくり車窓を味わえた。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>栗とカタクリとの「クリ」で有名な八津駅辺りでは大きな栗の身がなりそうなしっかりとした感じの栗の木がいくつも並んでいるのが見えた。</p><p>&nbsp;</p><p>内陸線で田沢湖に最も近い松葉駅を通過すると昨日秋田駒ケ岳への登山道から見えたほぼ円い形をした田沢湖や今日角館駅へ行く途中で見た辰子姫像などを思い出した。その辰子姫は永遠の自分自身の美貌を願ったがために龍となり田沢湖の主となった。男鹿半島のつけ根にある八郎潟の主の龍が、その辰子姫がなった龍に恋をして冬になると田沢湖へ訪ねて冬を越す。それが冬八郎潟が凍り田沢湖が凍らない理由であるという伝説もある。田沢湖のみならず、ブナ林などが望める露天風呂もある乳頭温泉郷へタクシーにしては料金が安い周遊タクシーで行って入浴する内陸線の旅も素敵ではないかと思えた。</p><p>&nbsp;</p><p>田沢湖や乳頭温泉郷そして秋田駒ヶ岳も周辺にある桧木内川沿いをゆっくり登って行き、列車は5,697mの十二段トンネルに入って行く。十二段トンネルを抜けるとマタギ達の生活様式が今日でも伝わるのことでも有名な阿仁地方へ入った。桧木内川に変わって今度は阿仁川水系をゆっくり下って行く。まほろば列車に乗りながらゆっくり味わえる、マタギの伝統が受け継がれているのも頷ける程の豊かな自然の車窓はやはり格別だ。この付近の人里にも夏にはトウモロコシ、秋には栗を求めてツキノワグマもよく現れるそうだが、余程のことがない限りこの付近の方々は危険防止の為の駆除や警察などへの通報などは行なわないのだという。人間と同様にクマ達も人間を恐れているから近寄らず放って置くのが良いなど、クマ達への受け入れ方をよく知っているからであろう。クマが人里に現れるようになったのは、戦後復興に使う木材資源の大量生産を図った日本政府がクマが好むブナなどの広葉樹を伐採し、代わりにスギやヒノキを大量に植林した事により、クマの餌が山の中で足りなくなった歴史がある。地元の方々のご対応はその歴史などクマが人里によく現れるようになった原因もろくに報道しないで、クマが人里に顔を出すだけでも、まるで悪者が現れたように報道しているマスコミなどとは大違いである。はっきり言って悪者のように扱われたクマ達にとっては本当にいい迷惑だ。阿仁マタギ駅が最寄りのツキノワグマの牧場「クマ牧場」に行く以前に、ひょっとしたら列車から熊に会えるのではと思えてしまう程の、緑の木々や清流や自然をそのまま受けていると思える原風景とも言える人里の車窓だ。おまけに列車の行き違いの為に停車した比立内駅ではホームに降りられて、ローカル線の駅で途中下車した気分になり旅の風情が尚一層味わえた。もちろん先述した比立内橋梁と大又川橋梁でも列車は一時停車をしてくれて、そこから見た冬の白い雪が想像出来ないくらいの緑の夏の渓谷も見事だった。笑内駅から西へ1～2㎞程にある根子集落は、源平の落武者によって開設されたとも伝えられる集落で、今日でもマタギによる昔ながらの生活習慣や里山風情が残されている。その根子集落では、毎年8月14日に、国の無形重要文化財にも指定されている根子番楽（山伏による神楽の一つ）が公演される。その公演もその昔ながらの根子集落やマタギとふれあうよい機会であろう。1975年に笑内駅付近の国道から根子集落に通じるトンネルが開通するまでは陸の孤島だったように思える。しかし根子集落の人々の中には、マタギの狩猟の生活を周辺の集落などに移り住んだりしながら伝えた方々も多く、根子集落はマタギ発祥の地としても知られている。そもそも「まほろば」とは「素晴らしい場所」という意味。その意味がよくわかるくらい列車に乗っているだけでもハイキングのしているように楽しめた。終点まで沿線の見どころなどを案内してくれた秋田美人によるアテンダント（車掌）さんのガイドのお陰もあり。そのアテンダントさんも「時間のまほろば列車」の終点「阿仁合」に着く直前に秋田民謡の一部を熱唱してくれて、時間（とき）の流れを忘れてしまう程の楽しい旅を締めた。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/c8/69/j/o1080144015277744183.jpg"><img alt="image" height="827" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/c8/69/j/o1080144015277744183.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真125‐1:時のまほろば列車からの車窓（1）</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/a9/6d/j/o1080081015277742092.jpg"><img alt="image" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/23/natural81k/a9/6d/j/o1080081015277742092.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真125‐2:時のまほろば列車からの車窓（2）</p><p>&nbsp;</p><p>秋田内陸線沿線の森吉山は楯を伏せたような緩やかな山である。その緩やかな山に広がる高山植物の花々などを眺めに行くためにまた夏の内陸線に乗って旅をする日もそう遠くない。</p>
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<pubDate>Mon, 15 May 2023 04:00:07 +0900</pubDate>
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<title>秋田内陸線（2）日本史の縮図を味わえる汽車旅</title>
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<![CDATA[ <p>欧米諸国ではキリスト教、中東ではイスラム教などあるのに対して、今の日本には主な宗教がないのか？お寺の檀家でなければ無宗教なのか？頻繁に教会に通って聖書を読み祈りを捧げなければ無宗教なのか？多くの日本人の心の中には信仰に値する神様が存在しないのか？<br><br>いや、そんなことないのです。日本にも宗教はあります。言い換えれは、日本人の心の中にも信仰する神様が存在しているのです。お寺の檀家でなくても、頻繁に教会に通って聖書を読み祈りを掲げなくても、我々日本人には既に信仰している神様は存在しているのです。<br><br>我々日本人の祖先は古来、狩猟や採取で、我々に恵み、食べ物を与えてくださる、自然そのものを神様として崇めてきた。山、川、湖、海などに囲まれて元々自然が豊かであった、日本列島には古来多くの神様も多く存在し続けている。我々日本人の祖先は自然豊かな日本列島に多くの神様を受け入れ共存して来た。つまり多くの神様を崇拝して来たのだ。それが我々日本人が先祖代々受け継いで来た「萬の神信仰」である。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それにも関わらず日本列島で違う神様を信仰している人同士が共存するようになったきっかけは、人間が食べて行く手段として違う土地に住む人同士の交易や交流であったのではないか。そのことは、秋田県内陸部の阿仁地方に昔から住んでいるマタギ達を例に取るとわかり易い。<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">マタギ達が歩んできた歴史は正に日本史の縮図であろう。</b>秋田内陸線は、沿線の原風景などからなる車窓、マタギ資料館、さらに縄文時代の「伊勢堂岱遺跡」などによって、汽車旅で日本史の縮図を味わえる。</u></p><p>&nbsp;</p><p>阿仁地方を走る、列車（秋田内陸縦貫鉄道）の周りが、山々に囲まれている車窓からもわかるように、冬は深い雪に閉ざされ、特に江戸時代に阿仁鉱山や秋田杉による林業で栄える以前は、他の地方から食料や衣類そして薬など生活に便利で欠かせない物資が他の地方から入りにくい環境だったのかもしれない。阿仁地方の中心部にある阿仁合駅から、スキー場へ車で向かう時、阿仁合駅周辺の集落を抜けると、周りは多くの木々に覆われた山々以外は何にもない。マタギ達や彼らの祖先が、そのような環境の中で、生きられたのは、周りの山々で生きている熊や兎などの他の動物や、様々な種類のキノコや山菜や川魚などの豊富な自然いわゆる山の神様からの授かりもののお陰であった。<br><br>あるマタギの子孫の方から、マタギ達の祖先は、熊の肉、毛皮、薬ともなる胆など山の神様から授かったものを扱う行商を行っていた話を聞いたことがある。世の中の経済が物とお金を交換する仕組みになる遥か前には、山の神からの授かりものと引き換えに、魚などの海産物など、自分達の住んでいる土地では手に入らないものを物々交換にて手に入れていたのではないかと容易に想像できる。<br><br>またマタギ達によって行われて来た熊の狩猟が秋田県以外の他の地域でも行われて来たと伝えられているのは、自分達が生まれ育った故郷を離れて、他の地域に移住したマタギ達もかなりいたからではないか。<br><br>狩猟や採取の生活では、自分達が寝泊まりしている土地の周辺に食べ物にあたる動植物が取れなくなると、別の土地へ移動するケースが多いが、地球上の中でも動植物が多く、比較的食べ物にも恵まれている日本列島では、特定の地域にわりと定住し易い環境であり、マタギ達のように先祖代々住み始めた土地に定住した人達も多かったのではないか。一ヶ所に定住する人が多いと違う土地に住む人同士の物々交換による交易や、狩猟や採取方法などの情報交換などによる交流が盛んになる。例えば山に住んでいる人達が山に住む土地の周辺で獲れる獣の肉に飽きて、自分が住む土地周辺ではなかなか手に入らない海で採れた魚を求めて、海で漁をして暮らしている海辺の人達から、自分達が住む土地周辺で獲った獣の肉と引き換えに魚をいただくように、物々交換にて人間の自分達の土地にないものを求める行動は極自然である。<br><br>物々交換のみならず自分達が生まれた土地から離れても気に入った場所や、そうでなくてもそこで生きて行くしかない場合、自分たちの故郷とは違う場所に移住することもごく自然な人間の行動であり、そういったケースも古来かなり多かったのではないか。<br><br>信仰の対象の神様は、土地によって名前や形状がそれぞれ違うだけで、山や川や湖や海など自然そのものが神であるという本質は、違う土地に住む人同士を結ぶ、大切で貴重な共通点であったに違いない。貴重な共通点により、それぞれの神様が存在する土地同士を、交易や交流さらに移住を行う人々の通り道を表す線で結ぶと、日本列島におわす数多くの神様が、「萬の神様」として共存されることとなる。<br><br>それが、信仰する神様が違う人同士が、共存できる「萬の神信仰」いわゆる日本の歴史の原点である。<br><br>自然の恵みに感謝できるくらいの美しい心を周りの人達との共有することは正に「萬の神信仰」の鏡である。または、日本人によって代々育まれ受け継がれて来た「和を重んじる心」言い換えれば「平和を愛する心」の源であるに違いない。</p><p>&nbsp;</p><p>それが最も古く文章に表れたのが、聖徳太子でお馴染みの「和を以て貴しとなす・・・」から始まる「十七条の憲法」である。</p><p>&nbsp;</p><p>秋田内陸線が走る阿仁地方で、マタギ達によって、熊などの狩猟や採取を中心とした生活に、外部から林業や鉱山などの産業が受け入れられたのも、聖徳太子の時代の前に、主に狩猟や採取で生活していた日本で米作りなども受け入れられるようになった日本史の縮図であるとも言える。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/70/91/j/o1080081015277733526.jpg"><img alt="image" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/70/91/j/o1080081015277733526.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真123:日本史の縮図とも言える緑深い車窓</p>
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<link>https://ameblo.jp/natural81k/entry-12800908170.html</link>
<pubDate>Fri, 12 May 2023 04:00:56 +0900</pubDate>
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<title>秋田内陸線（1）内陸線で日本の原風景が味わえる理由は？</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">◆「マタギ語り」に参加して</b></p><p>秋田内陸縦貫鉄道（秋田内陸線）の阿仁マタギ駅から、送迎のワゴン車で打当温泉に向かった。ワゴン車くらいの高さの雪の壁が道路の両側に続いているのを見て改めて雪の多さにビックリした。打当温泉で併設するマタギ資料館でマタギの方のお話を伺いながらマタギ資料館を見学できる「マタギ語り」に参加した。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/06/8f/j/o1080144015277733509.jpg"><img alt="image" height="827" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/06/8f/j/o1080144015277733509.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真121:阿仁マタギ駅のマタギ像</p><p>&nbsp;</p><p>秋田県内陸部にある阿仁地方。内陸線の車窓からもわかるように周りは山々に囲まれていて冬は深い雪に閉ざされ特に江戸時代に阿仁鉱山や秋田杉による林業で栄える以前は他の地方から食料や衣類そして薬など生活に便利で欠かせない物資が他の地方から入りにくい環境だったのかもしれない。それに加えて稲作や畑作に適した平地スペースも少ない。生きて行くには周りの山々で生きている熊や兎などの他の動物や様々な種類のキノコや山菜や川魚などいわゆる山からの授かりものに頼らざるを得ない環境である。生きる為に熊をはじめ他の動物達を自分達の手で探して捕まえて殺して自分達で食べる。そして自分達が食べて生きて行く為に自分達で殺した熊などに対して山から授かったものであると「自然の恵み」に感謝する。</p><p>&nbsp;</p><p>山からの恵みは天候など自然環境に左右されやすく悪天候など厳しい自然条件になるとなかなか授かる事が出来ない時もよくある。山を神様として崇める考え方が生まれるのも極自然な事だと思う。マタギ達の場合の山の神は醜いお姿の女性でやきもち焼き、ヒステリック、気まぐれで性格も女性の悪い部分を全て持ち合わせておられるという。山の神が嫉妬するからって女性は山に入れないのみならずマタギ達が授かりものをいただきに山に出る一カ月前からは妻とは別の部屋で寝るなど山の神のご機嫌をとるのは相当大変らしい。山の神がご機嫌をとるのが難しく性格のみならずお姿まで醜い女性でおられる事からも、阿仁地方が昔から１年の半分近く雪に覆われるなど自然からの授かりものを戴くのが難しいくらいの厳しい自然環境である事が伺える。</p><p>&nbsp;</p><p>主な授かりもののツキノワグマに対しても「熊を獲った」という言い方はせず「熊と勝負した」と言う。10人くらいから多い時30〜40人くらいのチームで谷から熊を上の方向に追いつめ稜線で熊を仕留めるなど仕留め方、先述したように生活必需品や生活に便利な物資が入りにくい環境下で熊の肉を食べるのみならず毛皮を衣類のとしたり、胆のうなど様々な部位によって何種類も薬としたりして授かるなど、様々な方法で生きる為の方法を工夫したという。マタギ資料館にて、熊から授かった薬の種類の多さを見るだけでも、マタギ達の生きる為の努力や工夫の歴史の長さを想像するだけでも本当に気が遠くなる。マタギ資料館では熊から授かった薬以外でも熊を仕留めるために使われた様々な道具などマタギ達の努力や工夫の足跡が数々展示及び紹介されている。</p><p>&nbsp;</p><p>また授かった熊は年齢や熊を仕留める経験の多さや腕（仕事が出来る出来ない）に関係なく勝負したチーム全員に平等に分けられるという。山に入った以上山の神の前では皆平等という考え方と言える。毛皮や薬（胆のう、血液）など平等に分けられない場合は、チーム全員でのセリで決まりセリで集まったお金は熊を再び仕留めるなどのこの後の資金にするという。</p><p>&nbsp;</p><p>自分達が生きていくために熊などを自分達で探して仕留め殺して自分達で食べる。そして自分達が生きて行く為に自分達で殺した熊を弔い山の恵みに感謝する。</p><p>&nbsp;</p><p>便利なモノに囲まれてお金を払うだけで簡単にモノが手に入る環境で生きていて、しかも牧場の方々に世話してあるいは漁師に捕まえてそして殺して貰い肉や魚を食べている我々にはわかりづらい世界であり感覚である。けれど</p><p>「自然の恵みに感謝する心」</p><p>「自然の恵み言い換えれば何も無いところからも様々なものを生み出す工夫や努力」</p><p>など我々も忘れてはならない考え方も同時に教えていただいているのではないか。</p><p>&nbsp;</p><p>またマタギ達は山からの授かりもの&nbsp;（熊の胆、毛皮、肉など）で行商を行い、他の地方でも狩猟を行うなど他の集落や地方から色々な情報や技術などを得て、時代とともに熊など地元の山々からの恵みをいただく事を主とする生活から兼業として阿仁鉱山を中心とした鉱業、秋田杉による林業、水田やりんごなどの農耕など他の産業でも生計を立てる方々も増えて行ったという。今回「マタギ語り」でお話を伺ったマタギの方が</p><p>「農業や林業なども行いながらも、熊などやまの恵みを必要な分だけいただき山の恵みに感謝するのがマタギである。」</p><p>と語られていた。</p><p>今日でもマタギの生活を体感したいという若者の声もあるというが、自然や山に入る事や狩猟が、やりたい事とか好きとか嫌い以前に、先述したように、秋田県阿仁地方の周囲は、山々に囲まれしかも一年の半分近くは深い雪に覆われるような厳しい自然環境の中でも、マタギ達が先祖代々必死に生きてきた極自然の流れで伝統を今日まで引き継いでいる。</p><p>&nbsp;</p><p>「マタギ語り」に参加して、大昔から今日までマタギの伝統がこの地方で受け継がれている理由を私なりに理解出来たと思い何だかスッキリした気持ちになれた。</p><p>&nbsp;</p><p>阿仁マタギの伝統は内陸線沿線の集落「打当」「比立内」「根子」を中心に今日まで受け継がれていると聞く。秋田内陸線を走る列車が、大又川、比立内の各橋梁からも見られる水が済んだ川と緑の木々など、今日までマタギ達から受け継がれた「日本の原風景」とも言える程の美しい自然の中を走っている事も極自然な流れである。</p><p>&nbsp;</p><p>それが日本の原風景が汽車旅で味わえる理由であろう。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/2b/8a/j/o1080144015277733517.jpg"><img alt="image" height="827" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/22/natural81k/2b/8a/j/o1080144015277733517.jpg" width="620"></a></p><p style="text-align: center;">写真121:日本の原風景の中を走る秋田内陸線</p>
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<link>https://ameblo.jp/natural81k/entry-12800907592.html</link>
<pubDate>Wed, 10 May 2023 04:00:32 +0900</pubDate>
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<title>土讃線（7）足摺岬で見た平成最後のものは？</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">◆平成最後の日の出～足摺岬～</b></p><p>一先ず泊まる部屋で仮眠した後の翌未明に目覚めて草木も眠る丑三つ時（午前２時過ぎ）に宿を出発して向かったのは足摺岬であった。次の日からあの旅の最終日までは雨という予報から平成最後の日の出となりそうだった。深夜の国道５６号線はやはり空いていたし悠々日の出には間に合いそうだ。明るければ広い太平洋が綺麗に望めそうな道の駅で仮眠を取った。所々明かりが照らされる暗闇の中ひたすらほぼ南西方面に向かった。足摺岬に着いたのは午前５時前で日の出には間に合ったが既に空は明るくなり始めていた。「平成」という文字通りに相応しい最後を飾るような心地の良いそよ風のふく清々しい早朝であった。後部で爆睡している息子に</p><p>「日の出を見に行く？」</p><p>と声かけたら</p><p>「行く！」</p><p>とすんなり目を覚ました。日の出の直前の太平洋の水平線を眺めても先述した１９年前の未明の不思議な光景が噓みたいに穏やかであった。一緒にいた息子もかなりはしゃいでいた。断崖絶壁の少し離れたところにある岩の一角が海面から顔を出していたが、それを見ながら穏やかな波にも関わらず</p><p>「きゃあー！波がくるー！」</p><p>など波にあたるそれらの岩の台詞を想像して楽しそうに実況中継していた。息子も私と同様に普段なかなか見る事が出来ない景色を楽しんでいる様子であった。</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/12/natural81k/8c/30/j/o1080081015277434516.jpg"><img alt="image" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/12/natural81k/8c/30/j/o1080081015277434516.jpg" width="620"></a></div><p style="text-align: center;">写真119:平成最後の日の出を見た足摺岬</p><p>&nbsp;</p><div><p style="text-align: center;"><iframe allow="fullscreen" frameborder="0" height="276" scrolling="no" src="https://static.blog-video.jp/?v=DAvyJqbsyILQWYjnRpYZuUbz" width="276"></iframe></p></div><p style="text-align: center;">動画1:足摺岬で見た平成最後の日の出</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆早起きは三文の徳</b></p><p>日の出を見て少し落ち着いた後折角遥々足摺岬まで来られたので。周辺の綺麗な海を見ながら少しでも長くのんびりしようと車で20㎞くらい走る海中公園の方向へ向かった。</p><p>&nbsp;</p><p>足摺岬周辺の海中公園と言えば竜串海中公園である。竜串（たつくし）という文字通り海岸に対してほぼ垂直に横たわる棒がいくつも並んで重なっているように見える海に面した岩が串にも見え、それらの串の背後にある奇岩や緑の山々が竜にも見えた。この辺りの土地は陸から川などにより運ばれていた泥や砂が固まった岩（泥岩・砂岩）などからなり、それらが2,000万〜1,500万年以上もの年月をかけて波や風により侵食された。車から降りて防波堤を階段で越えてそれらの岩の上を息子と２人で歩いた。先へ先へと歩く私父親に対して息子には何もかもが珍しく見えたのかあちこちの岩の間に海水が溜まっている箇所に顔を覗かせていた。しばらくして串が竹にも見える岩がいくつか横たわるポイント「大竹小竹」の近くでやっと息子が追いついた。息子は私と大好物のスナック「ピザポテト」をつまみながらゴマ饅頭、羊かん、よもぎ餅など自分の大好きなお菓子に似た石をいくつか楽しそうに集めたりしていた。ゴマ饅頭の石は見かけだけでは想像できないくらい砂が気の遠くなるような長い年月をかけて固められたと思う。大人同士や一人旅であるとのんびり旅をしに来ている筈なのに、何故か先へ急いでしまいがちになるが、時間をまるで気にしていない息子に少しペースを合わせるだけでも、先へ急ごうとする気持ちは抑えられてその分のんびりできる。岩の間に溜まった海水には様々な色や模様や形をした貝を住み処としているヤドカリやカニさらに小魚が見られた。</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/12/natural81k/c8/51/j/o1080081015277434520.jpg"><img alt="image" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/12/natural81k/c8/51/j/o1080081015277434520.jpg" width="620"></a></div><p style="text-align: center;">写真120:竜串海中公園付近</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくのんびりした後、大竹小竹からも小さく見え、水深7メートルの海中にある展望スペースで普段着のまま歩くだけで自然のままのサンゴや魚など海の生き物が見られる「足摺海底館」に開館時間に合わせて車と歩きで向かった。穏やかな陽気だったのでソラスズメダイなど何種類かのタイの仲間や、チョウチョウウオの仲間のような熱帯魚をイメージできる黄色の魚や、キビナゴのような小さな群れや見られるなど数々の種類の魚が泳いでいた。威嚇のために全身を膨らませて棘を覆わせるハリセンボンが穏やかなごく普通の魚に見えた。運が良ければウミガメやタコやイカやタカアシガニのようなお馴染み生き物が野生の姿で見ることもできるという。息子は最初は本物の魚達を夢中になって見ていたがしばらく居ると途中からは館内の休憩用ベンチに置いてある図鑑を見るのに夢中になっていた。子供にとっては本物のみならず図鑑の魚達をみるのも新鮮なのかもしれない。海底館までの行き帰りにて四国へ修行に行かれた弘法大師が見残したとされる「見残し海岸」が少し遠めな海を挟んで反対側に望める遊歩道を歩いた。「見残し海岸」は少し遠くから見ただけでもとても綺麗であったが、かつて弘法大師も見残したことが名前の由来であることから、一度は必ず近くに行ってみた方が良いという昔からの伝言かもしれない。この辺りの海岸は主に岩場と岩壁から作られている。「鯨の昼寝」と名付けられた岩も存在するように中には鯨や恐竜くらいの大きさのものも存在する。見残し海岸から遠くに見えた棒が横になったような「大竹・小竹」岩場とはまた一味違う美しさだ。息子は岩壁によじ登って遊びながら歩き私もそれにつられて遊歩道から外れて海に面した岩の上を歩いた。海面を覗いてみると底の様子まではっきり見えるくらいの透明な青色で魚達の群れが泳いでいるのが見えた。見残し海岸を出発したのはまだ午前10時くらいであったのにまるで昼過ぎまで晩春の足摺岬と竜串・見残し海岸を満喫したような感覚であった。正に「早起きは三文の徳」である。</p><p>&nbsp;</p><p>フロントガラス越しもしくは横目で見た春の穏やかな太平洋がドライブを一層楽しませてくれた。国道56号線に戻って四万十川を渡り10㎞少々走った後の太平洋沿いのドライブは鹿児島市付近で錦江湾沿いをしばらく走る国道10号線を思い出させてくれた。しかも錦江湾とは違って海の上に大きく構える桜島のような島もない太平洋は、広々として晩春の日差しによってサンサンと眩しく輝いていた。</p>
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<link>https://ameblo.jp/natural81k/entry-12800260753.html</link>
<pubDate>Mon, 08 May 2023 04:26:01 +0900</pubDate>
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<title>土讃線（6）清流・四万十川でのレボリューションとは？</title>
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<![CDATA[ <p>台風などの大雨の影響も受けずに、水が澄んでいる四万十川でシュノーケリングをすると、ウグイのような小さい魚から、鮎のような大きい魚まで、大小様々な魚を見る事ができた。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆梅雨の時季の四万十川ラフティング</b></p><p>朝を出る時は、今にも雨が降り出しそうな空模様であった。やはり窪川付近で降り出して、四万十川沿いの国道381号線を走る頃にはすでに本降りとなっていた。降り始めで増水しておらず、川の水はまだ濁っていなかったが、時々雨足が強まる度に車の中から降りる気が失せて憂鬱な気分となった。その日車で向かっていたのはラフティングツアーの受付場所であった。受付のある建物は雨が多そうなジャングルの中の集落にあるトロピカルな感じで、雨模様の天気にも合っているように思え、車から降りたくない気持ちから一転してなんだかテンションが上がって来た。四万十川は全体的に8歳の息子でも安全にラフティングができるくらい流れが比較的緩やかであるが、今回参加したツアーのコースはスタートしてからいきなり流れが早い瀬を下った。大人の私でも一瞬ボートから投げ出されるのではと思えるくらいであった。しかしそのお陰で雨による天然のシャワーを浴びながらのラフティングが何だか楽しくなって来た。その後も比較的流れが早い瀬をいくつも通過したり、途中でボートを止めて岸辺の高い岩から深い川の淵へ飛び込んだり、サーフボードのような形をしたSUPボートに私一人で乗せて貰ったりしたが、振り返ると全体的にラフティングボートでのんびりと川を下っている感じであった。息子も飛び込みやボートに捕まりながらも川の水に浸かったりと川遊びを楽しんでいるような感じであったし、ただひたすらボートの上でのんびりしていた妻も、ほぼ自然に近い四万十川ならではの原風景を見たり、ガイドさんと色々話をしながら、仕事や家事などに追われる日常からの開放感を味わっているようであった。</p><p>&nbsp;</p><p>ラフティングツアーのお店で貸して貰えたウエットスーツの上着のお陰もあり、梅雨時の天然のシャワーを浴びながらのラフティングは、寒くも暑くもなくとても心地く、嬉しい誤算であった。</p><p>&nbsp;</p><p>我々の住む近所から高知県に移住した我々のラフティングの案内をしてくれたガイドさんも、娘としばしば川エビを捕まえに行く日常生活を送れているという。</p><p>&nbsp;</p><p>日本最後の清流で有名となった四万十川も、昔は今よりももっと昔は今よりももっと魚達など生き物の数が多く種類も豊富であった四万十川流域では、川でアユ、川エビ、ツガニ、ウナギ、ウグイ、山で猪などを捕まえるだけでも生活できたというなどの話を、四万十川の清流や岸辺に連なる緑の山々などからなる原風景の中でラフティング用のボートに揺られながら聴いて、梅雨時ならではの心地良さに加えて、羨ましくもあった。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆真夏の清流四万十川</b></p><p>天満宮前キャンプ場の辺りの四万十川上流は窓を開けた車から見ても川面はエメラルドグリーン色をしている部分も多くしかも水は透明でテレビで見た「仁淀ブルー」に引けを取らない感じがしたので</p><p>「これぞ四万十ブルー！」</p><p>と心の中で叫んでしまった。川の水は上流部なのか真夏でもかなり冷たかったが慣れてしまえば川に入って一時間近くは遊べた。川の中を泳いでいる魚の群がるエリアでは四万十川流域では「イダ」と呼ばれているウグイのような魚が何匹も見られた。地元では桜が咲く頃になるとウグイが小礫のある瀬に集まって産卵することを「イダが立つ」と言って投網で獲る。河岸にはハグロトンボが何匹も見られ息子がよしのような草に止まっている彼らをめがけて水鉄砲で攻撃して遊んでいた。</p><p>そこからさらに下流に向かうと、国道３８１号線とＪＲ予土線がほぼ川沿いを通る、清流の両岸の山々がいくつも連なるなど四万十川独特の自然の状態に近い原風景が見られる四万十川中流域に入る。私は息子を連れて、その四万十川中流付近の原風景の中で魚達を見ながら川遊びを満喫できる場所を見つけた。川の中に入ってみると天満宮前キャンプ場の辺りの上流とは違って少しだけ温く冷え過ぎずに丁度良い冷たさで最高に気持ち良かった。川の中から沈下橋の方向を見ると、青い空と白い雲からなる夏空と川と周りで挟むように囲む濃い緑の山々とのコンビネーションからなる真夏を思わせる風景が鮮明に映った。小さいウグイのようか魚が多かった上流部（天満宮前）とは違って、小さい魚のみならず体長が１０センチ以上の魚や３０センチ近い鮎を思わせるような魚、さらにハゼの仲間のような魚も見られた。川を泳いでいる魚達を見るために、何回も同じ所をシュノーケリングをしながら数十メートル程清流に流されて、上流の流される前のポイントまで歩いて戻ってはまた流されるという遊びを息子と２人で一緒に繰り返した。息子もその遊びを相当気に入ったのか何故か「レボリューション」と名付け私に「レボリューションやろう！」と何回も呼びかけたくらいであった。</p><p>&nbsp;</p><p>この年の息子の夏休みの宿題である絵日記には彼が「レボリューション」と名付けた四万十川の川遊びの事が描かれていた。川を泳ぐ大小様々な魚達はもちろん川底の石や周りの緑の山々とお日様と白い雲との夏空とこの辺りの四万十川を中心とした情景の特徴がよく表れている。</p><div><div style="text-align: center;">&nbsp;</div><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/11/natural81k/a9/dd/j/o1023102415277417252.jpg"><img alt="image" height="621" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/11/natural81k/a9/dd/j/o1023102415277417252.jpg" width="620"></a></p></div><p style="text-align: center;">写真116:息子の四万十川の絵日記</p><p>&nbsp;</p><p>「レボリューション」と名づけたくらいだから川で泳いでいる天然の魚達を川の流れに乗りながら見られる遊びは小学校一年生の息子にとっても余程新鮮であったに違いない。あの日記を見た時は</p><p>「四万十川に連れて行った甲斐があった」</p><p>と、思えてとても嬉しかったのと同時に、あの時のみならず今でも思い出す度に息子にも</p><p>「元々自然が豊かであった日本では、あちこちの川が清流と呼ばれてもおかしくないくらい水が綺麗で、魚達など生き物が多く棲んでいた。」</p><p>「今となっては、川の中で泳ぐ魚達の群れや、自然に近い状態である川沿いの原風景が見られる四万十川のような清流はとても貴重で、未来に残すべし！」</p><p>ということを心から思える大人に成長して欲しいと、思わずに居られなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>こうして息子が「レボリューション」と名付けた川遊びをした後に、息子と二人でラフティングツアーに参加した。四万十川沿いを通る国道３８１号線を通った車でのドライブや、予土線に乗った列車の旅も充分気持ち良いが、やっぱり真夏の緑の山々の間を蛇行しながら流れる清流の中を行く川下りのようなラフティングでの川での船旅が最高であった。特に水の中に入りながら眺めた真夏の入道雲などの白い雲青空は最高であった。ラフティングボートに乗った約２時間、素朴で美しい独特の原風景が連なる四万十川中流域での川旅ができて本当に良かった。</p><p>&nbsp;</p><p>ガイドさんの粋な計らいで途中で一時的にボートから離れて川に流されながら移動した息子も、息子が「レボリューション」と名付けた川遊びに加えて、このラフティングツアーでもまた逞しさを増したように思えた。</p><div><div style="text-align: center;">&nbsp;</div><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/11/natural81k/ff/b3/j/o1080072015277417269.jpg"><img alt="image" height="413" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/11/natural81k/ff/b3/j/o1080072015277417269.jpg" width="620"></a></p></div><p style="text-align: center;">写真117:清流四万十川</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆四万十川の名物</b></p><p>梅雨時のラフティングの後に、四万十川沿いの食堂で私達家族３人で四万十川で獲れたウナギをご馳走になった。食堂のテラスに設置されているカウンター席で四万十川ならではの原風景を眺めながら口にした天然のウナギの味は格別であった。ラフティングの後も四万十川で「レボリューション」のような川遊びをしようと思い、引き続き下はハーフパンツの水着のままでいたが、あの時は天然のウナギに加えて、ウナギをゆっくりと食べながら見た清流四万十川を中心とした原風景でお腹いっぱいになった（満足してしまった）程であった。</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/11/natural81k/6c/3e/j/o1080081015277417278.jpg"><img alt="image" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/11/natural81k/6c/3e/j/o1080081015277417278.jpg" width="620"></a></div><p style="text-align: center;">写真118:四万十川とうな重</p>
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<link>https://ameblo.jp/natural81k/entry-12800260690.html</link>
<pubDate>Fri, 05 May 2023 04:22:10 +0900</pubDate>
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<title>何故、四国八十八か所巡りなのか？～おもてなし文化の意味～</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">◆おもてなし文化の意味</b></p><p>四国地方は昔から四国八十八か所巡りによって、おもてなしの文化が根付いている。</p><p>&nbsp;</p><p>その四国八十八ケ所の巡礼を行われる旅人はお遍路さんという愛称で親しまれている。そのお遍路さんの菅笠よく書かれている「同行二人」とはお遍路さんに弘法大師が同行されて巡っていることを意味している。そのことからお遍路さんへのおもてなし（お接待）は弘法大師へのおもてなしにもなるとされ昔から四国各地で行われている。おもてなしの内容としてお遍路さんに食べ物や飲み物さらに寝る場所まで提供するなどが挙げられる。</p><p>「情けは人の為ならず」</p><p>おもてなしをしたお返しにお遍路さんから色々な情報も入って来る。お遍路さんにより四国外から焼き物などの産業も伝わったケースもある。さらに第一次大戦後に徳島県内の収容所に入れられたドイツ人捕虜に対して地元の方々はお遍路さんをおもてなす心で交流を深めた。そのお返しのようにパン、ソーセージ、チーズ、バダー、西洋野菜などの製法が伝わりさらに「全ての人々が兄弟になる」という意味の歌詞のあるドイツの名曲である交響曲第９番が日本で初めて合唱された。その時の収容所の所長が儒教を基にした人道的な教育を受けてこられたであろう旧会津藩士の松江豊寿氏であった。それらのお遍路をもてなす心での交流は彼の人道的な方針のお陰であったという。お遍路さんをおもてなす人道はその人道の基となっている「信仰」によりドイツのみならず会津とも繋がっていたのだ。</p><p>「天台宗」―四国</p><p>「儒教」―会津</p><p>「キリスト教」―ドイツ</p><p>その３つが「人道」で繋がっているように思える。世界中のあちこちで行われてきた植民地化や先住民の住む場所など聖域の掠奪などの「信仰」も含めた自分達とは異なる価値観を否定した行為とは違い、お遍路さんをおもてなす心の歴史も「信仰」とは本来なら人道を通じて人と人との心をつなぐものだとはっきり表している。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆何故、四国八十八か所巡りが存在するのか？</b></p><p>それだけではなく、旅をされているお遍路さんのみではなく、おもてなしによりお遍路さんを応援された方も八十八の煩悩と自分の人生とを照らし合わすことができるのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>なかなか我々がそれぞれ抱えている八十八の煩悩についてじっくりと考える余裕をなかなか持ちづらいが、日常生活から離れて旅をすることによって開放感が得られて、その開放感によって心の余裕が生まれる。旅によって生まれた心の余裕により八十八の煩悩を消滅させて人生をリセットできる。開放感や心の余裕を生む旅には川や海さらに山など美しい自然環境に包まれることも大切である。今日でさえ、四万十川沿いの自然のままの原風景や、足摺岬や竜串海岸をみるだけでも、四国にも旅人に開放感や心の余裕が生まれるような美しい自然がまだまた残されているのがわかる。それに加えて当時日本の中心であった関西から近過ぎず遠過ぎずの位置にあったので、四国は煩悩を消滅させて人生をリセットするために八十八箇所のお寺を歩いて巡って旅をするのに相応しい場所ではあったのではないか。お遍路さんみたいに歩いて四国一周までは行かずとも、足摺岬、竜串海岸、仁淀川、龍河洞、四万十川など、八十八箇所巡りが存在する四国を何日か旅をするだけでも、そのことを少しでも実感できるのではないか。</p><p>&nbsp;</p><p><u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">「四国八十八か所巡り」いかにも、一万年以上前から先祖代々、自然と人を神様のように大切にしてきた、我々日本人らしい文化である。</b></u></p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230426/08/natural81k/ce/99/p/o0720048015275591503.png"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230426/08/natural81k/ce/99/p/o0720048015275591503.png" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">写真114：四国八十八か所巡り</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆八十八の煩悩</b></p><p>四国八十八箇所巡りと言えば菅笠、白衣、金剛杖を身につけたお遍路さんであるが讃岐生まれで平安時代初期に日本仏教の宗派の一つである天台宗を開いた弘法大師が四国へ修行の旅へ行かれたのが始まりとされている。お遍路さんの四国巡りの札所の数が八十八箇所となった理由はいくつかの説があるがそのうちの一つでは「人間を悩ませて苦しめる煩悩のうち自分で考えて判断して迷うこと（見惑）により生じる数が八十八」という仏教の教えが基となったと言われている。そもそも見惑による「八十八の煩悩」とは仏教で考えられている３つの世界（欲界、色界、無色界）の中にある。</p><p>&nbsp;</p><p>１．欲界（よくかい）</p><p>我々人間のように欲望にとらわれたものが住む世界である。</p><p>２．色界（しきかい）</p><p>形のある物だけが住む世界（色）。</p><p>色恋沙汰や色情も含めた欲望から離れて、変化して、壊れて、一定の空間を占めている物資的な形を意味している。</p><p>３．無色界（むしきかい）</p><p>欲望も超越して（欲望の）無い状態で、物質的な形もない世界（無色）であり、ただ精神作用のみが存在する世界である。</p><p>&nbsp;</p><p>それらの３つの世界のうち「欲界」には６つの煩悩（貪、瞋、癡、慢、見、疑）で「色界」「無色界」には共に「瞋」以外の５つ存在する。</p><p>&nbsp;</p><p>１．貪（とん）－むさぼり。欲深さ。</p><p>２．瞋（しん）－怒り。憎み。</p><p>３．癡（ち）－物事の道理がわからない。迷い。</p><p>４．慢（まん）－慢心。他人に対するおごり。</p><p>５．見（し）－間違った見解。間違ったことに対する正しいとの思い込み。</p><p>６．疑（ぎ）－疑い。真理（仏法）を疑う心。</p><p>&nbsp;</p><p>さらに６つの煩悩の一つである「見」を細かく５つに分けた「五見（ごけん）」（有身見、辺執見、邪見、見取見、戒禁取見）を入れると煩悩は１０になる。</p><p>&nbsp;</p><p>１．有身見（うしんけん）</p><p>自分の肉体や心を「われ」であるとか「わがもの」と執着する見解。</p><p>２．辺執見（へんしっけん）</p><p>死んだらまったくの無になること（断見）もしくは死んでも魂は存在し続ける（常見）と死後の様子のように誰もわからないようなことをいちいち気にすること。文字通り「断見」と「常見」とそれぞれの両極端に偏った意味を表しているのであろう。</p><p>３．邪見（じゃけん）</p><p>因果の道理を認めない間違った考え方。物事には必ず原因と結果がある。現れた結果の原因を正しく理解しないこと。</p><p>４．見取見（けんしゅけん）</p><p>誤った考え方を最も優れた考え方とすること。</p><p>５．戒禁取見（かいごんしゅけん）</p><p>誤った教えに基づく戒律を正しいもしくは悟りを開けると信じること。</p><p>&nbsp;</p><p>さらに悟りを開くことにより煩悩を消滅させる段階を４つ（苦諦、集諦、滅諦、道諦）に分けた四諦（したい）を一つずつ煩悩とした。「有身見」「辺執見」には「苦諦」のみの１段階で、「戒禁取見」には「苦諦」「道諦」の２段階で、それ以外は煩悩一つにつき４段階である。</p><p>&nbsp;</p><p>１．苦諦（くたい）</p><p>人間を悩ませて苦しめる煩悩そのもの。</p><p>２．集諦（しったい）</p><p>煩悩の原因。煩悩にも必ず原因があり、その原因を探求、反省しそれをはっきり諦（さと）ること。</p><p>３．滅諦（めったい）</p><p>集諦によりわかった煩悩の原因を基に心の持ち方を変えることによってあらゆる苦悩は必ず消滅すること。</p><p>４．道諦（どうたい）</p><p>煩悩を消滅させる道として煩悩から逃れようと努力することではなく煩悩に関わる物事の本質を見ること。</p><p>&nbsp;</p><p>以上記述した内容を図で表したのが、写真115である。写真115での「〇」の数は88個で、煩悩が八十八個あることがわかる。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/09/natural81k/96/0a/j/o1113043415277364251.jpg"><img alt="" height="434" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230430/09/natural81k/96/0a/j/o1113043415277364251.jpg" width="1113"></a></p><p style="text-align: center;">写真115：八十八の煩悩</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p>寒さや暑さ、不仲、欲深さ、貧困、災害、病気、死など例を挙げると本当にキリがないが我々の人生で様々な逆境による悩み、苦しみ、悲しみ、不安、怒りなどマイナスな物事の全てがその八十八個の中に当てはまると言える。</p><p>&nbsp;</p><p>余談ではあるが「見惑」のほかにも人間が生まれながらに持っている欲「思惑（しわく）」による煩悩の数１０で、さらに修業の妨げになる煩悩の数１０を加えると「百八煩悩」となる。大晦日の深夜から元日の未明にかけてお寺から鳴り響く除夜の鐘の回数が１０８回なのは「百八煩悩」を消滅させて気持ち良く新年を迎えようとする意が込められているとも言われている。</p>
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<link>https://ameblo.jp/natural81k/entry-12800121859.html</link>
<pubDate>Wed, 03 May 2023 04:10:54 +0900</pubDate>
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<title>土讃線（5）～四国らしい地域など社会の活性化策とは？～</title>
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<![CDATA[ <p>土讃線も通る高知県須崎市。その隣にある津野町にて、林業の衰退によって過疎化が進んでしまったある山間の集落にあった廃校跡が生まれ変わった。</p><p>&nbsp;</p><p>①地元住民同士での8年間で100回以上の話し合いが重ねられた。</p><p>&nbsp;</p><p>②話し合いの最初の頃は「集落に福祉施設を整備してほしい」 など行政に頼り過ぎているような姿勢ではあった。</p><p>&nbsp;</p><p>③話し合いを重ねて行くうちに地元の方々は「自分達でなんとかしないといけない」<o:p></o:p>という思いが強くなってきた。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">※不平不満や要望を好き勝手に口にするだけで行政など周りをあてにし過ぎるのではなく、話し合いを重ねて自分達のやりたいことを実行して初めて明るい民主主義社会が作れるのではないか。ここの集落の取り組みも無駄なストレスや争い事そして凶悪な犯罪や事故のない明るい社会づくりへ向かう道しるべだと思うのは私だけだろうか。</b></p><p>&nbsp;</p><p>④廃校跡がコンビニに生まれ変わった。</p><p>&nbsp;</p><p>⑤そのコンビニは夜になると居酒屋にうって変わって、地元住民同士での宴会が始まる。</p><p>&nbsp;</p><p>⑥更にその居酒屋・コンビニに、宿泊施設の機能が加わった。</p><p>&nbsp;</p><p>⑦その居酒屋、宿の機能を兼ね備えた「森の巣箱」によって地元の方同士はもとより、地元の方と外部からの宿泊客との交流もよく行われるようになった。</p><p>&nbsp;</p><p>⑧地元住民同士＆地元の方と外部からの宿泊客との交流によって、様々な情報も得られて「森の巣箱」周辺も含めた各地域はさらに進化していくであろう。</p><p>&nbsp;</p><p>その①～⑧も地域活性化策の一つである。四国地方は、昔から「四国八十八か所巡り」によっておもてなし文化が根付いているとよく言われている。おもてなしによって「森の巣箱」周辺も含めて地域活性化が続いているのもいかにも四国らしい。</p><p>&nbsp;</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230420/09/natural81k/03/0e/j/o1080081015272946596.jpg"><img alt="" border="0" height="300" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230420/09/natural81k/03/0e/j/o1080081015272946596.jpg" width="400"></a></div><p style="text-align: center;">写真113-1:</p><p style="text-align: center;">廃校後がコンビニ・居酒屋・宿に</p><p style="text-align: center;">生まれ変わった「森の巣箱」（1）</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230421/08/natural81k/95/92/j/o1080081015273383535.jpg"><img alt="" border="0" height="300" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230421/08/natural81k/95/92/j/o1080081015273383535.jpg" width="400"></a></div><p style="text-align: center;">写真113-2:</p><p style="text-align: center;">廃校後がコンビニ・居酒屋・宿に</p><p style="text-align: center;">生まれ変わった「森の巣箱」（2）</p><p>&nbsp;</p><p>四国地方は昔から四国八十八か所巡りによって、おもてなしの文化が根付いている。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: start; text-indent: 0px;"><span style="text-align: justify; text-indent: 10.5pt;">その四国八十八ケ所の巡礼を行われる旅人は</span>お遍路さんという愛称で親しまれている。そのお遍路さんの菅笠よく書かれている「同行二人」とはお遍路さんに弘法大師が同行されて巡っていることを意味している。そのことからお遍路さんへのおもてなし（お接待）は弘法大師へのおもてなしにもなるとされ昔から四国各地で行われている。おもてなしの内容としてお遍路さんに食べ物や飲み物さらに寝る場所まで提供するなどが挙げられる。</p><p class="MsoNormal">「情けは人の為ならず」<o:p></o:p></p><p class="MsoNormal">おもてなしをしたお返しにお遍路さんから色々な情報も入って来る。それも地元住民同士のみならず地元の方と外部からの宿泊客、さらに宿泊客同士との交流によって、様々な情報も得られて「森の巣箱」周辺も含めた各地域はさらに進化していく理由だと思う。</p><p class="MsoNormal">&nbsp;</p><p class="MsoNormal">私は息子と共に「森の巣箱」に5回泊まってお世話になっているがその度に、昔から多くのお遍路さんが受けて来たおもてなしを容易に想像できるくらいの、温かいおもてなしをいただくことができた。毎回、息子や家族に加えて、地元の方や他の宿泊者の方々と、毎回まるで実家に帰省して親兄弟達と飲んだり食べたりしながら食卓を囲んでいるかのように、温かくて和やかな雰囲気を味わえている。コロナ禍でもマスクを外すのもOKで、地元の方々との宴会はまるでコロナ禍前とは変わらない雰囲気であった程である。</p><p class="MsoNormal">&nbsp;</p><p class="MsoNormal">その中で今のところ最も印象に残っているのが、息子のみならず、初めて家族全員を連れて行った「森の巣箱」にお世話になって３回目の時である。足摺岬や竜串海岸へのドライブから帰った後の、３日目の宿での夕ご飯の時であった。その日の夕ご飯のメニューは「森の巣箱」のオーナーさんの北海道の知り合いの方から届いたジンギスカンを伴った、テラスでの炭火によるバーベキューであった。私達は宿や周辺の地元の方々と共にテラスにあるテーブルを囲んだ。彼らによるおもてなしに加えて、皆の話をしたり笑ったりする声、宿の周辺や、カツオ漁の基地で有名な土佐佐賀付近などドライブの帰りに車から見た一層緑が濃く見えていた夕暮れの山々や、車の中で聴いたラジオから流れていた「ひまわりの約束」など何曲かの秦基博さんのバラードなどにより、あの時の我々も、時間（とき）を止めたくなるような温かい空気に包まれているような感じであった。</p><p class="MsoNormal">&nbsp;</p><p class="MsoNormal">私も「森の巣箱」に泊まって四国を旅した事によって、50歳を過ぎたら「四国八十八ヶ所巡り」の旅を歩いてするという新たな夢がまた一つできた。何回か四国に通いながら行うこともその方法の一つであろう。</p><p class="MsoNormal">&nbsp;</p><p class="MsoNormal">冒頭でも申し上げたが、そのような温かいおもてなしによって、地元の方同士「森の巣箱」がある山間の集落も活性化が継続されて行くであろう。</p><p class="MsoNormal">&nbsp;</p><p class="MsoNormal">&nbsp;</p><p class="MsoNormal">◆まとめ～地域などの社会の活性化策は？～</p><p class="MsoNormal">最後に、地域、職場、家族などの社会の活性化策をまとめると、次の通りであろう。</p><p class="MsoNormal">&nbsp;</p><p class="MsoNormal"><b style="font-weight:bold;">①一人一人が大切にしているものごとをしっかりと持つこと。大切にしているものごとは、家族や自分のやりたいことの目標や自分の考え方など何でも良い。</b></p><p class="MsoNormal">&nbsp;</p><p class="MsoNormal"><b style="font-weight:bold;">②大切にしているものごとを、持っている同士で、【お遍路さん同様に神様仏様へのおもてなしの如く】お互いを尊重・大切にして、交流・コミュニケーションを取る。これが簡単なようでなかなか難しいが、常に意識することが大切である。</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/natural81k/entry-12799417155.html</link>
<pubDate>Mon, 01 May 2023 04:00:08 +0900</pubDate>
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<title>土讃線（4）高知の天然のアトラクションは？～あの高知名物をいただく前に～</title>
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<![CDATA[ <p>大歩危、小歩危峡も含めた吉野川沿いの渓谷を通りながら、四国山地を越えて列車は高知・土佐の国へ</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">◆「かつおのたたき」など、美味しい高知のご当地名物をいただく前</b></p><p>高知城のすぐそばの「ひろめ市場」などで、「かつおのたたき」など、美味しい高知のご当地名物をいただく前に、洞窟探検でひと汗かきたいですね！</p><p>その洞窟探検は、土讃線で高知駅の手前である土佐山田駅からバスでも行ける、龍河洞で行えます。しかも一般公開のルートのみならず、ガイドさんの案内でヘッドライトをつけて、ヘルメットをかぶって、一般には公開されていないエリアでの真っ暗な世界で本格的な洞窟探検ができる「冒険コース」がお勧めです。<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">一般公開のルートは洞窟全体の氷山の一角といっても良いでしょう！</b></u>約90分のコースなのでいい汗がかけると思います。しかも<u style="text-decoration:underline;"><b style="font-weight:bold;">洞窟なので天気に関係なくアクティブに冒険を楽しめます！</b></u>ご家族や友達などの仲間と行くと特に楽しいですよ！</p><p>&nbsp;</p><p>別に私は龍河洞のまわしものではありませんが、<u style="text-decoration:underline;">私も当時小1であった息子と二人で行きました。親子共々夢中になってヘッドライトとヘルメットを頭に真っ暗闇の洞窟探検に夢中でした。<b style="font-weight:bold;">正に『天然のアトラクション』です！</b></u></p><p>&nbsp;</p><p>龍河洞は秋芳洞、龍泉洞（岩手県）と並んで、日本三大鍾乳洞に指定されている。しかも洞内では弥生式土器や獣骨などかつて人が住んでいたような形跡が発見されるなど、歴史や悠久な時の流れも感じることができる洞窟である。</p><p>&nbsp;</p><p>龍河洞の「冒険コース」のように、一般公開のルート以外の真っ暗な世界で本格的な洞窟探検ができるコースは、秋芳洞（山口県）、玉泉洞（沖縄県）などでも設定されているようだ。</p><div style="text-align: center;"><p>&nbsp;</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230312/10/natural81k/ba/21/j/o1080103415254317619.jpg"><img alt="" border="0" height="382" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230312/10/natural81k/ba/21/j/o1080103415254317619.jpg" width="400"></a></div><p>写真111-1:龍河洞（1）入り口</p></div><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230312/10/natural81k/11/f8/j/o1080081015254311795.jpg"><img alt="" border="0" height="300" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230312/10/natural81k/11/f8/j/o1080081015254311795.jpg" width="400"></a></div><p style="text-align: center;">写真111-2:龍河洞（2）内部</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230312/10/natural81k/14/4f/j/o1080081015254311803.jpg"><img alt="" border="0" height="300" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230312/10/natural81k/14/4f/j/o1080081015254311803.jpg" width="400"></a></div><div style="text-align: center;">写真111-3:龍河洞（3）</div><div style="text-align: center;">冒険コース内</div><div style="text-align: left;">&nbsp;</div><div style="text-align: left;"><b style="font-weight:bold;">◆洞窟探検の後は・・・</b></div><div style="text-align: left;">高知城の近くにある『ひろめ市場』などで、鰹のたたきなどの高知名物をいただくと良いでしょう！そして食後の散歩にはやはり高知城の散策でしょう。もしくは、高知城の散策は食前にもうひと汗かくにも良いでしょう！夜でも天守閣の前まで散策できますよ！</div><div style="text-align: left;">&nbsp;</div><div style="text-align: left;">私達親子も、洞窟探検の後にいただいた「かつおのたたき」にはほっぺたを落とされました♪今まで和菓子やバナナなど甘いものをよく食べていた当時小学校一年生であった息子も、あの時の「かつおのたたき」が甘いもの以外でも舌が肥えるきっかけになったようです。</div><div style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230317/06/natural81k/82/28/j/o1024076815256404829.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230317/06/natural81k/82/28/j/o1024076815256404829.jpg" width="373"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230317/06/natural81k/88/c3/j/o0500033315256404837.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230317/06/natural81k/88/c3/j/o0500033315256404837.jpg" width="420"></a></div><div style="text-align: center;">写真112:鰹のたたきと高知城</div>
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<link>https://ameblo.jp/natural81k/entry-12793342647.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Apr 2023 04:00:36 +0900</pubDate>
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