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<title>心理学の広場・南十字星</title>
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<description>ＫＭＣＣ・日本カウンセリング教育研究所のブログです。</description>
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<title>純粋に看ること。感じること</title>
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<![CDATA[ <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091023/23/nce-88/3d/38/j/o0320024010284898928.jpg"><img border="0" alt="心理学の広場・南十字星" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20091023/23/nce-88/3d/38/j/t02200165_0320024010284898928.jpg" width="220" height="165"></a><br><br>馴染みの書店だが、何時もは素通りする文庫本の書架の芥川龍之介全集８巻がちらっと目に入った。よく読んでいた青年時代の記憶が甦ってきて懐旧の情に浸りなら、ただなんとなく手にして、なんとなく開いたページは、あの『手巾』（はんけち）の小品であった。　<br><br>　『手巾』（はんけち）のあらすじは、私見も入れてざっと、こうである。<br><br>　教授の家に一人の婦人が訪ねてきた。応接室に入る教授と同時に、椅子から立ち上がる四十格好の賢母らしい気品のうかがえる婦人は、<br>　『私は西山健一郎の母でございます』<br>とはっきりした声で名乗って丁寧に会釈をした。<br>　西山健一郎とは眉の濃い元気のいい青年だったと教授はよく覚えていた。<br>　瓜二つと形容されるほど婦人とはよく似ていた。西山青年は教授の下によく出入りして親しくしていたが、この春、腹膜炎に罹って大学病院に入院した。教授は仕事の序でながら一二度西山青年を見舞いに行ってやっていた。<br><br>　『西山君はいかがです。別段ご容態に変わりありませんか。』<br>　『はい』<br>　『実は、今日も倅のことで上がったのでございますが、あれもとうとう、いけませんでございした。在生中は、いろいろ先生にご厄介になりまして』<br>　『それは』<br>　『病院におりました間も、よくあれがお噂などいたしたものでございますから、お忙しかろうとは存じましたが、お知らせかたがた、お礼を申し上げようと思いまして…』<br>　『いや、どうしまして』<br>　『昨日が、ちょうど初七日でございます』<br>　『何しろ、手の尽くせるだけは、尽くした上なのでございますから、あきらめるよりほかは、ございませんが、それでも、あれまでにいたしてみますと、何かにつけて、愚痴が出ていけませんものでございます。』<br><br><br>　教授は意外なことに気づく。それは、この婦人の態度なり挙措なりが少しも自分の息子の死を、語っているらしくないということである。<br>　目には、涙もたまっていない。声も平生のとおりである。口角には、微笑さえ浮かんでいる。教授は、母なる婦人の泣かないのを、不思議に思った。　　<br><br>　亡くなった青年の追懐の会話は、教授にとって、空洞の樹幹を叩くような不全感があり、何かしら婦人に対するなじりから乾涸びていく自分の冷めた感情の始末に空虚さを思うのである。<br><br>　婦人との青年の追憶の会話が途切れがちになったとき、何かの拍子で教授は団扇を取り落とした。教授は椅子から半身を前に乗り出しながら、床の上の団扇を拾い上げようとしたそのとき、教授の全身に電気が走った。<br><br>　教授は見た。<br>　机の下の婦人の膝の上にある手巾を持った手が、激しく震えているのを。<br>　震えながら、それが感情の激動を強いて抑えようとするせいか、膝の上の手巾を、両手で裂かないばかりに硬く、握っているのに気づくのである。　<br><br>　<br>　婦人は、顔でこそ笑っていたが、実は、さっきから、全身で泣いていたのである。<br><br><br>　団扇を拾って、顔を上げた教授の顔には、今までにない表情があった。<br>　見てはならないものを見たという敬虔な心もちと、その意識からくるある満足のゆえに。<br><br>　『いや、ご心痛は、私のような子供のない者にも、よくわかります。』<br>　『ありがとうございます。が、今更、何と申しましてもかえらないことでございますから。』<br>　婦人の晴れ晴れとした顔には依然として、豊かな微笑が、たたえられていた。<br><br>　母は、息子が生前よく世話をしてもらっていたという教授に出会って、息子の死を伝え生前のお礼を告げようとして来られた。初七日を済ませたばかりの喪失の哀しみ心のうずきをこらえて来られた。<br>　生前、息子が頼っていた教授からのひとことがほしかったのだろう。息子と教授の交流を、母として追体験したかったに違いない。母は、教授の知らない息子の話をいっぱいし、母の知らない息子の話を、教授からいっぱい聞きたかったのだろう。<br>　まさに、母は愛する息子についてのMourning（喪の作業）に入っているのである。<br><br>　<br>　『手巾』（はんけち）の面接場面における「落ちた団扇」によって、教授こそ救われたのである。<br><br><br>　教授と母との温かい心の交流がそこから始まったのである。教授の母への共感的理解が息づく。<br>　忘れようとして忘れ難い息子の死を事実であることとして、認めながらも、なお、夢であってほしいと願う哀しみを抑えて、平常さを身繕う母の精一杯の情動とのたたかいを、小刻みに震える手、引き裂かれんばかりの『手巾』（はんけち）に教授は見出したのである。<br>　教授は青年西山健一郎の死別を改めて受けとり、その母へ敬虔な無条件の尊重と共感的理解を純粋な心に得たのだ。それは、教授の飾らぬ言葉で母に伝わっていったのである。<br>　母の、今日というこの日は、息子を抱いた同行のよき日であっただろう。<br><br>　『手巾』（はんけち）は、　Success Counseling　に多くの示唆を与えてくれている。また、カウンセラーの陥りやすい穽をみせてくれている。<br>　『手巾』（はんけち）は、職場・家庭にあって、温かいコミュニケーション、リーダーシップや、コーチング、の理論や技法を身につけようとする人々にとって、基礎となることとは、「自己の人格の洗練と他者の人格の無条件の尊重である」ということを知らせてくれている。<br>
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<pubDate>Fri, 23 Oct 2009 23:50:00 +0900</pubDate>
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