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<title>猫野親分</title>
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<description>今は引退された、お世話になった獣医さんと私しか知らない大事なウチのお嬢さんたちのことを、どこかに記しておきたかったブロガーになる気はない</description>
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<title>岐路2</title>
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<![CDATA[ <p>随分間が空いてしまった。</p><p>続きを書いて終わりにしたい。</p><p><br></p><p>叔父から叔母危篤の電話を受けて駆け付けると、叔母の意識はなく気管挿管されて会話もままならず。</p><p>ドクターと叔父の説明を繋げると、転院した療養病院から、まず叔父に叔母の状態が悪いと当直ドクターから電話があったらしい。</p><p>そのドクターは他院の方で、駆け付けた叔父が院長と話そうにも院長は不在で連絡も取れないと。</p><p>叔父は当直ドクターに何とかしてくれと言ったそうだが、療養型病院のため人手も設備もなく、他院に勤める当直ドクターが患者を勝手に動かすこともできず、何度も院長を呼び出してくれてようやく院長と連絡がつき、そこで慌てて救急車を呼んだらしい。</p><p>転院したとき、あまりの設備のなさに落胆したが、曲がりなりにも病院だから最低限のモニタリングや処置はしてくれるのだろう、叔父と二人の自宅に帰らせるよりはずっと良い筈と思っていた私は甘かった。</p><p>血液検査は転院時にした2週間前の結果しかなく、食事は何を与えられていたのか誰も知らされず、病院の話では腎臓用の食事だったが叔母は副食を食べずお粥ばかり食べていたそうだ。</p><p>叔父は度々見舞いに行ってくれていたが、食事時間までいることは出来ず、叔母は外界から完全に隔離された状態だった。</p><p>良くも悪くも、だが、あの病院に限っては「良くも」はなく、最悪の隔離だった。</p><p>危篤状態にされた叔母は一旦救急車で、元いた急性期病院に戻された。</p><p>私が駆け付けられたのは急性期病院に戻ってからだったので、たった2週間で叔母をこんな状態にしたあの病院には見舞いに行って以来行っていない。</p><p>もし私があの病院の院長と顔を合わせていたら、間違いなくキレて怒鳴っていただろうから、その方が良かったのかもしれないが。</p><p>叔父は腹が立たないのかと不思議に思ったほどだった。</p><p>何より。</p><p>後でドクターの説明を聞くまで知らなかったが、何より許せないのは、気管を切開して挿管された理由だ。</p><p>気管挿管は運ばれた急性期病院で、呼吸が出来ていないためされたそうだが、呼吸が出来ていなかった理由は喉に痰が詰まっていたためだった。</p><p>つまり気道を痰で塞がれたための窒息だ。</p><p>療養型病院では痰の吸引すらしてくれなかったことが分かった。</p><p>説明してくれた若いドクターも、何とも言えない表情だった。</p><p>転院当初はリハビリをするということだったが、リハビリどころではなかったのだ。</p><p>入院患者の状態を改善するどころか、維持すら出来ないのが、このk市にある療養型病院だった。</p><p>ここにさえ行かなければ、叔母のその後は変わっていたと思う。</p><p>帰りたがっていた家にも一度くらい帰れたかもしれない。</p><p>結局、元の急性期病院に戻って数日で意識は戻り、2週間してまた別の急性期病院へ転院させられ、そこでようやく透析が始まった。</p><p>3週間前後、その急性期病院で透析を受けたが、やはりいつまでもは無理だそうで、また別の療養型病院に転院させられた。</p><p>そして叔母はそこで亡くなった。</p><p>最後の療養型病院は透析設備も人手もあり、最初に移されたk市の療養型病院とは全く違う手厚い手当を受けられた。</p><p>最初からここに移れていれば、叔母の予後は全然違うものになっていただろう。</p><p><br></p><p>もう叔母が亡くなり一年半が過ぎた。</p><p>その間に、新しく分かってきたこともある。</p><p>まだ途中ではあるが、叔母の言っていたことと叔父の言っていたことの食い違い、せん妄かと思うようなことを叔母は言っていたが、それにはそれだけの理由があったらしいこと。</p><p>叔母が入院するようになってからは、叔父もよく叔母をみてくれていると思っていたが、本当のところはどうだったのか。</p><p>気管切開は塞がれて一時期少し話しは出来るようになったが、末期は経鼻チューブを入れられており、透析の翌日以外叔母は殆ど眠っていた。</p><p>叔父は会社を休んで叔母の病室へほぼ日参してくれており、当時私はそれを、叔父も漸く叔母の状態と向き合えるようになったのだと喜んでいたが。</p><p>話せなくなっていた叔母は、あの状態をどう思っていたのかと、今も時々考えては後悔する。</p><p><br></p><p>叔母亡き後、叔父の姉達がしばらく泊まり込んで叔父の世話をしてくれていた。</p><p>何かの仏事を兼ねて、姉達が帰る前に一度という話だったか、そこへ私が行くことになり、近所の百貨店で弁当でも買って行こうと弁当の希望を聞いた。</p><p>叔父はオコワが好きらしく、オコワを使った弁当を買っていったが、他に何か要らないかと聞くと</p><p>そのオコワ屋さんで赤飯を買ってきてくれと言われて思わず聞き直した。</p><p>叔母が亡くなった仏事の日に赤飯とは？</p><p>叔父は長崎五島列島の出身で、年代も遥かに上の人なので、私の育ってきた文化とは違うのか？</p><p>赤飯？赤飯がいいの？と聞き直すとそのオコワ屋さんの赤飯が美味しいのだと。</p><p>流石にどうかと思ったが、50年連れ添った妻を失くして気落ちしてる人の言うことだからと希望通り赤飯も買って持って行った。</p><p><br></p><p>思えばこの一件から始まって、それは色々と、考えを改めたことが多くある。</p><p>兄には概略は伝えてあるが、兄と叔母がそもそもさほど懇意にしていなかったので、あまり気持ちは動いていないらしい。</p><p><br></p><p>一番の私の後悔は、もちろんk市の療養型病院への転院に仕方なくとはいえ同意したことだが、</p><p>そして、その時々、そうするしかなく選択してきたことではあったが。</p><p>とにかく何とかしてでも、意識がある間に、叔母を自分の家に帰らせてあげたかった。</p><p>それだけは、私がもっとゴネればどうにかなったのではと悔やまれる。</p><p>おばちゃん、ごめんな。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12949241401.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Dec 2025 23:37:09 +0900</pubDate>
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<title>うどんの作り方</title>
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<![CDATA[ <p><span>1. 小鍋に出汁の素を入れ、おうどんの丼2杯ほど、水を入れます。</span></p><div><br></div><div>2. 小鍋を火にかけて、沸騰したら出汁の素を小鍋から取り出します。</div><div><br></div><div>3. 火を一番小さくして、砂糖、塩、醤油、味醂で味付けします（ほんのり甘めがお薦めですが、スープなので薄味に）。</div><div><br></div><div>4. 冷凍庫からうどんを出し、小鍋に入れます。中火にして、スープが沸騰したら火を弱めてしばらく煮ます。</div><div><br></div><div>5. うどんが箸で簡単に切れるほど柔らかくなれば出来上がり。<span>スープが煮詰まって少なくなってしまったら、途中でお水を足してください。</span></div><div><br></div><div>6. 溶き卵や生のchiveを入れるなら、うどんが柔らかく煮えてから、火を止める前に。</div><div><br></div><div>7. 卵はうどんの器に割り入れて、軽くかき混ぜます。小鍋に円を描くように回し入れます。</div><div><br></div><div>8. 卵、chiveを入れたら、スープがグツグツいうように一瞬火を強めます。</div><div><br></div><div>9. 卵が固まる前に、すぐに火を止めて丼にスープごと移します。</div><div><br></div><div>10. もしもchiveが冷凍なら、うどんとスープを丼に入れてから振りかけます。</div><br class="Apple-interchange-newline">テストです。<p></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12946788922.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Nov 2025 21:26:12 +0900</pubDate>
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<title>お弁当</title>
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<![CDATA[ <p>大好きなbloggerさんのお一人、体調がお悪く。</p><p>非常に心配だが、もう昔からのご持病らしく、原因不明だそうだ。</p><p>そんな中、ブログは更新されてて本当に真面目な頑張り屋さん。</p><p>ブログなんて放置で良いほど体調悪いのに、某国医療はアテにならんらしい。</p><p>同じ国にお住まいの方々のお話を読むと、恐らくその国の方々は少し症状を大袈裟に申告するか、または我慢を一切なさらないのではと思う。</p><p>我慢強いと言われる日本人の中でも取り分け我慢強いその方は、</p><p>日頃からかなりのストレスに晒されておられて、そんなことも体調を大きく崩す原因なのだろう。</p><p>もう、あることないことデッチ上げてでも救急搬送されて病院に潜り込めさえすれば！少なくとも対症療法くらいはやってくれるだろう。</p><p>体調悪いのは本当に悪いんだから！と、邪悪な私はヤキモキしてしまう。</p><p>その方には誠実さや我慢よりご自身の命と健康を、是非とも優先していただきたい。</p><p>個々人はそうでなくても医療システムは弱肉強食ぽい、というか、死にそうでなければ診ても貰えない彼の国では</p><p>ガツガツ行かないと、持病があったり虚弱体質、高齢などの方は本当に死んでしまいそうで怖い。</p><p><br></p><p>いつも通り前置きが長くなったが、弁当。</p><p>前述の方がお母さんの味について書いておられたが（異国で寝付かれて、と思うとまた泣ける）</p><p>私の母は39歳で亡くなったので、母の味自体あまり記憶にない。</p><p>当時私は9歳で、母が病に陥ったときは7歳、まだ一緒に料理したり教わったりも出来なかった。</p><p>なので、母の味として今も懐かしく頂けるものは少ないが、唯一当時と同じ！と思えるものが幼稚園の時の弁当（笑）</p><p>幼児の弁当だから見た目が美味しそうで手早くできて食べやすいもの。子どもが好むもの。</p><p>好きだったメニューは真っ赤なカクテルウインナー（タコさん）、ウズラのゆで卵にカレー粉や紫蘇で色づけしたもの、海苔を巻いた俵形のミニおにぎり。野菜も入っていたけど子どもだから記憶してない（笑）</p><p>ウズラのゆで卵は（めんどくさいので）普通のゆで卵に置き換えるけど、カクテルウインナーはまさしく当時の味！！！</p><p>（◯大さんありがとうございます）</p><p>ウインナーと卵と海苔とおにぎり、この組み合わせが私の母の味（笑）</p><p></p><p><span>もちろん、高度過ぎて今の私では再現できないクッキー、ケーキなどのお菓子類、クリスマスや誕生日のご馳走も母のレパートリーにはあったし、</span></p>風邪引いたら作ってくれた菜種卵、梅干しや海老餅の入った白粥、クタクタに煮たうどんの卵とじ（ネギ入り）、若芽と豆腐の味噌汁など、私にも再現できる他のメニューもある。<p></p><p><br></p><p>だけど、ウインナーと茹で卵と海苔巻きおにぎりは安価で再現率も高いと思われる優秀な母の味メニューなのだ（笑）</p><p>私の最後の晩餐もこのメニューがいい（笑）</p><p>母には叱られそうだけど💧🙀</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12946682184.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Nov 2025 13:35:00 +0900</pubDate>
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<title>COVID-19続き</title>
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<![CDATA[ <p></p><h1 class="_DOXPqTgN skinArticleTitleColor skin-et-title-color"><span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">（自分の記録のための記事なのでダラダラ長くなってます）</span></h1><div>今日木曜日で発症から4日目。</div><div>五類になってから法的には本人の意思に任されるそうだが、仕事も休んでおり一応外出も控えている。</div><div>深夜、人通りが絶えた頃に、外の子の世話には行く。</div><div>協力してくださる方にうつさないよう、帰宅前にはアルコールティッシュで触ったものを拭いて帰るけど</div><div>おそらく接触感染の確率は限りなく低いだろうと思う。</div><div><br></div><div>体調はほぼ回復した。はず。</div><div>インフルと同じく高熱の後のダルさというか、ずっと寝起きみたいな違和感は残っているが、カロナールを飲まなくてもギリ平熱を保っている。</div><div>昨日から最高が36.9度。不思議なことに、猫の世話など家事を終えて、あー疲れたと測ったときは必ず36.5度。必ず平熱。</div><div>むしろ寝起きとか、ゴロゴロした後に測った方が高く出る。</div><div>それでも36.9度止まり。発症から5日間、かつ解熱から24時間で完治（ただし高齢者や重症化リスクが高い相手には発症から10日間接触しない方がよい）だそうなので、金曜日が最終自主隔離日となる。</div><div><br></div><div>ワクチンの副反応もそうだったが、発熱 が機械的でやや気味が悪い。</div><div>例えば38度から36度台に下がるとき、普通は測るたびに徐々に下がっていくのではと思う。</div><div>38→37.8→37.2→36.7→36.5度、といった感じに。</div><div>コロナは違う。</div><div>38→37.4→37.4→36.5→36.5度と、スロープではなく階段状に下がる。ピタリ37.1度が2日間で5回続いたこともあった。</div><div>亡くなった叔母が疑っていたとおり、やはり自然に発生したウイルスではなく、</div><div>某国研究所でバイオプログラムを駆使して作られた生物兵器なのかとも思うほどだった。</div><div><br></div><div>今も続いてる症状は、喉のイガイガとときどき発作的に出る喘息ぽい咳、軽い鼻水。一番困ってるのが不眠。</div><div>いつでも寝ていいと思うからか、逆に眠れない。</div><div>発症から2日くらいはさすがにほとんど眠っていたが、3日目辺りから異常に短い睡眠時間でも眠くならない。細切れで眠ってるが、トータルでも4〜5時間程度。</div><div>以前の株では発症一週間で再度症状が悪化することもあったそうだが、これまでの経過をみれば、本当にコロナというかただの風邪と言っても過言ではない。</div><div>風邪にしては最初の2日間くらいがキツかった。熱が上がり切るまでは悪寒や関節の軽い痛みも。</div><div>キツさで言えば、ただの風邪よりのインフルといった体感。</div><h1 class="_DOXPqTgN skinArticleTitleColor skin-et-title-color"><span><span><br></span></span></h1><h1 class="_DOXPqTgN skinArticleTitleColor skin-et-title-color"><span><span>COVID-19という名の通り、発見？誕生？は2019年なのだろうけど、一般にコロナ禍、新型コロナとして認識されたのは2020年。</span></span></h1><div>個人的には2020年初頭くらいから店頭のマスクが払拭し、なんでやねんと困っていたところに確か3月、志村けんさんの訃報を聞いて初めて、これは何かヤバいのではとようやく感じ始めた。</div><div>同僚の親族で医療事務をしている方などは、同年2月前から異常なほど（と当時は思った）潔癖に消毒や家庭内隔離を行なっておられたらしい。</div><div>会社の対応は早く、担当部署の方々が必死に右往左往してくれて、4月くらいから在宅勤務がスタート。</div><div>当時のアルファ株は、恐らく今ほど感染力が高くなかったと思う。</div><div>しかし致死性はかなり強烈な印象で、え？あの方が？という方々が次々と斃れられた。</div><div>今でこそ、風邪とインフルの間〜なんて言ってられるが、当時の株にもし自分が感染していたら、最悪入院まで行ったのではと思う。</div><div>あれからもう5年以上。</div><div>光陰矢の如しだ。</div><div>まさか5年間自分が感染せずにいられるとは思ってなかったし、5年後感染してこんなに軽症で済むとも思ってなかった。</div><div><br></div><div>生前の叔母と、ワクチンを受けた受けてないやら、ヨーロッパでバタバタ死者が出てる最悪の時期に、まだ音楽教室に通ってると電話で聞いて、私がキレて怒鳴りつけたこと、3つ隣の駅なのに三年間一度も会えず、買い物代行してドア前に荷物を置いて離れたら叔母がドアを開け、三年ぶりに直接見た姿が、記憶よりふた回りほども小さくなっていて驚いたこと。</div><div>「私、パンデミックの最後の方に感染して亡くなる気がするわー」と言ってた叔母だったが、明確にコロナで症状が出たり陽性が判明したことはなく、元々の持病が悪化して昨年亡くなった。</div><div>一緒にワクチンを受けに行った兄も昨年になり初感染したが、軽症で後遺症は咳くらい。</div><div>体質的にコロナに強い遺伝子がどこかにあるのかもしれない。兄はとっくに還暦過ぎだし、私もアラ還で、二人とも特に丈夫な体質でもなく、両親ともに早逝した、どちらかといえば弱い家系だと思っている。</div><div><br></div><div>今回、陽性になり私がやったことは、</div><div>・毎朝ビタミンCとDを飲む（Dは朝だけ、Cは朝昼晩）</div><div>・1日3〜4回うがい（解熱してからは1日2回）</div><div>・処方薬は神経質なほどきっちり飲む（食前に麻黄附子細辛ナンチャラという漢方、食後に咳止めや胃薬などの普通の薬で、高級特効薬ではない）</div><div>・薬を飲むために1日三食は守る（普段以上に野菜とタンパク質多め、糖質控えめ、糖分はほぼなし）</div><div>・無理にいつもの量を食べずに水分だけは浴びるほど飲む（アクエリアスの水割り、倍量で、コーヒーは控えめ、紅茶に置き換え）</div><div>・野菜ジュース1.5リットル消費（2日間で）</div><div>・水風呂中止（夏の間はずっと水風呂だった）</div><div><br></div><div>因みに酒は嫌いで普段から一切飲まない。タバコは普段の半量。外でしか吸わないため物理的に吸えないことと、最初の3日ほどは喉も痛く仕事もしてないのでやはり吸いたくならなかった。</div><div>トランス脂肪酸を含んだジャンク系フードも解熱まで口にしてない。</div><div>さっき久々に食べたカレーヌードルが10日ぶりくらい。</div><div>よく食べていたのは全粒粉パン、チーズ、スプラウト、卵、ササミ、全粒粉クラッカー、バナナ、キャベツ、玉ねぎ、ミョウガと水茄子、ピーナッツ、オリーブオイルくらいか。</div><div>コンビニの、普段大好きなもち麦のおにぎりも買っておいたものの、胃が重くなり1つが一度に食べ切れず。</div><div><br></div><div>さすがに少しは痩せたかと思って見てみるが、食べてはないけど動いてるわけでもないので、痩せたというより弛んだ、というのが正解か。</div><div><br></div><div>ダラダラ書いたがこんなところ。</div><div>いまどき、ブログの記事でも見かけなくなってから感染してしまうとは。</div><div><br></div><br class="Apple-interchange-newline"><br class="Apple-interchange-newline"><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12935750259.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Oct 2025 04:45:13 +0900</pubDate>
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<title>COVID-19</title>
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<![CDATA[ <p></p><p><span>先週後半から寝起きに喉がイガイガ。</span></p><p><span>猛暑に伴う湿度も、ようやく下がってきた乾燥のせいかと思っていた。</span></p><p><span>それが日曜日になって熱っぽさと頭痛に移行。<span>私は頭が悪いせいか、これまで頭痛は滅多にない。</span></span></p><p><span>コロナのワクチン副反応のときくらいだった。</span></p><p><span>そういえば、あのときの頭痛と似てると思っているうちに、どんどん悪化して怠さも加わり起きてるのが辛くなった。</span></p><p><span>少し前までよく目にしていた体温計が、どこを探しても見つからない。</span></p><p><span>体温を測れないものの、発熱してることだけは体感で間違いなく分かる。</span></p><p><span>翌朝一番、病院へ電話すると、午前の診療が終わる頃に電話するからそれまで待機せよとのこと。</span></p><p><span>会社へ連絡し、家で痛みと闘いつついつのまにかウトウト。</span></p><p><span><br></span></p><p><span>昼過ぎにようやく電話があり、飛び起きてシャワーを浴びたら少しスッキリして、遠くもない病院に何とか辿り着いた。</span></p><p><span>待合室には高齢の患者さんがまだ二人ほど残っておられて気を遣う。</span></p><p><span>お二人と入れ替わりに若い女性が軽く咳をしつつ来院。<span>この方も感染症かな。</span></span></p><p><span>しかし彼女は受付の体温測定機器では37.2度、体温は正常です、と。</span></p><p><span>いや、どう考えても微熱やろとおもったが、コロナ禍以降は37.5度までは発熱とカウントしないんだっけとボンヤリ考え</span></p><p><span>そういえば自分は？と機械におデコを差し出すと37.9度、体温が異常です！</span></p><p><span>ええ、そうでしょうね、だから来たんですよと心で答えて順番を待つ。</span></p><p><span>もう一度きちんと測りたいと思って顔を機械の位置に合わせて差し出すと、38.9度！</span></p><p><span>いや、それはちょっと言い過ぎと違う？</span></p><p><span><br></span></p><p><span>そして順番になり診察室へ。</span></p><p><span>診察室でも非接触の体温計で2度測ってくれたが、2度とも36.6度。</span></p><p><span>バリバリ平熱やん。体感からしてそんなはずはないんやけど。</span></p><p><span>発熱してないとコロナインフルの検査はしませんと予め聞いていたが、<span>私が外で世話してるトラ君を気にかけてくださるご近所の方が77歳。</span></span></p><p><span>お水を替えてくださったり、お預けしてるフードを私の不在中に与えてくださったりお世話になっており、最近は<span>世間話や猫の話を、駐輪場でよくするようになっている。</span></span></p><p><span>お一人暮らしの女性で、彼女にだけは万一にもうつすわけにいかない。</span></p><p><span><br></span></p><p><span>先生に、高齢者とときどき接触するので、検査はしてほしいとお願いするとしてくれた。</span></p><p><span>インフルもと思ったが、今はそこまで流行っていないことと熱の上がり方が鈍いのでインフルの検査は必要ないと言われた。</span></p><p><span><br></span></p><p><span>結果。陽性でした。と言われても<span>熱でボーッとしてたのか、陽性陰性が一瞬分からなく、え？陽性？？ってどっち？（笑）</span></span></p><p><span>先生も平熱やったのに？？という顔でお互いキョトンとしてしばし見つめ合う。</span></p><p><span><br></span></p><p><span>続く（ほど大した展開はないんやけど）</span></p><br class="Apple-interchange-newline"><br class="Apple-interchange-newline"><p></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12935541862.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Oct 2025 05:47:26 +0900</pubDate>
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<title>喜び</title>
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<![CDATA[ <p>前記事を更新してすぐに、とても嬉しいことがあった。</p><p>半分諦めていた命が、頑張って生きておられると分かったこと。</p><p>更新が途絶えてしまっていたこともあるが、もう難しいかなと私が思っていたのは</p><p><span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">更新が途絶える直前にアップされた記事の写真が、家族で写っているのにその人の姿だけ、</span><span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">日に日に彩度が低くなって行くように見えたため。</span></p><p><span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p>最初見たときは何とも思わなかったのに、1週間、1か月と更新がない日が続くにつれ</p><p>不思議なことに、ご家族の中でその人の姿だけが、どんどん色が抜けてグレーに近く見えるようになっていった。</p><p>怖くなってあまり見ないようにしていたが、何度見ても前に見た時よりさらにグレーに見える。</p><p>正直、病が病だけに、不吉なことも何度となく頭をよぎっては振り払っていた。</p><p><br></p><p>ところが！先程、数か月ぶりにご無事を知らせる更新があって雀躍りした。</p><p><br></p><p>ひとしきり喜んだ後、思い出して改めてもう一度、前記事の写真を見直したが、やはりその人の姿だけグレーぽく見えた。</p><p>ここで色味が戻っていた！とか、または今日更新があると知る前に、<span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">なぜか写真の色が鮮やかに戻っていた！とかなら、</span></p><p><span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">もしかして自分には霊感でもあるのかしらと思ったりして、このブログとしても面白くなるところだったが。</span></p><p>残念ながら全くそんなことはなく、ご家族の中でその人の姿だけグレーぽく見えたのは、単なる光の加減だったらしい。</p><p>そしてどうやら最初見たときから今に至るまで、データの色味は全く変わっていないらしい（←当たり前（笑）</p><p>ありもしない嫌な予感を感じてちょっと怖くなったりした自分が可笑しくて、バカとしか言いようがない（笑笑笑）</p><p>日に日に画像データの色が抜けて行くなんていう有り得ないことを真剣に考えてしまった自分は、自覚してるよりずっと迷信深いのかもしれない。</p><p>仕事で画像補正（色味はもちろん、何ならモデルのご希望により痩せさせたりもする）は日常業務、レベル補正のショートカットは指が勝手に動いてしまうくらいなのに、この体たらく（笑）</p><p>でも、結果的に笑い話になって、本当に嬉しい。</p><p><br></p><p>写真は、花が好きだった叔母が生きてた頃に見せようと撮りためたものから。</p><p>結局、叔母が入院してからは私があまり会いに行けなくて見せられなかったけど。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250401/23/ne-ko-oyabun/84/58/j/o4032302415561416819.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250401/23/ne-ko-oyabun/84/58/j/o4032302415561416819.jpg" height="3024" width="4032"></a><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12892241046.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Apr 2025 22:56:11 +0900</pubDate>
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<title>一人暮らし</title>
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<![CDATA[ <p>あまり更新したくなかったけど、前記事のタイトルが不愉快で、見る度に嫌な気持ちになるので仕方なく。</p><p><br></p><p>私は一人暮らしをしたことがない。</p><p>正確には1年以上一人暮らしをしたことがない。</p><p>当時は24か23歳。</p><p>東成区のワンルームマンションが実家を出てすぐ移った家だった。</p><p>今は地下鉄が通っていて電車で行けるが、</p><p>当時は直通がなく、遠回りになるため谷町6丁目の勤務先まで自転車通勤だった。</p><p><br></p><p>当然ながら一人暮らしは自分以外に動くものがない。</p><p>家の中で動いてるのは自分一人。</p><p>朝、家を出るとき、ドアを閉める前に見た風景と寸分違わぬ風景が</p><p>帰宅してドアを開けると迎えてくれる。</p><p>兄が結婚した後、父と二人暮らしだった自分にはこれが耐えられなかった。</p><p>箱から出て箱に帰る生活。</p><p><br></p><p>確か半年くらい一人暮らしをした後、</p><p>最初の猫クロンを迎えて、<span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">やっと仕事先から家に帰るのが楽しみになった。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">帰宅すると動くものがいる。ずっと眠っていたにしても、自分以外の生き物の気配がある。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">ようやく、箱が家になった。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">それからはずっと猫が家族。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">我が家は愛しい猫（たち）がいるところ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">でも、今世話してる子たちを全て看取れたら、また一人暮らしに戻りたい。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">自分が若くて元気だった頃は良かったけど、寄る年波でヨボヨボしてくると</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">何より最期まで看取ってやれるかが不安要因になる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">簡単に死ねないとか、自分が死んだらこの子らは、とか色々考えるのがしんどくなってくる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">断捨離という言葉はメジャーになり過ぎて軽々しく濫用されてるのを聞くと不愉快になるが、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">年をとったせいか、最近は心を自由にしておきたい。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">もちろん世話してる猫たちは私の命などよりずっと大事だし、愛おしいことに変わりない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">でも、全員看取って執着から自由になって、いつ死んでもいいと思えるようになる日に少し憧れてもいる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">なんて今は言ってるけど、実際そうなったらまた生き物を迎える気もする。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">次は何か、虫とか、ハムスターとか、自分よりずっと寿命が短い生き物がいい。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">因みに来世や天国は信じてないので、自分が死んだら亡くなった家族（主に猫）に再会できるとは思っていない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">死んで意識が亡くなればそれきりだろうと思っている。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">確か2〜3歳くらいのときに、それが怖くてギャン泣きして母を驚かせたが、今は思い残すことさえなければ、それも幸せそうだと思える。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">猫の（野）親分、というのは亡き父が私を称してくれた呼び名だけど、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">猫たちを全て看取ってから自分が死ぬまで、もし虫やハムスターと暮らすことになったら虫野親分とか、鼠野親分とかになるかもしれないな。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">そうなるまでは、何とか生きていたいけど。こればかりは分からない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250401/22/ne-ko-oyabun/48/cf/j/o4032302415561390909.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250401/22/ne-ko-oyabun/48/cf/j/o4032302415561390909.jpg" height="3024" width="4032"></a><br></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12892231548.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Apr 2025 21:38:31 +0900</pubDate>
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<title>全画面広告よりウザいヤツら</title>
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<![CDATA[ <p>その名はサジェスト。</p><p><br></p><p>juraさんと約束したので全画面広告について書こうと思ったけど、<span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">よく考えるとこの数週間、あの手の広告が出て来ていない。</span></p><p>ある日突然始まって、いつのまにか消えていた。<span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">出ていた期間は1か月もなかったと思う。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">スマホからブログを読んでいると、突然画面が真っ黒になる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">最初はスマホがとうとう逝ったかと、かなりドキッとした。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">しかし気づくと右下に白いバツ印があり、疑問に思う間もなく全画面広告が表示される。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">画面が広告になると同時に右下の白いバツ印はcloseボタンに変わる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">これを押せば即消えるのが可愛いところ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">そのうちこちらも慣れてしまい、黒い画面の間に（広告が表示される前に）バツ印を押して消すという</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">ちょっとしたゲーム感覚で黒い画面も気にならなくなっていた。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">結局、何の広告が出ていたのやら、殆ど見てないせいか記憶にない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">数回だけ、一瞬猫の写真が見えたからペット保険かキャットフードかと思ったが</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">もう指が反射的にcloseボタンを押すので結局わからなかった。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">juraさんが記事にされたので、アレそう言えば最近見てないなと気づいたが、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">さもなくば雑事に紛れ、思い出すこともなかったかもしれない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">最初のショックは勘違いもあって大きかったが、拍子抜けするほどアッサリ消えた。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">例えるなら、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">かなり凶悪そうな強盗が刃物や銃をちらつかせて突然現れる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">しかし負けるもんかと「金は無い！」と叫ぶと</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">「じゃあいいわ、ゴメンねバイバイ」と消える感じに近い。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">しかも通勤路に毎日現れていたのが、気がつくといなくなっている。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">あれは何やったんやろ、、、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">そして、本題のサジェスト。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">こちらは例えるなら、宗教の勧誘に近い。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">悪気はないのだろうだけにタチが悪い。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">何かを調べた検索結果から、数ページにわたる記事を読み、読み終わったので</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">スマホの戻るボタンで検索結果に戻ろうとしているときによく現れる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">あなたへのおすすめ！</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">というやつ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">画面全面にバナーが並んでる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">芸能ニュース、スポーツ系、もっと下劣なトピックも多い。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">どれを見ても私の検索ワードとは何の関係もない。かすりさえしていない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">残念ながら、興味のあるカテゴリーですらない。全くの、ムダ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">時間のムダ、バッテリーのムダ、私の指を動かす脳とエネルギーのムダ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">Webページにそういう仕掛けを入れる労力と金のムダ。ムダでしかない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">しかし出るときは頻繁に、飽きもせず出てくる。アメブロでも時々ある。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">にこやかに悪びれず出てくる分、全面広告よりタチが悪く感じる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">まるで、あなたの為を思って、、と、何の興味もない本や壺を買うように、しつこく強要してくる人間のようだ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">こちらは早く検索結果に戻って他の結果を見たいと思っているのに、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">あらぬ邪魔が入って、うっかりポップアップが開いたりして、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">イライラしながら閉じようとした弾みに</span><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary);">検索結果へのウィンドウも誤って閉じてしまったり（履歴から戻れるけど）。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">まるで宗教の勧誘を断っても立ち去ってくれなくて、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">何ならその間に、</span><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary);">開けたドアの隙間から猫が逃げてしまう、くらいの鬱陶しさ</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary);">（ウチの子は外も知らない人間も怖いので絶対逃げないけど）。</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary);"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">最近、私がある契約をしてる会社からの営業電話が、平日の仕事中に掛かってきてイライラさせられるが、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">こんなのもサジェストの一種といえるというか、こんなのが元祖サジェストなのかもしれない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">他人に全く迷惑をかけずに金を稼ぐ、不快な思いを誰にもさせずに生きていく、というのは無理なんだろうか。</span></p><p><br></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">無理なんだろうなぁ。</span></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12890901256.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Mar 2025 09:38:46 +0900</pubDate>
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<title>階段</title>
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<![CDATA[ <p>会社のエレベーターが10日ほど前に壊れた。</p><p>4階建てで、1フロアにつき1部屋の小さな昭和のテナントビル。もちろんエレベーターは1基しかない。</p><p>これまでも何度か怖い故障があった。</p><p>降りた後に、ドアが開いたまま、エレベーターだけ勝手に半分上がって行ったとか。</p><p>まずないけど、何かで降りきれなくて、エレベーターが半分で止まらずそのまま上がっていって、挟まれたらギロチンになる。</p><p><span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">故障のたびに半日使えなくなったり、予告なく突然数時間の点検があるのはザラだった。</span></p><p>今回も同じような誤作動だったらしく、巻き上げ機がもうダメらしい。</p><p>全取り換えになるから、いつ直るか分からないそうだ。</p><p>ドアの開閉も昇降スピードものんびりとした昭和なエレベーターで、急いでいるときはイラッとしたが、失って知る有り難み。</p><p>特に、最近3階から4階に移動したばかりの私は、自分が何かに呪われてるせいで壊れたんじゃないかとまで思ってしまった。</p><p><br></p><p>そういうわけで、以前は閉められていた階段室のドアが開放されて、今は皆、非常階段で登り降りしている。</p><p>もちろんエレベーターと同じく階段室も一つしかないので、他の階の人、普段はあまり接点のない人ともすれ違ったりする。</p><p>建物が昭和なためか、階段の一段が高い。最近リニューアルされた駅の階段の倍ほどもある。</p><p>そして案外天井が高いのか、1階ごとの段数も多い。</p><p>リノリウム貼りで端に金属の滑り止めが付いている。全体的に、昔、学生だった頃の校舎を思い出す。</p><p>平日は朝、自転車で駅まで行き、一駅電車に乗って、駅から徒歩10分。</p><p>昼休みと帰り道にスーパーに寄って合計2時間ほどウロウロ歩くくらいの運動量の私には、</p><p>朝、駅から急いで歩いた後に4階まで駆け上がるのはもちろん無理で、歩いて登っても3階で大体息が上がる。</p><p>出勤時、途中で色んな人に抜かされては、お先に行ってくださいやらおはようございます、寒いですね、階段しんどいねーなどと笑いながら否応なく会話することになる。</p><p><span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">人間、しんどさを共有すると双方笑顔になるのは何故なのか。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">会社の非常階段室なのに、寒いせいもあってか、まるで登山道のようだ。</span></p><p>これがエレベーターだと、下手したら挨拶だけでお互い無言でスマホを触っていたり、せいぜい寒いですね、そうですね、程度。</p><p>しかし、さすがに若者たちも私も、階段を登り降りしながらスマホを触る勇気はない。</p><p>というか、電気がついてるとはいえ薄暗い階段室で歩きスマホをすると、間違いなく踏み外すだろう。</p><p><br></p><p>昭和を生きた、当時の大人たちに比べて、現代の、自分をはじめとする大人たちは脆弱だと感じることは多い。</p><p>階段のおかげで、ガサツで猥雑だったけど強かった昭和以前の人間に少し近付けるのかもしれない。</p><p>スマホのヘルス何ちゃらでは、これまで毎日一桁だった階段を登り降りした階数が、エレベーターが壊れた翌日から一気に22階とか、15階と表示されていて笑える。</p><p><br></p><p>そして、少しは身体が締まって健康的になるのか、その前に心臓や関節が逝かれるのか。</p><p>エレベーターが直るまでだけど。</p><p>というか、直るのかしら。（笑）</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12887425749.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Feb 2025 17:35:27 +0900</pubDate>
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<title>岐路</title>
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<![CDATA[ <p>所謂、運命の分かれ道。</p><p>最初に入院した、掛かりつけの急性期病院からやむなく転院した療養型病院。</p><p>ここが、まさにそうだった。</p><p>残念ながら非常にわるい意味で。</p><p><br></p><p>まず、ウェブサイトに載っている情報からして、診療科目があまりに少なく、ドクターも少なく、41床ある病棟に転院日にいた看護師さんはたった一人。</p><p>常勤ドクターは院長と、リハビリのドクターのみ。ほかに事務方のスタッフと、入院説明をしてくれた師長さんが一人ずつ。</p><p>同室の患者さんは所謂寝たきりの痴呆症らしき方がお二人。</p><p>何より驚いたのが、ベッドのリクライニングが手動だったこと。半世紀前か。</p><p>私の母が亡くなったのはかれこれ50年近く前、当時の病院ベッドは足元のハンドルを回して上げ下げする手動リクライニングだった。</p><p>しかし、当時の病院では付き添いの方をお願いすることも出来たし、病人が自分でベッドをリクライニングできなくても<span style="font-size: 16px; color: var(--color-text-high-emphasis); background: var(--color-surface-primary); -webkit-text-size-adjust: 100%;">代わりにやってくれる人は誰かしらいた。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">病棟に看護師が一人しかいない病院で、病人本人は一人でベッドから降りられない、歩けない状態で、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">どうやって、誰が、ベッドから降りなくては回せないハンドルを回すのか。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">ここは寝たきり老人製造病院か。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">転院当日に私も叔父も、ここはダメだ、と見切りをつけた。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">とはいえ、病院が探して問い合わせてくれて断られたのに、素人の私や叔父が探して、ほかに受け入れてくれるところがあるのか。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">叔母はその日、微熱だが発熱しており具合が悪かった。また傾眠傾向にあり朦朧としていたが、次の場所を探すからと約束してその日は置いて帰るしかなかった。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">それから慌てて病院併設の施設をネットで探し、仕事を休めない私にかわって叔父が下見に行って資料をもらってくれ、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">包括のケアマネさんにも並行して相談し、何とか次のまともな病院または施設を探すものの、もちろん難航した。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">転院三日後くらいに面会に行った時は、まだ会話もでき、こっそり持参した苺も喜んでパクパク食べてくれた。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">残りも置いて行ってと言われたが、持ち込みは禁止されていたので断って持ち帰ってきた。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">これも、あんなことになるなら残りを置いて帰ればよかったと後悔している。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">が、またその一度きりしか見舞いに行けなかった私と違って、ほぼ日参してくれた叔父が、その後も2度ほど持って行ってくれたらしい。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">（そして2度目に看護師に見つかったらしい）</span></p><p><br></p><p>転院して2週間。</p><p>叔母が危篤だと、叔父から電話があった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ne-ko-oyabun/entry-12872036307.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Oct 2024 02:08:40 +0900</pubDate>
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